<淫魔チャイルド>【最終日】
「うぅ……あたま痛い……おきたくない……」
そして迎えた、人間界滞在最後の日となる十日目。
とうに限度を超えた空腹に加え、大切な友達が次々に消滅したのでは快眠など望むべくもないが、この日ベルはまだ明け方にも関わらず、半ば強制的に目覚めさせられた。
頭痛や発熱に加え全身は精を求めて酷く疼き、しかも手足はまるで鉛のように重い。
果たしてこんな体調で人間を襲えるのか。襲えたとしても、恐ろしいほど快感に呑まれ易くなっている自分の体が合討ち覚悟であってさえそこまで耐えられるのか。
「でも、おきないと……」
しかしこのままでは間違いなく、二人とも餓死してしまう。
衰弱している妹の為にもやらねばならない。その一心で立ち木にしがみつくようにして、ベルはふらふらと立ち上がる。
「おはよ……。ボク、おきたぞぉ、リリー」
だが声をかけても。
妹の姿は近くにはなく、返事も返って来ない。
「あれ……リリー?」
程なく異変に気がついたベルの心臓が、早鐘を打ち始める。
ないのだ。
控えめだが、多少離れていてもベルならばすぐに分かる、リリーの淫気が。
「や……やめてよ! どこにいるのさリリー!」
悲鳴のようなベルの叫びだけが、周囲に響く。
「こ、こんな時にかくれんぼだなんて、ボク本気でおこるぞ!? ……あぅっ!」
幾ら呼びかけても返事がない事に、ベルは弾かれたように駆け出そうとして、顔から地面に突っ込んだ。
既に脚が萎えてしまい、もう満足に走ることも出来ないのだ。
だがベルは必死になって妹の姿を探そうと、鼻の頭を擦り頭を抑えながら起き上がる。
けれども。
「…………え」
頭を抑えた時、指先に何か硬い物が触れた。震える指先でベルはそれを摘む。
「な、んで」
見間違う筈もない。それはリリーが露天で買った百合の髪飾りだった。
いつも自分の後ろにいて、単独行動など絶対に何があってもやらないリリーの姿がどこにも見当たらず、淫気も感じられない。
そしてベルの頭に差してある髪飾り。
『私は大丈夫だよお姉ちゃん』
加えて昨晩までの元気そうに振舞う態度や、リリーの性格。
これらの事が指し示す事実は、たった一つだけだった。
「う……うそだこんなの……。リリー、リリー……リ、りぃ、っ……!」
途中から妹を呼ぶベルの声は、もう嗚咽に変わっていた。
止め処なく溢れる涙を拭うこともなく、それでもベルは妹を呼び続ける。
「いやだぁあああ! こんなのって、こんなのってないよお!!」
悲痛なベルの絶叫に答える者は、もう誰もいない。代わりにベルに追い討ちをかけるように、空からは大粒の雨が降り始めた。
それから。這いずるようにリリーと一緒に寝ていた立ち木の所まで行き、木にもたれかかると、ベルは全く動かなくなった。
リリーがどこにもいない事を悟り、気力を保つ糸が完全に切れてしまったのだろう。
雨足は強まる一方で今や横殴りの大雨に変わっていたが、雨と涙でぐしゃぐしゃになった顔もそのままに、ベルはずぶ濡れのまま何の行動も起こそうとしない。
「……もう、どうでもいいや……手にも足にも、ちから、はいんないし……」
だらしなく四肢を投げ出し呟くベルの瞳には、何の光も見出せなかった。
このまま無行動でいれば餓死するのは、ベルも知っている。けれど何もかも失ったベルには、もう行動する気力は残っていなかった。
「シュガーも、カリンも、リーフも、メルルも……リリーもみんな、みんないなくなっちゃった……。どうしてだろ……どうして……」
ちょっと怖いけれど初めての大冒険。
気心の知れた親しい友達と妹を連れての人間狩り。
絶対に全員で帰れると思っていた。欠片も疑いもしなかった。
『ただいまー! いっぱい色々あったけどとても楽しかったよ、おかあさん!』
そして出迎えてくれた母親に、自分達の武勇伝を楽しく尾ひれもつけながら話す。
そうなる筈だった。
「あぁ……でも、おなかすいて苦しいのも、だんだん分かんなくなってきた……ボクも、こうやって消えちゃうんだ……」
やがて指先や手足の感覚さえも消え失せていく。もう性交はおろか、歩く事や立つ事さえも出来ないだろう。
「おかあさん。ボクあんまり、いい子じゃなくって、ごめんね……」
ベルの瞼はゆっくりと閉じていく。目尻からは一滴の涙が溢れ、頬を伝って落ちる。
「でもボク、寂しくないよ……。リリー、みんな……すぐ、あえる……から……」
そうしてベルの瞳は、ゆっくりと閉じていった。
■■■■■■
「あれ。どこ、ここ」
次にボクが目をあけたとき、周りはまっ白だった。
足元もふわふわで、なんだか雲の上にのってるみたい……もしかしてこれが『あの世』ってやつなのかな?
