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淫魔チャイルド【7日目】

<淫魔チャイルド>【七日目】

 何かが起こるかどうかも分からない見張りは、それぞれに性格が出る。
 退屈だと愚痴るベル。淡々とこなすリーフ。
 半分は妹の寝顔を見ているメルルなどなど。カリンだけは思い悩むように暗い顔をしていたが、見張りそのものには影響を出さずしっかりこなした。
「…………」
 そして最後の五直目。両手をぎゅっと握りしめて表情を強張らせ周囲をうろうろしているリリーの瞳は真剣そのものだった。見張りを始めてからずっとこの調子である。
「リリー、おはよう」  
「ひゃうぅっ!? あ。お、おはようカリンちゃん、リーフちゃん。と、特になにも、なかったよっ」
 そんな折、起きだしてきたカリンが真後ろから肩へ手を置くと、リリーは飛び上がらんばかりに情けない声を上げて驚く。
「あはは……ごめんなさいリリー、おどろかしたつもりはなかったんだけど」
「リリーは根を詰めすぎ。やっぱり最後に回して正解だった。少し休んだらベルを起こしに行って欲しい」
「はぅ……うん」
 恥ずかしそうに縮こまるリリーがペタンと地面に座り込むのを見て、リーフはまだ寝てるメルルを起こしにいく。
「……えへ。リーフ〜♪」
「姉さん起きて。あと勝手に夢に人を出さないで」
 不機嫌そうに頬をうりうりと押して起こす。
「あ。おはよう、リーフ……」
「どうして頬を赤らめてるの姉さん。いや、言わなくて良い。テレパシーもいらない」
 起きて早々潤んだ瞳で自分を見つめてくるので、どんな夢を見ていたのか気になった……が、間違いなく卑猥な方向性だろうと感じて聞くのを止める。
「お姉ちゃん、おきて、朝だよ?」
 一方ベルを起こしに行ったリリーは、予想通りに爆睡している姉の姿を見る。
 体を揺すってもコロンと転がるだけで、ちょっとやそっとじゃ全然起きない幸せな寝顔っぷりにリリーは肩を落とす。
「リリーどう、起きそう?」
「えーと。今日のお姉ちゃんは……すっごく起こすのたいへんかも……」
 数年間ベルを起こし続けてきたリリーには、最初の感覚で起こし易いかどうか分かる。
 寝言やいびきをかいている時はまだ楽で、一番厄介なのは可愛らしく丸まっている時なのだ。
「以前から思っていたけれど、鼻を摘むのが一番早いと思う」
「え。リーフちゃん、それはちょっとひどい……」
 窒息して死ぬ事もないから安心とばかりに、止める暇もなく、さっさとリーフはベルの鼻を摘んだ。
「……………………ん、ん、ぶはっ! ちょっ、なにするかな!?」
「ほら、効果的」
「こうかてき、じゃなーい!」
「あ、あはは……。でもお姉ちゃん、すごく良いかおでぐっすりだったけど、どんな夢をみてたの?」
 むくれるベルに、喧嘩になっては大変とリリーが上手に話題を逸らそうとする。
 だがベルは逆にはっきりと顔が曇った。
「え? ……あーえっと、なんだっけ。忘れちゃったよ、あははは」
 困り顔でベルはそっと目を逸らす。誰の目にもはっきりと分かるぐらい嘘だった。リリーだけではなく、側にいたカリンも勘づく。シュガーの夢を見ていたのだろうと。
「皆が起きたし状況を確認する。夜は大きな動きはなかった。だから予定通り今から下りるけれど、くれぐれも周囲には気をつけて」
 放っておくといつまでも本題に入れないと判断したリーフが、会話を遮るように口を挟み、さっさと方針を確認する。
 既に弛みや油断はないのか、全員が神妙な顔で頷いた。
 仮に駆け出しハンターであっても、既にシュガーを欠いている今、もし相手が三人以上いれば1対2の構図は取れない。
 そうなれば全員が無事で済む可能性は下がってしまう。
 その為、普段以上に警戒しながらではどうしても移動速度は遅くなる。まして八合目ぐらいまで登っていたのだから尚更だ。
 だが二時間ぐらい歩いて中腹から、大淫魔の洞窟がある側を通って四合目ぐらいに差し掛かった頃、異変は起こった。
「あっ。みんな……!」
 やはりまず先に、リリーが気配に気がつく。ただし今までと違う点は、殆ど同時に他の四人もハンターの気配を感じ取ったことだろう。
 淫魔であれば誰でも分かるほど、明らかに密度が『濃い』のだ。
「この辺りにまだ相当いるわね。五人や十人じゃすまないわ」
「これって、もしかしなくても多分ぜんぜん減ってないんじゃ……むしろ増えてる気がするのボクの気のせい!?」
「……リーフ」
 一行に動揺が走る中、そっとメルルが手を取ると、明らかにリーフは狼狽していた。
 顔から血の気が引くほどに。
『嘘、どうして……大淫魔様の淫気を辿れないほどハンターが間抜け揃いじゃなければ、もうここにいる意味はないのに! どうして減っていないの!?』 
 リーフの分析に誤りはなかった。
 ハンター達は目的があって山に来ている以上、自分達の存在さえばれない限り、時間さえ経てば勝手に下山していく。慌てず待てば問題はない。……はずだった。
 そう。

