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乳魔からは逃げられない

「み〜つけた♪」

「………!!」

彼が彼女に遭遇したのは命からがら任務を成功させ、
これから仲間達の待つ本部に戻ろうと言う矢先だった。
街道に出るまで後10分は歩かないといけない森の中の獣道に、
彼女は先回りしていたかの様に木の影から現れた。

「こんにちは、ハンターさん。仕事帰りでしょ?美味しそうな匂いが
遠くからしていたわよ」

「くっ…!」

時間をかけすぎたのか、ただ単に運が悪かったのか、それともまさか
この淫魔は仕事を終えたばかりで消耗しているハンターを狙う事に
しているのか?彼の最初の思考は現状に至った原因分析だった。
そしてすぐさまそんな事を考えるのは後でいいと気付いた彼は
冷静に目の前の敵を観察しようとして…

後悔出来るだけの思考力を取り戻すのにたっぷり十秒はかかった。

最初に見たのは顔の筈だったが、気がついたら彼は彼女の乳房を
穴が開く程凝視していた。ピンクのキャミソールに窮屈そうに収まった
それらは人間だったら間違いなく大きすぎるサイズだったが、あり得ない程の
張りの良さで形が整っているせいか、それとも見ただけでわかる程滑々で
艶かしい肌のせいか、シュールなのに奇妙な完成された美を表現していた。

深く長い谷間が弾力と柔らかさの調和を約束し、染みひとつ無い肌が
見ただけでは分からない筈の暖かさと芳香を訴えてくる。
キャミソールで覆われた膨らみは想像力を強引にかきたて、中心部の
突起が僅かに布を突き上げているのが目眩を催しそうな程いやらしい。

乳魔だ。考えるまでもなく単語が脳裏を駆け巡った。

「あら、もう良いの?好きなだけ見ていて良いのよ?」

「〜〜〜っ!!」

ようやく乳房から目を引き剥がした頃には彼の顔は真っ赤になっていた。
遅まきながらこの乳魔は背が高い事や緑のゆるやかな長髪に囲まれた顔は
意外に幼い造りである事などを観察出来たが、それをしている間も
彼の目は乳房を追いたがっていた。まるで母の乳を求める赤子の様に。

勝てない。万全の状態でも圧倒的に不利だろう。ましてクタクタの今では
絶対に勝てない。そう思った瞬間、彼の体は後ろにたたらを踏んでいた。
本能的な反応だった。

「(しまった!)」

逃げるのなら相手を油断させてからにすべきだった。これでは逃げられる前に
飛び掛って下さい、そして押し倒して下さいと相手に言っている様な物である。

ところが彼の絶望とは裏腹に、乳魔は困った様に苦笑しただけだった。

「あら?逃げたいの?可愛がられたくないの?」

「…まさか!なんでわざわざ淫魔の餌食に!」

可愛がられる、と言う単語に彼の心臓は飛び跳ねんばかりに高鳴った。
だが口は彼の意思を裏切らず、拒絶の言葉をすぐさま出してくれた。

「餌食なんて…そんな酷い事はしないわよ。SMみたいな
痛い事なんてしないし、君のプライドや思い出を傷つける様な残酷な
言葉責めもしないって約束してあげるわ」

「なんだと…」

「本当よ。ハンターなら乳魔が優しいって事は分かっているでしょ?
その中でもあたしは特別に優しいわよ。我慢なんてしようとも思わない位
気持ち良い射精を、体に無理がかからない様に味わわせてあげるわ。
だから、ね?」

しかし乳魔が言葉を重ねるに連れ、彼の心は揺らぎだした。
彼女がウソを言っている様には見えない。大抵の乳魔は優しいのも有名だ。
大人しく抵抗を諦め身を委ねれば、本当に穏やかな快楽に浸らせてくれるかも?

ブンブンブンブンッ!

そこまで考えてから彼は大きく頭を振った。

ダダッ!

「あっ、ちょっと!待ちなさい!」

そして間髪入れず走り出した。乳魔から、乳魔の誘惑から逃げ出す為に。
疲れた体に精一杯新鮮な空気を吸い込み、荒れた地面を蹴り続けた。

「ねえ、待ってよ!こんな所走ったら危ないわ!」

走るのは苦手なのか、彼女の声は段々小さくなってくる。これなら逃げ切れる。
そう思えたのも束の間で、すぐに彼の脚と肺は休ませろと悲鳴を上げ始めた。
その悲鳴は間も無く全身に広がり、走る速度が少しずつ落ちていく。
必死に稼いだ距離が縮まるのが分かる。彼女の声がまた大きくなってきたのだ。

「ほら、そんなにフラフラじゃない…!ふー…転んでケガをする前に止まって…!」

だが淫魔と言えど息は乱れるのか、彼女の呼びかけも苦しそうな
呼吸音が混じっていた。頑張れ、諦めるな。もっと距離を開くんだ。
そう自分に言い聞かせて後ろを振り返る。

それが致命的な間違いだった。

ぶるんぶるん!

