「……おや、どうやら、我が不肖の愛弟子は無事役目を果たせたようだね」
ソファに身を沈めていたイザベラは顔をあげると、なんでもないことのように口を開いた。その目は壁の方に向いていただけだったが、どうやら遠い彼方の出来事でも覗き見ているらしかった。
「え、それは本当ですか、魔女先生!」
「本当だとも。あれでも私の助手なのだから、淫魔のひとりくらい倒せるのは当然さ。心配する必要もなかったね」
「……それくらいしてもらわないと、困る」
安堵を隠さぬジョゼフとは正反対に、アンナマリアは鼻を鳴らすだけだった。けれど、よく見るとその口元がわずかにほころんでいる。経過を見ることができず、ただ結果を待つだけという状況では、口でどう云おうとアンナマリアも心配だったのである。
しかし、そこでイザベラは軽く手を叩いてふたりの視線を集めた。
「けれど、さすがにひとりが限界だったみたいだね。というわけで、ジョゼフにも出張ってもらう必要がでたわけだ」
「……覚悟はしていましたよ。巧くいくかはわかりませんけど」
「じゃあ、さっそく次はジョゼフにいってもらおうか。スペルビアは最後に残しておくと兵を指揮されて面倒そうだからね」
改めて要求されて、ジョゼフの顔が緊張で強ばった。今まで淫魔やアンナマリアたちの好きなように扱われていただけの自分が高位淫魔たちと戦わなければならないということにたじろいでいるのだ。
「う……わかりました。でも、確か団長とはまず剣で力比べしなきゃいけないんですよね。ぼく、剣とかもってないんですよ」
「それなら……そうだな、ちょっと待ってなさい。確か倉庫に……」
イザベラはぼそぼそとつぶやきながらリビングから廊下へと出て行き、奥の方へと引っ込んでしまう。奥の部屋の方からゴソゴソと何かを探る大きな音がしたかと思うと、すぐに扉が開いた。
「ふむ、これなら良いだろう。昔、知人に貰ったものだ。さっきまで倉庫で埃を被ってたんだけどね」
戻ってきたイザベラの手には一振りの剣が握られている。華美な装飾はなく、鍔もとにはめ込まれた赤く光る宝石だけがその直剣に施された唯一の飾りだった。刃渡りは九〇センチ――ジョゼフの上半身ほどもあり、刃にも曇りはなく倉庫に放置されていたとは思えない程の輝きがあった。
「そんな、適当な……」
「でも、充分なだろう?」
無造作に剣を投げられて、ジョゼフはあやうく取りこぼしそうになりながら剣を受け取めた。久しぶりに腕で感じる頼り甲斐のある鉄の重みに、柄を握る手に力がこもった。
「ええ、良い剣です。というか、こんなものをくれる知人ってなんなんですか」
「ええと、パラ……ううむ、長くて名前は思い出せないね。ま、道楽者なのだよ。では、早いところ相手のところにキミを送りこみたいのだけど、準備はいいかい?」
「ああ、はい、どうせこれ以上準備することも……」
服の裾を掴まれて、ジョゼフは言葉を止める。視線を落とすと、アンナマリアの手があった。
「アンナマリアちゃん?」
「……ひとつだけ、」
「なに?」
「夢中になって搾り取られたら殺す」
「取られません!?」
ぱっと手を離すと、アンナマリアは頷いた。
「なら、よし」
「う、うん、それじゃあいってきます……」
ジョゼフが苦笑すると、イザベラが手を差し出す。
「さて、それじゃあ行くよ。ジョゼフ」
「はい!」
笑顔のままにイザベラはジョゼフの目の前に手を持ち上げ――ぱちんっ、と指を弾いた。
それが合図となり、ジョゼフはレリアのようにまだ見ぬ場所へと飛ばされた。
転移術式によって、まるで白昼夢のようにジョゼフがかき消えたのを見届けると、イザベラは押し黙っているアンナマリアを振り返った。
「それで、あれでよかったの?」
「よかったって、なにが」
無愛想な表情のまま、アンナマリアはイザベラを見上げる。不機嫌なわけではなさそうだったが、下から睨み付けているように見えてしまう程度に、アンナマリアの目つきは悪かった。
「もっと、なにか云いたいことがあったんじゃないの?」
「……別に」
一言で突き放すと、アンナマリアは毛布を抱きかかえて顔を埋めた。なにも語ろうとしない様子にイザベラは苦笑して肩を竦めた。
「そうかい。じゃあ、言葉の続きは帰ってからにするといいさ」
アンナマリアは黙ってソファに座ったまま、毛布を被って何も答えなかった。。
*
目を開くと、視界一面に広がるのは深緑だった。