物めずらしさも手伝って、きょろきょろとボクは回りをみる。
「おーいリリー! みんな〜! どこにいるのー!」
だけどすぐ目の前もよく見えなくて、ボクは大声でリリーたちを呼んだ。
どうしてか分からないけど、不思議とみんながすぐ側にいる気がしたから。
「……お姉ちゃん」
でもそれでも、すぐ近くからリリーの声が聞こえた時はほんっとホッとした。もしいなかったらどうしようかと思ったもん。
「リリー? いまそっちいく、動かないでよ!!」
歩いてるのかすべってるのかも良くわかんない、へんてこな感覚の中で声のした方向にボクが進んでいくと、いきなりまっ白い霧が晴れて。
「……シュガー! カリンも、メルルもリーフも、みんな一緒だったんだ!」
リリーだけじゃない。
カリンもシュガーも、メルルやリーフだって。
そこには、みんながいた。
もう会えないと思った、大切な友達がみんな笑ってそこにいてくれた。
「みんなー!!」
だからもう嬉しくて、なんも考えないで駆けだしたのに。
みんなの手前で、いきなりボクの足元がズボッて沈んだ。
「うわっ、なにこれ!」
どんだけばたばた足を動かしても、それ以上は一歩も前に進んでいかない。リリーやみんなが、すぐ目の前にいるのに。あと少しなのに!
「ちょっと、みんな見てないではやくひきあげてよっ」
だけどそんなボクの姿をみんなは、遠巻きに黙って見てるだけで何もしてくれない。
とんでもなく嫌な予感がして、胸がどきどきする。
「こらぁ! 困ってるんだぞ!! シュガーこっち来てボクの手ひっぱれー!!」
そんな気持ちをふっ飛ばすように、にやにや笑ってるシュガーに向けてボクが怒鳴った時。
「ざんねんでした〜。ベルはこっちにこれないよ、ってゆーかこさせないっ」
……は!?
想像もしなかったシュガーの言葉に、ボクは耳がおかしくなっちゃったのかと思った。
そんなボクにかまわずシュガーはにっと白い歯を見せて笑う。
「ベルならがんばれるさ! あたしやおねーちゃん、みんなのぶんまでっ」
「なんで……ボクらは親友でしょ、どうしてそんなこというのさ! ボクもみんなと同じとこに行けるんじゃないの!?」
「親友だからなおのこと、なのよ。……わたしたちと違って、まだベルには未来がある。ここであなたまで連れていくわけにはいかないわ」
なにそれカリン。意味わかんない。全然わかんないよ!
でもボクがどれだけ叫んでも、シュガーもカリンも全然とりあっちゃくれない。
そんな時、リーフがボクの側まで寄ってきた。
「もっと前から言っておくべきだったけれど……。みんな、みんな大好き。勿論ベルも……大好き。だからせめて……ベルだけは生きて。幸せになって」
こんな表情が出せたんだろうか、ってぐらい……ボクに向けて語りかけるリーフの顔からは、いつもの険のある冷たさも無愛想さもなくて。
メルルとリーフの区別もつかないぐらい、リーフはとっても穏やかで優しい顔をしていた。
「今さらボクにそんなこと言うの、リーフ!? ボクだけかえっても誰もいないのに! 六人はみんなで一つだって! そういったじゃないか!!」
前々からそり合わないと思ってた。リーフはどこか苦手だった。
なのに今更なにが大好きだよ。なにが幸せになってだよ! そういうのは生きてるうちに言うもんだろ!
「うん。ベルちゃんの言うとおり、みんなで一つ。だからベルちゃんは一人じゃないよ。私たちは……いつもいっしょ」
ちょっと、メルルまで……! そりゃメルルはそれで良いだろうさ! 今度こそずっとリーフと一緒だもん!
「いやだ!! いやだ、いやだ、そんなのやだ、ふざけんなぁ! みんなボクをなんだと思ってんのさ! ボクはそんな強くないよ、ボクだけで帰れなんて言われたって、たえらんないよ!!」
息ができなくなりそうなぐらいの大声を張り上げたとき……だしぬけにボクの足元が、いきなり底なし沼みたいにゆっくり沈みだした。
「この……この、このっ……!」
目一杯の力で抜け出そうとしてるのに、なんの手ごたえもない。それどころか、膝だけじゃなく今じゃもう腰の辺りまで、どんどこ沈んでいく。
その時。ボクの手を誰かがそっとつかんだ。
誰の手かなんて、触られただけですぐ分かる。
泣き虫で。おびえてばかりで。鈍くさくて。でも世界でたった一人しかいない、ボクの大切な妹のちっちゃい手だ。
「お姉、ちゃん」
「リリー!」
見上げたリリーの顔は、涙でぐしゃぐしゃだった。
「お姉ちゃん。おねがい……私の……わがまま、きいて、欲しいの……」
「わがまま? いくらでも聞くよ! リリーはボクといっしょにいたいんだよね? もちろんだよ、だから早くボクをひきあげて!」
いつだってリリーはだまって、ボクの行く所にずっとついてきてた。リリーはボクが側にいてやんなきゃダメなんだ。
リリーのわがままなんて聞いたことないけど、リリーはボクに側にいてほしいにきまってる。だいじょうぶ、リリーが望んでくれるんならボクはよろこんで一緒に行くよ。
……そう、思ってたのに。
「お姉ちゃんお願い、しなないで……!」
ボクに初めて言ったわがままが、これなんてひどすぎる。
でもボクに言いかえす時間なんかなかった。
