真実は一つだけじゃない。
失われた記憶にもそして今にも。
そしていつも偽りがつきまとう。
俺が知っている真実は
あの失われた日々が、夢ではなかったいうこと。
4
ティルニアとバーンは、村の教会に来ていた。
村はメディアの仕業で一部が焼けたものの、たいした被害は無かった。
「お前が誰か知りたいと言ったな?」
バーンの言葉に、ティルニアは無言で頷いた。
「俺が恐いか?」
次の問いに、ティルニアは何も答えなかった。
「考えたことはあるか?」
「え?」
バーンの赤い瞳が、ティルニアをまっすぐに見つめる。
「人間を作ったというのが神ならば、神は何に作られたのか。魔族がどうして嫌われるのか。人間の方がよっぽど残酷だと俺は思うがね」
ティルニアは何も言わず、ただバーンの言葉を聞いていた。
「戦争を繰り返し、自分たちの世界を破壊して…」
「そうかも…しれないわ…。けど優しい心も持ってるわ」
「それは俺たち魔族も同じことだ。確かに人間が魔族を嫌うように、魔族も人間を愚かな生き物だと思ってる。だが全部がそうじゃない」
「悪魔に優しい心がある?」
信じられないという眼差しで、ティルニアはバーンを見た。
「現に今の魔王は人間を襲ってはいけないと言ったそのことで、半数以上の悪魔から恨まれている。二つに別れた悪魔の対立で、魔界は今大変だ」
「人事みたいに言うのね…あなたはどっちなの?」
「別に。俺は興味無かったんでね。そのせいで失っちまった」
そう言ったバーンは、悲しそうに見えた。
「何を失ったの?」
ティルニアは恐る恐る尋ねた。
「お前…」
「え?」
「俺はお前を失っちまった」
真剣な顔でバーンが言ったので、ティルニアは思わず赤面してしまった。
「正確に言えばお前の中にある記憶を…」
「記憶?」
「ティル=ディーンだった記憶さ。お前はティルニアとして生まれる前、ティルという女神だったんだ」
「私が…女神ですって?」
次々にバーンが口にする信じられない言葉に、ティルニアの頭は混乱しかけていた。
「俺はその記憶を取り戻してほしい。そして奴等はその記憶を取り戻してほしくない。だからお前を狙ったんだ。他に質問は?」
「記憶を取り戻した時、今の『私』はどうなるの?」
ティルニアの問いに、バーンは首を横に振った。
「俺にはわからない。頼む…思い出してくれ!」
「そんなこと言われても困るわよ。私は今の暮らしが…ティルニアとしての暮らしが気にいってるわ。それを失うことになるかもしれないなんて、そんなの嫌だわ」
ティルニアはバーンから顔を背けた。
「気が…このままじゃ気が狂っちまう!お前の記憶を取り戻す方法は他にもある。お前の記憶を封じた奴に頼めばすむことだ。このままじゃ俺はそうしかねない!」
「頼めるならそうすればいいじゃない。前世、あなたとどんな関係だったか知らないけど、そんなに記憶を取り戻してほしければ、そうすればいいわ。私には思い出す気は無いもの」
ティルニアがそう言うと、バーンは悲しそうな目で見つめ返した。
目を反らすと、今度は天使像を見つめた。
「俺はそれでも構わない…けどなぁそれは、人間界の消滅を意味する」
「今…何て?」
バーンの言葉に、ティルニアは自分の耳を疑った。
「それは俺が奴に手を貸すということ…つまり人間界の消滅を意味すると言ったんだ」
バーンは本気だった。
「あなた…誰なの?」
「今は…今は言えない。知りたけりゃ記憶を取り戻すことだ」
そう言ってバーンは背を向け、教会を出ようとした。
「待って!」
ティルニアはとっさにバーンを引き止めた。
「まだ何か質問があるのか?」
そう言われてティルニアは首を横に振った。自分でもなぜ引き止めたのかわからなかったのだ。
「一度だけ思ったことがある」
突然バーンが言った。
「人間は、自分たちを許すために神を作り、自分たちの残酷さ…醜さを隠すために魔族を作ったんじゃないかってね」
そして小さく笑うと、そのまま教会を出て行った。
「これからどうしますか?」
教会の前で待っていたリッドが、バーンに声をかけた。
「もう少しだけここに残る」
そう言うと、バーンはメディアによって焼かれた場所へと向かった。
そこはもう火も完全に消え、今は瓦礫が積み重なっているだけだった。
バーンはゆっくりと瓦礫の上に腰を降ろすと、ポケットの中から小さなロケットを取り出した。ロケットを開けると、そこにはティルニアと同じ顔の女性の写真があった。
バーンはロケットを握り締めると、その手を額に押し当てた。
「ティル…」
バーンの肩が小刻みに震えた。頬を暖かいものがこぼれ落ちた。
それはバーン本人にも信じられないことだった。
こんなにも自分の中でティルの存在が大きくなっている。
「ティル…」
再びその名を口にした。
けれど答えるものはない。ただ風が通り過ぎるだけ。
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