過去版2004年11月

11月30日
 先月フジスーパーで売っていた桃太郎トマトが2個70バーツ(約200円)。実はそのすぐ後にジャスコで“マクアテート・ターンソット(生食用トマト)”が3個40バーツ(約108円)で売っていたので、試しに買って食べてみると、フジスーパーの桃太郎トマトと同じくらい美味かった。そこで写真を撮ってこの欄に書こうと再びジャスコへ買いに行ってみると、いつも品切れと言われて買えなかった。ところが今日偶然に店内で日本人スタッフの方に会ったのでそのトマトの事を訊いてみると、その場で仕入れ担当者に電話してくれて、あのトマトはやっぱりマレーシア産の桃太郎トマトで、まとめて仕入れていたのだけど、前にも書いたようにジャスコは日本人が多い地域じゃない所にあるので、仕入れたトマトが売れなくて廃棄になる事が多かったらしく、現在はもう少し小さい単位で仕入れられるよう調整していて、来週ぐらいには店頭に並べられそうだとの事だった。その後、ジャスコで売っている美味しい日本カレーはタイ米のご飯にかけないで、ルーだけビニールに入れて売って欲しいなど要望を伝えていると、丁寧に名刺まで頂いて、これからも何か気付いた事があったら言って欲しいとの事だった。あまりにも腰の低い、サービス業の鏡のような方で好感が持てた。このHPを見ている方はほとんどが日本在住だと思いますが、タイ在住の方々はジャスコの美味しくて安いトマトを無くさないために、是非買いに行って下さい。
11月29日
 今日は地下鉄の中で軍事教練の帰りの高校生たちに会った。タイは徴兵制があるのだけど、高校時代に毎週この予備役の訓練にちゃんと通っていると徴兵が免除されるのだ。そんな彼らは男子校の生徒だった。見た感じ男臭くて、何だかちょっと動きに余裕がなかったので、訊いてみたらやっぱりそうだった。僕の高校は共学だったのだけど、レベルの低いその地域の一応進学校だったので男子の方がやや多く、毎学年10クラス中2クラス男子だけのクラスがあり、実は2年生の1年間僕もその男子クラス(通称ダンクラ)だった。4月の始業式にクラス分けの掲示を見て、ものすごい落ち込んだのだけど、1年の時に仲の良かったやつらもみんな一緒だったのでなんだか楽しそうな感じもしてた。クラスに行くと、これまたうさんくさい関西弁のヒゲ親父が担任で、その日からもうクラス中が男子校のノリだった。授業中にオナラはし放題、トイレに行きたくなったら手をあげて堂々と行けるし。夏になって水泳の授業が始まるとみんなで別のクラスの女子の着替えを覗きに行って見つかり、スキーをしに蔵王に行った修学旅行では、夜中に内線で別のクラスの女の子に明日いっしょに滑ろうと、自分もろくに滑れないくせに甘い言葉を並べて誘いの電話を入れて、結局みんな振られたり、球技大会では毎日女の匂いを嗅ぎまくっている共学クラスには負けるわけにいかないと気合ひとつで勝ち進み、結局同じ思いで勝ち進んだもうひとつの男子クラスに決勝で負けたりした。極めつけは、教育実習で音大から来た音楽担当の実習生が、何故か音楽じゃなく書道を選択していた僕らのクラスの副担任になり(おそらく関西弁のヒゲ親父の陰謀だ)、しかもむちゃくちゃ可愛かったのだ(まるでマンガの様に)。こうなったらもう大変、普段ほとんどのやつが学食で昼食をとってたんだけど、彼女が弁当だと知ると次の日から全員弁当持参になって、4時間目の授業が終わると掃除の時のように机とイスを全て後ろに下げてスペースを作り、気持ち悪いけど男40人に先生1人で輪になって弁当を食べた。先生は毎日僕らに少しずつ渡るよう、タコウインナーとかをたくさん作ってきてくれていて、あんなに美味いタコウインナーは未だかつて食べた事がないと正気で感じたものだった。食事が終わると先生が飲んだパックジュースのストローの奪い合いになったりして、本当にバカだったけど楽しい1年間だった。そんな僕らも教室を出て他の共学クラスのやつらの前や学校の外に出ると、何だか気取ったりして動きに余裕がなかった。そんなだったから彼らが男子校じゃないかと思ったのだ。僕が男子クラスの経験があるからと言う事は別にして、そんな彼らはとても純粋でちょっと恥ずかしがりやの正しい高校生だと感じた。今時のタイの高校生も日本と同じように全く乱れている。道を歩いている時から男女でベタベタしているし、服装や髪型も日本の乱れているそれと全く同じだ。僕は2年生の1年間だけだったけど、高校3年間のうち楽しい思い出はその1年間にほとんどが凝縮されているし、男子クラスの生徒はみんな男らしく硬派を通していたものだ。日本もそうだけどタイも全て男子と女子は別々の学校にしてもいいのではないだろうか?高校の3年間は男も女も、異性にうつつをぬかしているような時期ではないと思うんだけど。
