6.1
「いけ! サリオ、勇気を見せろ!」
「どうしたサリオ、前へ行け!」
「「臆病! 臆病! 臆病! 臆病!」」
出っ歯がやけに大きくギョロ目の男が一人の少女と対峙した。周囲は二人と同じ黒肌の民が丸くなって取り囲む。見物のためでもあるし、逃がさないためでもある。
異国由来の宗教組織ネオ・ブードゥーの儀式事。臆病の霊に取り憑かれたと疑われた者が一族の巫女との決闘によって身の潔白の証をたてる。ここは故郷の密林ではなく、ヤクザ者から与えられた居場所、無人アンテナ中継施設敷地内の草地だったが彼らの様式は変わらなかった。
サリオと呼ばれた臆病者は、冷たい夜風の中にあっても呼吸が荒く、幼い巫女のインシは虚ろな目線で地面を見ていた。じりじりと警戒の態勢で行きつ戻りつする男に対して女はぼうっと力なく立つ。
「サリオ、お前はやっぱり臆病者だ!」
「寺を襲ったときも一人もころせなかった! 臆病者は追放だ!」
ピューピューと外野の方から口笛が鳴るとサリオの体はビクッと震える。
「ぅ、うわああああああ!」
甲高く裏返った声色とともにサリオは少女に突っ込んだ。決闘とはいえ相手の体を痛めぬように体をくるんでのタックルをする。あまりスマートとはいえないまでも、ある程度の軟着陸だ。インシの年に似合わぬ長髪が大地に放射状に広がった。
無抵抗の女体を下敷きにして馬乗りになり、ついで男は女の両手を大地に押さえつけた。そのまま手首をばってんにして片手で地面に押さえ込むような形にすると、余った片手が虚空を惑う。
わっ、と周囲の仲間が盛り上がったようだがこの男には聞こえない。
「ふー、ふー」
血走った目には獣欲と恐怖が半々だ。部族間のタブーではあったが彼はこの幼い巫女を想って手慰みしていた。その未成熟な体のあちらこちらに口づけをし、壊れるほどに抱きしめて「サリオ、私は貴方が好きです」と言わせてフィニッシュをする。まさにその夢にみた光景に思わず近しくなって、彼は非常にどぎまぎしていた。
さて、馬乗りになったはいいがどうやったら彼女から「参った」の一言を引き出せるだろう。その幼齢のあどけない顔の輪郭に反して瞳には一切の感情が映らない。唇は一文字に引き結ばれたまま。視線はサリオの体を貫通してそのまま夜空でも眺めているかのようだ。
なぐ……るわけにもいかず、彼は欲望のままにインシのヤギ皮ポンチョを脱がせようとした。じゃらじゃらとした石や牙の紐飾り達がたいそう邪魔だ。巫女用の服ゆえ勝手がいまいち解らない。片手の作業がもどかしかった。
すると女の小ぶりな唇の間からにょっきり生えだしてきたものがある。
細枝で編まれた木細工だ。その形は男のモノの先端部分を連想させる。彼女は虚ろな目のまま木の張りぼてを舌で反転させて先っぽの方を歯先にあてると、少しのためらいも無しに噛みしめた。
「ぅぎ!! ……っっ〜〜!!!」
サリオの顔が赤黒に染まってしわくちゃになる。自分のあそこが噛みちぎられでもしたかのごとく、股間を押さえて横に倒れた。
インシは衣服の乱れも気にせずその場に静かに立つと、口の中をもごもごさせた。もんどりうったサリオの顔が、次第に別のニュアンスを伴った表情に変化を見せる。だらしなくたるんだ唇からは唾液の雫がこぼれだし、眉根を寄せてなにかに耐える。
「おぅ、おぅ……!」
と漏れ出す嗚咽はインシの口の動きにリンクする。
少女の口内で上下左右に翻弄される模型のペニスはサリオの男根にまったく同じ刺激を伝えた。ときおり歯で甘噛みでもされるのか、刺すように強い快楽だ。彼は自分のシンボルを手で押さえたり包んだり試みはするが、それが快を和らげる事は決して無い。
「あっ……ぅっ……くぅ!」