脂肪の塊が二つ、派手に上下左右に揺れている。ただそれだけの光景が、
彼の意識を、魂を、全てを磁石の様に吸い寄せて放さない。

なんて大きな胸だろう。きっと触ったら凄く気持ち良いのだろう。
手で揉んでみたい。顔を埋めてみたい。口で吸ってみたい。
股間を突き入れてみたい。

脚は前に走り続けていたが、振り返った首はもう前に戻らなかった。
目を逸らさないといけないと言う意識自体は残っていたが、
首が言う事を聞かなかった。

「ふーっ、ふふっ…ほら、見てよ…良いでしょ?あたしの、おっぱい…」

たゆん。
ゆさゆさっ。

何時の間にか彼も彼女も小走りにペースを落としていた。
二人とも息が上がりそれ以上走れなくなっていたのだ。
彼は頭の片隅でそれに気がついていたが、意識の大部分が彼女の
弾む胸を目で追う事に費やされていて何も出来なかった。

「これはね、頑張った男の子が貰えるご褒美なの。ふわふわだけど
むにむにで、どんなベッドよりも気持ち良ーく抱きしめてくれるのよ?
ね、試してごらん?」

ダメだ、前を向け、ちゃんと走れ。今なら振り切れるんだ!
ようやく目を覚ました理性が警告を叫び、心と体に鞭を振るう。
しかし体は一向に言う事を聞かず、心は乳魔の誘惑しか聞いていなかった。
段々と脚が遅くなり、やがて止まる。遂に体が裏切ったのだ。

「うん、よしよし。やっと素直になったわね。それでいいのよ。
もう疲れているのに無理に走る必要は何処にも無いの。
頑張ったんだから、あたしの胸で休んでいいのよ」

「や、やめろ…」

完全に彼女の方を向いてから全く動かなくなった体の代わりに
心が今更拒絶の意を取り戻す。だがそれは既に蜘蛛の巣に絡めとられた
獲物があがいている様な物で、拒絶の言葉を口にしながらも彼の頭は
間も無くあの胸に可愛がってもらえると言う期待で一杯になっていた。

「大丈夫よ。言ったでしょう?苦しみなんか感じない様にしてあげるって。
あたしが幸せにしてあげる。乳魔にしかできない愛し方でたっぷり
感じさせてあげるのよ」

「来るな!来るな!」

一歩一歩距離を詰められる毎に心が折れそうになる。誘惑に
負けてしまいたい、もう楽になってしまいたい。そんな欲望がどんどん
膨れ上がり、脚は勝手に彼女の方に向かおうとする。
その場から動かないで居られるだけでも奇跡に近かった。

「かわいそうに。他の淫魔は君を怖がらせ、脅してばかりだったのね。
でも信じて、あたしは違うのよ。大事に大事に可愛がって、
なるべく幸せを長引かせてあげるから」

「……………」

ダメだ。逃げられない。もう拒絶の言葉すら出てこない。体も心も限界だ。
理性だけはまだみっともなくもがいているが、それも絶望に
押しつぶされそうだ。なにより彼女は最早腕を伸ばせば届く所に居る。
もうどうにもならない。

彼は諦め、目を瞑った。心の中で仲間達に別れを告げながら。




彼は恩師に詫びた。もっと真面目に貴方の教えを身に着けるべきでしたと。
彼は同僚達に詫びた。先に逝く、願わくば自分より長生きしてくれと。
彼は先輩達に詫びた。色々世話を焼いてもらったのに、無駄にしてしまいましたと。

彼は思いつく限りの人々に詫びた。自分が自分でいられる内に。

だが、恐れつつ待ち望んでいた瞬間はなかなかやってこなかった。
もう数十秒は目を瞑っている筈なのに、覚悟した通りに乳魔の腕に
捕らえられ、忌まわしく素晴らしい胸の中に吸い込まれる瞬間が訪れない。

「………?」

恐々と目を開けてみると、彼女は目を瞑る前と同じ場所に立っていた。
そして彼女は…顔をしかめていた。なんとも不満そうに。

「そんな顔しないで」

「…は?」

「あたしはポリシーがあるのよ。人間を食べる時は最大限の幸福と快楽を
合意の下に与えるっていうポリシーが。そうやってもらった精が一番美味しいのよ」

「っ…!?ふざけるな!」

そのまま彼女が身勝手な要求と主張をしてくれたお陰で、
彼は僅かながら怒りまじりの正気を取り戻す事が出来た。
淫魔に与えられる幸福を感受するなど、この男には有り得ない発想だった。

「ふざけてなんかいないわ。あたしには夢があるもの。苦しくて報われない
抵抗を続ける人間達を、もう良いんだよって解放してあげる夢が」

「黙れ!何が報われないだ、勝手に決め付けるな!」

「報われないんだよ…だって」

すうっ…

「!?」

「人間が淫魔に勝てる訳がないんだから」

そんな僅かな力も乳魔がそっと自分の乳房を両手で掬い上げると
たちまち何処かに行ってしまった。とても手に収まりきらない巨大な魅肉の玉が
細い指の隙間から生き物の様に姿形を変え、淫靡な舞をみせつける。
極上のポールダンスにも似た光景にたちまち彼は視線が外せなくなってしまう。

