時刻は真宵に差し掛かるところ、陽の光を吸い込んだ土木も草も今やすっかりその熱を失い、身体を締め付けるような風が吹き抜ける。
遠目に見える大きな建物や道すがらにぽつぽつとある明りは、おぼろげな月の光を補ってくれてはいたものの、十分であるとは言えない。
散見する木々の手足が風に誘われて擦れ合うような音を鳴らすと、そのたびに気温が低くなる感覚は気のせいなのだろうか。
はぁ、
小さな林を縦断するように敷かれた石畳の上を歩む足を心もち早めながら、彼は白い靄のような息を吐いた。
時々転ばないように、ちらちらと足元に気を配りながら夜を往く。
「すっかり遅くなっちゃったなぁ……」
ぼそぼそと呟きながら、彼は男にしては比較的小さめのその背中を丸めて、石畳の向こうへと目をやった。
彼は世間一般に比べて特別臆病者、というわけではない。
そんな彼でも、視界を制限する暗闇や、呻くように断続的に変化するオレンジ色の光や、近付いては離れていく木摺れの音、さらに空腹感も手伝って何とはなしに不安になるのも無理からぬ事であった。
「……」
無理からぬことでは、あった。
が、しかし、心細さを誤魔化すように他愛のない事を口にしながら、彼はどこか、頭の奥底で泥が沈殿しているような不快感を感じていた。
それが何なのかと思考を巡らせてみても、不安という名の泥が散っては貼りついて、引っ掛かった何かが見えてこない。
形が掴めない、なんともおぼろげなもので、思い出そうとすればそれだけ遠ざかっていくかのようだった。木の葉が落ちるたびに歩幅が僅かに乱れ、肩は不規則に揺れている。
そんな彼を嘲るように、再び葉の擦れる、身体を撫ぜられるような幽かな音が背後から響く。
しかし今度夜を往く彼の耳に届いたのは、そんな悪戯のような、彼をからかうようなものだけでは済まなかった。
「お前は誰だ……?」
「っ!」
暗く暗く、色を失った夜の下、何処からともなく響いてきたその声に、思わず彼の身の毛がよだつ。一拍遅れて聞こえてきた何かの音が聞こえた。それが自身が唾を飲み込んだ音だとは、気付くことができなかった。
「私は誰だ……?」
「だ、誰だっ!」
反射的に身構えて辺りを見回しながら、自身が感じていた違和感の正体に、今更ながらに気がついた。
辺りには、生き物の音がほとんどしなかった。そう、虫の音の一つすら。
中腰の姿勢を崩さないまま、その声の源を探ろうと視線を素早く移動させる。背後、林に点在する木陰、木の上、茂みの奥まで目を凝らすがしかし、僅かな明りの中では正体を特定するどころか、彼に不確かな情報を与えるばかりだった。
その気になればどこにでも隠れていそうに思えてきてしまう。草葉の陰から視線を移動させた直後、見落としているのではないかと戻したりを繰り返してしまう。
「お前は……」
響いてくる声色はまるで霞がかかったような、聞いてすぐまともな発声ではないと分かる不可思議なものだった。
段々と近付いてくる人間離れした声に、彼は軽いパニック状態に陥っていた。声がまるで辺り全体から響いてくるかのように思えてくる。
それでも最低限の姿勢を取ることが出来ていたのは、普段の訓練と、心がけの賜物だった。
「……誰なんだっ!」
何度目かわからない問いが投げかけられると、ほぼ同時に。
がさり、と茂みが揺れる音がした。今までの、風に吹かれるような微かなものではない。確かな質量を持った、何か。
混乱の最中にありながらも彼に防御姿勢を取らせた経験則は、背後で動く音に対して同じように彼に確かな力を与えた。縮こまっていたその体を、素早く翻す。
石畳に詰まった砂が噛みしめられ、弾け飛ぶ低い摩擦音。
畳まれていた右腕が、身を守るためか、あるいは先手必勝を取るためか、遠心力を利用するようにして伸びる。
「ん……」
対応するために咄嗟に突き出した腕はしかし、空振りだった。
振り返った彼の目に映るのは不審なところ一つない夜の空閨ばかりで、意図せず握り締めた掌から闇が零れ落ちてゆく。
気のせい?
何もない事に不安し、しかし少なからず安堵した彼の気が少し抜けていく。
それで十分だった。彼につけ込む時間は、それで。
あくまで彼を突き動かしていたのは経験則と反射に過ぎない。思考は依然として、怪現象への恐怖に阻害されていた。適切な行動ではないのだ、それは。
だから、気がつかなかった。
下生えの草を踏みしめる微かな音。
興奮を抑えこんでいるような、湿気が混じった深い吐息。
暗闇からゆるゆると伸びてくる、その二本の腕。距離を詰めるその腕は、一際大きく息を吐き出す彼の背中にそっと触れた。
「あっ……!」
触れられた彼はとび上がってもおかしくないほどに驚いたが、もう遅かった。
驚きで一瞬すくみあがっている際に彼が失った時間は、背中に触れたその二本の腕がようやく見つけた獲物を捕らえるかのような勢いで素早く絡み付き、自由を奪うまでには十分だった。
「……こんばんは……ふふっ」
すぐ傍で聞こえた息遣いに、彼は思わず身を捩る。夜の肌寒さの中で身震いを感じてしまうほど、その言葉は熱を帯びていた。絡みついた腕に押さえ込まれて、身体を離すことができない。身体を這いずるように回された腕に、彼は張り付くような嫌悪を感じた。
そして、それだけでは終わらなかった。
「な、何をするんだっ」
「何をするのかしらね……ふふ。怖がるようなことではないわよ?」
頭のすぐ横で吐息を吹きかけられ、ようやく混乱から纏まりつつある思考がまた散り散りにされてしまう。
彼が熱で擽られ、意識が乱されると、唐突に自身の一部分が、ひやりとした空気に覆われる。
意図して視線を下に動かすと、自らの急所が外に飛び出しているのが見えて、彼は声にならないような声をあげた。
夜の冷気を感じていたのも、ほんの少しの間のことだけだった。彼が立ち直るより早く、次の瞬間には生暖かい、人肌の感触が、今度はそれに絡み付いてくる。
漸くその時になって、彼は自分が何をされようとしているのかに気付いた。
「ちょっと……離して、離せっ」
「あら、だめよ。こんな時に、夜に歩き回ったりして……いけないんだから……」
「くっ……」
背後にいる影の手際は鮮やかで、単純な構造ではあるが決して簡単ではないその普段着の下を、混乱している間に容易く下ろしきっていた。
冷えた身体に巻き付いてくる体温は熱を持っていたが、流石に表面部分は少し冷たい。
その冷たい部分も、密着している間にどんどん薄れてゆく。服越しに触れている肌と肌の温度が、急速に高まり、近くなっていく。二つの間の隔たりが、融けていくかのように。
「ほら、ぴったりくっついて……暖かいわ」
誘うような甘い声を耳元で聴かせながら、背後の影は右腕で彼の上半身を掻き抱くようにして体重を預かり、密着する。
とくん、とくんと規則的に動く相手の血の昂ぶりを感じて、僅かに彼は動揺した。
「風邪をひいたら、ずっと看病してあげるわ……ね、いちゃいちゃしましょう?」
「そんなの……っ」
「ねぇ、いいでしょう?」
耳元で囁かれながら抱かれ、高ぶった体温を分け与えられ、抵抗する腕の力が弱まっていく。
恐怖の揺り戻しがきているのを彼は心の隅で冷静に感じ取っていたが、それに抵抗することができなかった。絡み付くような嫌悪感がゆっくりと、浸透するように別のものに変化していく。
「ひぁ、んっ」
「もう、大きくしちゃってるんだし……ふふっ」
何とかしなければと足が踏ん張られたところで、身体を刺激が突き抜けた。充血した亀頭が撫で回され、勢い余って前につんのめるような形になり、再びその腕によって引き戻される。
再び身体同士が密着すると、彼のモノに対して今まで控えめに、掌全体で握ったまま緩い刺激を与え続けていたその手が動きを変えていく。
指の腹にある柔らかい部分で先端を撫でられてあえなく彼が声をあげると、くすりと闇が微笑んだ。
そのままゆっくりと滑り降りるように指を這わせ、竿の部分に差し掛かる頃には再び指がまとわりついて、上下運動を始める。
いつの間にか彼の下半身の感覚は、ひどく鋭敏になっていた。
「もっとしようね……」
ひぁ、んっ、と、身を捩りながらの小さな嬌声があがる。
ますます熱を持った吐息を浴びせかけられても、抱かれる彼の身体は驚くことなく、同じだけの体温でそれを受け容れた。
闇の中で、白く細い指が這い回る。
五本の指が、調和の取れた動きで流れるように竿の部分を撫で回す。
軽く握ったまま、人差し指で段差の部分を磨きあげるかのように引っ掛け、往復し、ますますいきり立った。
触れるか触れないかの絶妙な感覚で指先が裏筋をなぞっていくと、先端から透明な粘液が零れ落ちていく。
「素直になってきたわね。私の手は、指は、気持ちいい……?」
指先がそのまま先端へ向かっていく。カリの部分で引っ掛かった。いや、わざと引っ掛けられた。そんな動きにも、実に素直に歓喜し、竿がその長い身体をふるふると震わせる。
先端にたどり着いた指が、他の指と合わさって、その細い指の股の間に包むかのように押し付けてくる。
指の腹の辺りから、ゆっくりと降りていって、手の平まで。ほとんど肉はないはずなのに吸い付くような感触を覚えて、彼は色めきだった。
敏感になった先端が、生命線の位置までをも伝えてくる。
ゆっくりと手の平から指先までもう一度、そして指先から手の平までもう一度。
そこまで淫靡ではないのに、その動きが繰り返されると、まるでそれに感謝するかのように先端からとくとくと粘り気のある液体が零れ落ちていく。
「喜んでくれてるみたいね。ちょっと心配だったけど……ふふ」
からかうような彼女の笑みに彼は、それは嘘だな、と思った。喜ぶことも全部分かった上でやっているのだ。そうでなれば、こんな手の使い方はできないはずだ。
まるで自分の急所を全て知り尽くしたかのような動きだった。しかしこんな感覚は与えられたことがないという事実自体が、そうではない事を証明していた。
とろとろと、粘液が先端から零れだしていく。
彼の体内から。
まるで彼自身の力が抜け落ちていくかのように。
代わりに、背後から包み込んでくるような 薄着の肌から匂い立つ香りが充足されて、継ぎ足されていく。
二本の足で立ってはいるものの、まるで自分の力で立っていないかのように彼は足を震わせた。
申し訳程度に、くい、くいと前に引っ張ろうとするその腕の動きを見て、後ろの影は微笑みながら、右腕でもう一度強く抱き寄せる。
かすかに口を開けて空気を吐き出す彼の目の前に、いつの間にか彼女の左手が迫っていた。
抵抗力を奪い去り、鈴口を何度もやんわりと刺激していたその左手は、ぬらぬらとした粘液があちこちに張り付いている。
「ねぇ、見て。凄くえっちぃよね……ねばねばしてさ。あなたのひくひくしてるのから出てきたんだよ? これ」
それを見せつけるかのように、指の股を開き、または閉じながら、手をくるりと回転させたりが繰り返される。
粘液を纏わりつかせながら、影絵を作るかのように変化する手の動き、指使い。それはただの一つの手でありながら、ひどく蟲惑的だった。
接着していた親指と人差し指が離れると、僅かな光を湛えながら、粘液が橋をかけて、落ちていく。
「ん、ちゅ……」
それが落ちきるよりも早く、仄かに赤みがかった唇が啄ばんでいた。
足を震わせる男の真横で、先走りに塗れた指先に吸い付き、含んで、しゃぶり、舐り回している。
「くぢゅ、る……んぷっ……ん、んふ……っ、あ、はぁ」
根元まで入った指が、淫らな音をたてながら先まで戻ってくると、今度はすっと移動して、隣の指が咥えられる。
わざと聞かせるかのように時折音をたてて吸い付く。すると、その度に抱えられた彼そのものが、ますます堅さを増していく。
「ん、ふ……あん、おいしぃ、ふふ……れろ、ぉ」
視線を横にやる彼の頭の中には、もはや逃げるという事がすっぽりと抜け落ちているようだった。扇情的に指を、指の間を、そして手の甲を舐めあげていくその様子に魅了されたかのように視線が釘付けになって離れない。
彼の視界の中では、その全てを納めることは叶わなかった。もっとも、それでも構わなかったのだろう。指が出入りする様を、口内がもごもごと動く様を、そのふっくらとした頬を眺める事で感じ取っていた。片方だけ見える瞳の色は、夜の闇を吸い込んで判然としない。
その瞳が、彼の方を向いた。闇を映し出したかのような深い欲望を秘めた瞳。
くすくす笑いながら彼の目の前で手を開き、その掌に唇をつけると、押し出すように出てきた舌で舐めあげる。口内で混じった二つの粘質が一つになって、真っ赤な舌に乗ってたっぷりと送り出される。
そうして、掌を閉じた。
水溜りのようになった粘質のそれを馴染ませるように、指が順繰りに動いていく。くちゅくちゅと、水音が二人のすぐ近くで音を立てる。その音が、二つの情欲の炎をますます掻き立てた。
掌全体に馴染んでゆく、先走りと唾液の混じったそれが。
そう、まるで潤滑油のようなそれが。
「……逃げなくていいのかしら?」
「っ!」
不意の言葉に、はっとなったようにして彼は顔をあげた。
気がつけば肩より低い位置まで降りてきていたその掌に目を奪われていて、慌てたように声の主に対して目を向ける。
彼女は、笑っていた。
思い出したように顔を持ち上げながらも、動き出せない彼を見つめて。
「まぁ、今更逃がしたりなんてしないけどね?」
その跳ね上げた視線を掻い潜るようにして、左手が素早く熱の塊を、しかし優しく包み込んだ。
二度目の不意を突かれて、彼は意図せず呻き声をあげる。
「あ、ぅ、くぁっ……!」
半ば『おあずけ』をされたような状態で敏感になり、興奮して反り返った彼自身にたっぷりと粘り気がついた白い指が包み込んで、前後される。
剥き出しになった逸物に、先のような柔らかい弄り方とは比較にならないほど強い刺激が舞い込んだ。
一度目の不意とは何もかもが違う刺激に彼は思わず腰を引くが、すぐに背後の柔らかな感触に、だが確りと受け止められてしまった。
背後から伸びた右腕で上体を持ち上げられ、腰を突き出すような格好になると、ますます激しく絡みついた手が前後されてゆく。
「気持ちいい? あぁ、もう、凄い音がするね……聞こえてる? おーい……ふふっ」
勢いよく手を動かしながらも、随所に緩急を使い、時折指同士を組み合わせるようにして、張り出したでっぱりの下を執拗に擦りあげる。
ねちゃねちゃと音を立てる潤滑液が、掌から全体へとまぶされていく。
忘れた頃に細い指がそろそろと裏筋を這い回り、浮き出た血管をなぞる。
粟立つような激しさでありながら、技巧が凝らされた手技に、ほとんど彼は身悶えすることしかできなかった。
「ぁ、駄目っ……!」
根元に近い部分に指を添えながら、回り込むように手の平で擦られ、扱かれると、たちまち声が漏れ出した。
「もう、覚えちゃったわ。あなたの弱いところも、ね? でも……どっちにしても激しくされると、もう我慢できないでしょう?」
視線も定まらないままの彼を、左手一つが一方的に責め立てる。
溜まりに溜まった興奮によって押し上げられた、どろどろとした欲望が、過不足もなく押し寄せる快感の波に引き上げられていく。
塗り込まれていく粘液質と、まるで一緒に混ざり合うかのように意識が混濁していく。
「ほら、ほら……! もう、イッちゃいなさい。我慢できないんでしょう? ぐっちゅぐちゅに扱かれて、出しちゃいなさいっ!」
