ラズロの戦線離脱宣言に動揺するリヴィオ。
そんなリヴィオにハッパかけつつ、ラズロの過去回想突入。
『お前にゃ借りがある』『それを忘れる俺でもねぇ』
最初この「借り」の部分がイマイチ分からず「?」でした。
んで色々考えたんですが・・・・・・・・・・・・・・やっぱりちょっと「?」なままです。
失神するほどの猛特訓を重ねたリヴィオ。
「おれはこうでもしないとミカエルの眼に残れないだろ・・・?」
「お前とは・・・違うんだよ・・・」
持ってる武器がダブルファングでラズロのトライパニッシャーもすでに支給済みのようなので、この時点での時間軸は、ラズロの処分をマスターCが命懸けで食い止めた時よりも後だと思ってよいのでしょうか。
自分達が必要とされる場所を探していたリヴィオ。
自分達の「才能」を必要としてくれたマスターC。
しかるが故にリヴィオはココを居場所と定めて、猛特訓に励んだ・・・というだけでは「借り」とは微妙にニュアンスが違うような。
マスターCが真に惚れこんだのは「ラズロ」の「懸絶した才」に対してであることをリヴィオは自覚していて、ならば自分自身は「ラズロ」を盛るための最良の「器」たらんとした。
「この体お前だけが入ってる器のつもりか!?」
とラズロはリヴィオに言ってますが、前半除けばリヴィオとしてはそういうつもり・・・つまり「ラズロ」が動くための「器」のつもりだったんじゃないか・・・とか思うわけですが。
で、ラズロがリヴィオのそういった意図を察していたのであれば、「借り」という表現も成り立つかなと。
もともとが一つの体にある二つの人格。根の部分での心の動きはどこかで通じていると考えてよいのでしょうし。
そもそもリヴィオ自身はどれくらい『ミカエルの眼』に固執していたんだろう・・・と考えるとそこいら辺はどうなんだという感じで。
何か主体的に残りたい目標があったのかどうか・・・。
だってもともと「ヤケクソで始め」たって言ってたし・・・。
何もかもどうでもいいと思っていたところにラズロが出現して、「んじゃま、いこうか」って導かれるままに入った場所だったし。
それでも結局ソコしか居場所がなくて、「才能」を認めらていく「ラズロ」と道行きを共にするために死に物狂いにならざるを得なかった・・・んでしょうか。
あれ・・・?でも確か以前、コミック8巻の「silent ruin」の中で「俺は常に監視されているんです」って牧師に言ってたよね??
あれってやっぱり「ラズロに監視されてる」って意味だったんだと、後々の展開の中で思ったりしてたんですが・・・・・・・・・・。
そうするとリヴィオは別に『ミカエルの眼』に居たくていたわけじゃないんだって解釈になると思うんですが・・・・。
う〜ん?そうすると「借り」って成り立つ?
それとも「監視」は逃げ出さないように裏切らないようにっていう部分だけの話であって、別に特訓を強要してるわけじゃないからその部分は自由意志ってこと?
(「監視」されてる時点で自由意志もへったくれもない気はするんだが・・・)
考えれば考えるほど分かんなくなっちゃうんですけど・・・。
リヴィオには、汚い仕事の部分(仕事に限らず負の部分全般?)をラズロに押し付けてきたことに対する負い目みたいなものがあるようなので、結局自分で自分に枷を嵌めて身動き取れなくなってたんじゃないかとも思うのですが・・・。
ラズロ的には辻褄あってるみたいなんで・・・まぁ結果オーライってことで・・・。
エレンディラ姐さんの技の発動を前に、ラズロはリヴィオに問います。
「俺は最強か!?」
戸惑うリヴィオにお前は最強だと叫ばせて、俺の最強はすなわちお前の最強と説く。見方を変えれば一種の自己暗示に近いものがありますが、別人格が「俺はすなわちお前なんだ」と言い聞かせるということは、いよいよもってこれを期に人格完全統合が行われる、その前兆のようにも思われます。
結果、一旦はエレンディラの技を見切って仕留めたかに見えたリヴィオですが、エレンディラさんの奥の手によってブッ散らされることになってしまいます。
しかしこの奥の手を見るかぎり、この得物に装填可能な「釘」は一本のように見えるのですが・・・。
特殊技能で圧縮でもしてあって、撃つ時に解凍するんかしら・・・。(電子ファイルじゃあるまいし)
そして勝敗は決し、エレンディラさんは核を手にいれ、事態万事休すかと思われたのですが。
ブッ散らされてなお生きていたリヴィオは、ついにその手でエレンディラさんを捉らえることに成功します。
千切れかけた体から繰り出されるまさかの反撃。
愕然とするエレンディラを見上げるリヴィオの口には、しっかりと例のアンプルが咥えられていて。
『あんたは強い。あんたは負ける。俺とラズロとあの人に負けるんだ』
重なるリヴィオのモノローグ。
リヴィオ自身にその代謝促進のアンプル剤が実質的にどれほど効くのかは定かではありませんが、おそらくそれはあまり重要な問題ではないんだろうなと。
それは受け継いだ思いの、託された思いの、そして憧れの象徴だったから。
リヴィオの戦いの傍らには常に牧師の存在があって、それなしには成り立たないものだった。
それが示されたことは非常に嬉しいことなのですが。
・・・・・・・・・・多分、これと同じようなことが台風氏の戦いの中で示されることはないんだろうなぁ・・・とも思ったり。
リヴィオと台風氏では牧師に対する立ち位置が違うということもあるんですが、なんていうんだろうなぁ・・・示して欲しいけど示して欲しくないような・・・。
示された途端に「語らぬことの重み」が、軽くなりはしないかと・・・なんかそんな感じの不安も漠然とあったりして。
というか、モノローグいらないから奴がとっとと戻ってくればこの気持ちに収まりがつくんだとかなんとかゴニョゴニョ。
ともかくリヴィオの一撃必殺の反撃にて今月は幕でございます。
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