●2005年4月号報告書●


3月号感想に引き続き4月号もサクサクいってみたいと思います。
合同記載も考えましたが、私の場合、合同にしても結局1ヶ月毎の感想が縦に繋がるだけと判明したのでスッキリと分けることにしました。
(長さ見合いでさほどスッキリ感がないのはまぁいつものことで・・・)

とにもかくにも頂上決戦は続行中。
インターバルはドコで入るんだ。気が抜けないよう内藤さんっと嬉しい悲鳴を上げつつ素早い結論もまた望んではいなかったり。
今回のテーマは重い。ずっしりと重い。そしてそれは取りも直さず、そこにこの作品の肝になる部分が多く含まれているからだとも思う。
だから考えれば考えるほど深みに嵌ってしまうのだけれど。
とりあえず、頭っからいってみたいと思います。

冒頭。
ナイブズの力の出かけを狙い撃ちする台風氏の猛セーブ射撃。
1Pで10発以上消耗のペースでいくと残弾が気になるところですが。
「・・・手を出すなよ。今みたいに吸い込まれるぞ?」
力の打ち消し=ミニブラックホール状態?のようです。問題はいまのナイブズの『手』はドコなんだ?ってとこですが。
プラント群との融合の結果もう色々アチコチ普通じゃない感じになってるので、手も足もどれがどれだか。
いや?実像としての『手』じゃなくて『手出し』のことを言ってるのかな?どちらとも受け取れるような感じです。

初撃で不意を衝けば首をはねることもできた。
好機を見過ごし何を待つ。
俺の翻意か?まさかそこまで馬鹿なことは考えまい。

そうですね。ナイブズが言うとおり。
平和的結論を望む一読者としては、お兄ちゃんに翻意してもらって四方八方丸く治まって大団円・・・なんてことも夢想してみたりはしますが、それはそうそう簡単にはいかないだろうということもやっぱり分かる。
で、台風氏もそのことは分かってる。
今の状態で相手を説得するのは無理だってことは。
実際、説得先はナイブズと融合しているプラント群で、今はそのための時間稼ぎをしていたわけで。
観ようによっては「彼女たち」も彼らの戦いに巻き込まれた被害者である、と言えなくもない。 『同族=同意見』は必ずしも成り立たない図式であるし、それが台風氏が言っている「決めるのはおまえ一人じゃない」という台詞にも現れている、と思う。
融合しているプラントたちの中にあるのは使役されてきたことに対するマイナス感情ばかりではない、ということは、2002年5月号(コミック8巻「#3.カウンターアタック!!」の回)で触れられている部分でもあるし。
だから、まず「彼女たち」とナイブズを分離して、お互いを身一つのイーブンな状態に持ち込む。
そこからがホントの意味での台風氏にとってのラストバトルになるのかもしれない。
・・・・・・・・・・なんて思ってみておりますが。
今の状態では、ナイブズを潰してしまうと、融合しているプラント群の「彼女たち」も巻き込むことになるから色々セーブしている?という感じもあるんですが、一対一になったらどうだろう?
「人間vsプラント」とか「人間との共生を選んだプラントvs人間との共生を拒むプラント」という集団的な対決パターンの代表としてではなく、単なる一個人同士でもう一度向かい合ったとしたら、その時なにが起こるんだろうか。
イーブンな状態に持ち込んだ場合、なんというか、台風氏の自制のタガが吹っ飛ぶんじゃないか・・・なんて心配もしてみたりはするのですが。
今回の山場なポイント、山場な台詞を噛み締めてみるとその心配も方向違いか?という気になってくるわけで。

前月号の扉の台風氏の言葉。
「多くの場合俺達は、圧倒的に相手を知らない。知る事で変わる事もあるというのに。伝わらないまま世界は回ってゆく」
と、呼応して、先月の過去回想で出てきたあの村のエピソードが掘り下げられていくあたり。
プラント事故で有害な毒素に汚染された人々。
彼らはおそらくプラント技師だったのだろう。
起きてしまったプラントの暴走が大事故に至らないよう最後まで自分の持ち場を離れず頑張った。
結果、事故は最小限の被害で抑えられて多くのプラントと付近住民の命を救ったわけだけれど。
有害な毒素に汚染された彼らを、街の人々は街の外へと追放する。
それが死を意味する行為だということを知らなかったわけではない。
ただ、街の人々は恐れた。汚染された彼らからの感染を。

