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魅了




 巨大な柱が建ち並び、高い天井が訪れる者を威圧するような豪奢な宮殿。どんな
国の騎士の閲兵や貴族の饗宴であっても行える、威厳に満ちた場所。
 そこに、場の雰囲気に似つかわしくない物音が響いていた。
「くう、ひあぁっ……」
 ぴちゃぴちゃという水音と共に、女の嬌声が上がる。騎士装の若い男を組み伏せ
た女は、白い肌を朱に染めてよがり狂う。
 美しい女だった。
 三千世界のどこを探しても、という整った容姿はまさに魔性の美。男、クリンテ
ン公国の騎士であるイルクとて、これほどの美を今まで見た事は無かった。その背
に生えた蝙蝠の翼までもが、艶めかしい魅力を感じさせる。
 肌に浮かぶ大粒の汗によって、触れた部分が吸い付くような体。膣内全ても、複
雑な動きでイルクに絡みつく。
 だというのに、高まる女と対照的にイルクの目は醒めきっていた。
「なぜ、なぜじゃ! なぜ、貴様はイかんのじゃ」
 恍惚と潤んだ瞳で、女がイルクを睨み付ける。彼女はその長大な寿命の内に、人
間に限らず数多の男をイかせ続けてきた。イルクの世界から来た人間どもも、彼女
の元へ辿り着いたのは極少数。そして、彼女の膣内に入って平気だった者は唯の一
人もいなかった。
 今までは。
「……さして気持ち良く無いのだから、当然だ」
 閨事の最中とは思えない、平坦な声が返ってきた。
 矜持を傷つけられ、女が必死になってイルクの体をまさぐる。だが、溜息をつく
ばかりだった彼は、女の尖りきった乳首を軽く撫でた。
「……っ!」
 顎を仰け反らせた女に、最早言葉は無かった。イルクは相も変わらぬ冷めた顔
で、女の柔らかい胸を揉み込んでやる。
「ああ……ああぁぁあんっ!」
 高く澄んだ声を引きながら、女は絶頂へ登り詰めて後ろへ倒れた。
 びくびくと痙攣する膣から己を引き抜き、イルクは前を閉じて立ち上がる。ぼん
やりした瞳で虚空を見る女などに、興味は全く無いようだ。彼の視線の先には、奥
へと続く巨大な扉が見えていた。
「お逃げ、下さい……エルナ様……」
 力無い女の声に送られるようにして、イルクは宮殿の最奥へと足を進めた。

 淫魔。イルクがその存在を知ったのは、王立学院への入学を控えた頃だった。
 それは淫界という世界に住む魔で、他世界へ侵入して男の精を喰らう。とどまる
事を知らぬ欲求に従い、数多の世界を滅ぼしていく。その魔には剣も魔法も効か
ず、斃す方法は唯一、性技にて調伏する事のみ。
 数多くの犠牲を払った末に、イルクの世界ではその事を知った。
 クリンテン公国でも王都からの要請に従い、淫魔を斃せる者を選抜し、訓練を施
した。既に侵略を受けていた世界では、そこに個人の意志が入り込む余地は無かっ
た。
 公国中の若い男が集められ、選ばれ、鍛えられていく。淫魔を斃す存在、淫魔ハ
ンターへと。
 家を継いで騎士になる筈だったイルクの人生は、その入り口で狂わされた。彼が
公爵に捧げたのは代々受け継いだ剣では無く、己の生まれ持った剣となった。
 選抜される時に最強の烙印を押されたイルクは、訓練時にもそれを剥がされる事
は無く。国に満ちた淫魔の群れを抜け、淫界を突破し、玉座へと辿り着いた今とな
っても。ただの一度として、イかされずに来ていた。

