『封淫記』
第一章 四話 「ヨミの断片」
無名(ヨミの欠片)『ボグ・プール』
ロックが封淫の儀式を行う雪山へと向かっている最中、ピオンの町民が朝餉の
支度をしはじめた頃、この町に一人の女が入った。美しい女だ。憲兵に軽い挨拶
をして、検問を越えるとその女は真っ直ぐに管理局へと向かった。受付に顔を出
し、用向きを伝えると受付嬢は快く彼女をブリックの部屋へと通した。
「ブリック殿、お久しぶりです」
「やあ、久しいね。大きくなって・・・」
ロックを迎え入れた時と同じような笑顔で、ブリックは女を迎え入れる。そして
机の上に置いてあったポットから熱いお茶を淹れると彼女に勧め、座るよう促し
た。
「君とも随分久しぶりになるが…あぁ、昨日ロック君が来たよ」
「あの子が?どう言う用向きで?」
「あぁ、継承の儀を行う為さ…おっと、こんなに軽々しく口にして良いものでは
ないな。まぁ、君になら問題ないだろうが」
ブリックの言葉に女は顔を曇らせる。
「継承?まだ『間に合う』んですか…?それにあの子は何も知らない子供ですよ」
「そうでもないようだ。能力に目覚めたようだし、戦いも何度か経験している」
「あの子が・・・」
押し黙ってしまった女を慰めるように、言い聞かせるようにブリックは続ける。
「彼の宿命さ。父上が殺されたのは始まりに過ぎないと言うわけだ…彼には重過
ぎる運命かもしれないな…」
「…まだ終わりではなかったのね…」
女は小声で漏らした。一瞬、殺伐とした表情を見せたが、ブリックは茶に目線を
移していたので気づかなかった。ブリックは聞き取れず聞き返した。
「いえ、あの子なら大丈夫と申したのです」
女は優しく微笑む。一瞬見せた表情は微塵も残ってはいなかった。
ロックは荒々しい息を吐き出しながら、山中を進んでいた。朝方宿を出たが、
昼間になろうとしている。だが、もうすぐ頂上に着く。そこで儀式を行っても旅
は続くのだ。のんびりなどしていられない。
正午頃、ロックは山頂に到達した。雪も止み、太陽が顔を覗かしている。
「着いた・・・」
目の前には、トレースバニアの町長の家で見たのと同じような石碑のような物が
立っている。ロックはそれに手を伸ばした。外温の影響で手袋越しにも冷たさを
感じた。前と同じように、ロックの足元に魔方陣が浮かび上がり、ロックの体に
染み込んで行く。すぐに光も消え、ロックは二つ目の継承を完了した。
「やっぱ、呆気ないよな…帰ろう…ん?」
ロックは石碑のすぐ後ろが気になり目をやる。雪の塊だと思っていたそれは、驚
くほど白く透き通った裸体の女性だった。目を閉じて動かないが、死んではいな
いようだ。腹部が僅かに動いている。呼吸しているのだろう。
「これが・・・ヨミの・・・」
ロックにいや、人間に取って忌むべき存在である淫魔…そしてその頂点に君臨す
る存在が生み出した者であり、分身でもあるその淫魔を見て、ロックは心の底か
ら美しいと思った。外見上人間と殆ど変わらない。それなのに決定的に相反する
存在…確かにロックとて親を殺した淫魔は憎い。だが、それで全ての淫魔を憎む
のはおかしいのではないか…ロックは自分の頭に浮かんだ考えを首を振ってかき
消す。今の時代、淫魔を恐れ、憎まない人間はいない。今のロックのような考え
は『非常識』な考えなのだ。ロックは下山しようと、封淫された淫魔に背を向け
る。その時…
同時刻、ブリックの部屋。
「ふぁっ・・・あぁぁぁ!!何故・・・何故君が・・・!?」
「ブリック殿は知らずとも良いことです。さ、イッて『ヨミの欠片』を吐き出し
て下さいな」
