「世界を知らなければ世界には勝てない」。 日立時代、当時の監督、山田重雄からそうたたきこまれて育った。 世界一は目指すものではなく、当然つかむべきものだった。 ロサンゼルス五輪の「銅」は首からすぐ外し、10年近くしまい込んだ。
網を付けた輪を的に見立ててレシーブ。 鉄亜鈴を縄で巻き上げて手首を鍛える。 東京小平市の工場脇の体育館での日々は「サボろうと思えば一番楽な練習でした」と久光製薬監督の中田
久美は振り返る。 「でも自分が心からうまくなりたい、追い込みたいと思うとしんどい。命令型じゃないから」。 ヤマダは答えをくれない。 だから自分で考えた。 「いまのうちの選手も、しんどいと思いますよ」
神戸市にある久光製薬の体育館。 コートわきで中田は刺すような目で選手を眺める。 指示はまばら。 「普段の中田監督は気さくで明るいんですけど」と主将の古藤千鶴。 「『今の状況はこう』『相手はこう来ている。どうするの』とヒントを投げかけてはくれる。 |