マリア=ルイゼ・フォーフェンバングに腕を取られたレイは、刹那のうちに、ミューティ・ワーズの診療室から、まったく別の場所へと転移させられた。
といっても、飛んだ先では目を開けていられないほどの光量がすぐさま襲い掛かってきたため、いま自分がいる場所がどこなのかは判別しようがない。
突風が、少年の伸びさらした茶色い髪の毛を吹き上げている。衣服越しから伝わる風力はけっこう強く、幼馴染から贈られたトレーナーが音を立てていた。
ここは外なのだろうかと思いつつ、なんとか薄目を開けてみようとした。だが、熾烈すぎる真っ白な光が、少年の目に痛みをもたらすほど刺激してくる。これでは、すぐさま目を固く瞑り戻すほかなかった。
目を閉じていても瞼を通り越して眼球に沁み込んでくる容赦のない光輝に混乱しそうになったレイだったが、とにかく少しでも状況を確認しようと、右の上腕を額へかざすようにもっていき、両目に陰影を作ってみた。幾分かは眩しさを遮断できたが、やはり周囲を覗き見るには目が慣れていないようで、視界を確保するまでには至らない。
糸目ほどに瞼を開くので、精一杯だった。
「マリー、どこ?」
レイは、自分を転移させた張本人の名を呼んだ。
転移する際、彼女に左腕を取られていたはずだが、今はその感覚がなく、不安に駆られたのだ。
不定期に吹きすさぶ風をその身に受けながら、目を慣らしつつ、返事を待つ。
だが、応答がない。
「マリー?」
再度の呼びかけにも反応がなく、どこにいるんだろうと思った、その矢先であった。
「淫魔だあああっ。もう一体、淫魔を発見っ! こいつも飛ぶぞ、ライトアップしろ!!」
突如、どこからか怒声が響き渡り、レイは喫驚した。
もう一体、淫魔を発見と、誰かが言ったのだ。
それが何を意味するのか。レイは、自分はとうに見つかっており、今度はマリア=ルイゼが発見されたのだろうかと思った。
発見者が誰なのかを想像するのは、難しい問題ではない。
人間界へ転移してきたのだから、当然、人間だろう。
ならば、声を出した者は、淫魔ハンターなのだろうか。
何も見えなくては確認のしようがない。なぜマリア=ルイゼの転移先に何者かが待ち受けていたのだろうか。焦慮しだしたレイは両腕をかざして大きく影を作り、急ぎ視覚を回復させようとした。
薄い影がいくつか見えたが、白い光ばかりだ。
視力を取り戻すにはまだ時間がかかりそうだと感じたとき、発言者が、「こいつも飛ぶぞ」とも言ったのを、思い返した。
発見されたのは、自分ではないと直覚した。
ならば、マリア=ルイゼのほかに飛ぶ淫魔とは。
レイの淫核化した心臓が、一度、大きく鼓動し、強烈な痛みを伴った。嘔吐感からおくびが出ると、卑猥で生ぬるい感触をもつ不可視の淫気が吐き出され、顔にまとわりつく。
アーシアは、無事なのだろうか。
焦心がさらなる焦心を呼ぶ。背筋に悪寒を走らせつつも、体内温度は次々と上昇していった。
「三番、上空の淫魔を照らせ!」
何者かの指示により、一気に光の明度が低くなった。
目は開けられたものの、今度はいきなり暗くなったため、やはり視覚がついてゆけず、何も見えない。が、何度もまばたきを繰り返して焦点を合わせるのに努めると、やがて視力が戻った。
最初に飛び込んできた光景は、正面に見える巨大なスポットライトが、夜空へ光線を照射している姿であった。この光のおかげで、自分は目がくらんでいたらしい。
無意識のうちに首を光の先へと向け、上空を見上げる。
すると、夜空を貫く一本の光線に、ひとつの影が浮き出しているのが見えた。
それは翼を大きく広げ、旋回している。
マリア=ルイゼだった。
「マリー」
完全に捉えられている彼女ではあるが、さすがにデニソン国近衛騎士団の副団長という重職にあるだけに、動じた気配は見られない。むしろ、悠然と舞っているように見えた。
自分が見つからないよう、注意を引きつけてくれたのかもしれない。
まず、ここがどこで、何が起きているのかを知るため、首を巡らせた。
周囲には高層ビル群が立ち並んでいる。ガラス窓から明かりが漏れている箇所が多いため、まだ夜も浅いらしい。
とても見覚えのある景色だった。
経済の中心地として栄えるオーベニア王国の首都、ウッツナッハに間違いないとレイは確信した。
事前にバベットから知らされていたとおり、紛れもなく、自分の地元である。自宅はここからそう遠くない。歩いて帰れる距離だ。
もっとも、今はまだ帰れない。とても懐かしく思えたために帰郷心が疼いたものの、帰宅するのは、人間に戻ってからだと決めている。
自分が今いる場所も、高層ビルであった。屋上はヘリポートとなっており、自分は屋上からさらに一段高い、塔屋の上に立っていた。屋上ヘリポートまで、さらに数メートルほど高い場所にいる。手前には、昇降用の梯子が架かっているのが見えた。
巨大なスポットライトは屋上の四隅に一基ずつ設置されていた。自分の正面に見えるものはマリア=ルイゼを追跡しているが、残り三基は、ヘリポートの中央へ照明を当てている。
そこへ目を向け、
愕然とした。
「ファン兄、アーシア……。どうして」
遠目からでもよく分かる。見間違えようのない、ふたりだった。
実の兄のように憧憬の念を抱くファン・ストライカーが、大恩人である堕天使、アーシア・フォン・インセグノと、交合している場面を目撃したのである。
「あれは……」
ファンは額に、真紅のヘアバンドをつけていた。
これは、彼が自らの命を問わない覚悟を決めたときにつける勝負衣装であるのを、レイはよく知っていた。淫女王戦などの大きな戦いに挑むときに、よくしていたからだ。この戦いが彼にとって、どんな決意なのかが窺い知れる。
上半身は着衣したままで、彼が愛用している革のベストが見えた。自分が学校を卒業した暁に、譲ってくれる約束をしてくれていた衣装だ。もっとも、すでにその卒業時期は過ぎているわけだが、ファンは今も着続けていた。まるで、自分に譲り渡す日を切望するかのように訴えかける存在感には、心苦しさを覚えた。
