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講和


 飛び交う怒号、ヤジ、罵声――臨時立法評議会は大荒れに荒れた。
「彼らも私たちと同じ知的生命です! 共存共栄も必ずできるはずです!!」
「ふん、あんな不完全な奴らは所詮あたしたちの食べ物よ!
講和なんて理想主義の寝言ね!!」
「静粛に! 静粛に!!」
 議長の声もかすれて痛々しい。会期は大幅に引き延ばされ、最終日の今日も
閉会予定時刻を6時間も超過している。普段は粛々と議事が進む評議会だったが、
「人間との講和」という歴史的転換点にあっては議論が沸騰するのも当然と言えた。
淫靡な香気が充満しているはずの議場に、怒りと熱気が渦巻く。
 それでも、日付が変わる前に講和条約は批准された。賛成82票、反対79票、
棄権14票。

 「紛争に終止符!」「人類の敵との共存はあり得るのか?」「平和共存の新
時代へ」‥‥様々な見出しの号外が町中にあふれる。淫魔側が講和に同意した
というニュースは全世界を駆けめぐった。身の程知らずの自称性豪たちは不快
感を隠さなかったが、世論は概ねこれを歓迎した。個人個人の事情はともあれ、
長引く混乱に心底嫌気が差していたのである。それは淫魔の側も同じだった。
 次元を恣意的につなぐ「門」を淫魔が設置、大挙して人間界に現れ、大規模
な紛争になってから32年。ここ4、5年の膠着状態の内に講和を模索する動きが
両陣営に起こり、それがついに結実した。

「人間・淫魔は、互いに相手を死に至らしめてはならない」「人間・淫魔は
互いの領域に侵入してはならない」「人間は淫魔にできうる限り新鮮な食料
を継続的に供給する」
 これらが講和の主な内容である。淫魔は人間を「必要不可欠な資源」と見な
すのに対して、人間は淫魔や淫魔界に何の魅力も感じ得ないため(性的には
ともかく経済上の魅力が皆無)、やや一方的ともいえる講和条件となった。
言うまでもなく、「食料」とは精気‥‥つまり精液か生きた男性そのものである。
無論、生きた人間を食糧として供給することは人間側の法で禁じられているのだが。

  * * * * * 

「けっ。なにが講和だ。結局人間は吸われるだけの奴隷じゃねぇかよ」
 男はラム酒をあおりながら毒づいた。鋭い目つき、逞しい身体、ぎすぎす
した雰囲気。ある種の男達に共通する特徴だ。
「いいか、俺らハンターの総力をかき集めれば、今だってクソ淫魔どもに大打撃を
お見舞いできる。それを何だと? 講和? 共存? ‥‥ふざけんじゃねぇ!!」
 酒が入ったおかげで普段以上に荒れている。もっとも、講和のニュースが流
れてから毎日のようにくだを巻くこの男には、バーテンもすっかり慣れっこに
なっていたが。
「まぁまぁティールさん。お上の決定じゃ仕方ありませんよ。
それにあれから半年、淫魔に殺された人間はひとりも居ないんですよ?
あたしら庶民は平和が一番でさ。
それに講和ができたってことは、連中だって一応話せる相手だって事じゃ
ないですか。連中はみんな美人だし、悪かぁないかも知れ‥‥」
 ティールと呼ばれた男のグラスにビシッとヒビが入るのを見て、バーテンは
口をつぐんだ。
「もういい、今日は帰る。ツケといてくれ」
そう言って彼はずかずかとした足取りで店を出た。
「‥‥そろそろお代を払って欲しいんだがね‥‥」
ひび割れたグラスを処分しながら、バーテンは聞こえないように独り言。