ブリックはズボンを半分下ろした状態で寝転ばされ、女の手でペニスを弄ばれて
いる。女は先程の神妙な顔つきとは打って変わって淫らな表情でブリックを責め
ている。
「・・・まさか君は・・・淫魔化して・・・」
「まさか?それならこの場所に入れる訳ないでしょう?この国は、世界でもっと
も警備の固い場所ですからね」
「じゃあ何故!?ぐぅあっ!!」
「あなたは知らなくていいと言ったはずですよ?さ、イッてしまいなさい、私の
能力の前には我慢など無駄だとご存知でしょう!?ほらっ!」
ブリックは呻き声と共に精を吐き出す。そして、手で虚空を掻くと息絶えた。女
は淫魔化してはいないと言う。だが、人間をイカし殺せるのは淫魔だけである。
一体どういうことなのか・・・
「これで二つ目…面白くなってきたわ…今まで退屈でたまらなかったけど…まさ
かロックに継承の可能性があるなんて…頑張るのよ、ロック。大きく強くなって、
そして戻ってきなさい…姉さんの所に」
ロックの姉、ブロック・ザ・ナギは死んだブリックに冷たい一瞥をくれると部屋
を後にする。仕事中は部屋に用の無い人間を入れない主義のブリックの死を、管
理局の者が知るのは昼間になってからだろう。その頃には、彼女はとっくにこの
町を後にしている。誰も彼女が犯人だとは気づかない…こうして、人間世界の崩
壊は着実に進んでいく、人間自らの手で。そして、危機はロックにも迫っていた…
背後からロックを抱きかかえるように何かが伸び、ロックを引きずり込んだ。
突然のことにロックは対応できない。
『トプン…』
ロックの体が水中に没する。
(何だ!?水場なんてなかったはずだ!)
慌てて息を止めて、辺りを確認する。目の前には、水の膜一枚隔てて、一瞬前ま
でロックが立っていた場所が見える。ロックはもがいて水の膜を突破しようとす
るが、その膜は強い弾力を持ってロックの手足を、体を押し返す。段々と息が続
かなくなってきた。その時だ。
「童よ、呼吸の心配はない」
どこか、とても近いところから声がする。ロックは息を吐き出してみる…なるほ
ど水を飲むが、何故か呼吸は出来ているようだ。
(何処だ・・・誰だ!)
声は近くからする、しかし、周囲はロックの体を覆うかのような水の膜しかない。
「気づかぬかえ?灯台下暗し、じゃのぅ?ならば、これでどうじゃ?」
ロックの手が、正確には水の膜がロックの手を動かしロックの目の前で止まる。
水の膜はロックの手の形に広がり・・・まさか・・・ロックは気がついた。水の
膜はロックの体の形になっているのではない。元から、ロックに近い形をしてい
たのだ。
「ようやく分かったかえ?童は妾の体内に囚われておるのじゃ」
(お前は…!?目覚めていたのか?)
先程まで眠っていたヨミの生み出した淫魔だった。ロックの顔は彼女の胸の辺り
にあり、見上げるととても近くに彼女の微笑が見える。
「目覚める?わからぬな…妾には…妾が何だったのか…ただ、妾を縛っていた鎖
がどんどんと緩まっているようだな…」
(まさか、また誰か…)
「妾が何者かなどどうでも良い、妾にも童には関係のないことじゃ…童は死ぬま
で妾の体内に精を吐き出してくれればよいのじゃ」
淫魔の体内に一瞬変化が生じる。押し出されるような感覚があり、それもすぐに
消える。変わりに、股間部に風の当たるスースーした感触を覚えた。確認すると、
淫魔の体からロックのペニスだけ解放されている。いつの間にかズボンを含む衣
服が脱がされている。
「無粋な召し物は消化した。さぁ、共に堕ちようぞ…快楽の深遠に」
淫魔は自分の股間部から露出したロックのペニスを掴んだ。
(ふぁっ!)