彼にもう、噴き上げるものを止めるだけの方法はなかった。
止めようとも思わなかった。
筒状になった左手が、とどめのように根元から先端に向けて擦りあげられると、それに導き出されるようにして彼の声も、何もかもが飛び出した。
「あ、ぅ、ああああああああっ……!」
全ての熱が、白濁とした塊となって勢いよく噴き上げていく。
溜まりに溜まった欲情の証は、緩やかな弧を描いて、石畳の地面にびちびちと跳ね、或いは張り付いた。
「ふふ……また、沢山出たわね。ほぉら、しっかり……」
脱力してほとんど足から崩れ落ちている彼を腰を落として受け止めながら、誰かの左手がゆっくりと未だ熱い本体をつついている。その柔らかい指先が触れるたびに、中身に残っていたのだろう白濁が、ぴゅると絞り出されていった。
「ぁ、う……くっ……」
ぴくぴくと余韻に身体を震わせながら、彼は射精したことによる満足感と、射精してしまった事に対する一種の喪失感と、説明できない敗北感に身を浸すように、顔を崩した。
背後の存在はそんな彼を改めて両手で抱え込むと、ゆっくりとその場に座り込みながら、開いた膝の間に彼の身体を招き入れ、彼女は後ろから声をかける。
未だに汚れていない、その右手を頭に乗せて、ゆっくりと撫でながら。
ゆっくりと。
「気持ちよかったかしら?」
「……それは……」
立ち直りは早く、脱力した身体は元通りとはいかないまでも、ある程度まで回復していた。憮然とした表情で頭の上の右手をさりげなく払いながら、彼は言葉を濁す。
そもそも相手も何も分からないような状態ではあるが、素直にでも、強気にでも、ともかく何かの答えを口に出してしまうと負けを認めてしまうような気がして嫌だった。見透かされるような気がした。その胸の内には、『一方的に背後から襲い掛かって卑怯』というような想いも少なからず混じっている。
そんな彼の様子に僅かに微笑みながら。
「一杯出しちゃって……凄く満足そうな顔をしちゃって、羨ましいんだから。でも……」
そろそろと、胸の辺りを撫でさすっていた左手が、降りていく。
いや、ただ降りてはいなかった。
ゆっくりと、服の表面を這い下りながら、速度を落とすことなくボタンがぷつり、ぷつりと超人的な手業で外されていく。
それが未だに猛っている股間のモノに辿り着いた時、いつの間にか上から全てのボタンが外されていることに、彼は気付いた。
「え……っ」
「まさか一回だけで済むなんて、思ってないわよね?」
朗らかに笑う。
またそれは死角になっていて表情を窺うことができない彼にも、はっきりと視ることができた。
「それじゃあ、これでっ!」
先程とはまるで違う意味で彼の身体は震え上がる。それに気付いた時、やはり彼の経験則と反射が、素晴らしい速度でもって足を動かした。
しかし結局のところ、それだけではやはり背後の存在には勝てなかった。
「だーめ」
両腕でしっかりと抱き抱えられ、そのまま座り込んだ彼女の身体に重なるようにホールドされる。
そもそも脱力した時にこんな体勢になった事を許した時点で、ほとんど逃げる術は残されていなかったのだ。
力一杯抱き締められて、彼は再び甘い牢の中に囚われた。
「だって私は全然満足してないのよ? せめてたっぷり味わってもらわなくちゃ……」
残った手段は責めに回ることで活路を見出すことだったが、彼にはほとんど奮い立たせるべきわずかな戦意すら失われかけていた。
染み出してくるような匂いが、内にある興奮を再びくすぐり、呼び覚ましていく。
「私の手の味を、ね?」
闇の中でてらてらと光を照り返す左手が、再び妖しく踊りくねった。
「ぐ、ぐあああぁぁぁぁあぁあああっ……!」
でゅーん。
「や……闇討ちハンター、えっくすぅ?」
思わず素っ頓狂な声をあげながらも、彼はなんとか、どうにか、その理解不能な単語について尋ね返すことができた。
その眉が顰められ、ブラウンの瞳が信じられないようなものを見るかのように細められる。思考が視覚化できるのであれば、間違いなく彼の頭上にはクエスチョンマークがいくつも浮かんでいるはずであった。
「舌っ足らずだよ、シグルド。狙ってるの?」
「お前がどう反応していいか、わからないような事を言うからだろ……」
「笑えばいいよ」
「笑えねぇよ、そんな呼び名」
そうかな、最高に笑える名前だと思うけど。彼の向かい側にいる金髪碧眼の青年は、そう呟きながら顎に指をあて、中空を見つめていた。
そして、唐突にぷっと吹き出す。
心底おかしいというよりは、若干嘲るような嗜虐的な印象が混じった笑みを誰にともなく向けると、改めて正面に向き直った。その時にはもう、その笑みには不快なところは少しも残っていない。
で? その視線の先にいるシグルドに一言で促されると、トールは少しからかうような調子で話を進めた。
「知らないの? ここ最近起こってる事件」
「……校内で起こってる夜間の、襲われてるって、あれだろ? よく知らないけどな。今度で5人目になるみたいで、少しは噂を聞く」
記憶を押し出すように、とんとんと頭に指をつけながら、シグルドは少ない情報を答えた。
自分の校内で起こっている事件なのだから興味がないわけではないが、噂を聞いて興味を持っても回ってくる情報があまりにも少ない。被害者が大きな怪我を負ったという事も聞かないので、自身の妹に注意を喚起する程度で彼は事実上放置していた。
しかし、とシグルドは前置く。
「ただ、そんな珍妙な名前がついてるなんて思わなかったぞ」
「……まあ、珍妙なのは確かなんだけどね……」
先に続くだろう言葉を一旦切る。それだけではないと言外に匂わせる雰囲気があった。
トールは近くに置いてあったコップに手を伸ばし、口をつけた。傾けると、ゆっくりと透明な水が流れ落ちていく。
それを再びテーブルの上に戻すと、目の前には明らかにじれったそうに身体を揺すっているシグルドの姿が目に入る。
その様子を見てますます上機嫌になるのを隠そうともせず、微笑みを浮かべながらトールは勿体ぶりながら改めて湿った口を開いた。
「シグルド。この事件、変だと思わなかった? どうして重傷にもなってない被害者の情報が、妙に表に出てこないのかとか」
「もったいぶらずに先を言えよ」
「もう、せっかちだなあ」
声の調子こそ拗ねたようであるが、実際にはその上機嫌に拍車を掛けているようで、トールは口元を綻ばせていた。
シグルドの方はといえば明らかにころころと遊ばれているようで露骨にいい顔をしていなかったが、やがて大きく一つ溜息を吐くと、自らもコップに手を伸ばした。ぐっと持ち上げると、勢いよく透明な水が滑り落ちていく。
一体どれだけ長い時間、こいつに付き合ってるんだ。いい加減適当に流す方法を身につけろよ。こんなことでいちいち苛々してたら、いつまでたっても心技体が成長しない。
自身の興味ある事柄に結び付けて、半ば無理矢理自分に自制をかけてから、シグルドはコップをテーブルの上に置いた。
「実は、被害者はバトルファックを挑まれたらしいんだよね」
「はあ? 何だって?」
驚きと呆れとが半々に混じりあった表情にあっという間に変化するのも、無理はなかっただろう。
驚愕の後にすぐ猜疑心が持ち上がってくるシグルドに、トールは身振りを加えながら自身の言葉を後押ししようとする。
「いや、本当に。夜に出てきて、勝負を持ち掛けるんだってさ。で、ほとんど不意打ちのような形で襲ってきて、そのまま気絶するまで搾り取る、と」
それにしても、こんな話を何処から仕入れてくるんだ、こいつは?
そんな事を頭の片隅で考えながら、およそ正気という正気を欠いたような話に、シグルドはこの世で一番正気を欠いた存在を、しかしこの場合はかなり高そうな可能性を挙げた。
「淫魔じゃねえのか?」
「違うと思うよ。……それなら、ただじゃ済まないよ。感知も働いてないらしいし」
否定されてしまうと、それもそうだと頭を捻るしかなかった。
人間が淫魔を狩ったなら消滅を免れない。淫魔が人間を狩ったなら後は好き放題。後者なら勝った後に何らかの事情で時間がない場合に生き残る可能性がなくはないが、ただで済むわけがない。そうなればもっと大事になっているのは、彼が考えるまでもないのだ。
こういう事には自分より得手であろう目の前の人間に目を向けてみたが、トールは彼のそんな視線を受け取ると、両手をあげて首を振り、降参の意を示すばかりであった。
その表情は相変わらず胡散臭いほどの笑顔であったが、彼にとっては与太話の一つにしか過ぎないのだという事を考えれば当然ともいえる。
「それと、妙な話があってね。襲われた人達の証言が何とも、はっきりしないんだってさ」
「何だ、それ?」
「身長から体重の身体的特徴から、口調から、戦法の特徴まで、何もかも一致しないんだよ。まぁともかく負けた後は、気絶させられちゃうみたいだし」
本当、何なんだろうね?
トールはまるで、北極と南極ってどっちが寒いんだろうね? 程度の適当さと気楽さで、そんな根本的な問いを口にする。一方の向かい側にいる男はといえば殆ど正反対の様子で、テーブルに頬杖をついたまま、いかにも深刻そうにその瞳を揺らしていた。
「それで、X……か?」
「そういうことみたいだね」
X。
未知の存在。変化する存在。幽霊にしては影を残しすぎていて、現実にいるにしては理解できない部分が多すぎる。
シグルドにはそのXの正体を全く思い浮かべることができず、ただ自分の全く知らないものであるという確信に、僅かに背筋を冷たくした。
「まるでB級のホラー映画みたいな話だな」
「そうなると困るね。この学校って処女がいないもん。皆助からないよ」
「お前ってやつは……」
彼が呆れたように呟くと、トールはへらへらとこの日一番楽しそうに、そして大きく口を開けて笑ってみせた。それにつられて、シグルドも唇の端を僅かに持ち上げる。
いかにも深刻なもののように話した内容は、どこへやら。男二人の笑い話に取って代わったのである。少なくとも、この場は。
元より彼等には、無理に首を突っ込まなければ、特には関係のない話である。夜に出るというのなら避ければいいし、一人で襲われるなら二人でいればいいし、襲われたところでそう深刻なわけでもない。続くようなら、そのうち校内も全面的に騒がしくなるだろう。
だから、特に関係はないのだ。
「ま、なかなか良い暇潰しにはなったよ。さて、そろそろ授業にでも行くか」
「そう? なら今度ジュースでも奢ってよ〜」
「それとこれとは話が別だ」
立ち上がるシグルドにこつんと頭を小突かれながら、トールはその後をついて狭い二人分の部屋から出て行った。
彼にとっても、この話を持ち出したのはあくまで暇潰しに過ぎなかった。ついでに少し疲れ気味になっていそうな同居人の気晴らしになればいいと思ったまでの事である。だから、これ以上彼はこの事を話し合う気もなかったし、もちろん関わる気もなかった。
だから、特に関係はないのだ。
彼には。
雲一つない夜の空には、点在する星に彩られるようにして、闇を切り取ったように煌々とした月が浮かんでいた。
望月というまでには至らなかったが、雲の掛からないこの夜は空気も一段と澄んでいるようで、夜を包み込む闇の帳も完全には落ちきらない。
少しばかり近日に比べて風が強いのは、その澄んだ空気が淀む端から吹き散らしているからだろうか。
僅かに落ちた木の葉を舞い上げて、吹き出していくそれはやはり冷たかったが、彼にとっては昂ぶる興奮を冷ましてくれる、清涼剤のように感じられていた。
青い髪は闇の中に溶けて、たまに風を受けると自身の存在を示すように靡いている。
(ああ、何で俺こんなことしてるんだろうな……)
静かで、清々しい夜を歩いているのは、昼間に良い暇潰しをしたはずのシグルドだった。
暇潰しが暇潰しで終わらなかった理由は、当然昼間に話された『X』のことだった。
確かに当初この事件には関わる気は全くなかった。
しかしそれは、一般的な事件ならの話である。明らかに普通ではない、しかしこの学校的には普通とも言えなくもない内容に対して、全く興味を抱かずにはいられなかった。
夜な夜な闇討ちでバトルファックを仕掛けるといったような事をする相手。話をした後、時間が経つにつれて、シグルドの『X』への興味は深くなっていった。果たしてどんな姿をしているのか? はっきりしない犯人像の意味は? 共犯?
数限りない疑問が彼の頭を埋め尽くす。そして、それはやがて一つの方向性に収束していく。
辻斬りのような真似は褒められたことでは全くない。全くないが、やはりそういった事をする相手には、どこかである種の疑問を覚えてしまうのも人情ではないだろうか。
即ち。
強いのか?
また、勝つにしても負けるにしても、良い練習代になるかもしれない、という打算じみた考えもシグルドにはあった。
不明瞭な情報を持ったXという謎の存在も、夜にどこからともなく現れて襲撃をかけてくるというその性質も、その全てが対実戦用仮想練習と考えるならば、これほどうってつけの相手もそうそういない。訓練や試験では味わえない、一発限りの実戦という空気の一端を、少しでも感じる事が出来るかもしれない。
未知の相手と戦う事で、成長することが出来るかもしれない。二年の彼は、ただでさえ後輩のいじらしくも激しい突き上げに苦しめられる毎日である。
(まあ、聞いた限りじゃ被害に会った奴らは不意打ちに近い形だったそうな。あらかじめ襲われる事が分かってさえいれば、相手が仮に上手でも勝負にはなるはず……)
かくして抗えない自らの性とある種の打算が組み合わさって、シグルドは寒空の中、校内の敷地を徘徊していた。
……とはいえ、どんな理由や決意というものがあろうが夜中も夜中に独りで歩き回っていれば、やはり心にもどこか寒風が吹き出し始めるもので……。
「……うー、寒っ」
背筋を思わず丸めながら、シグルドは鼻の頭を擦る。
本人には時間間隔がないが、歩き始めて一時間と少しが既に経過していた。
出来るだけ人通りがせず、暗い道を選んで誘うように歩く彼の前に、しかしXはなかなか姿を表さない。
すぐにBFに持ち込まれる事を想定してか、脱がせやすい薄い服の上に直接分厚いコートを一枚羽織っただけという、まさに浅はかとしか言いようのない考えを忠実に反映した服装の彼には、時間を増すにつれて深まる夜の寒さは心情もあってかなかなか厳しいものがある。
目的の相手が現れないことでシグルドの纏う雰囲気が弛緩していくにつれて、吹き抜ける風は冷たさを増して凍り付いていく。そのうち、何でこんな事してるんだろうな俺、とかどうしようもない事を自問自答し始める始末であった。
――そろそろ戻るか。
進展がない状況と、どうしようもなく流れる思考を打ち切るように溜息を吐いて、彼は止まっていた足を動かすことにした。そもそも毎夜のように出ていたわけではない。簡単に出逢えると考えた自分が浅はかなのだ。
そうして強引に頭の中に沈殿するもやもやとした何かを切り裂いて、右足を曲げて伸ばす。その一歩を踏み出す。
その瞬間、ぴりっと電流めいたものが足元から背中を駆け抜けた。
はじかれたようにシグルドは落ち気味だった視線を跳ね上げる。その視界に入ってくるのは少し開けた空間と、その向こう側にある茂みばかりだったが、彼はその茂みが潜む闇の中に、確かな気配を感じた気がしていた。
耳をそばだてながら、ゆっくりと左手をコートの襟に引っ掛ける。
きたか?
