レイはいつもの日課をこなし、終了をもって、息をとぎらせた。
転々と転がるバスケットボールを見ながら、椅子にかけられているバスタオルを手にして汗を拭う。
ただ、その空色の瞳だけは、燃え上がらんばかりに、爛々としていた。
汗を拭っているとき、不意に、大部屋の牢獄同然であるこの部屋の鉄扉が、重々しい響きをともないがら開かれた。
錆びついた音が響くのをよそに、レイは、単純にタオルで汗を拭う。
重い鉄の扉が開かれると、アーシア・フォン・インセグノが、入室してきた。
いつものように、なんら無表情で、真面目な態度をもって、入ってくる。
彼女は鉄扉を閉めると、頬の汗を拭っている少年へ正面を向け、深々と一礼してきた。
レイは、拭うタオルの手を止めた。
「バベット様より、出陣要請が発令されました。レイ様はすみやかに準備を整え、淫帝シドゥスとの決戦に赴いていただきます」
アーシアが腰を九十度になるほど折り、拝礼をした。
レイは、
「分かった。行くよ」
とだけ応え、タオルを彼女へ放ると、眉根が厳しいものへと変化した。
出撃準備が整ったレイはアーシアと手をつなぎ、
転移した。
「ここは、なんだ?」
レイの警戒心が最高潮に達した。
「淫人ちゃんは、力だけ使ってくれればいいから」
アーシアから教えられた説明によれば、先言の、淫女王バベット・アン・デニソンによる
作戦だけをおこなえばよかったはずだった。
転移ゲートをふたつ潜り、即座に力を振る。そこにいる淫帝シドゥスの、恍魔の能力を相殺すること。あとは精鋭によって、一気にかたをつける、と。
だが実際は、転移ゲートを潜ってみれば、まったく見ず知らずの場所に来ていた。
眼下に剛健な城があるのは分かる。
周囲を絶壁に囲まれた、天嶮だ。ここを陥落させようとするなら、力攻めするには相当数
を要するだろうくらいには、自分でも分かる。
「アーシア?」
呼びかけてみたが、周囲には誰もいなかった。
「全部、しくまれてたってのか?」
レイの唇が引き締まった。
人類の将来がどうであろうと、自分がやると、そして、そうするしかないんだと決めた以上、眼前に、
来い
と言わんばかりに口を開けている鍾乳洞の入り口へ、行くよりほかはないのではと、思った。
さらに下には、城がある。
あそここそ、攻略目標とされる場所ではないのかとは思う。
力で攻め込んでどうにかなるような場所に造られている城ではないのは、戦争史をあまり知らない自分でさえ、厳しいだろうと思えるところにあった。
でも、
今、自分がここにいるという事実は、罠であろうとなんであろうと、行くしかない、としか、 思えないのであった。
だからレイは、妖しい力が渦巻くその場所へ、足を踏み入れていったのである。
生きたいから─
いろいろと探索した。警戒していたから、随分と時間も使って見調べた。だが、敵が待ち構えているはずだと思っていたのに、何もなかった。
単純に、ここへ来いと言わんばかりに続いている一直線の道を歩いた。
女を形作ったロウソクが燭台に並び、なんの面白みもなく、延々奥へと続いていた。
明りが確保されてるから歩くのは楽だが、これは罠だと思いつつ、レイは何度も足を止め、妖しいと思った場所を丁寧に調べたが、そのすべてが、無駄になった。
レイにとっては、それが苛立たせる根幹となった。
想いが空回りされていることに、気付けてなかったのである。
そして、問題となる場所に到着した。
「来たか。招こう。人間という種が存続をかけてもたらした尖兵を」
レイが赴いた先は、洞窟が開けた場所ではあったが、とても清廉と感じられる場所であった。
コンサートホールを思わせる造りをしており、周囲には多数の観客がいる。
観客たちが拍手をもって自分を迎え入れ、まるでそのまま奥へ行けとでも言わんばかりな雰囲気と圧力をもって応えている。
それが、レイをより、苛立たせるのだった。
レイは足を止め、言った。
「ディアネイラは、どこだ」
会場がどよめく。
レイは周りには気にもとめず、ただ、会場中央にいる存在、漆黒のローブを身に包むその存在へ投げかけた。
「慌てるな。これは淫魔の戦争だ。人間が関る物事ではない」
会場が盛り上がった。
レイは一喝した。
「種族とか、どうでもいい! ディアネイラを出せ!」
会場から大きな批判が起きた。だがレイは、ローブの存在を睨み続けた。
「なぜ人が淫魔に関る。ほっておいたほうが、人間にとっては都合がよいだろうに」
会場から大きな歓声が沸く。
「難しいことなんて知らない。ぼくはただ、ディアネイラと決着をつけたいだけだ! おまえらの事情なんて、知るものか!」
場内がどよめいた。
レイは、何が起こっているのか、どんな感情が渦巻いているのか、そんなものには、いっさい興味がなかった。
ただ、ディアネイラと契約したとおり、淫帝なるものを滅し、あとは自分が人間に戻るための旅に出ようとしているだけだった。
それにおいて、ディアネイラという存在は大きいから、絶対に必要だと、思っているだけである。
打算的でいい、愚かでいい。
絶対に帰るんだ!!