そよ風が頬を撫でていくと、くすぐったさにジョゼフは目を細める。息をすると、青臭い草の香りで胸の中が一杯になる。イザベラの家の中は埃っぽい空気で満たされていただけに、ジョゼフは躯が浄化されていくような印象を受けた。
「ここは――」
顔を上げると木漏れ日が目に入り、まぶしさで顔を手で庇う。
「覚えてないか、我がお前を斬ったところだ」
自分の背中にかけられた声でジョゼフは振り返った。
目に入るのは、革製の防具を着込み、腰に剣をはいた女性の騎士である。
ふたりの距離は一〇メートル。
間合いを詰めるに必要な時間は、瞬きひとつもあれば充分な距離。
女性は革の鎧と裾の長い、露出をとことん抑えた衣服を着ており、厳格さを感じさせる。けれど、その厳しさとは対極にあるだろう妖艶さがその女性からは漂っていた。
例えば邪魔にならぬようにと後頭部で髪を纏めるための紐から外れてしまった後れ毛の妙な色香。シスターのように肌の露出を控えているのに唯一無防備にさらけ出されて、人の視線を集める首もと。
高潔さと淫靡さを危ういバランスで両立させた女騎士。その存在の名をジョゼフは重々しく口にした。
「覚えていますよ、スペルビア団長。腕を切り落とされたなんて経験をした所を、早々忘れられはしません」
ジョゼフは、兄が存命中だったかつて、騎士団に籍を置いていた。そこで革命の雰囲気を敏感に察知し、まだ事を起こす前に退団したのである。けれど、スペルビアはジョゼフを見逃さなかった。ある日、月の下でジョゼフをここまで追跡し、腕を切り落としたのだ。
本来なら出血多量でジョゼフは息絶えていたが、そこを通りがかった魔女イザベラに命を救われたのである。
そんな印象的な出来事を忘れることができようはずもない。意識すると、斬られた右肩の辺りが痛みを思い出してざわめいた。
「今日は自衛をかねて、あのときの返礼をさせてもらいにきましたよ。剣の扱いだけで解決できれば越したことはないんですけど……」
「弱気だなあ、ジョゼフ。それに云っておくが、高位の淫魔たる我を人間が剣技だけで制圧しようなどなどと思いやがりであるぞ。男なら、床の方でも勝負をしてくれなければ、股のものも無用の長物というものよ」
そこまで云って、スペルビアは鼻を鳴らした。
瞬間、木々が絶叫した。まるで突風が吹き抜けたように、激しく激しく枝を擦り合わせ。
「もっとも、剣の方でも負ける気など更々ないがな」
スペルビアから吹き荒れた闘気が木々を打った。そうとしか思えない程の獰猛な気迫を真正面から叩きつけられて、ジョゼフは口内に溜まった生唾を飲み下す。
レリアの戦いが終わるまでの間にイザベラから伝え聞いたスペルビアの情報について、ジョゼフは思い出していた。
傲慢の<Xペルビア。それは淫魔の中でも異端の中の異端である。それは一目瞭然で、剣があるからだ。
淫魔は躯を資本とし、生物の精気を栄養素として消費する生態をもっている。よって、人間女性のソレとは違い、躯は人を堕落させるために最適化された肉体として成立しているのだ。
周囲の生物を魅了して自身の虜とすることで対象を自衛手段として使役できる淫魔にとって、自分自身の戦闘能力など些細なものである。よって、淫魔たちは基本的に腕力に代表される物理的な力を求めない。むしろ、自衛するための手段に困るようでは淫魔として恥ずかしいという風潮すらあるのだ。
強い個人戦闘能力を持つ淫魔は、淫魔の中では即ち人を魅了できないおちこぼれとされ、迫害されるものなのである。地位すら得られず、仮に得たとしても淫魔本来の技量に劣るものがいつまでもその座にいられるわけがない。
だが。このスペルビアはそれらの論を覆す存在だ。
なにせ、剣の腕は中途半端なものではなく、一流。そのくせ、七つの大罪を関する地位に立って、しかも他の淫魔と協力関係を結んで国をひとつ落としたのである。軽蔑されていたとしても対等の関係で取引ができる、そんな規格外の淫魔なのだ。
よってそれは淫魔本来の淫技も、そして剣術も一級品である証左。なによりジョゼフは身をもってスペルビアの手管を体験している。冗談ではなく何度も殺され、蘇生され、を何度も繰り返させられるほどの快楽地獄であった。
ジョゼフは呼吸を整えて、精神を落ち着ける。呼吸は戦いにおいての基本であり、これが乱れれば剣筋も動きも相手に筒抜けになってしまう。当たり前に行っている活動が即生死を別つ要因となる、今立っている世界とはつまりそういうものだ。