巨大な二つの建物。
その間にある道を通り抜けて脇道に入った建物の裏。豊かな植生がそこだけは避けるように生えたような、広間のような空間。
遠目に見える建物の光も、植生に隠れて届かない。今日という日に偶然顕れた澄んだ月の光だけが、土色の地面を照らしている。
その場所に、青い髪を僅かに揺らしながら男がゆっくりと踏み込んでいく。
「……」
――まだこない。
はっきりしない気配に対して僅かな興奮はあったが、元から話を聞いていたせいか混乱はしていなかった。余計な目は配らず、直立の姿勢のままさわさわと揺れる葉の音の、その中にあるはずの何かに耳を傾ける。
そのまま動かない。空間の中央に直立したままの男も、いるかもしれない何かも。
――まだこない。
唐突に訪れた電流めいた直感のような何かが走った以降は何の反応も、はっきりとした音の一つもなかったが、シグルドの中では恐怖とも興奮とも違う何かが、ないまぜになって胸の内をただ昏々と占めていくように感じられた。
――まだこない。
それを予感といった。
一際強く、風が吹いた。空気が千切れた葉っぱと地面に落ちた枯葉とを巻き上げながら、夜の中を流れてゆく。青い髪がたなびき、正面から吹く風に思わずシグルドは左手を額の前へと翳した。
その翳した指の間から、まるでぬるりと滑り出るようにして、おぼろげな影が小さな像を描いた。
――きた。
それは姿を現した。
無言のままにシグルドは翳した左手をゆっくりと降ろすと、コートの裾を叩くように二、三度と叩いた。
見た事がないやつだな、とシグルドは思った。正体不明の『X』はひょっとしたら同じ学生の誰かか、或いは先生かもしれないとも考えていたが、彼の知る限りには目の前の存在の記憶はなかった。
彼の思い描いたような想像とは違って、茂みの奥から湧くようにして姿を表したのは、しかし彼の想像通り一人の女性だった。身長はやや高め。淡いすみれ色の長い髪が、風にたなびいて女性から青年の方へ、まるで誘うようにゆらゆらと伸びている。瞳は暗闇の中にそっと咲くリンドウのような深沈とした印象を感じさせる紫色をしていたが、それが何を映しているのか、その奥に何があるのか、とても見通せそうもなかった。身体全体を覆い包むような黒い外套を纏っており、首の上以外は手首から先と足首から下が僅かに覗ける程度で、どんな姿をしているのかはほとんど判別できない。
「お前は誰だ?」
ほとんどというのは、静々とした彼女の代わりに強く自己主張をするかのように、首筋のすぐ下あたりから外套がこんもりと持ち上がっているからだった。覆い隠されているものの、遠目でもはっきりと分かる突っかかりはその大きいだけでは済まない全体像を否応なく喚起させるに十分であった。その闇に溶け込むような外套に弾丸のような凶物を隠し持っているのを感じ取って、シグルドは二重の意味で身震いした。
それでもほとんど間をおかずに自身の言葉を接ぐ事が出来たのは、それらを上回る警戒心が占めていたからだろう。
しかし、彼女からそれに対する応答が発されることはなかった。
何か言いたげに口を開くという事すらなく、ゆっくりと外套を翻す。ただ一度、その不明瞭な光を湛える紫の瞳を振り返るようにしてシグルドに向けて。耳に入るものは流れる風の音くらいしかしなかったが、シグルドは唐突にそれが誘いのようなものだと閃いた。
さと、さとと幽霊でもない確かな足音を立てて闇に溶けていくXの後に、訝しみながらも足を向ける。
程なく茂みを抜けて、あちこちが汚れた白塗りの外壁が見えた。裏口のような位置に作られた扉には、僅かに鉄錆がついている。扉は既に開いていた。相変わらずシグルドの耳には何も届いていなかった。錆付いた扉が、風に煽られて少しばかりきいきいと揺れた。
注意しながら彼が室内に入ると、灯りのない校舎の中で、すぐ近くの部屋に入っていく漆黒の切れ端が見えた。僅かに自身をはためかせながら消えていくその様子を手招きされているように感じた。使い物にならなくなっている扉の鍵穴を視界の端に納めながら、彼は迷わず踏み入った。
シグルドが部屋に入ると、鼻の頭をふと埃がよぎる。
「あなたは誰?」
板張りの床の上に張られた、長大な正方形のマットの傍。開け放たれた窓から吹き入ってくる風に月明りを受けた淡い色の髪と、黒衣とを揺らめかせながら、彼女はそう尋ねるように呟いた。灯りのない闇の中で、その薄紅色の唇の端は僅かに持ち上がっている。
神秘的といえばそうだが、どこか現実離れしたその様子に男はどう答えたものかと悩み、
「シグルド」
結局、それだけ答えた。
女は一瞬の停滞の後、そう、とだけ相槌を発してから、彼に向かって微笑みかけた。
微笑みかけられたシグルドはといえば、ゆっくりと歩みを進めながらも内心困惑していた。目の前の人間がどういう相手なのか、確信を持つことができない。警戒していた不意打ちが来なかったのもそうだったが、目前の存在が想像とかけ離れている。
BFを行うものならば誰であれ纏う、こなれたというか、爛れたというか、そういった空気がまるで感じられない。かといって畏敬を抱かせるようなある種の超然としたものもない。
シグルドはいまいち、月明りに立つその存在を計りかねていた。
「お前がXだな?」
少しばかり語気を強めたその質問は実のところあまり意味がなかったのだが、ぶつけられた彼女は、初めて人間らしい、といえる表情を見せていた。
きょとんとした様子で彼女自身に指を差す。
「そう、お前だよ」
「私が、エックス?」
毒気が抜かれるような気分をシグルドは味わっていた。それはまるで子供が物を覚えるかのような調子だった。
若干肩の力が抜けていくのを感じながら、違う角度から彼は訊き直すことにした。
「……お前じゃないのか? 最近、夜に何人も襲ってる襲撃者の犯人ってのは」
「それは、私かもしれませんけど。私はエックスなのですか? 一体いつからそのようなことに?」
――何だ、こいつ?
小首を傾げながら尋ねる彼女が正気かどうか、彼は思わず疑わざるを得なかった。会話は、相手が喋ることへの予想があってある程度成り立つものだ。その予想が追いつかない。
かといって挑発して有利に事を導こうとしているにしては、あまりにも彼女の諸所の動作は幼すぎた。
「……ともかく、お前が犯人に間違いないな?」
「犯人、犯人と言わないで頂けませんか。気分良くありません」
「そう言われてもな」
「それよりも、ここまで着いて来たのですから私とBFをしませんか?」
さてどうするか、とシグルドが悩んだのはほんのまばたきが終わる程度の時間に過ぎなかった。
通り名通りであれば闇討ちをするような相手である。シグルドは半分模擬戦のつもりで来ていたが、相手が相手ならいざとなれば最中に延髄切りでも叩き込んでやろうかと考えてもいた。
尤も、その考えは既に彼の中から消失していた。
興味は既にXというおぼろげな存在から、目前の女に移っている。どことなく思考が浮遊しているような印象を受けるこの相手が、自分と同じ候補生達を気絶させてきたという。
「……わかった。いいだろう」
その噂か、或いは演技に、自身が騙されているのか? いずれにしてもBFを挑んでくるというのであれば是非もなかった。
靴を乱雑に脱ぎ捨てると、彼は巨大なマットに上がり、片足ずつ沈めながら不動の状態でステージの脇にいる彼女の方へと近付いた。
「それは良かったです」
彼女はそう言って、一段上にいる男を見上げた。近くにいる彼の姿を捉えるかのように、ややぱっちりと開けられた瞳は微動だにしない。
「まあ、断っても押し倒したのですが……」
マットの上で靴下を脱ぎ捨てながら、シグルドはすぐ目の前にいるXに改めて視線をやった。近くで見ると肌は透き通るようで、その淡い髪や瞳の色と合わせて完成された造形品のようだった。遠目からでも判断がついた外套の中の火薬庫は、なおさら圧倒的な存在感を彼に示している。
お互いに直立不動のまま、暫し上下で見つめあう。
開戦の合図を行う第三者はいない。
どちらも目を離さないその様子は、先制攻撃を奪おうと、水面下で激しく牽制し合っているようにも見得る。
緊張が流れる。
やはりどちらも目を離さない。
離さない。
離さない。
離さない。
……。
…………。
へくしゅん。
いい加減寒さに身体が冷たくなってきたシグルドが、なんとなく耐えかねたように頭を掻きながら口を開いた。
「あのな」
「何でしょう?」
「BF、するんだろ?」
「そうですね。……何でしょう?」
「……。いや、何だろうな……。脱がないのか?」
まさか『掛かってこいよエックス!』などという事を言うわけにもいかず、シグルドはとりあえず最も気になっている事を尋ねることにした。
上着を脱ぎ捨てるとほとんど残っていない彼に対して、彼女は外套を纏ったままだった。動く様子もない。
ひょっとして自分が間違っているのだろうか、本当にこの人は迷い込んできたちょっと寝ぼけた人か何かでBFというのは他の何かの略語なのだろうかそう例えば朝食とか疾風のゲイルとか?
そんな事をシグルドが考えていると、向かい側からさらに不可解な言葉が飛んできた。
「あなたは脱がないのですか?」
「俺は脱いでるだろ? いや、まだ全部じゃないけどな。お前が――」
「私は」
呆れるような口調を遮って、Xが淡々と口を開く。その様子にシグルドが怪訝な顔をする。
するとXはあくまで表情に平静を保ったまま、その黒い外套の脇からそっと細い左腕をはみ出してみせた。引っ掻き傷の一つもないその肌はただただ青白く、まるで月の光を吸っているかのようだった。
その腕が、ゆっくりと持ち上がる。身体と垂直に伸びた腕の先が、誘うように手首を返す。
シグルドの視線がその動きを自然に追っているのを確かめると、彼女はそのまま腕を折りたたんで外套の首元に手をかけた。
そして、その視線が手の動きを追って最大限自分に注目している、その間に――
「もう脱いでいますよ?」
一息に、左手を払った。
ぱちん、という留め金が外れる音が一つしたかと思うと、Xが右肩から払う左手の動きに従って、黒の外套が翻る。さらに間髪入れずに彼女の膝がぐっと畳まれた。
猛禽類の狩猟を連想させるような、素早く、力強い躍動と共に、その足が床を蹴った。
シグルドはといえば、払われた外套が完全に目くらましとなり、突然視界が狭まった事に狼狽していた。それに理解が追いつくより前に晴れた視界から飛び込んできた存在に、シグルドの思考は凍りついた。
二人の間にあった距離を瞬く間に詰められ、シグルドはほとんど本能的に両手を身体の前に突き出したが、牙を剥き、自らを剥いた彼女には無駄だった。両手をかちあげられ、その勢いのままにXは上背に飛びついた。
「ンっ……」
唇と唇が、柔らかく触れた。
ともすれば歯と歯が衝突するかと思うほどの素早さで行われた、シグルドが思わず目を瞑りかねないほどの吶喊であったはずなのに、Xの足元が細かく刻まれると完全にその勢いが死んだ。
狩りのような跳躍はその寸前で羽毛が空気の中でたゆたうような滑らかな動きに変化して、正体不明の唇がそっとシグルドのそれに被さる。その線の薄い唇が一切の抵抗もなく吸いついて、沈み込んでいく。
「ん……ふ、ちゅ……じゅ、るっ」
「むぐっ……は、く……!」
シグルドにとっては、不意打ちを喰らったような形になった。自身の無警戒を呪う暇すらない。
機先を制したXの唇に吸い付かれ、間もなく舌につつかれる。ぬめった舌に下唇を舐られ、歯をなぞられると防壁を果たすはずの歯並びは主の混乱を如実に反映してあっさりと割り開かれ、口内への侵入を許してしまう。
月光に晒した裸身がするりと彼に密着すると、その舌と同じように身体に絡み付いていく。僅かに興奮を示して上がり始めている彼の体温に比べて、彼女の肌はその淡水のような印象にそぐわず冷ややかであった。その肌が全身を撫でるように擦れると、シグルドは全身を硬直させる。
その間に、さらに舌が口内へ滑り込む。
まともな抵抗をすることができない彼の口内を滑り、あふれ出してくる唾液ごと付け根を舐り、思うがままに貪りつくす。
「じゅるるるっ……れぇ、ろ……ん、ふ、ちゅ、る、んっ……はぁ、じゅぶ、んん……じゅるぅ」
そうして口技を披露しながら、Xは片手であっという間に僅かに残った彼の着衣を外してしまっていた。早業を終えた片手はすぐにシグルドの身体へと戻る。
そのまま彼女は僅かに背伸びをするような体勢になると、上から唇をさらに強く押し付けて、体重をかけながら圧しかかる。
水音が一層激しさを増す。
蕩けるような快感に乗せてじっくりと体重が掛かり、シグルドの足が沈み込む。
「ん、んむっ……!」
が、しかし、不意打ちを利用した一方的な責めはそこまでだった。
背後に向けて傾いていく己の身体が危機感を撒き散らし、遅まきながらようやく混乱を脱したシグルドが、倒れみかねないところを膝に力を込めて踏み止まる。
意思が働かず防衛本能のみで働き、いまそれすら舐め溶かされようとしていた舌が滑り始め。口内に入ったXの舌を追い出しにかかる。
「んぐ、じゅるっ……むゆ、ん、る……ふぅ」
「く、んむ、くちゅる、んじゅっ……じゅる、るるるっ……」
彼の目の前では、僅かに瞳を潤ませながら正体不明の女が舌を絡ませてきている。僅かに上気した頬と、漏れ出る熱を持った吐息は彼女が興奮している証拠だったが、その造形は不思議と一片も崩れていないように思われた。
二枚の舌同士が、お互いの主導権を巡って蠢動する。蹂躙は応酬になり、淫靡な水音自体は少なくなっていたが、互いの耳朶には舌同士が擦れ合い、貪りあうような激しい音が聞こえていたことだろう。
そんなお互いにねちっこく絡み合うような動きをしていたのは始めの方だけで、そのうち舌同士を合わせて押し引きをするような、舌の腹部分をどちらからともなく擦り合わせるような舌合わせが続く。
Xとしては深入りを避けた形が反映され、シグルドとしては一刻も早い状態の建て直しを望んだ形となった。
有利を狙うための舌戦というよりは、興奮を煽りあうような情熱的な舌同士の遊戯。それゆえに、身体の力関係を覆すようなものではない。
単純な押し合い圧し合いの勝負であれば、上背のあるシグルドに分がある。反り返りかかっている身体を戻すのは、それほどの苦労も伴わなかった。
伴わなかったが。
――んぐっ……んん、む、ふちゅ……ぇ、ろ、んく……
段々と熱を持っていくその身体に反比例するようにして混乱するシグルドの思考が徐々に冷静になっていくと、一時的に麻痺していた感覚が戻ってくる。
それゆえに、シグルドは表情を顰めざるを得なかった。
四肢に絡み付く白磁のような肌は、飛びついてきた時の冷ややかな感触は驚くことに既になく、しっとりと熱を持っていた。
ぴったりと唇のように吸い付いてくる滑らかな肌は、まるで二人の身体の温度差に融け合っているかのような錯覚を起こさせる。僅かに浮いた汗が触れ合った部分に吸い込まれていく。
