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福島駅東口
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起点の福島駅東口はバスプールの2番乗り場から発車。
かつての軌道線もこのあたりの道路沿いに乗り場があった。
左奥が福島交通飯坂線と阿武隈急行線の電車乗り場。
駅ビルS-PALや、駅前通りには中合やAXCなど大型店が並ぶ。
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大町
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平和通りにあるバス停。
福島駅東口同様乗り場は各方面ずつに分けられており、当線は1番乗り場から発車する。
西部方面からのバスの終点にもなっており、降車場は東へ進んだ書店前となる。
付近のレンガ通り(旧電車通り)沿いやその周辺には金融機関が並ぶ。
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舟場町
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企業・官公庁がひしめく福島市中心街の東端に位置する舟場町。
平和通り(国道13号線)の終端である舟場町交差点を左折したバスはここから国道4号線を北上する。
バス停は3カ所あり、当線を含む北部方面へのバス路線はこの国道4号線側に発着する。
県内各方面からの高速バスも停車する。
また、平和通り南側のバス停は西部方面への路線バスの起点となっており、バス停としての機能規模も大きい。
背後にはかつて飯坂東線が横断していた北町交差点が見える。
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豊田町
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仲間町交差点と浜田町交差点の間にある豊田町バス停。
背後に見える浜田町交差点は国道114号線の起点で、南向台循環線(渡利先回り)は右折後のバス停に停車。
その路線の1つ先には成蹊高校バス停があるが、発着の多い豊田町バス停を利用する通学生が多い。
付近にはヨークベニマル浜田店があり、旧電車通りは夕方になると店を出入りする車で混雑する。
福島駅東口から当バス停までが100円区間である。
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東高校前
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その名の通り福島東高校の至近に位置する。
同じ敷地にある福島大学付属中学校の最寄りバス停でもある。
このあたりから住宅街の様相が色濃くなる。
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市役所入口
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国道4号線を走るバスから福島市役所へはこのバス停。
宮下町を経由する路線バス大波経由掛田線がここで合流する。
今でこそ市役所入口だが、新市庁舎完成時には当バス停付近の国道沿いまで拡張される。
児童公園へも当バス停で下車。
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社会保険事務所入口
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以前は職安前という名称だった。
奥には福島競馬場の建物が見える。
1つ先に競馬場前バス停があるが、来場客のほとんどが当バス停で下車する。
競馬場南口に近いことと、次の区間で運賃が上がることが影響しているためとみられる。
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競馬場前
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福島競馬場の最寄りバス停で、下り線は第三小学校前に位置する。
県内各方面への高速バスの終点にもなっており、競馬開催日や場外発売日には仙台行きの直通バスも運行されている。
競馬帰りの乗客を考慮してか、反対側の福島駅東口方面のバス停の待合いスペースは非常に大きい。
福島東陵学校にも近いが、駅からの通学生は100円バスとなったももりん循環を利用する。
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日赤前
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目の前に日本赤十字病院がある。
また、手前の交差点を信夫山方向に向かうとすぐに音楽堂がある。
その交差点へは、福島交通福島支社に出入りするバスや、競馬開催時の馬運車などの大型車両が頻繁に行き交う。
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岩谷下
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国道115号線との交差点付近にある。
分岐する月の輪方面や大波方面へのバスは国道115号線にあるバス停に停車する。
手前で国道4号線と旧電通りがぶつかり、軌道線はそこから少しの区間、国道4号線の中央を走っていた。
岩谷観音にも近い。
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グランド前
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信夫ヶ丘競技場の東側に位置する。
国道4号線松川橋のたもとで、軌道線は西側の旧電車通りに松川橋グランド前電停に発着していた。
河川敷においてもスポーツ競技が催される。
信夫山も松川に沿うように迫る。
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上本内
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松川橋の北側に位置する。
橋のたもとにはかつて家具屋スズコーがあった。