下半身は裸だった。鍛え込まれた尻肉が凹んでおり、抽送する腰の力がいかに強いのかが見て取れる。ひと突きひと突きが必殺のかまえなのは、未熟な自分でさえ理解できた。
「ファン兄は、アーシアを道連れにしてでも、斃すつもりなんだ」
淫魔ハンターなのだから、不倶戴天の淫魔を消滅させるために行動するのは当然だ。それが仕事であり、人類を滅亡から救う、唯一の手段でもある。ただ、頭では解っているのだが、ふたりには、生きていてほしかった。こんなかたちで巡り会ってほしくなかった。
決着がついてしまえば、どちらかが死ぬのである。
対して、下から迎え撃つかたちとなっているアーシアは、いつもと変わらぬ、召し使いのような衣服を着用していた。
紺色のワンピースは上半身をはだけ、スカートと中のスリップを捲り上げているため、ほぼ全裸の格好だ。フリルのエプロンやレース仕立てのフリルのカチューシャ、藍色をした面積の狭い下着は脱がされており、畳まれもせず、それぞれがヘリポートの床へ、乱雑に捨て置かれている。
白いニーソックスは腿丈まである長いもので、黒のガーターベルトで留められているのだが、右脚のニーソックスは、ふくらはぎのあたりまで脱がされていた。太腿は三本のスポットライトの光線によって、乳白色の肌が、より白く、妖しく、照らされている。
ニーソックスを外された右のベルトは、ファンが責めるたびに、アーシアの腰横で、踊るように跳ね飛んでいた。
レイは、たっぷりとしたアーシアの乳房を久しぶりに見た。絶対的な柔らかさを有するそれは、重力に潰れて全方向へ押し広がっているので、本来の姿である釣鐘型を保持できていない。突起しきった肌色の乳首を夜天に向けながら、ファンの突き込みによって、大きく円運動している。
左胸は右回りに、右胸は左回りにそれぞれが躍動し、まるで別の生き物のようだ。
彼女の乳房は、発汗と唾液によって濡れきっていた。どれだけ激しい情事がおこなわれていたのだろうかとレイが思うと、自分の股間が熱くなってしまう。
ミューティによる責めによって昂ぶっていた欲情は、結局、発散してもらえなかった。そのままここへ転移してきたため、寸止めのままである。他人の情事を目撃しただけで性欲が脳髄を痺れさす。それがたとえ命を賭けた戦いであっても、関係がなかった。
この場景を見て、心の奥底から黒い感情が発生した。それは、とぐろを巻き上げながら、濃厚な淫気を全身に巡らせ始める。苛立ちを伴う黒き想いは、呼吸するたびに色濃くなっていった。
アーシアの尻を抱えたい。
恍魔との戦いを終えたらそうしようなどと不埒に思っていたが、あの日から彼女とは会っていない。入院生活が長引いたためもあり、久しぶりの対面である。
それが、アーシアを発見した途端、彼女がほかの男と交わっているのを見せつけられてしまった。それも、自分が憧れてやまない人となのが、心情を暗く染め上げる。
ファンとしては、淫魔を駆逐するためにここへ来たのだろう。アーシアがなぜ人間界にいるのかは判然としないが、彼を迎え撃ち、今に至っているのかもしれない。
アーシアはM字に開脚しながら、三枚の漆黒の翼をコンクリートの床へ広げていた。ただ、両腕は脱力させて翼の上に寝かせているだけであり、ファンの官能に応戦しているようには、とても見えなかった。
実際には膣を締め、強烈な責めを敢行しているのかもしれないとも思った。だが、ファンの表情には苦悶が見られない。焦げ茶色の双眸が勇壮たる輝きを示し、切れ長の両目で厳しくアーシアを見下ろしている。彼女の反応はいっさい見逃さないとばかりに、獲物を狩る鷹のような目つきをしており、とても責められているようには感じられなかった。
アーシアは目を瞑ったまま無表情で、ただ漫然と、ファンの突き込みを受けているだけにしか見えないのだ。
なぜかは分かりようもない。もっとも、このままではアーシアが絶頂させられ、消滅の憂き目に遭うのは必然だと思った。ファン・ストライカーという淫魔ハンターの実力は、淫女王を屠る力を秘めている。いくらアーシアでも、己の死すら覚悟している彼を赤子同然に扱えるとは思えなかった。
なにより、アーシアの態度が不自然すぎる。
気色がないので彼女の思惑が何も汲み取れないが、頬は朱を差していた。快楽を味わっているのは明白である。
レイは違和感を覚えると、とにかくこの戦いを止めなくてはいけないと思い立ち、塔屋の端まで歩いていった。そこで一端、立ち止まる。
このまま梯子を使って下へ降りていっても、ほかに誰かがいるのは確実なので、発見されてしまうだろう。自分へと注意を引きつけるかのような動きをしているマリア=ルイゼも、それは望まないはずだ。
だが、簡単に心が決まってしまう出来事があった。
ファンの口が開かれ、何か呟いているような動作を目撃した。距離があるし、風音も大きいために声は聞こえないが、アーシアが呼応し、目を閉じたまま、何事かを返す。
さらにファンの口が動くと、少ししてから、アーシアの口が動く。
何か喋っているらしい。
不意に心臓が切なく萎縮すると、自分は、ファンに嫉妬しているんだと思い知った。
ファンを想う心に変わりはない。今このときも慕っている。だが、アーシアへの独占欲が掻き立てられてしまうと、もう止めようがなくなってしまった。
アーシアを抱いているのは、自分ではないのである。
淫核化した心臓の中にある、もうひとつの小さな淫核から、轟然と憤怒の感情が撒き散らされ、レイの精神を侵してきた。小淫核を依り代としている狂気と淫乱を司る精霊は、アーシアに激甚たる執着をもっているため、簡単にレイの嫉妬心と同調し、使嗾する。