 大口を叩いたものの、人間側に余力がないのはティールも分かっていた。
 だが、それだけで割り切れるものではない。ハンターと淫魔とは、この前ま
で殺し合っていた間柄だ。信用できるはずもなく、許せるはずもなかった。
「たとえ姿は女でも、淫魔は悪逆非道の怪物だ。情けは無用。犯し、殺せ」
 それが全てだった。この点に関しては、「淫魔ハンター」と呼ばれる者は皆
同じである。その相手に敵意を抱くなと言われても無理だ。
 だが、ティールが何より気に入らないのは、むしろ一般の人間の反応だった。
講和が成ると手のひらを返したようにハンター達の扱いは軽くなった。
 まず、紛争抑止に維持するハンターを除いては、公費支給はすべて打ち切ら
れた。さらに、市民感情も大幅に変わった。いままではハンターといえば淫魔
の脅威に対抗する花形職業だったが、淫魔と和解したとなれば、ハンターなど
チンピラあるいはサオ師くずれも同然だと見なされるようになったのである。
 そして、そんな扱いが当然とも思われるようなハンターが少なくなかったの
も事実だ。ティールもそのひとりだった。ハンターとしての腕は良かったが、
むしろ粗暴なことで知られていたからだ。
「くそっ。気にいらねぇ!」
 そう毒づいて通行人を殴り倒し、街娼の多い区画へ足を運ぶ。講和以来、
元ハンター達は彼女らの上客だった。もっとも、それは長く続かなかったが。

  * * * * * 

「ああもぅ、なんだっていうのよ!
どうして人間なんかに遠慮してやらなきゃならないわけ!?」
 グラスから口を離すと、いらついた調子で彼女は不満をぶちまけた。
 長くつややかな濃い赤紫の髪、すっきりと整った目鼻立ち。匂い立つような
美貌だが、それも不平不満でむくれているためむしろ可愛らしくも見える。
「あらあら。ずいぶん荒れてるじゃない、レイミアちゃん。最近吸えてないの?」
 カウンターの向こうで、落ち着いた雰囲気の淫魔がグラスを拭きながら微笑する。
「吸えてたらここで精液カクテルをすすってるハズないでしょ!?」
「うふふ、それもそうね。おかげでわたしは儲かるけど。で、どうしたって?」
「‥‥最近さ、『特区』へ行く申請したら《書類不備》で追い返されて。
で、書類集め直して再申請したら審査に2週間もかかったあげく《適性検査不合
格》。じょーだんじゃないわよー!」
 ばべんばべんとテーブルを叩きつつ、愚痴をこぼす。思わずはためかせた翼
が他の客に当たりそうになった。
「うーん、ハンター共に『紫蝶のレイミア』なんて渾名までつけられちゃう程じゃあ、ねぇ」
 苦笑を返すバーテン淫魔。
 特区とは人間界に設置された「淫魔居留特区」のことである。そこは精力旺
盛な男が常備され、「人間を殺さない」ということが「保証」されている淫魔
に解放されているのだ。早い話が淫魔のための「保養地」「租界」に近く、
これを不快に思う人間も少なくないが、横行する人身売買を防ぐ苦肉の策であった。
「もー、どうして講和なんてしたのよー! 今まで食べ放題だったのに‥‥!」

 散々愚痴をこぼしたあと、レイミアは店を出た。
 ――と、唐突に話しかけてくる声。
「ねぇ、お姉さん‥‥」
 レイミアが振り向くと、見るからにうさん臭い淫魔がいた。
「‥‥何の用?」
「‥‥人間界に行きたくない‥‥?」
 囁くような低い声。
「そりゃあ行きたいわよ。けど申請はダメだったし、当分は輸入食生活ね‥‥。はぁ」
「‥‥連れてってあげようか‥‥?」
「‥‥どういうこと? まさか違法越境――」
 思わず声のトーンが下がる。
「‥‥ふふ‥‥もちろんタダじゃないですよ‥‥」

  * * * * * 

「けっ、ババァとヤっても稼ぎはたったこれだけかよ‥‥」
 午後7時。半端な時間に高級宿から出てきたのはティールだった。相変わらず
愚痴をこぼしながら歩いている。淫魔ハンター連中が軒並み失業したため、女
性相手の「娼夫」がインフレを起こし、相場も暴落してしまったのだ。
 もちろん真っ当な労働に従事する者も多かったが、それでも大量の失業者は
社会不安の材料にもなっていた。紛争があまりに長期にわたったため、少年時
代から徹底して対淫魔戦士として鍛えられた者達も多い。彼らは社会生活に向
かない性質(たち)になってしまったのだった。
 元ハンターが糊口をしのぐための方法としては、輸出用精液の提供や、特区
での「労働」がある。また、秘密裏に淫魔界へ身を売る者さえいる。
 だが、ティールは生きるためであっても淫魔のために何かすることは絶対に
嫌だった。彼にとって淫魔とは、精力を提供する相手ではなく、殺すための敵で
しかないのだから。
「‥‥仕方ねぇ、そろそろ職を探すか‥‥」
 うんざりした調子で独り言を漏らしながら、彼は酒場と向かった。

