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赤い糸

 天地を覆いつくすような漆黒のすだれを伴って、その日も夜が、夜空が訪れていた。
 発端も終端も見えない闇と、その中にぽつぽつと自己主張する煌々とした光。闇の中に浮かんだ十六夜の月は、肌に染み入るような夜風の中で、その冷厳とした光を湛えている。
 そんな魔が忌諱する神が住まう陽光とは対照的に、魔を釣り負を呼ぶその冷たく怪しい光に誘われたのだろうか。月下には近づき離れ、並行に移動し、時に交差するような、まるで地上に絵を描くかのように一見して不規則に動き回る二つの影が在った。

 疾る。
 潮辛い、仄かに鼻をくすぐる潮風がちりちりと肌を掠めていくのを感じながら、渇いた地面を踏みしめ、つま先で後ろに蹴り上げる。妙にべたべたとして肌に吸い付くようなその風は疾走感を感じさせてくれるどころか、カンに障るばかりだ。
 まあ、それももうすぐ終わる。
 視線を流せば、距離を取っている標的がぼこぼこと膨張した手をこちらに向けながら、両足でしっかりと地面を噛み締めているところだった。
 即座に俺は膝を使って速度を落とし、視界の中に標的の姿を捉えながら、体を前傾させて再び加速する。
 その直後、人が海に落ちた時に水がたてるような鈍い破裂音と、僅かな衝撃が伝わってくる。

「ぬ、っ……!」

 聞こえる、聞こえる。
 ごぼり、と巨大な水の塊と空気が潰れる音に混じった、小さいが確かな呻きが。それははっきりと耳に捉えなくても口元の動きを見ていれば、まるでテレパシーのようにはっきりと感じ取ることができる。明らかに焦燥が入り混じったそれに、確実に追い詰めている手ごたえを感じて、自然と頬が緩んだ。

「今……嗤ったか、小僧めっ」
「知らねえな!」

 魔性を掻き立てる月の光を背に負っていながらも、俺に向かって鋭い眼光を向けるその姿は明らかに消耗している。
 その姿の脇から飛び出す、淡い照明の下でもがくようにうねり、暴れる大の大人の腕ほどもある数本の異物がその証明。近づくものを片っ端から殴り倒そうとするほど猛り狂ったそれはしかし、本人に余裕がないことの証明のようなものだ。
 それが分かれば、恐れる必要はない。退く必要も、ない。

「さて……!」

 円を描くように移動しながら、飛んでくる水弾を背後に置き去りにして俺は自身の上着の中に手を突っ込む。すぐに馴染んだ麻の手応えが返ってきて、それを慌てず騒がず引っ張り出した。
 手首を返せば、十六夜の光を照り返して暗闇の中でも眩しく輝く真直ぐな刃が目に映る。その光は恐らくあちらにもはっきりと見えているのだろう。本能的に危険を察知したのか、ぴくりと一瞬動きを止めた数本の影を引き摺るようにして、刃の光に照らし出された怪異は地面を滑っていく。
 危険だとは感じながらも混乱しているのか、姿勢を低くしたその動きは逃げるとも避けるとも取れない。いずれにしても外してなるものか。ここまで漕ぎ着けるのに一体どれほど苦労したと思っているのか。
 踏み込んだ左足の筋をありったけ使い、腰を捻って身体を回転させる。全身を張り詰めた弓のように扱い、流れる勢いを胸に仕舞うように折り曲げた右腕に集中させて、一気に肘を伸ばす。右手に握られた懐刀を腰の回転で押し出すようにして手の平の中から弾く。
「ちぇええええいっ!」
 短刀が銀色の光を放ちながら、夜の闇を払うかのように切っ先を向けて真直ぐに滑っていく。
 空気を裂き、威嚇するかのような耳をつんざく風斬り音を立てて、隼のように疾く闇を翔る。