 ・・・・・・・・・・・・・・
 自分達の存在さえばれなければ。

「まさか……! Fernhoren(フェルンホーレン)!」
 最悪の事態が脳裏をよぎったリーフは、迷わずハンター達の密集している方角へと杖を向けて、たった一言の詠唱で事足りる魔法をかける。
「リ、リーフちゃん、急にどうし」
「うるさい! 魔法詠唱中に声をかけないで!!」
 突然の行動に、声をかけようとしたリリーだったが即座に大声で怒鳴られる。
 リーフが使ったのは遠聴の魔法。聴力を高めて遠くの音を聴くだけの、魔女を目指す幼い淫魔でも簡単に覚えられる単純な初級魔法だ。
 だがこの魔法は、距離が離れれば離れるほど、長く聴こうとすればするほど魔力の消耗は比例して大きくなり、魔法を維持する難易度も跳ね上がっていく。
 しかしリーフの魔力では数キロ先の音を拾うには何度も魔法を拡大して飛ばさなければいけない上に、もし聴けても一分か二分が限界だろう。
「Fernhoren、Fernhoren、Fernhoren、Fernhoren!」
 距離の延長が切れそうになる度に魔法をかけ直し杖をふるって距離を引き伸ばす。
 ひょっとすると魔力が切れるまで距離を伸ばしても、何も聴けないかもしれない……そんな焦りがリーフの心中に沸き出して来た時だった。
【………ば………帰れ…………が】
 聞こえた! 思わずそう叫びたくなる気持ちを抑え、リーフは魔法の維持に集中し雑音交じりの音声を徐々にクリアにしていく。
 けれどリーフが淫魔ハンターたちの話し声を聞き取った時。
 残酷な真実がそこにはあった。

【クープ村の子供二人が淫魔に襲われた状態で見つかったって本当か?】
【ああ、上の子はダメだったが珍しい事に弟が生き残ってる。子供の姿をした淫魔大勢に襲われたって話だ】
【大淫魔は倒したのに下山しない訳だ。これから範囲を絞りこんで行くんだろ】
【村の住民も山道封鎖に協力するって言ってるぜ。絶対滅ぼしてやるって息巻いてる】
【しっかしどうして淫魔ってのはこう、際限なくぼこぼこ湧くかねー】

 あまりの会話内容に、世界が歪むような感覚に襲われ、リーフは杖を取り落とし倒れこんだ。そのショックで魔法も途切れてしまうが、もうそれは問題ではない。
「あ……ああ、ああああああぁ……!」
「リーフ!」
 抱き起こそうとしたメルルの足も思わず止まる。
 身内以外の前では一度も泣いたことのないリーフが、涙を零していた。
「遠聴魔法でハンターの話し声を聞いた……。人間達に、ばれてる。皆でここにいる事が……大よその、場所まで全部……」
 嘆きと絶望に染まったリーフのつぶやき。
 その恐ろしい事実は全員を戦慄させた。
 だがすぐには合点が行かなかった。どうやって探るというのか。
「待ってリーフ、それはありえないわ。わたしたちは、淫気をたどれるほど強くない」
「そうだよ! ボクらを場所をさがす手がかりなんかハンターはなんにも」
 ある訳がない。
 そう言おうとして、カリンとベルは気がついてしまった。
 ハンターが淫気を辿る方法は主に二つある。
 一つはカリンが言うように、淫魔が体内から溢れる淫気に気がつく場合。だがこれは最低でも集団を統率する大淫魔クラスでなければ難しい。
 そしてもう一つは、淫魔が直接肌を重ねた人間に染み付いた淫気から辿る場合だ。
 だが淫気が人間にこびりつく理由は、絶頂させた人間を呪縛の支配下におく為の下準備なので、対象が絞り殺されれば完全に消えてしまう。
 淫魔は殆ど全ての場合で獲物を吸い殺すため、この方法で淫気を辿ることが出来るケースは、余程の例外を除けば現実的には殆どない。

        でも子供達にはあるではないか、その心当たりが。

『まさか、あの時に逃がしたこども!?』
 二人の声が重なり、リーフは返事の代わりにうなだれる。 
 高い確率で助けが来る前に死ぬはずだった。
 もし助け出されても、淫気を辿る事の出来る者がいなければ問題ないはずだった。
 そもそもその前に山を下りてさえしまえば関係ないはずだった。
 だが今、その見通しは全て崩れ去ってしまった。子供は生きて助け出され、淫気を辿られて自分達の存在は露見し、包囲は甘くなるどころかさらに狭められている。
 けれどショックを受けたのはリーフだけではなかった。
「そ、そんな……私が、私が、あんなこと、言ったから……」
 膝がガクガク震え、立っていられなくなりリリーは尻もちをついてしまう。
 その場の感傷に流されて、とんでもないレベルで判断を誤ったこと。
 そして、その引き金を引いたのが自分であること。それはリリーにとって、悪夢以外の何物でもなかった。
 しかし事態は、リリーが後悔に打ちひしがれる事さえ許さない。リーフを抱き起こしたメルルが、リリーに寄って行ったのだ。
「ねえ教えてリリーちゃん。これからどうするの?」
 メルルは笑顔だった。
 見ている者の背筋が凍るほど、恐ろしい笑顔だった。
「め、メルルちゃん……ご、ごめ……いたっ!」
 涙目で謝ろうとしたリリーの肩をメルルは掴み、力任せに思いっきり握った。
「やだなぁリリーちゃん。私はね、謝ってほしいんじゃないよ? あれだけリーフが、とどめ刺そうっていったのに、反対したんだもん」
「い、いたい、いたいよメルルちゃん……!」
 ギリギリと音がしそうなほど肩をねじるように握るせいで、リリーが痛みで顔を歪めるのも、メルルは全く無視する。
「とうぜんこうなった場合のこと、考えてあるよね? まさかなにも考えてないわけ……な い よ ね ?」
「いたい、いたい、メルルちゃん、やめて、やめてぇ……!」
 髪が逆立つ程の勢いで笑顔のままメルルはさらに力をこめる。もし可能であれば、肩の骨を砕かんばかりに。
「ちょっ……メルル、リリーになにやってんの!?」
「気持ちはわかるけど落ちついてメルル!」
 あまりの剣幕にしばし呆然としていたベルとカリンが、慌てて二人を引き離す。
 だがメルルの怒りは収まらない。
「ベルちゃんも! カリンちゃんだって! いったいどうするつもりなの、リーフはこうなる場合はあぶないって、ちゃんといってたんだよ!?」
「それは……」
 返す言葉はなかった。リリーに甘く碌に反対意見を出せなかったベルは無論、カリンも最終的にはリリーの提案を支持したのに変わりはないのだから。
「姉さんやめて……」
 そんなメルルを静止したのは、やはりリーフだったが、この時あろうことかメルルはリーフの言葉さえ無視した。
「いやだ! 私もうだまってられない、言わずにいられない!!」
「やめて姉さん、お願いだからやめて!」
「だって! リーフがあれだけ言ったのに、あれだけリーフが止めたのに……」
「言い争ってる場合じゃないの! 淫気を辿られて居場所を完全に絞り込まれるまで、もう大して時間がない!!」
 まさに死の宣告とも言える言葉に、メルルも絶句する。
 今この瞬間、狩る側と狩られる側は完全に逆転したのだ。
「みんな……ごめんなさい、ごめんなさい、ごめん……なさい……」
「リリーも泣いてないで、どうするか考えて! のんびりしてる暇はない!」
 悲鳴にも似たリーフの叫び。
 幾ら後悔しても過去に戻ることは出来ない。完全に包囲が完成してしまえば、全ては終わってしまうのだから。

