Angel Dragon
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天竜

プロローグ

 暗黒の森…あやかしの森。
 いつからか人々はそう呼ぶようになった。
 フィアルカの王都・カシムから北へ約10kmの場所にそれは存在する。
 大木が太陽の光を遮り、まさにそこは闇に近かった。
 魔物たちの森。数多くの冒険者達がそこへ行ったが、帰って来たものは数少ない。帰って来れた者達も、それ以来何かに怯える様に暮らしていると聞く。
 その暗黒の森で、「それ」は目覚めようとしていた。
 暗い暗い大地の底、静寂しか存在しない場所に、まるで囁きのような鼓動が暗闇の中で少しずつ聞こえてくる。
 「それ」は千年も昔、邪悪なものとされ魔法使いたちによって大地の奥底に封じられた。
 その封印が今壊れようとしている。
 開きかけた赤い瞳は、じっと天を見つめている。

「大地が騒いでいる」
 そう言うと、青年はあやかしの森の入り口で立ち止まった。
「どうかしましたか?」
 すぐ後ろから来たもう一人の青年が尋ねた。
「ジファイル隊長?」
 ジファイルと呼ばれた青年は、もう一度繰り返した。
「大地が騒いでいる」
 あやかしの森の上には、リトルナーガが飛び回っている。
「邪悪な気が森の奥から流れてくる。何だろう…この胸騒ぎは…」
「邪悪な…気…?」
 青年が聞き返すと、ジファイルは小さく肯いた。
「何かが目覚めようとしている。ナギ、城へ帰ろう。シュード王に知らせなければ」
 そう言って、ジファイルは街の方へ歩き出した。
 ナギと呼ばれた青年も、そのあとを追って行こうとしたそのときだった。
 ガサガサっという音とともに彼らの前に黒い影が立ちふさがった。
「うわぁ!」
 ナギは驚いてその場に座り込んだ。
 彼らの前に現れたのは、数匹のゴブリンだった。ゴブリン達は、じりじりと二人に歩み
寄ってくる。
「ナギ、そこにいろ」
 ジファイルはそう言うとおもむろに剣を抜いた。
 次の瞬間、ゴブリン達は一斉に彼に飛び掛って来た。
 ジファイルは襲い掛かるゴブリンを次から次へ切り捨てる。それでもゴブリンはドンドン数を増していった。
「キリがない…ナギ、走れるか?」
 その問いに、ナギは小さく肯いた。
 それを確認すると、ジファイルは何やら呪文を唱え始めた。
「走れ!ナギ」
 彼がそう叫ぶのとほぼ同時に、彼の手に炎の塊が生まれた。
 ジファイルはそれをゴブリンに投げつけると、ナギとともに走り出した。
 どれくらい走ったろう、二人は振り返りゴブリンをがいない事を確かめて立ち止まった。
「森の外にゴブリンが出て来るなんて…何てことだ。早く城に戻ろう」
 二人は再び南へと走り出した。

 先ほどまで騒がしかった大地が、今は静まり返っている。
 「それ」は深く暗い大地の底でゆっくりと目を閉じた。
 目覚めの日を待ちわびながら…。

「それは妖竜かもしれません」
 シュード王の傍らにいた宮廷魔術師・ニコライが言った。
「妖竜?」
 聞き返したのはジファイルだ。
 彼とナギは何とか無事に城まで辿りついた。城について真っ先にシュード王の元へと駆けつけたのだ。
「妖竜は、魔法竜の一種でもっとも邪悪なドラゴンだ。既に絶滅したと伝えられているがそうではない…」
 そう答えたのはシュードだった。
「遥か昔、大勢の魔術達によって最後の一匹が大地の底深くに封印されたという」
「目覚めたら…どうなるかわかりません」
 ニコライがシュードの言葉に続けた。
「また封印するわけにはいかないのですか?」
 ジファイルの問いに、シュードとニコライは首を横に振った。
「書物によると、前の封印の時立ち合った魔術師は数百。その半数は魔力を使い果たし死に至ったと言います。そんな危険な事を自ら買って出る魔術師が何人いるでしょうか」
「しかし、世界の危機かもしれないのですよ!」
 ジファイルはシュードに詰め寄る様に言った。
「可能性がないわけではない」
 短い沈黙を破ってそう言ったのはシュードだった。
「妖竜がなぜ世界を滅ぼさなかったか…わかるか?ジファイル」
「え…」
「妖竜にも恐れるものがあったからだ」
 シュードはそう言うと、ニコライを見た。 ニコライは小さく肯くと、その先続けた。
「天竜というのを知っていますか?」
 それはジファイルにとって初めて聞く言葉だった。ジファイルが首を横に振ると、ニコライは説明を始めた。
「天竜と言うのは魔法竜の頂点に立つドラゴンです。どの魔法竜も天竜にはかなわないと言います。もっとも今では天竜も妖竜と同じように絶滅したと言われていますが…」
 ニコライは一息ついてこう言った。
「今でも存在するのです」
「じゃあ、そいつを見つければ…」
 そういうジファイルの言葉を遮るように、ニコライは話を続けた。
「天竜はいつの時代も一体だけ存在すると伝えられています。そして決して滅びる事はないと。ただ…」
「ただ?」
「誰もその居場所は知らないのです」
 ニコライの言葉に、ジファイルは肩を落とした。
「それでは…それではどうしろと言うのです!」
「お前なら探せるはずだ、ジファイル」
 シュードが静かにそう言った。
「自分を信じることだ。お前は…」
 シュードはジファイルに歩み寄り、その肩に手を置いて言った。
「お前は神の子なのだから」
 ジファイルは何も言わず、シュードを見た。
「私もそう信じるわ」
 ジファイルの背後から、澄んだ声が聞こえた。
「王女…」
 振り返るとそこにいたのは、シュードの娘でフィアルカの王女であるア・ディーラだった。
「探してくれるな?ジファイル…」
 シュードの言葉に、ジファイルは少し間を置いてこう答えた。
「探して見せます…きっと…」
 ジファイルは軽く頭を下げて、部屋を出ていった。
 ニコライもその後に続いた。
 部屋にはシュードとア・ディーラが残された。
「ア・ディーラ…」
「はい」
「お前はジファイルを助けてやれ。きっとお前しかできない事があるはずだ」
 シュードはそう言って、ア・ディーラを抱き寄せ繰り返した。
「助けてやってくれ…ジファイルを」
「はい…でも今は祈りましょう、父さま。妖竜が目覚めない事を…」

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