それだけだった。
「余興としては暇つぶしになるな。いいだろう、ならばこの女を絶頂させてみよ」
ローブの存在が言うと、腕をひと振りした。
すると会場中央に、拘束具を着用した女が召喚されてきた。
女は全裸だ。ただ、胸や生殖器といった、女性にとって大切な部分がすべて露出した状態で、強大な淫気をたらしまくっていた。
「!」
レイは反射的にあとずさったが、「犯して」という圧倒的な力に影響されてしまった。
「くそ!」
決着をつけるんだと、その思いでここまで来た。
でも、それらを吹き飛ばしたいと思えるような人が、一歩ずつ、脚まで拘束されているにも関らず、足首を使って、一歩ずつ近付いてくる。
不意に、口の拘束具が外され、唾液が舞う。
レイの股間が、否応なしに反応させられてしまった。
「犯して……」
ますます近付いてくる。
一歩脚を出すと、乳房が揺れる。下腹部は洪水状態で、剥き出しの生殖器から愛液を垂れ流し、太腿を伝って床まで垂れていた。
「……ディアネイラ?」
容姿から、そう声をかけた。
顔は拘束具で覆われているから判然とできないが、絹のように滑らかな白金色の髪の毛が揺れている。
何度も味わうこととなった、円錐形の乳房と、乳輪の直径は狭いが、むしゃぶりつきたくなる桜色の乳首や、淫魔のくせに、閉じられたままの秘部の色やその姿形。
自分の両親を殺め、自分を地獄の生活へと叩き落としたその存在の肉体そのものにしか見えなかった。
だから、圧倒的な雰囲気はいっさい感じられなかったが、レイは、そう声をかけた。
ディアネイラという言葉に、拘束具の女は一瞬の反応を示し、一歩の脚をを踏み出すのが遅れたように、レイは感じた。
ただ、そのままこちらへと歩み寄り、接触する直前に両腕で抱擁を試みる。
レイは咄嗟に左へ動いて躱した。
空振りに終わった拘束具の女は、諦めずに何度でもレイを抱き締めようと試みてくる。
フェイントを使うまでもない単純な動きに、レイの苛立ちが高まった。
もしこの女性がディアネイラだったら、自分などいくらでも捕らえられたはずだからだ。
「何遊んでるんだ!」
抱きついてくる拘束具の女性を躱し、レイはローブの存在へどなりつけた。
「遊んでなどいないわ」
「遊んでるだろ!」
恍気。
これを使うと生命ごともっていかれそうな感覚に見舞われる。
だから、勝負としてここに来た自分にとって、そう簡単に使っていい力ではないのも分かっていた。
死んでしまっては、もう、何もできなくなるからだ。
ここぞのときに使わなければ。そう思うと、ローブの存在が淫帝シドゥスと確定できないかぎり、おいそれと発動できない。
そこまでの信頼がもてるのは、
淫女王バベット・アン・デニソンは、少なくとも、人類との交渉が可能なはずだと思っているからだった。
「抱いてやれ。この女は燃え上がっているぞ?」
「馬鹿にしやがって!」
レイは、抱擁を試みてくる拘束具の女性による抱擁を左へステップして躱し、ローブの存在へと肉薄しようと、左足へ体重をかけ、飛んだ。
だが、軽くいなされてしまう。
「くそ!」
振り向いたときには、ローブの存在は自分を正面に、二十歩は後ろにいた。
拘束具の女は、変わらず自分へ襲い掛かってくる。
捕まりそうな直前、ギリギリで半身を反らることができ、そのまま声をかける。
「やめろディアネイラ!」
「交合の時まで……」
行きかうとき、女から声がかかった。
「え……?」
首を向けると、その拘束具の女は、また同じようにこちらへと襲い掛かってくる。
「くそっ!」
汚い言葉を使いながら、拘束具の女の襲来を躱した。
「やるではないか。だが、この会場にいる女すべてを、おまえは相手できるのか?」
会場から大歓声が上がった。
ローブの存在の声は、途中で掻き消えてしまった。だから、レイにはすべてを聞けなかったが、面白くない発言をされたのだけは理解できたので、
「黙ってろ、テメェ」
と怒鳴り返し、負けん気を示した。
が、また歓声が上がってしまった。
戦いを盛りあえる材料となったらしく、レイは舌打ちしつた。だが、次はどう動けばいいのかと、自分なりに、必死に、頭を巡らせた。
答えがでず、焦った。
「チェックメイトされた駒がどう動いても無理だという理論は、分かるだろう? おまえはもう、それ以下なのだよ」
「ディアネイラっ。アンタがディアネイラなら、目を覚ましてくれ!」
襲い掛かる拘束具の女性を必死に躱しながら、レイは声をかけ続けた。
だが、拘束具の存在は、なおもレイを抱こうと、こちらも余裕なく向かってくる。
「どうすればいいんだ……」
決戦と聞かされた。だからここに来た。
すべて茶番だったのか? すべてが、淫魔の利益誘導だったのか?