これに気付いたレイは冷静さを取り戻さなければいけないと思いはしたが、激発する感情は爆発しそうなほどに膨れ上がっていくばかりで、やがて、あのふたりの行為をやめさせてやるという意識しか抱けなくなってしまった。
寸止め状態の淫欲がこれらの気持ちを肥大させ、少年の目的意識を変えさせてしまう。
ふたりとも死なせたくないから戦いを止めに行く、
のではなく、
アーシアが自分以外の男と睦み合っているのが我慢できない、
から、邪魔をしに行くのだ。
レイは梯子を使わず、そのままヘリポートへと跳躍した。
数メートルの高さから一気に飛び降りたため、大きな着地音が周囲に響き渡る。
履いているバスケットシューズの緩衝材だけでは衝撃を吸収しきれず、痛みが踵から肩まで突き抜けると、レイの顔がこわばった。それでも、空色の目はファンとアーシアの情事を凝視している。
「何事だっ」
どこかの影にでも潜んでいたらしい人間たちが、何名も飛び出してきた。
レイはそれらを無視し、悲鳴を上げる踵を何度も上下させ、沈着に努める。足首や膝も痛んだが、踵ほど痛手を受けていないのは幸いだった。
いざというときには動けそうだからだ。現に、動いてくれている。
バスケットボールの試合中にアキレス腱を切ってしまい、仲間たちや監督に迷惑をかけてしまったことがある。あのときの身体的な痛みや、部活動に参加できなくなった精神的なストレスと比較すれば、こんな程度は、何ほどでもない。
身体中に溜まりきった淫気がなおも精製されて超過すると、体外へ放散される。
少年は、紫色の波動に包まれた。
「な──。レイ君? なぜ、ここにっ!?」
突然の事態にファンは抽送運動を中断し、少年へ首を向ける。
ファンの発言に反応したアーシアが、薄目を開いた。
「え……。レイ様っ!?」
驚愕したアーシアの目が大きく見開かれ、銀杯色の瞳が困惑に揺れる。
「何? ではこの子が、レイ・センデンス君なのかっ」
飛び出してきた人間たちの中から、恰幅のよい初老の男が進み出てきて、ファンに声をかけた。
「そのとおりです。至急、イェンセン・グスタフに、連絡をっ。どうか所長に!」
「了解した。これは一大事だ。本部ならび、グスタフ氏に、急ぎ伝えろ」
恰幅のよい男が部下らしい女性へ命令すると、その女性はすぐに奥へと駆け戻り、テーブルの上にあった無線機を手にした。
どうやら仮設の本部らしい。何台かのテーブルと何脚かのパイプ椅子、モニターなどの、さまざまな機材があった。
敷かれたシーツの上で、衰弱し、横たわっている若者の姿もある。アーシアに挑んで敗北したのかもしれない。
ここが、アーシアを滅するための簡易作戦会議場だと勘繰ったレイは、
「うるさい黙れ」
と、ぞんざいに言い放った。踵の痛みはとれないままで、痛みからくる苦悶の表情が怒りの表情と混ざり合い、凄みをもたらす。
「たったひとりのアーシア相手に、何人がかりだっ」
レイが淫気を解放する。その身を包む波動が色濃くなり、濃紫色となった。
「レイ君、何を言っているんだ」
「レイ様、なぜこんなところに」
ファンとアーシアは、当惑しながらレイを見詰めた。しかしふたりは挿入状態を保ったままにしている。それがレイの胃の腑を、より煮え滾らせた。
ふたりがいるヘリポートの中央までは、距離にして、まだ何メートルも離れている。踵の痛みが酷いため、歩けそうにない。もっとも、アーシアに危機が訪れたならば、骨折すら厭わず、飛びかかっていくつもりだ。
「おまえは阿呆か、レイ・センデンスっ。私の心算を簡単にぶち壊して!」
少年に立ち塞がるように、マリア=ルイゼが床へ降り立った。着地後、二枚の黒翼を軽くはばたかせてから、畳む。
「フォーフェンバングまで、なぜ。いや、今のレイ様への無礼な発言は捨て置けん。明日までに謝罪文を提出しろっ。仕置きは、おって申し伝える」
「罰ならば、あとでいくらでもお受けします。アーシア様をお迎えに参りました。さあ、人間どもを蹴散らし、帰りましょう!」
「もう一体の淫魔が降りてきたぞっ!」
ファンと、休んでいる若者のほかに、人間が八名ほどいるのが見えた。レイとは面識のない面々であるが、全員、淫魔ハンターであろう。彼らはファンの邪魔をさせぬよう、まるで盾にでもなるかのように横一列に並び、レイとマリア=ルイゼに対峙する。
恰幅のよい男は、奥の施設へと引っ込んだようだ。連絡している女性と彼を除き、六名に向かい合われた恰好である。そのうちのひとりは女性だった。
ファンがグスタフ淫魔ハンター事務所に所属している仲間たちと連携していないのが腑に落ちないが、それはすぐに、どうでもよくなった。
アーシアが、自分以外の男とセックスをしている。
これが自分にとって、最大の問題だったからだ。
「この淫魔も只物ではないぞ。全員、気を引き締めろ。これは、センデンス君を助けられる好機でもある!」
恰幅のよい男が号令をかけると、「はい」と、淫魔ハンターたちから返事がした。
「どいてよ。ファン兄たちが見えないだろ」
レイは骨まで届く軋んだ疼痛に顔をしかめながらも、一歩だけ踏み出し、マリア=ルイゼの左隣へ並んだ。
「なんなのこの子っ」
「あれは、淫気なのか?」
「淫魔化した子なんて、本当に助けられるのかよ」
淫魔ハンターたちはレイの忠告を聞き入れず、動かなかった。
レイは焦燥感から歯噛みし、研ぎ澄まされた刃物のような視線を淫魔ハンターたちに向ける。
敵意を剥き出しにしていた。
「レイ君、いま助けるぞっ」
「ファン兄……」
少年は、淫魔ハンターたちの足の隙間から僅かに覗き見える、ファンの腰を見た。
彼は、抽送を再開していた。
尻肉を凹ませ、力強い一撃を次々とアーシアの股間へ見舞っていく。突かれるたびに、開かれたアーシアの両脚が揺れ、浮いている靴底が天を向く。
後ろからの視点を見せつけられたレイは、抑えきれないほどの情動から、心臓が張り裂けんばかりとなった。大太鼓を連打するような脈動が濃密な淫気を周囲へと放散させる頻度を上げ、発情からくる熱が、満腔に踊る。