「その程度でっ……!」

 切っ先の先端が指し示す軌道上の標的は避ける事を諦めたのか、それとも叩き落せると考えたのか。
 影の足元から音を立てて泥が跳ね、人型というにはあまりに付属品が多すぎるその輪郭をこちらに向ける。程なくしてごぼごぼと何かが破裂するような小さな音を伴って、球状の何かが既に大きく膨れ上がっている。透けて見える向こう側の影が、屈折して揺らめいていた。
 ……水弾……いや、ここまでくると水爆弾か?
 こちらの髪が風とは違う何かにばたばたと暴れ、引きずり込まれていくような空気の流れ。それが炸裂したように逆巻き、向かい風と共に水爆弾が飛び出した。
 恐らくは必殺の気概で撃ち出したであろうそれは、高速で飛来する刃を包み込み、叩き落とす意思を込めたありったけの暴力。

「なにっ?!」

 泥を踏みしめるその姿から、驚愕した声が響く。
 球状の炸裂弾が真直ぐな銀の軌跡に触れた途端――何の抵抗もなく、あっさりと、鋭利な刃が貫通した。
 危うくたゆたっていた表面が俄かに波立ち、空中で四散してしまうのに幾程の時間も許さない。固められた空気と水が弾けて、極めて局所的なにわか雨が降り注ぐ。
 その水滴が地に降り注ぐそれより早く。
 水弾を弾いてなお軌跡が変わらない懐刀が、影の中央部分に狙いたがわず滑り込んだ。

「ぎっ――?!」

 降り注ぐ水滴の冷たい感触を頬に受けると共に、はっきりとした決着を俺は確信した。
 布を引き裂くような耳障りな悲鳴をあげて、影がたじろぐ。
 ちょうど胸の中央部分に深く滑り込んだ刀身が、月明かりを反射して闇夜に映る影を照らし出している。その表情は、はっきりとした憤怒と、そして苦悶に歪んでいた。

「おの、れっ……このような――!」

 ただの刀ではないと己を示すように、冷たく荘厳に光る刀身と怪異との切断面が、じ……じ……と焦がすような音を立てる。
 その度に目の前の怪異は不自然に身を捩り、もがき、失われていく力に堪えながらも身体を貫く金属質の輝きに手をかけて、無理矢理引きずり出そうと力を込めている。
 大したものだ。が――

「はぁっ!」

 じりじりと動く刀身。その柄の部分、怪異が力を振り絞って引き抜こうと両の手を合わせるそこが、俺の言に従って変化する。
 硬い柄の表面部分が捲れるようにして露出し、剥がれ出すそれに、歯を食い縛った奴の表情が瞬く間に変化していく。
 それには驚愕と、ここまでで初めて見せた『怖れ』が透けて見えていた。

「これは……これは、仕込みかっ!」

 慌てて手を払おうとするが、もう遅い。遅いといえば放たれた刀が身体を貫いた時点で、とうに手遅れというものなのだ。
 複雑な紋様の刻まれた符がまるで床から這い出る生き物か何かのように柄の裏側から次々と湧き出して、はためきながら空中へと飛び出した。柄を掴んでいた腕に巻きつくように旋回しながら、その輪郭をなぞっていく。
 間もなくそれが手元から首元からあちこちから中に入り込むと、力が漲っていたその身体は、突如として巨石を背負ったかのように背を縮こまらせる。

「一丁あがり、だな」
「く……ッ!」

 辺りを包み、包みこみ、圧殺するかのような威圧感が、打ち寄せた後の波のように急速に引いていく。
 どうやらまだもがいているようだが、いくら何でもこれは引き剥がせまい。俺にとっては切り札というべき霊刀と、さらに仕込んだ術符の二段構え。符の一つ一つは怪異には一抱えの鉄塊よりも重い鎖になろう。
 外さないようにわざわざ慎重に足を弱らせてきたというのに、その程度で引き剥がされてしまえばたまったものではない。
 勝利を確信して、俺はゆっくりとした足取りで怪異の元へと足を向けた。
 本来ならこの辺りはしっかりした踏み応えを返してくる土なのだが、今はあちこちが水分を吸って泥になり、いちいち足を引きずり込んでくるのが鬱陶しい。