未知の感触にロックは声を上げる。まるでローションのようなゲル状の物がその
まま形を成したかのような滑った感触だった。人間の手など比べ物にならない。
握られているだけで精液を吐き出してしまいそうだ。しかし、脅威はそれだけで
はなかった。
ロックは自問する。自分はこんなに感じやすかっただろうかと。
確かに、淫魔の手はロックに尋常ではない快感を与えてくる。だが、それでも普
段の自分ならもっと耐えられるのではないかと。
「ほほほ…感じるであろう?妾の体液は強力な催淫作用があるからの…それに体
中漬かって、空気の変わりに飲み込んで…童の体はどうなっておるかのぅ?」
淫魔はロックのペニスを擦り上げる。ヌチャヌチャと言う、普通よりも数倍水気
を含んだ音が辺りに響く。このままじゃいけない・・・ロックは快感で霞む頭で
懸命に左手に意識を集中した。左手に『力』が宿る。しかし…
「ん?何かしておるのかえ?もっとも妾の体の中では何をしようと無駄じゃがの」
淫魔はまるで感じている様子は無い。どうやら、ロックが囚われているのは、
『体内』と言うよりも『別空間』に近いらしく反撃することが出来ないのだ。
「一度妾の体内に囚われてはもうお仕舞いじゃ。外から強く引っ張られない限り、
脱出は出来ぬ。それに妾は外からも中からの攻撃も効かぬ。まあ、妾自身は中に
攻撃できるがのう」
淫魔は体をプルプルと震わせる。その振動が体内のゼリー(仮称)に伝わり、
ロックの責める。
(まずっ…いぃ!このままじゃ…!)
「ほれ、見るがいい…まるで妾が自慰をしているようじゃのう?」
淫魔はまるで股間に生えたようなロックのペニスを自由に弄ぶ。まさに手も足も
出ない。
「ほぉれ、どうじゃ?妾におなにぃされるのは心地よかろう?妾の体にも負けな
いほどヌルヌルの液が童から漏れておるぞ」
淫魔の体内にいればいるほど、催淫液を飲みどんどんと精液が溜められていく。
このままでは、触れられなくても漏れでてしまいそうだ。精巣の奥から精液を押
し出そうとする本能に基づいた衝動を感じる。まるで体が自分のものでなくなっ
たかのようだ。
「随分と溜まったのう。そろそろ妾の栄養になっておくれ…久方ぶりの獲物じゃ、
容赦はせぬぞ?妾の体内で射精したが最後死ぬまで止まらぬからのう」
淫魔はペニスを扱く速度を速めていく。ロックの精神は射精を拒み続けているが、
もう体が持たない。
「ほぉれほれ!イクがいい!妾の手コキでコキ出されてしまうのじゃ!」
(うぅぅっ!うぅぁぁぁっ!!!)
「ほほほ!いい声で鳴くのう。堪えているようじゃが…最早手遅れぞ?ほれ、童
の玉袋が上がりきって戦慄いておる。もう時間の問題じゃな…どれ、あと何扱き
持つかのう?」
ロックのペニスが淫魔の手の中でビクビクと跳ね回る。
(も…ダメッ…あっ!!)
ロックが射精する直前でロックのペニスが再び体内へと取り込まれる。その際の
滑った感触にロックのペニスは限界をこえた。
びゅく、びゅくびゅくっ、ぶびゅるるびゅ!!
淫魔の体内に白い塊りが吐き出されていく。淫魔の頬にほんのりと紅がさし官能
的な表情を浮かべる…
「あぁ、なんと美味な…若い男のエキスが入ってくる…さぁ、妾と一つになろう
ぞ!」
(あぎぃあいいぃ!!!)
