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ギロチン少女マジカル☆ギヨたん その5

 目覚めは暗闇の中だった。
 アンナマリアが意識を取り戻したとき、外にはまだ闇の帳が降りていた。そう長くないうちに陽が空に昇るのであろうことはなんとなく躯の調子でわかるものの、それでも人が目覚めるにはまだ早い。
 天井の木目を見つめて、どうしてこんなところにいるのだろうか、とアンナマリアはぼんやりと思考する。
「……あっ」
 意識をなくす直前のことを思い出して、アンナマリアは躯を起こした。何故か彼女はベッドの上で寝ていたが、もちろん見覚えはない。そもそも、ベッドで寝た経験など断頭台であるアンナマリアにはないことだった。
「あの後、どうなったんだろう……?」
 レリア・キッスとの戦いで疲弊のあまり、今まで眠ってしまっていたのだ。
「お目覚めかい、ギヨたん」
 声をかけられて、アンナマリアは弾かれたようにその方へと振り向く。もし誰かの家に運び込まれていたとしたら面倒だと思ったのだが、そこにいたのは魔女イザベラだった。
「……ギヨたんいうな」
 見覚えのある人物でアンナマリアはほっと胸をなで下ろして毒づいた。好意を抱くような人物ではなかったが、今は安心できる。
「ここが貴方の家?」
 アンナマリアは部屋の中を見渡す。断頭台として過ごしてきたために人の家がどうなっているかの知識はなかったが、殺風景だと感じることはできた。
 寝室だからなのか、目立つ家具は置かれていない。それにしてもベッド以外には本の山しかないのは少々異常だった。イザベラのことだから、そのようなものには頓着していないのだろう。
「そうだよ。まあ、家というよりは、寝床といった方が正しいかもしれないけど。別に愛着はないからね」
「そういうものなんだ」
「少なくとも、私の方はね」
 イザベラの言葉には、自分以外の者も住んでいることをほのめかしていた。
「もしかして、あのレリア・キッスっていう子もここにいるの?」
「ああ、私の助手だからね。今はジョゼフと一緒に別の部屋で寝ているよ。ギヨたんは流石に起床が早かったね。断頭台の朝は早いということかな」
「茶化さないで。……酷い目にあったんだから」
 後半の文句は羞恥心で小さくなっていた。同性に感じさせられて、最後には気絶してしまったのだ。初めての経験に頬が恥ずかしさで熱くなるのをアンナマリアは抑えることができなかった。
 初心な反応にイザベラは笑みを浮かべてアンナマリアに答える。
「仕方ないじゃないか。キミがジョゼフに手を出さなければレリアも襲いかかることはなかったんだ」
「……せっかく、楽しんでたのに」
 アンナマリアはベッドで足を抱えて、膝に顔を埋める。レリアによって与えられた感覚は確かに得難いものであったものの、ジョゼフとの性行を邪魔されたことはまだアンナマリアの心の中で尾を引いていた。
「本当、貴方の知り合いに関わると碌なことにならない」
「私はなにもしてないじゃないか。そんなに詰られる謂われはないよ? そもそも、私がこうやって助けていなかったら、ギヨたんたちは今頃詰め所にお持ち帰りされて乱交パーティーでも開かれていただろうさ。それに、キミはレリアに感謝した方がいいかもしれない」
「……なんで?」
 むすっ、とした不機嫌さを隠そうともせずに、アンナマリアはイザベラを睨み付けた。レリアに感謝することなどまったく見あたらない。むしろ、愚痴を申したい気分だった。
「彼はジョゼフと云ってね。キミとしては因縁を感じずにはいられない名前だろう、ギヨたん」
「ジョゼフ・ギヨたんとでも云いたいの? それよりも質問に答えて」
 その視線を何処吹く風で受け流し、イザベラは逆に問い返した。
「キミ、ジョゼフを見て不思議な気分にはならなかったかね」
「不思議な気分……」
 そういえば、どうして自分はあんなにも熱中して行為に耽っていたのだろうか?
 イザベラの云うことに心当たりはあったが、理由は思い浮かんでこない。
「ううむ。わからないか。ならストレートに答えを云うとだね。ジョゼフはキミの世話をしていた処刑人の弟だ」
「……え?」
 あまりにもあっさりと告げられて、アンナマリアは目を丸くした。なにを云われたのか理解できなかったのである。
「処刑になんて興味のない私がキミを見つけたことを、そもそも不思議には思わなかったのかい? ジョゼフの兄が処刑されるからと聞いて、その日だけ足を運んだんだよ。そうでなければ、キミは今でも断頭台のままさ」
「そ、それ、どういうこと!? だって、あの人は自分に血縁はいないって……」
「そうだね、彼は弟が死んだと思っていただろう。なにせ、ジョゼフは一度森の中で死にかけたんだ。右腕をばっさりと持って行かれてね。そこを私が通りがかって助けてあげたのさ。ジョゼフはその後、兄には会わなかったようだから、残された血痕だけを見て死んだと判断したのだろうね」
「そんな……」
 アンナマリアの体温が一気に下がり、考えたくもないことが胸の裡で膨れあがった。
 もしかして、わたしは彼の家族を、殺すところだった?
