「ミカエル、こっち来て」
「頼むよ黒鶴、今日はホントにもう寝たいんだ……」
「だから、これからあたしと一緒に寝よ?」
「そうじゃなくって……」
ミカエルは頭を振った。横目で文庫本の残骸を見た。黒鶴にビリビリに破壊された彼のお気に入りの読み物。
(どうしてこうなったんだっけ)
――全ての発端は三週間ほど前の「技くらべ」の日にさかのぼる。光翼会幹部の妙子姉が抜き取った前情報により黒踏宗は惨敗を喫した。普段ならば片側がストレート負けしても、何らかの修行の成果なりを見せられるのが普通であるが、今回はそうでは無かった。
腕前を舐められた黒踏宗は襲撃にあった。サタニズムの根絶を人類救済の絶対条件と考える欧州派生団体「聖浄カトリック会」や、武闘派という点では随一の「ネオ・ヴードゥー」――独自の薬物密輸ルートを保持し、ヤクザ団体と協調関係にある――も怪しかったが、夜間の襲撃ののち煙のように痕跡を消し、犯人はまったく解らない。
寺院から子供らは極力逃がされ、なかには捕まる者もあったが、だいたい皆ちりぢりになった。
「ミカエル君?」
散歩中の彼はドキッとした。『あまり一人で行動しない事』『戸締まりは常に厳重に』、とくに最近は牧師様たちが口を酸っぱくしている事だ。慌てて全身を硬直させるが、直に警戒は解けた。
「あ……黒鶴さん、でしたよね」
「うん。頑張って逃げてきたんだけど。……知ってるでしょ? うちが焼かれちゃって」
げっそりして見えた。身につけていた黒染めの和服は土ホコリで汚れたい放題で、何日も着替えてないのかシワクチャだ。以前みた陽性のオーラは完全にそぎ落とされて表情が死んでいる。
じり……、そんな黒鶴が一歩詰め寄ってくると、思わずミカエルの足も一歩だけ下がる。じり……じり……、一進一退とはこのことだろうが、人間どうしても退き足よりも追い足が速い。とうとう振り返って全力疾走に入ろうとしたミカエルは二の腕を掴まれ、牛のような怪力で抱き込まれると抵抗を封印される。じたばたするのもお構いなしに彼の肩口に顔面を押しつけ、女はわっと泣き出した。
「ちょっ……黒鶴さん??」
ビックリしてなんとか落ち着かせようと背中をさすったり肩をなでたり、微妙に的が外れた努力を講じてみるが、軽く怒った調子で
「いいから、しばらくこのままにさせて」
と言われたので従った。涙ぐんだ目で至近距離からにらみつけられたとき、
(やっぱり美人だな、この人)
と感じた。ひとしきり泣かせた後に大きな腹の虫の音を聞くと、つい言ってしまった。
「中に入りますか?」
彼女の顔は赤かった。窓口に連れて行こうとするミカエルを引き留めて彼の個室の方へ連れてってくれるよう命令し、(「大人に見つかったら売り飛ばされちゃうに決まってるわ」)、聖餐会用のパンと昼飯のカレーの残りを厨房からくすねてご馳走すると、ほどなく彼女はぐっすり眠った。
ミカエル少年の嵐の日々が幕を開けた。
――修練道場と簡易牢獄のある別棟では性拷問官ニキータ嬢が腕を振るっていた。
薄暗い部屋、鎖でがんじがらめにされた男が一人。配下のなかでとびきりおっぱいの大きな娘を彼にあてがいパイズリさせる。ニキータは紅茶を片手に帳簿をまとめている。
「本当だ……! ほんとに俺は何も知らな……うっ!」
娘は一定の周期でパイズリをやめた。すなわち男が達しそうになると寸前で止めた。彼女は耳にラジオのイヤフォンをつけており、男の言うことは聞いていない。睾丸と筒の収縮の具合で絶頂を読み、手前でストップをかける。
「くっぅ〜〜〜〜〜〜!!!」
両手両脚の鎖を思い切りジャラジャラさせて身もだえするが、射精に到達できるほどの刺激にはどうやっても届かない。彼が大人しくなり、硬度が8割程度に落ち込んだあたりで再び彼女はぶるんぶるんと大きくおっぱいを揺すって男の竿をしごき始める。以上のプロセスが延々と繰り返された。
「だからっ、俺はっ、黒踏宗のっ、ふぅうっっ、支部構成員でっ、」
真っ赤に赤熱した顔を振り上げて、聞かれもしないのに己の知りうる情報を次々としゃべりだすが、目の前の巨乳は涼しい顔で何も聞こえていない風だしニキータは優雅に紅茶をすすっているだけ。