「ぼくは負けるつもりなんてありません。だからまずは……この剣であなたを無力化する!」
「いいだろう。ではその気概に免じて、一太刀くれさせる権利をやろう。さあ、どこからでも好きに打ち込んでくるがいい」
スペルビアが腕を組んで傲岸不遜に言い放つと、ジョゼフは厳しい表情で剣を構えた。半身の体勢で剣を腰の高さまで降ろし、油断なく切っ先を相手に向ける。
腕組をした相手に反して、ジョゼフの構え方には一切の驕りや怒りはなかった。ふつうならスペルビアの言葉を侮辱と受け取って怒りそうなものだが、それは自身と相手が対等であると思っている者だからこその発想だ。
力の差は、圧倒的なまでに横たわっている。よってこれは勝機。ならば万全に生かさぬ道理はない。
一拍置く。
肩に剣を担ぎ、
ジョゼフは一気に間合いをつめた。
「は――っ」
迷いなく振り下ろされた一刀は孤を描きスペルビアの首もとへと振り下ろされる。
好機を伺う時間的猶予はジョゼフにはなく、さらに待つだけ時間の無駄と判断したが故の即断の踏み込み。
未だに剣を抜いてすらいなかったスペルビアには到底受けることの適わぬ斬撃。
けれども、それはスペルビアが人間であったらの話だった。
剣が振り切られ、ジョゼフの手に伝わる感触は――無。
空を切った剣にジョゼフは目を見開く。
視界からスペルビアが消失していた。
消えた? 否。ただ、視界から外れただけのこと。そして人の視聴角など、至近距離になればなるほどかいくぐるのは容易。
ならばこの短時間で音もなく跳べる場所は、左右どちらかしかあり得ない。
右か左か、どちらにスペルビアがいるか――。
――ジョゼフは迷わず右へと剣を振るった。
鉄と鉄がぶつかりあって衝撃がジョゼフの腕に走る。重い打撃を受け止めた余韻で腕が電気が流れたように痺れた。
ジョゼフの眼前でスペルビアが笑う。それは好敵手を前にした肉食獣を連想させた。
「ほう、受けたか。以前ならばこれで勝負は必定であったはずなのだがな」
「生き物は、無意識に心臓がある方を庇って左へと動いてしまうもの……右から攻めてくると思ってましたよ。いや、確信を持ったのは以前あなたが切り落としたのが右腕だったということですけどね」
「読まれていたか。そうさな、我はその右腕が気に喰わん。当然よな。なにせかつて斬って捨てたものが亡霊のように舞い戻ったのだ。冥土に送り返さねば気がすまない!」
お互いに相手の剣を押し合ってふたりは距離を取る。
既にスペルビアは剣を抜いた。アドバンテージはない。ここからは、一瞬の判断違いが死を意味する戦場だった。
「征くぞ、精々我を楽しませてみせよ。有象無象の者共との違いを見せねば……ここで屍となれ!」
歯をむき出しにして笑い、スペルビアは突風となってジョゼフに斬りかかった。
頭をかち割ろうと振り上げられた剣、胴を薙ごうと腰で溜められた剣、腕を切り落とそうと跳ね上がる剣。それら三つの予想される太刀筋が幻影のようにジョゼフの視界に重なった。
どの太刀がくるか。受け損なえば即ち敗北。
どれが――どれが正しいのか――。
刹那に見たぬ逡巡。だが、答えを見つけて愕然とした。
これら三刀は総て同時に繰り出される。
スペルビアは人間でなく、よってその練度は人の領域外にある文字通りの人外。
ならば、三者択一なわけがなく。それら総てを同時に成せる。
同時に襲いかかる三刀はどれもが必殺。
よって、この瞬間に人の敗北は定められたも同然だった。
*
「……ジョゼフは、勝てるかな」
イザベラとふたりきりになったせいか、静かな部屋の中でアンナマリアがぽつりと弱音を洩らした。
毛布に顔を埋めているアンナマリアを見て、イザベラは大きな胸を悩ましげに揺らしながら腕を組み、首を傾げる。
「心配かい、ギヨたん」
「だって、前に腕を切り落とされたとか聞いたから。腕は繋ぎ直せても、それで勝てるのかな……」
アンナマリアはジョゼフが剣を振るうところを見たことはなかった。パン生地をこねている姿ならいくらだって思い浮かべることはできても、剣を振るうところは想像すらできない。そのせいで、ジョゼフの勝算がどれほどのものか、アンナマリアは予想することすら不可能だったのだ。
その心配事に、イザベラが笑った。
「なんだ、そんなことか。そうだね、ギヨたんがそう思い違いをしていたら、それは心配になるわけだ」
「なに、それ。わたしが知らないからって、そんな上から目線」