 処刑人を殺した総意に反逆すると決めた。ならば、国家に所属する総ての人間を自らの手で殺すとアンナマリアは決心を固めていた。
 あのときの行為とて例外ではない。如何に愉しんでいたとしても、逃がす気など毛頭なかった。事実、レリアが妨害していなければ間違いなくジョゼフを殺していた。
 命とは常に平等だ。生き方、人生に違いがあれど、命の重さ自体に違いはない。聖人も、奴隷も、殺せば死ぬ。よって等価値である。断頭台として産まれて、幾多の首をはねてきたアンナマリアの中に血と共に染みこんだ思想だ。
 にも関わらず、処刑人の弟を後一歩で殺すところだったこと、殺してしまっていたときのことを考えると、足が竦んでしまった。
 躯を硬直するアンナマリアにイザベラが声をかける。魔女はいつでも冷静にして冷徹だった。
「別に、考えなかったわけじゃないんだろう? 国をひとりで総て滅ぼすということは、自分に関わった関係者だろうが、彼らの家族だろうが、区別なく殺すことだって。それとも、殺す人間を選ぶのかい、断頭台であるキミが。命を分別なく刈り取る断頭台のキミが」
「……やめて」
「もし自分の気に入る人間だけを残して殺戮をおこなうというなら、それはなんて傲慢な行為だろう。そもそも、人殺しの処刑道具に命を測って分ける自由など元よりありはしないのに」
「やめてって云ってるの!」
 ぶんっとアンナマリアは枕を投げつける。
 真っ直ぐに飛んできた枕をイザベラは身を逸らして簡単に避けてしまった。
 すっかり機嫌を悪くして蹲ったアンナマリアを見て、イザベラは大仰に肩を竦めた。
「別に虐めるつもりで云ったわけではないんだけどね。ただ、キミが当初語っていた国家惨殺の理念と相容れないから、こうして忠告してみたというわけさ。中途半端な気持ちで国民を皆殺しにするなんて、そう出来るわけがないだろう? 彼らだって生きているんだから死にものぐるいで抵抗する。それこそ、あらゆる手段でね」
 今度は黙ってイザベラの話を聞いていた。
 アンナマリアの中には、今も弱まることのない国民への怒りがある。自分に処刑人を殺させた者たちの意志を許すことはできない。
 見せ物として、娯楽として、殺されてしまった実直な彼。この世は弱肉強食と誰もが嘯く。そうして、国民の精神の安寧を維持するために弱者である彼は殺された。殺される方が悪いのだ、と云ってしまえばそれまでのことだ。アンナマリアもその生まれからして、死に対して感傷を抱くわけではない。生死の哲学をおこなうこともしない。
 けれど、大切だった人が奪われたことに対する怒りはどうすればいいのだ。
 仕方がないと割り切らなければいけないのか。殺された方が悪いのだと死を許容しなければいけないのだろうか。
 国民がそういうならば、その総意ごと斬って捨てる。
 そうして歩み出した道であったはずなのに。その過程で、彼が大切にしていたであろう人を殺さなければいけないとしたら――。
「どうすればいいの……」
 アンナマリアは声の震えを隠すほどの余裕すらなかった。明確な自意識を持って活動してからの日が浅い彼女に、この問いは重すぎた。
 割り切って殺してしまえばいいのか。――けれどそれはただの思考放棄だ。
 割り切るということは、なにかを捨てることだ。悩みを解消するために、悩みを捨てることだ。思考を削り落とすことだ。苦悩するのは美徳ではないが、悩まないで愚直に猛進するということは、考える葦であるところの人を止めたということに他ならない。
 人を殺すように、こんなものすら斬れたらいいのに。そう思っても、彼女の鎌は思慮を両断することはできなかった。
「どうすればいいか悩むというなら、なにもしないという選択肢もあるよ。ここで止めてしまえばいい。復讐劇はここでお終いだ」
「それは……」
 それが、一番いいのではないか、とアンナマリアは思った。
 彼のために、彼が好きだったものを壊すのは、本末転倒も良いところだ。処刑人のために復讐する、聞こえはいいが、それは自らのやり場がない怒りを放出するための手段である。自己の充足のために、大切な人の大切なものを殺す。どこまで云っても満たされるのは自分だけだ。
 死んだ人に操を立てても、仕方のないことである。
 でも……けれど……、そんな風に思考がぐるぐると少女の小さな頭の中で回っていた。
「もうすぐ朝だよ。ギヨたん、広間に戻っておかなければならないんじゃないかな」
 イザベラに声をかけられて、窓の外が白み始めていることに気がついた。いつもならばどうでもいい人殺しの仕事が始まる夜明けなのに、今は太陽を無くしてしまいたくなるほどに恨めしい夜明けだった。
 でも、いかないと、処刑は凄惨なものに取って代わるだろうことは判っていた。一枚一枚爪を剥がし、肉を抉り、生きながらに内臓を引きずりだし、あらゆる苦痛を罪人――あるいは罪人のレッテルを貼られた人が受けるのだ。使命感などなかったが、それでも許したくはなかった。
 アンナマリアは無言でベッドから抜け出すと、イザベラの横を通り抜けて扉のノブに手をかける。
「広間の方へ行きたいなら、ここから北に真っ直ぐと進むと良い」
 答えるのも億劫で、アンナマリアは小さく頷くと扉を開けた。
「……あっ」
 少年が驚いて声をあげて、アンナマリアもびっくりして立ち止まった。
 扉を開けた先には、あの金髪の少年――ジョゼフがいたのである。
