心を開いて



 志々雄達との戦いが終わったが、身体の傷が癒えないので、剣心達は葵屋に世話になっていた。
『別にずっと居ても構わないよ』
 と翁達は言ってくれたが、東京の神谷道場を恵に任せきりにしておくわけにもいかないので、数日後に帰ることにした。
「――で、嬢ちゃんとはどうなったんだい?」
 薫が操と風呂に入っている最中、左之助が剣心に問いかける。
「何のことでござるか?」
 いつものようにシラを切りとおそうとする剣心。
「今まではそれで済んでたかもしれねェけどよ、この際はっきりさせておいた方がいいんじゃねェのか。弥彦でさえ、嬢ちゃんの気持ちを知っているんだぞ」
「それはそうかもしれぬでござるが…左之にまで言われるとは思わなかったでござるな」
「おいおい、人が心配してやってるのに、そんな言い方はないだろう」
 剣心だって、薫に対して、全く恋愛感情がなかったわけではない。ただ、自分が薫を幸せに出来るとは限らない、下手すれば今よりも苦労させることになる…そう考えると、現在の状態でも構わないと思っていたのだった。
「ま、嬢ちゃんとの事をはっきりさせるつもりなら、早いうちの方がいいぜ。このままで東京へ帰ったら後悔することになるかもしれないぞ」
「・・・・・・」


 月明かりのとても綺麗な夜。剣心は薫が浴場から戻るのを待っていた。
 薫は操と一緒に戻ってきた。
「それでね、――!」
話に夢中になっていたが、目の前の剣心の姿にハッとする薫。
「…剣心…」
「あれ、緋村ぁ、どうしたの?」
「薫殿に話したいことがあるのでござるが…」
「どうしたの?真剣な顔しちゃって」
いつもと様子の違う剣心に戸惑う薫。
「・・・・・・」
「なんかあたしがいたらお邪魔みたいだから、部屋に戻ってるね」
気をきかして退散する操。
「あ、ちょっと操ちゃんっっ!?」
「頑張ってね、薫さん!」
 薫を励まし、操はさっさと自分の部屋へと戻って行った。
「薫殿、ここで話していたら風邪をひくかもしれないでござるから拙者の部屋に行くでござる」
「う…うん…」
 急展開に何が何だか訳が分からずに、薫はいつもより歩みの速い剣心に必死でついて行こうとする。


 剣心の泊まっている部屋。
 部屋の隅には逆刃刀が立て掛けてある。
「適当に座って下され」
座布団を出し、薫に座るように促す剣心。
「うん…」
 剣心に呼ばれたということで、落ち着かずに部屋の中を見渡してしまう薫。
 そんな薫の心情を知ってか知らずか、剣心は落ち着いて薫に声を掛ける。
「…薫殿…」
「何?」
「拙者とその…結婚して欲しいでござる」
「え!?」
「……拙者は…薫殿の事を愛しいと思っていた。けれども、人を殺めたことのある拙者と一緒に居ては薫殿にもいつ何が起こるかわからないでござる。しかし、今回京都で志々雄たちと戦って、薫殿を守れる自信がついたでござる。…これからも拙者のそばにいて欲しいでござるよ」
「・・・・・・」
 ここまで言い切ると、剣心は照れがあるのか黙ってしまった。薫は薫で予期せぬ出来事に混乱して言葉を失ってしまっていた。


 胸の鼓動が高鳴り合い、しばしの間、沈黙する剣心と薫。しかし、二人の間の雰囲気は決して気まずいものではなく、けれども、今までとは違うものに変わっていた。
『あの…』
 双方が同時に言葉を発する。
『あ…』
「け…剣心、先に言って?」
「いや、薫殿からでいいでござるよ」
「でも…うまく言葉にならないから…」
「返事を今すぐして欲しいとかいうのではないでござるから…その…考えてお いて欲しいでござるよ」
「…返事はもう決まっているわ…ただ…」
「ただ?」
「本当に…私で…いいの?」
「もちろんでござる。拙者は薫殿以外の女性と結婚する気はないでござる」
「剣心…」
 普段気丈であっても、薫も女の子である。頬を赤らめ、そして…。
「か…薫殿?」
 薫は自分でも無意識のうちに、大粒の涙をこぼしていた。
「あ…あれ?私…嬉しいのに…」
 そのあとの言葉は、うまく言葉にならなかった。
 薫の言いたいことがなんとなくわかった剣心は、優しく薫を抱き締める。そして、唇が軽く触れる程度に口づける。
「剣…心…?」
 突然の出来事に、目を大きくして、きょとんとする薫。剣心は、そんな薫に優しく触れる。
「すまない…拙者が…もっと早くはっきりさせていれば、薫殿をこんな辛い目にあわせずに済んだのかもしれない…」
「ううん…そんな事ない…」
 薫は、自然に剣心に抱きついていた。


 しばらくの間、剣心が薫を抱き支える形で寄り添う二人。
「薫殿…落ち着いたでござるか?」
剣心が、薫の髪に触れながら、問いかける。
「ん…もう大丈夫…」
 薫も落ち着いて、平常心を取り戻していた。
「……ねえ、剣心…」
「何でござるか?」
「これからもずっと私のそばに居てよね?」
「もちろんでござるよ」
 そして再び唇を重ね合う剣心と薫だった…。


 月明かりの綺麗な夜、二人の心は一つになった…。




おまけ〜葵屋出歯亀集団〜


 剣心の泊まっている部屋の外では、
「やれやれ、やっとまとまったか…ったく、やきもきさせるよなぁ」
「恵には悪いけど、これで丸く収まったって訳だ」
「ねぇ、緋村と薫さんって、今まで何もなかったの?」
「だからここまで話が来るのに時間がかかったんじゃろう」
 ……という会話が、左之助・弥彦・操・翁の間でかわされていたらしい…。


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