部屋にノックの音が響いた。ニキータは捕虜の男に耳栓とアイマスクと猿ぐつわをつけ、スライド式ののぞき窓から外を一瞥すると客人を中に招き入れた。柔肉による拷問作業は依然として進行している。
「ご苦労ですね、ニキータ」
「ええ、まったくですわ。妙子姉」
「その子、何か知ってた?」
「いーえ。『コレ』も近頃頻繁にやってくるタダの黒踏の残党らしくって。ただ後先考えずウチを襲ってきただけって、まったく八つ当たりもいいとこよ」
「彼らとしては敵の正体が解らないから恨みを返す相手がウチしかなくてこうなってるんでしょうけど、……はぁ」
妙子はニキータの帳簿をぱらぱらとめくり、被拷問者のリストと供述内容のメモを見通した。
「ちょっと多すぎよねぇ。武器もないから大したことはできないんだけど、女の子や事務員さんが怪我したり、日曜学校の方の在家の信徒さんからの評判が悪くなったり、地味にダメージあるのよねー」
「複数犯のときなら仲間の居所を吐かせたり、まだやりがいもあるんだけど……しゃべる事が無い奴ってほんと退屈」
拷問の途中に「俺は何をしゃべれば良いんだ!?」と懇願を受ける事はたびたびあったが、彼女はそれを無視するか、あるいは「そんなもの自分で考えれば?」と突き放すのみだった。
「うん、ごめんなさいね。でも、もうそろそろ黒踏の残党も下火になってくるハズよ」
「そう祈るわ。……おやすみなさい」
妙子は軽く手を振って部屋を去る。ニキータは男のアイマスクを外すと涙でぐっしょり濡れていた。猿ぐつわも同様だった。
「お願いします、いか、イかせて……っ!」
ニキータが壁のベルを鳴らすと隣の部屋からさらに若い娘が3人現れた。
「今夜で『コレ』は壊すわ。フルコースで責めて狂わせて頂戴。……絶対イかせちゃ駄目よ」
「はい」
女共が群がった。全身の敏感な部分を嫌というほど刺激されたが絶頂を迎える事は許されなかった。
「あは、茹で蛸みたい〜」
「おもしろーい。もっと真っ赤にしたらパーンって破裂しちゃうかなー」
「ねぇねぇ、このおにーさんマジ泣きしちゃってるよ〜。ミイラみたいに干からびちゃうかもねー」
快楽と寸止めが繰り返されたが性感を促進させる薬を注射されているので感覚が麻痺する事もなく、生殖本能を刺激され続けているため意識がシャットダウンする事もない。人間としての理性が壊れきってしまった後に、光翼会スポンサー系列の精神病院にサンプルとして送り込まれる運命なのだ。
「あ、起きてたんですね。お体は大丈夫ですか?」
部屋に帰ってきたミカエルは昨日の客人が元気そうでほっとした。
「うん……平気。ねね、ミカエル、こっち来て」
「?」
「隣座って」
黒鶴はソファの隣をぽんぽんと叩いた。もちろんミカエルの部屋の、ミカエルのソファなのではあるが。おそるおそる腰をおろすと黒鶴は両手を回してしなだれかかってきた。ミカエルの衣装タンスから『ミサ』用の黒服を引っ張り出して纏っていたが、たいそうよく似合ってる。ミカエルにとっては一回りだけ大きめのサイズだったためサイズもフィットしたのだろう。
「ねえミカエル。今日の朝から晩までしてきた事、全部話して聞かせて?」
ミカエルはこれから暖炉の部屋にいって皆とテレビを見る予定だったので逡巡したが、まさかこの女性を放っていく事もできなかった。
朝起きて礼拝堂の掃除当番にあたっていたので掃き掃除をし、祈りの文言の後に食堂で朝食を食べ、学堂で授業を受けた。カリキュラムは聖書と禅宗と、一般的な読み・書き・算。ワークのときもあれば座学のときもある。夕飯の後はみんな自由だ。特に自分のような『融合体』は個室も与えられ、消灯時間も免除に近い。ただし「研究グループ」の人間から実験の呼び出しを受けた場合は必ず駆けつけなければならないが。
このような話を黒鶴は「うんうん」とうなずきながら、目をキラキラさせて興味深そうに聞き入っている。なんとなくミカエルは「房中術」の話題を避けた。彼は性のドグマを深めるため『パートナー』との交合を毎晩義務づけられている。『パートナー』とは卯白(うしろ)さゆりである。黒踏宗との手合わせのときのメンバーの一人で、黒鶴も顔は知っている相手である。そこらへんの話題はあえて口にしなかった。