さらに、互いの身体の間に挟まるようにして存在するそれが、たびたび強くシグルドの身体に圧しつけられる。
「はぁ、ん、ちゅろ……ぁ、くふ、んんんっ……」
情熱的な舌と唇を交し合っているので、彼はそれを視界に納めることはできなかったが、それが却って想像を掻き立てる。
意識せざるにはいられない。
外套を纏った上からでもはっきりと自己主張していたそれは、果たしてシグルドの予想を超越したものだった。
その見事な大きさもそうだったが、張り出したそれは瑞々しい張りを保ったまま、ほとんど地面と並行に浮かんでいるのだ。
紡錘円状の形をほとんど完璧に保った、重力法則に真っ向から喧嘩を売っているとしか思えないその胸は、膨らみというよりは隆起と呼ぶに相応しかった。
そんな二つの武器が、舌を押し付け合いながら腕を回して愛撫し合ううちに、みちみちと押し付けられる。
「ん、むっ……く、ちゅる、ぁ……くっ」
「ふぅ、んむ……ちゅ……私の身体、どうですか?」
自信満々に張られた胸は、その異様な外見にそぐわず凄まじい張りと、弾力とを誇っていた。
むにゅむにゅ、というような生半可なものではない。
身体が沈みこみ、包み込むような柔らかさとは違う。押し込めば弾けて押し戻されるかのような圧倒的な弾性。
それがXの身体とシグルドの胸板とに挟まれるようにして、その間で跳ね回り、嘗め尽くすかのように暴れ狂っている。彼女が身体を寄せると、緊張感を保ったままぎにぎにと歪みながら彼に強烈な圧力を加えていた。
合わせた胸にはじき出されてしまいそうな。
蕩け、溶かすというより、合わせた胸部から背中まで、神経をぐりぐりと突き抜けるようにえぐられるような感覚。
キスの応酬と、絡み合う肢体と、身体にめりこむような乳房。それに不意打ちされて跳ね上がった心臓による緊張がだんだん解けてくると、同じようにシグルドの我慢の頂点も押し下がっていく。
とろりと、その怒張から透明な粘液がこぼれていく。
舌を嬲りあい、頬を紅潮させながらも、奇妙なほどに落ち着いているXは敏感にその気配を感じ取り、掬い取ろうと太腿を伸ばす。
「んっ」
しかし、持ち上げようとしたその時に、股の間にシグルドの足が割り込まれた。
シグルドにとっての不幸中の幸いは、捌くのが難しいその弾けるような乳房での悩ましい誘惑が、X本人にとっても難易度が高く、扱いきれていないという点にあった。興奮を煽るものではあるが、技巧に淀みがあるそれは隙を生み出せなかった。あるいは見るだけで釘付けにしかねなかった情景は、キスの攻防で視界から外れている。
次の動きに迷ったのか、Xの動きが一瞬淀む。
すかさずシグルドは絡んでいた手を振り解いて、両肩を下手で掴んで押し退けた。
「ん、ふ……もっと、くっつきませんか? それとも、私の身体、そんなにいっぱい見たいですか?」
「見る時間もなかったからな。やってくれやがって……」
脇の下から肩甲骨を掴んでいる手は、Xが下に潜り込むという選択肢を奪っていた。やや持ち上げられるような形になったXは、不安定な足元を確かめるように足の先をぱたんぱたんと動かしている。
腕が伸びきるだけの距離で男と女の相反した裸身が対して、初めて両者は相手の生まれたままの姿を目にしていた。
基本的に筋肉質であり、ところどころ引っ掻いたような残り傷が見受けられるシグルドと、傷や怪我の一つもないX。その白く滑るような肌を持つ身体は歪の一つもない、大胆な稜線を描いている。
その青白い肌が今は快感に身を焦がして熱を持ち、頬は紅く紅潮している。しかし静寂を感じさせる落ち着いた声色と、潤みながらも焦点が驚くほどはっきりした瞳が、淫らというより秘めやかな魅力を感じさせていた。
あるいは、もっと別のものだったかもしれない。
シグルドはむしろ、そう見ていた。奇妙な不意を突かれたことへの動揺と、異常な状況とが、それを促進させたのかもしれない。
しかし、それが何なのかまでは分からない。
X特有の乳房が、時折身をよじらせるためにふるふると揺れていた。突き出した弾丸のようなそれは、ただ上下に揺れるそれだけでも男を篭絡しようとしているかのようだった。
彼は直接触られてもいない陰部が熱くそそり立つのを感じた。Xは視線をそれに絡めながら、蕩けた声色でどうにか誘導しようとする。
「ん、はぁ……離れて、しまいました。心地良かったのですが……まだしませんか?」
「物足りないのか」
「それはあなたではないのですか?」
「そうかもしれないな」
ふっ、と、シグルドは悪戯っぽく微笑した。
Xの肩を掴んだまま肘をたたみ、伸びた彼女の腕の中へと、足を一歩進めた。
「口寂しいぞ」
ただし、体勢を低くして。
「ぁ、ふぁ……んっ」
少し屈んだ体勢になったシグルドが、Xの脇の下に手を差し入れながら、膨れ上がった峰乳に口付ける。
Xの身体がびくりと震え、鼻から抜けていくような脱力した声が辺りに響いた。その足が思わず後ずさろうとするが、比較的大きなシグルドの手を脇に差し込まれたままだ。退けない。
「れろ、ん……ちゅ、ぴちゅ、んくっ」
「ぁんっ……ぁっ」
先程まで唾液と唾液を混ぜ合わせ、ぶつけ合っていた舌が、突き出した乳房の先端に触れる。
左側の頂点をすぼめた先で刺激を促すように軽くつつき、その後は混ざり合った唾液を押し付けるように、その周囲に舌の腹が押し付けられていく。
「凶器みたいな胸だが、こうしてみれば手を出しやすいな。誘ってるみたいじゃないか……ん、れろ、じゅるっ!」
「ん、ぁ、ふぁ……んっ。あ、そんな……私のおっぱい、そんなに舐めてぇ……」
全く垂れ下がらないその胸は、シグルドが顔を少し突き出せば触れられる位置にある。身体から飛び出したような形を保つそれは事実、弱点を大仰に曝している風にも見えた。
首をいやいやと振るような真似はしなかったが、Xは時折中空を見つめるように上を向きながら、喉の奥から堪えきれない声を生暖かい空気と一緒に漏らしていく。
抵抗しようにも、前のめりの体勢で先端を啄ばまれて、手出しができないようだった。
そんな事をしている間にも、じゅるじゅると音を立てて舌に乗せた唾液が左胸に塗りたくられる。薄い桃色の、小さめの乳輪を周回するように舌が蠢いて、否応なく感覚が研ぎ澄まされていく。
「ん、れぇろ……ふ、む」
「ぁ、んんっ……そんなに、ぺろぺろ舐めて……はぅ、んっ、胸が汚れてしまいます……離してくれませんか」
「む、ちゅるっ……お前のも混じってるんだぞ、これは」
「あなたのが汚いんです。私のは……はぁ、ん……んんんっ……!」
「んぢゅ、ぢゅぢゅぢゅる……っ! ……さっきの利子をつけて返してやる」
シグルドの位置は容易に相手の膝をもらいにいくような体勢であるが、バトルファックにはニーキックもなければシャイニングウィザードもない。
彼女がその足を伸ばせば、恐らく今でもその亀頭に粘膜を張り付かせているだろう彼の局部を責めることはできるであろうが、Xはそれをしなかった。いや、できなかったというべきか。彼女の中にある何かが、危険だと警鐘を告げていた。
そして彼女が危険を感じている通り、そこにはトドメまで持ち込もうとする彼の思惑の一つがある。
(足をちょっとでも上げてみろ。組み敷いて正常位まで持ち込んでやる)
地面から足を離せば、押し倒される。シグルドの腕が背中側に回っていれば頭を抑えて後ろに倒れ込むことも出来ただろうが、肩を押さえられていては途中で抜けられる。
かといってじっとしていれば、このままさんざん責め嬲られ、脱力したところを転がされるのは誰が見ても明白だった。
彼の背中から外れて、所在なさげに彷徨っていたXの両腕に力がこもる。
「そんなに返したいなら、手伝ってあげましょう……ふふ」
「ん、むぐっ……!」
そのままシグルドの後頭部に巻き付けると、腕の力だけに任せてぐいぐいと引き付ける。
後ろ側から押し付けられる両腕の力には流石に抗えず、彼の顔面はぐにぐにと弾力に押し付けられ、目前にじっとりとした汗と何かが混ざったような匂い漂う肌色の一面が広がった。
「ひぁっ……んく、ん、いかがです?」
弾力を以って跳ね返そうとする乳房に力ずくで押し付けると、当然のように凄まじいまでの圧迫感がシグルドの顔に押し寄せてくる。
「もっと埋めてみませんか?」
肌理細やかなそれが、顔の凹凸に喰いつくように適合する。弾性を持った乳房で顔を抑え付けるように腕を引きつけながら、Xはシグルドの青い髪を激しく揺れる弾力の間に、自らの誇る桃源郷に引きずり込もうとしてくる。
――私の谷間の間、汗とか溜まりますから、凄く濃い匂いがすると思います。私と同じくらい大きい、普通の人ほどじゃありませんが。
――その代わりに、このおっぱいで、両側からたっぷりいたぶって差し上げますよ。
真上からの煽り立てるような提案紛いの甘言を耳に入れながら、シグルドは頭を振りかぶって抵抗した。
甘い言葉とは裏腹にXの腕と弾力のある乳房は、隙あらばその苛烈にして甘美なトラバサミに引っ掛けようと激しい誘引を仕掛けてくる。
「む、ぐぐぐっ……は、ふっ……ん、ちゅ、ちゅぱ、ぢゅ、るるるっ……!」
「そんなに一生懸命ぁん、あふ、ああっ……!」
さすがにシグルドもされるばかりではない。月明りの中で黒くも見えるその青い髪を振り乱しながら、自らの得意分野に持ち込める隙を作り出そうと躍起だった。
突き出した乳房の先に、二段ロケットの先端のようにちょんと飛び出した、その桜色の突起を口にちゅるんと含めて吸いあげる。
そうして後頭部の拘束を緩めながら、肩を抑えこんでいる手と、不安定な足場に置かれた二本の足に精神を集中し、傾倒しすぎず、身体の姿勢を保持していた。
後ろからの圧迫と、凄まじい乳圧はまるで頭を谷間の中に押し込もうとしているかのようだったが、ぎりぎりで踏み止まっている。
「ん、く、ちぅ、ぢゅ、ちゅううううっ……!」
「ぁ、ふ、ひぁっ……」
舌先の繊細な動きは元々そこまで得手ではない彼は、咥えた乳首を舐るより吸うことに力を入れた。
乳房に押し付けられるたび、じっとりとした匂いが鼻の奥を通って脳髄を擽る。
度々気道を圧迫される事による呼吸の困難さが、余計にそれに拍車をかけた。
「はぅ、あ、んんっ……そんなに、おっぱいに奉仕されて、ぁ、しまうと、ぁあっ……♪」
「んんっ……ちる……んぶ、んんんんっ……!」
しかし、やはり不利なのは明らかにXの方だった。
隙を作り出そうとするその行為は、しかし相手をより性感帯に押し付けることになる。彼女にとってはその行為は、元々スーサイド的なのだ。
今の行動は何とか乳房の間まで追い込めれば、という思考の現れとも言えた。
身体能力が悪くない彼女でも、彼女自身では体勢を変えられない。
彼女では。
「あふ、んぁ……そんなに強情にならずに、んっ、もっと楽しんでいただけませんか」
「んむ……く、げほ、ん、じゅる……」
責めるシグルドにとっても決して楽な状態ではなかった。
相変わらず後ろ側から締め付けてくる両腕の力は馬鹿にできない。いなす事ができない状態では、快感を与えながら持ち応えるしかない。
乳房に顔を時折押し込まれ、責めに使っている分も合わせて呼吸は楽とはいえない。時折ちらちらとのぞく彼女の谷間が、今か今かと待ち構える凶悪なトラップに見える。
このままただイくのを待っていれば、主導権を奪われる。
ばくばくとやけに五月蝿い心臓の音を聞きながら、シグルドはそう確信していた。
隙を窺うために、彼は聴覚と触覚に神経を集中させる。視界は時折解放されるものの塞がれている時間が長いし、何より彼の経験がこういう際の駆け引きに視線は危険だと訴えていた。
「れろ、ぉ、んぶ……くりゅ、るるっ……! ん、んっ」
「はふぁ、ん、苦しそうですね。かわいそう……ぁ、あっ! 早く、早く、来てください」
悩ましく腰をくねらせながら吐くその言葉とはやはり正反対に、その腕力がより強くシグルドの頭に発揮される。
彼は吸い上げるのをやめると、探るように舌先で、乳首の周囲を弄り回す。既にぷっくりと充血したその周囲を、丹念に。じっくりと、ゆっくりと……相手を焦らすかのように。
耳を立てながらXの身体の震え一つも逃さず感じ取ろうとするその様と、色づいた脂肪の上を這い回るその舌の動きは、獲物に襲い掛かる時をじっと待っている蛇のようでもあり、再三自身を落ち着かせようとする意思の表れのようでもあった。
「私のおっぱいは美味しいのですか? それなら、もっと――」
Xが再び口を開こうとした時、焦らされていた乳首にシグルドが思い切り吸い付いた。
「! ちる、ふ、じゅるるるるるっ!!」
「ひゃぁんっ!」
高い声が月夜の部屋に響き渡るのと同時に、シグルドの神経が震える身体の様子を敏感に掴み取っていた。
ぴったりと埋めた顔から伝わる、脇に差し伸ばした手から伝わるその感覚。ほぼ頭上から響いてきた、高い声。
後頭部を締め付ける手から力が抜けていく。
シグルドは咥えていた唇を素早く離し、顔をあげながら、踏ん張っていた足に力を込めて、肩を抑えていた掌を角度を変えて押し出した。
当然Xを押し倒して、勝負を決めにいくためである。
その押し出す左腕が、ふいに掴まれた。
「なっ……!」
「♪」
気がつけば、抜けられていた。
脱力していたはずのその身体を軽快に弾ませて、シグルドの右手を外し、身体を傾けながらその右手で左腕を掴み取っている。
それが一瞬押し出すために踏ん張った際、力が抜けた時だという事に彼が思い至る前に、彼女は動いていた。嘲笑するでもなく、喜悦するでもなく、淡く微笑みかけながら。
彼女は体勢を変えるきっかけを掴むことはできなかった。自分では。
或いはシグルドがもっと視界に気を配っていれば、誘うような言葉を投げかける彼女の表情に潜んでいたかもしれない何かに気付けたのかもしれないが、いまさら詮のないことであった。
焦れていたのは責められていた方ではなく、責め切れない方だった。
「っ!」
何とか追いたいシグルドであったが、Xは彼が踏み出してきた勢いを利用するようにして掴んだ左腕を引っ張った。
前方へ引っ張り出されてたたらを踏むシグルドを尻目に、自身はその反動を利用しながら身体を半回転させて左側から素早く回りこむ。
向かうはシグルドの背中側。
気付いたシグルドが左手を伸ばして懸命に追いかけるが、Xの軽やかなステップは容易くそれを振り切った。
「ふふ、捕まえてしまいました」
「すばしっこいやつ……!」
前かがみになったシグルドの背中。そこにぴったりと張り付いたXの左手が、完全にそそり立ってしまっている熱い逸物を握り込む。
大きな背中には、執拗に彼をとらえようとした乳房が押し付けられる。僅かな時間で裏を取られた彼には、さぞかし屈辱的で甘美な感覚であることだろう。
「鳴き真似なんてするとはな」
忌々しげに言葉を吐き出すシグルドには、焦りと自己嫌悪、そして未だに困惑が交じり合い、思考の中を煙っていた。
焦っていたのは確かだったかもしれない。しかしあの声が演技で出せるような類であるものなのか? 反応が全くの嘘だなんて、そんな事があるのだろうか?
