性闘士 第十章
ナノとの戦いに勝利を収めた俺は、ひたすら真っ直ぐ続く廊下を進んでいる。
団長が得た情報によると、所長室はこの建物の中心辺りにあり、そこに目的の物があるんだとか。
しばらく進むと、団長からの情報通りちょうど中心部にあたる場所に、所長室と書かれた表札付きの大きな扉を見つけた。
「ここだな。」
俺は独りの寂しさを紛らわす為に独りごちた。
閑散とした廊下に俺の声が反響し、孤独感が増す。
扉の前でしばらく逡巡していると、俺が来た道の逆方向からアオイが現れた。
俺たちは二言三言会話を交わし、扉を開けた。
扉の先は今までとは比べものにならない程大きい部屋で、室内に充満していたむせかえるほどに甘く、淫らな匂いが鼻腔を刺激する。
その匂いの発生源である淫魔は、部屋の真ん中で佇んでいた。
こいつは、俺が今まで闘ってきたどの淫魔よりも濃厚な淫気を、惜しげも無く垂れ流している。
「上級淫魔、ですね。」
声のしたほうに顔を向けると、不安そうな表情を浮かべるアオイと目が合った。
アオイの言った通り、こいつは上級淫魔だ、今までの相手とは格が違う。
だが、魔力を持っている俺たち二人でかかれば、なんとかなるかもしれない。
アオイも俺と同じ考えなのだろう、視線を横にやると彼は身構えていた。
淫魔は律儀にも、そんな俺たちのやり取りが終わるのを待ってから口を開いた。
「私はここの副所長よ。
メア様の留守を預かっているわ。」
何かしら繋がりがあるかもしれないとは思っていたが、まさかこの研究所がメアの物だったとは。
副所長ということは、メアに関する重要な情報を持っている可能性が高い。
こいつは何としても生かして捕らえなくては。
「コウさん、隷従の首輪はまだありますか?」
この問いの意味するところは、俺と同じ結論に至ったということだろう。
俺はアオイに首輪を見せ、いつでもいけるぞと再度身構えた。
「準備はいいみたいね……おいで、2人まとめてかわいがってあげる」
三人は数十分かけて絡み合い、ようやく決着がついた。
アオイは淫魔からマウントをとり、両腕を抑えつけている。
その隙にコウが下半身を抑えつけ、彼主導の挿入戦でケリをつけた。
盛大に果てた淫魔の頸窩に、淫核が浮かび上がる。
「はあ、はあ……2人とも魔力持ちだったのね…油断したわ。」
淫魔は大きく肩で息をつきながら、やっとの思いで口を開く。
その表情には、焦りの色が滲み出ている。
「アオイ、首輪頼んだ。」
淫魔が果てるとほぼ同時に絶頂を迎えたコウが、力なく首輪を差し出す。
マウントポジションを維持したままのアオイは後ろ手に受け取り、淫魔の首元へ手を伸ばした。
「アオイって……ふふ、そういうことだったのね。
気付かないはずだわ…アリーシャ様のご息女だったはずのアナタが、男だったとはね。」
淫魔はこの窮地を抜け出す活路を見出したと確信し、三日月のように唇を歪ませる。
アオイはその表情を見て、無意識に封印していた凄惨な記憶が蘇った。
薄暗い館内、母様が必死の形相で僕に転移魔術を施している。
僕に覆いかぶさるようにしている母様から滴った血液が、僕の白いドレスを赤く染め上げていく。
母様の背後には、片翼の淫魔が3体のとりまきを率いて、下卑た笑みを浮かべている。
みんな母様の部下たちだったのに、なんでこんなことをするのか分からず、僕はひたすら泣いていた。
転移魔術が発動する直前、母様は血で濡れた両手で僕の頬を撫でた。
そして苦悶の表情を浮かべたまま口を動かし、僕に何かを伝えている。
伝え終えると母様は瞳に涙をためたまま、柔らかな笑みを浮かべた。
その直後に転移魔術が発動し、まばゆい光とともに僕の意識は途絶えた。
「ボーっとしちゃってどうしたの?
まあいいわ……とにかく、私はアナタのお母さんと面識があったのよ。」
淫魔は今までのアオイの様子から、自分が母親殺しに加担していたことに気づかれていないと判断し、命乞いを始めた。
「思い出した、全部思い出したよ……母様」
アオイは虚ろな瞳で虚空を見つめ、ゆっくりと言葉を発している。
「ふふ、分かってくれたかしら?
私はこの15年間、ずっとアリーシャ様を殺した奴らを探していたのよ。」
淫魔はうわ言のように言葉を紡ぐアオイを見据え、自分は味方だと主張する。
淫魔の言葉に、アオイは我に返ったように目を見開いた。
「よく平然と嘘がつけるね。
お前がカイリの仲間だってことも思い出したんだよ!」
怒りに満ちた表情でアオイが一喝する。
淫魔の行動は活路を見出すどころか、アオイの記憶を呼び起こし、激情を煽るという結果に終わった。
「お前たちが何故母様を殺したのか、そんなことはもうどうでもいいよ。
きっと母様の最期の言葉は…」
アオイは熱にうかされたように言葉を続けながら、沈みかけていた淫核をつまむ。
アオイの激昂を目の当たりにし、淫魔はただ事の顛末を見届けることしか出来ない。
「仇を取ってくれと、そう言ったはずだよね…母様。」
アオイは狂気じみた笑みを浮かべ、指先に力を込めた。
ブチブチと肉が千切れる音と共に、淫核が引き抜かれる。
淫魔は断末魔の悲鳴だけを残し、霧のように拡散して消え去った。
鮮血を浴びながら、アオイは戦利品を体内に吸収する。
「アオイ、お前……」
コウはアオイを止められなかった。
似たような境遇だからだろうか、コウはアオイの姿が一瞬自分とダブり、養父の姿が脳裏に浮かんだ。
「コウさん、すみません。
作戦中に私情を持ち出すなんてレジスタンス失格ですね、僕は。」
アオイは血しぶきを浴びた顔で、力なく笑った。
「そこまで分かってて、それでも抑えられなかったんだろ。
それなら俺は咎めはしないよ。」
コウは自分に言い聞かせるように、強く言い放った。
その言葉を受け、アオイはコウに背を向けてむせび泣いた。
「魔具探しは俺一人で事足りるからさ、先に帰ってろ。」
アオイが落ち着いたのを見計らい、コウは声をかけた。
背を向けたまま頷き、アオイはおぼつかない足取りで研究所を後にした。
「えーっと……これ、だな。」
俺は団長が言っていた魔具を手に入れ、早々に研究所を出た。
幸い追っ手もなく、俺は無事本部へとたどり着いた。
俺は団長に結果を報告して魔具を渡し、ナノを収容している檻へ向かった。
メアという淫魔について知っていることはないかと質問したが、首輪の強制力を使うまでもなく、ナノは本当に何も知らないようだった。
俺は尋問を早々に切り上げ、ナノとも契約を交わして帰途についた。
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