 改めて、アンナマリアは目の前の少年の顔をまじまじと見つめた。金髪碧眼、それは処刑人と同じで、云われて見れば彼の面影がジョゼフにはある。高い鼻に、彫りの深い精悍は顔立ち。どれもが処刑人を彷彿とさせた。
 ただ、処刑人はお世辞にも明るいとは云えない寡黙な男だったのに対し、ジョゼフは溢れんばかりの快活さを持った少年だった。そのせいで、このふたりに血の繋がりがあると想像できなかったのである。見た目は似ているが、中身は正反対だ。
 アンナマリアにじっと見つめられて、ジョゼフは顔を赤くする。少ししか見ていないつもりでも、それなりに長い間眺めていたらしい。
「えーと、さっきはどうも」
 恥ずかしそうにもじもじとしているジョゼフがアンナマリアには不思議だったが、自分が彼と何度も性行していたことを思い出して納得した。そういえば、自分と寝た男と話すのはこれが初めての経験だった。そう考えるとアンナマリアも急に居心地が悪くなる。しかも相手が処刑人と同じ顔をしているものだから、その恥ずかしさも大きい。
 表情には出すまいと気を払っていたからだろうか。アンナマリアはおかしなことを口にしてしまう。
「気持ちよかった?」
「え!?」
「なんでもない。忘れて……お願いだから」
 本当に、なにを訊ねてしまったのだか。意味を自覚してアンナマリアは顔から火を噴きそうになってしまった。無表情を必死に守っていても、顔だけ真っ赤になっていればやせ我慢だとは誰の目にも明かである。
「あはは、ジョゼフは童貞だからそういうこと云ってもまともなことは返ってこないと思うよ」
「ちょっと! どうしてそんなこと知ってるんですか、魔女先生!」
「それは私が魔女だからさ」
「説得力凄いですよね、それ」
 イザベラに云われて恥ずかしさに顔を手で覆ったジョゼフだったが、咳払いをして膝を曲げるとアンナマリアに目線を合わせた。
「えっと、アンナマリアちゃん、だよね。魔女先生に聞いたんだけど兄さんの大事な子なんだよね」
「それは……」
「ジョゼフはギヨたんよりほんの少し早く目が覚めたんでね。ちょっとだけなら話してあげたんだよ。大丈夫、肝心なことは云ってないから」
 つまり、アンナマリアが断頭台であるということは話していないのだろう。もっとも、話したところで信じるかどうかは別のことだったが。
「肝心のこと?」
「女の子には男の子に秘密があるのさ。それで、なにか用があったんじゃないの?」
「あ、そうでした」ジョゼフは改めてアンナマリアに向き直る。「えっとね、兄さんはあんなことになっちゃったけど……きみまで自棄にはならないでね」
「自棄?」
「いや……ほら、さっきみたいなこと」
「別に、自棄でやってるわけじゃない」
 自分が悩んでいた事柄にずけずけと入り込まれて、アンナマリアは眉間に眉を寄せる。気分を害したのがジョゼフにも伝わったのか、青年は困った顔になった。それでも、ぶれるような気配はない。
「わたしは、わたしの好きでやってるの。他人にとやかく云われる筋合いはないんだから」
「なんであんなことやってるかなんて、そりゃ聞かないけど……。兄さんなら絶対に止めるはずだよ」
 ジョゼフの口から処刑人のことがでてくると、どうしてかアンナマリアは平静でいられなかった。自分は産まれてからずっと彼のことを見てきたのに、いきなり出てきたジョゼフが知った風な口を聞くのが、許せない。
 脳裏に浮かんでくるのは、いつも寂しげな顔でアンナマリアの刃を拭う処刑人の姿。ついぞ最後までアンナマリアはそれ以外の表情を見ることは叶わなかった。
 いつだって、自分はひとりだと呟いていた。本当は、弟が生きているのに。彼がずっとそう思い込んでいたのは、どうしてだか知らないが、ジョゼフが自身の生存を隠していたからだ。明かしていたら、少なくとも死の間際まで嘆きすらしないなんてことはなかった。
「うるさいっ、その兄に自分のことを隠してたくせに!」
「それは……」
 予想外の追求にジョゼフは瞠目する。口を何度か開くが、それは水面に浮かんだ魚のように動くだけだ。
 肩を怒らせてアンナマリアが玄関の方へ向き、ジョゼフに背を向ける。
「あ、待って! 危ないから送っていくよ!」
「あんなによがってたくせに指図なんてしないでよ!」
「ちょっとぉ!?」
 顔を赤くして慌てふためくジョゼフには目もくれずアンナマリアは廊下を早足に歩き出す。
 咄嗟にジョゼフは彼女の肩に手を伸ばすが――空を掴むだけだった。
 避けられたのではない。途中で、伸ばす手がとまってしまった。ジョゼフの耳の奥には、アンナマリアの台詞がずっとこびり付いていて、彼女を捕まえることをためらわせた。
 玄関が乱暴に開かれる音でジョゼフは放心状態から復帰する。もう彼女は家にはいなかった。
 未だに腕を伸ばしたままだったことに気付いて、ジョゼフは苦笑しながら腕を降ろす。それは一度森の奥で切り落とされた右腕だった。
「嫌われちゃったな」
 自嘲気味にジョゼフは洩らす。普段のまぶしいくらいに浮かべている笑顔はそこにはない。もしアンナマリアがまだここにいたのなら、その顔は処刑人にそっくりだと思っただろう。
 一部始終を見ていた魔女が部屋から出てきて、廊下の壁に寄りかかる。
「あれは嫉妬だよ、嫉妬。そんなに気に病む必要はないと思うよ」
「嫉妬、ですか?」
 嫉妬される心当たりがなく、ジョゼフは首を捻る。リスみたいな動作にイザベラは微笑した。