「リリー。そろそろお別れしないと、ベルがほんとうに戻れなくなっちゃうわ」
「…………うん」
リリーの肩にカリンが手を置く。
ぎゅっと繋いでいたリリーのちっちゃい手が、ボクからはなれていく。
「さよならなのだ、ベル〜。すぐこっちきたらぶんなぐるかんね!」
「ベルはリーダーになる素質、ちゃんとあるわよ。だからあんまり自分を責めないで」
「みんなの分もいっぱい生きて、ベルちゃんなりの幸せを見つけて。何が幸せかなんて、みんなそれぞれに違うもの」
「ベル。元気で」
みんなの姿が遠くなっていく。
「いやだよ……みんな、ボクのこと嫌いなの……ボクだけなかまはずれなんて、そんなの……そんなの……! リリー、リリー!」
ボクの呼びかけにリリーがふりむいた時、リリーはもう泣いてなかった。
袖でぐしぐし涙をふいて、目を真っ赤にしながら必死に笑顔をつくっていた。
「お姉ちゃん。私、私ね……お姉ちゃんの妹で、本当に……良かった」
「リリー! お願いだから、ボクをおいていかないで……!」
でもやっぱり、リリーは泣き虫で。
最後まで笑顔をつくってられるほど強くはなくって。
「お姉ちゃん。今まで。ありがとう――」
いい終わる前に、リリーのほっぺを涙がつたって落ちていく。
「やだ、そんなのやだぁ……おねがい、おねが、い……ボクもつれてって……ボクをひとりにしないで……!」
遠ざかるリリーに手をのばそうとした時、底が抜けたようにボクの体は一気にまっくらな下へ落ちて行く。
それが。
ボクがリリーの姿をみた、最後だった。
■■■■■■
子供達の出発から240時間。
十日間が遂に経過し、淫界の転移室では帰還して来る子供を出迎えるべく、多くの淫魔が慌しく動き回っていた。
互いの生還を喜び友達と抱き合う子。
張り詰めた緊張の糸が切れたのか、大声で泣きじゃくる子。
極度の空腹からか膣を広げ、精液をねだる子。
呆然と放心状態で僅かに頷くだけの子や、性交の最中だったのか精液を指ですくって一心に舐めている子もいる。
だが、元気に動き回る余裕のある子は片手で数えられる程度しかいない。
殆どの子供は、極限状態の中かろうじて十日間を生きぬいてきたのだろう。
「記録は進んでるわね文官。子供達の帰還状況を教えなさい」
帰って来た子供に声をかけ、もう大丈夫と優しく諭しながら、近衛長のメルローズは記録係の魔女に現状を尋ねた。
「はい、メルローズさま。ご覧の通り、既に順次転移が始まっています。ですが、その」
「一昨日の朝の時点で生き残ってた子が49人なのは私も分かっているわ。どんな結果でも別に驚かないから、はっきり言いなさい」
言い澱む部下の態度に、メルローズは相当に悲惨な結果を覚悟する。
この時点で、メルローズは直近の生存状況を知らない。
8日目朝の安否確認後にシロップが気まぐれで宮殿の外に出かけたいと言い出し、そのお供をする為にメルローズは2日間宮殿を開けていたからだ。
陰鬱な仕事から少しの間でも自分を離れさせたいという女王の気遣いなのはすぐ分かったが、それを断わるのは臣下としても幼馴染としても出来なかった。
とはいえメルローズもある程度の予測は立てている。帰還率が三割を切るかもしれないと覚悟はしていた……のだが。
「は、はい。15組のうち7組の子供達が……全滅しました」
報告された内容は、彼女の予想をさらに上回って酷い物だった。
大きく首を横に振り、メルローズは溜息と共に色々な感情を無言で吐き出す。
「……そう。半分の組が。現在の帰還数は?」
「大公女モンブランさまがリーダーをなさっていた第1組は5人が戻られています。ただ他の組は殆どが1人か2人戻ってくれば良いという有様で……。現在戻ってきた子の数は、その……じゅう……16名です、が」
あまりの酷い数字に、流石のメルローズでさえ思わず自分の耳を疑いたくなる。
「最悪ね。もしかすると過去百年で、一番悪くなるかもしれないわ」
15組のうち、門閥貴族家の子供達だけで編成した第1組は、ほぼ確実に誰も欠ける事なく帰って来ると思われていた。
だが実際は選抜組でさえ犠牲が出ている始末だ。
そして残り14組に至っては、これはもう惨憺たる結果と言えた。その時、一人の淫魔が羽と胸を揺らしながらすっ飛んでくる。
「メルローズ様、7番魔法陣から一人帰ってきました! ただとても弱っていて……!」
話を中断しメルローズは魔法陣へと駆け出す。
全身ずぶ濡れで、意識も失い身じろぎ一つしない全裸のベルの姿が、そこにはあった。
「餓死寸前だわ……一分一秒を争います、すぐナース達の所へ連れていきなさい! とても口から飲ませられる状態じゃないから、精液風呂に漬けて全身で吸精させて!」
その状態を一目見るや、メルローズはすぐに指示を出す。
大急ぎで担架に乗せられ運ばれていくベルの姿を、沈痛な表情で見送る淫魔たち。
だがメルローズにはこれから、もう一つの嫌な仕事が残っている。
「全部の転移が完了したら子供達に聞き取りを行なうわ。私は記録の文官と一緒に奥の部屋に控えているから、落ち着いた子供から一人づつ隣の部屋に通しなさい。ただし何日かかっても良いから決して急かさないで。それと戻った子の親を呼びなさい。聞き取りが終わった子から順に家へ帰します」