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<選択肢>※辿って来た選択肢の関係で、ここでは一択のみ
→1.動き回れば完全な補足はできない。夜まで逃げて暗闇の中を抜けるのに賭ける
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「そんなにまずいんなら、今しか逃げられないってことじゃない? だったらすぐにでもみんなで下りちゃえば」
「だけどベル、それは賭けだわ。もし見つかったらおしまいよ」
 真っ先にベルがすぐの下山を口にするが、それをカリンが押し留める。
 数でも地の利でも負けている子供達が強行突破で抜けられる可能性は、非常に低い。少なくとも、全員が無事で済む可能性は限りなくゼロに近いと言っても良い。
 だが時間をかければどうなる、状況が悪化するだけじゃないのか? という思いは全員が持っている。
「私はリーフにまかせるべきだと思ってるよ。ううん、それ以外かんがえられない。もしそれでダメでも、みんなは文句いうべきじゃない」
 妹を抱きしめメルルはきっぱりと断言した。この状況を作った皆に、意見を言う資格はないとばかりに。
『姉さん。皆の意見が聞きたい。そんな突き放した言い方しないで……』
『リーフ……っ……!』
 だが弱々しい念話がリーフから届き、メルルは歯噛みする。
 本当はもっと言ってやりたい位なのだ。特にリリーには。
「だまってないで、リリーちゃんも何かいってよ! 誰のせいだとおもってるの!」
 その思いを抑えきれず、今だへたりこんだままのリリーにきつい言葉を叩きつける。 
「あ、あぅ、う……ハンターさんに、たすけて、くださいって、おねがい……」
 しかし、メルルに急き立てられ何か言わなければいけないと思ったリリーの口をついて出たのは、およそ考えうる限り最悪の下策だった。
「それはダメ! ボクら淫魔がハンターに命ごいなんてしても、聞いてくれるわけないじゃん!」
「リリー、落ちついて。わたしたちはもう後がないのよ」
 当然ではあるが、即座にベルもカリンもリリー案を切り捨てる。
 メルルに至っては何も言わなかった。
 蔑むように冷たい視線だけをリリーに向けていた。
「……動いてさえいれば完全に補足はされない。人間は夜目が利かないから、そうして夜まで粘って、降りる……ごめん、この程度しか思いつかない……」
 全員の意見が出尽くすまで待って、搾り出すようにリーフは自分の案を口にする。
 一見まともな提案に思えるが、逃げ回っている間にハンターと出会う可能性は高い。
 そして何より、リーフ自身が誰よりも強く思っているが、この案は昨夜実行していない時点で遅きに失しているのだ。
 ベルもカリンも口にこそ出さなかったが、リーフの案を聞いて顔に落胆の色が浮かぶ。今すぐ下山するのとリスク自体はそこまで変わらないように思えたからだ。
 だがそれでも、どうするべきか腹は決まった。
「……昨日さ。ボクらはリーフのさくせんでダメでも、絶対にこうかいしないって言ったよね。わかった、みんなリーフの言うとおりにしよう!」
 メルルに責められて申し訳ないと思ってるからではない。
 全員でどんな時でもリーフを信頼すると決めたのだ。悩む余地はどこにもない。
 一瞬で全員の意思疎通が終わり、メルルの顔からも少し険が薄れる。
 子供をどうするか決めたあの日に、どうしてこう出来なかったのか、という思いまでは消せなかったが、全員が妹を信じて命を預けてくれていることは疑いないのだから。
「しばらく今来た道をもう一回登る。でも登り過ぎたら下山までの時間が長くなり過ぎるから、中腹辺りで山道から外れよう。……後はもう、見つからないように隠れ回るだけ」
 朝から歩き続けで疲れてはいるが、そんな事に構っている場合ではない。
 五人は一時間ほどかけて中腹まで進むと、そこから木々の生い茂る林の中へと足を向けていく。
「ねえ迷っておりられなくなったりとか、しないかな?」
「現在位置は魔法で把握してあるから問題ない。ただ……もし自分が死んだら、その時は一番星を背にすれば下山できる、から」
「……そういう事はいうものじゃないわ、リーフ」
 カリンが嗜めるが、リーフは沈んだ表情のまま小さく頷いただけだった。
 余程運が良くない限りこの惨憺たる状況では、自分が生き残れる可能性が低い事を、リーフは悲しい程に分かっていたから。
『姉さん。仮に乱戦になったら言う機会はないから今の内に言っておきたい。自分の体質で苦労ばかりかけたけれど。今まで……ありがとう』
『やめてリーフ! 私たちはずっと、ずっといっしょだよ!』
 流れこんで来るメルルとのテレパシーにも悲壮感が漂っている。
 だがリーフに限らず、この時全員に妙な確信にも似た予感があった。
 何事もなく隠れきり無事に全員で山を降りられる、そんな事にはならないだろう、と。
「いたっ! それにしても歩き辛いよ、さっきから木のえだバチバチぶつかるし。あと鳥とか動物のけはいもごちゃごちゃに混ざってるんだもん……」
 俯いたまま押し黙るリリーの手を引き、前を歩くベルがこぼす。
 歩きやすい道を歩いていてはすぐに見つかってしまうからとはいえ、こんな視界の悪い山の中ではハンターの気配を察知するのが遅れかねない。
 こういう時こそ、目と動物的な勘の良いシュガーがいてくれれば……と思わざるをえない中を、五人は歩き続ける。

