●2004年2月号報告書●


1ヶ月の猶予があったにも係わらず、相変わらず遅れまくりなOURS報告書。
取り留めなく色々なことを考えていた2ヶ月弱の自分の思考の軌跡を辿りながら、いってみたいと思います。

2月号を一読後、まず最初に感じたのは寂しさ。
やっぱりウルフウッドは死んでしまったんだなと。
ああもドッカンと墓石を表紙に持ってこられたら受け止めるしかないなぁと。
でもそれは先月号で覚悟していたことではあったので、衝撃というわけではありませんでした。
どちらかといえば、バシさんの静かともいえる反応に寂しさを感じてしまったというのが正直なところでして。
ウルフウッドの死を悼んで泣き崩れるヴァッシュの姿を見たいと思っていたわけではないんです。
多分泣かないだろうとは思っていたんです。
でもいざ、その場面に立ち会ってみるとやはり・・・・・・・・寂しい。
そして、やっぱりリヴィオを一緒に連れて行くんだなぁと。
一ファンの我侭だと分かってはいても、やっぱり台風氏の隣にいるのは牧師であって欲しいと思う。
だってずっと一緒にいた二人だもの。
そんなに簡単に気持ちは切り替えられない。

そんな思いを抱えつつ、二回三回と日を置いて読み返しているとまた違うものが見えてくる。
我ながら人の心って不思議だなぁと思ってしまうのですが。

「食って万全になれ。俺たちは失敗できないんだ」
そう言いながら山盛りのチャーハン(どちらかというと"焼き飯"っぽいですが・・・)を食べていた台風氏。
その姿を最初に見て、「何故あなたはそうも平然と」メシを食っていられるのかと問うたリヴィオの問いかけは恐らく読者全員の問いかけと重なっていると思うのです。
でも、そう。台風氏が平気なわけがない。何も感じていないわけがない。
黒髪化が進行するほど、無理をして「力」を使って、方舟からの攻撃からこの場所を守った。
あれは彼の決意の表れだったんだろうと思うのです。
ウルフウッドが命がけで守った場所を、守った命を守り抜く。その決意。これ以上誰も失うことがないようにと。
コミックス6巻の一話目、「ザ・ガンスリンガー」のラストでメリルが台風氏から感じていた「後悔が強いほどより堅牢さをます意志の存在」がここで最大級の形をとって表されているんじゃないかなと。
そして鳴り響いていた遠雷のような音。
教会の遥か頭上で繰り広げられていた静かで激しい攻防は、せめぎあう台風氏の心そのものだったのではないかなと。
悲しみに飲まれ挫けそうな心とここで立ち止まるわけにはいかないという心。
打ち鳴らされる鐘の音にも似たその響きは、聞き様によっては慟哭とも悲鳴とも絶叫とも受け取れる。
ただあまりにも遠いため、遠雷と判別しがたかっただけで・・・。
そしてそれはそれほどの遠さでなければ、何かを壊してしまいかねないほどの激しい感情だったのではないかと。

きっとご飯の味なんて碌にしなかったことでしょう。
でも、生きている人間は、哀しいかな腹が減るようにできている。
辛い時、哀しい時にこそしっかり食べて元気を出さないといけない。
これって、内藤さんの読み切り『SATELLITE LOVERS』の中で蒼音ちゃんが言ってた台詞と重なるなぁって思いました。
「だってゴハンは基本じゃない。食べないと余計に気弱になるからね。そうなったら後は物事全部裏目にでちゃう」
ムキになってご飯を食べる二人の姿と、そこに重なるウルフウッドとの食の記憶。
(山盛りスパゲッティがココで出てくるんだもんなぁ・・・参るよホント)
「通夜ぶるまい」とか「精進落し」とは少しニュアンスが違うかもしれませんが、これが彼らなりの弔いの『儀式』なんですね。

んでもって、同行するリヴィオについて一言。
ああまでして牧師が守った命を無駄にするようなことはして欲しくないけれど、頑張って台風氏をサポートしていって欲しい。
その気持ちはありますが。
頑張れ頑張れ、とエールを送るその前に。
一発でいい。一発でいいから君のことを殴らせてもらえないだろうか、と思ったのも事実。
・・・・・・やっぱり割り切れていないんだと思うのですよ、自分の中で。
誰が悪かったとは言えないかもしれないけれど、じゃあ誰も悪くなかったのかといえばそれは何か違う気がする。
リヴィオの姿を見るたびに、ラズロと牧師の激闘を思い出してやっぱりそこに牧師が命を落とす原因があったことを考えてしまうから。
一月中はその気持ちの方が強くってどうしてもリヴィオにエールを送る気になれなかったんです。
二月になって多少冷却期間をおいたこともあって、「行っといで!」と言える気持ちにようやくなってきました。
「牧師の代わり」ではなく(それはそもそも無理なので)、あくまでリヴィオはリヴィオとして、やるべきことを果たしてくれればいいと思います。

・・・・心配なのはリヴィオと台風氏、二人してバイクの運転が下手そうだってことですが(多分バイクで方舟を追いかけるんだろうと思っているのですが)
・・・・それが原因で方舟に追いつけなかったりしたら・・・・牧師さんオチオチ寝てられなくなるので・・・・・・。

今見えているものが真実のすべてであるならこれほどたやすいことはないのだけれど、実際には押し込められている負の感情があまりにも重過ぎて多すぎて、表に出すことができない。
出せばたちまち自分を覆いつくし埋め尽くし、ジュライの時のように制御不能の力を爆発させることになりかねない。
だから台風氏は極力そういった感情の部分を抑えてるんだと思うのです。
悲しみについて怒りについて容易く口にしないのはそのためかとも思うのです。
でも。
いままでも折に触れ台風氏の感情が吐露される場面があったように。
いつか、私たちは彼の悲しみの深さや怒りの大きさや失ったものに対する変わらぬ愛情といったものに、再び触れることになると思う。
今の衝撃が過ぎ去って物語が終わりを迎えるその頃に台風氏のそういった感情に出会う気がする。
それはけして遠い未来の話ではないと、そう思うのです。
期待かもしれないけれど、今はまだ、立ち止まるときではないから。
見守るしかないですね。ついていきますとも、最後まで。



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