「いや、私もジョゼフが剣を使っているところなんて見たことはないよ。私がいっているのは別のところだ」
「別の、こと?」
「そうとも」
イザベラは悪戯の種を明かす子供みたいな調子で云った。
「――私が、同じ腕をつけ直すと思うかい?」
「……え?」
「だいたいジョゼフの腕は草花に紛れてどこにいったかわからなかったんだよ。きっと今頃は動物たちの餌になって骨しかないだろうね」
「え、ちょ、ちょっと待って。じゃあ、その……」
アンナマリアはから毛布を腋に投げ捨てて、呆然とイザベラの目を見た。
「今、ついてる、右腕って、なに?」
*
(――栄光の手《ハンド・オブ・グローリー》、起動)
ジョゼフの感覚の中で、右腕のそれが変質を開始した。
まるで、右腕の血流だけが加速させられたような不可思議な感触だった。腕の根本を力一杯紐で縛ればこうなるだろうか。ジョゼフの人体から右腕だけが完全に独立し別系統の生物として活動を始める感覚。
その間にも、一刀による三連の斬撃はジョゼフへと迫り――
「定義:内部加速三倍――!」
ジョゼフの右腕がかき消える。
瞬間、三度剣がぶつかりあう甲高い音が木々を突き刺した。
獲物を定めた猛禽がごとく、スペルビアの目つきが鋭くなる。睨まれただけで背筋が撫でられたような寒気を覚え、跪いてしまいたくなる痺れるような眼孔にジョゼフは危うくたじろぎそうになった。
しかし、スペルビアの口元に浮かぶのは歓喜。
「ほう、その腕、人の理……科学のものですらないな。今の太刀を受けた人間はお前が初めてだ!」
好敵手に巡り逢えたことを歓喜する遠吠え。だが、ジョゼフの内面はスペルビアの歓声に悲鳴で答えそうになっていた。
「ぐぎ……っ」
右腕の筋繊維と血管が何本か断裂した。その痛みが稲妻のように脳を突き上げて、眼球の中でいくつもの火花が散った。
栄光の手――ジョゼフの右腕としてつけられた切り札の名である。
それはイザベラが制作した魔術道具のひとつだ。栄光の手という輝かしい名前から考えられない方法で作られた逸品である。なにせ、材料は死蝋化した腕なのだ。
多くの文献に記された栄光の手の効力は家にいる者の活動を停止させるなり、外部の人物の行動を抑制するお守りであった。
けれど、イザベラの発想は飛び抜けていたのである。ジョゼフが身に着けた栄光の手は、外部ではなく内部、つまり腕そのものの活動に干渉した。しかも、外側ではなく内側に向けることで、効果範囲だけでなく効果そのものまで反転したのである。
即ち、時間を未来方向においてのみ加速させる、そんな化け物じみた代物となった。
欠点はある。まず、腕をこれにすげ替えねばならない。ふたつめに、反動による苦痛がどうしようもないということだ。
死蝋化した腕、人体に馴染んで人肌の体温をもったせいで痛覚までもが復活した。そのために、力を強い度合いで出せば出すほど代償として痛みを負うのだ。実際に血管や神経なんてひとつとして引きちぎれていないとしても。
「……っ、まだ、まっだぁっ!」
栄光の手による効果は、あくまで右腕のみ。それ以外は所詮人並み。腕の加速という切り札が相手に知られた以上、戦いが長引けばそれだけ不利。
よって痛みを振り切ってジョゼフは踏み込んだ。
「定義:内部加速二倍――!」
右腕が倍に加速した。下がっていた剣が瞬時に跳ね上がり顔を薙ぐというあり得ない挙動を実現する。
スペルビアは剣で受けなかった。躯をうしろへ逸らし、紙一重で剣をやり過ごす。掠めた剣で髪が吹雪きのように散った。
「手ぬるいぞ!」
一気呵成、スペルビアの剣が真っ向から落雷のように落とされた。
受け止めるには時間がない。
内部加速、と指令を出そうとして痛みに集中力が阻害された。駆動速度を落としても連続使用による幻痛は脳の腫瘍となって邪魔をする。
ジョゼフは踵で思い切り地面を蹴った。半ば体勢を崩しながら横へ跳ぶと、真横を剣が擦過して地面に激突する。
轟ッ! と地響きを立てて土が舞い上がった。本当に雷が落ちたと錯覚しそうになる力強さ。
受け止めていたら自分の剣ごと頭をかち割られていたかもしれない。その未来を想像して背筋が氷のように冷たくなった。
これ以上時間をかけてスペルビアのエンジンがさらに火を噴けば、栄光の手を持ってしても対抗は不可能となるだろう。
ジョゼフは奥歯をぐっと噛みしめる。歯が軋む嫌な音がした。
ならば、スペルビアが万全となる前、わずかに残った現状の光明を――逃さずに掴むしかない!