 この困難な状況で、それでも子供達は頑張ったと言えるだろう。
 途中何度も鉢合わせしそうになるのを必死に避け続け、夕刻すぎまでハンター達の追跡を振りきって隠れ続けたのだから。
「ねえカリン。かくれんぼって、こんなクタクタになるまでやるもんだったっけ……」
「遊びじゃないもの、仕方がないわ。……わたしも、やめられるならすぐにでもやめたいけれど」
 だが常に緊張状態を強いられる上に丸一日絶食下の状況で、歩き続けて五時間を過ぎた頃には、全員の集中力は完全にガタガタだった。
「……………………きゃっ」
 歩きながら瞼の落ちかかったリリーが、木にぶつかり目を覚ます。
 だが眠いのはリリーに限らない。疲労に加え普段より早起きしていたことも重なり、全員が何度も断続的な眠気に襲われていた。
 警戒の二文字が吹き飛びかけていた中、それは起こった。
「あ、っ。みんな!」
 普段よりもかなり遅れてリリーが気配に気がついて声を上げた時は、もう目と鼻の先までハンターの一団が迫っていたのだ。
 既に逃げおおせる距離ではない。こうなっては覚悟を決めて戦うしかない。唯一不幸中の幸いは、相手の数がこちらより少なかったことだろう。
「……相手は三人。ハンターもかなり数をばらして来てるみたいね」
「まっすぐ向かってきてるよ、ぜったい気づかれてる。しょうがない、みんなやるよっ」
「リーフは後ろに下がっていて!」
 程なくリリーの言う通り、木々の向こうから若い男が三人、駆け出して来た。
「いたぞ、こいつらだ!!」
「山んなかの鬼ごっこは終わりだ、手こずらせやがって……うおっ!」
 恐らく発見の合図なのだろう。先頭の男にピィーッと口笛を鳴らされるが、既に戦うことを決めていた子供達は先手を打って襲いかかる。
「わ、私も……がんばらないと。……お兄ちゃん、だいすきっ……」
 こうなった理由の大半が自分にあると感じているリリーは、特に積極的な責めに出た。
 服を脱ぎ捨て自分から進んでハンターと1対1になると、甘えるようにぎゅっと抱きつき、半魅了状態になった相手に馬乗りになってそのまま一気に挿入する。
「こんなに数いるって話までは、聞いてないぞ!?」
「ばか怯むな、つけこまれ……あぐっ!」
「淫界特製オナホールよ、えいっ」
「こんなに大きくさせてる悪いおちんちんは、わたしが吸って小さくしてあげるね」
「ボクを忘れちゃこまるよ。おしりの穴もきもちいいって知ってた? ぐりぐり〜」 
 リリーが丸々一人を受け持ってくれたおかげで、三対二のやや有利な形に持ちこむ。
 だが二流三流とはいえ、流石に淫魔ハンター。為す術もなく射精させられる一般人と違い、確実に反撃してくるため、守りを捨てた戦い方は出来ない。
 四人が体を合わせている間、リーフは一人後ろでその様子を見ていた。
 遠聴魔法の連発で魔力が枯渇して支援できる状態ではない上に、乱交状態の中で耐久に著しく劣る自分が混じればイくだけだと分かっているから。
『皆が戦ってるのに、何も出来ないなんて……』
 ただ見ているだけの自分に情けなさを感じ、リーフは杖を握りしめる。
 しかし、唐突に背後で草の動く音を聞く。
「えっ」
 理解するより早く、リーフは覆いかぶさるように小柄なハンターに押し倒されていた。
「な、んで……んぁああああっ!」
 敵の気配は確かに三しかなかったのにどうして。そう思うより先に、ローブをまくりあげられ幼い乳首に吸いつかれる。 
「へへ。口笛が聞こえたからこの辺かと思ってすっ飛んできたら、案の定だったな」
 小さなお尻もへそも割れ目も、まるで生き物のように、ハンターの指がリーフの体を這い回る。
「は、離れ……あ、あふ、あは、あはぁ……」
 愛撫とくすぐりの中間のような、絶妙な快楽に全身性感持ちのリーフが耐えられるはずもない。
 懸命に両手を伸ばし押し返そうとしたものの、リーフのささやかな抵抗は積み木のようにあっさりと崩れ去り、あっと言う間に快感に溺れていく。
 だが既に陥落していると知りながら、ハンターは確認とばかりにリーフから体を離す。
「あ……っ……」
「なんだ? どうして欲しいか、言ってみな」 
 この時もし僅かでもリーフに理性が残っていれば、大声で助けを呼んだだろう。
 しかしリーフが取った行動は、真逆だった。
「やめ、ひゃめ、ないで! リーフのおまんこ、ごしごししてぇ……!」
 湿った膣を指で思いっきり広げ、リーフはより一層の快楽をねだる。その先にあるのが身の破滅であることなど完全に忘れていた。
「こんな幼くてもやっぱり淫魔か。変態だな、どうしようもない。完璧にさかりのついたメスガキだぜ」
「うん、うん……もっと、もっとなじって……もっとめちゃくちゃに、ひてぇ」
 言葉責めにも無防備に体が反応してしまう。蕩けきった顔には普段の理知的な姿の欠片さえ感じられなかった。
「え……っ!? リーフ! みんな、リーフがっ!」
 この時ようやく、前衛で短髪のハンターと戦っていたメルルが後ろを振り返り、リーフが襲われている事にようやく気がつく。
「うっそ、三人しかいないと思ったのに! ここはボクらでなんとかするから、メルルはすぐ」
 リーフを助けに行って、とベルが言い終わるより前にメルルは責めを放り出しリーフを助けに駆け出した。
 しかし巻きこまれないように離れていたせいで、たっぷり30mは距離がある。しかもここは平地ではない。木々の枝が張り出し足場も最悪だ。
「リーフを、離せ、はなせぇえええええ!」
 それでもメルルは枝が皮膚を突き刺すのも一切無視し、血走った瞳で叫びながら必死に助けに向かった。
 経験の浅いハンターならば、思わず怯んでしまいそうな光景。だが、斥候として場数を踏んでいるこのハンターはメルルがすぐに来れない事も、リーフの耐久力が著しく低いことも完全に見抜いていた。
「残念だな、俺の息子で楽にしてやろうと思ったが無理みたいだ。じゃあな、次は淫魔なんかに生まれてくるんじゃねーぞ」
 そう言うと男は右手の指を立て、そのまま四本まとめてリーフの幼い膣にぶちこむ。
「うはあ、あひ、くひぃ、あはああああああ!」
 人間の子供では確実に裂けるだろう激しい責めだが、淫魔は性交で痛みを感じることが一切ない。性感帯を責められれば、それはそのまま快感に繋がる。
 幼い乳首を吸われながら五度六度とリズムを時に変えて突き続け、リーフはそのまま絶頂へと為すすべなく一気に駆け上がっていった。
「やめろ、やめて、やめてぇえええ!」
 後ほんの数mでリーフに届く所まで来ていたメルルの絶叫が響きわたる。
 そんな泣き叫ぶメルルの姿に気がついたのか。
『……ねえ、さん』
 薄れゆく意識の中で、リーフはかすかにテレパシーを飛ばした。
「リーフ、リーフ、りーふ!」
 