待機している部下に指示を出すメルローズの表情は暗い。
なにしろ帰ってこれた子供達から、可能な限り多くの話を聞くのだから。
親しい友達や姉妹を失った記憶がどれほど辛く悲しいかなど考えるまでもない。
時間も経っていない心の傷口に直に触れる行為が、いかに酷い事かも分かっている。
だが、記憶が鮮明な内に、どうしても聞かなければいけない。
死んでいった子供達が必死に生きようとした、その生きた足跡を消さない為に。
我が子の最後を、亡くなった子供の親に少しでも詳しく伝える為に。
そして願わくば。
次に出発する子供らにとって、その経験が少しでも助けになるように――
***
それからどのぐらい経ったのだろうか。
本来は物置場だが、現在は臨時の救護室として使われている地下の一室で、ベルはゆっくりと目を覚ました。
最初に目にしたのは、真っ白な天井。
「あ……おかあ、さん」
次に見つけたのは、すぐ側でベッドの背にもたれかかるようにして寝ている母の姿だった。だが小さく掠れた声をかけると、弾かれたように跳ね起きる。
「ベル? ……ベル! ちゃんとお母さんが見える!? どこか痛くない? 体に力、入るわね!?」
横たわるベルを抱きかかえ、幼い小さな手を取り握り返すように言う。
「……んっと。だいじょうぶだと、思う。寝おきだから……まだボーっとするけど」
まだ大分弱いが握る手が握りかえされるのを確かめると、心から安堵するように、強張った表情が緩んでいく。
「ベル……よかった、無事に帰って来てくれて、本当に……!」
もう30分も転送が遅ければ、確実にベルは死んでいただろう。
事実ベルの母は『意識が戻らずこのまま消滅する可能性も十分にありえます。その覚悟はしていて下さい』とナースから言われた程だ。
危険な状態から抜けたのが分かり、これまで堪えていた分が爆発するように母親は思いっきりベルを抱きしめた。
「んぐ、ちょっと痛いよおかあさん……」
軽く抗議するベルだったが、甘えなれた母の匂いとぬくもり、そして柔らかな淫気に抱かれ、ベルは帰ってきた事を肌で実感する。
生まれたての頃のように、出来るならずっとこうして母に抱かれていたい、そんな思いで心が満たされていく。
だがベルはいつまでも、その温もりに黙って浸れはしなかった。ぼんやりとした頭から、霧が急速に晴れて行く。
『おかあさんがいて。ボクがいて。じゃあ他には……?』
決まっている。何にも代え難い大切な妹がいないとおかしいのだ。
「ね、ねえおかあさん! リリーは、リリーはどこ!?」
だから顔を上げたベルが真っ先に妹の安否を尋ねたのは、当然の事だった。
悲痛な祈りにも似た叫びが、だだっ広い病室内に響く。
「ベル。あのね……ベル」
娘にどう言うべきか、母は言葉に詰まる。
けれどまるで、その先の言葉を言わせないようにベルは話し続ける。
「ボクね、とっても酷いゆめ見てたんだ。みんな、みんないなくなって。ボクだけになって……バカみたいだよね、そんな訳ないのにっ」
目一杯の空元気で叫ぶそんなベルの様子に、母親はベルが決して記憶が混乱してる訳でも、何があったのか覚えていない訳でもない事に気がついた。
「せんせーのとこで今日も、えっちの練習してくるよ。だけどもう少しボクのおっぱい大きくなってくれないかなぁ、リリーにもたまにもんでもらってるけど、ちーっとも大きくならないんだ」
取り留めのない会話を、ベルは強引に繋げ続ける。
リリーの事だけではない。
賑やかに楽しく出かけた友達が皆、永遠に失われた事実を受け入れるには、ベルの心は幼すぎた。全てを悪い夢として片付けたくなるほどに。
「ベル……」
無理にでもそう信じこもうとするベルの姿は、見ていて辛くなるほど痛々しい。
「ねぼすけでごめん、すぐおきる! もう少ししたら、みんなで人間界いきだもんね!」
「ちょっと! 駄目よベル!!」
だが、勢い良くベッドから起き上がろうとして、ベルはそのままベッドから転がり落ちる。派手な音を立て床に倒れた娘を慌てて母親は抱き上げた。
「あ、れ……おかしいな。ボク、どうしたんだろ……」
「当たり前でしょう……意識がないまま丸二日も寝ていたのよ。すぐに起き上がれる訳がないじゃない」
すぐにベッドに寝かしつけ、そっと優しく娘の頬を撫でた。
「こんな小さな体で頑張ったんだもの……。幾ら悲しんでも、幾ら泣いても良いの。でもね……起こってしまったことは、どれだけ目を逸らしても……変わらないのよ」
10歳の我が子を残酷な現実に向かい合わせるのが、どれだけ酷か。
母親ならば分からないはずがない。
だが、現実から目を背けた時間が長いほど、やがて必ず来る現実を直視した時の衝撃が辛く大きくなることを、彼女は自分が子供の時の経験で良く知っていた。
「リリーは……リリーはね。もう、いないのよ。帰ってこれたのは、ベルだけなの」
「……やだ。やだよおかあさん。ボクそんなのやだよ……」
抑揚のない声で、母にしがみつきいやいやをするベル。
本当は分かっていた。
妹も友達もみんな死に、自分だけが生き残った事を。
ベルは夢だと信じたのではない。
夢だと、信じたかったのだ――
「重体の子は今回一人だけね。ベル=カスタードちゃん、救護室は……と」