「え。何、これ……」
突如、女性の淫魔ハンターが股間を抑え、驚きとともに呻き声を漏らした。
「うぅ、熱い……っ」
彼女の頬が朱に染まると、額に粒状の汗を浮かべながら、腰をくねらせ艶冶に喘ぐ。
「おいどうし──、なっ」
急変した仲間を気遣った男性淫魔ハンターまで、股間を抑えて慌てた素振りをした。
それを見た、一列横隊を形成しているほかの仲間たちから、動揺が走る。
「淫気に当てられたら、そうなるに決まっているだろう? この子の力を侮るな」
マリア=ルイゼは事もなげに言い放ち、様子のおかしいレイの右腕を取った。
「気をしっかり持て、レイ・センデンス。いっときの感情で、その身を滅ぼすな。人間どもを平らげたあとで、すぐにヌいてやる。それまで自失せず、どうにか耐えてみせろ」
マリア=ルイゼが意図的に、少年の二の腕へ、自分の左乳房を押しつけてきた。
ほんの先付けのつもりなのかもしれないが、レイには物足りない。
自分は、アーシアを欲しているのだ。この胸がよいものなのは十二分に理解しているが、いま欲しい肉体は、彼女のものではない。
「レイ君どうした。すまない、よく見えないから、少しそこをどいてくれ」
ファンは腰振りを続けたまま、仲間たちへ声をかけた。彼らはファンの要求に応じると、半々になって割れ、隙間を作る。
が、ファンを少年と対面させてやった瞬間に、発情させられた男女二名の淫魔ハンターが、抱き合って接吻し始めた。男は無遠慮に女の胸へ手を這わせると、ふたりはコンクリート床へ崩れ落ち、本格的に性行為を開始する。
「おいやめろ、何をしてるんだっ」
「ジャック、よせっ」
仲間たちが引き剥がそうとしたが、絡み合う男女は離れようとしない。
「お、俺も、もう……っ」
もうひとりの男性まで盛りがついてしまい、女性淫魔ハンターの両脚を割って、自分の頭をうずめていった。男がねじり込むように頭を振ると、女から嬌声が上がる。
「やめんかあっ!」
恰幅のよい男が声を荒げたが、情痴に狂った三名は聞く耳を持たず、行為に没頭した。
「これは、レイ君がやったのか? なんという力を持ってしまったんだ、キミはっ」
驚きの表情を浮かべながら、ファンがつぶやく。彼は首を後ろに向けながらも、腰振りだけは中断しなかった。
アーシアはファンに責められたまま困却の表情を保っており、首を曲げてこちらの状況を見守っている。
「女なら、まだここにもいるぞ? 淫魔だがな」
マリア=ルイゼの挑発を聞いた淫魔ハンターたちが、苦虫を噛み潰したような顔になる。まんざらでもない、といった表情の者までいた。
レイの淫気に対して影響を受けていないらしい、筋骨隆々とした中年の男が、マリア=ルイゼの正面に立った。
「ジャックたちはまだ若いが、強い戦士たちだ。だからこそ、この組織に抜擢された。それを、こうまで簡単にあしらうとは。この任務、我々だけでは荷が重過ぎるとでもいうのかっ」
「だから侮るなと言った。私の相手はおまえだな? もっとも、私はべつに後ろのふたりも交え、三人同時に相手してやっても、いっこうにかまわないが」
玩弄しながら微笑するマリア=ルイゼに気圧されたのか、中年の男は舌打ちした。
「ストライカーばかりに頼っているわけにはいかない。貴様は俺が仕留める!」
「言うは安し、おこなうはなんとやら、だな」
突風に見舞われ、マリア=ルイゼは乱れた青い長髪を撫でつけた。スポットライトの光が彼女の髪の毛をきらめかせると、その艶やかな姿を見た、後ろにいた二名の淫魔ハンターのうちのひとりが恍惚となり、呆けた顔で彼女を凝視する。
「早くもひとり、堕ちたようだが?」
マリア=ルイゼは喉を鳴らして失笑した。
「長官っ。応援の見込みが、立たないそうです」
無線機を使ってどこかと通信していた女性の淫魔ハンターが、不安げな面持ちをしている恰幅のよい男へ声をかけた。
「なんだとっ!?」
彼の顔は、絶望をたたえるように、その血色が青ざめる。
「サン・マーズに多数の淫魔が襲来し、そこに多くの人員が割かれているため、ハンターが足りない模様です!」
「戦争が、遂に起きたのか。くそ、みんな、なんとか持ちこたえてくれっ」
長官と呼ばれた恰幅のよい男は、形勢逆転された現状に活路を見出すため、応援に期待していたようだ。ただ、問題が発生しているらしく、思うようにいっていないらしい。
サン・マーズは、経済都市ウッツナッハの隣町であり、レイの自宅がある地域だ。淫魔ハンターたちのやりとりを聞いたレイは少し興味を惹かれたものの、眼前のファンたちを視界に捉えると、すぐ彼らのみに執着した。
「レイ・センデンス。少しここで待機していろ。すぐに終わらせる」
マリア=ルイゼは、少年の左腕から自分の腕を離し、脚を踏み出そうとした。
すると今度は、レイが彼女の左手首を掴んで、阻止をする。
「どうした」
「──やめてくれ」
レイは俯きながらかぶりを振り、彼女の腕を引っ張った。
「ファン兄も、アーシアも。もう、やめてくれ……っ」
濃紫色だった淫気の波動が漆黒に染まった。炎のごとく揺らめく淫気がマリア=ルイゼの腕を包み込み、侵食する。
「ん。快感を与える波動を送り込んでくるとは。まさか、私がほかの男たちと絡むのが気に入らないとは言わないだろうな」
マリア=ルイゼには自分の気持ちが筒抜けらしい。レイは忸怩たる思いがよぎったものの、彼女の発言には答えず、ファンたちのもとへ歩きだした。
痛んでいた踵の具合は完全ではないものの、歩くだけなら、どうにかごまかせそうだ。
恥なら、いくらでもかいてやるっ。
その心情のみであり、身体の苦痛を凌駕した行動であった。
「止まれ、センデンス! ここから先へは行かせられない」
大柄な中年の男が両腕を広げて邪魔をする。しかしレイは歩みを止めず、そのまま向かっていった。