「よくも私にこんな事を……おの、れっ」
「そんな格好で吼えたところで仕方あるまい?」

 近付くと徐々に深まりを増す、その怪異を中心にして放射状に広がる泥の中には、色を失って動かなくなった触手がいくつも見受けられた。
 月の光は十分なれど、それは戦いの最中の話。暗闇で遠くから視認する事ができなかった姿が、近付いたことではっきりと眼に映る。
 その怪異は、見まごう事無く女の形をしていた。
 降り注ぐ冷たい光を吸ったように流れる銀色の髪と透けるような蒼い瞳、すらりと伸びた長身に纏うゆったりとした服を盛り上げる起伏。
 実際に何年生きているかなんて知ったことじゃないが、見た目でいえば成人を少し過ぎた程度の頃合だ。隙間の多い身体はただただ深い美しさそのもので、極上の女そのものだった。
 ……まあ先程まで出していた全身から迸る霊威と、服の隙間から飛び出して空気を吸ってもがくように暴れる、大の大人の腕ほどもある藻が生えたような濁った緑色の触手が数本暴れていなければ、の話ではあるが……。

「調子に乗りすぎたな」
「……」

 海に怪異が出るようになったと報告があったのは、数ヶ月前の事らしい。
 とにかく気紛れに船を沈め、人を浚うので困っていた事は困っていたらしいが、被害も散発的な上に始末する方法がないという事で放置されていたようだ。
 しかし時が経つにつれ徐々に被害が増し、浜辺に出た人を浚い船を壊し、ついには住居を構える集落にまで姿をあらわして好き勝手をするようになってしまったということだ。
 事ここに至って流石に放っておけなくなったらしく、その時ちょうど通りかかった行きずりの退治屋である俺に頼む事になった、という次第である。

「身体が陸に出てこなければこうも簡単にはいかなかったものを」

 素直な感想だ。
 こいつに留まらず、海深くに住まう化け物を斃すのはなかなか並大抵のことではない。そもそも領分があまりにも違いすぎる。一旦陸に姿を現しても、海に入られればそれで終わりだ。撃退は出来ても滅却は至難を極める。
 その化け物が、わざわざ長い時間、自分から水辺を離れて出てきてくれているというのだから実にやりやすい。
 所用あって旅の途中ではあったが、あまりにも美味しい小遣い稼g……ではなく。
 家屋を破壊し、子供や大の男まで浚う深刻な状況をさすがに放っておくわけにもいかず、その依頼を請けることになった。

「ふん……その物言い、気に入らんの。まるで出てこなくても、どうにかできるとでも言いたげではないか」
「そうならそれなりの方法はある。……まあ、そんな事しなくてもお前ならいずれ自分から罠に嵌ってくれそうだが」
「おまえ……!」

 眉を跳ね上げて、こちらに飛び掛らんばかりの形相で睨みつけてくる。……が、その右足は一歩進んだところで止まった。
 豊かな胸の間を刺し貫く霊刀に磔にされたように身体を動かす事ができない。
 それでも、よく頑張っている。
 ここまでした時点で消滅するかと思ったが、まだ身体は動くようだし、刀が突き刺さった身体からは血の一滴も流れていない。
 血の流れは力の流れ。つまりこのままでは自然消滅は有得ないということか。

「どうした。さしものお前も地に縛られてはどうする事もできないか」
「……ッ」

 しかし事態がこうまでなってしまえば、そんなものは子供が必死に腕を振り回すのと一緒。無駄な抵抗で、可愛いものである。
 そんな俺の余裕を感じ取ったのだろうか。女の形をした怪異はぎりぎりと歯を擦り合わせ、その美しい顔がみるみる怒りに満ちていく。

「おのれ……!」

 地の底から沸きあがるような声に――空気が、震えた。

「なに?」
「おのれ……おのれおのれおのれおのれッ! たかが人間一人がっ、口惜しい……このままにはしておけぬ……」

 月を背にして夜空の闇に吼えたてながら、ほとんど立ったまま固まっていた身体が、徐々に動き始めている。
 効力は弱まってはいない。全身を震わせながらぎこちなく動かすそれは間違いなく、山を背負うほどの重力に縛られている証だ。そのはずだ。
 だというのに、こちらの予想を超えて強引に、力づくでどうかしようとしているのか?
 足元の泥の塊の一部がびしゃびしゃと跳ね、消えてなくなったはずの威圧感が、徐々に肌に圧しかかってくる。忘れたはずの感覚が、戻っていく。
 しかもそれは先程までのような抱え込んで押し潰すようなものではない。研ぎ澄まされた刃物のそれだ。狙い撃つように一点に引き絞られたそれが、矢のような視線を介して俺に向けられてくる。
 それはまるで、人間でいう殺意のそれと同じだった。