『うああああああー! あー、あー! うぁー! んぐ、あ、あうううう、あー!! ひぐ、ひぐぅ……えぐ、うあ、あーっ!』
入院している子供の様子を確認しようとした淫魔のナースが、ドアの前で立ち止まる。
泣くこと以外に晴らしようがない、積もり過ぎた叫び声が向こう側から聞こえた。
「入らない方が、良いか……」
小さく首を横にふって、持っているボードに『意識は回復』とだけ記載し、黙って救護室の前から踵を返す。
ベルの泣き声は、それから一日中ずっと止む事がなかった。
この年90人の子供達が出発したが、帰ってきた子供の数は僅か19人。歴代でも二番目に悪い数字を記録したと、公式記録には記されている。
だが消えていった子供達が、どのような経緯を辿り、何を思って散っていったのか。
その大半は永遠に語られることはない。
そして、それから37年後――
「大変ですっ、南ゲートが破られました! ハンターが次々と入ってきています!!」
「春の侵攻時よりも遥かに数が多いです、このまま南にある転移陣まで落ちると、一部は上層まで踏みこまれることに……」
この日は朝から、多くの淫魔たちが下層の守護階層で慌しく動き回っていた。
万が一の外部からの侵攻を食い止めるべく、女王シロップは街と宮殿を守る為に、包みこむように上下二層の守護階層を外側に形成していた。
ほんの十数年前まではこれ程の厳重な防御など全く必要なかった。あくまで念の為でしかなかったのだ。
だが今や状況は変わった。
名だたる優秀な超一流ハンターの活躍により、守護淫魔や側近はおろか統治する淫女王まで果て、滅亡する淫界が出始めたのだ。
それに勇気付けられたのだろう。それまで集団で寄り集まって守るだけだった人間は、ハンターの数を大幅に増やし、ゲートをこじ開け淫界へ逆侵攻を始め出したのである。
無論、急造ハンターなど、成長して淫気を増した淫魔の敵ではない。
だが年月の経過と共にシロップワールドからは、まるで櫛の歯が欠け落ちるように、一人また一人と、強力な淫魔は消えていった。
のどかで平和なシロップワールド――その言葉は既に、過去形で語られるようになって久しい。
良くない報告が次々と舞いこむ最中にあって、ボブカットのすっきりした髪型をした小さな女の子……そう。
あのベルが、机の上に肘を立てて不機嫌そうに話を聞いていた。
その姿は10歳だった頃と殆ど変わりがない。
だが名立たる淫魔を失う度に地位が繰り上がっていき、ベルは今や、若くしてこの下層を守るべく数多くの淫魔を指揮・統率する立派な守護淫魔の一人になっていた。
「ん〜。北ゲートの方はどんな感じ?」
「北は守護のシルベーヌ様を中心に侵攻を食い止めています。ただ先ほど『数が多すぎて閉口してるから、手や口やあそこが空いてる子がいたら呼んできて』と……」
それを聞きベルは大きく嘆息する。
北ゲートの守護シルベーヌはベルのような平民出身ではなく、門閥貴族のお嬢様でプライドが服を着て歩いてると評判だ。
そんな彼女が素直に助けを乞うてくる時点で、状況の悪さは容易に想像がつく。
「シルベーヌがそこまで言うならよっぽどだねー。で、南ゲートのみんなはどうなの、なんとかなりそう?」
ベルが尋ねると、伝令の淫魔は弱々しく首を横にふった。
「それが……南守護のユキ様が、ハンターを指揮していた人間と相討ちで亡くなられ、ました。大変言い辛いのですが……このままでは失陥は間違いないかと」
「え! ユキがイったの!? ……はぁ、そっかあ」
ユキは名前の通り白い肌が印象的な、南ゲートを守る守護淫魔で、同僚であると共に現在のベルの親しい友人でもあった。
だがベルの反応は、どこか自嘲するように嘆息しただけだ。
「まずいなー。それって、今は誰も統率する守護がいないって事でしょ。指揮してるハンターが死んだって、数でごり押して来てる人間相手に、それじゃあ勝てないよ」
「はい。恐らく今頃はきっと殆ど……。人間たち、虱潰しに根こそぎ狩るつもりらしく、逃げようとしてる子まで……」
背中に黒い羽を生やした美しい淫魔が辛そうに俯くのを見ながら、ベルは大げさに肩を竦めると椅子から立ち上がり、大きく伸びをした。
「そんなに酷いんだ。分かった、ボクも出るよ。キミは女王さまに報告にいっといで」
「べ、ベル様! 私もまだ戦えます! ぜひご一緒に」
散っていった仲間の仇を討ちたいのだろう。だがベルは食い縋る部下を一瞥すると、つーっと背中や羽の付け根に指を這わせながら、空いた左手で優しく、尖った乳首を刺激する。
「ひぅ……! ベルさま、き、気持ち、あ、あ、あっ……!」
「はいはいダメったらダメ、これ以上ボクの可愛い部下を減らしたくないのっ! 大体、こーんなおまんこぐっしょぐしょにさせてるくせに『まだ戦えます!』もないよ」
切なげに喘ぐ部下から体を離すと、さっさと行った行った、と言い捨ててドンと後ろに突き飛ばす。
「パムとルティエは北の増援に行って。2箇所も穴あいたら、さすがにボクも責任もてないや。手の空いてる子は全員つれてっていいから、何がなんでも北のゲートは守りぬくこと!」
信頼できる淫気の強い自分の側近二人を、ベルは両方とも北側への増援に迷わず振り向ける。