  * * * * * 

夜空に浮かぶ影。優雅にはためく翼、尖った耳、しなやかな細い尾。身体を覆
う装飾はごくわずか。――夜の魔物。
「うふふ、人間界って久しぶり‥‥。
美味しそうなのがそこら中にいるじゃない。目移りするわ‥‥」
 上空から眺める夜の街は、欲望と精気にあふれて見えた。レイミアは赤く形の
良い唇を舌先で濡らす。すでに「狩猟モード」に入っているその表情は、「酒
場」で見せたふくれっ面からは想像もできない、妖艶な「淫魔」のそれになって
いた。
「えーと、注意事項は『人間に化けて行動する』と‥‥あと何だっけ?」
「‥‥忘れないでくださいよ‥‥。『人間を殺さない』です。
ヘタに騒ぎになるとブローカーの仕事も困りますから‥‥」
「はいはい。ったく、しょうがないわねー」
「‥‥今から24時間だけ、ここの《門》を開けときます。
それまでには帰ってくださいね‥‥」
「りょーかい。じゃ、それまでしっかり楽しませてもらうわ!」
 そう言うと彼女は街の暗闇に姿を消した。
「‥‥あ‥‥ハンターくずれに会わないようにって言うの、忘れてた‥‥」

  * * * * * 

「うあ、あああっ! た、たのむ、もう許してくれ!!」
「ふふ‥‥なによ、まだ4回イっただけじゃない‥‥。
あと1回くらい頑張って‥‥ほらぁっ‥‥!」
 女は男にまたがったまま、ねっとりと腰をくねらせる。
「ぐっ‥‥あぐ‥‥ひいっ‥‥!」
 あまりの刺激に悲鳴を漏らす男。
 何もかも信じられなかった。セックスには自信があった。淫魔にさえ勝てる
んじゃないか、そんなふうにさえ思っていた。なのに、ちょっと声を掛けただ
けの女に立て続けにもう4回も搾り取られている。もうプライドも何もない。
信じられない快感に飲み込まれるだけだった。
「ひあ、うぁ、っく、‥‥――――っ!!!」
 男の身体がのけぞり、ガクガクと震える。
「あ‥ん‥‥いい‥‥――って、あれ?」
 レイミアは白目をむいた男の顔をぺちぺちと叩いてみる。反応がない。
脈はある。死んではいない。
「‥‥ふぅ、これ以上は無理、か‥‥」
 彼女は胸の内にわき上がる「死ぬまで搾り取ってやりたい」という欲望を理
性でむりやり押さえ込み、人間界を満喫するために外へ出た。

「さぁ、次のオトコ、っと‥‥?」
 視線を感じ、彼女は辺りを見回した。
 ‥‥いた。通りの反対側、建物の横に立つ男。自分の身体を舐めるように
見つめているのが分かる。
(ふふ、5人目。入れ食い状態ね‥‥。効率よくて助かるけど。)
 そう心の中で呟くと、視線の主に声を掛ける。
「あたしに‥‥何か用?」
「‥‥」
「女性の身体をじろじろ眺めておいて、何も答えないなんて‥‥ちょっと失礼じゃない?」
 そう言って、にぃっ、と笑う。
「悪い。あんまりキレイだから‥‥見とれてた」
「あら、ありがと。‥‥ふふ、見とれてただけかしら? ほかに何も思わなかったの?」
「ヤりたい」
「‥‥ぷっ、あはは! ずいぶんストレートじゃない。
‥‥ふふふ‥‥いいわよ、楽しみましょう‥‥。あたしはレイミア。あなたは‥‥?」