 玉座は静かな場所だった。
 見上げれば、天井一面に精緻な絵が描かれてある。杉の木より高い天井の彩り
は、まるで世界そのものをキャンバスにしたような迫力があった。
 戯れる男と女。甘美にして快楽に満ちた天井画は、淫魔達の生態からはかけ離れ
た物だった。淫魔は快楽を与え、貪る。そこには絵のような芸術性は無く、生々し
いものだけが存在した。
「イルク、でしたね」
 声を掛けられた事に気付き、イルクが前を向いた。
 公爵や王都の玉座より、立派な椅子に彼女は腰掛けていた。柔らかそうな赤い布
を張った椅子には、様々な匠の技を凝らした金飾りがあしらえてある。だが、それ
らは主と比べれば、ただの飾りに過ぎなかった。
 あどけなさを残した、凛とした眼差し。やや病的なまでに白く透き通った肌の上
を、さらさらとした金髪が流れている。
 眷属全ての頂点に立つ女王、エルナへとイルクは短く頷いた。
 エルナは憂いを含んだ顔でイルクを見た後、一つだけ大きく息を吸う。再び口を
開いた時、彼女の瞳には覚悟が宿っていた。
「私が女王のエルナです」
「クリンテン公国騎士、イルク。貴方を斃すよう、命を受けた者だ」
「……分かっています。ここに来るまでの、あなたの圧倒的な強さも知っているの
ですから。我が臣の命まで取らずに頂いた事、その慈悲に礼を言います」
 玉座を立つ女王を見ながら、イルクに警戒感が沸き上がった。ここまで、数多く
の女達と交わってきた彼だからこそ、直感する。この女王の実力を。
 どう見ても弱い、弱過ぎる。
 物腰といい、滲み出る雰囲気といい、未通女の町娘ほどの圧力しか感じないの
だ。全淫魔を束ねる女王にしては、妖艶さが余りにも無い。扉の前で斃した淫魔の
方が、ずっと色気に満ちていた。
 だからこそイルクの脳裏に警鐘が鳴り響く。
 蟻が象の足下に立っても、それが象だと理解する事は蟻の力を超えている。それ
と同じように、とんでもない相手と対峙しているのでは無いかと。
 そうして警戒していたから、女王の次の行動を止められなかった。
 懐から小瓶を取り出したエルナは、その透明な液体を一気に喉へ流し込んだ。薬
による強化か、とイルクが思った時には既に遅く。女王が再び視線を合わせると、
彼は指先すら動かせなくなってしまった。
 エルナの潤んだ瞳に見つめられるだけで、イルクの頬と耳に血が上ってくる。一
歩一歩近付く足音を耳にしながら、彼は己の死を覚悟した。
「この薬は、一度飲んでしまえば死ぬまで効果が消えません」
 思えば、下らない人生だった。
 十数年の間、一途に打ち込んだ剣と学問をある日全て否定され。訓練、戦いとし
て女達と肌を重ね続ける。イルクはその才能を誉められ、妬まれる度に耐え難い苦
痛を味わい続けてきた。彼がシたかったのはエロエロで濡れ濡れの日々では無かっ
たのだから。
 だが、それも終わる。潔く死を受け入れたイルクは、自分の胸に手を当てた女王
を見た。自分の死刑執行人を。
「……優しくして下さいね」
 上目遣いにエルナは呟き、そっと目を閉じた。
 まるで清童のように身を強張らせつつ、イルクが唇を合わせる。触れ合わせただ
けだというのに、彼の背筋をぞくっとした電流が走った。
 ねっとりとしたキスを何万と行ってきたのだが、それとはまるで違う。桁そのも
のが変わってしまったように、興奮がイルクの脳を侵す。これが淫魔の主の力か、
そう思いながらも溺れる自身をイルクは止めなかった。
 選び抜かれた精鋭と言えば聞こえは良いが、要は全てを押しつけられたのだ。こ
こでイルクが死のうと、公国の者達は哀しんで見せるだけだろう。そして、新たな
る犠牲者を選び出して死地へと追い立てる。祖国の危機、家族の為、栄達の道。人
の中で生きざるを得ない人という生き物にとって、何よりも効果的な飴と鞭によっ
て。
 死ぬまで、『人々の希望』を押しつけ続けられる。それが英雄なのだ。
 ならばその候補にも、一つぐらいは自由があっても良い。死に場所を自分で選ぶ
くらいは。
 戦いに疲れ厭んでいたイルクは、投げやりになっていたのだろう。淫魔ハンター
としての経験が鳴らす警鐘を無視して、女王の舌を求めた。
「……っ」
 唇を割って侵入する舌に、エルナは驚いたように目を開く。だが、一心に求め続
けるイルクに打たれたかのように、おずおずと求め返していった。
 ぬちゃ、ぬちゅ、ぐちゅ
 絡み合う舌から音が高まるにつれて、二人の頬が朱に染まっていく。鼻息を荒く
しながらも、合わさった口を離そうとはしない。イルクが激しく両肩を掴んでいる
ので、エルナの服が乱れ始めていた。
 顕わになった乳の白さに、エルナの方が先に気付いた。羞恥から隠そうとする彼
女の手を押し退け、イルクの手が滑り込んでいく。
「ふあっ……んんっ……」
 大きく喘いだエルナの口を逃さず、イルクのキスは続く。彼の唾液が流し込まれ
る度に、エルナは喉を鳴らしてそれを飲み、その音が彼女の羞恥を高めた。イルク
が彼女の唾液も飲んでいると気付いた時、エルナの足の間に手が滑り込んだ。
 くちゅっ
 触れただけでそれと分かるほどに、エルナの秘所は濡れきっていた。
 彼女はイルクの腕に手を当てるものの、唾液の応酬に陶然として抵抗出来ずにい
た。イルクの手が下着を上へと這うのを感じ、エルナは彼の背中へと両手を回す。
 イルクは手練れの技術で下着を一気にずらし、エルナの秘唇へ触れる。合わせた
口の中で、彼女の熱い息が流れ込んできた。片手で頭の後ろを押さえつつ、敏感な
場所を探り続けていく。
 ぬちゃぬちゃとした水音を堪能した後で、責め手が陰核へと迫る。白い喉を仰け
反らせるエルナを見るうちに、イルクの怒張が下着の中で下腹に張り付く。
 入り口を指でまさぐっていたイルクの目に、エルナの目が映った。潤みきった切
なそうなそれは、イルクの最後の理性を消し飛ばす威力を持っていた。出してしま
えば、淫魔の餌になるしかない。挿れて出そうなら挿れない、といった淫魔ハンタ
ーの本能にも逆らってイルクは自らの服を脱ぎ捨てた。
 彼自身が体験した事の無い漲りが、怒張に宿っていた。
 玉間の床にエルナを横たえたイルクは、彼女の蜜で濡れ光る手を怒張にあてがっ
た。入り口へ押し下げる行為が、高まった怒張のせいで痛みを催す。それでもなん
とか辿り着くと、急かされるようにして押し入った。
「きゃぁっ、痛、痛いっ……」
「え……?」
 エルナの悲鳴に、イルクの腰が止まる。敵である淫魔の苦痛に耳を貸すのは甘さ
としか言い様が無いが、エルナのそれは真に迫ったものだった。
 自分の悲鳴がイルクを止めた事に気付いて、エルナが目を開ける。痛みに歪んで
はいたが、両手両足を彼に絡めて自分の方へと引き寄せようとしていた。