このあたりから風景は郊外のものへと変わっていき、ローサイド店が目立つようになる。
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本内
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通称福商通りの交差点近くに位置し、信夫山循環系統がここから西の国道13号線へ向かう。
信夫山循環は元は「余目」「本内経由北矢野目」という系統で、
国道4号線を経由して国道13号線至近の北矢野目方面を結んでいたが、
国道13号線まで通じる循環線として再編され福商通り地区の利便性が格段に向上した。
両国道を経由する系統とあって、旧系統時代よりも大幅に増便されている。
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卸商団地入口
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福島市の卸商団地の東側に位置する。
画像奥の通りを左折すると広大な卸団地一帯を通過する。
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福島学院前
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元は女子短大前というバス停だったが、学校名変更に伴い現在の名前になった。
また、奥に見えているのは阿武隈急行線の橋梁だが、
同線にも橋梁西側にバス停と同名の駅が設置されている。
その駅の下には、かつて飯坂東線が通っていた。
いちい鎌田店のそばに位置し、当線に乗車し湯野方面へ向かう買い物客の姿も見られる。
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瀬上本町
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このあたりから福島市瀬上地区となる。
かつて東北線の東福島駅は瀬上と称していたが、
駅としては町外れとなり相応しくないことから改称されており、
現在は阿武隈急行線に同名の駅が設置されている。
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瀬上中央
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その阿武隈急行瀬上駅に近いが、
当然停車場としての歴史は当バス停の方が古い。
路線バスは瀬上の街のほぼ中心部を通過しているためバスの利用が多い。
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瀬上橋
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摺上川を渡る瀬上橋のたもとに位置する。
コープマート瀬上の最寄りでもある。
旧電車通りは幸橋を渡るとすぐ伊達市だが、こちらはまだしばらく福島市である。
軌道線が走っていた頃は幸橋は木橋で、
通過重量制限があったという。
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川原町
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摺上川を渡った後の最初のバス停。
伊達市の境界が西側に迫るが、ぎりぎり福島市に位置するが、
停留所名の川原町は伊達市(旧伊達町)となる。
サテライト福島(場外車券売場−競輪)が右側に見える。
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田町
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伊達市(旧伊達町)に入り最初のバス停となる。
バス停の目の前がアサヒ電子の工場である。
福島市から国道4号に沿って街続きとなっている。
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伊達長岡
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ここから各系統が分離する旧伊達町の要のバス停。
当線は奥の交差点を左折し西進、
伊達線と保原線は右折し東進、
桑折線・藤田線・小坂線と掛田線はそのまま直進する。
見えている歩道橋はかつての軌道線の橋梁で、
東側には架線柱が残っている。
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伊達交番
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ここからが当線の単独区間。
その名の通り伊達交番の目の前に位置する。
ヨークベニマル伊達店の買い物客がここから乗車してくることもある。
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聖光学院前
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聖光学院高校の最寄りだが、手前の交差点奥にはJR伊達駅が近くに見える。
軌道線はここから分岐し、伊達駅前までを結んでいた。
奥には伊達鉄鋼の工場が両脇にあり、独特の雰囲気が漂う。
聖光学院は近年高校野球の活躍が目覚ましく、
数年前まで福島県勢の甲子園での1勝が大難関だった時代が嘘のように、
近年初戦での勝利が飾れるようになり、
目立たないが東北勢の中で最後まで勝ち残ることもある。
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伊達駅入口
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その名の通りJR伊達駅に近いが、跨線橋の真上に位置するため、伊達駅へは1つ手前の聖光学院前が便利か。
伊達駅とを結ぶ階段やスロープもあるが、いかんせん高低差が大きい。
いずれにせよ、当線とJRとの連絡は現在は皆無であろう。
以前は、伊達駅構内ホームに飯坂温泉の旅館名標が多く掲げられており、
軌道線時代の名残を感じられた。
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増田