「これ以上来るなら、殴り倒してでも阻むぞ。止まれっ!」
彼の宣告に反応した、アーシアとマリア=ルイゼふたりの表情に殺意が宿る。
だが、彼女たちがなんらかの行動を起こすより先に、レイが淫気を噴き出した。
噴出された淫気は弾丸と化し、一直線に男へと向かって行く。
淫気の弾は屈強な身体を有する男に躱す暇すら与えず、直撃した。すると、大男を弾き飛ばしてしまう。
「ロレンソ!」
長官の悲痛な叫びが屋上に反響する。
ニメートルほど飛ばされた男に怪我はなかった。彼は愕然とした表情で尻餅をつき、少年の歩みを見送っている。
レイは、マリア=ルイゼへ恍惚の視線を送り続けている男性の横をそのまま通り過ぎると、もうひとり待機している、男性淫魔ハンターと鉢合わせした。
「おまえはもう、敵なのかよっ。答えろ!」
「ザイア危険だっ、挑発するな!」
尻餅をついている、ロレンソと呼ばれた筋肉質の男が、悲痛な叫びを上げた。
レイは一瞬、寂しそうな容貌を浮かべ、詰問してきた青年へ、視線を送る。
「そう、だね。人類の、敵なんだと思う、ぼくは」
そう言い残し、青年の横を通り過ぎていった。
「おい、待てよ。おまえはいったい──」
レイは青年の呼び止める声には反応せず、自分の淫気に影響され情事に耽る、三名の淫魔ハンターたちを横目で見た。
三人は、すでにつながっていた。
女性はひとりの男性へ馬乗りになり、互いに腰を振り合っていた。もうひとりいる男性淫魔ハンターに対しては、彼の男根を口で根深く咥え、彼の腰振りに併せて吸っている。
発狂しているとしか思えない有様であった。
これが、自分が持ってしまった力らしい。やはり、人間に戻るまで帰宅するわけにはいかないようだ。
もっとも、生還できる確率自体がミクロ以下の数値を要しそうだが、この命があるかぎり、自分の境遇に立ち向かうのみである。
少年は開放している淫気はそのままに、ファンたちのもとへ到着した。
ファンはさすがに、レイの淫気を受けても平然としており、アーシアへの責めも中断しなかった。この徹底ぶりはさすがといったところなのだろうが、レイにとっては、やるせなかった。
「ファン兄、やめてくれ。アーシアは、ぼくの命の恩人なんだ」
「キミと、この淫魔の関係は、彼女から少しばかり聞いた。かといって、淫魔を見逃すわけには、いかないだろう?」
「それでも、やめてほしいんだよ」
「シンディさんが待っている。俺と一緒に帰るんだ、レイ君」
幼馴染の名前を出されると、心臓に、槍で貫かれるような痛みが襲った。
自分の行動は、すべてにおいて間違っていると、そう思う。
生き続けるという信念を正しい道で保つ方法など、分かりもしない。
ただ、シンディとの別れの間際に、彼女へ生きると約束をした。それだけは、罪を積み続けてでも、果たしたい。それしか、傷つけたシンディに報いる方法を知らないのだ。その後の自分の罪など、関係がなかった。
自分を守って殺された、両親への想いもある。
天国と地獄という世界もあるらしいが、そんなものは、自分には知りようがない。だから、思う行動をするのである。
むしろ、
するしかない。それしかできない。それしか分からない。
悔いだけは、残したくなかった。
たとえ、恐怖でしかない、言い伝えられる地獄行きが確定する道へ、自分が導かれようとも、だ。
「まえに会えたときも、言ったよね。ぼくは今のままでは、帰れないんだよ。見たでしょ、今のおかしな力。帰らせたシンディからも、いろいろと、聞いてるはずだ」
「ああ。だから対策を練っている。キミが淫魔の力を有したままでも、こっちで生きられるように、だ。もちろん、行動は大きく制約されるが、それでも淫魔たちと過ごすより、遥かにマシだろう?」
「人間界で、生きる?」
「そうだ。性的暴走なら、レスティアやチェニーが請け負ってくれる。エミリエンヌさんまで、快く引き受けてくれた。シンディさんも、立候補したぞ。実際には多くの問題が出るだろうが、みんなで、乗り越えていこう。レイ君、帰ろう。帰るんだ」
「みんなが。だったらなおのこと、帰るわけには、いかないじゃないか」
「なぜだレイ君っ」
レイに気を向けながらも、アーシアを責め立てる動きには変わりがない。
彼の持ち物は木炭同然の色をしており、歴戦を思わせた。実際、人類を滅亡から救う大きな役割を果たしている、生身の剣である。
長大な勇者の剣は、アーシアの腹中で、どれだけの抜き挿しを繰り返していたのだろうか。彼女の鞘には、自分のものを収めたいのだという思いは、いつまでも消えはしなかった。むしろ嫉妬心から、強引にファンを引き剥がしたい衝動に駆られている。会話を続けるためにそれを押さえ込むには、かなりの精神力を疲弊させた。
アーシアは相変わらず何もせず、ただレイたちのやりとりを聞いているだけである。
彼女の性器は、ファンの肩越しから見えていた。
ファンは腰突くたびに、つねに根元まで押し込む動きをしているため、アーシアの渓谷はとても窮屈そうだ。
どうやらファンの長さは、彼女の深さを凌駕しているらしい。
開ききった大小の陰唇は、快楽によるものだけでなく、彼の剣による圧迫も加わって、さらに押し広がっているようである。彼の持ち物は、太さも尋常ではなかった。
腰が引かれると、蜜を塗りたくったドス黒い剣が、亀頭近くまで現われる。外れる限界まで引き、そこから一気に畳み掛ける動作を、延々と反復していた。
アーシアの女貝はひじょうに柔らかくほぐされているようで、ファンの突き込みによって複雑に形を歪め、泡立つ女液が、生々しい音を、より大きく奏でさせていた。
親指の先ほどまで勃起し、陰裂からはみでている紅色の肉芽は、つねにファンの剣に擦られ、膨張を保ったまま濡れ光っている。
自分では到底できそうにない絶大なる快楽を彼女に与えているはずであり、悔しいという感情が、少年の口から、少し尖った発言を吐き出させた。
