「――はあ!? じょ、ジョゼフくんが……拉致されたぁ!?」
閉店中のパン屋の中で、少女の絶叫がこだました。
それは牢獄での拷問から数時間遡る。
アンナマリアが広間で断頭台としての使命を果たし、夕暮れが街を血のような朱色で染め上げているとき。
ジョゼフの勤務するパン屋で聞いた事実は、レリアを驚かせるには充分なものだった。
体当たりで勢いよく扉を開けて魔女の家に転がり込んだレリアは、バンッとテーブルを叩いた。
「ど、どどどどういうことなんですかっ」
帰ってくるなり声を張り上げるレリアに、イザベラはうるさそうに片耳を塞いだ。
「どういうことと云われても、なんの話だい?」
「ジョゼフくんのことですよぉ! 軍人に逮捕されたって……どうしてジョゼフくんが?」
「……ああ、しまった。それはきっと淫魔たちの差し金だね。この家、彼女たちに監視されてるんだよ」
「そんなことは知ってますよ! まさか、なんの対策もしてなかったんですか?」
「だって、する必要もないだろう? 別に見られて困ることもしてないし」
「ああっ、もう! 先生はなんでそんなに肝心なところでずぼらなんですか!」
「そんな視線をいつまでも気にしていられるほどの繊細な神経は当の昔にかすれて消えたのだよ。むしろ、そんなに私の躯は美しいかと照れてしまうね」
「だ、駄目だこの変態……」
云って、皺のよった眉間をレリアは抑えた。
ジョゼフ拉致の一報を知ったのは、ついさっきのことである。
最初におかしいと思ったのは、いつもこの家にパンを配達に来ているジョゼフが一向に姿を現さなかったときだった。昼を過ぎてもやってくることはなく、夕刻にさしかかろうしていてもそれは変わらなかった。
夜が明けてから帰宅したものだからパン屋の主人に怒られて配達に行かせてもらえないのではないか、とレリアは考えてみたものの、あの几帳面なジョゼフがそんな簡単に折れるとは思えない。
イザベラは特に気にしておらず調べる気配がまったくなかったので、レリアは不安になって直接パン屋に出向いたのだ。
そうすれば、案の定その不安は的中した。暴行をくわえられて怪我をした店主から、ジョゼフが捕まったと聞かされたのである。
反逆罪、犯罪幇助。どれもジョゼフには似合わぬ罪状だった。あの人なつっこい子犬みたいな顔をした青年が決起するなんて本気で考えているのだろうか。いや、例え反乱の意志などなくとも捕まえてるのが今のこの国である。不安定な国家情勢、少しでも方針に異を唱える者がいればそれが不和となって国内が分裂してしまう。戦時下においては疑問を口にしただけで、悪なのだ。
そんな体制に、レリアはあきれかえってなにも云えなかった。人間はレリアにとって愛すべき食料であるが、それでも彼らの不合理さと個人の意識レベルの低さにはほとほと幻滅する。この国を動かしている人間が悉く高位淫魔によって傀儡とされていることはレリアも知っていたが、それにしても、ここまで悪辣だとは。
「なまじ自我があるから衝突や主張なんてするんですね……。あたしたちみたいに、個人主義にもなれなくて、しかも数が多いんだから……これだから人間は……!」
「キミの心配しているジョゼフも人間だってことを忘れちゃ駄目だよ? まあ、今回も淫魔が絡んでいるんじゃないかな。多分、ギヨたんに関してだ」
「あ……もしかして」
「そう、ジョゼフはギヨたんに襲われて唯一生き残った人間だ。だから、そこに何かあると踏んだのだろう。彼女たちにとって、ギヨたんは目の上のたんこぶだ。なにせ、自分たちの狩場に土足で入り込んだ異分子だからね。ギヨたんをどうにかできるなら、そこにつけ込みたいわけだよ」
「だったら、あたしみたいに直接ギヨたんと戦えばいいのに……」
「これまでは、ギヨたんの正体すらわからなかったんだよ。だけど、昨日ここに連れ込んだとき、監視の目がギヨたんを捉えて……そうしてようやく誰か判明したんじゃないかな。ほら、ギヨたんって淫魔じゃなくて無機物だろう? 探そうと思っても見つけられないんだよ。人海戦術をとっても人間じゃギヨたんに殺されるだけだからね」
「それで、ギヨたんと接点があるかもしれない子を捕まえて、餌にした……ですか。さすが、一国を簡単に手中に収めただけはある……姑息な手段ですね」
この国はわずか三人の淫魔によって支配されている。支配されているという自覚を誰にも与えず、水が土に染みこむようにしてこの国を支配下においた。水の味を知った土は、もうそれなしでは生きていけない。
個人や、極限られた数人に国家という単位が支配されるのは、別段そこまで珍しいことでもない。人間の中にも独裁者なんていくらでもいた。そして、恋に狂って破滅した支配者も。淫魔たちも、それと変わらない。いや、そうやって人を狂わせてきた存在こそが淫魔たちなのだ。彼女たちに気づけないのは、そう、影だからであり、肉欲によって人を虜にするからである。性欲に支配された者は、もう人ではなく動物なのだから。動物を優しく手なずけることは、淫魔にとって苦でもなんでもなかった。
「さて、そうやってジョゼフは捕まってしまったわけだが……キミはどうするつもりなんだい、レリア」
「決まってるじゃないですかぁ、助けに行くんですよ!」
「キミも随分と甘くなったものだねえ」
「自分の獲物を同族に奪い取られると、淫魔は誰だってこうなりますよ。吸い殺しちゃったらそれまでですけど、自分以外にされるのは癪なんです」
「なんとも重くて軽い愛だことで。で、ひとりで行くつもり? 云っておくが、私は手伝わないよ。面倒だから」
「最初から期待していません。あたしひとりで充分です。監獄の男なんて、全員食べちゃうんですから!」
「そうかい。では無事帰ってこれるよう期待しておこう――」
バンッ、とそのとき扉が勢いよく開けられた。
ふたりの目がそちらを向く。そこには漆黒のドレスを着た少女が息を切らして立っていた。
「……わたしも行く」
夕焼けが沈んで訪れた闇を背にして、アンナマリアはふたりに宣言した。
*
月明かりを受けて、牢獄が黄金色に染まった輪郭を闇夜に浮き上がらせていた。
煉瓦材の不揃いなおうとつによって複雑なパズルの形をした影を作る牢獄。その門には、ふたりの見張りが槍を携え立っている。彼らはこの牢獄の門番だった。
と、いっても。昨今、この牢獄はほとんど利用されていない国立刑務所である。要塞として使用することを視野に入れて建造されただけに堅牢なものの、囚人も大半が出所していた。
そう、大半が、である。
まだこの牢獄には何人かの囚人が投獄されていた。そのために、このふたりのような門番がいるのだ。
しかし、門番のふたりはどんな人物がここに投獄されているのか知らなかった。おそらく、この牢獄を担当している兵士たちで囚人がいる理由を知っている者の方が少ないだろう。囚人たちの世話は専属の人間たちが行っているのである。
専属の人間は、何故か豪勢な料理を囚人たちに振る舞う。その理由を兵士たちは知らない。多分、追求しない方がいいのだろうと兵士たちは弁えていた。もし、そんなことを知ろうとしてしまったら、きっと次の日には国に搬送されて広場で生首を晒すことになる。断頭台の一刀でもって。
「交代の時間は、まだなのか?」
兵士である若い男のひとりが、隣にいる同僚に尋ねた。
「まだまだ先だぞ。どうせ敵なんて来ることはない、そう肩肘張るなよ。立ってるだけで飯が食える楽な仕事だと思え」