話が一段落した。ちょっとためらった後、黒鶴はミカエルの体を横倒しする。膝枕だ。
「いいから膝枕してて」
ミカエルの髪をさわさわと撫でつける。
「あたし今、なんかすっごい幸せなんだ。あの初めて会った日から、なんか君って優しそうで穏やかで、あたしにピッタリだって思ってた。そして実際にすごしてみればみるほど、その通りの人間なんだっていう感じがするの」
見上げると口元が大きくつり上がって満面の笑みで前方を見ていた。すこしばかり……「怖い」……と思った。
「このまま寝ちゃってもいいよ」
慈母の微笑を浮かべながらも視線はミカエルになく、ずっと壁の方だったが……彼女は言った。しかしミカエルはさゆりと今晩の「日課」をこなさなければいけない。そっと立ち上がろうとすると、頭と肩を押さえこまれた。仕方なく口で言う。
「……えと、僕、夜の用事があって、出掛けなきゃ駄目なんだ。ここは誰も、大人の人も、静かにしてれば入ってこないと思うし、食べ物の余分な奴は冷蔵庫にストックしてあるし、だから、ね?」
あからさまにムッとされる。
「……じゃあ、行く前に一緒にお風呂しよ?」
反対を許さない妙な威圧感に押されて従った。
部屋のユニットバスは普段使われない。彼は共同風呂にみんなで入ってる。経済的だし楽しいからだ。だが黒鶴を共同風呂に連れてくわけにもいかないので、彼は湯元の蛇口を久々にひねった。湯が落ちてゆく間、後ろを振り向くとニコニコ顔の黒鶴がこちらを不乱に凝視しており、目を反らす。
準備ができて、これまた強引に体を洗いっこをさせられてから狭い湯船に一緒に入ると、黒鶴が下になって一回り小さいミカエルを後ろから抱え込むような体勢になる。ケンがあって近寄りがたく感じるときもあるが、この女性の圧倒的に美しい顔を見るのは好きなので顔が見えずに残念だと思う。
「良いお湯だね」
後ろから何も言葉を発してこない黒鶴に不気味さを感じ、ミカエルがいそいそと口火を切った。
「……」
「と、ところでさぁ、黒鶴さんの方は、今日どう過ごしてたの?」
「…………」
「ずっと寝てた、のかなぁ、あんなに疲れてそうな感じだったしね、はは……」
「………………」
「……黒鶴さん……?」
ズボォ!!
「ひぃっぐ!!!!」
すこしの前触れもなく、長い指先がミカエルの肛門を貫いた。
「あたしの事は黒鶴って呼んで。絶対に敬語を使わないで。あたしの許可無く部屋出ていかないで! あたしの見えないところで食事しないで! 寝るとき一人だけソファで寝ないで! あたしを……一人にしないで!!」
ぐりぐりぐりぐり!
「おっふぅぅぅぅう! どうしたの、いたいよ黒鶴……いたい、ぬいて、いたい……!」
「これから女のところに行くんでしょ。解るもの。昨日も行ったでしょ。あたしが寝た後。貴方の部屋って全然男の部屋っぽくない。コップも食器も丁寧に磨いてあって、ベッドもソファもホコリがない、服も綺麗に整頓されてる、芳香剤まで置いてある。他の女を連れ込んでるんだ。他の女の匂いがするんだ。今日もこれからあたしを置いて他の女と寝ようとしている。許さない、絶対に許さない……!」
ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり!!!
「や、やめ、……ああああうううう!」
ミカエルは逃げようとしたが尻に差し込まれた指と、いつの間にか腰を挟むように回された女の両脚にホールドされて脱出はかなわない。内壁をこすられながら男根も思い切り擦られる。
ごしごしごしごし…………びゅくるるるうー
あっという間に浴槽の中に射精してしまう。
肩で大きくあえいでいると、後ろから歌うような声が流れてきた。
「今のはねぇ、あたしを置いて他の女のところに行こうとした罰よ」
「ぜぇ……ぜぇ……」
「そしてこれは今日あたしを一人ぼっちにした罰の分」
ごしごしごしごしごしごしごしごし!
