性闘士 第五章
「はぁっ、はぁっ……ふぅ」
例のごとく、自らの力で控え室へ戻れないコウが壁にもたれ、回復を待っていた。
ーーーナナは、強かった。
ギリギリ勝つことができたが、実力で勝てたとは到底言えない。
もっと力をつけなくては、この先勝ち抜く事はできないだろう。
そして俺は、決心する。
試合会場からナナが、ふらふらと歩いてくる。
壁にもたれて座るコウを見つけると、何も言わずに隣に座りこむ。
「おつかれ様。
キミ強いねー、初めてイかされちゃったよ。」
ナナはそう言ってはにかんで見せる。
不覚にも可愛いと思ってしまった。
何回も全力で魔力を込めたのだ、間違いなく彼女は気づいているだろう。
試合中に一切言及しなかったのは何故か、分からないが。
「気づいているとは思うけど、俺は魔力を扱えるんだ。
淫魔と人間のハーフらしいんだ俺は。」
尋ねようとしていた事を先に言われて驚いたのだろう、一瞬ナナは戸惑うが、すぐに納得したようで相槌を打つ。
そんな彼女を横目に、俺は言葉を続ける。
「それでよかったらなんだが、俺とちょくちょく模擬試合をしてくれないか?」
この誘いは単に予想外だったのだろう。
ナナは呆気にとられて目をパチクリさせた後、声をあげて笑い出す。
ひとしきり笑った後、言葉を続けた。
「なーんだ、バラすぞーって脅してやろうと思ってたのに、そうくるかー。
ボクの物にできないのは悔しいけど試合には負けちゃったしね。
その条件のむよ。」
そう言うと、快活に笑って見せる。
だが疑問が残っているようで、彼女は言葉を続ける。
「ボクにとってはおいしい条件だけどさ、キミはなんでこんな関係望むの?」
ボクの事好きになっちゃった?と、ナナはおどけて言ってみせる。
もとより隠すつもりはなかったので、俺は妹が原因不明の病にかかっている事、その治療は孤児街のサキュバスにしかできない事、治療に多額の金が必要なので勝ち続けるためにも力をつけたい旨を話した。
「ふーん…それなら納得だよ。
とにかく交渉は成立って事でよろしくね。」
長話は苦手なのだろう、後半殆ど聞いてなかった気がするが、まあ上手くいったので良しとしよう。
念の為、俺が魔力を持っていると事は内緒にしてくれと釘を刺し、ナナと別れた。
俺は十分に体力を回復して、試合会場を後にした。
今日は孤児街のサキュバスに、この街でしか売ってない素材があるのでついでに買ってこいとの命令があったのを思い出し、俺は乗りかけた馬車を降りる。
そして俺は目的地に向けて歩みを進めた。
歩きながら俺は孤児街のサキュバスについて考える。
なぜ彼女は、俺よりも格上の相手との試合をマッチングするようになったのだろう?
ルミとの試合からだ。
以前までは下級淫魔の中でも下っ端のような連中とばかり試合をしていた。
その方が俺の勝率はぐんと跳ね上がるだろう。
俺の敗北は、彼女にとっても不都合となるのだから、本当はそうすべきだろう。
敵の強さに応じてファイトマネーが変わるから、治療をすすめるに際してさらに金が必要になったのだろうか?
それならば下級淫魔との試合数を増やせばいいだろう。
いずれ下級淫魔が試合を臨まなくなる事を見越してなのか?