同僚も兵士で、屈強な男だ。年の頃は四〇を過ぎており、無精髭を生やしている角張った顔は、眠そうにしかめられている。落ち着かない様子で訊ねた男とは正反対で、この男にとっては廃棄されたはずの牢獄の警護などという胡散臭い仕事は雑務と変わらないようだった。
「んなこと云っても……」
「むしろ、どうしてそんなにそわそわしているんだ? おれにはそっちの方が不思議なわけだが」
「いや、今日は珍しく人の出入りが多かっただろ」
「多いといっても、近々処刑される予定の囚人がひとりに……女中と高級娼婦に、騎士団長様じゃないか」
「おかしいだろ。組み合わせがバラバラだ。娼婦は囚人が呼んだとして、女中さんはこの牢獄の専属人たちのご同輩だって考えても……囚人を連れてくる組み合わせじゃない。それに、どうして後から騎士団長がやってくる?」
「おれに訊かれてもな」
「なんだか、嫌な予感がする。嫌な予感が……」
年老いた同僚とは対照的に、若い兵士は冷や汗を流し出す。
そのとき、枯れ草が擦れる音がした。
ふたりは弾かれて音の方を向く。不穏な話をしていたためか、門番の槍を構える動きは俊敏。
賊の集団がでたとしてもふたりだけで拮抗できそうなほどに完璧に訓練された所作。
だが、そこにいる者を見て躯から力を抜く。
枯れ草を踏んだのは、幼い少女のふたりだった。
薄着で肌を大胆に晒した焔色の髪をした少女と、腰まで届く漆黒の長髪と黒いドレスを着た少女。ふたりは太陽と月のように対照的で、そしてこの場にはまったくもって似つかわしくない組み合わせだった。
こんな時間でなくとも、この牢獄は街の人間が近づくような場所ではない。そんな場所にふたりの少女がやってきて、門番は戸惑った。
そこへ、にこり、と短髪の少女の方が兵士に微笑んで明るく声をかける。
「あのー、あたしたち、ここの人に呼ばれてお仕事に来たんですけどぉ」
「し、仕事?」
若い門番が反応すると、彼女は頷いた。
「そうですよぉ。あたしはレリアっていうんですけど、夜の相手をしろって云われて来ました」
「ああ、そういえば、今日はひとり娼婦がやってきてたな……」
「あ、それは先輩ですねー。あたしたちも同じ所から呼ばれてきたんですよぉ」
もうひとりの門番が頷いた。
「なるほど……」
確かに、夜中にこんな格好で出歩く女の子など、そういう仕事をしている者くらいだろう。しかも、こんな所までくるのは。
大方、囚人か他の兵士が呼びつけたに違いない。この刑務所には、娼婦とおぼしき者が何人も出入りしていた。兵士たちが控え、囚人たちを捕らえる牢獄としては実に規則の緩い場所だったのである。
レリアを見てそう判断した年老いた門番が黒いドレスの少女の方へと向く。
「そっちの子もか?」
「はい、そうですよー。ほら、ギヨたん、挨拶して」
「……ギヨたんじゃない、アンナマリア」
ぼそっ、と少女が呟いた。小さいが、よく通る声だ。隣の少女と比べて見た目は暗いが、声はどもることもなく自然と耳朶に吸い込まれる。
「ちょっと無愛想な子ですけど、仕事はちゃーんとこなせますからね」
「へえ、なるほど。それじゃあとっとと中に……」
「ま、待てよ。それは無防備すぎないか? さすがに、証明書でも見せて貰わなきゃ信用できないだろ」
臆病な気質から出た言葉だったが、至極当然の意見だった。表向きは閉鎖され、正式な刑務所としての機能を果たしていない場所だとしても、簡単に訪問者を受け入れることはできない。今日やってきた者たちは全員が身分を証明できるものを持っていたから立ち入りを許可されたのである。
それにレリアは目を大げさに見開いた。
「ええっ、あたしたちそんなの貰ってませんよ!」
「あー、そりゃ仕方ないな。で、誰が君たちを呼んだんだ? そいつを連れてきてやるよ」
「うーん、それよりもぉ……」
レリアは顎に指を当て、年に似合わぬ妖艶な目つきを兵士に送る。
「躯で証明した方がはやいですよね?」
老いた方の兵士に、そういってレリアは抱きついた。
「へえ、それはまた奉仕の精神が旺盛なことで……」
上目遣いのレリアと目があって、ささくれた頬が薄く笑みを形作る。相変わらず余裕のある仕草だったが、目の奥には淫魔の香りによって火をつけられた情欲の炎が燃え上がっていた。
「おいおい、こんなところで……」
突然のことに、残された門番のひとりが慌てて上擦った声を発する。ふたりの兵士に槍を構えたときの名残は最早なかった。
その兵士の服の裾を、アンナマリアが掴む。思わずふりほどこうとして、兵士は少女と目があう。
それだけで、アンナマリアの深淵な瞳に、兵士の意識は吸い込まれるように魅了されていた。
レリアは膝をつくと、男のズボンを脱がしにかかった。細い指先は慣れた手つきで動くと、あっという間にペニスを月夜の下に導き出す。両手の指が絡みついて、芋虫のような柔らかさだった陰茎は膨張した。
両手からはみ出るほどに大きくなった男のペニスにレリアが興奮で頬を赤らめる。
「あはっ、おじさんのおっきい……。娘さんと同じくらいの女の子でもこんなにガチガチにしちゃうんですね」
両手でペニスをゆっくりと擦り、エラばったグロテスクな亀頭を見つめながら訊いた。
男の一物は体格に見劣りしないもので、レリアの小さな手では握っている手の親指と中指が触れられないほどである。しばらく洗っていないのか鼻につく刺激臭を発するペニスは年相応に使い込まれているようだった。今まで何人の女性の膣をかき回してきたのかわからぬペニスが、レリアの丁寧な手淫によって掌の中で脈打つ。
「いや、おれに家族はいないんでな。娘なんてこさえる前にかみさんも死んじまった。確かに、子供がいたらお前くらいの年頃か……」
「へえ、じゃあ遠慮も罪悪感もいらないですね」
にこりとして、レリアが亀頭を一度舐めてからそれを口で銜え込んだ。口内に広がる臭いに喉を鳴らして、舌を思い切り亀頭にこすりつける。
ずるり、と力強く尿道ごとなぞる舌。
唾液をまぶしながら亀頭に累積した垢を舐めとるレリアの舌の動きに、溜まらず男も唸った。余裕のあった表情が快感でこわばる。
「う……っ、娼婦も遠慮なんてするんだな……」
「そりゃ、しますよ? だってぇ、もうおじさんはあたし以外ではイけない躯にされちゃうんですから」
「なに……」
何事か言い返そうとするが、直後に下腹部へと与えられた刺激で二の句を紡げなくなった。
唾液をたっぷりと含んだレリアの口が、男の凶器じみたペニスを呑み込んでいた。顎は外れそうなほど開かれ、亀頭が喉の奥を突いている。それでも入りきらないほど、男のペニスは大きかった。
しかし、レリアは苦悶の表情は浮かべない。大好物を頬張っているように、一心不乱に舌を動かした。
「んっ、んふっ! ちゅ……はぅ、あん……んっ」
亀頭を締め付ける喉奥の感触は膣と同じで、舌と頬肉、口蓋は女性器にはない感触でペニスを責め立てた。くるくると陰茎をなめ回す舌と、唾液で濡れたすべすべの頬肉が雁首を愛撫する。上顎の細かいくぼみはまるで襞となってペニスを擦った。
「お、おおおお……っ」
「ほら、気持ちいいれしょう? もっとあたしで感じてね、――お父さん」
男のペニスを口から離さずに、レリアは茶目っ気たっぷりに云った。
少女は何度も何度も頭を上下させてペニスを刺激する。上目遣いに男を見る目は献身的で、介護されているような気分を相手に与えた。