「違う!」
とうとう、そう叫びつつも、拘束具の存在に捕まってしまった。
唇を重ねられると、即座に、ふんだんに唾液を含んだ舌が入り込んできて、レイはうめいてしまった。
うめく間に、自分の股間が熱くなる。
なんだと思ったときには、トレンチパンツを脱がされていた。
抵抗するために腰をひねるが、拘束具の女が唾液を吐きかけるようにこちらへ送る込んできて、咳き込んだり、淫らな思いに駆られているあいだに、下着まで下ろされてしまっていた
しまったと思ったときには、もう自分の若塔は屹立しきり、握られ、射精させるべく愛撫を無遠慮におこなわれていた。
「そのまま果てろ。敬意は表してやる」
ローブの存在が言う。
あいつがなんなのか。さすがに、もう分かる。
淫帝シドゥスだ、と──
「くそ……っ」
反骨心はまだ生きているが、何しろ気持ちがいい。
自分の粗末な若塔はすでに屹立に、女性の神秘を欲しているし、自分もそうだった。
顔が見えないのが残念ではあるが、それを簡単に凌駕できるだけの技術と対面的造形美によって、レイの心が駆逐させれらてゆく。
「おち○ちん、挿れちゃう?」
レイに跨ってきた拘束具の存在が、訊ねてきた。
うん。
そう言おうとした。
が、
「ディアネイラは、そんなことは言わない。おまえはディアネイラじゃない!」
と、怒鳴った。
「犯せ!」
ローブの存在が命令し、拘束具の女は、いっさいの情念すらないとがかりに、平然とレイ
へ腰を下ろした。
「うああああああ!」
一瞬で射精感どころか、射精させられた。
止めようにも、止まらない。
単純に出るだけだった。
それは、今の、射精は我慢するべきと学んでいた自分にとって、屈辱だった。
悔しい呻きを漏らし、でも涙だけは流さず、拘束具の女を見上げながら、睨んだ。
死ぬまで屈服はしないぞ、と。
「時間がどれだけかかってもいい。この命だけは確実に奪れ。いいな」
ローブの存在はそういうと、ここから消えた。
「ああん。もっと!」
と、拘束具の女は、なおも搾り取りにくる。
レイは二度目の射精を迎え、三度目を感じ、四度目には苦悶の声を漏らした。
死ぬなコレ……。ごめんね、みんな。
そう思ったとき──
「レイ様あああぁぁっ! 貴様ああああああああ!!」
自分のせいで翼を一枚失ってしまった、大恩人の姿が見えた。
何があっても、彼女だけは、絶対に天界に還さなければと決めている、大切な人だ。
彼女は血相を変えて、こちらへと突貫してきた。
「淫人レイ・センデンスをやらせるなっ。黒翔隊、突っ込めええぇっ!」
本当に大切に想っている幼馴染を無事、人間界へと送り届けてくれた、あのエッチな肉体の人が、堕天使たちに命令している姿も見えた。
パフパフしたいんですど? と、普通に思いつつ、意識がもう、保てなくなっていた。
「全軍突撃! 最優先で淫人ちゃんを確保しろっ!! 淫人ちゃんごめん遅れた! してやられたっ。でももう大丈夫、いま助けるからねっ! いけえええ!!」
とても聞き覚えのある、信頼に値する、人類にとって敵でしかないその人の声を、聞いたのである
バベットおまえ、反則なんだよ、そのおっぱいわ……
戦わなくちゃ!
分かっているのだけど、恍魔の力がないと分かっているこの場においては、今の自分は、あとは楽にすべきたと、力を抜いた。
背徳の薔薇 レイ出撃 了
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