「だ……大丈夫です。来て下さい」
 これら全てが淫魔の女王の技巧か、と心のどこかで感心しながらイルクは口を合
わせた。
 実際、処女よりは程良く使い込まれた物の方が、与えられる快楽も大きい。だと
いうのに、エルナの膣内を割り入る感覚は、イルクに大きな快感を与えていた。
 包み込まれる事による充足感。処女地を全て押し分けた後、きつく包み込むエル
ナがイルクには気持ち良くてたまらなかった。これまでイルクは数多くの名器とも
出会ってきたというのに、そこにはそれ以上の快感が存在した。
 必死に真摯にイルクを見るエルナ。やがて彼女が口から苦痛を漏らしながらも、
イルクに快感を与えようと腰を蠢かせ始めた。
 技巧も何も無い、怖々とした動き。目が合った時に微笑んだエルナを見て、イル
クは彼女を抱きしめていた。
「動くぞ」
「はい、御存分に」
 もはやそこに、淫魔ハンターの姿は無かった。冷め切った瞳もなりを潜め、エル
ナの中を貪るだけの男がそこにいた。四方八方から絡みつく襞を余すところなく味
わい、そうしながらエルナの敏感な場所にも触れていく。
 高まる射精感を堪えず、イルクは情動を解き放った。
 膣奥にて発せられたものは、子宮口を抜けて子宮へと力強く浴びせられる。痛み
が勝っていたエルナだが、中へ吐き出される度に満たされるのを感じていた。

