あなたのそばにいるだけで



 ──いつも、一緒に連れて行ってもらえるものだと思っていた。

 だけど、あの日…あんな形で置いて行かれるとは思ってもみなかった。
 幼かったあたしは、また朝が来れば、あなたに会えるものだと信じていた。
 けれども、あなたの名前をいくら叫んでも…あなたはあたしの前には現れてくれなかった。

 だから、どんな状態でも──あなたが、あたしのそばにいてくれるのが…嬉しい。
 数年間の空白…あなたが何をしていたかは、初めて聞いたときにはショックだった。
 だけど、あたしは、隠密御庭番衆の一員。これくらいでへこたれなんてしない。
 あなたが目を覚ます、その時まで、ずっと付いているわ…。


 緋村剣心との戦いで、四乃森蒼紫は、瀕死の重傷を負った。
 翁との戦いで、自分自身が強くなったと思っていたが、剣心は初めて戦ったとき以上に遥かに強くなっていた。
 負けを認めざるを得ない状況に追い込まれ、気を失う前に見たものは、
 ――自分を守るために死んでしまった御庭番衆の四人の姿、―― であった…。
「――し様…蒼紫様…」
「お前達…どうしてここへ…?」
 この世に居るはずのない人間に再会して、戸惑う蒼紫。
「蒼紫様こそ、どうしてここへ来たんですか?」
「ここは、あの世への入り口ですぜ。」
 べし見とひょっとこが次々と口を開く。
「あの世…ということは、俺は死んだのか?
 生死を賭けた戦いに敗れ、償いきれない罪を背負っているのだから、地獄へ落とされても仕方がない…けどな」
「いや、あんたはまだ死んじゃいねェ」
 式尉が落ち着いた口調で言う。
「あんたは間違ってここに来ているだけだ」
「蒼紫様のいる場所はここではない…ほら、迎えが来たようだ」
 般若が指した方向には、三つ編みを勢いよく振りながら駆け寄ってくる、巻町操の姿があった。
「蒼紫様ー!」
「俺は…、生きててもいいのか?」
 操の迎えに、戸惑う蒼紫。
「何当たり前のこと言ってるんですか。」
「俺たちは、蒼紫様を生かすためにここへ来たのだから、後悔なんてしていないぜ」
「償い切れない罪は、生きることによって償えばいい」
「それでこそ、御庭番衆の名が残るのだから…」
 べし見、ひょっとこ、式尉、そして般若に見送られながら、あの世を後にした、蒼紫と操だった……。


「ん……」
 蒼紫がぼんやりと目を覚ますと、そこは見慣れた葵屋の家の中だっ た。
「蒼紫様!…よかった!気がついたんだね」
 聞き慣れた声。そして、見慣れた姿の…
「――操、か?」
「そうだよ、蒼紫様」
 操の目から、うっすらと嬉し涙が流れるのが判る。
「今まで…ずっと見ていてくれたのか?」
 コクン、と頷く操。
 一呼吸おいて、蒼紫がポツリと話し出す。
「俺は…、もう、自分で生きていないものだと思っていたのに…。
 般若たちに呼び止められ、そして、操…お前が俺をこの世へ迎えに来てくれた…。」
「あ…あたしはただずっと蒼紫様のそばにいただけで…。何もしてないよ…」
「いや…そのおかげだな…」


 初夏にしては、心地よい風が部屋の中に吹き、蒼紫と操の間にはしばしの沈黙が続く。でも、それは、気まずい沈黙ではなく、何となくほっとしたような雰囲気であった…。
 その様子を、心配して、こっそり見ていた人達――剣心や薫、京都の御庭番衆のみんな――がいたが、蒼紫も操もそれには気づかずにいた。
「この分だと大丈夫そうでござるな」
 剣心が薫にささやく。
「そうね…。今は二人きりにさせておいてあげましょう。
 気づかれないうちに、ここを離れましょう」
 そして、皆、それぞれの持ち場へと去って行った。


「操…」
 沈黙を破ったのは、蒼紫の方からだった。
「何?蒼紫様」
「俺は…ここにいてもいいのか?」
「なに当たり前のこと言ってるの!
 緋村だって、蒼紫様に生きてて欲しいから、逆刃刀で助けてくれたんだもの。そりゃ、般若君たちの最期を知ったときはショックだったけど…」
「緋村に勝てば、『最強』と言う名の華を手にできる――それしか考えていなかったからな…。お前にも、ひどいことを言ってしまった――その…すまなかったな…」
「ううん…。平気だよ。今はこうして、あたしのそばにいてくれるんだもの。それだけで…。」
 それだけで、あたしは幸せ。――そう言おうとして、操は、以前、薫が言っていた言葉を思い出した。
『剣心に会いたいと思ったから…それだけで京都に来た』
 今なら、薫の気持ちが心に染みて理解できる。
 そう思ったら、何となく恥ずかしくなり、赤面して黙ってしまった操だった。そんな操の手に、そっと蒼紫が自分の手を重ね、ぼそりとつぶやいた。
「操…俺もだ…」
 蒼紫も、心なしか赤面している。


 あなたがそばにいるだけで、それだけでいい。
 願わくば、これからもずっとそばにいて欲しい…。
 そんな二人の思いが、通じ合ったようだ。


戻ります