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 朝になってもジンはブレイブ達に姿を見せる事はなかった。
 ラムダに戻った二人は、宿屋を探し部屋に入るとテーブルの上に地図を広げた。
「今居るのがここだろ?」
 ブレイブが地図の上を指差す。
「そこから…」
 その指を南に動かして止める。
「ここがシルドラの居るデフォの森だ」
 デフォの森…鬱蒼と茂った森。昼でも薄暗い魔物の巣窟。『あやかしの森』をもう少し小規模にした…そんな感じの森だ。ディールの王都ザードより少し南に位置する。
「もっと装備を充実させたほうがいいわね」
 フェアリーが言ったその時だった。
「そっちが先ぶつかってきたんだろ!」
 外で大きな声がする。少女の声だ。
 窓の外を覗くと、数人の男たちに囲まれているのは紫の髪の少女だった。
 一見エルフのようだが、変った髪の色は妖精族の血を引く証だ。
 少女はなにやら男たちともめている様だった。
「ブレイブ…あれって」
 フェアリーが手招きをする。
 ブレイブも窓から外を覗いた。
「!?」
 あわてて顔を引っ込めようとしたが、ブレイブは少女と目が合った。少女は満面に笑みを浮かべて窓を見上げる。
「やっほー!!やっと追いついたよ」
「…ランブル…」
 無視された男の一人が、カッとなってランブルの胸倉を掴んだ。
「よそみしてるんじゃねぇ!まだこっちの話は終わってねぇぞ!」
 そう威勢良く叫んだ次の瞬間、男の体が宙に浮いた。
「まだ何か話しある?」
 ランブルはそう言って、残りの男たちを見回した。
 男たちは無言で首を横に振ると、一目散に逃げ去った。
 宙に浮かされていた男も、地面に降ろされると振り返らずに走り去った。
「弱いのばっか。つまんねーの」
 そう言って溜め息をついて、ランブルは再び窓を見上げた。
「今行くからね」
 ブレイブとフェアリーは「これから一緒なのか…」と二人で溜め息をついた。
「でも、ランブルは優秀な魔法使いよ。これから先、きっと頼りになるわよ」
 フェアリーが言った。それはブレイブにだけではなく、自分にも言い聞かせる様に。
「おまえが居るじゃないか」
「でも私の得意は回復系だもの。攻撃呪文はランブルの方がずっと上よ」
「それはわかってる」
 そう言ってブレイブはもう一度溜め息をついた。
「問題は、ヤツがとんでもないトラブルメイカーでもあるということだ」

ランブルはすぐに部屋へやって来た。
「こんな面白そうな事、見逃すわけには行かないでしょ?」
 そう言ってランブルは椅子に座った。
「えーと…ブレイブと呼んだら良いの?」
 確かめる様に名を呼んだ。
「ここを離れてフィアルカを出たら別にどっちでも良いが、それまではとりあえずな」
 そう答えてブレイブは再び地図へと目をやった。
「どこ行くの?」
 ランブルはまるで近所にでも行くみたいな聞き方をする。
「シルドラに会いに『デフォの森』に行く。嫌なら着いて来るな」
 少し冷たい口調でブレイブは言った。
「嫌じゃないさ。オレはもっと強くなりたいんだ。そのためにはモンスターのうようよ居る場所は大歓迎だね。良い修行になる」
「ランブル、もう少しきれいな言葉使ったら?」
 溜め息混じりの声でそう言ったのはフェアリーだった。
「無理言うなよ、こういう風に育ったんだから。それともなに?「私もっと強くなりたいんですぅ」とか言ったほうが良い?」
 ランブルは少し甘えたような声でそう言った。
「頼む…やめろ。気色悪い」
「だろ?だから、どんな格好でもオレはオレの言葉で話す。それで良いの」
 ランブルはそう言って笑った。
「…まぁそれはともかく、どういうルートで行くか考えよう。歩いていったら日にちがかかり過ぎる。そんな余裕は無い。かといって何か乗り物と言っても…」
「オレが馬車を手に入れてやろうか?」
 ランブルが言った。
「そんなお金あるの?」
 フェアリーが尋ねると、ランブルは小さく首を横に振った。
「誰が買うって言った?」
「え?」
 ブレイブは嫌な予感がした。
「目をつけてるんだ。良さそうなカモ」
 ランブルはそう言ってにっこりと笑った。
「おまえ、そういう詐欺師みたいな事やってると、後で痛い目にあうぞ」
 溜め息混じりの声で、ブレイブが言った。
 ランブルは舌を小さく出すと、
「オレはね、そう簡単に死にはしないからいいの。憎まれっ子世にはばかる…だよ」
「あなたが良くても、私達まで巻き込まれたらたまったものじゃないわ」
「頼むから余計な事はするな。ここからだと国一つ縦断しなくちゃいけない。馬車でも時間がかかり過ぎる。幸い明日はザードまでの汽車が出る。とりあえずそれに乗ってザードに行きそこで馬車を手に入れよう。そうすれば3日くらいで着けるはずだ」
 ブレイブが地図を指差しながら言った。
「今日はゆっくり休もう。明日は朝早いからな」
 そう言ってブレイブは部屋を出ていった。  

 フィアルカ、ディール、イザルカの三つの王国からなるジスティール大陸に走っている汽車はわずかに一本あるだけだった。
 それどころか、ブレイブの知る限り海を渡った遥か 東、ドールスのやファムスには汽車はない。
 更にその遥か先、魔の大陸と呼ばれる場所や、 ドラゴニカ大陸に関してはブレイブにもわからない。
 とにかくここ、ジスティール大陸にはフィアルカの王都カシムからイザルカの王都イルまで長く一本の線路で繋がれており、その途中には小さな駅がいくつかある。
 その一つがラムダにもあるのだ。
 汽車は月に一回往復するだけなので、こうして偶然にもその日に出会えるのは幸運としか言いようがない。
 当日の朝、駅にはその小さな駅では抱えきれないほどの人が溢れていた。
 南方の故郷に帰る者、旅立つ者がラムダ周辺から集まってきていた。この小さな町に、これだけの人が集まるのはこの日ぐらいなものだろう。
 三人は一番安い席の切符を買って列に並び、なんとか乗り込む事が出来た。一番安いと言っても、今の三人にとってはかなりの大金で、ぼろの馬車が一台買えてしまう値段だ。
 しかし、ラムダには売るような馬車などほとんどなく、ディールに入るには山を越え、 川を渡らなくてはならないので馬車では結構キツイ。
 カシムからザードの間はその先に比べたら空いている方だが、それでも座席は一杯で中 には立っているものも何人か見うけられる。
 三人は車両の一番端の席に落ちついて、また地図を広げた。
「ラムダからザードまで、駅は一つだけ。山を越えてまもなくのところに、ラムダよりも もう少し小さな町がある」
 ブレイブはそう行って、地図上の線路をなぞった。
「ラムダを出発して山を越え、次の駅に着くのが大体明日の朝になる。そこで少し停車し て、ザードに着く頃には夜になってしまうだろう」
「ドラゴンならあっという間に着けるのにな」
 そうランブルが呟いた。
「もっとも、いくら早くてもあの乗り心地の悪さはゴメンだけどね」
「発車するわよ」
 フェアリーがそう言うと同時に、汽車は汽笛を鳴らしゆっくりとすべる様に動き出した。
 ホームでは、汽車を見送る人たちが手を振っていた。
「必ず戻ってくる…この日常が失われる前に。必ず…」
 次第に遠ざかる町を眺めて、ブレイブは一人呟いていた。

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