「ああ、嫉妬だよ。彼女がこの世で一番長い時間一緒にいたのは、キミのお兄さんだ。それはね、つまり彼が世界の中心だったというわけだよ。どんなものでも、自分の一番大切なものを中心としてグルグルと世界を回すのさ。だから、自分よりも処刑人と絆の深い者がいることを許せなかった」
「そんな、嫉妬されるようなことなんてぼくにはないんだけどな。兄さんとの繋がりは、血縁であるってことくらいですよ」
「それが彼女にとっては誰よりも重いのさ。彼女は誰とも血が繋がっていない」
「孤児ってことですか?」
「そんなところだよ」
 断頭台だから、とはイザベラも云わなかった。
 それでも、どれだけアンナマリアが血の繋がりを重く見ているかはジョゼフにも伝わっただろう。自分と血を分けた存在がいない、その重圧に。
 血縁が誰ひとりといないとしても、所詮は他人と呼ぶ者もいる。確かに、人がこの世に生まれ落ちた時点で主観は自分ひとりのものであるし、母との縁もへその緒を切れば目に見えなくなる。親と子、兄妹の繋がりなんて、結局は自己防衛のために必要とされる最小のコミュニティでしかない。
 人間にとってはそうでも、アンナマリアにとっては違った。便宜上、自分を作った者を親とするなら、いる。だが、血は繋がっていない。
 人は遺伝子を連綿と受け継ぎ、継続性を持っているものの、アンナマリアは違う。突如としてこの国に生まれた、誰との繋がりも持たない正真正銘の新しい子供。
 彼女は産まれたときから庇護してくれる者すらおらず、復讐に身を焦がすだけの、孤独な人だった。
 そんな彼女にとっては、血縁という繋がりは誰とも得ることができない。空に手を伸ばしても太陽を掴めないように願ってやまない渇望だったのだ。
 ひとりだと悲しそうに云っていた彼にも、弟がいた。それが、彼女には複雑だったのである。処刑人が世界の総てだったのに、血の繋がりという自分では絶対に得られない絆で彼と結ばれている者がいることは。
「あの子にとって、血縁っていうのは本当に特別なんだ。なのに、自分が生きていることを黙っていた。それも許せないんじゃないかな」
「まさか。ぼくはいない方が兄さんも楽だったと思いますよ」
 ジョゼフは笑みを浮かべながら首を振って否定した。
「そういえば、あの子はどこに住んでるんですか? 兄さんの代わり……なんておこがましくて云えませんけど、そんな話を聞いたら尚更心配ですよ」
「広間の辺りにいると思うけど、見つからないと思うよ。夜になればまた会えるんじゃないかな」
「そんなに街角に立ってるんですか。珍しい話じゃないですけどね」
 そういうわけではなかったが、イザベラもわざわざ訂正して余計ややこしくする気はなかった。夜になればアンナマリアが必ず街を徘徊しているのだから、嘘は云っていない。
「じゃあ、ぼくはそろそろお暇させてもらいます。店長たちも心配してると思いますし、営業準備を手伝わないといけないんで。あっ、レリアちゃんにもよろしく云っておいてください!」
「ああ、気をつけたまえよ。なんだか嫌な気配がするんでね」
「あはは、魔女先生らしい忠告ですね。肝に銘じておきますよ!」
 そういって、ジョゼフは騒がしく廊下を駆けていく。その背中を見送って、イザベラは溜息を吐いた。
「さて、今日は助手の機嫌が悪そうだ」

 ずっと部屋の扉に寄りかかって廊下の話を聞いていたレリアは特徴的な頭髪を弄りながら、呟いた。
「最後の最後で思い出したように云うんだから」
 こつん、と踵で壁を蹴った。
「ジョゼフくんの、ばか」

     *

 時刻は数刻ほど遡る。まだ深い夜がこの国を覆っていたときの王城、その一角で密やかに狂乱の幕が開かれようとしていた。

 入浴行為は、躯に水を浸透させ脆弱にする行為とされた。
 少なくとも、この国では風呂に入ることで躯を清潔にするという発想はなかった。それは自らを貶めてしまう悪しきおこないであるとされてきたのである。
 それでも、湯で躯を洗うことは何よりも清潔さを保てるものだ。よって、一部のものだけは密かなる楽しみとして入浴していた。
 王族、貴族たちである。
 湯を沸かし、湯船に溜めるなど、入浴には手間がかかった。それを問題とせずに躯を流せる者は、そのような権力者たちだけの特権であった。
 つまり、入浴とは庶民にとって禁忌であり――権力の象徴だったのだ。
 ここに、革命後現在の指導権を握った派閥の幹部がいる。彼は今や誰もが認めるこの国の権力者である。市民からここまで成り上がった者が入浴行為に嫌悪と同時に羨望を持っていたのは、まったくおかしなことではなかった。
 男は脱衣所で服を脱ぐと、城にあった浴場へと入る。湯船は優に数十人もの人が同時に浸かれそうなほど大きく、当然市民であった頃には親しみはまったくないものだ。
 男の分厚い胸板はこの上ない優越感で膨らむ。何故なら、今この瞬間、大浴場はふたりだけのものなのである。
 大浴場には、既にひとりの女がいた。
 髪の長い女である。椅子に座っていると、世にも珍しい蒼い髪は浴場の床に毛布のように広がっている。男はこの王宮に来てからも、彼女の髪よりも美しい毛皮は見たことがなかった。
 一糸まとわぬ姿の女性は振り返り、艶めかしく瑞々しい肌を惜しげもなく男の前に晒す。ピンと上を向く、果実のような胸はいつ見ても男の情欲を掻き立てた。母性もあり、それに勝る淫靡さがあった。アダムとイブが手にした果実は、きっと彼女の乳房のように手にしなくてはたまらないものであったのだろう。
「お待ちしておりましたわ。さあ、お背中を清めさせていただきます」
「アワリティア」