そしてベルは周囲を見渡して言った。
「南はボクが何とかしてくる。人間の方も隊長が死んでるなら、指揮系統はぐちゃぐちゃだろうし、とんでもないの相手じゃなきゃ多分だいじょうぶでしょ」
「ま、待って下さい、まさかお一人で全部相手をなさるつもりですか……!?」
紫の色鮮やかな長い髪をした可憐な魔女が目を丸くするが、ベルは軽くいなした。
「ふっふ〜ん♪ ボクの事を心配するのは十年早いよルティエ。それよりもパムと協力して、体がべっとべとになるぐらい精液絞っておいでー」
「はぁい〜、ベルさまもお気をつけて〜」
ぽわわんとした雰囲気を漂わせた、ピンクの髪と大きな胸をさらけ出した淫魔が胸をたゆませながら頷くと、彼女達は残った手勢を率いて、ほどなく姿を消す。
「さーて。南の子達をみんなイかせちゃうぐらいらしいし、ボクも気合いれないとな」
全員が出払いガランとした部屋の中で、上半身は薄いレースの下着だけ、下はひらひらの付いた黄色いスカートに穿きかえ、愛用のローションを手に取り軽く肌に塗りつける。
ベルの後ろ頭には、銀色の髪飾りが光っていた。
あの日以来ただの一日も、リリーがしていたこの髪飾りをベルは外したことがない。
「年を取ったら、えっちと精液と快感以外のことに興味なくなっていくって、本当だったなぁ。お母さんの言った通りだ……不思議とあんまり悲しくないや」
ベルは他の守護淫魔以上に、部下に対する面倒見が良く気さくな事で知られ、個人的に親しい相手も多い。
しかし、その多くが滅ぼされたにも関わらずベルの瞳に悲しみの色はない。
年を取れば淫気が増し、性交に対しての欲求がますます強まっていくが、それと引き換えに喜怒哀楽のうち怒りや悲しみという感情は、徐々に失われていく。
けれどそれは泣けなくなる理由の一部でしかない。一番大きな理由は、身近な者の消滅が日常的に思えるほど多すぎて慣れてしまうからなのだ。
角張った石が激流に流れる過程で丸くなるように。
大好きだった母親も、街中にまで侵入を許してしまった人間の大侵攻作戦があった11年前に失った。
貴族であるカリンやシュガーの母は、その後も子供を産んだが最後まで自身の後継を残せぬまま、人間界の街を攻めに行った8年前、返り討ちに合い消滅した。
リーフやメルルの母は、我が子の死を知らされ半狂乱になって人間界に降りて、そのまま二度と戻ってはこなかった。
ベルと同世代の親しかった他の友達も、既に誰も残ってはいない。
その都度嘆き、悲しみ、泣いていたベルの黒真珠のような大きな瞳から。
いつしか涙は流れなくなっていた。
だがそれでも。ベルには決して色褪せる事のない思い出がある。
物入れに使っている箱の蓋を開けると、ベルはそこから一枚の紙片を取り出した。
それは、もう四十年近くも前。
出発の前に六人が一緒に写った古ぼけた写真を、ベルは黙って見つめる。
「今のボクを見たら、みんな何て……言うだろ」
ふっとベルは瞳を閉じる。
******
『あれ〜? ベルぜんぜんみかけかわってないねー』
むっかー! ちんちくりんで悪かったな、シュガー! でも悪いことばかりでもないんだぞ。鏡みるだけで皆のことすぐ思いだせるんだからさ。
『守護になったんだ、おめでとうベル。お母さまをみてたら大変そうにおもったけど……がんばってね』
ありがとカリン。でも……ボクよりもカリンのがずっと、立派な守護淫魔になれたと思うよ。
『自信と慢心は違う……ベルはもう少し慎重に行動した方が良い』
ボクも自覚はしてるんだけどねリーフ。ただ性格なのかなー、なかなか治んなくって。我ながら困ったもんだ。
『いろいろ言いたいことはあるけど……ベルちゃん、ずっと元気でいてね』
って言いながらメルルはぴったりリーフにくっついてるんだ、相変わらずだなぁ。ボクはみんなの分まで元気でいるよ、だいじょうぶ。
……ところで、そんな後ろに引っ込んでリリーは何をやってんの。
『あ、あのねお姉ちゃん……その、私……お姉ちゃん……ごめん、ごめんね……。が、がんばって……!』
******
時間にすればほんの数十秒程度。やがてベルはゆっくり目を開けた。
「リリーのバカ。謝るぐらいなら最初っからあんな事するなよなぁ。おかげでボク、これ以外の飾り物つける気なくなっちゃったんだぞ……」
もちろん脳裏に本当に五人が出てきた訳ではない。
全てはベルの妄想の産物に過ぎない。
だが。
もし遠い昔に、もっと違う選択をしていたならば。大切な妹や友達と語り合う……そんな光景が今も、あったのかもしれない。
「いっけなー。ボーっとしてる場合じゃないんだった。じゃあまたね、みんな」
そっと古ぼけた写真を箱に戻し、ベルは部屋を出て南ゲート側に繋がる転移陣の上に乗る。心中には微塵の恐れも、気遅れもない。あるのはまだ見ぬハンターとの激しい性交への楽しみと、濃厚な精液の味に対する期待だけ。
一瞬でゲートの手前に転移すると、そこには並みの人間ならば即座に卒倒するほどの熱気と拡散した淫気、そして精液の臭いが漂っていた。
「うぉーい、助けにきたよ〜。まだ無事な子、いるなら返事してー!」
大声で周囲に呼びかけるベル。
だが返事があったのは仲間ではなく、人間のハンターからだった。それも二人。