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再び福島市に戻り、一路湯野駅へと向かう。
伊達駅入口とともに、福島方面側にのみバスポールが設置されている。
周辺は国道に沿って住宅が並び、背後はのどかな田園地帯となっている。
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東湯野ふれあいセンター
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近年新設されたバス停で、東北自動車道脇の東湯野ふれあいセンター前に位置する。
東北自動車道をくぐる手前で国道からここに立ち寄ったバスは、
すぐ右折して県道に入り、東北自動車道をくぐって国道に復帰する。
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東湯野
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その名の通り東湯野地区に位置する。
手前の東湯野ふれあいセンターからかなり近いが、次の明神町までの距離は長い。
ここより先は広大な田園地帯を走り、湯野へと向かう。
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明神町
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田園地帯を抜けて住宅が見え始めたあたりで明神町バス停に到着する。
バスはここより国道を離れて進む。
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田中
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トーアエイヨー福島工場の前にあるバス停。
ここには上下線両方にバスポールが設置されているが、ここから次の湯野まで利用する乗客は皆無であろう。
バス停の前には小さな商店も並ぶ。
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湯野駅
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かつての飯坂東線の終点湯野駅で、当系統の終点でもあるが、
近年一部のダイヤはここよりにしね幼稚園まで延長運行される。
軌道線時代の駅舎は取り壊され現在はバス転回所及び車庫となっているが、
バス停の名前が往事を偲ばせる。
付近は温泉街の一角で湯野商店街となっており、軌道線無き後も湯野駅が地域の中心であり続けている。
飯坂線の飯坂温泉駅までは徒歩3分。
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にしね幼稚園
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近年新設されたバス停。
登校日に限り朝1本の湯野行きがここまで乗り入れ、また昼間1本の福島行きが湯野駅発車後こちらを経由するようになった。
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駅前通り
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画像奥が福島駅で、軌道線の電車は現在のバスターミナル付近から発車し、現在の駅前通りとレンガ通りを通っていた。
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レンガ通り
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電車が通っていたレンガ通りは整備されたが、歩道には電車をかたどったタイルが複数ある。
かつてここに電車が行き交う姿があったのだ。
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駅前通り、レンガ通りを抜けて電車は一旦県庁前通りに入ってすぐクランク状に奥の交差点を右に折れていった。
現在のHISの建物の場所には、軌道線時代から近年まで三万石が営業したが、
現在は画像のすぐ背後のホテルサンルートプラザ1Fでの営業となっている。
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北町交差点
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軌道線時代末期は国道4号北町バイパスも完成し、この広い道路を軌道線が左右に横切っていた。
日産自動車の販売店は、変わらずこの地に店を構えている(建物は当時と建て替えられている)。
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旧電車通り(豊田町界隈)
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北町交差点を横断した電車はすぐ左折し、旧道に入る。
レンガ通りや旧国道4号は「旧電車通り」と呼ばれることがある。
画像の左側(道路でいう上り線)を電車が走っていた。
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岩谷下合流点
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国道4号の旧道を走っていた軌道線は、ここで国道4号バイパスとぶつかった。
ここで線路は国道の上り線を横切り、広いバイパスの中央を走行していった。
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岩谷下で合流した後、松川橋グランド前電停への側道へ入るまでの区間は、国道4号バイパスと併走。
道路の中央を電車が走行していた。数多くの車がひっきりなしに行き交うようになった現在、
この広大な道路の真ん中に電車が走っていた姿は想像できない。
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松川橋グランド前
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岩谷下の合流点からここまでは、北町バイパス上を軌道線が走っており、軌道線はここより道路の下り線を横切り、