「あああああああ!!」
イって間もなく繰り返される荒々しいハンドジョブは強烈だった。普段のパートナーである卯白さゆりならば絶対しないような尻責めも彼の目玉にドぎついスパークを走らせる。
ごしごしごしごし……
「これは女がいる事を隠した罰」
びゅくるっ、びゅくるっ
ごしごしごしごし……
「これは昨日あたしと添い寝してくれなかった罰」
びゅるっびゅるっ
ごしごしごしごし……
「これは……うーんと……昨日のご飯と一緒にお茶を出してくれなかった分の罰」
びゅっ……
ごしごしごしごしごしごしごしごし……
「これは……そうね、昨日おやすみのチューをしてくれなかった罰」
「ぅもっ……もっ、もう出ないよ黒鶴……」
単純な手しごきから、両足で竿を挟み込んで亀頭を手のひらで回し込む責めにシフトしていた。すでに片手の指では数え切れないほどの射精を強いられており、そろそろ両手を使っても数え切れない域に達しようとしている。ミカエルのものは真っ赤に腫れ上がり、先端は血がにじみそうで痛ましい。
「許してよ……」
「だーめ。罰はちゃーんと執行しなきゃ。ミカエル悪い子に育っちゃうでしょ」
彼女の声色は弾んでいる。この行為に楽しさを見いだしているのは明らかであり、解放の見込みがまるでない。
「うう……」
ぽつ…ぽつ……にごった湯面にミカエルの涙が落ちた。すかさず髪をわしづかみにされ、顔を後ろに引かれて目元を紅い舌でなめられる。
「駄目よ。ミカエルの涙は宝石なんだから。落としちゃもったいないわ」
閉じたまぶたを指でこじあけられてまで舐めとられるときには思い切り身をよじろうとしたが、腰を中心に全身がダルくて力が全く入らない。女のなすがままだった。
首をまた前向きに戻され、手と足が亀頭いじめの位置にセットされた。
「さっ、罰の続きだよ」
「う、ぅ……ぅぅ……」
ミカエルは本当に悲しそうにすすり泣いていた。責めが再開されようとするが、まだ手のひらは動かない。
「……ねぇ、ほんとに反省してる?」
こく、こくと弱々しく頷く。
「もう許してほしい?」
こくこくこく。
「それなら、その……あのね?」
はにかんだ乙女がそうするように黒鶴は爪の先で床に「の」の字を書いたが、それは床ではなくミカエルのカリの部分だったので彼の背中から痛苦の脂汗が垂れ落ちる。
「あたしの……あたしの家族になってほしい!」
「なって……くれるよね?」
にぎ、にぎ
「ね、お願い。形だけっていうか、心の問題的なもので良いの。良いでしょ? ねぇ良いよね? お願い答えて!」
ずりずり……ここで頷く事はきっと取り返しのつかない結果を生むだろうと予感されたが、不機嫌にさせたらさらなる激痛を与えられる事は火を見るよりもあきらかだ。
こくり……。できるだけ微弱に頷きを作ったのが精一杯の抵抗だった。
「ほんと!? 嬉しい!」
ざばっと音をたてて立ち上がると彼女は半ば屍のようになったミカエルに何度も口づけをしながら、肋骨も折れよと言わんばかりに彼の体を抱きしめた。
「初めての家族だ! 離さない。絶対に離さない! あたしの物!」
「ぅぅ……黒鶴……もう出よう……」
「それじゃあお姉さんの務めとして、今から君の精液を抜いてあげちゃいます!」
「ぇ……ゃ……!!」
「ほら、家族の言うことはなんでも聞くの! ……ちゅぱっ、ちゅる…………どう? おクチも結構うまいでしょ」
「〜〜〜〜〜〜!!!」
「あは、これがついさっきまで他の女のところに浮気しにいこうとしていた性悪タマタマね。今から空っぽにしてあげるから。……れろっ、ちゅく、じゅぽっ……」
「ぅ、……ぁ、ぁ、ぁ〜……」
「ね、あたしの言うことは何でも聞いてね! 約束だよ??」
「……(こくり)」
頭ががんがんしすぎて何も考えられなかった。言質をとった黒鶴は舌のストロークとともに、ミカエルの背中に爪を幾本もうち込み「トドメ」をさした。
精液を伴わない苦悶の射精とともに意識は闇へと落ちてゆく。
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