 男は女の名を呼ぶ。その目は夢見るように虚ろだった。
「いつもと同じように頼むよ」
「いつもと同じ、ですね。受けたまわりましたわ」
 蒼い髪のアワリティアは物静かな顔立ちに、蕩けてしまいそうになるくらいに蠱惑的な笑みを浮かべた。

 湯で濡らした躯に石鹸を塗り込み、アワリティアは自らの乳房を擦り合わせて泡を立てる。悩ましげな声を洩らしながら躯を泡立てると、乳房を男の大きな背中に押しつけた。
 躯を上下させ、泡で真っ白になっている胸で背中を擦る。
「おお……」
 泡で滑る胸が背中をなぞっていく感覚に男は満足気な溜息を吐いた。筋肉で角張った背中に柔らかな胸肉が入り込んで洗い流していく。時折皮膚を引っ掻いていく乳首の硬さが心地よかった。
「はあっ、どうですか、旦那様。痒い所はございませんか?」
 相手の耳を吐息で撫でながら、アワリティアが訊ねる。その間も胸での背中への奉仕は止むことがなく、彼女の乳房は背中を往復していた。
「ああ……前の方が痒いな」
「前……あらあら」
 おっとりとした笑み。それでいて含みのあるいやらしい微笑み方。
 アワリティアは男の背中に抱きついたまま、その両手を相手の股ぐらへと伸ばした。石鹸の泡で滑って入り込んだ手はそそり立つ陰茎に指を絡ませる。
「こんなにしてらして、掻痒をお感じになられるわけですわ。今、綺麗にして差し上げますね……」
 云うと、アワリティアは自分の蒼い長髪を引き寄せて男の一物に絡みつかせる。泡だらけになっている蒼い髪に包み込まれて、それは女の手の中で強く跳ねた。
「こちらも今、綺麗にして差し上げますね」
 胸の動きを緩くして、アワリティアは髪越しに男性器を擦り始めた。
 これほどの長髪でありながら傷みの見えない毛並みが亀頭を刺激する。アワリティアの手の動きで髪はさらさらと流れ、高級な絹にペニスをなすりつけているような快感と倒錯感を与えられる。
 雁首に幾房の髪が絡みつき、彼女の繊細な手ですりすりと亀頭へと滑っていく。その視覚的にも触覚的にも経験のないものに、男は暑い浴場の中でありながら身を震わせた。
「どうかいたしました? 私はただ洗っているだけですのに」
 からかう声に男は胸の裡をぞくぞくと這い回る蛇の存在を感じた。耳朶を舐める言葉は脳がマヒしてしまいそうになるほどに甘い。
 ある時代、民衆用の風呂屋には入浴以外の用途がもうひとつだけあった。それは、売春である。風呂場とは躯を洗い流すためと、そして女性が春を売る場所なのだ。
 男のペニスに髪の毛を巻き付けて、その上から握り締めてくるふたつの手。左手は竿を髪と一緒にしごき――洗い上げ、右手は髪と一緒に亀頭へと添えられてグリグリと動いている。さらに、背中に押しつけられる泡まみれの乳房も動きを止めてはいなかった。三つの刺激が別々に男を苛んで、意味のない言葉が口から漏れ出す。たるんだ顔には権力者としての面影は微塵もなかった。
 髪の毛がアワリティアの手によってペニスを擦るたびに泡が立ち、もう男の下半身は泡まみれになっている。石鹸が手と髪の動きを円滑にして、粘膜を刺激する無数の髪は膣のようだった。
 ぎゅっと左手が陰茎を握り締めて、上下に洗う。適度な締め付けと亀頭を覆う長髪は、男を心地よく高めていた。
 躯の神経が鋭敏になっていき、乳房が動き回るだけで背中も性感帯であるかのような快感を訴え出す。無意識に男は股を開いて腰を突き出した。アワリティアの両手と長髪が絡みつくペニスを雄々しく天に掲げて、夢の世界に落ちていこうとしていた。
「ああ――」
 女性の膣に挿入したものとは異質な快楽。我慢の限界に達して苦悶の表情で精を吐き出すのと、この心地よさはまったく違っていた。
 まるで、全身をマッサージされて疲れをこそぎ落とされていくときの心地だ。
 石鹸とアワリティアの混ざり合った香りが肺一杯になって、麻薬みたいに頭蓋骨の中身を溶かしていく。
 躯が軽くなって浮いてしまいそうになる浮遊感。
 静かに、やさしく。子守歌を聴かされて眠りに落ちそうになる、そんな安らかさが男を押し上げている。
「さあ、気持ちよくなってくださいな、旦那様。だって、お風呂は気持ちの良いものなんですから――」
 アワリティアが手の動きを徐々に早めていく。髪の感触と、掌の緩やかな力加減。
 髪の房を縫ってモグラのように何度も亀頭を出し入れさせながら与えられる快感に、男は絶頂を迎えた。
「あああ――――」
 髪の中でペニスが射精した。
 文字通り、天にも昇る安らかな心地。どこまでも飛んでいってしまいそうになる感覚のままに精を放った。
 どくどくどくと髪の中でペニスは精液を吐き出して、蒼い髪の中で行き場のなくなった精子が陰茎に纏わりつく。
 そして髪の間から何度も白濁とした液体が溢れだした。アワリティアの幻想的な蒼い髪は情欲の液体で白く穢され、指先は泥のような精液でべとべとである。
 アワリティアは手足を投げ出している男の肩口から顔を出して、その陶然としている顔を覗き見た。
「旦那様、今はお風呂の時間なのですから……汚してしまっては駄目ではありませんか。私の髪の毛と手も、石鹸より真っ白くされてしまいましたわ」
 精液が付着して固まった房を指で梳いて、掌に精液をこそぎ落とすと、アワリティアはそれを自分の口へと運んだ。手に唇が吸い付いて、物静かな顔立ちからは想像できない舌遣いで精子を舐めとると、嚥下する。