「ここ、こんなに膨らんで苦しそう……早くレリアで気持ちよくなってね」
髪を揺らしながら、少女は陰茎に唇を這わせ、肉の間に隠れた汚れひとつとして見逃さんとする執拗な丁寧さでペニスに吸い付く。
「娘……娘……」
「そうだよ、レリア、お父さんのためにがんばるよ?」
くすっ、と微笑んでレリアは我慢汁でだらしなく濡れたペニスをしゃぶる。
男は徐々に快感で意識が朦朧としてきた。靄がかった視界はレリア以外なにも見えなくなる。
「お父さん……お父さん……」
何度も呼びかけられる、淫靡に巨大な魔羅をなめ回す娼婦。――いや、愛娘。
急激に男の中で背徳感という名の快楽がわき上がった。
何度も女性を鳴かせたペニスを一生懸命に気持ちよくしようとする娘であるレリアの姿と与えられる快楽の凄まじさに、男はこみ上げるものをとめることができない。
「ああ、駄目だ、駄目だ、レリア……それ以上はもう……っ」
「我慢しちゃう方が躯に毒だよ。だから、ねえ。早く苦しいの全部出しちゃって……この中にあるの全部レリアに」
小さな手が男の陰嚢を包み込む。人肌のぬくもりが冷え切ったそこを暖める。娘に抱きしめられたと錯覚するぬくもりが躯を包み込み、男は親身な奉仕によって絶頂を迎えようとしていた。
「ここにある精液、全部あたしに頂戴……他の人にあげてた精子、全部」
ペニスを銜えながら淫蕩に誘惑してくる娘に、男は理性を忘れた。
「イって……お父さん?」
「う、うおおおおおおおおおおおおおっ」
びんっ、と跳ねてレリアの口から飛び出したペニスはその勢いのままに射精した。
溜まっていた白濁が鉄砲水のようにレリアの顔にぶちあたった。
「あふっ」
眉間に当たって鼻をなぞり落ちていく白い粘液。青臭い精液を男は何度も娘の顔に吐き出した。
熱い白濁液に顔を汚されながら、レリアは陶然とする。
「すごい……一杯でてる」
顎からしたたり落ちる精液を手で受け止めながら、レリアは口元にたれてきた精液を舌で掬いとると喉を鳴らして呑み込んだ。
「臭いも味も、とっても濃いよ……娘のあたしに興奮してくれたんだね? うれしい……」
肩で息をしながら呆然と見下ろしてくる男に、レリアはほほえみかける。
「でも、こっちはまだこんなに元気だね」
唾液をすり込まれてマスケット銃のように光るペニスにレリアが触れた。指の刺激に男は息を呑む。
「じゃあ、まだまだしてあげる……」
そういって、レリアは男の腰に体重をかける。射精直後で気が抜けていた男はあっさりと地面に尻餅をついた。
レリアは立ち上がると、スカートをつまんで下着姿を男に見せつける。ショーツはじんわりと湿っていた。
指をショーツの間にいれて、ずり降ろす。すると、片足を上げて脱いだショーツを男のペニスに落とした。
レリアがショーツの上からペニスを握り締める。想定外の光景に、男は釘付けになった。
「うふ……女の子の下着って布がすべすべして気持ちいいんだよ?」
その手がショーツごとペニスを掴んだまま、ぬるく動き出す。
しゅっ、しゅっ、と先程までレリアの着ていたショーツがペニスを包み込んでなで上げる。上等なきめの細かい布の縫い目ひとつひとつが、敏感となったペニスにはわかった。
娘の愛液でしめったショーツが男の精液を吸い取りながら、ペニスを拭っていく。その倒錯的な状況は、ますます男のペニスを大きくさせた。
「ああ、そんなこと……娘の下着でなんか……」
「いいんだよ、遠慮しなくても。お父さんがあたしの下着に興奮したって……嫌だなんて思わないよ? だって、こすりつけられただけで、こんなに気持ちよさそうなんだから」
わざわざ口に出すレリアに、男は嫌が応にもその異常な状況を脳裏に刻みつけてしまう。
気持ちよくなってはいけない、と理性が歯止めをかける。その焦りが、男の性感をよりいっそう高めた。
「お父さんのおちんちん、あたしのパンツの中でどんどん硬くなってるよ。やっぱり、気持ちいいんだよね、娘のパンツでこすられちゃうのが」
「あ、あああ……!」
絶望的な表情になる男に、レリアは一押しとなる悪魔の誘惑をした。
「あたしのパンツの中で、
|射精|しちゃえ」
「う、うおおおおおっ!?」
ショーツの中でペニスが爆発した。
どぷんっ、どぷんっ、とペニスが射精する。
娘の下着の中での射精の快感が、男の脳天からつま先までに背徳の稲妻となって駆け抜けた。下半身が震えて、精嚢が作り出したありったけの精液を吐き出す。その激しい精液の勢いに、愛液に濡れていたショーツが風船のように何度も膨らんだ。
心ここにあらずといった雰囲気で射精の快感に酔っている男から、レリアはショーツを取り上げる。
人差し指と親指でつまんだショーツは精液をたっぷりと吸い込んでいて、最初とは比べものにならないくらいに重い。精液をしたたり落ちさせるショーツをレリアは顔を赤らめた。
「もうっ、こんなに出しちゃって……。これじゃあ、あたしのパンツが妊娠しちゃうよ」
はむっ、とショーツを銜えて精液を吸うと、すぐに放り出す。
「どうせ妊娠させるなら、こっち……だよ?」
膝立ちになったレリアは両手でスカートをまくると、うっすらと産毛のような毛しか生えていない未成熟な女性器を男の前に見せつけた。そうやって成長しきっていないものであるのに、赤々とした秘所は男欲しさに濡れた口を開いている。
レリアは男の首に腕を絡みつかせながら抱きつく。お互いの息がかかる距離で見つめ合いながら、ゆっくりと腰を下ろした。
二度の射精を経ても頂点を向いたペニスに女陰が触れる。
「ん……っ」
吐息を洩らしながら、レリアはそのまま腰を沈めていく。
幼い少女の躯が受け止めるにはあまりに大きなペニスは、少女の躯を引き裂いてしまいそうだった。男は止めようとしても、亀頭を圧迫する膣口の刺激によって声が詰まった。
「ん……んっ!」
ぐっ、とレリアが腰に力を込める。そうすれば、愛液に濡れた膣が亀頭を呑み込んだ。
「あ、ひゃあっ!」
「うぐっ、ああ……っ」
「お父さん、苦しい? でも、入ったよ……おちんちん。もっと、奥まで、きて……」
痩躯を揺らして、レリアはさらに腰を埋めていく。一度入り口に入れば、後は奥へ奥へとペニスを導いた。
全身に珠の汗を浮かび上がらせて、レリアの躯がペニスを奥まで呑み込む。
「ああっ! 入った……奥まで、お父さんが来てるよ……すっごくおっきいのがっ」
男の首に抱きついたまま、レリアは苦しげな顔で嬌声をあげた。
己の一物によって目と鼻の先で悶える娘の姿に男の中で完全に箍が外れた。
レリアと唇を重ねる。舌と舌を絡める蕩けるほどの深いキス。
ふたりは興奮に昂ぶって、向かい合いながら獣みたいに相手の口を求める。その対面して座り込んだ状態のまま、ふたりは腰を振った。
「ふっ、んっ、ああっ!」
レリアの白い肌が何度も何度も男の腰を叩きつけられ、赤く腫れ上がる。その痛みすら感じないのか、レリアも夢中になって腰を振っていた。
ぎゅうぎゅうにペニスを締め付ける膣は、その襞を余すところなく肉棒に絡みつかせる。愛娘の熟れた蜜壺の心地に、男の頭の中は完全に真っ白になっていた。もう、娘のこと以外なにも考えられなかった。自分のペニスから子種を絞り取ろうとする女としてのいやらしさに意識は埋もれていった。
「お父さん……頂戴! お父さんの精子頂戴! いっぱい、いっぱい精液注いで!」