「淫魔の増援っ!?」
「いや、ただのガキだ。だが迷い出て来たにせよ見逃す手はないな」
ベルの姿を見てハンターに弛緩した空気が流れるが、ベルは堪えきれずに吹きだした。
子供の外見を利用するため、油断を誘うようにベルは淫気を可能な限り抑えていたが、実力の高い一流ハンターならば必ず、ベルの淫気を感じ取ったら即座に警戒する。
要するに『その程度』さえも出来ない程度のハンターなのだ。
「な、なにがおかしい!」
「見かけで判断するんじゃ、おにいちゃん達も大したことないね。まあいいや、ボクの通せんぼするなら、気持ち良ーく死んじゃって?」
あどけない微笑みを浮かべて、抑えていた淫気をベルが解くと流石にハンターの顔色が変わった。
コンビで行動するのだろう。若い方がベルの正面に向かい、ベルの慎ましい胸やつるつるのあそこに手を伸ばす間に、年配の男が真後ろに回りこむ。
「おそいなー。おちんちんがらあきだよ、はむっ」
「あがっ!?」
舌先で舐め、ねぶるように咥えこむと男のペニスを上下に緩急をつけてしゃぶり尽くす。
とろとろの口腔に包まれ、全身が引きつけでも起こしたように痙攣し、亀頭が膨らみ震えだす。
「俺たちを舐めるなよ、なんの為のコンビか教えてやるぜ……!」
耐久力の高い相方が口撃を受けとめている間に、背後から刺し貫き、そのまま膣をかき回し絶頂させて滅ぼすのがこのコンビのやり方なのだろう。
「〜♪」
だがベルは余裕とばかりに、下の口でペニスを咥えこみ締め上げる。
「あへぇええええ……気持ちよすぎて、ち、ちんぽ、溶ける……!」
わずか二こすりで悶え狂うハンターの様子に、ベルは呆れた。
「ぷは。大したコンビだねほんとー。じゃあ逝く時も一緒でいいかな」
ベルの口に咥えこまれた男の方はありったけ精気を吸われ、僅か数分にも関わらず既に意識はなかった。
根元を握りしめ、射精させないようにしながら理性を完全に破壊する余裕さえあった。
けれどあまり遊んでいる場合でもない。自分から腰を動かしぬらつく膣の中を絶妙な下限でグラインドさせながら気を見て一気に締めあげると同時に、握っていたペニスの根元からも手を離す。
「うぎゃああああああ!」
スマートとは言えない耳障りなイき声を上げ、男達は壊れたようにベルの顔と膣奥へ精液をぶちまけ続け、程なく弾が切れた機関銃のように、あっと言う間に精が尽き果てると、干からびて永遠に動かなくなった。
伊達や縁故では守護淫魔は名乗れない。まして今のベルは北ゲートと南ゲートを繋ぐ下層中央の守護隊長だ。
最低でも一流ハンタークラスの力がなければ、今のベルを倒すのは不可能だろう。
「うん、弱いけど美味しい〜。さてとっ、もっと奥かな……?」
絞ったハンターの屍には目もくれず、はだけた服を直してベルは奥へと向かう。
その後も何度かあった散発的な抵抗を踏み潰していった頃、仲間の悲鳴にも似た喘ぎ声がベルの耳に届いてきた。
「向こうだ!」
駆け出した先でベルが見たのは、純白の翼を生やした堕天使の淫魔が羽を撒き散らしながら後背位で貫かれている姿。
「い、いいよぉ……奥までぐちゅぐちゅかき回して……もっと、もっとぉ……あ、あ、あっ、あんっ、ふぁあああ……」
「俺をイかせるんじゃなかったのか? 天使が聞いて呆れるな、この淫売の堕天使の牝犬淫魔め」
「い、いわないでぇ……くぅうん……!」
恐らく元々Mっ気があるのだろう。
後ろから突き上げられながらハンターから口汚く罵られ、言葉とは裏腹に恍惚とした笑みを浮かべ淫魔は快感に心まで浸っていた。
硬く尖った乳首を弄り回されながら繰り返し激しく抽挿され、一気に絶頂へと駆け上がって行く。
「こらー! その子を離せ、ボクが相手だ!」
だが助けようとベルが駆け寄る前に、ハンターは太幹を秘部の奥深くまで押し込むと、抜かずにぴったりと膣壁の奥へペニスを押し当て続ける。
「これでトドメだ。消える時ぐらいは天使らしく、可愛い声を出して逝くんだな」
「い、いく、いっちゃう、わたし飛んじゃうぅ……でも、でもすごくきもちいいよぉ、あああああ……!」
断末魔の矯正を残し、淫魔は光の玉となって弾け、跡形もなく消し飛んだ。
大げさに肩をすくめて、ベルはぐるりと周囲を見渡す。
「あーあ……もう誰も残ってないよ、み〜んなやられちゃった。中には助けてって言ってた子もいたでしょ? おじちゃんたら酷いことするなあ」
周りから自分以外の淫気がまるでないのを確認し、目の前で仲間を散らした年配のハンターの背中に向けて、ベルは嘆息しつつ声をかける。
もっとも周囲には一滴残らず精液を吸われ、ペニスを反り立たせたまま息絶えているハンターの屍も山ほど転がっているのだが。
「悪いがこっちも、淫魔に同情するつもりなどさらさら無くてな。それに俺は、よがりながら消えて死んでいくお前らを見るのが、楽しみで仕方がない変態でね」
後背位の相手が消え、男はゆっくりと体を起こし振り返る。
「ずいぶん良い趣味だね、おじちゃん。初めまして、ボクは下層中央守護のベルっ。実はボクも蕩けた顔でどぴゅどぴゅ精液出しながら死んでく人間みるのが、とーっても大好きなんだ、えへ」