松川橋グランド電停への側道を走っていった。
当時の写真を見ると、国道4号の真ん中を走っていた電車がここでダイナミックに90度方向を変えているのが分かる。
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このあたりが松川橋グランド前の電停で、線路もいくつかの引き込み線があった。
そのためか、現在の国道4号からここまでの道路幅が不自然に広くなっている。
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松川橋跡
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ここには軌道線専用の橋梁が架けられており、対岸の道路へと通じていた。
現在では両岸の桁跡なども整備され、当時ここに橋が架かっていた名残は無くなってしまった。
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旧電車通り(鎌田界隈)
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松川を渡った電車は再び旧道を走る。
画像でいう道路の右側(上り線)を走行していた。
現在はスーパー(いちい)や住宅が並ぶが、当時は田畑が広がっていた。
背後に見える築堤は阿武隈急行線の線路で、軌道線が走っていた当時から丸森線(予定)の線路築堤として存在していた。
築堤の奥には軌道線の「短大前」電停があったという。
時は流れ、路面電車は姿を消したが、昭和63年に阿武隈急行線が開業し築堤上を電車が走るようになり、
さらに平成14年に、道路の真上に「福島学院前」駅が設置された。
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幸橋
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幸橋は電車と自動車共用の橋で、当時は木橋であった。
木橋時代は重量4tの制限付きだったが、現在は鉄筋コンクリートの丈夫な橋梁に架け替えられている。
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長岡分岐点跡
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画像奥が福島方面で、保原方面の電車は左に折れていった。
正面建物前がちょうど線路が分岐している箇所で、現在は小さなロータリー状になっている。
その奥の建物は、軌道線時代からあったカメラ屋さんで、数年前まで営業していたが今は無くなったようである。
その前の道路がちょうど長岡分岐点電停だった。
湯野方面の路面電車は、長岡分岐点から湯野駅までの折り返し運転だったそうだ。
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長岡歩道橋
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赤字の項目は長岡分岐点から分かれた保原線の遺構。
保原方面へ向かう電車は、ここで国道4号を乗り越していた。
現在は歩道橋となっているが、軌道線の築堤(次項目)などがそのまま使用されている。
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残された架線柱
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長岡歩道橋の東側築堤に、軌道線で使用されていた架線柱の片側が現在でも1つだけ残されている。
今は街灯のために使用されているようだが、柱自体がだいぶ老朽化して久しい状況でも残されているのは、
かつてここに電車が走っていたことを感じるための思いが込められているのだろうか?
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伊達橋
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伊達橋は軌道線と歩行者、乗用車などが共用していた橋梁で、画像奥が保原方面である。
線路は橋の右側に木枠の下に敷かれ、左側は砂利が敷かれていた。
軌道線廃止後、歩行者専用橋梁として整備され、昭和54年に(再)開通したそうだ。
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橋梁の橋桁や鉄骨は軌道線時代そのままのようだが、奥の青が濃い部分だけは最近替えられたようだ。
自動車専用(国道399号)の伊達橋は、画像手前に並ぶように昭和42年3月に竣工された。
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国道399号
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長岡分岐点より軌道線はほぼこの国道399号に沿って走っていた。
伊達駅から飯坂温泉までを結んでいた軌道線の名残ではないが、飯坂温泉の案内看板が設置されている。
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湯野駅跡
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軌道線廃止後も長らく残されていた湯野駅の駅舎は2000年9月8日に取り壊された。
敷地には、新しく設置された待合室兼詰め所がある。
残された舗装が、かつてあった大きな駅舎を偲ばせる。
現在ここを発着する路線バスは伊達経由福島駅東口と杉の平の2系統で平日でも8本のみ。
軌道線の終着駅としては何とも寂しい本数になってしまっている。
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およそ物置と化してしまった湯野駅待合室内には、路線バスの大型時刻表が掲示されていた。
しかしこの時刻表は数年前のダイヤ改正以前のもので、
駅舎が取り壊された後も残されたこの時刻表も、ついに時間が止まってしまったようだ。
待合室のスペースはベンチもあり、物が置かれて狭いながらも腰をかけてバスを待つことができるようだ。
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