狂ったような懇願は興奮を衰えることのない速度で空へと誘っていく。
男はレリアの、娘の腰を掴んで突き上げる。ペニスに絡みついてくる膣の感触は今まで抱いたどの女よりも、妻よりも遙かに馴染んでいた。このまま肉棒と一緒に躯が溶け出してしまいそうな暴力的な快感。
「ああ……っ、あああああああがああああああ――――ッ?!」
耐えられようわけもなかった。
娘の膣内で男のペニスが精液を吐き出した。精子をたっぷりと含んだ精の塊を子宮に撃ち出しながら、男は腰を止められない。この娘の躯が何よりも愛おしい。
射精しながら与えられる快楽に狂った男のペニスは止まることのなく射精を続かせる。
男はとっくに人間らしい思考を放棄していた。今はもう娘の躯が与えてくる極上の快楽を享受するだけだった。
「あは……ごちそうさま……お父さん?」
全身に広がっていく精を満喫して、レリアは動かなくなった男に妖しく語りかけた。
「ふう、まずひとりっと」
ん、と息を吐きながら腰をあげたレリアは満足気に深呼吸をして男から離れた。門番の男は地面に倒れ、もう身動きひとつとらなかった。
「ギヨたーん、そっちは……」
レリアはアンナマリアたちの方へと振り返り、一度言葉を詰まらせる。
「……大丈夫、だったみたいですね」
漆黒のゴシックドレスをまったく乱していないアンナマリアがそこに立っていた。彼女の足下にはもうひとりの門番が倒れている。レリアに弄ばれた門番と同じ末路をたどったことは想像に難くなかった。
衣服をまったく乱さずに相手を倒す、その手際の良さは以前のアンナマリアにはなかったものである。これまでは躯の並外れたスペックで相手を圧倒していただけなのに、そこへ技量が追従している。行為に慣れた、という言葉だけでは済まされない。前日と今日では、まさに別人だ。
成長というよりは、並外れた環境適応能力による技能の吸収と云った方が正しい。その生態にレリアは期待と不安がない交ぜになった感情を抱く。続いて、嫉妬。
「……って、なに考えてるんですか、あたし」
頭を振って感情を追い払う。別に、アンナマリアに嫉妬する要素はない。そのはずだ。
レリアは淫魔で、だからひとりの男に執着しすぎるといったこともないのである。だから、断じて嫉妬する原因は彼が原因ではない。自分に言い聞かせながら、アンナマリアに声をかけた。
「この門番の人から鍵見つけましたよ。ホント、管理がずさんですねぇ……だから、はやく行きますよぉ」
「……わかった」
口を尖らせたレリアに声をかけられてうなずき、足を踏み出す。
それが、急激に力を失う。足から力が抜けて、アンナマリアは地面に膝をついていた。
「――っ」
アンナマリアは頭を抑えて苦悶に声を洩らす。
「ちょ、ちょっとギヨたん? どうかしたんです?」
さっきまでの不機嫌さはどこへやら。いきなり倒れたアンナマリアに、レリアは慌てて駆け寄った。
しかし、アンナマリアは首を振って差し出される手を断ると、おぼつかない足取りで立ち上がった。
「別に、なんでもない。ちょっとつまずいただけ」
「つまずいたって、そんな感じじゃ……」
それに、とレリアは指摘できないことを心の中で呟く。
――顔、真っ青じゃないですか。
「なんでもない……本当になんでもないの」
顔を背けて、アンナマリアは門へと歩き出す。その言葉が嘘であることは誰の目にも明かだったが、頑なに否定する彼女にレリアはこれ以上追求することができなかった。黙ってアンナマリアの背中に続く。
レリアが門の錠前に鍵を差し込むと、カチリと音を立てて解錠を知らせる金属音が落ちる。ふたりが分厚い木の門を押せば、蝶番を軋ませながら門は開いた。
壁にかけられたランプの明かりで橙色に照らされた、闇の沈殿する牢獄の中。
門の開く音に反応したのか。通路に人の気配が集まってくるのをレリアは感じた。
牢の見た目に反して、思ったよりも常駐している人の数はずっと少ないようだ。それでも、牢獄ひとつを相手どるのは並大抵のことではない。
男たちの気配に、レリアは興奮で唇をなめる。
「なにもないっていうなら……行きますよ、ギヨたん。全員、吸い取っちゃいましょう」
「やってみせる」
こうして牢獄ひとつを陥落させるべく、レリアとアンナマリアは通路の奥から現れる男たちに向かっていった。
牢獄といっても、ここは既に廃棄目前の場所であるようだった。
「ふう……これで、えっと、何十人目でしたっけ」
まあいいか。と自分のつぶやきに結論づけて、レリアは自分の掌で果てて倒れた男から離れる。彼女の背後にある通路には死屍累々と精液を吐き出した男たちが床に伏せていた。
乱れた服装を直そうともせず、控えめに膨らんだ胸を露出したまま、レリアは手についた白濁液を舐めとる。精液に含まれた多量の栄養素は、淫魔の躯に馴染み易い。そのため、摂取するだけで全身に活力が漲った。
「こんなに精液を搾ったのは何年ぶりですかねぇ……質より量も悪くないです」
レリアは秘所から床に流れおちる精液を手で受け止めて、舌で舐める。幼い躯を精液まみれにしてのそんな仕草は、男を妖艶で幼い魅力の虜とするにはあまりあった。
「ん……んっ」
声の方にレリアが振り返ると、そこでは四つん這いになったアンナマリアが後ろから男に突かれていた。
フリルをあしらった黒いドレスのスカートをはしたなく捲り上げられたアンナマリアは、白い臀部が赤くなるまで男に腰を叩きつけられている。何かに取り憑かれたように男が少女の膣にペニスを出し入れすると、漆黒の長髪が揺れて甘い芳香が漂った。
「おおあ……ぅあああああっ!」
絶叫して男がアンナマリアの中に精液を吐き出した。
そうして、糸が切れたマリオネットのように男は仰け反って倒れる。白目を剥いた男の下半身は痙攣しながらアンナマリアの膣に精液を一滴残らず吐き出した。
「は、あぁ……んんっ」
アンナマリアは立ち上がりながら男の一物を引き抜く。成長しきっていない未成熟な性器には渇く間すら許されない愛液と精液の混じりあう混合液がべったりと付着していた。
さすがに体力のある兵士たち、それも砦兼牢獄にいる全員を相手にしてしまえば、急激に成長しているアンナマリアですら消耗を余儀なくされた。これが国にいるただの市民であるならいくらでも相手にできるのだが、そこは戦闘訓練を受けた人間であるだけのことはある。なにをするにも力強い限りだ。
さらにアンナマリアが不利な点をあげるとするなら、淫魔であるレリアと違って精液での体力回復が望めない点だ。栄養源にはある程度なるものの、淫魔のような急激な回復ではない。人間のそれの範疇である。
「そろそろ限界ですかぁ、ギヨたん」
「……まだまだ、問題ない」
からかう声音のレリアの言葉を突っぱねて、アンナマリアは廊下の先を行く。レリアもその一歩後を続いた。
ふたりがこの牢獄にやってきてどれほどの時間が経ったのか。疲労はしているものの、ふたりの手腕は男なら舌を巻いて手も足も出せないほどで、既にほとんどの兵士らしき者たちを撃退していた。
レリアとアンナマリアの靴音が廊下に反響する。人数を狂わせそうな跳ね回る音は不気味だ。
そこでふと、レリアがアンナマリアの背中を見る。
ここまでは休むことなく男を手玉にとっていたためになにも聞くことができなかったものの、こうして小休止を置いてみるとレリアの中で疑問が首をもたげ始めた。
どうして、アンナマリアはここにやってきたのだろう?