「さすが旦那様……こんなに濃くて喉に引っかかる精子は飲んだことがありませんわ。でも、前の方は念入りにお掃除してあげないといけませんね」
 アワリティアが男の前へと回り込むと、その胸板に乳房を押しつけながら抱きつく。
 その体勢で躯を上下に動かすと、乳房が胸板の上でパン生地のように形を変えた。
 うっ、と男が呻く。アワリティアが動く度に彼女のお腹がペニスに擦れていた。引き締まった腹筋の上についた柔らかい脂肪が、勃起したままだったペニスの裏筋を圧迫する。
「どうかしましたか、旦那様」
 訊ねながらも笑みを浮かべた彼女の動きは止まらない。
 その間にも、アワリティアのおへそに亀頭が引っかかって男は声を洩らす。お腹のくぼみに性器でキスをするのは、男の性欲を掻き立てるには充分すぎた。
 硬さを増したペニスの感触にアワリティアは目を丸くすると、男に悪戯小僧を見るような視線を向けた。
「もう、躯を洗っているだけですのに……このままではもっと汚されてしまいそうですわ。そうですね、こちらもたっぷり泡一杯のおっぱいで洗って差し上げますね」
 アワリティアは男の股の間にぺたんっと座ると、泡だらけのペニスを乳房に押しつけた。
 器用に乳房の間で肉棒を挟み込むと、アワリティアは両手で胸を動かす。
 石鹸の泡を羽毛みたいに纏わり付かせた胸がペニスを撫で上げた。陰茎にこびり付いていた精液がふたつの胸に洗い流されていく。
 精液と泡は混じりあっていき、ペニスは確かに綺麗にされていた。
 けれど、胸での奉仕はまたもや男を絶頂に導く。
 ただでさえむしゃぶりついて滅茶苦茶にしてしまいたいほどに魅力的な乳房であるのに、それで男自身を挟み込まれてしまっては肉体的にも精神的にも我慢できるわけがなかった。
 アワリティアは搾精の動きではない。本当に胸でペニスを洗うつもりで泡を刷り込んでいた。それが包容力となって男の心を急速に満たしていく。アワリティアに胸でペニスを包まれている感覚は、疲労してベッドに潜り込んだときの充足感と同じだった。
 乳房に挟まれて窮屈そうなペニスは、しかしタイトな快感に脈打つ。
「私の胸の中で震えていらっしゃるのがわかりますわ……さあ、ご遠慮なさらず吐き出してしまってくださいな。今度は汚れてしまわぬよう、私の口で受け止めさせていただきます」
 乳房でペニスを扱く淫らな姿とはかけ離れた聖母のような笑みをアワリティアは男に向けた。慈愛に満ちた瞳を向けられた男は全身を愛撫されている多幸感に支配される。この女性からの穏やかな手管に逆らえる男などいようはずがなかった。
「ああっ、わかった……飲め、飲み干してくれっ」
 男が腰を振って乳房から肉棒を突き出すと、アワリティアの口が亀頭を一口で呑み込む。その生暖かい口腔の感触で男は絶頂を迎えた。
 ただの射精ではない。全身が弛緩して魂が口から抜け出てしまいそうになる、リラックスの果てにある空を飛ぶような快感――。
 陰嚢が収縮し、一気に男は精液をアワリティアの口内へと放った。
「んふっ」
 喉の奥に精液がぶつかってアワリティアが恍惚とした表情のままに唸る。口の中から溢れそうになるほどの精液が砂漠で乾涸らびていた所に見つけたオアシスの水とでもいうように、喉を鳴らして呑み込む。
 ごくっ、ごくっ、ごくん……。
 長い射精が終わって、男は脱力して椅子から転げ落ちそうになる。
 そしてアワリティアがペニスから口を離すと、そこに精液は見あたらず、糸を引く彼女の唾液しか付着していなかった。
 唇の端に白い糸を垂らしながら、アワリティアは男にまぶしい笑顔を向けた。
「綺麗になりましたよ、旦那様。さあ……あとは私にお情けをくださいませ」
 男はふらふらと頭を左右に揺らしながら、辛うじて彼女の言葉に頷いた。

 大浴場の広大な浴場に浸かると、その中でアワリティアは股を開く。彼女の性器は揺れるお湯で波打って見えた。
 ゆらゆらと波を作るお湯越しであったとしても、その陰部の美しさに男は生唾を呑み込んでしまう。
 何度見ても、目の前の秘所は昔を思い出させた。初めて女を抱いたとき、女性器を直視できなかった記憶である。じっと見つめ続けることで恥ずかしさを覚えてしまうほど、男はアワリティアの女性の部分に釘づけだった。彼だけではない。世にいる男性ならば、等しくこの蒼い陰毛が薄く生えた丘を目の前して平静ではいられないのだ。
 彼女の男を喜ばせるためだけに削り出された女体の、彫刻に似た優美さが合わさって、その陰部は完成していた。
「さあ、焦らさず……早く、お願いします」
 男は答えることも忘れて湯船に入ると彼女の腰を掴み、ペニスを秘部へとあてがう。お湯の中で入り口に亀頭ねじ込まれ、アワリティアが背筋を伸ばして艶のある声を洩らした。
「はあっ、そうです……そのまま、来てください」
 云われるまでもなく。男は腰に力を込める。お湯の中だからか、それともアワリティアが濡れていたのか。ペニスは一息に膣を貫いた。
 アワリティアの中に挿入して、男は堪らず声を上げる。肉棒に絡みついてくる膣は名器と呼ぶのすら躊躇ってしまうほど、貪欲に精を求めて蠢く搾精機関だった。
 自分は膣ではなく、別の生き物に挿入してしまったのではないかと不安になるくらい、アワリティアの中は自在に蠕動していた。ペニスを擦り上げ、捻り、圧迫し、玉袋に溜まった精液を捻りだそうとする肉食動物のごとき活動。
 自分と膣の境がわからなくなるほどにぴっちりと張り付いてくる膣に二度も射精して性感を高められていた男が耐えられるわけもなかった。