                 さよ な ら 

「イく、イくぅうううううう……」
 膣から潮を吹いて絶頂したリーフの幼い体は、一瞬で燃えつき灰と化した。そして愛用の銀のロッドも、着古したローブも主人と共に永久に失われる。
「い……いや、いや、いやぁ、いやあああああ……」
 泣き崩れるメルルにハンターは軽く一瞥を向けるが、少し遅れてリリーもこちらに向かっているのを確認し舌打ちした。
 恐らく対峙していたハンターの誰かがイったのだろう。バックアタックでの奇襲を成功させてリーフを倒した今、重要なのは戦って勝つことではない。
「そっちにいる奴らも逃げろ、俺たちだけで無理に勝とうとしなくて良い!」
 懐から信号弾を打ち上げると、ハンターはそのまま背を向けて逃げ出した。
 最愛の妹を失ったメルルに追う気力などあるはずもなく、そのまま逃げられてしまう。
「そ、そんな……リーフちゃん……」
 ようやく追いついたリリーも、すぐにリーフの死を悟る。
 そして少し遅れてカリンとベルもやってくる。一人やられて不利とみたハンター達が呼びかけに呼応して逃げ出したからだ。
 本来なら絶対に追いかけなければいけないが、信号弾まで上げられてしまった今、無理に追っても待ち伏せを受ける可能性が極めて高い。
「カリン! 今のでボクらの場所、かんぜんにばれたよね!」
「ええ、すぐにここから離れましょう。動かないと……ここでみんな死ぬわ」
 リーフの死は当然ベルやカリンにとってもショックだ。だが二人は今、悲しんで泣いている余裕が1秒たりともない事を自覚している。
「メルルはボクがおぶるよ。リーフ、ごめん……!」
 放心状態で蹲ったままのメルルを体力のあるベルが背負う。
 倒したハンターを吸い尽くす余裕どころか、リーフの死を悼む時間さえなく四人はその場を離れざるを得なかった。せめてもの救いは、それからすぐ日が完全に沈んだことだろう。