 ティールは声を掛けてきた女とじゃれ合いながら近くの宿に着いた。
 最初に「ニオイ」に気付いた時は、それがあまりにもかすかだったため確信
が持てなかった。だが、間違いない。
(淫魔‥‥なぜ「こちら側」にいる? 和解はやっぱり見せかけか?
‥‥まぁいい。目の前に淫魔がいる。俺は‥‥ハンターだ。)
 部屋の扉を閉めると、レイミアはいきなり男の唇をふさいだ。しなやかな腕が
首に絡み付き、豊満な胸が押しつけられる。舌が歯列をこじ開け、男の口内を
かき回し、舌を絡めとる。
(ふふ‥‥弱い男だったらもう漏らすくらいなんだけど‥‥。)
 そう思った瞬間、彼女の口の中に男の舌が侵入してきた。舌と舌が絡み合い、
押し合う。しばらく互いの舌技を確かめた後、長いキスは一筋の唾液を垂らし
て終わった。
「あん‥‥上手いのね‥‥」
「‥‥淫魔ハンターをキスで撃沈できると思ったか?」
「あら、ハンターだったの? ふふ、じゃあたっぷり楽しませてくれるわよね‥‥?」
レイミアはうっとりとした表情でティールの目をのぞき込む。
「ああ、命乞いしても止めない。死ぬまで抱いてやるよ‥‥『紫蝶のレイミア』」
「なっ――!?」
 彼女の顔が驚愕に染まる。しかしそれは一瞬のこと。次の瞬間、その美貌には
妖艶で獰猛な――淫魔としての欲望を湛えた笑みが満面に浮かんだ。
「――ふ、ふふふ‥‥なんだ、気付いてたの‥‥。
それにあたしのこと知ってくれてるなんて、光栄ね。
じゃあ化けててもしかたないわ‥‥」
 刹那にその姿がかき消える。そしてティールの背後に本性を現した淫魔が現れた。
紫色の瞳、濃紺の翼。はち切れんばかりの胸とほどよく引き締まった身体。男を
狂わせるための凶器のような肉体が、腕、翼、尾で三重にティールを抱きしめ、囁く。
「‥‥こっちの姿の方が、あなたも本気になれるでしょ?
ふふ、狂いましょう‥‥お互いの存在を賭けて‥‥!」
「‥‥望むところだ」
 言うなり、ティールは淫魔をベッドに押し倒す。首筋から舌を這わせ、乳首に
軽く歯を立てる。そして同時に左手で胸を揉みしだき、右手で股間をかき回した。
「あ‥‥ん、淫魔に前戯なんか要らない。分かってるくせに‥‥。
‥‥ふふ、早く突っ込みなさいよ‥‥一滴残らず吸い尽くしてあげる‥‥!」
「できるものならやってみろ」
 ティールは自分のペニスに精神を集中した。半勃ちでも十分大きいと言えたが、
さらに血液が流れ込むことでそれはますます硬さと大きさを増し、まさに巨根
というにふさわしい状態になる。表面には血管が走り、ビクビクと脈打つ肉の
凶器を――蜜を湛えた陰裂にあてがい、一気に貫いた。
「かはっ――あ、あぁ!!」
 淫魔は大きく声を上げ、男の身体にからみついた。
「は、あぁっ‥‥! 大きい、硬い‥‥っ!
あはっ‥‥あはははは! すごい、すごいわ、たまらない! んあぁっ!」
 嬌声を上げる淫魔。その目は欲望にたぎり、全身で男を責め立てるかのよう
に蠢いた。柔らかくも張りのある乳房が胸板に押し当てられ、長い舌が耳を狙う。
 ティールは巧みに腰を動かした。浅く、深く、速く、遅く。指先も熟練の淫魔
ハンターとして知り尽くした攻略ポイントを、徹底的に責める。だが、肉棒を
突き入れるたびに肉の襞が絡み付き、淫魔特有の責め方――男の性感を最大限
に刺激する締め付けで襲いかかってくる。まるで別の生き物のような、その絶
妙なテクニックに、思わず息を荒げた。
「ぐ、ぁぁ‥‥はぁ‥‥っ!」
「くふ‥‥どうしたの? あたしを、倒すんじゃ‥‥あぅ、‥‥なかった、の‥‥?
‥‥あ‥‥くっ‥‥ふふふ‥‥。さぁ、もっと感じて‥‥!」
 膣内の動きがさらに複雑になり、肉棒を揉み、しごき、肉の渦へと引きずり
込こもうと巧みにうねる。強烈な快感が押し寄せる。
(この淫魔‥‥強い‥‥!)
 ティールは内心の焦りを隠せなかった。このペースで抱けば、並みの淫魔なら
とっくに倒れている。泣き叫び、命乞いをしながら悶え狂い、絶え間なく何度
も絶叫し‥‥最期は消える。
 それが――いま抱いている淫魔、「紫蝶のレイミア」は、確かに感じては
いるものの、明らかに余裕を持っている。
 そして確実にティールの体力を削ってくる。――まずい。
「せっかく、狂わせてくれるのかと‥‥はぁっ‥‥思っ、たら‥‥
‥‥期待、しすぎたかしら‥‥っ?」
 じっとりと汗を浮かべながら、レイミアはにやりと笑った。
「‥‥くっ‥‥なめる‥‥なぁっ!!」
「――あ、ああぁっ!!」
 プライドを刺激されたティールは渾身の力で腰を叩きつけた。軽口を叩いてい
たレイミアは思わぬ打撃力にのけぞる。その反応に手応えを感じ、激烈なパワー
で淫魔の身体を串刺しにする。一気に奥底までぶち抜き、そしてからみつく淫
肉をものともせず引き抜き、容赦なく突き上げ、かき回す。固く尖った乳首を
強くつまみ、乳房を思い切り揉み潰す。
「ひぃっ、くっ、あああ! な、なにこれ!? あぁあっ‥‥くはぁっ!!」
人間の女なら苦痛に泣き出しかねない狂暴な責めにも、淫魔の身体は過激に反応
した。一方的に男を犯し精を搾り取ることに慣れていた彼女にとって、ティール
の与える暴力的な快楽はあまりにも強烈だった。