「恋人のレスティをぼくに使われて、ファン兄はそれでいいのかよ。エミリー姉ちゃんやチェニーだって、同じだ。グーおじさんにも申し訳ない。性欲の捌け口にみんなを使えなんて、そうやって誰かを犠牲にして生きなきゃいけないなんて、ぼくには、耐えられないっ」
「だが今のキミは、淫魔を使って生きている。同じことじゃないか。なら、気心を通じている俺たちと一緒にいるほうが、幾分かでも、楽になれるだろう?」
嫌味を込めたつもりなのだが、ファンには伝わらなかったようだ。
胃の底のあたりから、沁み上がるような熱が発生した。
「淫魔と人間は、根本から違う。だからその話には説得力がまるでない。淫魔にとっての官能行為は、死よりも優先される重大事なんだ。上手く言えないけど、犠牲どころか、むしろ望まれるんだから、こっちはいいんだよ。考えたって、ぼくら人間には理解できないんだから、それは置いとくしかないんだっ」
「そうだろうが、キミがそんなところまで気を回す必要はないんだよ。みんな、覚悟と理解の上で対策を考えているんだから。なぜ解ってくれない。俺たちは、レイ君を助けたいんだ」
「この子への籠絡は、そこまでにしてもらおうか」
マリア=ルイゼが翼をはためかせ、ひと飛びでレイの真横へ着地した。
「ちっ。こんなときにっ」
ファンがマリア=ルイゼを睨み、威嚇する。
「ストライカーさんは、人類にとって失ってはならないお方。邪魔はさせません!」
無線で連絡をとっていた女性淫魔ハンターが駆け寄ってきた。
ゴム紐を使って手早く後ろ髪をまとめ、マリア=ルイゼの正面に立つ。
「戦争が始まって多忙なのだろう? 私たちは、アーシア様をお迎えにあがっただけだ。それはおまえたち人間にとっても都合がよいはず。それでも阻止するというのであれば、淫魔化しても文句を言うな」
マリア=ルイゼは間髪いれず、女性淫魔ハンターの眼前へ跳躍すると、着ていたブラウスに手をかけ、そのまま腕を下に振るって引き千切ってしまった。その後、すぐに後退してレイの隣に戻る。
ブラジャーごと破られてしまったため、小振りな胸を曝け出された彼女は、小さな悲鳴を上げるとすぐに腕で前を隠し、きつくマリア=ルイゼを睨み据えた。戦意自体は喪失していないらしく、気鋭に反駁する。
「あなたたち淫魔が仕掛けてきたんじゃないっ」
「カティっ。おい淫魔、俺が相手だと言ったはずだ!」
巨漢のロレンソが慌てて立ち上がり、駆けつけてきた。
ザイアという名の青年も、服を破かれたカティの援護に走り寄り、着ていたジャケットを着せてやる。
「だからやめろって言ってるだろ、マリー」
レイが一喝した。
マリア=ルイゼは、ほんのお遊びだと言わんばかりに肩をすくめる。
「ファン兄、言いたいことが、もうひとつある」
「なんだい、レイ君」
苛立ちは、募るばかりだった。
自分へは優しい声をかけてくれる、大好きなファン兄。でも今はアーシアとつながり、彼女を壊す勢いで腰振っている。
それが一番、
耐え難かった。
「アーシアをやりまくってんのが、ぼくには我慢ならないんだよ! 離れろっ!!」
怒鳴り声がヘリポートを揺らす。
レイはファンの両肩を掴むと、遂に、引き剥がしにかかった。
「レイ君、何をするっ。くっ、なんて強い淫気だ!」
レイの介入により、ファンは抽送を止められてしまった。
「レイ・センデンスっ。淫魔の性交に横槍を入れるのはご法度だ!」
すぐさまマリア=ルイゼがレイを羽交い絞めにし、ファンから引き離す。
「離せマリーっ! ちくしょおおォっ」
レイはマリア=ルイゼの押さえ込みをほどこうと激しくもがいたが、肩関節を押さえつけられているため、動けずにいた。
マリア=ルイゼの脚が絡みついているため、右脚まで動かせないでいる。
「肩が……」
ファンの両腕が垂れ下がっていた。
レイの淫気に侵入されたらしく、力を失ってしまったようだ。
「ストライカーさんっ」
カティが声をかけると、ファンは大丈夫だと、気丈にうなずき返す。
「仲間割れか。これはチャンスじゃないのかっ?」
ロレンソが隙を窺っていた。
「なんでアーシアは、何もしないんだっ。なんで受けてるだけなんだよ! それじゃあいづれ絶頂して、消えちゃうじゃないかあっ!!」
レイの不満の矛先が、今度はアーシアへ向けられた。
アーシアは黙ってレイを凝視している。
「レイ君、キミは何がしたいんだっ」
「離せマリー。離せええぇぇ!!」
「快楽は淫魔のすべてだ。邪魔をするな」
「うるさい。淫魔の本能がなんだっ。アーシアは、絶対に天界へ還してあげるんだっ。こんなところで、死なせてたまるかああァ!」
レイの淫気が爆発した。
耳を劈く轟音がヘリポートを揺らし、高層ビル群に反響して、山彦が発生する。
「離れろっ。あれを喰らったら発狂するぞっ」
ロレンソたち淫魔ハンターが後退し、大きく距離を取った。
攻撃色の強い淫気が発生し、少年と一緒に、漆黒に染まる波動に包まれたマリア=ルイゼから、苦悶の表情が浮かぶ。それでも彼女はレイを拘束し続け、決して離さない。
ファンは爆発したレイの淫気をまともに浴び、苦痛から悲鳴を上げた。しかし、アーシアとの挿入状態は保ち続けている。
「レイ君……っ、さぞ、苦しい、だろうな。待っていてくれ。必ず助け、出す」
両腕の力を失っても、全身に激痛が襲っても、淫魔ハンターとしての責任をまっとうしようとする彼は、浸食してくる淫気に顔をしかめつつも、緩慢に、腰を引いてみせた。その後、ゆっくりとだが、突き入れる動きまでする。
「あ──、ファン兄っ」
真紅のヘアバンドをつけた彼の覚悟を見せつけられたレイが正気を取り戻すと、慌てて淫気を収束させた。
爆散していた漆黒の波動が消失すると、ファンから喘鳴が漏れる。
「ファン兄。ごめん、大丈夫?」
「はは。全身に力が入らなくなってしまった。もう動けそうにないな。これはマズいぞ、強い淫魔が二体もいるってのに」