 それからも暗がりに紛れて気配を殺し、しゃにむに動き回る子供達。
 疲れた、などと言っている場合ではない。足を止めればその瞬間終わりだからだ。
「……こっちはダメだわ。裏にまわりましょう」
 夜は淫魔にとって身近な友人である。
 明かりなどなくとも夜目が効くため、人間よりも遥かに早く相手の気配に気がつき進路を変えて隠れ続ける事も出来る。
 だが居場所が完全に割れた今、子供達の行動できる輪はどんどん狭められていく。
「まずいよ、どっちを向いても人間だらけだ……」
 暗闇の中で淫魔を狩り立てるべく、松明の火があちらこちらに不気味に動いている。しかも松明の数は時間と共に確実に増えていた。集まって来ているのだ。
 恐らく大半はハンターではなく子供を殺された集落の人間なのだろうが、単独では美味しい餌であっても、これだけ数がいれば立派な脅威であった。
「……お姉ちゃん……」
 震えるリリーを背中に庇いながらベルは前を見据える。
「すっかりかこまれてるわね、このままじゃ逃げきれないわ。だからって、今のわたし達の状態じゃ……とても戦えない」
 状況を分析してカリンは大きく息を吐いた。
 人間側からすれば、勝つ必要はない。子供達では射精させるにも吸い尽くすにも、どうしても時間がかかる。その間に退路を塞ぎ集団で襲いかかれば、相手が全て一般人であったとしても勝ち目は薄い。
 ましてシュガーに続いてリーフまで失い、メルルは妹の消滅を目の当たりにした衝撃で完全に放心してしまっている。多勢に無勢なのは明白だった。
 やがてカリンは皆を見回し
「わたしがハンターをわざとひきつけるわ。ベルはリリーとメルルをつれて、逃げて」
 柔らかな笑みを浮かべ、事もなげにそう言った。
 まるで鬼ごっこの鬼を決めるような気軽さで。
「……はあ!? カリン、じょうだんでしょ!? 一人でおいてけるわけないじゃん、なに考えてんのさ!!」
「大丈夫よ、むちゃしないから。ほどほどに相手して、もしイきそうになったらちゃんと逃げるわ。やくそくする」
 当然ベルは反発したが、カリンは眉一つ動かさず落ち着いて返事をする。
 しかし、ベル以上にリリーが顔を真っ青にしていた。
「でも、でもカリンちゃんはどうやって逃げるの……そんなの、無理だよ!!」
「この辺りは立ち木がおおいし、野道もせまいでしょ? いっぺんにおそってこれないし闇の中なら多分逃げきれるわ、だから安心して」
 話しながら、言ってて矛盾しているなとカリンは思った。これほど囲まれていては、どれだけ視界が悪かろうが逃げられる可能性は皆無と言えるからだ。
「できっこない、カリン! 何人いるかさえ分かんないんだぞ、だいたい、イきそうになったら、人間が逃がしてくれるわけないじゃないか!」
「あら。わたしがやくそく破ったことって、今までにあった?」
 間髪を置かずに返され、ベルは押し黙る。貴族の息女として生まれたカリンは、一度した約束や誓いには常に忠実だった。
 確かに今までは一度もない。今までは。
「そんな言い方はひきょうだよ、カリンちゃん……! だめ、そんなのだめ!」
 ありったけの声で叫ぶリリー。だがカリンは髪をかきあげ苦笑する。
「なんか誤解してるみたいだけど、わたしはみんなを守ってここで……なんて考えてるわけじゃないわよ? 足手まといがいっぱいいたら、うまくいかないから、さきに行っててって言ってるだけでね」
「それだったらボクも!」
「だめよ。ベルまで残ったら、そのあいだリリーとメルルはどうするの? 今のメルルは何もできないわ。それにリリーも随分つかれてそうだもの」
 ベルの申し出をカリンはにべもなく断わる。
 それからカリンは距離を詰めると、そっとベルに耳打ちした。
『それにベルがいなかったら、誰がリリーをまもるの?』
 カリンの言葉にベルの顔が強張る。
 メルルは今、頭数に入れるのも憚られる有様だ。そんな状況で、ハンターや徒党を組んだ村民が大勢いる夜の山中を、リリーと二人だけで下山するのが可能かどうか。
 考えるまでもなかった。
「いっしょに行こうよカリンちゃん、最後までずっと……」
 引き下がるそぶりのないリリーの肩に手をおき、ベルはゆっくりと頷いた。
「……わかったよ、カリン」
「お姉ちゃん、なんで……っ!」
 リリーの言葉を遮るように、ベルは力任せにリリーの手を思いっきり握った。
 痛みに顔をしかめるリリー。だがそれでリリーは、姉の手が震えていることを知った。
「でもやくそくしたんだからね、カリン。やぶったらボク許さないぞ! ぜったい、ぜったい、あとでまた会うんだから……!」
「もちろん、そのつもりよ。山を下りた川のところに、橋があったわよね。そこで待ちあわせ。ちゃんと待っててよ?」
 澱みなくカリンは三人に待ち合わせ場所を告げる。
 いなかったら怒るわよ、と言って笑うカリンの姿が、手を伸ばせばすぐそこにあるにも関わらず信じ難いほど遠く感じた。
 本当はベルも分かっている。ここでカリンと別れたら、二度と会えない。
 だが、それでも残ると言ったカリンの意思と、大切な妹や放心状態のメルルの存在がベルの背中を突き動かした。
「じゃあまたあとでね」
「……うん。リリー、いくよ!」
「カリンちゃん……」
「リリー! 急いで!!」 
 カリンがわざと単独で見つかった後、人間を惹きつけている間に、空いた道を真っ直ぐ駆け降りるという簡単な打ち合わせだけ決め、何度も後ろを振り返るリリーを急かし、三人はカリンと別れる。
 もし二重に包囲を敷かれていた場合は即座に詰むが、もうそんな事を気にしている状況ではない。いないと信じる以外に道はない。
 何度も振り返るリリーとは対照的に、ベルは決して振り返らなかった。
 必ず後で会うと約束したのだから。
 三人の姿が離れると、見つかり易いよう木々の生い茂る森の中を抜けると、体の力を抜いて地面に座りこむ。
「うそつきって怒られるかしら。ごめんなさいみんな……でもシュガーはきっと今ごろ、さびしがっていると思うから……」
 既に覚悟を決めていたのだろう。反りの合わないリーフと早速喧嘩してるかな、などと考えカリンは笑った。
 だが不意に脳裏に母親の姿が浮かび、カリンは下を向く。
「お母さま、せっかくわたしを生んでくれたのに……帰れなくて、ごめんなさい」
 母が自分に大きな期待をかけていたのを、カリンはよく分かっていた。
 今から2年近くも前、留守中に偶然アルバムを見つけ、自分やシュガー以外の子供と母が映っている写真を大量に見てしまった時の事を思い返す。

******

「お母さまっ、この子どもたちはだれですか!?」
 その日、家に帰ってくるなり、カリンは大きなアルバムを抱え母に問いただした。
 勝手に入ってはいけないと言われた物置を探検してしまった事で、叱られる心配を本当はしなければいけないのだが、あまりの驚きに、外で遊び疲れて昼寝中のシュガーを起こさないよう、声のトーンを下げることさえカリンは忘れていた。
「えっ……!? ……カリン、物置に勝手に入っちゃいけませんってお母さん言っていたでしょう。どうして入ったの?」
「ご、ごめんなさいお母さま。その、ビーだまが、転がって中に入っちゃって、さがしてたの……」
 やんちゃなシュガーならば兎も角、カリンが自分の言いつけを破った事には、怒りより先に驚く母だったが、訳を聞いて天井を見上げた。
 カリンはこういう所で、つまらない嘘をつく性格ではない。ささいな偶然の出来事がメープル家の隠したかった過去を暴いてしまった事を恨む。
「お母さま、おしえてください……とっても、とってもお母さまと仲がよさそうに見えるのに、わたしはこの子たちはだれも知りません……」
 カリンの言う通り、古い写真に写る子供たちの様子や母の表情を見る限り、とても他人には見えない。
 何と答えるべきか母は悩んでいたが、真剣な眼差しで自分を見据える我が子の瞳を見て、諦めたように大きく首を横に振った。
「再来年の十日試練から帰ってこれたら、話そうと思っていたのだけれど……仕方がないわ。あのねカリン。そこにいるのは、お母さんの大切な子供たちよ」
「えっ」
 カリンは息を呑んだ。カリンは今まで自分が母の長女だと思っていたし、そう言われて育ってきたのだ。
 だがこのアルバムには、七人もの知らない子供の姿が映っている。自分にこれだけ多くのお姉さんがいる事など、カリンは想像もしなかった。
「でもねカリン。もうどこにもいないのよ。お母さんを置いて、いなくなってしまったの」
「いなく……?」
 意味が分からず聞き返そうとしたカリンの体を、母は強く抱き寄せた。
「カリン、良く聞いて。十歳になったら、あなたもシュガーも人間界に降りて十日間生活しないといけないわ。でもね……大変なの、本当に大変なのよ……」
 息遣いと共に、母の鼓動と震えがカリンの身に伝わってくる。そしてカリンは、写真の姉たちがどうなったのかを肌で理解した。
「お母さんから、一つだけお願いがあるわ……。たった一日で良いから、お母さんより長生きして……」  
 自分を抱きしめる母は、泣いてはいなかった。だが……嘆き悲しんでいた。
 だからカリンは、そんな母にそっと右手を差し出す。小指を伸ばして。
「お母さま。やくそくする。ちゃんとわたしは、帰ってきます」
「カリン……」
「だから教えてください。わたしに、どんなすてきなお姉さまがいたのか」
 そっと小指を絡めた後、母はカリンに話し出す。七人の子供の長い長い思い出話を。
 