頬についたままの精液を指で掬い、美味しそうに舐め取りながら、瞳を妖しく光らせてクスクス笑うベルを見て、ハンターも危険を察知したのだろう。
溢れ出る淫気とその雰囲気から、今まで相手をしていた淫魔とは格が違うと悟る。
だがハンターの中では高齢な部類に入る四十過ぎの精悍な男は、ベルを正面に見据えたその時、大きく息を呑んだ。
「……っ!? お、お前……!」
「? ハンターさんどしたの、ボクの顔に何かついてる?」
それまで涼しい顔をしていたハンターは、きょとんとするベルを強く睨みつける。
「37年前の事を。覚えているか」
「…………え?」
ベルの心臓が大きく跳ねる。
37年前。それは忘れもしない、あの十日間のこと。
だが一瞬ポカンとしたベルの態度に、男は眉を吊り上げ怒鳴った。
「忘れたとは言わさん……! お前らにとってはただの飯の種だろうが精気を吸われたまま放置されて、助けが来る前に兄貴は俺の横で死んだんだ……!!」
その言葉にベルの脳裏に、あの過酷な日々の記憶がよぎる。
精気を吸ったまま放置した子供。殺さなかった事で、その後のハンターの山狩りを呼び起こした、あの日の過ち。
「あの時の狩人くん……!?」
目の前の男と、あの幼い少年の顔がベルの中でも重なった。
その反応に満足するように大きく頷き、粘りつくような熱い怒りを瞳に滾らせながら、ハンターはベルに微笑みかける。
「狩人はやめてハンターになったがな。そうそう自己紹介がまだだった。ルーシェ・クープ、こちら側の突撃隊副長だ。会えて……嬉しいぞ、とても」
心からの嘘偽りのない本心なのだろう。
だがそれは、ベルにとっても同じだった。
そっか。この人間、リリーが助けてあげようって言った、子供のかたっぽなんだ。
えへへへ……何年ぶりかなぁ。まだボクも、こんな風に思えるんだ。
こんだけ心底、殺してやりたいって思えるほど怒りが沸いてくるのって――
「わぁ、おっきくなったね〜! 昔はボクよりちっちゃい子供だったのに! ボクもね、キミにはとっても会いたかったんだ」
「ふ。そう言う貴様は、淫気はともかく胸や背は殆ど変わっていないじゃないか」
「むー。人が気にしてることを思いっきり言わないでくんないかな」
他愛無い言葉を交わしながら、二人は笑いあう。
今この瞬間だけを切り取って見れば、まるで再会を喜び合う友人のようにさえ見えたかもしれない。
だが互いの瞳の奥に宿る殺気が全てをぶち壊しにしていた。
「あれっだけ『誰にも言わない』って約束したから助けてあげたのに、帰ってからボクたちのこと喋ったんでしょ?」
怒りの半分は目の前のハンターに。
そして残り半分は、トドメを刺すよう主張しなかった自分自身に向いていた。
しかしハンターはベルの怒りの炎に油を惜しげもなく注ぎこむ。
「当然だ、兄貴の仇に約束も何もある筈がないだろう。ところで、お前と一緒にいた他の奴らはどうしている?」
「…………!」
ベルはしばし無言だった。
けれど、ハンターの耳にもはっきり聞こえるほど大きな歯軋りの音、歯が食いこみ血の滲む唇、顔を強張らせ拳を握りしめるベルの仕草が、雄弁すぎるほど全てを語っていた。
だが不意に大きく息を吐き、ベルは体の力を抜き笑みを浮かべる。
「おかげ様でみんな酷い目にあったよ。あの時、お家まで帰ってこれたのはボクだけ」
激高しても意味がない。冷静さを欠いては勝てる訳がない。
怒りや哀しみの感情など、性交の時にはマイナスにしかならないから。
どんな声でよがるんだろう。
あのハンターのちんちんはどんな味だろう。
射精させた後、どうやって心まで堕としてから殺そう。
感情がするすると自然に置き換わっていく。長い歳月を経て、淫魔として成長したベルにとってそれは当然の事だ。
そうする事は淫魔の本能だから。
そうでなければ、ここまで生きてこれなかったから。
「しかもボクの部下をこんなに消してくれたんだもん。お礼してあげないとね。イき天国とイき地獄、普通ならどっちか選んでもらうんだけど……君には特別に両方ともフルコースで味あわせてあげるよ!」
そしてベルは服を脱ぎ捨てると、極上の笑みを向ける。
「ほざいてろ、今にその口から喘ぎ声しか出ないようにしてやる。ガキを抱くのは好みじゃないがお前だけは別格だ。誰よりも激しく犯してやるさ!」
もうそれ以上、二人の間に言葉はいらなかった。どちらともなくベルとハンターは体を重ね、燃えるような性交を始める。
どちらか片方が燃え尽きるまで。
【シロップワールド公式記録】
女王シロップ一世の治世273年目 十日試練
■第7番魔法陣結果
シュガー・メープル 五日目死亡
死因:ハンターによる秘部への異物挿入
リーフ・ショコラ 七日目死亡
死因:背後からの奇襲
カリン・メープル 七日目深夜死亡
死因:他の子供をかばって殿を務めた。別れた以降の状況は不明
メルル・ショコラ 八日目死亡
死因:妹喪失後の錯乱により単独行動に出てハンターと遭遇
リリー・カスタード 九日目死亡
死因:生還した姉からの聞き取り調査も、黙して騙らず詳細不明(自害?)
ベル・カスタード 生還
エンディングNo.B−2【誰が為の鐘】
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