レリアがこの牢獄に来たのは、云うまでもなくジョゼフが捕まってしまったからである。彼に対してどんな感情があるかは一先ず置いておくとしても、知り合いが同族に不当な拉致を受けたとあっては納得いくわけがない。
ただ、アンナマリアにはどんな理由があってここにいるのか。国家殲滅の復讐をかかげるほどの断頭台である彼女が、人を助ける道理がいったいどこにあるのだろう。
「どうして」
「ん……?」
「どうして貴女はここに来たんです?」
返答はなかった。云いあぐねてでもいるのか、アンナマリアは沈黙している。
「貴女がジョゼフくんに執着する理由が、あたしにはわかりませんよ」
答えが返ってくるのを待たずに、レリアは踏み込む。
「今朝だって、別れるときに喧嘩してたじゃないですか。しかも、原因はジョゼフくんにも結構ありますし。わざわざ自分を危険に晒してまで来るようなことじゃないでしょう」
「レリアもここに来てる。どうして?」
「あたしの話はしてません」
聞き返されてもレリアは動揺しなかった。心が巌のように硬くなっていた。
だから、遠慮無くアンナマリアに踏み込める。
「もしかして、自分の好きな人の弟だったから、なんて。そんなことのためだけなんです?」
「……っ」
何事か言い返そうとして、結局アンナマリアは意味のある言葉を紡ぐことができなかった。図星だったのか、どう返せばいいのかわからなかったのか。レリアの追求にアンナマリアは無力だった。
「まあ、淫魔のあたしが云うのもなんですけど。もし別の男のためにジョゼフくんを助けて満足しようっていうんなら、今すぐ帰って欲しいですね。正直云って、目障りです」
「それは、その」
初対面からしてふたりは良好な関係とは言い難かったが、こうしてはっきりと拒絶の意志を見せられたのは初めてだった。アンナマリアは人と仲良くしようだなんて一切考えていなかったが、こうして面と向かって宣言されると予想以上に衝撃を受けてしまう。
それとも、衝撃を受けてしまうほどに今の自分は心に隙があったのか。
「……教えて。レリアがジョゼフを助けにきたのは、なんで」
今度は話を逸らすためのものではなく、純粋に知りたかったからアンナマリアは訊ねた。それがレリアにも伝わって、彼女も誤魔化すことはしなかった。
「そうですね……えっと、うん、……もうっ、どうしてあたしまでこんなに恥ずかしいこと思わなきゃいけないんですか」
「なに?」
「彼を、あー……放っておけないからです! これ以上云わせないでください!」
さっきまで平気で男たちを弄んでいた様子からは想像もつかない初心な反応をレリアは見せた。そんな様子だけで、アンナマリアにも充分意図することは伝わった。
「そっか……」
頷いて、またしばらくアンナマリアは黙った。といっても、いつ誰がやってくるかわからない状況である。黙っていたと云ってもものの数秒程度だ。
「わたしが来たのは、レリアの云ったような理由もあるの。もういないあの人の面影を見たから、それで、ここまで来ちゃった」
「なら……」
「でもね、それだけじゃないよ」
アンナマリアはレリアの言葉を遮る。
「あんなことを云ってくれたのは、初めてだったから。迷惑だと反発しちゃっても、あんなに優しい言葉をかけてくれたのは……本当に初めてだったから。しかも、わたしのせいかもしれないなんて知ったら、もういてもたってもいられなかったの」
アンナマリアはジョゼフとの口論を思い出す。なにも知らないで、という怒りは今もある。一言どころかもっと文句をいってやりたいと思う心情はずっと残っている。けど、それを伝えられないでずっと胸にわだかまらせておくのは嫌だったし、それに、嬉しくなかったと云えばそれも嘘になるのだ。
断頭台から人になれるようになったとき、アンナマリアに味方と呼べる人はいなかった。気を一時でも許せる相手もおらず、愚痴や不安をこぼせる場所もない。自身の裡に溜まるフラストレーションを発散させる手段を一切持っていなかったのだ。箱の鼠と一緒で、暗い世界でひとり蹲っているしかない。
自身を実体化させた魔女イザベラとて、面識があるだけで味方と呼ぶには分不相応である。彼女はトリックスターで、観察者だ。舞台の仕込みをする機械仕掛けの神であり、自分の用意した世界で役者がなにを演じるか楽しむ観客なのだ。人の形をしていながら、雲の上にいるような存在。頼ろうなどと安易に思えるわけがない。
国家殲滅なんていう思想がそれに拍車をかけて、アンナマリアはいつだって孤独で、自分だけが唯一信用できる存在だった。
なのに、あんな言葉を。あんな顔でかけられてしまったら。どうしたらいいのか判らなくなってしまったのだ。
「わたしのやっていることとか、相容れない相手だっていうのは判ってるの。でも、このまま何も出来ないで終わってしまう方が……ずっと嫌だった」
「まったく、断頭台っていうのはそんなに不器用でつとまる仕事なんですか? 呆れちゃいますよ、ホントにもう……」
レリアは苦笑いを浮かべた。ただ、今までのように含みはない、清々しさすらある苦笑だ。
「それともうひとつだけある」
「へえ、それはなんです?」
「直接わたしを狙ってこない腰抜けたちの腰を本当に抜かしてやろうかなって」
アンナマリアがレリアを振り返って、愉快気に微笑んだ。そんな彼女が面白くて、レリアもつられて噴き出した。
「あっはは! 意外と大胆なこと考えてるんですね、ギヨたん。いいですよ……ならそれにあたしも乗らせてもらいます。人の獲物に手を出す奴は、馬に蹴られて地獄に落ちろ、です」
「勝手にすればいい。あと、最後にひとつだけ」
「はい?」
「ギヨたんいうな」
ふたりはさらに奥へ奥へと進んでいく。兵士たちは粗方蹴散らしてしまったのか、あとは静かなものだった。
「それにしても、これはいったいなんなんです?」
歩みを止めないで、レリアは左右にある牢屋を見回した。
鉄格子の中はほとんどが空だったが、たまに囚人が投獄されているものがある。
真新しいシーツのベッドと、敷居で隔離されたトイレ。しかも牢の中はそこそこの清潔さを保っている。この国の人間はあまり清潔にしようという意識の薄い人種である、とレリアは認識していたので、きちんと掃除されている囚人の居住環境には違和感があった。
牢の中にいる囚人たちは、どれも大人しい。場に似つかわしくないふたりを見かけても眉ひとつ動かさなかった。ただただぼんやりとしている。
「……まるで、ペットの小屋みたい」
アンナマリアが、その不気味な光景の感想をつぶやく。
「あながち、それ、正解かもしれませんね」
周囲を見渡しながら、レリアは賛同した。
「おおかた、淫魔たちが廃棄予定の牢獄を使って食料庫としているんでしょう。生かさず殺さずの愛玩具。まさしくペットですね」
「悪趣味」
「その通りで……って、なんでそんな目であたしを見るんですかぁ!? 同じ淫魔でもしませんよ、こんなこと!」
疑いの眼差しで見られて、レリアは慌てて反論する。
ガチャッ、とそのとき金属が擦れる音が弛緩した空気を震わせた。
ふたりが身構える。
周囲にあった牢屋の鉄格子が開いていた。
中から、おぼつかない足取りの男たちが現れる。
虚ろな目をした男たちだったが、どれも躯つきは囚人とは思えないほどしっかりとしている。
現れた囚人の数は、八人。ここまで兵士たちを打ち破ってきたふたりにしてみればたいした数字ではない。
「伏兵、ってところでしょうか。この程度で止められると思われるなんて、あたしたちも舐められたものですね」
「関係ない……結局、吸い殺しちゃうんだから」
「あはっ、それもそうですね!」
自分へと手を伸ばしてきた男の腕を掴んで引き寄せると、レリアはそのまま唇を奪った。柔らかい唇を触れさせ、舌を入り込ませる。口の中で動き回る小さな舌に、男の背筋がビクンと震えた。
「キスは得意なんですよ。みんな、すぐにイってがっかりさせないでくださいね?」
くすりと笑って男を誘うと、四人の男がふらふらと蜜へ近づく蝶のようにレリアに群がっていく。