******

 懐かしむように昔を思い出すカリンの瞳は、気が張ってばかりだった今までと異なり、とても穏やかで優しかった。
 だがそんな大切な時間も突如、無粋な幾つもの男の声で破られる。
「どうだ見つけたか!?」
「いや、まだだ。だが必ずこの辺りに……」
「敵わんとみて、山を降りにかかってる可能性が高いな。絶対逃がすなよ! 逃がしたらどうせ必ずまた来るに決まってんだ!!」
 おぅ、と人間達から気勢が上がる。
 ざっと見ただけでも十人はくだらない。恐らく倍はいるだろう。 
 しかしカリンは物怖じする事もなく、自分から姿を現した。
「なっ!?」
 奇襲を警戒していた人間たちは、たった一人で正面からやってきた事に驚く。
「近衛騎士にして男爵、ルナ=メープルを母にもちます、カリンがみなさんの相手をいたします。まだ小さいですけど、よろしくおねがいしますね?」
 恐らくここで自分は消えてなくなるだろう。
 そう覚悟したカリンは、自らの出自を敢えて明かし、子供らしい振る舞いではなく、母親のように堂々と挨拶しちょこんとおじぎをする。
 それは貴族としての矜持であり誇りでもあった。
 けれど本当は。
 最後の瞬間まで大好きな母のように毅然とありたいという、カリンの子供っぽい背伸びだったのかもしれない。
「は、発見したんだ早く鳴らせ!」
 この時ようやく持っていた笛を吹いて周囲に淫魔発見を知らせる人間たち。
 少しでも多くの人間をこちらに呼び集めさせたいカリンは、敢えて行動せずに待っていた訳だが、あまりの反応の遅さに苦笑した。
「ね。きて?」
 ハンターにしてはあまりにお粗末、素人の集まりだろうと即座に判断すると、するすると流れるような速さで衣服を脱ぎ、生まれたままの姿になったカリンは両手を広げて男たちを手招く。
「う、うおぉおおおお……!」
 カリンの淫気にあてられたのか、それとも淫魔相手でも勢いで襲いかかれば何とかなるとでも思っているのか。
 激発するように飛び出して行った男はカリンを押し倒すと、覆いかぶさるようにしてカリンのぴったり閉じたつるつるの秘部を舐め回す。
「んんっ……! めちゃめちゃにされるのは好きだけど……でも、たいせつなところが、がらあきだよ……」
 激しいクンニに矯正が漏れるカリンだったが、カリンは目の前で無防備に揺れている男のペニスを美味しそうに咥えこむと、まるで飲み込むように奥深くまで口中に出し入れする。
「あがぁ……と、溶けそうだ……やめっ、でる……!!」
 手加減抜きのカリンのディープスロートに、ハンターでもない人間が耐えられる訳もない。僅か十数秒で、男は大量の精液をどくどくと注ぎ込んでいた。
「たまってたんだね? 髪がべとべとだし、わたしも飲みきれないよ。でも……おいしい」
 キスするようにペニスに口付けし、心底おいしそうにカリンは吸い上げていく。空腹感が消えうせ、全身に淫気が溢れていくのをカリンは感じていた。
「……! ばか、見てないで助けるぞ、一斉にかかって動けなくさせちまえ!」
「最初からそうすればよかったと思うわ。おバカなお兄ちゃんたち♪」
 掛け声が飛んですぐ、カリンは何の未練もなく呪縛され痙攣している男からの吸精をやめると、真後ろに飛ぶ。
 カリンの素早い行動に、思わず気絶している男に駆け寄る何人かと、カリンを追う十数人に分かれたのを確認すると、カリンは森の中へ飛び込んだ。
「くそっ、まるで鹿や狼だ。思ったよりずっと、すばしっこ……うっ!!」
「どうせなら、兎さんって言ってほしいかな。もうこんなカチカチなんだ」 
 ぴったり体を真後ろから押し付け、ズボンの中に手を突っ込むとカリンは優しく、それでいて激しくこき上げる。
「あ、あ、あ……全然我慢できねぇ……い、イく……ぅっ」
 ぶしゅっと噴水のように精を吹き上げて倒れこむ男を無視して、カリンは側で腰が少々引けている男に駆け寄り、熱情的なキスをした。
 舌が満遍なく男の口を犯して力が抜けたのを確認すると、カリンは男の一物を取り出して膨らみかけの双丘で包む。
「子どものおっぱいに、きゅうきゅうされるの、どう?」
「あああ、乳首あたって気持ち良い……!」
「良かった。いっぱい、出してね」
 トドメに悶える男のペニスの先をぺろんと軽く舌で舐めただけで、びゅくびゅくと、男は幸せそうにカリンに顔射して果てた。
 瞬きをする間に三人をうち倒したカリン。カリンは子供たちの中でも図抜けて場慣れしている上に、母親の血を受け継いだ性技も高い。
 狩りの際には安全を最優先にしていた為に集団行動を取っていたが、駆け出しハンター程度ならば、1対1でも遅れは取らないぐらいの自信がカリンにはある。
 ハンターでもない只の人間相手が単に無策で一人づつ突っこんでくるだけならば、何人来ても怖くはなかった。
「わたしのからだ精液まみれにして。ねっ♪」
 顔にかかった精液を舌で舐めながら、カリンは男達を挑発する。幼い外見とはおよそかけ離れた淫靡さに、ひるむ人間達。
 もしかすると本当に、みんなと合流できるかもしれないかな……そんな考えがカリンの脳裏をかすめた時。
 パキン――
 真後ろから小枝が折れる小さな物音が、カリンの耳に届く。
「あっ」
 目の前で戦いながら背後の気配を探るのは、殆ど不可能に近い。
 もし動物的に勘の鋭いシュガーが一緒にいれば、気がつけたかもしれないが、後ろを取られたのをカリンが気がついた時はもう手遅れだった。
「ガキのくせに、人間を舐めるなあ!」
 二人の男がカリンの背中から覆いかぶさるように、地面に押し倒す。
 それを見て遠巻きに様子を伺っていた男も数人が一気にカリンに寄ってきた。
「んっ……! あくっ、あっ、あつっ……。そんなに寄ってたかってこられても……かんたんにはイかないもん……」
 口や胸や膣やへそに脇まで責められながらも、カリンは確実に高まっていく快感を堪え体を入れ替えると反撃に転じた。
「ちゅ、ちゅっ……おいしい。お兄さん、いっぱいだして」
「こ、腰が止まらな……がああああああ!」
 迂闊にもイラマチオを仕掛けに行った男が、カリンの吸精をまともに食らい口内に派手にぶちまけもんどりうって後ろに倒れる。
 そして自分を押し倒していた男と体を入れ替えると、騎上位の態勢で挿入し大きく抽挿を始めた。
「おちんちんパンパンにふくらんでるね、イっちゃうんでしょう? イかせちゃうね?」
 大量の精液を浴びたことで空腹も体調の不調も完全に吹き飛び、逆に精神が高揚していくのがとても良く分かる。
 だが。
「この化け物め、いい加減にしやがれ……!」
「ひぁっ!?」
 アナルにペニスを突き入れられた刹那、それまでずっと戦局を有利に運んでいたカリンの責めが、止まった。
「あ……あふ、あふ、あああああ……や……お尻やめて……ぇ」
 アナルに突き刺さったペニスが僅かに動くだけで、淫気が体から漏れていくような錯覚に陥るほどの快感が襲いかかる。
 基本的に、淫魔にはそれぞれ強く快感を受けやすい性感帯がある。
 けれどカリンは同世代の子供の中では特に弱点らしい弱点のない、珍しい子供だと思われていた。カリン自身もそう思っていたのだ。
『お尻に入れられるのなんて、ぜんぜん練習してなかった……。お母さま……き、きもちよすぎるよ……』
 だが学校で友達とお尻を指で弄り合うぐらいでは分からなかった、カリンの致命的な弱点がそこにあった。
 しかしアナルセックスは大人の淫魔でも、耐性を付けるのが難しい場所である。
 まだ10歳のカリンが耐える力を持っている方がおかしい。
「そうか、こいつの弱点はそこだ! ヨアヒムそのガキのケツとことん犯せー!」
「俺はロリコンじゃねーっつのに……にしても、すげぇ締まりだ……」
「あ、あっ、あっ、あああああああ……!」
 相手に主導権を相手に回してしまった今、子供のカリンにはもう反撃する力は残っていなかった。
 なすがまま、快感の坂道を転がり落ちるように蹂躙されていく。
 そして死の恐怖さえも、抽挿される都度、胸や体に刺激を受ける毎に、快楽に塗り潰されていく。
 口から零れる唾液や膣から溢れ出る愛液と共に、自分の淫気までも抜けて行くような快感。カリンはもう、破滅へと転がり落ちていくその過程さえも幸せに感じてしまう。
 薄れゆく意識の中でカリンは最後に願った。