皮肉にも、最小限に抑えた被害によって彼らは迫害を受けることになった。
もしも街全体が汚染されていれば、誰も彼らを追放したりはしなかっただろう。
一体どんな気分だろう。自分が命がけで守った人々に見捨てられるというのは。

「・・・あの村には・・・理由があった。旅人を襲わなければ生きてゆけない理由が」
「ふん。殺人の肯定か。おまえの口からそんな言葉が出ていいのか?」
「違う「理由があった」といっているだけだ。その背景をおまえは知らない」

知っていたならすべて許せたかというと、それは違うと私も思う。
どんな理由があるにせよ、「はい、そうですか」と殺人の肯定はできないし、死んであげるわけにもいかない。
でも、もしも知っていたなら。違った結論もあったかもしれない。少なくとも「全員殺されて当然」という判断には行きつかなくなる。
『情状酌量』っていうことだろうか。見た目は同じ罪でも、背景が異なれば下される罰の軽重は変わってくる。

いかに自分達が何も知らないのか。そして何故その事を忘れて生きてしまうのか。
「無知のまま、ただ・・・引き鉄を引く傲慢さを・・・俺は断じて許さない」

ここでの「無知」は単に知識や情報としてのそれというだけではなくて、そこから発する感情だとか気持ちだとかの忖度が出来るかどうかも含まれているんだろう。
無知のままに引く引き鉄は軽いだろう。おそらくはたやすく引けてしまう軽さだろう。
であるならば。台風氏の引き鉄は嫌になるほど重いのだろうな。たやすくは引けない重さなのだろうな。
知らないが故に、実に安易に人は人を傷つけることができてしまうわけだけれど。
その人の人生の背景を、そこに繋がる幾多の人の想いを知ってしまえばそう易々と傷つけることなどできないはずなのだけれど。

多分一番怖いのは、知っているつもりの無知で。表面を撫でたようなわずかな情報で何もかもを分かったつもりになってしまうことが実は一番恐ろしい。
相手のことを知らないと思うことから理解は進み、分からないと思うところから理解は深まる。
常にそうはならなくても、少なくとも一歩歩み寄るための糸口にはなり得る。
だけどこれは楽な生き方じゃない。
もしも双方向に対立する人のそれぞれの想いを「知って」しまえば身動きが取れなくなる。立ちすくむしかなくなる。
第三者として傍観するならそれでもよいが、そこに関わらなければならなくなった時、さてどうするか。
対立相手への共感を抱いたまま、どちらかを自分の立場として選択するか。
あるいは両者の仲を中間に立って取り持つか。
(それは場合によっては両者から攻撃される可能性も大いにあるわけだが→ってコレは今回の台風氏にほとんどそのまま当てはまりますか・・・)
・・・知らずにいたほうが圧倒的に「楽」なことなんて、世の中にはゴロゴロある。
でも「楽」であることと救いがあることは必ずしもイコールではないんだよな・・・。


(ちょっとかなり文章も頭の中もグルグル(@_@)してきたので一旦整理)
で。何が言いたいのかといいますと。
知るってことは結構大変なことで、知った上でなお立ち止まらず動くということは更に大変なことだろうってことなんですが。
それが証拠に台風氏は身も心も傷だらけなわけで。
それでも、そこに向かい合い続けている台風氏の生き様が、改めて好きになったりしております。
(そういえば谷川俊太郎さんの『雲雀について』という詩がそんな感じだったな・・・。最初に雲雀について話し、それから死や神や偽善、喜び、沈黙、自分と次々に話していき、「繊細と論理のあやふやな迷路の中でどこまでも話しつづけることを」決意したかと問うた後、「そしてなお話せるか。雲雀について」で終わる。「知る」ということと私の中ではリンクする詩なんですが。)

今回もナイブズとの対決の最中に、地上に展開する市営軍が方舟に攻撃を仕掛けてきて、せっかく台風氏が時間を稼いでプラント群との対話の糸口を掴もうとしている努力を無に帰すようなはめになりかねない状況がありましたが。
そこはブラドたちSHIP組と保険屋さんズの掻き回し連携プレーでひとまず抑え込めたみたいです。
トマ久しぶり〜とか、涙見られたのやっぱり恥ずかしかったんだメリル〜とか、ここらも色々ありますが、もう今回はタイムアップもかなりきてるのでザックリ端折らせてもらいます。

さぁさぁ次月号の展開やいかに?
月末まで間もないことですし、テンション保って駆け抜ける所存でございます。



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