「定義:内部加速――三倍!」
剣を振り下ろして無防備になったスペルビアの躯を横から薙ぎ払う。剣の軌跡はジョゼフ自身の目にすら止まらぬ電光石火。
だが、それに反応してみせたスペルビアはまさしく悪夢と呼ぶにふさわしい能力の持ち主であった。
弾かれる剣。スローモーションとなって迎撃される剣の動きがジョゼフに見えた。
力押しでの太刀はその肌に触れることすら許されず、搦め手を駆使しても基本スペックの差で対応される。赤子の躯で大人を倒そうとする方が、まだマシなことのように思えるほどに、身体の差は歴然としていた。
――故に、ジョゼフはさらに無茶をした。
「定義:内部加速――四倍!」
腕が肩から引きちぎられたかとジョゼフは錯覚した。
それほどに腕が振るわれる速度は速く、
けれど、スペルビアはそれに反応していた。
絶望的な反射速度。
剣と剣の激突になるのは最早確定事項であり、
それこそがジョゼフの目的だった。
「定義:内部加速――五倍!」
剣が二段で変化した。だが、その変化はホントにわずかな動き。剣の中ほどで受け止められるはずだった剣を、相手の剣の先端部へ移動させただけだ。
しかし、これだけのことが目的であり勝機。
剣と剣の激突。
何かが宙を舞った。くるくると円を描きながら木漏れ日を反射する物体は、放物線の軌跡で地面に突き立つ。
「……なっ」
絶句したのは、スペルビアだった。
ジョゼフの一刀が、彼女の剣をはじき飛ばしたのである。
それこそがジョゼフの狙いだった。力量ではまず間違いなく及ばない。十回やれば十回負ける。百回やっても、やはり百回負ける。万に一つだった勝てる可能性はない。少なくとも、騎士としての競り合いではだ。
なら、相手を戦えない状態にするしかない。その末に思いついたのが相手の武器を手放させることだった。
膨大な加速度をつけられた鉄の塊が剣の先端にぶつかれば、それを予期していなかった場合なら手で保持していられなくなる。その結果を期待したがための最後の一刀だったのだ。
それでも、相手がまだ全力を出し切っていなかったからこそ出来た芸当である。少しでも当たり所が悪ければ、相手の手にはまだ剣が残っていたことだろう。間隙の攻防を勝ち抜いてジョゼフが安堵すると、手から剣がこぼれ落ちて地面に突き刺さった。無茶をさせた右手にはもう力が入らず、それを掴むだけの握力は残されていない。
よってここに武力による戦いは終止符が打たれた。
今のジョゼフはスペルビアなら素手でも殺せるだろうし、剣を拾えば尚のこと簡単に仕留めることができるだろうが、騎士としての誇りが許さないに違いない。よほどこの場でジョゼフを暴力で殺したいというなら話は別だろうが――。
スペルビアは楽しげにしているだけだった。
「すばらしい、よくぞ我の手から剣をはじき飛ばした! これ以上食い下がるのも無粋の極みというもの。我の負けを認めよう。それに、合格だ。我が搾りとって果てさせるに相応しい。殺すならそちらの方でなくては楽しみ甲斐も薄れるものだ」
そう、スペルビアとの戦いは二段構え。それが彼女の強敵たる理由であり、淫魔の中でも別格として誰も触れようとしない原因である。
ジョゼフは感覚が喪失した右手を抑え、額から汗を流した。
「ちょ、ちょっと、休憩を……」
「安心せい。お前のしてほしいことは我がやってやる、存分に求めるがいい。それに、苦痛など感じなくなるほどの快楽を与えてやるからな……麻酔のような、快感を」
スペルビアはその場に膝を突くと、有無を云わさずジョゼフの股間に顔を寄せた。
剣を打ち払われたことによる痛みはスペルビアには残っていないのか、あっという間に慣れた手つきでジョゼフの下半身をむき出しにする。
「口ではどういおうと、やはり男はこうなるものだな……もうガチガチではないか」
「うっ……」
純白の手袋をはめたスペルビアの指先が、勃起した一物に絡みつく。粘膜に伝わるさらさらとした布の感触にジョゼフは切ない声を洩らした。
手袋越しでもわかるほど、スペルビアの指は剣を扱うものとは思えないほど美しいものだった。触感こそ普通の女性より硬さがあるものの、たこや傷のようなものは感じられない。楽器でも扱うような繊細な動作で竿をさすっている。
すりすりと軽く撫でられて、肉棒の硬度は簡単に頂点まで達してしまった。それを見て、スペルビアは口元を持ち上げてからかうように眼を細めた。
