●2001年10月号報告書●


同族の存在とその死を知った台風氏たち。
その場で昏倒したナイブズを医療用ベッドに寝かせ、呆然とした虚ろな眼差しで空中を見つめるヴァッシュ。
「僕も…いっそあの時何もかも途切れてしまえば良かったのに…」
自分たちが異質であることはある程度理解していた。
それでもそれまで好意にしか触れていなかった彼らには、自分達が他と異なることに対する漠とした不安はあった にせよ、恐怖を感じることはなかったわけですね。
それがテスラの一件を目の当たりにし、具体的な恐怖に直面してしまうことになる。
対等な友人になれると思っていた相手から実験体として見られ扱われる対象なのだ、 自分達が人と異なるということはそういうことなのだと。
そして辺りを見回せばそこにいるのは人間ばかり。

パニックを起こし床に崩れ落ちるヴァッシュ。
扉の向こうから異変に気付いたレムが必死に呼びかける声も彼の耳には届きません。
どれくらいの間、医療ブロックに閉じこもっていたのでしょう。
最終的にレムがバーナーで扉を焼き切って中に入った時には、憔悴のあまりやつれ果てたヴァッシュが床の上に 転がっているような状況でした。

食事もしばらくしていない状態だったヴァッシュにレムは食事をさせようと試みますが、運ばれてきた食事を 放りなげてしまうヴァッシュ。
何もいわず放り出された食器を片付けるレムの耳にヴァッシュのかすかな呟きが聞こえます。
「?何?」
聴き返したレムにヴァッシュが言った一言。
「騙してたね」
冷静に考えれば他の乗組員との接触を極端なまでに警戒していたレムの態度などから自分達に対する害意がないことは 分かると思われますが、同族の衝撃的な死の事実を目の当たりに見たばかりの彼にそんな冷静さがあるはずもなく、 レムも他の人間も「人」という同じ範疇の中に含まれる存在になってしまっているようです。
その後に続く台詞からもそのことが伺えます。
「丁度…一年だ…僕等で…彼女の続きをやるには丁度いい」
「・・・・!!・・・・そんな事!!」
「やらないって…証明できるか!?彼女をああしたあんた達が…!!僕等を同じにしないなんて…!!どうやって証明するんだ!!」
「……過ちは二度と犯さないわ」
「わかるもんか!!」
「わかるわよ!!舐めるな私を!!」
なんだかテレビシリーズの優しいイメージのレムしか知らなかった身としては、体当たり的な会話を繰り広げるレムに 母性のみならず父性も感じてしまうんですが…。 自分が感じた無力感、後悔を口にするレムの言葉を遮るようにヴァッシュが叫びます。
「…殺してよここは…人間ばかりだ!!」
そんなヴァッシュに言い聞かせるようにレムは静かに呟きます。
「…そうよ…今も…そしてこれからもね」
泣いてもわめいても厳然として変わらない事実。
その事実を誤魔化さず突きつけるレムの厳しさは同時に愛情の裏返しでもあると思うのです。

そして台風氏とレムの根くらべがはじまります。
一口も食事を口にしようとしないヴァッシュ。
食事を運び、食べようとするまで部屋から一歩も動かない構えで、台風氏から目を離そうとしないレム。
そんな日が何日か続いたある日、レムが持ってきた食事は桃。
貴重品だというそれを小型のナイフで丁寧に皮を剥いて切り分けるレムの様子を毛布の隙間から虚ろな目で 観察しているヴァッシュ。
桃を切り分け終わり、レムがナイフをトレイの上に置いた瞬間、ヴァッシュの手がナイフに延びます。
掴んだナイフを喉元に突き立てる寸前、延びたレムの手に刃の部分を掴まれ動きを封じられるヴァッシュ。
しかしレムさん、運動神経良すぎ&腕っ節強すぎです。
いくら相手が子供でも(幼児相手ならいざ知らず)、片手で動きを封じるなんて並みの女性ではできません。
この人も普通の過ぎ越し方はしてきてないんだろうなぁ。
レムのイメージがドンドン逞しい方へ変わって行きます。