11月28日
 先月ぐらいから何故か後頭部から異常に汗をかく。運動しているときはもちろん、ご飯を食べたり寝たりした時も同じで、その量といったら、もう髪の毛がびしょびしょになってしまうくらいだ。汗をかくことはいいことなんだろうけど、顔は全く汗をかいてないのに襟足はびっしょりだと何だか恥ずかしい。それからこの現象って何か悪い病気なのだろうか?こんな事、何科に言って相談すればいいのだろう。
11月27日
 昨夜は予告通りパタヤで灯篭流しをしてきた。一人でやっても虚しいだけなので、パタヤ近辺で知っている人に片っ端から電話をしたら、よく行くゴルフ場のキャディさんが友達と来ていたので、合流させてもらった。いつもは薄暗い中で怪しい影が蠢いているだけの海岸通りは、クラトン(バナナの木の茎と葉で作った灯篭)売りの簡易屋台が並んでいてとても賑やかだった。だけど日が暮れた7時ごろは風も波も強くて灯篭を流すどころじゃなかたので、KFCを食べてから1台20バーツ(約54円)のデッキチェアを3台借りてしばらくおしゃべりをした。とっても涼しくて、もし回りにあんなに人がいなかったらとっても気持ちが良かっただろう(僕は人ごみと喧しいのが大嫌いです)。いつもダイビングに行くタオ島が恋しくなった。やがて9時を過ぎると波も収まってきたので、3人でクラトン(灯篭)を選びに行った。小さいものは30バーツ(約70円)からあって、ほとんどの物が50バーツ(約135円)なんだけど、竜の形にバナナの葉を折って作ってあるやつがきれいだったので、値段を訊くと1つ100バーツ(約270円)とちょっと高かったのだけど、キャディさんが今日は私が買ってあげるといって買ってくれた。買った店でライターを借り浜辺へ向かう。風が強かったのでなかなか線香に火が点かなかったけど、根性で点けた(手がやけどした)。そうしていよいよ海へ流すのだけど、やっぱりけっこう波が強くて遠くまで流すのが難しそうだった。すると地元の子供たちがわんさか寄ってきて、沖まで行って流してきてあげると言う。僕とキャディさんは断ってパンツが濡れるくらいの所まで行っていっしょに流したけど、瞬間で波に飲まれてひっくり返ってしまった。たぶん彼女とは相性が悪いのだろう。キャディさんの友達は子供に頼んで沖まで行って流してもらったのだけど、道中、クラトンの中に入れた小銭をむしり取っているのが見え見えで興ざめだった。でも、去年のローイクラトンは日本から帰国した日で何もしないで終わってしまったので、今年はとりあえず良しとしよう。
11月26日
 今日はローイクラトンで灯篭流しだ。スコータイがいちばん有名なんだけど、全国各地で行われる。元々は先祖の供養とかそんなのがあったのだろうけど、現在は若者にとって日本のクリスマスやバレンタインデーのように、恋人は恋人同士で、好きな人がいる人はこの日にローイクラトンに誘ったりするイベントになっている。今日僕は突然パタヤでの調べ事が入ってしまったのでパタヤに行き、たぶん夕方には終わるので、パタヤの海岸で行われるローイクラトンでも見てこようと思う。
11月25日
 以前この欄で、ある意味伝説のセクシー・デュオ“TriumphsKingdom”の事を書いたことがあった。今でもたまにこの2人の曲を聴く事もあるんだけど、その2人のうちまじめそうだったJOYCEが昨夜麻薬を販売目的で所持していて逮捕された。彼女は白のシャツにジーンズ姿、もちろんスッピンだ。警察署内で多くのテレビカメラやスチールカメラに囲まれておどおどしていた。考えてみれば、ミュージックビデオ以外で動く彼女を見たのはこのニュースの映像が初めてだ。好きだっただけに、こんな状況で目にしたくはなかった。
11月24日
 この10日間ぐらい蒸し暑かったんだけど、先週末からまた涼しくなった。朝起きると寒いくらいだ。
11月23日
 忙しくて更新できませんでした。明日からがんばります。
11月14日