「どうした、まだ触れただけだぞ。この様子では、また無様に我の中で果て続けることになるのではないか?」
「こ、今回は大丈夫ですっ」
「そうか? ならば、試してやろう……まずは、我の口でな」
妖艶に微笑んだスペルビアは唇を舌で舐めると、唾液の糸を引く口を開いて――一息に肉棒を呑み込んだ。
「うわ……っ」
ペニスが生暖かい口の中に包み込まれて、思わず腰を引いて声を洩らした。
「ふふ……っ、どうした、まだ……んっ、口に含んだだけだぞ? 唾液で濡れただけなのに、そんな気持ち良いか?」
舌がぬるりと雁首に絡みつく。もしこれが以前のジョゼフだったなら、既に射精していたことだろう。アンナマリアやレリアたち、高位淫魔たちに弄ばれた経験がなければ、もうこの時点で勝負は決していた。
けれど、このままで耐えきれるとは……。
手を握りしめて必死に射精感を堪え、尿道に舌を差し込まれてかき乱される脳内で勝機を探っていると、ジョゼフははたと気がついた。
「……あっ」
「くく、どうした? 今頃気付いたか?」
ペニスの根本を握りながら顔を上げたスペルビアの顔はにしてやったりというものだ。
当たり前のことにジョゼフはようやく気がついた。
スペルビアの口淫にいくら耐えたところで彼女にはなんら快楽は与えられない。このままではやがて射精してしまい為す術なくスペルビアに搾精されるだけなのだ。
「し、しま……っ」
「慣れないことはするものではないよなあ。さて、まずは一発出してもらおうか」
じゅっ、じゅっ、と喉の奥まで亀頭を誘いこむと、スペルビアの柔肉でパンパンに膨れあがったペニスが圧迫された。
――ダメだ、我慢、我慢しないと……っ!
「ほらほら、我慢は躯の毒だぞ? 口が物足りないなら、そうだな、胸でしてやろう」
スペルビアは胸を覆っていた革の鎧を外すと服の下から胸を溢れさせて、唾液に濡れたジョゼフのペニスへ押しつけた。
剣術をおこなっているために引き締まった肉体についた乳房は控え目なものだったが、逆にその小ささがアンバランスな卑猥さを醸し出していた。高潔な女性騎士の柔らかい胸に亀頭を押しつけられた背徳的な光景と伝わってくる快感の暴力に、ジョゼフはがんばりもむなしく屈してしまった。
「……っ、う、うわあああっ」
どくっ、どくどく……。
そうして、ジョゼフはスペルビアになんら快感を与えることもできず無様に射精してしまった。
「う、うわ……っ、で、て……っ」
腰が引けてくずおれそうになるのを、スペルビアの手が背中に回され支えられた。
「なにも出来ずに出してしまったなあ? それで、こんなに敏感になってしまって……もうなにも出来ないのではないか? 我の中にいれたらそれだけで射精してしまいそうだな」
唇を濡らす精液を舐めとるスペルビアの仕草に、ジョゼフは愕然とした。麻薬のような快楽で脳内を犯されて朦朧となった思考でも、取り返しのつかないことになったのは重々承知できていた。。
男が淫魔に性技で勝つというのはほとんど不可能だと云われていた。挿入した時点で男は圧倒的に不利であるのに、挿入前に射精をさせられて敏感になったペニスでは淫魔の中では一秒とて耐えられない。
つまり、こちらは真実、万に一つの勝目もなくなってしまったのだ。
「さて、もう戦いだなんて気にしないで、あとはたっぷりと我の中を味わって貰おうか」
とんと胸を押されてジョゼフは尻餅をついた。抵抗しようと思ったときには既にスペルビアが馬乗りになって抑え付けている。
「逃がすと思うか?」
「ちょ、待……っ」
スペルビアはジョゼフに顔を寄せて、頬に熱い息を吐きかけた。
「却下だ」
人差し指と中指の間で挟み込まれたペニスをヴァギナに宛がい、スペルビアは腰を落とした。
ずぷっ、とペニスが呑み込まれると、そこは以前体験したあの快楽の坩堝そのままだった。
「あっ、また、で……ううう!?」
肉棒に伝わる甘く暴力的な快感に目の前が真っ白になって、ペニスは爆発した。
淫魔の躯に慣れていたはずなのに、一度射精して敏感になったペニスは一瞬たりとも耐えることができずに精を放出することとなった。
「あ、く、ぁ……」
躯から力が抜けて、ジョゼフは地面の上で無防備に脱力した。その間にも膣肉が手を擦りあわせるように蠕動を繰り返し、ペニスは脈打って精をスペルビアの中に放出し続けていた。