「男の人なんですから、かっこいいところ見せてくださいね?」
 奥歯を噛んで耐えていなければすぐにでも射精してしまいそうな中、アワリティアは悪魔のように男へ囁いた。そうされてしまえば、男は反射的に腰を動かしてしまった。
「うぐ……っ」
 歯を食いしばって腰を引き――叩きつける。
 肉と肉がぶつかり合う音の代わりに、湯船がばしゃりと盛大に弾けた。
 そのまま何度も男はピストン運動を繰り返す。その度にお湯は弾け跳び、獣のような激しさで肉欲に耽る男はアワリティアの肢体を貪った。
「そう、そうよ……そのまま私に精を吐き出してしまうのです……」
 だが、貪っているのは男ではなくアワリティアの方だった。彼女の酷薄な笑みに男は気付く余裕すらなく、腰を動かすこととペニスにじゅくじゅくと吸い付く膣の感触に心囚われていた。
「あ、ああああ゛あ゛あ゛――ッ!」
 男が絶叫する。アワリティアに一際強く腰を叩きつけ――
 ドクン、ドクン、ドクン――。
 ありったけの精子をアワリティアの奥に流し込んだ。
「ああ、出ていますよ、旦那様……あなたの子種が私の中を満たしています。本当……素敵……」
 人の躯では受け止めきれるとは思えない量の射精。それでもアワリティアはお湯の中でがっちりとペニスを銜え込んで一滴たりとも逃さなかった。
「旦那様、さあ、もっと私に――あら」
 アワリティアが目を丸くする。男が自分に倒れかかってきたのだ。
 あやうくお湯の中に沈みそうになりながらも男を引き剥がすと、アワリティアは柳眉を寄せた。
「死んで……ますね。困りました、この人にはもっと働いて貰わなくてはいけなかったのですけど――構いませんか。代わりはいくらでもいるのですからね……ふふっ」
 絶頂のうちに死亡した男の亡骸を抱いたまま、アワリティアは穏和な顔に底知れぬ笑みを浮かべたのだった。

 男たちに死体を処理させたあと、アワリティアは街を歩いていた。
 露出の少ない清楚な衣装である。服に過剰な装飾は一切施されておらず、質素な印象を抱かせた。
 黒色に近い紺色と純白のみで構成された服装は、アワリティアをシスターのように見せていた。シスター服と違うことがあるといえば、太腿が見えるほどに深く刻まれたスカートのスリットだろうか。それでも、顔と手以外は露出していないために下品ではない。そのスリットから垣間見える太腿は雨雲から顔を出した太陽のようだった。
 アワリティアが歩いていた場所は街の外れだ。最近、夜に人が死ぬという噂話が氾濫しているせいか誰ともすれ違うことはない。しかし彼女はその噂にはまったく意を介してはいなかった。
 平然と街を歩くアワリティアはひとつの施設の前で足を止めた。
 シスターのように控えめな服装の彼女とは対照的に、目の前の建物は過剰な装飾が施されていた。優雅さはなく、目が痛くなる派手さは資金がかかっていない見た目だけのものであることを如実に示している。
 そこは娼館だった。
 とてもではないが、女の訪れるような場所ではない。かといってアワリティアが娼婦かと云えば、彼女の淫蕩な行為を目の当たりにした者でなければそんな発想はでてこないだろう。
 その立ち姿には静かな気品が漂っていた。自分を誇り、胸を張ることができて、なおかつそれに伴う生活を過ごしてきた者だけが放つ気品である。前者だけでも、後者だけでも、この手の香るほどに漂う上品さは演出できない。
 娼館の扉を両手で押し開くと、アワリティアは誰もいない玄関を進んだ。階段を使って二階に昇ると廊下の奥にある扉の前で足を止めた。
 大きな扉である。アワリティアふたり分、いや三人分ほどの大きさがある。この娼館では一番の大部屋だ。
 それをノックもせずに開いた。
 途端、熱気が肌に纏わり付く。香ってくるのは芳醇で濃厚な蜜の芳香だ。
 最後に、狂ったみたいに発せられる女の嬌声。
「あはっ! 良いよ、ボクの奥におちんちん一杯感じてるのっ! もっと突いて、もっと出して……ほら! がんばって……」
 七人はいただろうか。その男達はベッドの上で腰を振るひとりの女に群がっていた。
 ベッドに寝転がった男に騎乗位で腰を振る女のアナルには別の男のペニスが突き入れられ、両手には別々の勃起した肉棒がある。さらに彼女の目の前には三つの剛直が並んでいた。
 髪の短い、ボーイッシュな少女である。
 乳房はアワリティアよりも控えめだが、そこには大量の渇いた精液がこびり付いていて、男性を虜にする機能では劣っていないことを示していた。
 鍛えられて引き締まったお尻は男の大きなペニスを根本まで銜え込み、括約筋でぎゅうぎゅうと締め付けている。
 ボーイッシュといっても、少女としての魅力はまったく損なわれていなかった。
「ルクスリア」
 狂乱中の少女にアワリティアは冷たい声をかけた。
「もう死んでます=v
「ふぇ?」
 夢中になって腰を振っていたルクスリアと呼ばれたボーイッシュな少女は我に返り、自分がのしかかっている男を見下ろした。
 その男は白目を剥き、口を半開きにしてだらしなく舌を垂らし、絶命していた。
 息をしていない男はひとりだけではない。この場にいる全員が既にこの世の者ではなかった。
 自分の下にいる男の肩を何度か揺すって、ルクスリアは意気消沈する。
「そんなぁー! せっかくこれから楽しくなりそうだったのにぃ……。おちんちんはこんなにカチカチなのにっ」
「それは貴女の躯のせいですよ。死んでいる人間のものですら立たせたままにしてしまうなんて、いったいどれだけ淫乱なんですか」