「どうだ?感じたかったんだろ? ‥‥人間を甘く見すぎたなっ‥‥!」
「あ、ああ‥‥! そ、そんな‥‥こんなの、こんなの――! 狂う、狂っちゃう!!」
 レイミアの頭は沸騰した。身体がもはや言うことを聞かない。手も、脚も、
肉壺もすべて、意味もなく暴れ、痙攣するばかりだ。反撃の方法さえ思いつか
ない。何もかもわからない。すべての感覚が快楽の暴風に飲み込まれていく。
何をされても凄まじい快感が駆け抜ける。
 思考だけが無意味に旋回する。このままだと、殺される。イかされ、狂わさ
れ、イかされ続けて、壊れて、消えてしまう。
 感じる。気持ちイイ。死んじゃう。気持ちイイ怖い感じる焼ける壊れる死ぬ
消える気持ちイイ狂うイく死ぬ――――
「――――だめ、だめぇっ!! イく、死ぬ、死んじゃう!!!
‥‥あ、あ、あ、――――ああああああああぁぁっ!!!!!」

 汗でぬめる身体を弓なりにしならせ、遂に淫魔は絶叫した。
「あああ、あ、ひぃっ‥‥」
 ガクガクと痙攣し、ベッドに沈む。
(‥‥やっと墜ちたか‥‥。だが、容赦はできない。俺はハンターだ‥‥!)
 ひくひくと震える淫魔を、ティールはさらに突いた。
「ひ、あぁ‥‥! 負けた、負けたわ、だから、もう、もう許して、お願い‥‥!」
 必死に哀願する淫魔。紫色の瞳にも疲労と恐怖が色濃く表れ、初めのような
笑みは完全に消え去っている。
「最初に言ったはずだろ。‥‥命乞いをしても許さない、ってな」
「そ‥‥んな‥‥」
 レイミアの顔が引きつる。いかに強精の淫魔といっても、立て続けにイっては
持ちこたえられない。まして、一度イってしまうと快感への耐性は大きく下がる。
このまま抱かれ続けるということは死を意味する。
 だがそんな事には頓着せず、ハンターは淫魔をじっくりと犯した。愛液が結
合部からあふれ出し、ふたりの股間とシーツをぐしょぐしょに濡らしている。
 ティールは正常位で腰を叩きつけ続けたため、変化を付けようと自分から騎乗
位の体勢に持ち込んだ。身体を支えきれずに倒れ込んでくるレイミアの身体をそ
のままにし、その腰をつかんで強制的に動かす。さらに下からも突き上げる。
「うあ、あぁ、‥‥くはぁっ‥‥!」
 彼女は再び死への快楽に支配されつつあった。