しかし、そんな事を深く考えているような場合ではなかった。そうするべきではなかった。そうでなければ、まだすぐに距離を取ることが出来たかもしれないのに。
「案外本物かもしれませんが。……それで、今度は私が鳴かせても構わないのですよね?」
右腕を彼の上半身に巻きつけて、身体を背後から密着させながら、その左手で怒張を弄くり始める。
薬指と小指を絡めるようにして段差にきゅっと刺激を加えながら、人差し指の先がふくれあがった先端で膨らんだ穴を、くりくりと刺激する。
直接の刺激はされていなくても十分に昂ぶってはいた彼のそれは、繊細な指使いにたちまち我慢汁を漏らし始める。
Xの人差し指の先が、粘液に汚れていく。
あくまで秘めやかな、しかし火傷するかと思うくらいに熱い吐息がシグルドの背中に吹き付けられ、脊髄が大仰に反応していた。
「あぁ、でも、もうこんなにどくどくと、泣き出してしまっていますね……」
「ぅ、ぐぐっ……」
「いい子、いい子――」
Xの掌が鈴口に押し付けられ、子供の頭を撫でるようにゆっくりと、弱い力ですりすりと擦られる。
その間にも溢れ出す粘液が陶磁のような掌に絡み付いて、同じ力の往復なのにぬめぬめとした別物の刺激に摩り替わる。
「――とは、そうそうしてあげられないのですが……」
てのひらの中央が鈴口に軽く押し付けられると、シグルドの跳ねた鼓動が背中越しにXに伝えられる。
傘が閉じるかのようにXの五本の指が降ろされ、その指先がそれぞれ幹の部分に触れる。さほど時を待たず、そのてのひらがぬるりと亀頭を滑り降りて、幹に這う。シグルドがたっぷりと吐き出した、吐き出させられた粘液のおかげで摩擦は軽減され、快感だけがその身体を駆けた。
陰部を包むような形になった左手をゆっくりと上下、あるいは前後させながら、彼の耳元に近づけた唇から情欲の炎が言葉になって揺らめき、耳朶を火炙っていく。
「私も、利子をつけて返しても構わないでしょうか。構わないですよね」
「はぁ、うっ……!」
「シグルドのせいで、私の乳首がこんなにぱんぱんに立ってしまったのですよ……」
責任を取って下さるでしょうか。
抑揚の少ない声でそう呟かれながら、重なるようにして強烈な弾力がシグルドに押し付けられる。
Xが捻るような動きをしていくと、ぐにぐにと押し潰されながら背を圧迫する。
軽く身体を揺すると、つぶれた胸がその弾性によって勢いよく跳ね上がり、その先端の小さな突起物が筋肉を素早く撫で上げた。
そして再び、上からかぶせるようにして強く押し付けられる。
「背中からでは、見られないのが残念ですね。こんなに私のおっぱい、凄いことになっているのですが」
「乳首をそんなに立てやがって……オナニーなら一人でやってくれ」
「それでは、あなたも腰を振ってみませんか? 私の手まんこ、気持ちよくなるかもしれません」
陰茎を握ったまま緩やかな反復運動だけを繰り返していたその手に、だんだんと技巧が重ねられていく。
人差し指を段差の陰にはりつかせたまま、捻るようにして回転させる。中指を段差に加えて抑えながら、親指を亀頭の先に強く押し付けて、残りの二本の指で竿を擽り続ける。滑り降りた親指が竿に当てられ、残りの指が裏筋からゆっくりと這い上がりながら、先端を一本一本が跨ぐようにして滑っていく。
正確に快感を与えるその動きにシグルドの陰物はますます熱く滾り、下腹をめがけるようにして反り返っていき、それがまたXの手伝いをしているかのようだった。
前は手で弄くられ、後ろは乳房を叩きつけられる前後攻撃に、シグルドは確実に追い詰められる。背後から絡み付くXに見えない彼の表情が、前後攻撃による快感を噛み潰すかのように苦々しい顔をしていた。
いや、違った。
それに苦しんでいるのも確かだ。それも確かだが――
(やばい、いや、既にやばいが……それ以上にこの体勢はやばい)
立ったまま後ろから抱きすくめられるという体勢は十分危機に値する。特にその相手が、擦れるたびに溶け合うような錯覚を起こさせるような肌の持ち主だったり、感触だけで脳味噌を蕩けさせるような乳房の持ち主であればなおさらである。
しかし、シグルドにはそれ以上にどうしても考えざるを得ない事情があった。
後ろを取られて無防備な状態を曝すというのは、彼にとって絶対に回避しなければならない事態なのである。
今にも責めているXの気が変わって。
或いはこうしている自身の感情の揺れを悟られて。
無防備に曝け出したそこを責められたら……そう彼が考えると、誰知らずその後ろの穴がきゅっと恐怖にすぼまるのだ。
そしてそれは彼に、Xの前後攻撃からの脱出を後押しするに十分だった。
信念や耐久力というより、差し迫る恐怖をきっかけにして彼の身体は行動を起こしはじめた。
余計な緊張を解すように一つ大きな深呼吸をすると、彼はややよれ始めていた足を踏ん張りなおす。腕は後ろ手に回してXの身体に巻きつけながら、前屈みになったような状態から直立へと体勢を戻していく。
「あら。握りやすく……手伝ってもらえるのですか?」
「ぐぅ、ううっ……」
しかし、必然的に腰は前に突き出されることになる。ここぞとばかりにXはぬるぬると零れ落ちる粘液を掬い取り、コルクを捻るように回転を加えながら扱きあげる。根元から誘うように裏筋をなぞり、五本の指が亀頭に集中砲火を加えると、今にも膝を自分から折りたくなるような強烈でもどかしい快感が全身を駆け巡る。
さらに背中側からは甘美な圧迫感がシグルドを苦しめる。身体を起こしていくという事は当然自分から押し付けることになり、形を変えて弾むその感触には逆に残った理性ごと弾き飛ばされてもおかしくないほどだった。
それら全てに、シグルドはぎりぎりと歯を食い縛るようにして耐えた。
あるいはこの時、がら空きになっていた他の部分を責められればあっさり膝を折ったかもしれなかったが、そうはならなかった。それが表していることにシグルドが気付く余裕も、またなかった。
上背を利用して、直立からさらに身体をXの方に預けて、いやもたれかかっていく。ぐにゅりと、間に挟まった胸が変形しながら体重が掛かっている事を訴える。
その段になるとXもシグルドの狙いを察したようだった。
体格差を利用してこのまま後ろ向きに倒す気なのだろう。
彼女はそれを察すると、彼がこちらに上半身を押し潰すためにマットを蹴るであろうその時を予測して、黙ったまま左足をじりと半歩ずらした。
そうして対応するための体勢は整えたままに、左手は殆どノーガードになっている彼の急所を弄ぶ。
にちゃにちゃと、大きく音を立てるようにして扱く音が大きくなる。
粘液をかき混ぜ粟立てるような淫靡な音の他にはほとんど何も聞こえない、そのわずかな間に行われた駆け引きのいかほどのものか。
月夜に吹いていた強めの風は、すっかりその勢いを潜めて窓枠のカーテンを静かに揺らすのみになっていた。
くちゅくちゅと、Xの左手の指の間に引いた糸が垂れ、竿の部分が揉み込まれようとしているその時、シグルドが動いた。
切欠らしい切欠をお互いに掴めず、仕掛けたのはやはり追い込まれている側だった。
半歩分だけ前に進めた左足をマットに押し付けて、今までのゆっくりとそれとは比べ物にならない勢いで、背中を反らすようにして後ろに体重を傾ける。それは切欠を掴むことができなかったとはいえ、それ自体が不意打ちじみた身体運びだった。
しかし、Xもそれには確り反応していた。
そもそも彼女は、目の前で陰茎を扱き立てながら、一方的にシグルドの反応を見ることができるのである。何かの隙をつくかしない限り、こういう事態は必然的ともいえた。
彼の動作に合わせるようにして、彼女の右足が大きく一歩下がる。体重が踏み込まれて、足が僅かに沈み込む。
ほとんど予測通りの動きに対しての対応。
それはシグルドの劣勢を加速させ、彼を柔らかなマットの上に押し込んでの一方的な搾精劇の開幕を告げることになるはずだった。
瞬間、シグルドの右足が、Xの股の間を通すようにして内側に差し込まれた。
その足に、力が漲る。
「おおおおっ!」
Xが後ろ足に体重を乗せたのとほぼ同時に起こった急な事態にもXは混乱せずに対応していたが、反撃を狙うものにとっては十分な時間であった。
シグルドの右手は彼の身体に絡み付き、いま一旦離れていこうとしていた右腕を掴んでいた。間をおかずに、その右腕が引っ張られる。
高めの身長を持つ彼女の身体が、わずかに浮き上がる。
「そう簡単に――」
「!」
彼女の手から離れようとしていた陰茎をもう一度確かに手元に引き寄せようとして、左手が握りこまれる。
わずかに何かが触れる感触がして、握りこまれたこぶしの中には、しかし虚空しかなかった。
「――いくかよっ!」
いやらしい音を立てていた彼の股間から、彼女の左手が粘液によって、やはりいやらしく滑った。
ぬるり、と。
指の間を抜けるように男の急所が、それによってもたらされるはずのものも、こぼれ落ちていってしまった。
慌てたように踏ん張ろうとする彼女だったが、その左足がシグルドによって差し込まれた足で根元から払われてしまうと、どうしようもなかった。
掴まれた右腕が引っ張られ、間もなく彼の左手も足されると、やや強引に振り回されて彼女の身体がマットの上に倒される。
「強引、ですね」
「夜に裸で出歩くヤツに言われたくねえんだよ」
ぽすん、という小さな音の後に、どすん、という大きな音が響く。
その場で足を閉じて転がろうとするXの両足が捉えられ、割り開くようにシグルドの膝が間に押し込まれる。
露になったその秘裂の入口は、来るべき刺激を予想してか、愛蜜でしっとりと月の光を反射していた。
「俺も必死なんだよ……待ったなしだ、いくぞ」
言うが早いか、その大きめの指が遠慮もなく秘裂に触れた。
密やかに濡れた秘裂の周りを掬い取るように撫で回し、開脚した状態で露になった入口にまで指の先で触れていく。
Xを投げ飛ばしたやや力づくの動作と違って、その指技は力加減が加えられた繊細なものだった。もっとも、その侵攻事態は緩やかではない。
そんな余裕もない。
「一方的にするなんて、ずるいです。一緒に気持ちよく……ぁ、はぁっ」
「黙って寝てろ」
「叩きつけたくせにっ、そんなに優しく……ぁ、んんっ」
シグルドは膝を乗せるようにして脚を固定したまま、上半身を起こそうとするXを制していく。
とうとう秘裂の中へと指を忍ばせた。濡れそぼった中の肉を揉み解すように刺激が与えられると、昂ぶる劣情を表すように愛液の塊が溢れ出す。
ついさっき演技に騙されて不利に陥ったシグルドは、今度は反応を見逃すまいと寝転ばせたXの表情をじっくりと観察していたが、今度こそ潤滑液を溢れさせて感じてる様子を確かめると、満足したように口の端を吊り上げた。
「はぅ、あっ、んっ……や、そんなに、私のそこ、弄くるの好きですか、ふゃぁっ!」
「随分敏感だな……しかもやけにもう興奮してるじゃないか。背中に乳首押し付けて感じてたのか?」
「悦ぶものですから、つい、やりすぎてしまいましたね……あ、ふ、ぁあっ!」
その太い指を押し込まれても、Xの秘裂は大した抵抗もなく、寧ろ誘うようにして奥に引きずり込んでくる。その下品極まりない膣壁を引きずり出すように粘液が纏わりついた指が動き回ると、たまらず彼女は嬌声をあげた。
それは一本が二本になっても変わらない。呑み込む時はぬるりと滑るようにして、大した力を入れずとも入っていくのに対して、出そうとすると引き止めるかのように手前側の壁が押し迫り、奥の襞がざわめく。
シグルドは突き入れた二本の指に与えられる快感に危うく酔いそうになるのを堪えて、目の前で艶のある声をばら撒きながら、時折手足をばたつかせるようにして潤んだ瞳を向ける目の前の女の様子を窺う。
誰がどう見ても感じているようにしか見えない。
そう見えるからこそ、シグルドは何ともいえない違和感を感じていた。
「ぁっ、あっ、ふぁ、あぁあんっ!」
「そんなに大きな声を出すなよ。近所迷惑だぞ? ん……っ」
言葉で煽りながらも、同じ事をシグルドは頭の中で考えては訝しんでいた。
感じているのが解るのは何よりだが、その抑えることを全くせずに駄々漏れになった嬌声は、反応があまりにも顕著すぎるのではないか。
誤解や錯誤、そして情欲を誘うために声に色をつけるのはBFを嗜むものならば常識だ。しかし今のXの口から唾液まじりに飛び出してくる声には、頭の奥に引っ掛かるようなそれがない。素直に感じているようにしか見えない。
それがかえってシグルドを疑心暗鬼に陥らせる。責めているというのに相手の反応の方が気になって、表情も浮くことがない。
思考の裏にフラッシュバックのようにちらつくのは、出会った時に感じた不可思議な空気、神秘的な女体、そして序盤に騙されて背後を取られたこと。
「ん、ぁっ……ひゃあんっ!」
どうにもまとまらない思考を振り切るかのように左手が勢いよく伸ばされ、再び起き上がろうとしていたXの乳房を捻りあげた。
どちらのものか解らない大粒の汗が一つ、また一つとXの均整な身体を伝って、マットの上に垂れていく。秘裂からこんこんの湧き出る愛液が飛び散って、重なった二人の太腿に張り付いていく。
シグルドは既に十二分なほど受け入れる準備が出来たその肉壷にちらりを目をやって、一つ大きな溜息をつくと、頭を軽く振って表情を引き締めた。
なんとか脱出しようともがくXの両足にシグルドの体重をかけた足が絡み、膝が乗って逃げられなくなる。
さらに、紅潮し涎を口の端に零しながらも、反撃の機会を掴もうとしているのだろうか起き上がってきていた彼女の懐が突き出された彼の頭で押され、その両手までもが掴まれて、抵抗することもできず、瞬く間にマットの上へと上半身が押し戻されてしまう。
先程にもまして押し開かれた女性器はこれから与えられるであろう快感を待ち侘びているのか、だらしなくひくひくと震えていた。
或いは愛液をこぼし続けるそれは、自らの運命を観念して涙を流しているようにも見えたかもしれない。
指技で十分に解した後に下に組み伏せた、まさに絶好というしかない正常位の体勢。
足の間に割り入った逸物は、Xに責められていた時と同じように硬くそそり立っている。
シグルドの腰が一気に押し出され、曝け出された女陰をその鍛え上げられた強力無比な剛直が押し貫く――
「はぁ……ぁああああっ……」
――はずだった。
しかし、シグルドが望み持ち込んだ体勢になっても、いつまでも必殺を自負するその肉槍が威力を発揮することはなかった。
「ぁ……ん……」
蕩けきった表情で喉の奥から小さな声を漏らし、今まさに自らを犯そうとしている人間を見つめるXには、明らかに不安のようなものが入り混じっていた。押し倒したシグルドは、それを余計に敏感に感じ取る。
――不安? 何が?
恐怖や怯えなら、それはいくらでもある事だ。しかし、不安とは?
「やるなら優しく……」
潤んだ目で、淫靡な空気に陶酔したように荒い息をついて見上げるその様子はあまりにも想定した範囲から離れすぎていて、まだ出会ったことのない『あるもの』を否応なく喚起させるもので、彼はうろたえた。
マットの上に倒した時の勢いで、垂直に持ち上がっている乳房がふるふると上下に揺れている。頂点にある桜色のそれが、網膜を通して脳裏に軌跡を描き出す。
怪訝な表情をしながらも、雰囲気に呑まれて生唾を飲み込んでしまう。
それはある種、『ときめき』と呼ばれるようなものに近かったが、それを悠長に感じられていたのは時間にしてほんの数秒足らずに過ぎなかった。
「はぁ、うっ」
体重を乗せていたうち、拘束を外れた右足が高く上がるようにして、完全に反り返った男性器を下腹に押し付けていた。
Xの表情は相変わらずどこか淫蕩な陰があるものの、その頃にはもう、先程のような不安は差していなかった。全く。これっぽっちも。
その様子にシグルドは思わず目を見開くが、膝を折り曲げるようにしてぐりぐりと押し付けるその感触に思わず悶えてしまう。
脱力したところで、Xの伸ばした腕が下から両肩を押し退けた。
飛び跳ねるようにその上半身が持ち上がり、体勢を変えようと試みる。
シグルドはそうさせまいとXよりもリーチに優れる腕に力を込めようとするが、角度を変えたXのふとももが逞しい男根にむしゃぶりつくと、再び押し返そうと伸びかけていたその腕が倒れ伏すように中ほどから折れた。完全に意識がどっちつかずになっている。
「残念でしたね。ふふ」
元々二人の体格差や力差にはそれほどの決定的な差はない。Xの押し出す力に負けてシグルドの視界が半回転し、その視界には闇を湛えた天井が映り込む。
開いた股を折り重ねるようにして反転し、Xの目の前で開いた足の間に倒れこむような形となった。
「くそっ……このやろうっ」
「そんな事を言われても、困りますけど。私、女ですから。やろうじゃない、ですよ?」
彼女の指摘は半分正しく、半分は間違っていた。
何故ならシグルドの思わず飛び出たその罵声は、目の前の彼女以外に、自分自身にも浴びせられてものであったから。
いや、比率としては自責の念の方がむしろ大きいのかもしれなかった。
(ああああ、ばかばか、俺のばかっ……なに相手を組み敷いておいて動揺してるんだ……何考えてんだ……俺は童貞かあああああっ!)