最近は暇さえあればこんな事を考えている。
マッチングの方式が変わり、俺に疑心が芽生えていた。
彼女は恩人なのだ、信じろといつも自分に言い聞かせて終わらせる。
気がつくと目的地は目の前にあり、俺は店に入り買い物を済ませると、来た道を逆に戻る。
さっきは考え事をしていて気づかなかったが、ここは治安があまりよくないな。
昼間から酒瓶片手に泥酔している者、道の外れではちらほら淫魔に襲われている人間もいる。
俺は妙な正義感が働きそうなのをおさえつける。
今は多少魔力が使えるが、回復しきっていない。
それに試合会場でないこんな場所でやりあっては、敵がどんな手にでるかも分からない、危険すぎる。
俺には大切な家族がいるのだ。
この世界で生き抜くには、こうするより他ない。
俺は情けなく自分に言い聞かせると、見ぬふりをし足早に立ち去る。
その時だった。
まぐわう男女から聞こえてくる喘ぎ声は、想像に反して淫魔のものだった。
一見男が組み敷かれ、騎乗位で攻めたてられているように見えるが、その実男は声一つ上げずに腰を打ち付けているのだ。
コウは驚き足を止め、その奇妙な光景に目を奪われる。
淫魔は絶頂を迎えたようで、体を震わせると上体が倒れこむ。
こちらからは二人の顔を見る事ができない。
男は何者なのかと興味がわき、近づく。
あと少しというところで淫魔は悲鳴のような快楽をあげ、その体は霧のように拡散して消えてしまった。
コウは驚き、その場から動けないでいた。
男は、自分を見下ろすコウに気が付く。
立ち上がりローブを着直すと、コウに向けて言葉を放った。
「コウさんですね。
少し話があります、そこの店にでもどうです?」
ローブの男は喫茶店を指差し、言った。
俺も聞きたいことが出来たと、男の誘いを受ける。
このローブの男はこの店と何らかのつながりがあるのだろう。
注文の品が届くと、従業員を追い払う。
男はコーヒーを一口すすり一息つけると、ローブを脱ぎ自己紹介から始めた。
「僕はアオイといいます、よろしく。」
アオイは友好的な笑みを浮かべると、手を差し出してきた。
なぜ俺の名前を知っているのか疑問に思ったが、何となく敵意は感じられなかったのでよろしくと返し、握手をする。
「僕は淫魔と人間のハーフです。
淫魔による支配体制を崩すため、レジスタンスに属してます。」
男は、次々と危険な情報を垂れ流す。
俺と同じ境遇の人間が居たことに喜びを感じ、俺も自己紹介をしようと口を開くが、アオイに遮られる。
「あなたの事はよく知ってますよ、コウさん。
僕と同じハーフである事、妹の治療のためリングに上がっている事。」
説明は要りません、と続ける。
何故こんなに調べがついているのか気にかかったが、それよりもさっきの光景の方が気になる。
「アオイ…さん、貴方はさっき淫魔を消滅させてましたがどうやったのです?」
俺は慣れない丁寧語を用いて質問する。
「僕は貴方より年下ですから呼び捨てでいいですよ、それからタメ口で構いません。」
アオイは愛想良くそう言うと、言葉を続ける。
「淫魔は絶頂を迎えた後の数秒間、鎖骨の間の窪みに淫核と言われるものが浮かびあがってくるって知ってました?
それを潰せば淫魔は消滅します。
僕は魔力向上のため吸収しますけど。」
そうだったのかと相槌を打つ。
そして俺は、予想はできていだがアオイに接触した目的について尋ねる。
「では本題に入りますね。
コウさんを僕たちレジスタンスの一員に勧誘しにきました。」
アオイの口からは、予想通りの言葉が告げられる。
俺は少し考えてから告げる。
「淫魔のこの支配体制を良しとしないのは俺も同じだ。
だけど、俺には淫魔を殺す事はできないよ。」
淫魔のお達しで俺たち人間は産めや増やせやで、養いきれなくなった孤児たちが溢れかえっている。
淫魔のする事には全て目をつぶらなくてはならないし、こんなのは家畜同然だ。
だが、かと言って皆殺しにすればいいというものでもないだろう。
淫魔と共存する事だってできるはずだと俺は熱くなって話す。
「意外ですね、貴方はもっと冷酷な人だと思ってました。
その点については大丈夫です。
僕たちレジスタンスの中には不殺の信念を持っている者もいますから。」
自分でも驚いた。
恨む事はあれど、それ以外の感情を持った事はなかったはずだ、一ヶ月前までは。
「分かった、俺に殺しを強要しないのなら、俺もレジスタンスに入れてくれ。」
決心してそういうと、アオイはすごく喜んでくれた。
ひとしきり騒いだ後、アオイが切り出す。
「じゃあ本部に案内しますね!