 10ヶ月もかかって、ようやくミャンマーの旅行記が書き終わった。本当は2ヶ月ぐらいで書き終わると思ったんだけど、最初の頃は忙しくて書く時間があまり無かったのと、本当にミャンマーという国が気に入っていたので、書きたいことがいっぱいありすぎてどう書いていいのかがわからなかった。書いては、消し書いては消し。それでも、値段なんかの情報はメモ帳に控えていたからともかく、その当時の気持ちや風景などが書いていると自然と蘇ってきて、忘れっぽい僕もさすがに惚れてしまった事に関しては記憶力が抜群だった。それでも、最後の方はほとんどこの1ヶ月で書いた。何故かと言うと、お世話になった元ミス日本の方に日本へ行った時の旅行記を期待されていたからだ。小百合さん、お待たせしました。ミャンマーのような大作にはならないけど、来月くらいにはちょろっと書いてみます。
11月13日
 うちの近所に、ステーキ35バーツ(約100円)の看板が立っている屋台があって、けっこう客が入っているので気になっていた。それで昨日はおかず屋台であまり食べたいものが見つからなかったので、試しにそのステーキをテイクアウトで作ってもらう事にした。ポークとビーフがあったのだけど、ビーフを選んだら55バーツ(約150円)だった。おばちゃんがミディアムかよく焼くかと訊いてきたので、ちょっと怪しかったのでよく焼いてもらいことにする。焼き始めて肉を見て「ハラミなんだ」と言ったら、おばちゃんは「どこの肉だかなんてわからない」と言って笑う・・・、大丈夫か!そのうえ「あなたは肉の専門家か?」とまで驚いて言う。まぁ、僕が高校時代にレストランでコックのバイトをしていたから、肉を見ただけでハラミだとわかるんだけど、そんなに驚かれるような事か?タイ人はどこかで流行ってたりすると、たいして考えもせずにとりあえずその商売を始める人が多い。タイ人のプロ意識の低さがかいま見られるやりとりだった。
11月12日
 地下鉄がオフピーク運賃を打ち出した。JRのSuicaのようなカード(右写真)を使っている人のみ、月〜金の10:00〜15:00と21:00〜最終、土日・祝日の全時間が7駅まで12バーツ(通常12〜22バーツ)、8駅以上が18バーツ(通常24バーツ以上)均一になって、とりあえず来年の3月まで続くそうだ。僕は6駅以下を使うことが多かったので、これからはしばらくだいたい毎回どこへ行くのも1駅分の料金だ。これからは何をするのも10時以降にしようと決めた(ただづぼらなだけですけど)。
11月11日
 昨夜、晩御飯のおかずを買いに近所の屋台街まで行ったら、いつもは気付かなかった所にタイ人向けカラオケがあったので、ビールでもちょっと飲もうかと思って入ってみた。店内のモニターのまん前のテーブルにはキャミソールやタンクトップを着た女性が背中を向けて3人座って歌っている。てきとうな席に着いてビールを注文し、カラオケ本を開いてみると、ページをめくってもめくっても“ルークトゥン(タイの演歌)”ばかりで、僕が好きな今風の歌が全く見つからない。そういえば、さっきから歌っている3人の女性も“ルークトゥン”ばかりだ。店の人に訊くと、やっぱりここは“ルークトゥン”専門のカラオケ屋だった。仕方なく僕は大瓶のビールを半分ほど飲んで店を出た。店を出る際に歌っていた3人の女性がはじめて振り返ったのだけど、服装とは全く似つかわない見事なおばちゃん達だった。それにしても、そうならそうとちゃんと店の外に書いておいてくれればいいのに。
11月10日
@お昼のニュースで、昨夜カンボジアから物乞いをさせるために売ってこられた子供やおばあさん達が大漁に保護された(「大漁」と書いたのは故意です)。バンコクは本当に物乞いが多い街で、中には本職の人もいるけど、その多くが物乞いビジネスの為に連れてこられて座らされていると言う事は、タイ人でもみんな知っている。今回、その元締めのアジトが摘発されて多くのカンボジア人が保護されたのだけど、その現場にはちゃんと各テレビ局のカメラがついて来ていて、しかも副首相自ら陣頭指揮を執るという大茶番劇だった。何で前からみんなが知っていたこの物乞いビジネスを今頃摘発したのかと言うと、来年初頭に下院議員選挙があるので、政府のイメージアップを目指したのだ。タイでは選挙の前に政府が国の予算を使ってあからさまに政府のイメージをアップさせるような政策や行動をよくとる。今回の捕り物もそのひとつなので、「大漁」だったのである。
A今日はやっぱり午後からどんよりとした曇り空で、遠くで雷鳴も聞こえた。
11月9日
 今日はやっぱり蒸し暑かった。しかも快晴ではなくて雲が多かった。明日からは一生懸命雲を睨みつけて、念力て追っ払おうと思う、本気で!