ファンは強気に笑ってみせたが痛みに歪む顔色は消しきれず、最悪の事態を迎えて焦りを覚えたのか、呼吸を荒げながら下唇を噛み締めた。
「ストライカーがやられたっ」
淫魔ハンターたちが騒然となった。
先に淫気に当てられた三名の仲間たちは、より濃密な淫行に没頭している。体位を変え、女性淫魔ハンターは四つん這いとなっていた。先に挿入していた者は射精したようで、今度は口へ挿れている。彼は目を血走らせ、女性の頭を抱えて激しく腰振っていた。
女性は唇の端に白い泡を立てながら、射精した男の陰茎を愛しそうに吸引していた。男の無慈悲な突き込みによって咳き込みつつも、頬を窄め、いやらしい音を立てながら、彼の精液を今度は口で味わうため、必死に射精を促している。
先に口で吸われていた者が今度は女性に挿入し、腰振っていた。豊かな尻肉を鷲掴みながら素早い抽送をおこなっているため、ぶつかり合う股間の合唱が絶え間なく響いている。この責めにより、先に吐き出されていた他人の精液が女性の膣から溢れ返り、白い筋が彼女の太腿に垂れ流れた。
淫魔ハンターだけあって技術が洗練されており、責めどころというものを看破すると、男女共、徹底的に突いてくるようだ。三人は、互いに責め、責められながら、絶頂へ向かってひた走っている。
それは淫靡であり、壮絶であり、陰惨な光景であった。
マリア=ルイゼに魅了されてしまった者も、回復するどころか、垂涎しながら彼女への凝視を続けている。いつの間にやらジーンズのジッパーを下げ、中の物を取り出して、自分でしごいていた。
「長官、撤退命令を出してください。あとは俺が、なんとかしますから」
「無茶ですよ!」
カティが悲痛に叫ぶ。
「カティさん、急ぎ本部へ壊滅の報を通達するんだ」
「そんな。まだ私は戦えますっ。ストライカーさんやみんなを置いて、逃げるなんてできません!」
「長官ッ!!」
ファンが厳しい声を立てた。それはレイにとっても、聞いた経験のない声音である。
少年は、ファンの圧倒的な覇気によって気圧され、あとずさった。
「解った。現時刻をもって作戦を放棄、撤退する」
「イヤです!」
「撤退命令だカティっ。ストライカーの覚悟を無碍にするつもりか!」
その場に居残ろうとする女性をロレンソが強引に抱え上げた。
「ロレンソさん、降ろしてっ」
巨漢のロレンソの肩に担がれたカティが手足を振って暴れると、ロレンソが大喝する。
「馬鹿が。ジャックたちのようになりたいか!」
ロレンソに尻を叩かれたカティが、狂乱する三名の仲間たちを見る。
ふたりの男性淫魔ハンターが、同時に射精した瞬間を目撃した。
口と腹に白いものを注がれた仲間の女性が歓喜の喘ぎを漏らし、焦点の合わない呆けた視線を夜空へ向ける。口淫していた男はまだ射精中のため、悦楽に弛緩する彼女の顔へ白い迸りが降り注がれていった。
射精を終えたばかりのふたりの男に対して、彼女はさらなるまぐわいを欣求し、すぐさま行動した。
挿入中の陰茎は解放せず、爪を立てられて出血している尻を自らくねらせ、自分が最も感じる場所を刺激する。
眼前にある一物は、鈴口から染み出ている液体を唇で啄ばむように吸ってから、根深く咥えていった。
男たちも応ずるかまえで、また淫猥に絡み合う。
カティは怯え、大人しくなった。
マリア=ルイゼに魅了されて自慰行為をしていた者は、絶頂直後に気絶してしまったため、救出は容易であった。
淫魔ハンターたちは、ファンと、狂乱し続けて手に負えない三名の仲間を残し、撤退したのである。
「落ち着いたか?」
「うん、ごめんマリー。ホント、もう大丈夫だから」
マリア=ルイゼが、レイの束縛を解いた。そのまま彼女は少年の腰へ両腕を廻し、抱き止める。心を沈着させてやるかのような、優しい抱き方であった。
背中に当たるふたつの弾力が、レイの複雑に絡んだ、狂気をもたらす精神を、柔和に包み込む。
マリア=ルイゼには手玉に取られっぱなしであるが、妙に居心地がよかった。
残された淫魔ハンターたちのなかでまともな意識をもっているのは、ファン・ストライカーただひとりである。その彼も身体の力を奪われ、もはや微動だにできなくなっていた。
「さて。詰み、だとは思わないか?」
マリア=ルイゼはレイを抱きながら、ファンへ声をかけた。
「そうは思わないな。俺はまだ、生きている。自分を見失ってはいるが、頼れる仲間たちも、まだいてくれる。負けたと決まったわけじゃないさ」
「マリー、ファン兄を焚きつけるな」
軽く後ろへ荷重をかけて抗議した。潰れる乳房の弾力が心地よい。
「なあレイ君。そんなにこの淫魔が、大事なのかい?」
この淫魔というのは、アーシアである。レイはすぐに、「うん」と返事をした。
「でも淫魔だ。俺たち人類にとっては、滅ぼさなければ、こっちが滅ぼされてしまう。それでも、キミは駄目だと言うのかい?」
「そのとおり。命を賭けて恩返しをしたい人なんだ」
不満げに目を細め、ファンを睨む。
「キミは、この淫魔が好きなんだね」
「うん。だから早く離れてほしいんだけど」
あっけらかんと応えた少年を見守るだけだったアーシアは、咄嗟に視線を外して、夜天へ銀杯色の双眸を向けた。
細く整えられた眉毛をへの字に曲げ、動揺の面持ちが見られる。
「そうか。それでキミは、本気で怒ったのか。すまないな、何も知らなかった。でも、離れたくても、体がいうことをきいてくれないんだ。麻痺しているわけでもないこの感覚は、初めてだよ。キミは、どれだけの力をもってしまったんだ」
ファンが苦笑した。敵対している側にいる自分に対しても、いつもと変わらぬ優しさを向けてくれる。
何も考えずに甘えられる人というのは、ありがたいものだった。
自分もいつか、頼れる男になりたいと思った。
「痛み分けで、いいか?」
「好きに思え」
ファンとアーシアが、なんらかのやりとりをした。