残りの四人は、なにもせずともアンナマリアの方へと吸い寄せられていた。
「……瞬殺してあげる」
挑発的な笑みを浮かべて、アンナマリアも男たちを受け入れるように両腕をゆるゆると開く。例え妖しげな者たちであっても、相手が男ならもう負ける気がしていなかった。
男のひとりがアンナマリアを背中から抱きしめる。手がドレスの上から薄い胸を撫でて、お腹の方へと降りていく。意識があるのかどうかも端から見れば定かではない男の手の動きは、それでも女性に慣れたものだった。
アンナマリアの口から吐息が洩れる。
「えっ?」
躯が反応したことに、彼女は自分でも驚いた。男からの愛撫で感じたことは今までなかったのである。
動揺している間に、三人の男の手もアンナマリアを捕まえていた。
男たちの手のひとつが下半身にのびた。スカートの中にいれられた手が秘部をなぞる。ショーツ越しに這っていく指の手つきに、肩が跳ね上がった。
「ひゃっ!? な、なにこれ……」
その疑問に、同じく快感で躯をよじらせるレリアが答えた。
「う……ちょっと油断してました。この人たちは淫魔たちのペットなんです……彼女たちを悦ばせるための方法を骨の髄まで叩き込まれているんでした! それこそ、性技以外のことは忘れてしまうくらいの勢いで!」
アンナマリアのショーツを下げて、男の指が小さな割れ目に入り込む。与えられた刺激に、躯が前に傾いだ。
「ふぁっ! そ、そんな……それだけでこんなに簡単に……?」
「い、淫魔と何度も交わったら嫌でも巧くなりますよ、しかも覚えさせることを前提にしていたら。快感に耐性までできちゃって、生半可な刺激じゃ感じなくも……ふつうは淫魔と一回もすれば死んでしまうから考慮外ですけ、ど……ひゃっ、ちょ、ちょっと人が話してるときに手が早……っ」
淫魔であるレリアも頬を紅くして、男の愛撫に声をあげた。
予想外の伏兵だった。ふたりにとっての敵は、あくまでも他の淫魔たち。牢獄攻略の際に躯を重ねる男たちのことは単なる障害であり、いかに時間と体力を温存して突破するか、の計算にいれているものであったのだ。
アンナマリアを囲う男たちが、虚ろな目のままに下半身を露出する。現れた一物はどれも既に勃起していた。使い込まれた凶悪な代物を向けられて、思わずアンナマリアは躯を震わせる。
長い髪の毛を掴まれて、顔をペニスに近づけられた。汚臭を漂わせる肉棒にアンナマリアの視線が集中すると、男は小さな少女の口の中に亀頭を押し込んだ。
「んぐ……っ」
いきなり口内にいれられたモノの大きさで、苦しさに目を細める。その間に、背中側からアンナマリアに抱きついていた男がそのドレスに手をかけていた。ずるり、と果物の皮でも剥ぐようにドレスが降ろされる。ぴんと淡い色の突起をもった、新鮮な裸身がさらけ出された。
わずかな膨らみの胸を男の手が撫でる。正気を保っていないように見えながら、一番敏感なところには触れない動き。今まで無理矢理するか、されるかしてきたアンナマリアにとって、男から焦らされるのもまた初めての経験だった。
「んんっ、ふ……じゅう……っ」
口の中で暴れるペニスと胸を這う手つきに脳が痺れる。アンナマリアが反撃しようする前に、今度は残りのふたりが動いた。
ひとりがアンナマリアの下で寝転がると、その細い腰のくびれを掴む。腕によって引き寄せられる先には、物欲しげに脈打つペニス。
亀頭と女性器が触れて、濡れたアンナマリアのそこは容易く男自身を呑み込んだ。
「んぐっ、んっ、んーっ!」
熱く、硬くなったペニスに跨らされて、アンナマリアの目が大きく開く。口と、腰の下から突き上げられてくるペニス。ここに至るまで相手にしてきた屈強な兵士たちの肉棒とは違った動き。そして、二本だけでは終わらない。
ずっと後ろから抱きついていた男がアンナマリアの小さなお尻の谷間に陰茎をこすりつけた。臀部に触れた熱い肉の感触にきゅっと穴がしまる。そこへ男は亀頭を押しつけ――力尽くで押し込んだ。
「んあふ……っ」
アンナマリアの秘所から流れ出した愛液と、ここに来るまでに受け止めた兵士の精液で濡れていたアナルは男の肉棒を受け入れた。すぐに腰が動き出して、お尻に男の腰がぶつかる。
穴という穴を塞がれたアンナマリアの躯を男の肉棒が暴力的に突き上げた。
自分より一回りも二回りも大きな男に挟まれて腰を振らされ、口内をペニスに蹂躙される。いやらしい粘液の混ざる音と肉と肉がぶつかる音が牢獄の中で反響した。
男の腰の上で跳ねまわる少女の躯に、最後の一本が押しつけられる。いれる穴がなくなったペニスは、亀頭をアンナマリアの小さな胸にこすりつけた。
我慢汁を胸にすり込むペニスを見て、アンナマリアはゆっくりと手を伸ばす。そのペニスを掴むと、首を振って口内の肉棒を吐き出した。
「どうせなら、二本とも……」
ふたつのペニスを掴んで、アンナマリアは一度に両方の亀頭を口にくわえた。
熱に浮かされて口の周りを唾液まみれにしながら、アンナマリアは長髪を振り乱して熱心に亀頭に吸い付く。陰茎の部分は手でしごきあげると少女から与えられる快感にペニスがさらに膨れあがった。
レリアの方も、状況は似たようなものだった。こちらは仰向けの体勢にされて膣とアナルにペニスをねじ込まれ、口で肉棒を慰めている。男の腰が動いて亀頭が膣を掻き分ける度に幼い躯が激しく揺れた。
「う、動きが速すぎますよぉ……そ、そんなんじゃ……」
かすれ気味の声は男たちに届いていないのか、理不尽にも益々腰のペースは増していく。膣肉を太いペニスが掻き分けていき。
「そんなのじゃ……あっという間にイっちゃいますよ?」
レリアがくすりと笑って、口をすぼめながら腰を捻った。頬肉が中のペニスを圧迫し、膣とアナルは捩れて中のペニスを思い切り締め付けた。
瞬間、
どぷっ、どくっ、どくん、と四本のペニスがそれだけの動きで一気に限界へ達した。
二本のペニスが弾丸のように吐き出した精液がレリアの口から飛び出して口周りを生クリームみたいに汚し、顎から首もとへと流れ落ちる。秘部とアナルはきゅっと締まって、ペニスから吐き出され続ける精液を一滴たりとも逃さなかった。
「あはっ、ほらほら、一杯出してくださいね……ペットちゃん?」
淫魔たちに鍛えられた男たち。
忘れてはいけないのは、淫魔によって性に耐性ができているといっても所詮ペットとしてしか使われていないという点だ。
性技が多少巧くとも、飼い主からしてみればかわいいかわいい愛玩動物でしかなく、よって男たちは少女たちにペニスを挿入した時点で既に勝負は決していた。
「ん……イく? ならイかせてあげる……死ぬまで」
アンナマリアはペニスをくわえたまま上目遣いで男たちに微笑むと、陰茎を扱く手の動きを早める。少女の小ぶりな手はマッサージでもされているような適切な力加減でペニスを握り締めて、亀頭を舐める舌と唇は膣と同じ吸い付きで、それに男が耐えられるわけもなかった。
「はい……終わり」
悪戯な口調で、思い切りペニスを握り締め、
二本のペニスが跳ね上がり、アンナマリアの顔に向けて思い切り精子を噴き出した。
目を細めたアンナマリアのからかうような、それでいて冷ややかな面立ちを白濁とした子種が汚す。熱い粘液を顔に吐き出されながら、陰部とアナルを掻き分けているペニスに意識を移す。
今まで適度に緩めていた力を、一息に腰へと込める。急激に高まった締め付けの力は、気付かぬうちに限界付近で留まっていた男たちを簡単に天へと引き上げた。
「イっちゃえ」
騎乗位で腰を振っていたアンナマリアの中に、男たちは精液を注ぎ込まされる。精液を呑ませる側だと思っていた男たちは、いつの間にか精液を捧げる側へと堕ちていた。
「それで……ペットって何回くらいイけるのかな」
「さあ、試してみるしかないんじゃないですかね? ……時間もないので、手早く、ね」
アンナマリアとレリアが目を合わせて、口元を持ち上げる。