(‥‥。)
 主導権を奪われ虚ろに喘ぐ淫魔を貫きながら、男は不思議な気分をを感じ
た。憎むべき怪物を犯し、殺す。これこそが自らの使命だと信じていた。
 だが、もう自分は無用の存在だ。
(‥‥こいつらが俺を「意味ある存在」にしてくれてた、ってわけか‥‥。)
 そう思うと、妙な感慨――淫魔に対する、ある種の親近感――を感じずには
いられなかった。しかし、そんなことで許すほど甘くはない。

  * * * * * 

 快感に意識はもうろうとする。だが、まだ様子見のつもりか、それとも甘く
見ているのか、男の責めはそう強くない。
 リズミカルなピストンに、彼女は喘ぎつつも少しずつ我を取り戻しつつあった。
――気持ちよかった――信じられないほど気持ちよかった――
――また、感じてくる‥‥また、イかされる‥‥
――またイかされたら――
――またさっきみたいなイき方をしたら――
‥‥そうだ。今度こそヤバい。死にたくない。負けるわけにはいかない。
――2回戦は勝たせてもらうわよ‥‥!
 そう決心すると、再び肉襞を蠢かせて男根を絞りはじめた。
「‥‥うっ‥‥!」
「ふふっ‥‥さっきはありがと。あそこまで狂わされたのは初めてよ‥‥。
けど、もう許さない。もう油断なんてしない。今度はあたしが勝つ。あんたを
倒す。『紫蝶のレイミア』の渾名にかけて‥‥!」
 はじめの自信と妖艶さを取り戻し、彼女は自分に言い聞かせるかのようにそ
う言うと、猛然と腰をくねらせた。膣内部の動きに加え、巧みな腰の動きによ
りますます快感が倍加する。
「く‥‥あ、てめぇ‥‥! 調子に‥‥乗るなっ!」
 何とか主導権を奪い返そうと、突き上げにさらに力を込め、そのうえ必死に
レイミアの腰を押さえ込もうとする。だが、凄まじい勢いでうねり、翻弄する力
に飲み込まれそうになってゆく。
「負けない、負けないわ‥‥!
――ぁ‥‥あぅ‥‥っ、人間に、なんて、絶対‥‥っ! ああぅっ!」
 見事なくびれがしなり、大きく形の良い乳房が上下に弾む。髪を振り乱し、
汗を飛び散らせながら、彼女はティールを叩き壊さんばかりに貪った。
「あくっ、はぁぅ、ああんっ!! いい、いいわ、もっと突き上げて!
ああ、す‥‥ごい!‥‥はぁっ、けど、先にイくのはあんたよ‥‥!
‥‥命ごと、魂ごとぶちまけて!!」
「ぐ、あぐっ、‥‥ふ、ふざけんな‥‥っ! とっとと‥‥イきやがれ!」
 艶事というかたちではあれ、ふたりの有様はまさに格闘である。互いに持て
る技術と精力、精神力のすべてをぶつけ合い、相手を破壊しようと必死になる。
ふたりの動きはますます激しくなり、部屋全体が軋む。
「ああ、あはあっ!
ぐぅっ‥‥ひぁっ‥‥ほら! 早く!! 早くイきなさいよ!!! ‥‥あ‥‥ああっ!!!」
「うぐっ‥‥はぁっ‥‥!!
て、てめぇこそ‥‥さ、さっさと諦めろ!! ‥‥ぐ、うあっ‥‥!!」
 もはや挑発も駆け引きも無く、ただひたすらに叩きつけ合う。凄まじいエネ
ルギーがぶつかり合い、死闘は最高潮を迎える。