自分自身に罵声を浴びせながらも、シグルドは何とか不利を脱しようと、マットの上に十文字に張り付いた腕に力を込める。
そう、悔やんでいる場合ではないのだ。
足の上に足を重ねて体重を乗せて組み伏せる、正常位に移るための男にとっての絶好の前段階。残るは上から好きにして、隙を見つけてから一旦腰を引いて押し込めば、相手の膣内を抉ることができるその姿勢。
しかし、その上半身が重なり合い、そのまま倒されてしまったという事は、つまり……。
「てっきりあのまま貫いてくれると思ったのですが……やはり」
抑えていたはずの足は、逆に膝が下に割り込み、脇と一緒になって挟み込むようにして拘束される。
そのままXは両手で足の付け根を掴むようにして、あっという間にシグルドの腰を持ち上げ、自らの腰に寄り添わせる。
そうすれば、シグルドの急所はもうすぐ目の前。
「これ、楽しみたかったですか?」
「う、ぁあっ……!」
にち、にち、と何かが食い込むような音と共に訪れた感触は、彼の恐れが的中した形となり、また同時にその期待を裏切らないものであった。
反りたった陰茎の鈴口にぐいぐいと押し付けられる弾力の塊が、その圧力で覆いかぶさるように変形させていく。
それも一定のところまで来ると、接着面が力に耐え切れずに、ぬるりと滑って脇に落ちた。
「お口もいいですが、やはりおっぱいですね。あなたは先程から、気になっていたようですから」
「シグルドだって言ってんだろっ」
「では、シグルド。足が暴れてしまっているので、黙らせてしまいます」
「だっ……!」
Xはほとんど一方的に宣言すると、両手でその兵器のような隆起をがっちりと組み合わせて、そのままゆっくりと降下し始めていた。
普通の乳房と違って柔らかさより弾力性に富んだXのそれは、二つを合わせた胸の谷間もその分だけ凶悪な角度になる。
その部分に先端が分け入るようにして、みちみちと、或いはめりめりと、二つの乳房の根元に向かうようにして挿入されていく。
Xの見下ろす視線にかふ、と空気を吐き出しながら、四肢を暴れさせる男がいた。"シグルド"がいた。
「黙るどころか、激しくなってしまいましたね。でも、逃がしませんから」
びくびくと震えるようにして暴れる足はしかし、抵抗らしい抵抗にはなっていない。
弾性を持った乳房の作る谷間が上から圧しかかり、これ以上ないほど熱を持った逸物が暴れ狂うが、谷間を抜け出すには至らない。その先から零れ出す粘液を撒き散らして、下乳を汚しながら自ら潤滑を高めるばかりだった。
跳ね返してくるかのような乳房に逆らいながらずずずず……と侵入を進める、いや、咥え込まれる逸物は、降りてくる乳房とは逆に、急速に欲望の証がこみ上げてきている。
谷間の中央を通ると、今度は弾き出されるようにして、にゅるん、と肌に擦れながら真っ赤になった亀頭が飛び出す。
さすがのX自身もその勢いに一瞬その間から零しそうになるが、耐え切れずに声を漏らしていたシグルドがそれを利用することはできなかった。
すぐに再びその谷間に誘い入れられてしまい、反撃の機会の一つが失われ、それに気付くことはなかった。
「はぐ、うぅぅっ……!」
「とても悶えてくれています。可愛いですよ。……蛙が潰れたみたいで」
調子に乗り始めたのか姿勢を前がかりにして圧迫感を強めながら、すらすらと言の葉を浴びせかける。
シグルドの上半身を矢のような快感が貫くと、意図せずその背中が反り返った。そこを狙って、さらに下腹に追い討ちのように乳房が強烈に押し付けられる。当然、挟み込まれたままの男根ごとである。
少し緩めると、勢いよく跳ね上がったその肉棒を再び破裂するような脂肪の間に挟み込んで、両手を使いながら捏ね繰り回すように本格的なパイズリが始まっていた。
(う、ぁ――何だ、こりゃ)
温かい。
シグルドは端的に、そう思った。
完全に逸物を囲い込んで、その中で責め嬲るXの乳房はその感触もだが、異様なまでの温かみがあった。普通の人肌とはまた少し違う、けれど伝染するような熱さとも違う、内から伝わってくるような、仄かな温かみ。
シグルドはそのぱんぱんに張った乳房の中にホットミルクを連想して、自らの股間が蕩けていきそうな錯覚に陥りそうになった。
熱くそそり立った逸物とは明らかに違う、しかしだからこそマグマのように溜まる滾りを導くかのようなその温かみは、気を抜くとまるであっけなく栓が抜けたように漏れ出してしまいそうで、それがまた彼の精神力と限界とを削ぎ落とすのだった。
「いかがですか? 思う存分こうして女の子のおっぱいにうりうりされて、感じてしまいますか?」
そしてそれと背反するように、双つの乳房によって叩き込まれる快感は苛烈を極めていた。
正面からと言わず、横合いから覗くものすらも構わず魅了するような勢いのある乳房は、その十分な大きさによって屹立したモノを中に納めていながらも、男を包み込むような快感を与えることに関しては不向きだった。
しかし代わりにそれは、直接快楽中枢を直接引っ掻き回すような、そんな痺れるような快感を叩き込むようにして送りつけてくるのだった。
両胸が逸物を介して再びあわせられる。その様子は包み込んだり、閉じ込めたりというよりは、乳房同士がゆっくりと剛直を食んでいるかのようだった。
根元から先端までをゆっくりと圧力をかけてなぞりながら、亀頭に届いたところで根元に勢いよく落とされる。
ぐちゅり、と粘ついた音がして谷間の中でさまざまな液体が粟立ち、シグルドの肌は総毛立ち、Xは静かに微笑んでいた。
「もう、先走りでどろどろに汚れてしまうのですが……」
今まで感じたことのないような感触にシグルドは悶え、抜け出そうと懸命に足を踏ん張るが、ほとんど完全に腰を固定されたような状態では簡単に抜けられるようなはずもない。その右乳でお返しのようにビンタを張られてしまうと、たまらず仰け反るしかなかった。
上から表情を観察しようとしているのか、覗き込んでくるその水晶のような紫色の瞳からはやはり特別な感情を推し量ることはできない。だからこそ、それがシグルドを戸惑わせた。
下半身をしっかりと捕らえられ、ひたすらいいようにいたぶられるしかない体勢は、上から見下ろされる事もあってシグルドにとってはひどく屈辱的だった。直前までは彼が追い詰めていたのだから、なおさらそれは深くなる。
万全の状態でのパイズリはますます激しさを増していく。その激しさといったら、さすがのXも自身が持つ天性の弾力と、天を突くようにして反り返るそれを何度か零しそうになるほどだった。
「諦めておっぱいにひれ伏した方が気持ちよくなれると思いますよ」
「誰、がっ……うぁ、おああっ……く、ふ……!」
「もちろん、シグルド、が。そんなに息を噛み殺しても仕方がないでしょう。こんなにぐちゅぐちゅ、私のおっぱいを犯しているのですから……」
汗と先走りが交じり合って、ぬらぬらと濡れた谷間の中に剛直が絶え間なく巻き込まれ、揉み潰されていく。こうなっては熱くそそり立った男の武器も、快感をその灼けるような熱さでより強く、そしてより多く取り込むための道具でしかないのだ。
断続的に震えながら、なおその先端から粘液を吐き出していく。
それがまたXの未知の弾力に吸い上げられて、にちゅにちゅと音を激しくしながら快感を底上げしていく。
二つの弾む乳房によって、地べたに這い蹲らせるかのように、下腹にまたも膨れ上がった肉欲が圧しつけられる
「ほら、ひれ伏して頂けませんか。無駄な抵抗はやめて、バンザイしてして下さい。そしたら、シグルド、の、溜め込んだものを吐き出させてあげますから」
圧しつけられた肉棒が立ち上がろうとするように持ち上がるが、その豊かな渓谷の内側でぴくぴくと震えるだけだ。
むしろ自らめり込むようなその反抗は、余計に持ち主の限界を縮めるような墓穴にしかなっていない。
ギブアップを迫るかのように顔を少し近づけながら、断続的に乳房でぎゅっ、ぎゅっと強く押し込まれる。まるで重みを感じさせるかのように。
乳房の下でもがき苦しむ陰茎に浮き上がった血管の柔らかな感触に、Xの目がうっとりとしたように細められ、温かく湿った吐息がシグルドの腹筋をくすぐった。
根元から先端まで押し上げるように、両手を使って乳房で刺激されていく。
亀頭がぶるりと震えて、中身が押し出されて臍の周りに付着する。
先端からぴゅるっと噴き出していたのは、辛うじて先走りの塊だった。
「ハァハァいってしまって、可哀想になってきました。できればもう少し、素直になって欲しいのですが」
「だ、誰がっ……」
「シグルド、が。この熱く、硬く、淫らなおちんちんのように。それとも、もう少しいじめれば泣いてくれますか?」
駄目だ、減らず口まで同じ事しか言えなくなってやがる。
手のそれと一緒で精確な乳房の使い方は、時折零しそうになりながらも、シグルドを絶頂に向かって追い詰めていく。
乳房に体重を掛けて降伏を迫るように揉み潰す。挟み込んで捕えたペニスを右から左へ、左から右へパスするように弄ぶ。ぬるぬるになった乳房の間に取り込まれて、一緒に捏ね繰り回される。乳首でこりこりと根元や、先端部分を突っつかれる。
もはやその様子は案山子人形のように扱っているようでいて、その実、正確な技術で限界点を締め上げられていく。
「そろそろ、出てしまいそうですか?」
再び乳房の中に挟まれ、弾力の間で悶えることしかできない責め苦が始まった。乳首を押し込まれていた鈴口が、再三再四の快感にぱくぱくと喘ぎ始める。
完全に追い込まれながらもなかなか吐精しない丈夫なそれであったが、Xは焦ることもなければ、遊ぶことも、ましてや手を緩めることもなかった。ただバリエーションを増やしながら、追い詰めていく。
それも終幕が近付いている。
精子の溜まった嚢がぱんぱんに膨れ上がるのを押し付けた下乳で感じ取りながら、Xは自らの必殺武器に両側からバランスを変えて力を加え、とどめになる言葉を言い放った。
「さあ、もう終わりです」
「ぁ、おおおおっ!」
絶叫するようなシグルドの叫びが響き渡る。
それは、一瞬の出来事だった。
にゅるん、と。
とどめの快感を与え、果てさせるはずだったXの目の前で、彼女に白濁とした欲望を吐き出すしかなかったはずの陰茎が。
その拷問から抜け出し、飛び出したのは、本当に一瞬の出来事だった。
「うく、はっ……」
意味のわからない戸惑いで犯した失敗を頭の中でばりばりと食いちぎって投げ捨てるイメージを何度も繰り返しながら、唇を噛むようにして耐えるしかなかった。
快感をより引き出そうとするように先走りが止め処なく溢れ、硬さを保ったままの陰茎は何度も叩き伏せられ、もみくちゃにされて芯の部分が乳房に敗北して融かされているかのように熱い。
ほとんど完璧に捕らえられた状態ではそれも無駄になると半分解ってはいながら、しかし自ら勝負を投げるような真似だけは頑なに拒んでいた。
いや、無駄じゃない。
無駄で終わってたまるものか。
快感に打ちひしがれるようになりながらも、その思考はまだ明瞭としている。その正確無比で怜悧な責めを受け続けたから分かる事もある。
――どうして技術自体は正確なのに、何度もペニスをその胸から危うく零しそうになるんだ?
激しいパイズリだと言っても、ほぼ完全に拘束したようなこの体勢から考えれば、決定的とはいえないまでも不自然なことに違いはなかった。
それが彼に、水の底から浮き出した泡が破裂するようにして、一つの仮定を生み出した。
ひょっとすると、Xは自分自身の身体を持て余しているのではないか? という仮定である。
シグルドは建物の外でXと顔をあわせた時に感じた戸惑いを、自然と思い返す。
パイズリ自体の技術は高くても、それはいわゆる一般的な観点であって、Xの胸に合っているやり方かどうかはまた別なのだ。一人一人が持つ武器には違いがあり、当然技術一つにもやり方がある。ましてや彼女のように、特異な武器の持ち主であるならば尚更だ。
しかし、それは常識的に考えられないことでもある。バトルファッカーであれば今までの経験から自分に最適なやり方を汲み取るくらいは当然のことだ。ましてや、Xの技術は高く正確なものなのである。仮に彼女が天性のバトルファッカーであるならば、その時は技術が本人に合わないわけがない。
とはいえ、今のシグルドにはそんな事はどうでも良かった。自分を奮い立たせるだけの材料がまだ残っていればそれで良く、それ以外に思考をやる余裕はなかった。
疑問を押し殺し、下唇を噛みながら、シグルドは渾身の身体を四肢に蓄えて、待った。
既に精液が上りつめてきているのが自分でもはっきりと意識できていたが、腰を少しばかり動かすようにしてXを牽制しながら待った。
来るかもしれない時を。
あるいはこの時第三者がいれば後の惨事は防げたのかもしれないのだが、どうしようもない話であった。
「ぁ、おおおおっ!」
陰茎が胸の弾力で先端に零れそうになったその瞬間、せり上がってくる自らの欲望に耐えながら、シグルドは思い切り腰を引くと同時に下腹部に力をこめた。
固定された腰がわずかに膝を滑り、同時に下腹部に連結した陰部がシグルドの臍を目掛けるようにして反り返り、ぬるりと滑りながら乳房の間を脱出する。
止まっていた時は本当に、一瞬だけだった。
はじかれたようにXが動き出し、その手が再び拘束を行おうとシグルドに対して伸ばされる。
しかし上半身をばねのようにして跳ね起きたシグルドの大きな手が、その手を強引に指と指で絡め取った。
右手。
左手。
二人はマットの上で両手を絡めて、主導権を奪おうと、または押し返そうとひたすらに力を込める。
しかし一気に押し潰してしまおうと力を込めるXに、早くもシグルドの快感を蓄積した腕ががくがくと震えはじめていた。
「く……っ」
「手が震えてます。大人しくしましょう、シグルド」
「やかましいっ。エックスめ……大人げないやつだな!」
ばくばくと高鳴る心臓の音にも合わせて怒鳴りつけながら、今にも噴き出してしまいそうな予感がするのを下腹部に力を入れ、尻穴を窄めて抑え込む。
ひくひくと、陰部が刺激を求めてわなないていた。
針の筵のようなパイズリ地獄から解放されて、彼は自分が後一歩まで追い詰められていることをなおさら自覚する。もし足の裏か何かでも押しつけられれば、それだけで決壊してしまいそうな予感があった。
これではそもそもこの事態を乗り切ったところで、打ち合いを耐え抜くことなど不可能事というものである。
「おい、エックス……お前、まさか処女じゃないよな?」
ふと思いついた疑問がせめて突破口にならないものかと淡い期待を抱きながら、適当に投げつける。
荒い息をつきながら吐き出されたその質問は、ほとんどやぶれかぶれになっている彼の心情が表れているといえた。
「……初物好きですか」
「誰もそんな事は言ってねぇよ!」
思わず大声を出した彼が咳き込みそうになって、危うく息を整える。
「何を言いたいのかは分かりませんが、違いますよ。――ああ、でも、そうかも、しれません」
「……後ろの方はっていうオチはいらないぞ」
「もう少し面白い、答えを期待しました」
「ならどういう事だっていうんだよ……」
シグルドが憮然とした表情を見せている間にも、少しずつ、少しずつ、珠の汗を浮かべながら息を漏らすXによって押し込まれていく。
抑揚のない言葉を呟いたと同時に、二人が握り込んだお互いの手が、さらに力が掛かったのを示すように宙で震えていた。
Xの手のひらに込められた力はいよいよ強くなり、腰を前に出すようにして、もはや虫の息と言っても過言ではないシグルドを押し潰しにかかる。
必死で抗うシグルドだったが、嵩にかかってくるXとの趨勢はもはや明白だった。
「……さっき押し倒した時の反応が可愛らしかったから何かと思ったが、あれは演技だったってわけか?」
「そんな事を言われるのは心外ですが。――。――可愛らしかった、ですか?」
ざり。
一瞬貝殻と貝殻が擦れ合うような、砂を噛んだような小さな音がどこからか漏れ出したが、取っ組み合いを続けている二人の聴覚に届くことはなかった。
「そうかもしれないな」
「もっとはっきり言ったほうがいいと思うのですが」
「言ったら何か解決するのか?」
「解決するかもしれませんが、――。――そうですね、そう。シグルド」ざり。
その引っ掻くような音のためにシグルドは怪訝な顔をした。その場に似つかわしくない不自然な音にではない。相変わらず二人の耳にはその音は届いていないから。
その僅かな間だけ、まるで停止したように動かない目の前のものに対して、不可解に感じた。
「そんなに挿れたかったのなら、挿れさせてあげても構いませんよ」
「何だって?」
組んだまま土俵際の攻防を続けていた両手の力加減が急に緩くなり、勢い余ってそそり立つ破壊的弾力の隆起に衝突しそうになるところを、彼は危うく持ちこたえた。
胡散臭いものを見るような目つきを彼が向けると、頬が朱に染まり潤んだ瞳で、密やかに唇を動かして言葉を紡ぐ彼女の姿が見えた。表情は相変わらず変わりばえがしない。
「挿れたいのですよね? このまま繋がりましょうか」
わずかにXが自身の両足を動かしてみせると、その間に窺える淫らな肉襞がひくひくと震えながら、涎を流すように愛液を垂れ流していた。
「――それとも、お望みなら後ろからでも。もうドクドク射精してしまいそうですし。その方がいいかもしれませんね」 ざり
「……」
挑発されているのだろうか、とシグルドはその言葉の解釈に悩みながらも結論づけた。
誰がどう見ても押し倒されるところを故意に力を緩めて、わざわざ相手が仕損じた挿入勝負を申し込む。しかもわざわざ不利な条件も付け足して。
「どういうつもりだ?」
「――発情です。山の天気と秋の空、とも」ざり
まともな人間なら憤りかねないような提案だったが、だからこそ惹かれる提案であるのも確かだった。今の彼であればなおさら。
受けた快感は大きく、ふるふると揺れる乳房に視線を奪われるたびにそこから繰り出された極上の快楽が締め出しても締め出しても脳裏を掠めていく。
背後からの一撃であれば、そんなものに気を取られることもない。
「悩む必要があるのでしょうか。勝つには必要なことですし、負けるにしても気持ちいい方が良いでしょう?」
普通なら悪魔の囁きに他ならないだろうが、艶のないXの言葉は、仮に誰が見たとしてもただの事実の羅列にしか思えないような言葉だった。
だからこそ、シグルドがその提案に惹かれてしまうのも当然と言えた。
さあ。
返事の催促をするように、Xは組んだままの両手の指を緩やかに絡みつかせた。自分よりもがっしりした大きな手の甲を、さわさわと撫でていく。
情欲を誘うようなねちっこく相手の表面をくすぐるものというより、それは少女が返事を待っている際に見せる落ち着かない、居た堪れない印象と似ていた。