いくら女を悦ばせる知恵を身に着けていたとしても、ペニスを相手に許した時点で、男たちはただ搾取されるだけの存在となっていた。いつも、淫魔たちにされているように。
あとには吸い尽くされて乾涸らびた死体が残るのみだった。
服を整えたふたりは牢獄の中を駆け抜けていた。
ランプで照らされた廊下に長い影を作りながら、アンナマリアとレリアは奥へと向かって足を動かす。
「倒すのは難しくありませんでしたけど、絶倫すぎて時間とられちゃいましたよぉ……ほら、ギヨたんももっと急いで!」
淫魔たちの愛玩動物は徹底された体調管理でもされていたのか、吸っても吸っても精が尽きなかったのだ。ただ搾精されて、しかも長い間淫魔たちを悦ばせるための状態。まさしくペットと呼んで相違ない。質の良い精を放つものだから、レリアは時間があればもっと楽しみたいくらいだった。
「わたし、運動、苦手なの……!」
息を切らせながらアンナマリアは走っていた。額には汗が浮かび、男たちと交わっているときよりもよっぽど大変そうに見える。
「男の人とはあんなに運動してる子がどの口で云ってるんですか。あたしみたいに早く走れないんですかぁ?」
「それはっ、走ってるっ、じゃなくてっ、飛んでるって云うの!」
レリアが背中から生やしたボロ布のような羽根を指さして声を荒げた。アンナマリアの云う通りで、レリアは宙に浮いて滑空していた。
「あたしたちの業界では、これを走っていると云うのです」
「なんだか釈然としない……」
ない胸を張ってふんぞり返るレリアに、アンナマリアは非難を込めた視線を送った。けど、どんなに不満だろうともレリアの云う通りで、時間がないのだから走るしかない。断頭台から人の身に変化したアンナマリアは、ひとつの事柄を除き身体能力は人間並なのだ。レリアのような便利能力はない。
急にレリアの顔付きが変わる。むっ、と眉を寄せて、この先の闇を睨んだ。
「この甘い匂いは……ご同輩の気配! ここを抜ければ、きっとジョゼフくんもそこにいるはずですっ!」
闇の奥には大きな扉があった。
ふたりは勢いに任せて同時に扉を蹴り飛ばした。
音を立てて開いた両開きの扉から中へとなだれ込む。
そこは開けた空間だった。廊下が狭いわけではなかったが、ここは壁際に並べられたランプだけでは全貌を照らすことができないくらいに、広い。
アンナマリアとレリアの目に飛び込んで来たのは、広間の中央に立っているひとりの女性だ。
髪の長い、物静かな女性である。露出を恥じるように肌を隠した衣装は聖職者のようで、牢獄には不釣り合いな姿だった。その姿にアンナマリアは意表を突かれたが、レリアはその女性の正体を一目で見抜いていた。
「絶対に気を抜いちゃ駄目ですよ、ギヨたん。あれは淫魔……かなり高位の淫魔、強欲のアワリティア……七大淫魔の、アワリティアです!」」
今までにないほど真剣な表情で警戒心を露わにするレリアに、女性は柔らかい表情で頭をさげる。
「あら、名乗るまでもありませんでしたか。さすがに、同じ淫魔ともなれば名も知られてしまっているのですね。ええ、その通り。私がアワリティアです」
ジョゼフはどうなっているのか気になってアンナマリアは早く動きたくて仕方なかったが、目の前の女性がそれをさせなかった。アワリティアと名乗った彼女の一挙手一投足、それはゆったりとした遅さであるはずなのに、迂闊に動けないほどの威圧感があったのだ。レリアの云う通り油断をすれば、そのときにはなんらかの勝敗が決している。先程の男たちのような虚仮威しではない恐ろしさがアンナマリアにもわかるほどにアワリティアから発せられていた。
「そして、奥にいるのが色欲のルクスリアと傲慢のスペルビアです。貴方たちが中々やってこないものですから、ふたりとも奥で盛ってますわ」
アワリティアの浮かべた笑みは寒気がするほどに凄惨で、アンナマリアは胸の内側が急激に凍り付いて行くのを感じた。
広間の奥に目を懲らす。暗闇に慣れていた目が、奥の牢で動く人影を捉えた。
「ジョゼフ……っ」
その光景に目を瞠った。
男ひとりと、女性ふたりが絡み合って乱れていた。男はジョゼフで、その顔に生気はない。白目を剥いた男の躯に女性ふたりが群がっている形である。
ジョゼフの上で凜とした整った顔立ちの女性が腰を振っていた。もうひとりの女性はジョゼフの腕にしがみつきながら、胸板に舌を這わせている。
組み敷かれた逞しい躯が震える。女性の中で果てていた。離れていても香ってくるほどの精子の臭い。よく見れば、その牢にいる女性ふたりは精液まみれだった。いったい、何百回と射精すればあそこまで精子で汚れることができるのか、検討もつかない。
「いったい彼も何度目でしょうか、絶頂してしまうのは。もう痛覚どころか、全身の感覚さえあるかどうか。脳の神経も全部引きちぎれてしまっているかもしれませんね」
「離して……はやく離して!」
「そうです、ジョゼフくんを離しなさい! ただの人間を捕まえる理由もないでしょう?」
ふたりの要求に、アワリティアは笑顔のまま応えた。
「それは聞けない要求ですね。彼にはこの場にて、見せしめのためにも果てていただきます。ええ、正しい意味で果ててもらうのです」
「見せ、しめ……?」
アンナマリアの問いに首肯する。
「ええ。貴女が、最近この辺りで男を吸い殺している方ですね? 困るのですよ……そういうことを勝手になされるのは。この国はどの施設も組織も掌握しましたが、外国の教会に悟られると面倒なことになってしまうのです。負ける気はしませんが、対異端者用の騎士団というのもありますからね」
「だからって、なんでジョゼフを?」
「貴女にとっては、なにがしかの意味がある相手かと思いまして。どうやら、正解だったようですね?」
アンナマリアは答えられなかった。こうして危険をおかしてまで助けに来たのは事実であるし、否定するような理由はない。それに違うと云っても、ジョゼフが解放されることは万に一つも考えられなかった。
「なに、そう睨まないでください。なにも私たちは争おうという訳ではありません。貴女と……そうですね、そちらの同族さんにも提案があるだけなのです」
「あたしたちに提案、ですか?」
アンナマリアとレリアの顔を見て、アワリティアは背後の狂乱には一切目を向けずに会話を進める。
「はい。どうです、私共と手を組みませんか? そうすれば、精を啜るなとはもうしませんよ。ちょうど、この国をまわすのには三人だけでは面倒になっていたところだったので」
予想外の提案に、ふたりは押し黙った。口を開かないアンナマリアとレリアに、アワリティアは言葉を続ける。
「悪い条件ではないと思いますよ。そちらの淫魔も、どうやらあの魔女に下僕として使役されている様子。これを機に下克上でもどうです?」
「それはそれは……魅力的なお誘いですね」
レリアが薄く笑った。その表情を見て、まさか、とアンナマリアは躯を強ばらせる。しかし、そんなアンナマリアにレリアは片目をつむった。
「でも生憎と、あたしは自分の力だけで先生を屈服させてあげるのが夢なんですよ。他人の力を借りて勝っても消化不良で死ぬまで胃が痛くなっちゃいますからねー。だから、お断りさせてもらいます」
そうやって、レリアは笑顔で高位淫魔の誘いを一蹴した。
返ってきた答えに、アワリティアはわずかに表情を曇らせた。
「そうですか、それは残念です。では、ご自身がここでどうなるか……わかっていますね?」
「わかりませーん、なにされちゃうんです?」
明かに格上の同族を相手に、レリアは臆せず挑発する。
「いいでしょう。では、そちらの貴女は?」
アワリティアの目がアンナマリアの方へと向いた。
「その前に、ひとつだけ」
「なんでしょう?」
「さっき見せしめ≠ニ云った。……どうせわたしたちが承諾しても、ジョゼフは殺すつもりだったのね?」
断頭台として生まれてから数年の間、破格の人数を処刑してきたアンナマリアは悪意には特に鋭敏な触覚を持っていた。だから、ずっとアワリティアの言葉が引っかかっていたのである。