マリア=ルイゼの目が細められる。
レイは、それらの思惑に気付かず、ただ、ふたりの戦いに横槍を入れるためだけに、動いた。
「とりあえず、お疲れ。じゃ、離すよ?」
レイはマリア=ルイゼの腕から離れてファンの背後に廻り、中腰になった。
ファンの脇の下へ腕を入れ、引っ張り出すための姿勢をとる。
「ああ。頼む」
レイは力を込めて後ろへ下がった。
挿入が解け、ファンとアーシアの性戦が、他者の介入によって終了させられる。
マリア=ルイゼが不満の色を浮かべたが、アーシアに睨まれると、諦観したようだった。
「ふぅ。楽になったよ、ありがとう」
ファンが大きく深呼吸を繰り返し、疲労回復に努める。
死ぬ覚悟をもって挑んだ戦いを中断させられたというのに、彼はあくまでも少年を気遣う言葉を選んだ。
レイは心臓が萎縮し、軽い痛みを味わった。
申し訳ないという思いがあった。自分の我を貫き通し、ファンが折れてくれた結果にすぎないのは、考えるまでもない。
マリア=ルイゼはアーシアのもとへ行き、ハンカチを取り出して汚れた部分を拭い始めた。その手並みは丁寧の度を超えており、腫れ物を触るかのようだ。
「淫界へ、帰るのかい?」
「うん、ごめん。ぼくには、やらなくちゃいけないことがあるから」
「あの淫魔を、テンカイ、とかいう所へ帰してやるため、だね」
「それもある」
「それも、か。ほかが何かは分からないが、キミがもう決めてしまっているならば、仕方がないんだろうな。ところで、俺の仲間たちは、あのまま死ぬまで、し続けるのかい?」
また体位が変更されていた。今度は男性ふたりが女性をサンドイッチにしていた。
ひとりの男が仰向けに寝そべり、背面騎乗位の姿勢から女性を抱き寄せて自分の上に寝かしつけ、肛門へ挿入している。
もうひとりの男は床に手をつきながら女性にのしかかり、膣へ挿入しながら、同時に濃厚な接吻をしていた。
ふたりの男はつるべの動きをしているので、つねにどちらかが突き込んでいる恰好となっている。女性は嬉し涙を流しながら、絶えずくぐもった喘ぎ声を漏らしていた。男と舌を絡め合い、左手で自分の左胸を握り、右手は陰核を粗暴に掻き回している。
彼女は大股を開いているので結合部が丸出しとなっていたが、誰に見られていようがおかまいなしであり、周りが見えていないらしい。
「え、あ。分かんない……。どうしよう」
放出した自分の淫気がどういった性質をもっていて、どんな効果をもたらし、どういう結果へ導くのかなど、レイにはまだ分かっていない。だから当然、対処の仕方も知らなかった。
殺人を重ねてしまうのかと、畏怖した。
「問題ないだろう、あれだけの秘めた力をもっている者たちだ。当たった淫気の濃度が薄まれば、そのうち正気を取り戻す。もっとも、そのまえに狂い死ぬかもしれんが。レイ・センデンスが有する淫気は、少々、特別でな」
アーシアの世話をしていたマリア=ルイゼが助言を与えてきた。
「それを聞いて安心した。ジャックたちは、失うわけにいかない」
「ほぅ。こちらの見込みどおり、将来有望か?」
「やんちゃがすぎて、すぐにああして暴走するのが、玉に瑕だが」
「ならば今のうちに消しておくほうが、我らにとっては有益なのだろうな。が、強くなった彼らを相手に絶頂できるならば、それもいい」
マリア=ルイゼが楽しげに笑う。
「またそういうことを、すぐに言う」
レイは冷徹にマリア=ルイゼを一瞥し、目を瞑ってしまっているアーシアへ視線を動かした。
アーシアが何を考えているのかが、まるで分からなかった。
「アーシア。ぼくたちは、アーシアを迎えに来たんだ。帰るよ?」
声をかけてみる。
すると、アーシアが目を開き、マリア=ルイゼに股の掃除をされながら上体を起こす。
「こんな姿で畏れ多いですが、質問をよろしいでしょうか」
「うん、何?」
自然に応対してきたレイにアーシアが驚いて、目を見開く。
上半身は、まだ裸のままだ。上体を起こしたので、潰れていた乳房が釣鐘型に戻っている。この柔らかさなんだよなーと、レイは内心で、ガッツポーズをとっていた。
機会があれば、揉みまくりたい。
吸いまくりたい。
「どうしたの? 久しぶりに会えて、すごく嬉しいんだけど、ぼくは」
「あ、いえ。なぜレイ様が、ここへと思いまして」
「だから迎えに来たからって言ってんじゃん」
「いえ、ですから。なぜレイ様が」
「バベットに頼まれたんだよ。なんかバベットも、忙しいみたいだしさあ。女王なんだから当たり前だよね。今まで遊んでたほうがおかしいんだよ。あの部屋に帰るには、ディアネイラはいないし、バベットも忙しいんだから、アーシアに頼るしかないって言ってた」
アーシアがマリア=ルイゼへ目を向ける。それは一瞬の出来事であり、レイは見逃した。アーシアの乳房や生殖器へ目をやっていたからだ。
ファンは目ざとく確認していたが、素知らぬふりをし、呼吸による回復行動をおこなった。
「左様でございましたか。ですがわたくしには、ここでやらねばならない仕事がございます。戻るわけにはいかないのです」
「アーシア様、その上で、私たちはお迎えにあがったのです」
マリア=ルイゼが言うと、アーシアはかぶりを振った。
「なんであろうと帰れない。それ以前に、レイ様に会わせる顔がなかったというのに、なぜそのレイ様を、よりにもよって、こんな危険な場所へお連れした」
「アーシア様を説得するにはこの子以外には無理だと、女王様が判断なさったからです」
「ああもう。ややこしくなるから、命令。アーシア、帰るよ」
「承りました」
レイが指示を出した途端、簡単に従順になったアーシアに対し、マリア=ルイゼが手を止め、呆気に取られた。
これはファンも同様らしい。呆けたように、口を開けた。
背徳の薔薇 激情 了
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