第1章・四賢者
フィアルカ王国のはずれ、オレイアデス山脈のふもとにある小さな街・ラムダ。
この小さな町のとある宿屋に二人は居た。
「ブレイブ!いい加減起きたらどうなの!?」
金色の髪の少女が、ベッドから起きようとしない青年に向かってそう言った。
ブレイブと呼ばれたその青年は、長い栗色の髪、整った顔立ち。その右の頬には小さな傷がある。
「もう少しぐらい良いじゃないか。ケチだなフェアリーは」
「私達は一刻も早くオレイアデス山脈のどこかに居るという「太陽の賢者」とやらに会わなくてはいけないの。こんなところでグズグズしている暇はないのよ!」
オレイアデス山脈…三つの大きな山とそれを囲む様にそびえる小さな山々からなる山脈である。二人はその山脈のどこかにいるという「太陽の賢者」ジンに会うために旅をしている。
「大体、ジンがどのあたりに住んでいるか何の手がかりもないのよ。あのだだっ広い山脈をどうやって探すか考えただけでも死にそうだわ」
「見当はついてるさ」
そう言ってブレイブは身を起こした。
「多分、フズクーバだと思う」
フズクーバ山はオレイアデス山脈一…いや、このジスティール大陸一大きな山で、モンスターが徘徊するオレイアデス山脈で唯一モンスターのいない山。山の神リ・シュールが住むと言われている山である。
「極秘に仕入れた情報だけどね」
ブレイブはそう言って笑って見せた。
「信用できるんでしょうね…その情報」
怪訝な顔でフェアリーが彼を見た。
「大丈夫だよ」
ブレイブはそう言って少し間を置いて付け加えた。
「多分…ね」
ジンは世界四大賢者の一人で「太陽の賢者」と呼ばれている。
彼の髪はとても明るい金髪で、その髪をとある吟遊詩人が『まるで太陽のように輝く金色』と言った事からそう呼ばれるようになったと言う。
彼ら四賢者はめったに人に会う事はない。彼らに会う事が出来るのは、彼らに選ばれたものだけだと言われている。
ブレイブ達は四賢者が持っているという『かぎ』を求めて旅をしていた。
『かぎ』は四賢者が一つずつ持っていて、四つ集まって初めてその力を発揮する神器。
この世界のどこかに眠る大地の神殿…そこにあるという大地の剣を手に入れるために必要なものだ。
ブレイブ達は既に「暁の賢者」ガルナから『かぎ』を受け取っていた。
残っているのは「月の賢者」フィア、「夜の賢者」シルドラ、そして「太陽の賢者」ジンの持つ『かぎ』である。
ガルナの住むフィアルカ王国の北の祠から一番近い、オレイアデス山脈に住むジンを次に選んだ。シルドラに会うにはさらに大陸を南に進み、フィアに会うにはさらに海を渡って東へ進まなければ行けないからだ。
二人は街で出来る限り装備を整えて、ラムダを後にした。
そしてオレイアデス山脈へと足を踏み入れた。
「どうしてジンはこんな山奥に住んでいるのかしら。他の賢者たちは森に住んでるというのに…」
「さぁな、本人に聞いてみるしかないんじゃないか?」
フェアリーの問いにブレイブはそう答えた。
「ジンは四賢者の中で最も人に会うのを嫌うと言うわ。ホントに会えるのかしら」
フェアリーは胸の中にずっとあった不安を口にした。
「会えなきゃ困るのは…ジンも同じじゃないかな…」
独り言のような小さな声で、ブレイブは言った。
それから二人はしばらく黙ったまま山道を歩きつづけた。
辺りの景色は鬱蒼と茂った森から、やがて荒れ果てた大地剥き出しの世界へと変わっていった。
森を歩いていた時にはたまに出会ったモンスターたちも、ここまで来ると姿を見せなくなった。
「こうも静かだと不気味ね…私達以外、生きているものがいないみたい」
フェアリーは少しブレイブに寄り添う様に歩いていた。
太陽もだいぶ傾き、地平線は赤く染まり始めている。
「恐がらなくてももう大丈夫だよ。ほら」
ブレイブはそう言って道の彼方を指差した。
小さな明かりが見える。
「行こう、きっとあそこにジンがいるはずだ」
二人はその小さな明かりに向かって歩いた。
そう歩かないうちに、二人が行きついたのは石造りの小さな家…というより小屋といった方が良いかもしれない…そんな建物だった。
二人は顔を見合わせると、木製のドアをノックした。
「…誰?」
わずかな沈黙のあとに、男とも女ともわからない声が聞こえた。
「太陽の賢者を探している」
ブレイブが言った。
また沈黙。
どのくらいそうしていただろう。長いようにも短い様にも思えたその沈黙を破る様に、ギィという音とともにドアが開いた。
ドアの向こうに立っていたのは、一見女にも間違えそうな美青年だった。
透き通るような金髪。瞳は海のような深い藍。
「私がジンだ。待っていたよ…ブレイブ?」
ジンはそう言うとブレイブの顔を見た。
「わかっていたのか?来る事」
「ガルナが知らせた。大地の子が『かぎ』を求めていると」
そう言って二人を部屋の中に招いた。
「目覚めるらしいな。ヤツが」
他人事のようにそう言って、彼は二人に紅茶を差し出し椅子に座った。
「ずいぶん無関心なんだな。世界が滅びるかも知れないという時に」
ブレイブは紅茶を一口飲んだ。
「世界最凶の魔法竜が目覚めるんだぞ」
「古代王国・アルカテルの時代から…」
ジンは立ちあがると、窓のほうへ歩み寄った。
「魔法竜は神の使いとされてきた。彼らが神々の時代の言葉を話し、他のドラゴンとは違う魔力を持っているからだ。だから魔法竜の意志は神の意志…そう思って諦めることだ」
「それは違うわ」
そう言ったのはフェアリーだった。
「滅びだけが残された道ではないわ。生き残るチャンスもちゃんと与えてくれた。だから大地の剣がこの世に存在するんじゃないの?」
「しかし、『かぎ』が揃わねば、大地の神殿の扉は開かない。したがって剣を手に入れることもできないというわけだ」
ジンは窓の外を見つめたままそう言った。
「『かぎ』を渡す気は無いってことか?」
ブレイブの問いに、ジンは答えなかった。
「ジン!」
「一度だけチャンスをやろう」
ジンが言った。
「チャンス?」
「そう、君の行動によっては渡してもいい」
ジンは振り返ってジファイルを見た。
「シルドラに会いに行け」
「夜の賢者か?」
「そうだ」
そう言ったジンの瞳には、なにか悲しいものがあった。
「会えばわかるだろう。私の『かぎ』はそこにある。ここには無い」
「どういうことだ?」
「シルドラに会え。会えばすべてわかる」
フェアリーは、ジンが今にも泣き出しそうな、そんな錯覚を覚えた。
藍色の瞳はうつむいたまま、
「今夜はもう遅い。泊まって行け」
そう言うと、奥の部屋へと姿を消した。
それっきり、ジンは姿を現さなかった。
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