「ははっ、腰を動かしてもいないのだがな……いいぞ、そのまま出し続けろ。安心しろ、死んでも蘇生してやるし……いや、そうだな。夢心地のまま逝かせてやった方がいいかな。痛みは感じさせないでやろう」
腰を挑発的にスペルビアが振ると、そのたびに捩れた膣でペニスを何度も丹念にしごきあげられて精液を搾りとられていく。
「う、うぅううう……」
自分から腰を振ることもできず、したとしても自分の射精を助長することにしかならない。快感で真白く染め上げられる頭と未熟な経験の中では、スペルビアという高位淫魔を打倒する手段は見あたらない。
「ふふ……今、どんな気分だ? 云ってみろ……それとも、もう口もきけぬかな?」
スペルビアが腰を振りながら、指先でジョゼフの腕を撫でた。鋭敏になった感覚のせいで、腕がもうひとつの陰茎にでもなったような感覚で嬌声をあげてしまう。
「どうした、ここを撫でられただけでそんなに感じたか?」
腕に触れられただけで震えていることを手に取るように悟られて、イっているだけでなく恥ずかしさで躯が熱くなり――
――腕?
ジョゼフの脳裏で稲妻のように思考が弾けた。
腕、右腕、操作……。
栄光の手の能力は腕の時間を加速させるものだった。しかし、本来なら外部の時間を操作する魔術道具なのである。ならば、その本来の能力が失われているはずはない。
それに、時間を操作できるなら、もっと対象を限定した変化もできるはず――。
薄れる意識の中で辛うじて掴んだ思い付きだったが、ジョゼフはその賭けにでる覚悟を込めた。
右腕の触感が戻っているのはスペルビアに撫でられて快感を受けられたことで判っている。それでも終わらない射精で巧く動かせない腕を持ち上げて、スペルビアの胸に触れた。
「ふふ、そんなに胸が……我のおっぱいが触りたかったのか。甘えん坊だな」
手に伝わる弾力ある感触と耳に吹きかけられる甘い囁きに脳を蕩けさせられながら、ジョゼフはきわどいところで目的を実行する。
(……定義:外部加速三倍――)
そして、スペルビアの乳輪を指でなぞった。
「……ひぃう!?」
霰もない声をあげて、びくりとスペルビアの躯が跳ねた。とっさに何が起こったのか判らずにスペルビアは目を何度も瞬いている。
(もう一度――今度は、五倍――)
下からスペルビアの乳房を持ち上げて、控え目に握った。
「なぁ!? なっ、なんだ……これは!?」
躯に走り抜ける今まで感じたこともない快感に、スペルビアは嬌声とも悲鳴ともつかぬ声を洩らした。顔を赤らめ、熱くなった肌からは汗が流れ出た。
ジョゼフがしたことは、スペルビアの感度を加速――というよりも増幅させたのである。
この栄光の手は正確には時を操っているのではなく、指定した倍数分の速度を実現させられる程度まで力を増幅するものなのだ。人の睡眠欲求を増幅させて眠らせたり、そしてこの場合なら相手の躯の感度を上げて指定した倍数分まで快感を増幅するという、それがジョゼフの思いついた応用方法であった。。
「これなら……いける!」
右腕の骨が軋む感覚、それでも腕の速度を加速させていたときと比べればまだまだ軽い。内部加速のときは腕そのものが無茶な動きを要求されたため、物理的な負荷も押しかかっていたのだ。現状の外部加速ならば腕にかかる負担もずっと軽減されていた。
普通に胸を撫でられるものよりも五倍もの快楽を唐突に与えられれば、さしものスペルビアも動揺を隠せなかった。
「くっ、お前、いったいなにをしている!?」
だが、身構えられたらそこは高位淫魔、簡単に対処されてしまう。
あとは短期決戦あるのみ――。
一物をがっしりと銜え込んだスペルビアの性器へと右手を滑り落として、陰核に親指を押しつけた。
「そうか、その右手で!」
完全に気付かれた。つまりこれが最後の一回――
(外部加速……)
軽くなったと云っても右腕の消費がなくなるわけではない。けれど、これが最後の好機というのなら、後先帰り見ずに全力を注ぎ込むのみ。
「……一〇〇倍!」
ぐっと陰核を親指で押し込んだ瞬間、ジョゼフに跨っていたスペルビアの躯が仰け反った。
「ひうっ!? な、こ、これは……これは……こ、この我がイ、イクな……ど……っ、ば、馬鹿な……ぁ、あああああっ!」