無作為の行動だった。
二人の間でこもった熱は、先程から無風状態の部屋の中で時間が経って散ってしまうような事もなく、かえって二人を刻々と炙っていく。
シグルドが返事を出すまでの時間は熱に浮かされる二人にとって、日の目を待つような永い時間であり、また朧のような一瞬の出来事であった。
「……いや、必要ねえな」
しかし結局のところ、シグルドは僅かな躊躇いも見せずにはっきりと否定の言葉を口にした。
水晶のような瞳がその表情を覗き込んで、ぱちぱちと数回瞬きをしていた。その奥に何が映っているかは、やはり分からなかった。
「では……どうします?」
「こうするんだよっ!」
Xの問いかけに答えるや否や、シグルドは組んでいた両手をぐいっと引き込んだ。身体を入れるようにして首を伸ばし、そのままやや強引に彼女の唇を奪う。
しかしその交唇も、受ける側であるXは特に不意を突かれたわけではなかった。彼女はただ目を細めて、それを受け入れた。
「んっ……」
「はぁ、ふ、ちゅ……ん、じゅる……っ」
今度はシグルドの方から行われた二度目の接吻は、しかし一度目と同様に、或いはそれ以上の激しさを伴っていた。
組んだ両手を外して後頭部に添えると、白い歯同士をぶつけるほどに強く押し付けられ、Xの口内に雪崩れ込むように舌が乗り込んでいく。
或いは誘い込まれたのだろうか。
「はふ、んっ……じゅる、ん、じろ……ん、んんっ……」
「くちゅ、るむ……ぁ、じゅる、れろぉ……」
シグルドの舌は歯の裏側を軽くつつくと、顎の上から伸びてきたXのそれに積極的に挑みかかっていった。
舌先を窄めながら牽制し合うのもそこそこに、べったりと舌同士を這わせ合い、捏ね回し、味わうようにしゃぶり尽くそうとする。
Xはその猛攻と呼ぶべき舌遣いを巧みに受け流しながら、自身も責めの手を加えていく。強く押し付けられた唇から飛び出しているその舌の根元を舐り、その腹を巻き取り、唾液塗れにしてその口内の奥、仄かに色づいた闇の中へ引き摺り込もうとする。
口内を戦場にする激しい舌戦が繰り広げられる。
攻勢に出るシグルドの舌遣いには、Xの提案を蹴った彼の気概を反映するように力強く、思い切りが良いものだった。
結局のところ、安易な手に乗るのは彼の矜持が許さなかったという事かもしれない。無論その中には、提案に対する反抗心や開き直りのようなものも含まれてはいたが。
あともう一度、攻め手を。
打ち合いが耐えられない状態で狙うならば、まんぐり返しの体勢か、バックに持ち込んでの短期決戦しかない。
その為の隙をもう一度自分で作り出そうと一心不乱に舌技に集中するシグルドの気合は炎のように燃え盛って、Xの舌を炙り、焦がしてゆく。
しかし。
しかし。
「んふ……ちゅ、る……んん……こく、ん、ぢゅる、れろぉ、んむっ」
しかし、その火花が散るような激しい炎は、決して強い炎では有り得ない。今にも消えそうな炎が放つ最期の輝きなのだ。
そしてそれは、この舌戦についても同じ事だった。
「く、んむっ……は、ふぐ、んっ……!」
最初は攻勢に回り、相手の舌ごと口内をかき回して蹂躙するような勢いだったものが、徐々に動きを休めることが多くなり、とうとう防戦一方になってゆく。
火照ったシグルドの身体に冷や汗が混じり始め、焦ったように舌を懸命に動かすが、逆にXのそれに捕まって絞り出すような愛撫を受ける。
最初に行ったそれとは違う、ひどくねちっこく、苛むような技だった。だからこそそれは、もっと深いところからシグルドの情欲をかき立てる。
今までとは違う、艶のある舌の動きに翻弄されて焦りと快感ばかりが身体の内側から大きく膨れ上がっていく。
Xはうっとりとしたように目を細めながら、疲れを見せずに自ら進んで彼の舌を誘い、逆に絡め取る。
しかし逃げられない。
逃げれば追ってくる。
シグルドの視界の中で、Xの瞳は澄んだ湖の底にあるガラスの破片が返すような、そんな煌きを静かに湛えている。
その頃にはXの後頭部を抑えていた手にはほとんど力が入らずに体裁を為しておらず、逆にシグルドの後頭部に手を添えたXが自ら唇を、優しく、しかし確りと押し付けていた。
唾液塗れの舌で彼の舌を何度も何度も扱きあげ、根元を柔らかい唇で挟みながらじるじると音を立てて吸いつく。
膝を進めて、持ち前の劇乳を、彼の胸板に乳首で八の字を描くように器用に押し付ける。
それら全てが、もう残り少ない彼の体力と気力とをじわじわと奪い尽くしていく。
蕩けたようにまともな動きをしなくなった彼の舌を押し上げるようにして、とうとう彼女の舌が侵入しようと優しくノックを始めていた。
一旦唇を離す彼女と彼の間に、粘つく細い糸が伝い、静かな光をこぼしながら落ちていく。
「ちゅ、ぷは……ん。どうかしましたか?」
「うぁ、ああ……」
「どうか、キスで射精さないで下さい。我慢していただけますね?」
ふるふると震えるシグルドの顎に少し視線をやった後、Xはもう一度彼に対して口付けた。
ほとんど抵抗がない、しかし確かに抵抗しようとしているその唇を容易く割り開き、にゅるにゅると舌を侵入させる。
自らの唾液をたっぷり塗りこんだシグルドの舌を柔らかく揉み、べろべろと、口内全てに舌を這い回らせる。
まるで征服した証を立てるかのように。
ひとしきりそうすると、満足したようにXは舌を引っ込める。離れ際にシグルドの口を吸いながら、彼女は表情を整えた。
「気持ち良さそうな顔です。責めていたのに、というのは悔しいそうですが。どうでしょう」
「く、ちくしょ……」
「ぐうの音も出ないようで何よりです。それでは」
Xが後頭部に回した腕を振り解き、体重をかけながらゆっくりと肩を押す。あっさりとシグルドの身体は傾ぎ始めた。
今日二度目の背中から倒れていく感覚を味わいながら、シグルドの頭の片隅で冷静な部分が、今度こそ終わったかもしれないな、と冷めた言葉を呟いていた。
ぽすん、と音を立てて筋肉質の身体が無力にマットに沈み、その上に四つん這いになるようにしてXが覆いかぶさる。
その様子は傍からみれば、捕食者と獲物のように見えることもあるだろう。
「挿れる時に『合意』が欲しかったのですが、残念です」
Xは少しだけ困ったような表情をしながら、荒い息をつくだけのシグルドを上から見下ろしていた。その瞳から未だに戦意は消えていないようだったが、脱力させられ押し倒され、男性器は暴発寸前では流石に打つ手は少ない。
シグルドには、こうなったら騎乗位を狙ってきたところで一息に突き返してカウンターを狙う以外に方法はないように思われた。不安を必死に打ち消しながら腰に力を溜め、彼はその時を待つ。
しかし、とろとろと淫らな粘液が仰向けになっているシグルドの身体に垂れ落ちていくたび、情欲が燻りだされるようで快楽のためにそうするのか勝負のためにそうしたいのかが混濁していく。
耳朶まで朱に染めながら覆いかぶさるXは、今にも腰を下ろして、その熔けきった女性器で限界一杯の男性器を打ち震わせようとしているかのようだった。
「仕方ないですから、このまま犯してしまいましょう」
「……っ!」
淡々と言った直後、ふっと、Xから力が抜けた。
重力に任せるようにして、その神秘を湛えた身体が落ちていく。
捕食者が、獲物の身体に食いついていく。
二つの影が交わり、一つの影へと変異する。
そして。
……。
紫色の瞳が急速に近付いて首筋の傍に落ちたとき、シグルドは次の瞬間に訪れるであろう強烈な快感に備えた。備えるといっても、その時の彼にできるのは心の準備くらいのものだったが。
しかし、それがやってこない。
不思議に思ったシグルドが、快感に耐えるために細めていた瞳を開けてじっくりと目の前で曝された肢体に改めて目をやった。
「?」
現状を理解できていないのか、それとも信じられないのか、Xはきょとんとしたような表情のままシグルドを見つめて動かない。
彼女の上半身だけが、寝転ばされた彼のそれに重なるようにして傾いている。
「?」
いや、そうではない。
膝立ちの体勢になったまま頭をマットにつけている。バランスを崩した状態から立ち上がろうと掌をつけて踏ん張ろうとするが、肘の先が思うように持ち上がらない。
乳房が重力に従うようにして、授乳機のようにシグルドの前にぶらぶらと垂れ下がっていた。
上半身を寄せたのでもない。Xは崩れ落ちたのだ。
それが思ったより長時間に及ぶBFの疲労にXが気付かなかったためなのか、それとも思わぬ部分での快感の蓄積のせいなのか、或いはもっと違う理由なのか。
いずれにしても、彼に考える暇はなかった。それが追い詰められた彼の、最期の好機であったから。
「……ふっ!」
腰に溜めていた力を解き、唇を噛み締めるようにして脱力した身体に無理矢理活を入れると、風前の灯火は再びその炎を燃やし始めていた。
ほとんど茫然としている状態のXの下から、その股に向かってシグルドが素早く抜け出す。
完全に想定外の事態に驚きながらもどうにか自身も鞭を入れたのか、Xも慌てたように腕を伸ばす。
股を抜け出たシグルドが反転するのと同時に、彼女はほとんど迷わず前方に向かって跳び出した。
「逃がすかよっ!」
「あっ……」
しかし、距離を取ろうとするその行動が強制的に中断させられる。細い腰が強引に抱えこまれて、蛙跳びの途中の不自然な体勢で固められた。
泡だったような粘液まみれでねらねらと光る逸物が、下から見上げるように反り返っていた。
覚悟をするかのように喉を膨らませた一際大きな深呼吸。肺の中の空気を全て入れ替えるようなそれは、一体どちらのものだったのか。
次の瞬間には、その細い腰と、柔らかそうな肉がついた尻を裂いて突き破るかのように、鋭く太い凶器が捻じ込まれていた。
「ぐ……うっ!」
「ぁっ、ぁ、あああああぁっ!」
双方にとって頭を痺れさせるような快感と衝撃であったが、やはり仕掛けた側には心の準備というものがある。
シグルドはすみれ色の髪を振り乱すようにして叫ぶエックスの腰部分を掴むと、胡坐をかくようにして座り込みながら、その上に腕を回して抱え込んだ。
重なるように座った背面座位の体勢になり、Xの臀部が勢いよくぶつかって、肉槍がさらに深く膣内へ潜り込む。
シグルドは前に回した手で乳首を捻り上げながら、そのまま迷わず腰を打ち込み、全身でXの身体を快感で抉り始めた。
「ふ、深ぁあっ……い、で、あ、ふぁああっ!」
「ぐぐ……黙って啼いてろっ!」
何回りも小さい指でかき回された時と同じようにXの膣壁は容易くシグルドの剛直を呑み込み、しかし分け入った後はそれ以上に絡み付いてくる。
それを振り切るようにして、渾身の力で熱の塊が打ち込まれていく。
一発、二発と打ち込まれるたびに彼女の身体が快感で跳ねた。接合部からは先走りが混じり始めた愛液が飛び散り、それが行為の凄まじさを物語っている。
「あ、ぁ゛ぁあっ……やっ、ぁん! ぁっ!」
Xの身体が逃げるように身を捩るが、背後から一回り大きい相手に抑えつけられていては、お互いに体調が万全でない状態ではどうする事もできない。
つんと出た生意気な胸を揉み潰され、乳首を強く摘まれながら角度を変えて抉り込まれると、艶声を部屋に響かせながら、滂沱のように流れ込んでくる快感にその身が震える。
叩きつけられる快感に、凄まじい勢いで絶頂へと昇り始めていた。
「……っ」
しかし、シグルドの方も責めっぱなしというわけにはいかない。
圧倒的に有利な体位を取ることが出来たとはいえ、それは全ての反撃を封じることができたというわけではない。
放っておくだけでじゅるじゅると嬲りつくすように蠕動するXの膣が、半自動的にシグルドの肉槍を扱きあげ、その熱と抵抗力とを吸い尽くそうとしてくる。
シグルドはこの短い時間の間に何度も、前に回した手で責めるのではなく、その身体に思い切りしがみ付きたい欲求にかられていた。そこまで追い詰められている。
まともに腰を使うことさえままならないXの、その膣に。
「これは、ぁああ……! ぁっ、あっ、あぁっ!」
一突きごとに少しずつ角度を変えながら膣壁を抉り出すように肉槍が叩きつけられる。
そのたびにXの身体は震え上がるが、同時に絡みついた襞が行き帰りする竿に向かって遮二無二殺到し、脳髄が痺れるような甘い摩擦を生み出していく。
腰を振るたびに、責めているシグルドの限界点が刻一刻と近付いていく。
射精をしてしまうのはもはや時間の問題で、それを止めるにはもういっそ引き抜くか、せめて動きを止めて休むしかない。
しかしそれでもシグルドは、自殺行為のようなピストンを止める様子はなかった。
当然だった。
この絶対的優位な体位を自ら放棄して一体どのような手を使ってイかせるというのか。
それがどれだけ自らを追い詰めるようなものであっても、既に限界近い状態ではそれしか方法がないのである。少なくともシグルドには。
「う、ぐっ……あ、くっ!」
「ふぁあ……あ、んっっ!! ぁ、はぁっ!」
接合部では性器同士のぶつかり合う音が激しさを増し、泡立つほどかき回された粘液が零れ落ちていく。
いつの間にかXの乳首を責めていた彼の手は、ゆっくりとその弾力に手を埋めているのみとなった。
しかし挿入運動に関しては勢いを緩めるどころか激しさを増すばかりで、お互いの秘部が擦れ合う粘着質な音は秒刻みに大きくなっていく。
深く突き上げられるたびにXの身体が軽く浮き上がり、重力に従うように再び剛直を呑みこむ。それすら今のシグルドにとっては苦痛のような鋭さを伴う快楽だった。
お互いの表情が見えない体勢。もしかすると喘ぎ声をあげながらも、その唇の端を吊り上げているのかもしれない。そう頭の片端で考えると、胸の奥がたまらなく熱くなる。
何の根拠もない想像を振り払うように一縷の望みをかけて淫孔を穿ち続けるが、肉付きのいい臀部が押し付けられるたびに頭の中でばちばちと火花が散る。
淫猥な音を響かせながら無数の襞に擦りあげられると、何が何だかと意思が混濁してしまう。擦りあげられているのか。擦り付けているのか。
ただ、お互いの肉をぶつけ合う、擦れ合う音だけが反響するようにして肥大化していく。
一際強く捻じ込まれた肉槍がXを悦ばせ、それに呼応するようにして彼女の膣の柔らかい肉がこれまで以上に強く、ぎゅむぎゅむと圧し付けられる、もみくちゃにされる。
その肥大化し続ける快感に押し潰されるようにして、シグルドの我慢がとうとう弾け飛んだ。
「く、ぁあああああっ!」
限界を超えて酷使させられた肉棒がその身を震わせながら、その膣内に向かって先端から白濁を吐き出した。
それまで耐えた分を放出しようとしているのか、堰を切ったように溢れ出す欲望の塊はなかなか止まる様子がなく、その間シグルドは至上の幸福を味わい続けることとなった。
「は、ぁん……膣内で、出ているのですね……」
Xは感極まったような声を漏らして、注ぎ込まれた精を受け容れる。
長い吐精が終わった時、シグルドは彼女にもたれかかるような体勢になりながら横顔を見つめたが、その表情に恍惚はあっても脱力がないのを確かめると、後ろ手に身体を傾けて深呼吸をした。
夜の冷たい空気が肺の中を満たしていくと、快感で焼き切れかかっていた脳髄も繋ぎなおされ、冷静さが戻ってくる。
彼女は最後にトドメを狙って締め上げるような事も、腰を持ち上げるような事もしなかった。
シグルドは自身のピストンによって返ってくる内壁の感触に耐えられず、射精してしまった。
壮絶な自爆だった。
「私の勝ち、でしょうか。やはり後ろからでも、駄目でしたね」
「そうだな……」
若干声を弾ませているようにも聞こえるXの問いに対して、シグルドは答えた。射精直後の気だるげな雰囲気が、声に少し混じっているようだった。
Xは興奮を抑えきれないように荒い息をついているものの、絶頂の兆候を見せているとは言えなかった。
結局のところ、シグルドの最後の責めだけではそれまでについた差を跳ね返すことはできなかったという事だ。もっと早く同じ体勢に持ち込めれば結果は違っていただろう。
もっとも、もっと早ければXが完全な背後を取らせるような隙は見せなかったはずなので、結局のところは分からないが。
「負けたか……」
「そうですね。――。シグルドの暖かいのが、こんなに私の膣内に沢山……」ざり
恍惚としたように呟くXの様子にシグルドは少し可笑しくなって、くつくつと忍び笑いを漏らした。
悔しい結果ではあった。見直す部分もあった。とはいえ、尾を引くような内容でもなかった。
可笑しな部分はいくつもあったが、最後はシグルドが自身の持つ全力を全弾撃ち尽くし、敗れた。
もしかすると、最後に体勢を崩したのはXの気遣いもあったりするのだろうか……。そんな事を考えながら、シグルドは窓から見える夜空を見上げた。
快晴の夜空では相変わらず静かな闇の中で月が静かに光を湛えている。無風状態で漂っていた空気は、吹き始めた微風にゆっくりと流されていく。
全力を尽くした戦いと射精との余韻に浸りながら、シグルドは興奮を洗い流すように、しばらくその景色を眺めていた。
しばらくは。
「う、ぉおおっ?!」
唐突に和んでいた意識が下半身に引っ張られて、シグルドは身悶えた。
視線を窓から戻せば、なんとXが背面座位で繋がったまま、じっくりとかき混ぜるように腰を使っている。
そういえば抜いてもいなかったな、と今頃になってシグルドは思い出していた。
「な、何だ!」
「? 何だ、と言われましても」
何か私おかしいことしましたか? とでも言いたげな表情をXはシグルドに向けていた。
そうしている間にもじっくりと腰を使い、ぐちゅぐちゅと音を鳴らしながら、快楽と興奮とを再び引き出そうとしていく。
柔らかい襞で揉みしだかれ、敏感な亀頭を包み込まれて、ほどなく膣内で萎えかけていた逸物が堅さを取り戻してしまう。
その様子を感じているのだろうXは、無表情のまま淡々と口を開いた。
「勝ったことですし、そろそろ気絶させようかと思いまして」
「……」
思わずシグルドは絶句していた。と同時に、思い出していた。
すっかりBFに熱くなっていた彼は、そもそもXがどういう存在であるかが今の今まですっぽり頭から抜け落ちていたのである。救いようがない。
露骨に顔を顰めながら、シグルドは慌てて目の前の連続襲撃者に話しかける。
「何とかならないのか?」
「お望みなら延髄切りとかでも構わないのですが」
「……」
寄る辺のない返答である。
後ろを取っているのだから挿入を解いて逃げる事も考えたが、果たして逃げ切れるのだろうか……とシグルドは思う。
淫魔ハンター候補生である。射精をしたからといって走れなくなるわけではないが、それでXから逃げ切れるかどうかまでは別の話だ。
そもそも自分から喧嘩を吹っ掛けるように夜を練り歩いておいて、負けたから逃げるって何なの? 馬鹿なの?