外は何かと物騒ですから。」
それに同意し、店を後にする。
しばらく歩いたところで、下水道へ降りる。
さらに歩くと、広く開けた空間に出る。
扉があり、その前には門番だとで分かる屈強な男が、二人並んで立っている。
扉をくぐると、そこはレジスタンスの本拠地だった。
見渡す限り屈強な男ばかりで、俺は場違いな感じがする。
「コウさん、まず団長にあいさつにいきましょう、こっちです。」
アオイの先導の元、更に奥へ進む。
団長の部屋は最深部にあった。
アオイがノックし入団希望者ですと言うと、幼い女の声に入るよう誘導された。
ここでアオイとは別れ、俺は一回深呼吸してから中へ入る。
中には、多めに見積もっても中学生の域はでないであろう外見の女が、白衣と眼鏡を身につけ、怪しげな実験をしていた。
何もかもアンバランスで、俺はついつい吹き出してしまう。
「なんじゃ、いきなり失礼なヤツじゃな!
わしはこう見えてお主の10倍は生きておるのじゃぞ、年上を敬わんか!」
もう言われ慣れているからだろう、全てを悟った彼女が抗議の声を上げた。
同時に淫魔特有のスペード形の尻尾が白衣から現れた。
なぜ淫魔がレジスタンスを、という疑問とともに俺はとっさに構えた。
「そう身構えるでない。
お主、淫魔と人間のハーフじゃな。」
眼鏡ごしに覗かせる、底知れない瞳に俺は恐怖心を覚えた。
今まで戦ってきた淫魔とは比べものにならない実力を感じ、俺は未だに警戒態勢を解けないでいた。
「だからそう身構えるでない。
やる気ならお主などとっくに干からびておるわ。」
確かにその通りだ。
誇張や虚言なんかでなく、確かにこの淫魔ならそれができると何故か確信できた。
ともかく話が進まないので、俺はなんとか警戒を解いた。
「何故俺がハーフだと分かったんですか?」
「そこらの淫魔にはできないから心配するでない。
ほれ、20年前に淫魔の性質が変わったという話は聞いた事あるじゃろ?
20年より前から存在していたサキュバスにはこれができる、と簡単に言うとそんなとこじゃ。」
団長はめんどくさそうに頭をかきながらそう言った。
絶対に端折っている。
俺にとっては死活問題なのだとしつこく問いただしてやっと、気だるそうに説明をはじめてくれた。
「そもそも20年前にメアというサキュバスが、淫気を利用して淫魔を量産する魔具を造り出したのじゃ。
量産された淫魔は淫気こそ数段劣るものの、暴力的な行為でのダメージを受け付けなかったのでな、めでたく形勢逆転したのじゃ。
とまあ、そんな背景があった訳なんじゃが、正しい情報は耳に入っておらんかったじゃろ?」
なんとなく話が横道にそれている気がするが、俺は気にしないことにして返答した。
「そうですね…大体の経緯は聞いてましたが、細部が違ってます。」
「ま、そうじゃろうな。
時にお主……原物と模造品、どちらが強い力を持つと思う?」
団長の問いの真意は分からないが、これはさっきの話の延長だろう。
だとすれば…いや、そうでなくても答えは決まっている。
俺は間髪入れずに原物だと答えた。
「それと同じことじゃよ。
レプリカである量産型には出来ずとも、ワシらオリジナルには出来ることがあっても何らおかしくはないじゃろ?
厳密には違うがの、まあ簡単に言ってしまえばそういう理屈じゃよ。」
一通り説明が終わると疲れたのか、団長は机に倒れ伏した。
まだまだ聞きたいことがあった俺は、そんな団長の様子を気にかけず、質問を続けた。
「量産型が持っている淫核。
これを潰すと、淫魔は消滅してしまうとアオイから訊きました。
これは複製する時の基板となるような物ということで合ってますか?」
「あーそうじゃよ、そうそう……お主なかなか鋭いのう。
その淫核には、ワシら非量産型の力が込められておるのじゃ。
仕組みがちょっと違うが、ワシらも淫核を持ってはおるんじゃがな。」
この有益な情報だけでも、今日ここに来てよかったと思う。
団長の言葉に相槌を打ち、俺は貪欲にも質問を続けた。
「量産型と非量産型を見分ける方法はありますか?」
これは身を守る為にも重要な情報だ。
俺は団長の後ろにまわり、肩を揉みながら尋ねた。
「あ〜、ええの〜。
淫魔には下級、中級、上級と淫気に応じてランク分けされておるんじゃ。
あっ、もうちょっと上なのじゃ……お主も経験則から大体のランク分けしておるじゃろ?