ぼと、ぼとぼと、と離れた女から一本の指も触れられないまま男は粘液を地面に注ぎこぼした。……開放感に体が安堵する。男は自身がのたうち回ってあがいた分だけ体力をごっそり消耗していた。荒い深呼吸が繰り返される。
しかしそれも束の間、インシの舌先は相変わらずサリオの竿を責めなぶっていた。無表情ではあるが、いくぶん咀嚼運動はエスカレートしているようだった。彼の眉間は痛苦に歪む。
なんとか立ち上がってぎこちない足取りでインシに近づこうとしても、一歩進めば一歩退かれる。円を描くように距離を取られていつまでたっても追いつけない。股間はまた己の意思で制御できずに起立する。
「ああああああ!」
焦れたサリオは駆けだした。
が、それに呼応してインシは不思議な模型をがりっと噛んだ。声にならない悲鳴とともにサリオの体がくずおれる。目尻には涙が浮いていた。しかし彼の動きが大人しくなると、彼女の舌は優しくなった。
二度、三度、四度五度。どれだけ反復して精を吐いても快感がいっこうに弱まらないのはアイテムの霊性のゆえか。しかし吐精には血が混じりだして苦しくなった。
(もう嫌だ……!)
重い観念とともに言葉をなんとか絞り出す。
「……参った。俺の負けだ臆病の霊に取り憑かれているそれでいい」
というと女の尖った犬歯が模型に刺さる。
「ぎゅ!! っ〜〜〜!」
周りにいる男や女の環から笑いが起こる。
この場にサリオの味方は一人としていなかった。
6.2
行っても行っても岩の山。
いい加減に餓鬼丸はうんざりしてきた。
「けっ」
前を行く雄大は瞑想状態に入ってる。といってもどこかに座り込んでじっとしているのとは勝手が違う。瞑想したまま歩いているのだ。これはかなりの高等技術で、寺の修行者の大半も実はできない。それを前提とした試験はあるが、大抵の者は瞑想のフリ、我慢と根性だけで強引に規定をクリアする。
(ほんまアイツはなんなんやろか)
寺で青年の年長者たちに可愛がられて育った餓鬼丸は、禅堂で黙々と修行したり一人で池に釣り糸を垂れるばかりの雄大の事を理解しかねた。会話をしてても楽しいんだか楽しくないんだか。
すごいやつだ、とは認めているが距離の取り方がむつかしい。
餓鬼丸には瞑想のまま歩くなどという事はできない。忍耐力も体力も俗界の人間よりはよっぽど強いハズだがそれでもやっぱり有限である。刺激的に感じたり、以前の世界でのショックに心が動揺し続けていたのも最初だけ。天気も景色も変わりやしない。上も下も薄いモヤで曇ってる。ここは本当に退屈だった。
はぁー、とため息をつき、精一杯のあがきで石を蹴る。
(そや、デビルでるかなー。デビル)
彼は退屈が高じて意味も無く自分の能力を試し打ちした。
6.3
「ぬわわ」
襲われたのは違和感だ。餓鬼丸の口は半開きになる。
能力の方は、出そうで出ない。右腕がノイズのようにしびれているが、能力が「どこか」に引っかかった感じがしてる。妙な感触だった。
気のせいか誰かに見られてる感じがしてくる。どこか遠くから、自分たちを見つめるような。
するとしばらくして目の前が一瞬真っ白になって……あるいは周囲の岩山たちの方が一瞬だけ全部真っ白になって……上空の薄雲から光が差した。
「なんっ」
「お、おい! 雄大!」
何も聞こえず見えず足を進める雄大の背と、今しがた上空に現れた光の楕円と、両者を代わる代わる見やる餓鬼丸はうろたえ騒いだ。この光景をどう説明すればいいのだろう。
上空に開いた光の裂け目から、幾多の「天使」が舞い降りてきた。
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