陰核から伝わる膨大な刺激がスペルビアを貫いて、膣は愛液を迸らせながらペニスを更に強く締め上げる。
「うあ、き、つ……っ、あああっ」
さらに強められたマシュマロのような膣の圧力に、ジョゼフもまた何倍も強い快感の波を受けて精巣に残った精液の滓までも噴き出させた。
思わず左手でスペルビアの腰を掴んでの射精。体内に流し込まれる精液を、放心していたスペルビアは今までの清廉さとも淫蕩さとも違う緩んだ表情で飲み干していた。
「はは……我がイって、こんなに、出されるとは、な……はは……」
精液を吐き出しきって身動き一つとれなくなったジョゼフの上で、スペルビアは満足そうに自身の下腹部を撫でた。
「なんだ、我よりもお前の方が余力がないではないか。これではあと腰を一捻りしてしまえば正真正銘、お前は果ててしまう他ないようだな」
「そ、そんな……これじゃ、足りなかったなんて……」
増幅された快感で達したスペルビアであったが、それでも精液を出し切ったジョゼフと比べれば余裕は残っていた。例え普段では考えられないほどの刺激でイかされたとしても、高位淫魔をそれだけで屈せさせることはできなかったのだ。
「さあ、お命頂戴といかせてもらおうか」
「う……っ」
ジョゼフは目を閉じて死を覚悟した。
しかし、
「なんて、冗談だ。この勝負、我の負けよ」
そういってスペルビアはジョゼフのペニスを引き抜いてふらふらと立ち上がった。
「淫魔が人間にイかされるなど恥以外のなにものでもない。それにくわえて剣でも一本とられたとあっては、ここで引くのが潔いというものだ」
きっぱりと云いきって、スペルビアは地面に置いていた革の鎧を拾い挙げる。胸にべったりとついた白濁液を手袋で拭うと、上から鎧を装着した。
スペルビアの着替え姿を見守って、ジョゼフはなんとも云えない感慨に襲われて口ごもる。
「団長……その、なんといったらいいか」
「なにも云わずともよい。我は我の中で定めた勝敗条件と照らし合わせた上で負けたと判断したのだ。これ以上やっても我が虚しくなるだけで何も満足感は得られん。それともなにか、お前は我にトドメを刺されることが望みか?」
「い、いえ、滅相もない」
スペルビアに見下ろされ、ジョゼフは残された力を振り絞り頭を振った。
その慌てぶりに苦笑し、スペルビアはジョゼフに背を向ける。
「……どこへ?」
「淫魔らしく、自堕落に国を放浪するさ。ではな弟子よ。我たちの躯にのめり込みすぎるなよ」
スペルビアの姿が唐突にかき消えた。気配が完全になくなったのを感じて、ジョゼフは深い溜息をついた。
「今まで……どうもお世話になりました」
誰も聞いていないのはわかっていつつも最後に呟き、自分の役目を果たせた安心感で意識を深緑の中に預けた。
Second battle.
ジョゼフ VS. スペルビア
Winner ジョゼフ
To be continued Last battle...
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11月中には完成していたのですが、風邪を惹いたり人を出迎えたり色々な準備に追われたりと私生活がごたごたしていたために投稿できるようになるまで危うくまる一月経ってしまうところでした。といっても結局一日しか違いませんけど……。
今回は申し訳ながらご覧の有様というか、とりあえず張って置いたどうでもいい伏線を回収しましょうね回でした。その、ふつうに魔女さんが倒してくれた方がみんな嬉しかったんじゃないかな、と思いつつ、こんな流れに。スペルビアさんは初登場時に色々やらかしてくれたからこれくらいで! 文量も減りますからね!
そういうわけでがっかり仕様でしたが、次の更新で本当に最終回……ということで、久しぶりにギヨたんのエロエロで締められると思います。ギヨたんVSアワリティア、エロイ終わり方ができるように精進致します。更新は来週中にできるといいな! ……最悪再来週に終わると良いな!
レリアちゃんは基本的に今も昔も根本的な性格は変わってないようです(牢獄での会話からすると)。淫魔といえば淫魔なので考え方は敵と同じでシビアだったり脳内で生物格差なんてものがあったりしますが、魔女さんに使役されて非力な姿で過ごしているうちにマイルドにはなっているようです。
そういうわけで、みなさま感想ありがとうございました。それでは!