 約束はやっぱり守れなかったけれど
 三人に嘘つきとしかられるのが
 どうかずっとずっと
 遠い先のことでありますように――

 
「ひぅ……あーっ!!」
 最後にカリンの体が大きく跳ねた。
 そしてカリンの姿は、ゆっくりと透けていく。
 手も足も胸も顔も。
 そして。
 カリンは消えた。永遠に。
 もう決して果たされる日の来ない、幾つかの大切な約束を残して。
 えー、羽二重です。作中の重大なネタバレを防ぐ為に、話数が進む毎に後書きの難易度が上がって行きます(汗)
 多分誰も信じないと思いますが、実は六人の中でもリーフは初期段階で、描写が一番薄い子のはずでした(作者が一番信じられない)
 ところが文章量が当初予定から増し増しになる中、それに伴って描写が増え、シーンが増え、イベントが増え、ふと気がつくとこんなレベルまで……何故だ。
 逆に、当初から見て割りを食ったのがカリン。当初予定ではシュガーとの回想シーンがあるはずだったんですが、回想の連発だと間延びしすぎる為、全カットに……(汗)
 早々にシュガーが死んでしまう為に、結果的に他の子との絡みも全体に薄くなりがちでした(実はカリンはリリーの才能に対して半ば嫉妬に近い羨望を抱いています。どこかで描きたかったのですが……ごめんカリン、このストーリー展開ではムリ……)

 加速度的に悲劇ばかりが増えていきますが、物語はまだ続きます。
 どうか最後まで子供達の懸命な頑張りを見て下さいましたら幸いです。明日また、八日目でお会いしましょう。

[mente]

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