 一戦終わっても衰える事を知らないイルクは、エルナの中でまだ漲りを保ってい
た。内壁を押される感触を味わいつつ、エルナは口を開けて息を整えている。
「……女で出したの、初めてだ」
「そう、なんですか? もしかして、衆道が御趣味とか」
「気持ち悪い事を言うな」
 萎えかけるイルクに気付いて、冗談ですと笑ったエルナは彼に口づけた。ただそ
れだけで、再び怒張は限界までの漲りを取り戻す。
「これまで、数多くの女と交わってきたはずだが。自己処理以外で、出せた事が無
かった。流石は、淫魔の女王という事か」
 イルクの讃える眼差しに、ぱちりとエルナが目を瞬いた。
「え?」
「だから、エルナ……様をつけた方が良いのか?」
「いえ、『エルナ』とお呼び捨て下さい、イルク様」
 その言葉に、イルクはどこか違和感を覚えたのだが。集中して冷静に考えるに
は、エルナの膣内は気持ちが良過ぎた。
「ともかく。今まで、ろくに感じられなかった俺をイかせたんだ。だから、淫魔の
女王とは凄いものだな、と感心させられた」
「変な事をおっしゃりますね。もし私が強かったら、こんな奥にいる訳が無いでは
ありませんか」
 言われてみれば、と思いながらもイルクは続けた。
「さっきの薬が、女王の秘薬とかそういう物なんだろ?」
 それを聞いたエルナが、可笑しそうに笑う。胸がふるふると震えてイルクの視覚
に迫り、中が蠢動して怒張を撫でた。それだけでイってしまいそうなこれらは、淫
魔の女王の力では無いというのか。混乱しきったイルクに、頬を寄せながらエルナ
は囁いた。
「さきほどの薬は、魅了の薬。つまり、惚れ薬です」
「俺が、君に惹き寄せられたって事か」
 納得しかけたイルクへ、エルナがきっぱりと首を横へ振った。
「いえ。私が、イルク様を終生お慕いする薬なのです」
 そんな物が何の役に、だとか俺がイかされた理由に、といった様々な疑問がイル
クに渦巻く。だが、まとまらずにいる彼は、尋ねられるのを待っているエルナへと
それを投げた。
「なんでそんな物を?」
「イルク様は、親衛隊が総出で勝てない御方。ならば、先月お母様の後を継いだば
かりの私などが勝てる訳がありません。そうならば、せめて好きな方の手にかかっ
てイきたいという女心です」
 それを聞いて、イルクの腹の底へと納得が落ちた。
 これまでの彼は、凄まじい快楽を味わい続けてきた。だが、今まで一度も、自分
に惚れている女と交わった事は無かった。
 それも当然だろう。淫魔ハンターへと鍛え上げた者達は、使命感から。淫魔達は
己が欲望の為。無敵の淫魔ハンターと恐れられた自身の正体に気付いて、イルクは
思わず苦笑を浮かべた。
「……しかし、エルナが勝ったんだ。俺を取り殺すなら、好きにすると良い。負け
は負けだ」
「そんな、ひどい」
 いいえを連打してもループしそうな台詞の後で、エルナはイルクへと抱きつい
た。
「私をイき斃す気が無いのでしたら、貴方のややを孕みますよ?」
「子供を?」
「はい。無敵の淫魔ハンターの血を継いだ、最強の淫魔をたくさん産みます。その
子達の力は、イルク様の世界をも滅ぼすでしょう。それがお嫌でしたら、消え去る
程に私を快楽で狂わせて下さい」
 それを聞いたイルクは、エルナの腰に手を当てて振り始める。初めは少しだけ寂
しそうだったエルナも、次第に高まり、そして奥で弾けたイルクを子宮で味わっ
た。再戦を終えた荒い息の中、首を傾げるエルナへとイルクは口づけた。
「たくさん産んでくれ」
「……よろしいのですか?」
「ああ。事情が事情とはいえ、情の伴わない性交を無理矢理義務づける国など既に
終わっている。お前の中に出したからこそ、分かる。あれは地獄だ。既に終わって
いるものを滅ぼしたところで、どうという事も無い」
 それまでの価値観、生き様、あらゆるものを一つの都合で一瞬に覆す。剣も学問
も否定されたイルクにとって、淫魔ハンターとしての栄達など望む事では無かっ
た。
 自分をそこへ追い込んだ淫魔への恨み。狂ったとしかいえない祖国の者達への憎
しみ。双方を比べた時、イルクは後者への物が圧倒的に大きい自分に気付いてい
た。気付いてしまっていた。
「ああ……イルク様、嬉しゅう御座います。朝も昼も夜も、私へ御注ぎ下さい。私
の腹を、常に貴方様の精と子で満たし続けて下さい」
「エルナ」
 誘われるままに口づけを交わしたイルクは、そのまま腰を振り始めた。

 三年後、クリンテン公国と共に王国は滅び去った。十数年後には、その人間界は
淫魔の領域と化した。
 エルナとイルクの間に何人の子供が出来たのか、記録には残されていない。だ
が、その淫界では女王エルナは常に夫と繋がり続けているという伝説がある。



くなさんの分を転載しました。

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