淫気から実力を読み取れるような連中は、みな量産型じゃな。
あくまで現時点での話ではあるがの……まあいずれ分かる時が来るはずじゃ。」
最後の言葉が気になるが団長が言うには、現時点で実力が読み取れない相手は量産型ではないから交わってはいけないという事だった。
そういう相手には物理的ダメージで対応するので、俺のような者は交わってはいけないとの事だった。
「聞きたいことはもうないかのー?」
マッサージが効いているのだろう、目を細めて団長は尋ねた。
まだ聞きたいことはあったが、いくらなんでもこれ以上は悪いし機会はいくらでもある。
最後に俺は単なる好奇心から名前を尋ねた。
「名前は忘れてしまったのじゃ。
研究に没頭していたからのう。」
例の淫魔と同じような言葉を最後に、シッシッと手を払う仕草をしたので俺は部屋を後にした。
部屋を出て皆が集まっている部屋へ戻ると、アオイが駆けつける。
まわりが屈強な男ばかりなのだ、中には男色好きそうな者までいる。
こちらへ駆け寄るのも頷ける。
そんな中、俺たちと同じように浮いている者を一人見つける。
いや、俺たち以上に浮いている。
皆と同じようにローブを被っているが、その体には豊かとまではいかないまでも、二つの膨らみが見てとれる。
「アオイ、彼女はあの体で戦力になるのか?」
この集まりの中で一際異彩を放つ女を見て尋ねる。
戦闘要員とは思えないが、彼女もハーフなのか?
「あぁ、彼女はマイさんですよ。
魔術が使えるんです、僕らと同じ要員ですね。」
200年ほど前までは人類は日常に魔術を取り入れていたんだそうだ。
科学の発展に伴いみるみる魔術は衰退していき、今日では魔術師なるものは滅んだものとされているのだ。
彼女は由緒正しい魔術師の家系だそうだ。
魔術は消え去った訳ではなく、細々と受け継がれているんだとか。
ひとしきり説明すると、アオイは団長に呼び出され、団長室へ消えていった。
俺は魔術の鍛錬をしているマイにあいさつをしにいく。
「今日入団したコウです、よろしく。」
俺はアオイを見習い、できるだけ友好的な笑みを浮かべて手を差し出す。
マイは興味なさげにぼそっと小さい声でよろしくと言うと、握手をする。
手が触れた瞬間、先程までの興味なさげな態度から一転、興奮した様子で詰め寄ってくる。
「あなた、何者ですか?」
豹変ぶりに驚き、俺は自分が淫魔とのハーフである事を伝える。
「そんな事は分かりますよ。
あなたの母親は何者かと言ってるんです!」
いや、言ってないだろとツッコミそうになるのを抑え、母親は俺を産んで直に亡くなった旨を伝えると、マイはしょんぼりしてごめんなさいと言った。
「それは気にしてないけど、何故握手だけで魔力を感知できたんですか?」
俺は率直に疑問をぶつける。
「こんなのは初歩中の初歩です。」
得意気に胸を反らして言う。
最初は大人しそうに見えたんだが、魔術の話になると人が変わるな。
「貴方の潜在力は私より断然高いから、魔術を学ぶべきです!!
淫魔とのエッチにも役立ちますよ。」
めちゃくちゃな理論な気がするが、後半の言葉が魅力的だった。
俺はお願いしますと即答する。
気を良くしたマイによって、魔術がいかに素晴らしいかについて熱弁された。
このままではいつまで続くか分からないので、この後用事がある事にして本部を後にした。
次の試合は半年後との事だった。
期間は空いているが、俺はレジスタンス本部での魔術鍛錬と、ルミとナナとの模擬試合で着実に力をつけていった。
そんな生活を5ヶ月ほど続けたところで団長からレジスタンス全員へ招集がかかった。
淫魔が人間を支配した時、3つの城を建てた。
その城は淫魔の本拠地という事になっている。
淫魔は奔放な性格で、思い思いの場所を根城に決めているので本拠地とは言えないだろうが、人間の領土に建てられた淫魔の城は、現在の支配体制を表すシンボルになっている。
今回は三つの城のうち、一つを落とすという事だそうだ。
これは困難を極めるが、成功すれば成果は大きい。
これまでよりも入団者はぐっと増えるだろうし、何より怯え続けるだけの人たちに希望を与えられるだろう。
城には領主もいるだろうし、これまで以上の強敵に当たる確率は高いが、望むところだ。
俺たちは士気を上げ、その日を待った。
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