「ほら…訓練されたハンターの君でさえ、あたしがちょっと誘惑しただけで
メロメロになっちゃうのよ。大して強い淫魔でもないあたしが、ね」

ぽろっ…ぷりっ。

「う、ぐっ…」

柔らかい。あんなに張りがあるのに、どうしてあんなにふんわりと零れ落ちる事が
出来るんだろう?淫魔の手の中から乳肉がゆっくりとこぼれる様を見るだけで
愚にもつかない疑問が勝手に浮かび上がる。頭の中がどんどん占領されるのを
感じた彼は必死に首を左右に振り、正気を取り戻そうとした。だが甘美な絶望感は
いや増すばかりで、いくら首を振ってもあの大きすぎる乳房から目を離せない。

「何故あたしに抗おうとするの?抗った先に何があるの?抗った事で何か得られるの?」

「お…俺は、淫魔ハンターだ!戦えない人たちの代わりに戦い、犠牲者を減らすんだ!」

「戦って…その結果は?快楽を拒み、恐怖を乗り越え、苦痛に耐えた後に…
あたしのおっぱいに勝る幸福と充実感は得られないでしょう?」

ふわっ…ぱふっ!

「あ、あ、あ…」

更に彼女が見せ付ける様に乳房を左右に広げてから音が立てて圧迫すると、
彼は首を振る事すら出来なくなった。もしさっきあの胸の間に顔を埋めていたら、
どれほどの恍惚感を得る事が出来たのだろう…?

「あたし知っているのよ。ハンターって薬やらなにやらでお金がたくさんかかって、
質素な生活しかできないって。しかも一旦ハンターになったら死ぬか年寄りに
なるまで辞められないんでしょう?逃げ出したら白い目で見られちゃうんでしょう?」

ふわっ…ぱふっ!
ふわっ…ぱふっ!

「……………」

何か言い返さなくては。何か反論しなくては。このままでは乳魔の話術に翻弄される。
そう叫ぶ理性の声はまだあるのだが、酷く小さくて遠くからの声にしか思えない。
乳魔が乳房で音を立てる度にそれは更に遠ざかっていき、もう殆ど聞き取れない。
そんな事よりあの胸の中に飛び込みたくて飛び込みたくて仕方が無かった。

「辛かったでしょう…?分かってはいたけれど、自分にも認められなくて。
寂しかったでしょう…?悩んではいたけれど、誰にも言えなくて。
悲しかったでしょう…?傷ついてはいたけれど、何処にも救いが無くて」

「うっ…」

男はふと理解できない悲しさに襲われた。今まで体験した事の無い
苦しみが胸を引き裂く様な痛みをもたらし、無意識に目がにじみはじめる。

それを見て乳魔はにっこりと笑った。それは信じられない程優しく見える笑顔だった。

「あたしが認めてあげるわ。あたしが聞いてあげるわ。あたしが救ってあげるわ。
君の苦しみも、悲しみも、寂しさも…全部幸せな気持ちよさに変えてあげる」

するり。

「!!!」

「このおっぱいの中で…ね」

何の前触れも無く乳魔がキャミソールをはだけた。

僅かに揺れる乳房の計算され尽した丸みが、桜も嫉妬しそうなピンク色の乳首が、
急に鼻腔をくすぐり始めた甘いミルクの香りが、見ただけでは分からない筈の温もりが、
男の視界を、思考を、魂を埋め尽くし音にならない歌を歌いだす。

「おいで」

帰っておいで。

「あたしのおっぱいに」

抱きついていいのよ。

「埋もれてしまいなさい」

永遠にね。



「あ…あああ…あっ!!」

ふわっ、むにゅぅううん…ぽふ。

何時の間に彼女の胸の間に沈んでいたのか、男には分からなかった。

びゅっ!びゅるるっ!びゅう、びゅくっ…

何時の間にか勃起していたペニスが射精したのもぼんやりとしか分からなかった。

「全く、意地張っちゃって…でももう我慢しなくていいのよ。良かったね…」

男が分かったのは彼女の抱擁が天にも昇る程心地よかった事と、もう一つ。

「あら?でもまだ何か余計な事考えているみたいね?」

今この瞬間味わっている後悔と絶望が、生涯最後の物になるであろう事だった。

「よしよし。いやなのいやなの、とんでいけ〜」

さすっ、さすっ。
ちゅっ。

彼はもう淫魔ハンターではなかった。



乳魔は優しく、人を苦しめる事を良しとしない者が多い。
本気で相手を愛する事も珍しくない。

だからこそ誘惑と言う力において彼女たちに勝る者は居ないかも知れない。
今回は肉体的な誘惑と接触は最小限に留め、
”優しい言葉攻め”をテーマにしてみました。

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