やはり搾り尽くされるよりは記憶が死ぬまで物理的に殴られた方がBFするものとしてはまだマシなんじゃないかそうだろうな、とシグルドの結論が纏まりかけた、その時。
「冗談です」
くす、と。
集中していなければ聞き逃してしまいそうな微笑と共に、彼女は囁いた。
「ですが、もう一度だけ射精して――。もらえますか。お願いしますね」ざり
彼には見えない表情を浮かべたままそう言うと、彼女は本格的に腰を使い、膣で復活し始めた彼の逸物をしゃぶり始める。
動きを増した膣の感触に彼が呻きながら、出したばかりなんだが、と言うと、彼女は振り乱したすみれ色の長い髪を軽く整えるように軽く頭を振り、もう一度くらいすぐに射精させてあげますよ、と返した。
鬼気迫るようなものでは決してなかったが、その様子に今までにはまるでなかった真摯なものを感じさせて、それが彼に抵抗する事を躊躇わせた。怪訝な顔はしていたが。
「脱力して支えるのが辛いのなら、私に捕まってもらっても構いませんが。髪の匂いでも嗅いでいてください」
そうは言うものの、彼女の手はとっくに彼のそれを掴んでいた。
自分からゆっくりと胸に押し付けると、熱がこもった吐息を夜の中にこぼす。
残念ながら彼が髪を嗅ぐようなことはなかったが、自分の痴態に興奮するように彼女の腰使いは艶かしくなり、膣内の襞はじっくりと蕩かすように彼の逸物を締め上げていく。
精液まで混じり合って、より粘度を増した異様な潤滑液がぐちゅぐちゅと鳴っていた。
「ん、はぁ……もう、ばきばきですね」
何度も加えられた正確で鋭い性技とは違い、甘ったるく時間をかけて咀嚼するようなそれに、その変化に、彼の欲望はすでに大きく膨れ上がっていた。
さらに彼女は胸に添えていた手を離すと、それをすっかり粘液に塗れたマットに押し付けて、ゆっくりと腰を浮かせていく。
ゆっくりと抜けていく、その離れ際に膣口の浅い部分にあるでっぱりで竿をなぞられて、彼から小さな声が漏れた。
「っ……ふ、今更言うのも何か可笑しい気がするが、一体何を考えてるんだ? お前」
「どうでしょう、気まぐれだと思いますが。とりあえず、今は気持ち良くなってください」
「んぐっ……」
そして、亀頭付近まで持ち上がったところで、今度は腰を降ろす。
単純に一気に降ろすのではなく、力加減が正確にコントロールされた膣が腰の捻りを交えながら、ずぶずぶと再びその蕩けるような花園が咥え込んでいく。
「言う必要もありませんから、どうぞ遠慮なく私の膣内で漏らしてください」
ぐちっと粘液と精液の塊がねばつく音を聞きながら、彼女は臀部がそのそそり立った逸物の根元にぶつかった反動を利用してもう一度腰を持ち上げていく。
少し前掛かりになった彼女との接合部が、見下ろす彼の視界に入りそうで入らない。あらゆる液で塗れた自身のグロテスクな肉棒がひくひくと震えている様子が見えるのみだ。
彼女は再びゆっくりと、とろとろと白く濁った粘液を滴らせる臀部を持ち上げ、再び椅子に座るような角度で腰を下ろす。
柔らかく、軟らかい膣肉が剛直を受け容れて、じっくりと圧迫しながら根元まで咥え込み、再びその反動で離れていく。離れ際にきちんと愛液を塗りたくりながら、突起が刺激することも忘れない。
度重なる肉の愛撫で氷解するようにして、再び溜め込まれた精液が入口に向かってどろどろと昇っていく。
「ぁ、んん……私のおっぱい――揉んでもいいですよ。――むにゅむにゅ、揉んでください」ざり、ざり。
許可をした次の瞬間に催促をし始めるという全く新しいおねだりをする彼女の乳房に添えられた彼の掌が、ゆっくりとその弾力の中に沈み込んでいく。
多少の力では沈んでいくどころか跳ね返されてしまうようなその乳房は揉み応えに関しては言う事はなく、彼の情欲と征服欲とを同時に激しく煽った。
下側からその紡錘状になっている乳房に掌をあてて、五本の指で揉みしだきながら、淫らにぐにぐにと変形させていく。
乳房をじっくりと揉みしだかれながら、彼女は上下の往復を続けていた。だんだんと往復の頻度が増えながらも、速度は一定を保ち続ける。
腰を動かして円運動を取り入れながら持ち上げ、また降ろす。その繰り返しの間も膣の中は、逸物を芯から溶かそうとするかのようにじっとりと蠢く。彼女の長い髪が上下運動のたびにさらさらと流れて、剛直が飲み込まれるたびに彼の胸板を誘うようにくすぐり、離れていくたびに名残惜しそうに顎をくすぐった。
その全てが、彼の快感中枢を麻痺させる。
そのあらゆる動作は、吸精というよりはまさしく奉仕と呼ぶべきものだった。
再び艶かしく腰を持ち上げた彼女のすみれ色の長い髪が、冷たい月の光を浴びながら微風に柔らかく揺らめいた。
彼女が振り返る。
彼が何度も見詰め合った紫水晶のような瞳が、静かに彼を見つめていた。
何か言いたかったのか、何が言いたかったのか、そんな事は誰にも分からなかった。
この場にいる者にさえ。
彼女はすぐに元通り顔を背けると、今度は一息に腰を下ろした。
じゅぶりという性器が擦れ合い粘液が弾ける音と共に臀部が彼の臍に押し付けられ、粘液をたっぷりと蓄えた秘肉が包み溶かすように彼の漆杭に纏わりつき、根元から先端、裏筋までをも撫で上げた。
すっかり蕩けさせられていた彼はその刺激に耐え切ることができず、合図のようにその両手で強く乳房を揉んだ。
「エックス、射精る……っ!」
「ぁっ――……っ!」
どくどくと、白い欲望の塊が再び吐き出され、膣内に吸い込まれていく。
彼女の手が、その乳房に添えられていた彼の手に重ねられる。
二度目のそれは噴き上げるような勢いこそなかったが、彼の分身をとろとろと蕩めかせ、今も柔らかく締め付けている膣内には、漏れ出すようにゆっくりと長い時間をかけて精液が満ちていく。
彼は身体を震わせながら長い時間吐精し、彼女は口をだらしなく開きながらそれを受容していく。
「ぁ、ふ――。――あ、これが、」
間の抜けたような、音程が狂ったような小さな声と共に、彼女の意識は彼方へ消え去った。
長い間続いていた射精が終わると、シグルドは寄りかかっていた身体を起こしながらその手で瞼を擦る。
気を抜くと眠ってしまいそうな、そんな心地良さがあった。こういうのを役得というのだろうかとシグルドは思ったが、倒してもないし何も解決してないじゃないかとすぐに思い直した。そういえば、結局どうなるんだ。
目の前では繋がり合ったまま、僅かに背中を反らして硬直しているXの姿がある。
どうしたものかと考えながら、とりあえずシグルドは彼女の身体を軽く揺すった。
「おい?」
しかし、返事が返ってこない。
返事だけならまだしも、反応らしい反応がまるでないのだ。このまま押してしまったらマットに倒れてしまうのではないか? そんな事すら思わせた。
もしかすると気絶しているのだろうか、とシグルドは考えて、とりあえずもう少し強く呼びかけてみることにした。
「おい、大丈夫――」
――ばぢり
と。
シグルドがXの肩を揺さぶり、その耳元で声をあげようとすると、それを異音が遮った。いや、それだけではない。
あぁ? シグルドが理解不能な出来事に声をあげている間にも、その異音が、数を、種類を増やしていく。
まるで何か、丈夫な紐のようなものが焼き切れるような、ばちばちと何か弾けるような。
後から思えばあれは逃げろっていう最後のメッセージだったのではないか、と後のシグルドは語る。
「一体なん――」
次の瞬間、シグルドは突然下半身に覚えのない熱が押し寄せてきたと思うと、あっという間にそれは熱いと通り越して痛みに変わっていた。
そしてそれを痛みだと本人が認識する前に、何かが炸裂するような激しい音と共に押し寄せてきた熱波に彼は問答無用で昏倒させられた。
――どぐがぁああああああん……
密室の中、簡素なテーブルを向かい合うようにして彼女らはいた。
部屋の中にはテーブルを挟むように配置された二つのソファ以外には乱雑に何かがばら撒かれた机があるだけである。
「……それで、あれは一体何なのです?」
ソファの片方に腰掛けている女性が、重々しく口を開いた。
僅かに日焼けした、長く艶やかな金髪の女性である。それほど歳を重ねているわけではないのだが、少女らしい可愛らしさというより思わず見惚れるような美しさに傾倒したその美貌は、彼女を歳より多く見せ、また将来は少なく見せるのだろう。
その美貌を持つ彼女は、今は苦々しげな表情をしながら部屋の片隅を見つめていた。
「そうですわね……」
逆側のソファに座っている女性が口を開く。彼女もまた、負けず劣らず華やかな金髪を伸ばしていた。
少しウェーブの掛かった金髪は、落ち着いた印象を抱かせる青い瞳と相俟って、彼女を強く印象づける。服越しにでも分かる豊満な肉体と、切れ込みの入ったスカートからちらちらと覗く素足は誰もが目を見張るだろう。
……それで目の下に明らかな隈が出来ていなかったり、髪の毛のあちこちがハネていたりしなければまさに完璧なのだが。
「オートマタ、俗にいうならダッチドール……といったところですわ」
そんな彼女の視線は向かい側にいる女のそれを追うように、部屋の角を見つめていた。
いや、正確にはその角にもたれるように置かれているものに、である。
「まあ、今は実験段階なのですけれど。男性型はどうにもピストンの動作のパターン化に手こずっていまして」
すみれ色の長い髪を持つその女性は、今は俯き、目を閉じたままぴくりとも動かない。
それを少しばかり眺めて軽く頷いてみせた向かいの金髪の態度をどういう風に受け取ったのか、それともそんな事はどうでもいいのか、喋る金髪はあっという間に声色を跳ね上げた。
「とはいえこれが完成しさえすれば、万年練習相手に悩まされるハンターの問題は全て解決ですわっ!」
胡散臭そうなものを見る目つきをする向かい側の金髪の様子に気付いていないのか、或いは気にしていないのか、口を開く金髪はあっという間に態度が一段飛ばしに尊大になり、テンションがあっという間に振り切れた。
「しかもオプションを充実させれば淫魔のような、どうあっても人間にはできないような事にだって耐性をつけられる! まさに一言、革命と申し上げても全く問題ありませんわね! おーっほっほっほっほっ! ついでにいえば――」
高笑いが密室の中で、本人以外の鼓膜を削るような怪音波となって反響する。しかもそれが延々と続くのである。
例に漏れず耳を押える金髪の女性に、脇から出てきた黒髪の地味な男性が、そっと耳栓を手渡した。
「ありがとう」「いえ、すいません本当……」
彼女は耳栓を押し込むと、ようやく落ち着いた気分になったようで、一つ大きな溜息をつきながら目の前のカップに手を伸ばした。コーヒーだ。
その匂いをゆっくりと楽しみ、一口二口と口をつけた頃に、どうやらようやく何かしらの口上が終わったようだった。
「つまりこれは画期的な技術なのですわ! 一部の機能を制限して民間に売り出す予定もありますのよ! どうっ?!」
「はあ。それはよくわかりましたが、それがどうして、どういう経緯で夜の校舎を徘徊していましたの?」
耳栓をつけた金髪がそう尋ねると、姦しい金髪は明らかに気分を害したようで、冷めた瞳で向かい側を見つめていた。『なんだそんな事か……』と言わんばかりの表情である。
今すぐヒールで背中を踏み躙りたい気持ちを、耳栓をつけた彼女はプライドで抑えこんだ。
「簡単にいえばテストですわ。幸いここはハンター養成所、相手には事欠かないわけですし。思考と素体と相手を変えて、パターンを試していたわけです」
あまりといえばあまりな言い草である。耳栓金髪がちらりと横を盗み見ると、そこには何とも言えない表情で事態の推移を見つめる黒髪の男性がいた。
無断なのだろう。十中八九。
しかし眉を顰める彼女にも気付かずに、もしかしたら人の表情なんてものに興味がないのかもしれないが、ハイテンション金髪はむしろ豊満な胸を張って、誇らしげにするのみであった。
今すぐ四つん這いにさせてヒールで尻穴を貫通させたい気持ちにかられながら、耳栓をつけた彼女は根性で抑えこんだ。
「それで、あんな事になった、と?」
「そうですわね。駆動系の動作不良を起こすとは予想外でしたわ。まぁAIは無事ですし、記録も残ってます。修復はすぐに済むでしょうから、問題ありませんわ。心配してくれてありがとうございます」
「……」
可能な限り穏便に、しかしはっきりと事を問い質すような耳金髪の言葉を、アクロバティックかつロマンティックに頭の中で転がして、尊大な方の金髪はそう答えた。にこやかに会釈しながら。
一体どこをどうすればそういう答えが出てくるのだろう?
今すぐソファーから蹴り出してジャパニーズレッグロールクラッチを仕掛けたいという欲求が津波のように押し寄せるが、耳栓をつけた彼女は瞼の裏で『お兄様』を思い浮かべて、どうにかこうにか気持ちを静めた。
「まあ、動作不良を起こすまでシグルドさん如きに粘られるのも計算外でしたけれど」
ぶちっ。
何かおぼろげなものが、しかしはっきりと切れる音を伴って、無意識に彼女は立ち上がっていた。その両耳から耳栓を外し、人差し指で一つずつ弾く。
弾かれた耳栓は、傍に立っていた黒髪の男性の手の中にどんぴしゃりで収まった。その口が、ぼそぼそと何かを呟く。終わったな。
「その辺りも含めて改良が必要ですわね……あら? 一体――」
相変わらず自分の世界に入っていた尊大金髪は、目の前まで来ていた彼女に気がつかなかった。
――ちょっ……痛い痛い痛い痛い!
――離しなさいってば! なんですの、ちょっと! 聞いてますの?!
怪訝な顔をする金髪の首を彼女はむんずと掴むと、何処にあるのかわからない膂力を発揮してソファーから引き摺り落とした。
というより床を引き摺っていく。
そうしてそのまま扉の前まで辿り着くと、彼女は一人残された男性に振り返った。
「ちょっと、お借りしてもよろしいですわね?」
「ええ、どうぞ」
「ちょっとぉぉぉぉおおおおおっ! 副部長っ?! 覚えてなさいよおおおぉぉぉぉ……」
短いやり取りが終わると、彼女は扉を開けて、その先の無機質な廊下へと去っていった。
振り返った際に彼女が見せたそれは、この部屋にいた彼女が一度たりとも見せなかった表情だった。
思わずふらふらと歩み寄りたくなるほどの可憐な華のようなその表情に、男は昔聞いた諺が本当であったことを、その時はっきりと理解したのだという。
「……はぁ」
大きな荷物を引き摺って歩きながら、彼女はある事に思いを馳せて、溜息をつかざるを得なかった。
兄が目覚めたその時に、あんな事になってまでBFをして敗れたのが人間でもなく淫魔でもなくオートマタであったと知ったら、一体どんな反応をするのだろうか――と。
「うぐ、ぐぐぐ……膣がぁ……女の膣が、爆発……爆発して……う、うううううう……」
おわり
ちなみに後日、修復したオートマタが原因不明のエラーで名称の変更を全く受け付けなくなってしまったらしく、例の彼女は「バグりやがってますわっ!」と癇癪を起こしているらしい。
ざまあ。
次回予告!
2000年の時を経て復活を果たすエックス!
しかしそこは何と淫魔滅び去った後、作られたロボット達が圧倒的性技で人間を搾取する世界だった!
「貴様は一体誰なんだ!」
「私はエックス。あなたたちイレギュラーを破壊するためにやってきた過去の亡霊です」
かくしてXの過酷な一人旅が始まる!
姉妹機であるゼロとの再会。そしてロボット達を扇動する恐るべき真の敵とは!
「消えろイレギュラー!」
果たしてXは、そしてゼロは人間達を守りきり、平和な世界を築くことができるのだろうか?!
次回!『ないしょの#うぉーず♪〜慟哭編〜』
※嘘です
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