(――ばかな――俺が――淫魔に――負け――)
 ティールの頭を、かすかな弱気がかすめる。
 そしてそれが――すべてを分けた。
「ぐあ、ああああああっっ――――――――!!!!」
 咽の奥から絞り出すような悲鳴を上げ、元ハンターは限界までのけぞった。
どびゅうっ! どぐっ、どぐっ、‥‥大量の精液が吹き上がり、淫魔の膣内に噴
射される。
「あ、あついっ! はぁっ、ああ、――そ、んな――ああああああっ――――――!!!!」
 レイミアはその感覚に耐えきれず、堰を切ったように絶叫する。汗まみれの
乳房に自らの指を食い込ませ、揉み潰しながら背骨が折れんばかりにのけぞり、
叫び続けた。翼を限界まで広げ、全身がわなわなと震える。
肺が空になると、彼女はそのまま崩れ落ちた。その股間からはとめどなく
白濁液があふれ出ていた――。

  * * * * * 

 ‥‥あまりのまぶしさに、俺は目を覚ました。強烈な日差しが顔を照らす。
‥‥生きてる。
――あの「紫蝶のレイミア」に勝った、のか――?
 だが、あまり「勝った」という記憶はない。
「ぐあっ‥‥!」
 身体を起こそうとして思わず声を上げた。全身が軋む。鉛のような疲労感が
のしかかってくる。
「――なっ!?」
 だが、そんな痛みも一瞬で吹っ飛んだ。
 隣に――淫魔が――きのうの淫魔が――いる。
 俺の頭は完全に混乱した。俺はこいつと一晩中戦った。ハンターと淫魔が
サシで戦うということは、どちらかが死ぬということだ。そして俺は生きて
いる。ということは、淫魔は死んだ――消えたはずだ。
 ‥‥じゃあ‥‥これは‥‥どういうことだ‥‥?
「‥‥う‥‥ん‥‥」
 身じろぎし、薄目を開ける淫魔。
「‥‥‥‥‥‥えっ? ――な、なんであんたが生きてんのよ!?」
 俺が聞きたい。
「‥‥そうか‥‥あたしもまだまだね‥‥」
「おい、勝手に納得するな。俺にも説明しろ」
「あんただってハンターなんだから、どうなれば淫魔が消えたり、人間が淫魔
に殺されたりするのかぐらい分かってるでしょ?」
「そりゃ、一応は」
「エネルギーを完全に失えば死ぬ。淫魔も人間も同じ。けど、淫魔は人間から
エネルギーを奪える。精気って形でね。
あたしは1回目で負けた。惨敗よ。けど、2回目はあんたに勝った。ま、あの
ペースで絞ったら普通は根こそぎ精を奪えるんだけど‥‥あたしも弱ってたし、
あんたも強かった。
で、あんたが思いっきりイったあと、あたしもイった――たぶん。よく覚えて
ないんだけどね。
あんたが先にイってくれたおかげであたしは死なずに済んだし、あたしがイった
おかげであんたはそれ以上絞られずに済んだ。‥‥たぶん、そういうことよ」
「――引き分け、か」
「ま、そういうことね」
 そう言うとレイミアは俺の方を向き、にっ、と笑った。夜に見た獰猛な「淫魔」
と同じとは思えない、「人間」のような笑み。
「ふぅ、それにしても気持ちよかった‥‥。
淫魔って、命が懸かってるからめったにイきたいと思わないのよね。
でも――あんたとだったら、また、楽しめそう。ふふっ」
「‥‥げっ‥‥冗談じゃねぇ‥‥」
 そんなことになったら、今度こそ殺される。
「ったく、つれないわね‥‥。まぁいいわ。
でも‥‥いつかまた会いましょ。その時は‥‥その時は、お互い壊れるほど
楽しみたい――殺し合いじゃなく、ね。
ふふ、そんなのはイヤかしら? 淫魔がこんなことを言うのはおかしい?」
「‥‥‥‥」
「あたしはもう行くわ。淫魔界に帰らなきゃならないし。違法越境なのよ、ホントは。
――じゃあね、元気で」
「‥‥‥‥ああ」
 紫紺の髪の淫魔は振り向きざまに会心の微笑みを浮かべると、開け放した窓
から風に溶けるように去っていった。

『講和ができたってことは、連中だって一応話せる相手だって事じゃないですか。
連中はみんな美人だし‥‥』
 いつか、誰かが言ったセリフだったか。
 もしかすると、ハンターはもう、本当に要らない職業になっていくのかも知れない。


(終)
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