ナイフの刃先を握り締めたままレムは虚ろな中に驚愕を浮かべたヴァッシュの目を見据えて言います。
「…それが答え?そんなに簡単に全部手離すの?あなた自分を軽く見すぎよ」
ナイフを握り締めたレムの手から零れる血と真っ直ぐに自分を見つめる強い意志を秘めた眼差しに気圧されつつ、 ナイフを握ったその手を振り解こうともがくヴァッシュ。
そのうち血に濡れて滑りやすくなったナイフの刃先はレムの手を離れ、バランスを崩したレムがヴァッシュに 倒れこむような形となります。
結果、レムは脇腹にナイフの刃を受けその場に倒れこむのですが、その様子をむしろ冷酷ともとれる笑みを口元に 浮かべて見下ろすヴァッシュがそこにはいまして、一瞬ギョっとしてしまいます。

『スカッとした。重圧が解けた気がした。』

歪んだ笑みを浮かべたままそう述懐するヴァッシュ。
今までみたことのない彼の一部分を垣間見るようなそんな気分にさせられましたが、内へ内へと意識が向かう中、 外からの干渉を鬱陶しく思い、目をそむけたくなる現実を自分につきつけてくる相手を攻撃したくなる衝動は、 いわば思春期の子供が親や先生、大人全般に対して抱く自然な感情ともいえるわけで、ここでのヴァッシュの 感情や行動は「子供から大人への通過儀礼」を端的に表したものかもと思ったりして。
現実をつきつけてくる大人たちとの衝突を経て、自分が真実向き合うべきものが現実をつきつけてくる相手ではなく 現実そのものであることに気付いた時、人は子供の殻を一つ脱することになるのかな。

しかし、ヴァッシュが開放感を感じたのも一瞬のことで、ナイフを掴んだままの自分の血まみれの手と、同じく 血まみれで横たわるレムの姿を眺めるうち、別の感情が噴き出してきます。
それは後悔でもあり哀しみでもあったのでしょうが、それらを裏打ちしているものはレムという存在を失うことに対する 言い知れぬ不安と恐怖だったと推測されます。
あまりにも近くにありすぎて自分の中でその存在の大きさを自覚できないでいた大切なもの。
間接的に同族であるテスラの死に接したとはいえ(これはまた別の意味での衝撃となるのでしょうが)、近しい人との 別れを経験したことのないヴァッシュにとってそれは初めて知る感情であったはず。

苛立ちや鬱陶しさを感じ、信頼を裏切られたと感じて時にやり場のない怒りをぶつけたとしても、その人の存在が軽く なるわけではなく、むしろ正面から受け止められた時、今まで以上にその人の存在は重くなるものだと思います。
そう考えるとヴァッシュの中でレムの存在が大きくなったのは、この事件があったからなんだと妙に納得してしまったり して。

その後、治療用ベッドの中で意識を取り戻したレムはヴァッシュに昔自分が体験したことを話して聞かせます。
地球にいるとき、大切な人を失ったこと。
毎日ふさぎこんでいたときに見た夢の話。
土砂降りの雨の中を走る列車に自分は乗っていて、行く先の書いていない切符を持っている。
その切符を見回りにきた車掌が確認し、何事もなかったように戻してくれたとき、
「どこに行ってもいいんだ」
という気持ちになってホッとしたこと。
「今いるそこがたとえ暗闇でも、あなたの手を中の切符はいつでも書き込まれるのを待っている。
だから決して手離さないで。死ぬなんて言わないでよ」
そういって泣き出したレムを驚いた顔で見つめるヴァッシュ。
今まで笑った顔や怒った顔は見てきたけど彼女の泣き顔を見るのはこれが初めてだったんですね。
これもまた一つの通過儀礼といえるのかな。

さて、そんな彼らの傍らで、今まで昏倒しっぱなしだったナイブズが目を覚まします。
しかし、彼は自分が見たものを覚えていませんでした。
あまりに強いショックを受けた時、心の防衛反応として無意識にそのショックな出来事を忘れるという作用が 働くことがあるそうですが、この場合のナイブズはまさにそれにあたるのでしょう。
その結果としてヴァッシュが直面した様々な葛藤や衝突の機会をナイブズは持ち得ないこととなり、それがこれから先の 2人の歩む道筋を変えていく原因になったと言えるのかもしれません。
(いや、これがもしも「フリ」だったとしたらそれはそれで恐ろしいものがありますが…)



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