その追求に、アワリティアは一切動じずに頷いた。
「ええ、おっしゃる通りです。どちらにしろ、彼はここで死んで貰うつもりでした。たかが人ひとり、わざわざ特別視して生かしておく必要もないでしょう? 彼の代わりもまた、沢山この世にはいますから」
「じゃあ、わたしの返事も決まってる。……お断りよ、貴女のくだらない口車に乗ってやるつもりは微塵もないわ」
「そうですか、それは残念です。……スペルビア! ルクスリア!」
アワリティアが大きな声をあげて淫蕩に耽るふたりの名を呼んだ。
「もう遊びはいいでしょう? 実行させなさい」
「まったく、我はまだ楽しみ足りないというのに……」
「えー! 結局ボクは入れさせてもらってないんだよ!? こんなのあんまりだー!」
文句を云いながらも、ふたりはジョゼフから離れた。スペルビアとルクスリアが離れると、ジョゼフの躯は床に投げ出されて動かない。もうあの状態で生きていると呼ぶことすら正しいのか、言葉の定義が混乱しそうになる。
スペルビアが文句をいいつつも、指を鳴らした。すると、広間の奥から兵士がひとりやってくる。その手には抜き身の剣が握られていた。
スペルビアが、兵士に命令した。
「首をはね、殺せ。苦しませぬよう一刀でな」
さっ、とアンナマリアとレリアの顔から血の気が引いた。
「やっぱりそう来ますよね……! でも、素直にそんなこと許すと思ってるんですかっ!?」
「貴女の方こそ、私たちが素直に邪魔させると思っているのですか?」
アワリティアが酷薄な笑みを刻む。
アワリティア、スペルビア、ルクスリア。どれもこれも一目見ただけで只者でないことはわかった。全員がアンナマリアとレリアよりも強く、そしてそれが三人も立ちふさがっている。どれもこれも、飛び抜けた淫魔有数の実力者。その三人を突破して人ひとりを助けられるかといえば――そんなの、無理に決まっていた。
抜き身の剣を掲げて虚ろ目でジョゼフへと近づいていく兵士。ひとりだけ残っていたらしい淫魔たちのペットはジョゼフの横に立つと、剣を振り上げた。
このまま振り下ろせば、無防備はジョゼフは躱すこともできずあっさりと首をはねられる。
首を――。
心臓がうるさい、とアンナマリアは思った。
さっきからなにも云えていなかった。まるで言葉を忘れてしまったようだ。人の姿になってまだ日も浅い、人間らしい機能を忘れてしまうのも、らしいといえばらしいな、とくだらないことを考える。
どうしよう――。
汗が全身から噴き出す。興奮からでも、運動したからでもない。ただただどうしようもなく不安で、怖くて、恐ろしくて、躯が涙を流すように汗を噴出している。
嫌な汗だ。こんな機能が人の躯にあるなんて体験するまで忘れていた。こんなに気持ちの悪いものとは思わなかった。
今から駆けだして、間に合うだろうか。
……間に合うかもしれない。
けれど、それも邪魔が入らなければの話。淫魔三人が見逃してくれるわけもないし、そもそも真っ向から戦って勝てる相手ではないと対面して身に染みるほど自覚した。
人間である限り、もうジョゼフを救うことはできない。
首がはねられる。処刑人のように、彼のように。弟もその末路をたどるのだ。他でもない自分の目の前で、そして弟は自分のせいで。
剣が振り下ろされる。
刃は首に向かって一直線に落ちていく。
鋭い振り下ろし。
ああ、でも――自分ならもっと美しく刃を打ち下ろせるのに、とアンナマリアはうそぶく。
人であっても、断頭台であっても、結局人を目の前で失ってしまうのなら、自分の刃で綺麗に殺してあげたいのに。
――断頭台?
ふと気がついて、アンナマリアは笑いそうになった。
そうだ、断頭台だ。
自分がなんであったかを思い出した。
わたしは――断頭台なのだ。
グキッ、と関節の軋む音。アンナマリアは右手の指をかぎ爪のように曲げる。それをレリアが見て、あっ、と声を出した。
そうである。今も人の姿をしていても、アンナマリアは断頭台であり、処刑機具であり、絶対的な死を宣告する理不尽の象徴なのだ。
レリアはアンナマリアと邂逅したときのことをすぐに思い出した。
あのとき、突然建物に亀裂が走った。
まるで、斬撃のような。
まるで、大きな刃物で切ったような。
では、それが刃であったと過程して――その刃はどこにあって、どこにいったのか?
答えは簡単だ。凶刃は常に目の前にあった。誰も気がつかなかっただけで。
レリアは一瞬、アンナマリアの腕が巨大な刃になるのを幻視した。陽炎のように揺れる刃が腕に纏わり付く姿を幻想した。
だが、それは幻覚などではなかった。それこそが、最初から、彼女の真の姿。
アワリティアが息を呑んだ。
その瞬間、アンナマリアは虚空に向かって腕を振るっていた。
一迅の疾風が空を裂いた。
あらゆるものを引き裂いて、一切の命を区別なく処罰して、その名において安楽の死を与える刃が疾った。
剣を振り下ろしていた兵士が異変に気付いて振り向こうとして、躯が動かないことに気付く。
それもそのはずである。
兵士には、既に躯と呼べるものはなく。上半身だけの姿になって、自分の下半身を見上げ――それが最後に見たものだった。
「あ……」
急にアンナマリアの躯から力が抜けて、床に倒れた。
「ぎ、ギヨたん!?」
呆然としていたレリアははっと我に返り、慌ててアンナマリアを助け起こした。
アンナマリアの顔色は悪い。浅く呼吸を繰り返し、目を見開いて自分の躯を抱きしめていた。
「なんだ……今のは?」
スペルビアが怪訝な表情で死体となった兵士とアンナマリアを交互に見る。武闘派として名高いスペルビアは空気の歪みひとつとして見逃さずに一部始終を見届けていた。故に、アンナマリアが腕を振るった瞬間に斬撃としか呼べないものが空を疾駆して兵士を切り裂いたと正しく認識していた。だが、それがどうして起こったのかは理解できない。彼女はアンナマリアの正体を知らなかった。
「これは――いけません。ああ、まさか、まだこんなところにまで王の栄光がちらついているだなんて……! 確かに、この私が殺したはずなのに! 息の根を止めたはずなのに! 死者の分際でまだこの私を虚仮にするだなんて……!」
一度も余裕を崩さなかったアワリティアが、頭を抱えて取り乱していた。もうレリアやアンナマリア、ジョゼフのことなど頭の中にはないようだった。
滅多にないアワリティアの豹変に、ルクスリアが目を丸くする。
「ど、どうしたのアワリティア? そんなに血相変えて……おかしいよ?」
「これが驚かずに居られますか! とにかく、一時退却です!」
「えっ、でもあの娘たちは?」
「今はいいのです、ともかく一刻も速く離れなければ……」
「ジョゼフはどうするのだ?」
「置いておきなさい、今追ってこられたらこちらが困ります」
スペルビアとルクスリアは怪訝な顔をしたが、それでもアワリティアの珍しい様子のために頷いた。
三人は他の者に目もくれず舞い上がると、はめ殺しの窓を叩きわって夜空へと消えていく。レリアはそれをなにもせずに見送って、小刻みに躯を震わせるアンナマリアの背中を撫でた。
「ホント、ギヨたんと一緒だと退屈しませんね……」
レリアの軽口に返ってくる言葉はない。いつの間にか、アンナマリアは目を閉じて眠っていた。
「……ギヨたん云うなって、返してくださいよ」
急に不安になって、レリアはアンナマリアの手を握りしめた。
気絶したジョゼフとアンナマリア。逃げ出した高位淫魔たち。
どうやら、自分の知らぬことがあるらしい――。
ただひとつ判ることは、なにやら嫌な予感がするということ。なにかが始まり、終わろうとしていること。
レリアが頭を上げると、窓の向こうに月が見えた。窓という額縁に切り取られたような三日月。
「月は無慈悲な夜の女王……なんて、ね」
三日月は、地上の人々を笑っているように見えた。
第三章/了
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