「アワリティアには云われたくないよー」
 七つの死体に囲まれたまま、ルクスリアはくすくすと微笑んだ。少女の様子にアワリティアは渋い顔をしていたが、すぐに苦笑にかわった。
「まったく……もう慣れましたけどね。ちゃんと仕事をしてくれれば私は構いませんよ。ところで貴女が殺した彼らは、権力者ではないでしょうね」
「あ、それは大丈夫だよ。ただの下っ端騎士さんたちだから」
「……ならいいですが、それはそれで今度はスペルビアが怒りそうですね」
 そうやってぼやいたものの、アワリティアはすぐにそれはいいか、と思考を切り替えた。やはり、物言わぬ男たちには興味を示さない。
「それよりも、最近、私たち以外でこの街の夜を惑わしている者がいるようです」
「ああ、知ってる知ってる。結局、どうするつもりなの?」
「決まっているでしょう。始末します」
 まるで世間話でもするようにアワリティアはよどみなく断言した。
「私たち以外、夜の王は不要ですから。もっとも、こちらの軍門にくだるというなら考えなくもありませんが……それでも事の重大さを理解させるためにも、見せしめは必要です」
「もー、まどろっこしいなあ。早く云ってよ、ボクは他の男と遊んできたいんだから」
「さすが、色欲のルクスリア。性欲は他の淫魔の比ではありませんね」
「強欲のアワリティアがそれを云うかな?」
「いいではないですか。まあ、貴女が飽きてしまわないよう簡潔に云ってしまえば。今日の明朝、対象との関与が疑わしい男を逮捕し、処刑します。ちょうど広場に断頭台がありますからね」
「見せしめってこと? アワリティアって、やってることはホントえげつないよねー」
 ルクスリアの言葉に応えるのは酷薄な、寒気すらする笑み。
「ええ、私は――強欲ですから」
 この国の人間は知らない。
 淫魔と呼ばれる種族に、自分たちが影ながら支配されているという現実を――。

     *

 ジョゼフが自分の働いているパン屋へとたどりついたときには、既に空からまばゆい日差しが降りかかっている時間だった。
「仕込みの時間に間に合わなかったなあ……どうせ手伝えないんだけど」
 怒られないといいな、と淡い期待を抱きながら、ジョゼフはパン屋の入り口に到着する。店名の書かれた木彫りの看板が目印の、この辺りでは珍しい小綺麗な店だ。
 表のドアから入ろうとして、ジョゼフはまだ開店時間ではないのでこちらは開いているわけがないことを思い出す。だが、ノブを回してみると鍵は開いていた。
 不思議に思って中を覗くと、既に何人かの男性客がパン屋には入っていた。けれど、まだパンは店頭に並べられていない。
 ジョゼフに背中を向けていた男たちが、物音で振り返る。
 屈強な男たちだった。全員、ただの肉体労働者ではない。人を害するために戦闘訓練を受けた者特有のしっかりとした立ち方だ、とジョゼフは一目で見抜いた。
 わけもわからず、キモが冷える。
 男たちの肩口から、真っ青になった店主の男の顔が現れた。
「ジョ、ジョゼフ! 逃げろ!」
「え?」
 男のひとりが店主の顔を殴った。カウンターの小物を引き倒しながら店主が床に倒れる。
 それでジョゼフは逃げるのを躊躇した。このまま逃げたら店主はどうなるのか、それよりも店主は大丈夫なのか案じてしまったのである。
 逡巡の時間は数秒。事態を確定させるには充分すぎた。
 男がジョゼフの腕を掴み、背中に回して拘束する。その手際は乱暴であったがあっという間で、最早抵抗の余地はなかった。
 別の男が眼前にやってくる。ジョゼフの体格は中々のものであったが、その男は更に大きかった。
「貴様を反逆罪、及び犯罪幇助の疑いで逮捕――処刑する」
 感情を写さない人形のような双眸が、呆然とするジョゼフを射貫いた。
「そんな、いったいなんで――」
 とっさに意義を申し立てようと口を開き、鳩尾に拳を叩き込まれてねじ伏せられた。
 息が止まり、床に涎が吐き出される。急速に視野が狭窄していく。
 呼吸すらできない激痛の中、ジョゼフは男を見上げた。
 その顔を見て、
 ――まるで、誰かに操られてるみたいだ。
 そんな不気味な感想を抱いて、意識を失った。
 もう今日だけで三回目だ、などというとりとめのないことも思い浮かべながら。

 To be continued...?
 どたばたしていると云いつつ結構早い更新になりました。
 なんか無駄に長いですが、みなさん目当てのシーンはなんと半分もないという前代未聞の文字数に!
 ……いや、前回の魔女無双のせいでフェチ的な妄想が一時的に枯れたようなそんな感じだったわけでして。他の方の妄想パワーの凄まじさを身に染みて体感しました。マジ半端無い。今回のソープっぽいシチュエーションもお借りしたものです。ありがとう!そして!ありがとう!
 そんなわけで淫魔さんたちも増えて参りました。ちなみに彼らは淫魔の中では七本の指に入る実力者という設定ですが、強さの格付けに加わっていない、つまり集団という庇護下を受けていない淫魔は勘定にいれられていません。よって、もしかしたら彼女たちより強い淫魔もいるのかもしれない、という設定。中学生分? エロと中学生は同居できる、多分!
 そんなわけで今回はこの辺りで。ではでは!
 ……ところで七本の指って、なんだろう。

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