射精を続けるロックのペニスの先端、鈴口が押し開かれ何かが逆流してくる。そ
れはロックの精巣に届くと、まるでストローの様に精液を吸いだし始めた。
「ほほほ、妾の『臍の緒』はどうじゃ?もっとも人間と違って養分を貰うのは妾
の方じゃが…童には代わりに余りある快感を与えているから良いよのぅ?」
ロックの体内からゴッソリと何かが奪われていく。だが、それがとても気持ちが
いい…目の前が暗くなってくる…
「ロック!手ぇ伸ばせ!!」
どこかで聞いたことのある声がロックを呼ぶ…ロックはほとんど無意識に声に向
かって手を伸ばした。
「な?お、重い!?」
突然現れた女が手を掴んだ途端、ロックの体重が『重く』なりロックを引きずり
出されてしまう。
「ご、ごぼっ!!ゲホッゲホッ!!!リ、リッカ!?」
「『リッカ!?』じゃねえよ全く!!死ぬとこだったぞ…で、ありゃ何だ?後で
説明してもらうぜ!」
昨晩の行為によるリッカの『能力』がロックにまだ残っていたのだ。おかげで、
ロックはリッカを『重く』感じ、リッカはロックを外に引きずり出すことが出来
た。
リッカは淫魔を睨むと、懐から何枚かお札のような物を取り出す。
「液状の体か…攻撃を吸収しちまうわけだ…これならどうだっ!」
お札が光を放ち淫魔の周囲を取り囲む。
「ぬぅ!?この光は…仙道の…思い出した、妾は…」
光は氷の結晶となり、淫魔の体を凍りつかせていく…
「ロック!いまだ!!」
リッカが叫ぶと同時にロックが飛ぶ。光り輝く左手で淫魔に触れる。
「あ」
ロックが触れると同時に淫魔は粉々に砕けて消えた。どうやら、快感に対する耐
性は全くなかったらしい。(防御力MAXでHP1だとでも思ってくれ)
「リッカ・・・助かったよ、でも何で此処に?」
「いや、ポートキーに向かってたらこっちで異常な陰気を感じたからね。もしか
したら『奴ら』かと思ってね。ま、違ったけど来て良かったよ。で、あれは何な
んだ?」
リッカは水溜りと化した淫魔を顎で示しながら尋ねる。ロックは少し考えて、リ
ッカに全てを話すことにした。
「実はね・・・」
「へぇ・・・お前が・・・ヨミの・・・」
どうやらリッカは信じてくれたようだ。誰にも言わないとも誓ってくれた。さら
に、自分の用件が終わったあとの協力も約束してくれた。
「ねえリッカ、さっきの淫魔死ぬ直前にリッカが使った術の『光』を見て何か言
ってたけど・・・」
「あぁ、『思い出した』とかなんとか…」
リッカはわけがわからないと言う風に肩を竦めて見せる。一体あの淫魔は何を言
おうとしていたのだろうとロックは水溜りを見つめる。だが答えは出る事は無く、
風に揺られた水面に小さな波紋が出来ただけだった。ロックはあの時、こう聞こ
えた気がした。
『妾は・・・童の・・・母・・・』
「用向きが済んだならさっさと降りようぜ。俺も早いとこ旅立ちたいし…あ、
そういや街で何かあったみたいだぜ?凄く騒がしかったからよ…」
ロックはリッカと共に山を下る。そして、ブリックの死を知るのだった。しかし、
遣り切れない怒りと悲しみの矛先を向ける相手が自分の掛け替えの無い人物であ
ることなど彼には知る由も無かった・・・
世界の某所・・・
「首尾は?」
「予定通りよ。人間である私を拒む者なんてあの街にはいないわ」
「素敵ね、あなたが来てから驚くほど順調だわ」
「レイ、あなたの方は?」
「今から西に出向くつもりよ。こっちの指揮は任せていいわよね?」
「ええ。あぁ、そうだ。これを見て…」
「写真?この男の子・・・どっかで見たような・・・」
「私の弟よ。多分、これから色々と私達の計画を邪魔すると思うわ」
「弟君?ふぅん・・・で、犯ちゃっていいの?」
「いいわよ。簡単に死ぬようならいらないもの」
「ふふ、あんたのそう言う考え方好きだわ。じゃあ、誰か向かわせるわね」
「あ、前にリアスが出会ってるみたい。彼女なら顔も分かると思うわ」
「OK…それじゃ、私は西に行くわね?もしかしたら弟君に会えるかもね・・・」
淫魔に素性がばれたとも知らず・・・ロックは旅は続くのだった。
封淫記 第一章 四話完
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