11月8日
@先日ガスコンロを買った事は書いたけど、その前に壊れたカセットコンロも捨てるのはもったいなかったし、掲示板にT−Jrさんから直した方が良いというアドバイスもあったので、鉄工所に溶接してもらいに行った。ところが受け皿の部分はスチールだからいいのだけど、ゴトクの部分がどうやらアルミニウム製らしく、たぶん工業高校を出た人は知ってるのだろうけど、アルミニウムは溶接ができないと言う事で直せなかった。仕方ないのでIWATANIのホームページからその部分だけ売ってくれないかという問い合わせを出したら、僕の持っているコンロは1996年で製造が打ち切りになっていて、会社の規定で部品の保存期間は5年間らしく売ってもらえなかった。やっぱり僕の愛用コンロはこのまま捨てられていく運命なのだろうか?
A夕方から何だか蒸し暑くなってきた。空を見たら積乱雲らしき雲もある。また雨季に戻ってしまうのか!?
11月7日
 今日はフジテレビ系の「あっぱれさんま大教授」の撮影をした。今月末か来月中の放送だと思うので、興味のある方はどうぞ。西村知美さんがゲストの回です。
11月5日
 昨日は材料が揃わなくてペペロンチーノが作れなかった。それで今日は用事があって市場を歩いてたんだけど、ふと市場の雑貨屋の前に置いてある物に目が留まった。以前からその存在を知ってはいたんだけど、頭の中でそれを実際に使おうとは思ってもいなかったのだ。その商品が6kgのガスボンベとコンロ一体型の調理器、その名も“ピクニック”。ガスボンベに直接コンロをくっ付けちゃうという、安全性第一の日本じゃとても考え付かない発想だ。もちろん点火装置なんて付いてないから毎回マッチかライターで火を点けなきゃならないのだけど、試しに点けてみたら日本から持ってきたカセットコンロの数倍はありそうな強烈な火力で、「ゴーゴー」とすごい音がする。これでお値段は550バーツ(約1,500円)。もしガスが無くなったら110バーツ(約300円)で交換してくれるらしい。僕はそんなに使う方じゃないので、たぶんこれで3ヶ月以上もつと思う。これで今日こそはペペロンチーノだ!
11月4日
 昼寝をしていたらペペロンチーノを食べている夢を見た。自分で作って食べているのだけど、香りはするのに味がしない。何でかと思っていると目が覚めた。すると開けっ放しの窓の外からニンニクのいい香りが漂ってきていた。今夜は絶対ペペロンチーノだ。でも、カセットコンロがあの状況じゃ無理かな・・・。
11月3日
 イラクで殺害された香田君の殺害映像を見た。このボーダレスの世界じゃ映像が公開されないという事は難しい。かわいそうだけど、さすがに彼も法律上はもう子供じゃないんだから、自業自得だろう。政府ももちろん諸々にかかった費用は家族に請求しなくてはならない。世の中、感情だけではやってけません。
11月2日
 今日はとてもショックな事があった。かれこれもう6年以上も使っているカセットコンロのゴトクの部分が錆びて2本折れてしまったのだ。このカセットコンロはイワタニの強火じまんシリーズの強力な火力の持ち主で、日本にいる時は鍋やもんじゃ焼きをする時の卓上コンロとして、タイに来てからは台所が無いタイのアパートで全ての料理を作る際に使っていた。僕は料理に関しては結構こだわりがあって、普通のカセットコンロじゃ火力が弱くて使えないのでこれにしたのだ。どうしようか、タイにもカセットコンロは多少売っているんだけど、恐らく火力は弱いだろう。やっぱり鉄工所に持って行って溶接してくっ付けてもらおうかな。
11月1日
 待望のParnの4thアルバムが発売された。彼女はバリバリ・アイドル路線一直線のRSプロモーションの中で、唯一といえるくらいの大人の歌手で、ライバルのGRAMMY社のアーティストたちも彼女のコンサートには頻繁に顔を出すくらいの実力派だ。失恋の曲をを歌わせたらタイでも5本の指に入るくらい切ない歌声で人気がある。そんな彼女のニュー・アルバムなので発売と同時に買って聴いた。そうしたら、なんと大ハズレだった。1曲も繰り返し聴きたいと思うような曲が無い。確かに彼女が歌っているので上手なのだけど、メロディが全く普通で心に残らない。どうりでテレビでCMをほとんどやっていないはずだ。今僕が作っている今年後期のヒット曲のCDも、このアルバムの曲を入れて完成のはずだったけど、もう少し違うのを探さなくてはならなくなってしまった。