「このっ……程度の、ものでぇ……!」

 唖然呆然とする俺の前で、さらに一度は離した霊刀に手をかけた。
 霊刀の効力によって、刀身が体内を動くたびにおぼえる全身を切り裂くような痛みを堪えるように前傾姿勢をとりながらも、両手を頭の上に持ち上げるように引きずり出し始める。
 ぷつっと一筋、白い肌に映える朱が傷口から零れるが、それを一切無視して、徐々に両手の位置が上がり、そして刀は身体を通過しつつあった。
 前傾している中で、顔だけが持ち上がってこちらに射抜くような視線を向けてくる。単純な感情が秘められているであろうその瞳の奥に、燃え盛るような炎が見えた気がした。
 動けなかった。動けば殺す、そう眼が言っているわけでもなかったが――身体が硬直して動かない。

「このっ……!」

 そうして完全に刀身を引きずり出すと、忌々しげに、片手で俺に向かって投げつけてきた。
 反射的に身体を斜めにして避け、後ろでずぶりという音がすると共に、俺はそこで初めて茫然とした意識を正常に取り戻した。
 冷や汗が頬を伝っていく。
 同時に気づいた。先程空気が震えていると思ったのは間違いだった。俺は唇をかみながら、佇まいを改めて直す。
 目の前の怪異は、美しい顔を憤怒と憎悪で歪めて、美しい声で、今にも最後の呪詛を吐き出そうとしている。

「妾はまだ終わってはおらぬ……! 覚悟ができたぞ……おまえに滅ぼされるというなら、ただでは死にはせぬ!」

 震えているのは、俺だったのだ。
 恐ろしい執念と底力。少しばかり俺は相手を甘く見すぎていたのだろうか。いや、甘く見積もったつもりはない。間違いなく確実に仕留めたつもりだったのだが……それほど力を持った怪異だったのか?
 いや、落ち着け……冷静になれ。

「道連れにしてくれる。それが出来なくとも、仮に死ぬ時は最後の手向けとしてこの地を死にゆく妾の血で呪ってくれる! この地の海は荒れ狂い、船は沈み、地は泥と化し実りなどままならぬじゃろう!」

 ……まずい。
 その身体の端々から触手は出ていないし、どれだけ声を張り上げようとも身体にかかる重力は消せない。懐刀は抜かれてしまったが、あれは傷付けるためもあるが今回はそこから発展して符を括り付けるためであって、今さら抜かれてもさほど問題はない。
 しかし、俺だって随分と力を使っているし、消耗しているのだ。無抵抗の兎ならともかく、手負いの虎を相手にするのは心もとない。
 いや、勝てる。勝てるが、無事に済むかどうか。俺の身体の心配もそうだが、呪いの方もそうだ。

「さあ、覚悟はできたか? 妾はできたぞ。人間の分際で妾に手をかけるおまえと、最後の一勝負といこうではないか!」
「ちっ……」

 高らかに詠い、自らの破滅に酔うそれに、思わず舌打ちせずにはいられなかった。
 こういう無茶苦茶なことをしてくる手合いは珍しくない。瀕死の魔が呪いをかけられ、結局不毛の地と化してしまった場所は数え切れないほどある。
 そうさせないがための切り札で、勝負がついたと思わせないうちに迅速に終わらせるのが狙いだったが、その計算はもう狂ってしまった。狂わされた。これほどしぶといのは予想外だ。

「さあ、どうした。来ぬか……!」

 そういうわけにいくものか。
 命懸けでこんな奴と心中するなんていうのは、御免だ。仮に倒せたとしても、呪いを止められなければ報酬どころの話ではない。
 ……とすると、当初の計画はもはや諦めざるを得ない。
 この怪異を完全に消滅させるのは不可能だ。当然逃がすという選択肢もない。
 しかし世の中というものには、1か0かという以外の選択肢だって残っているのだ。

「……別に憎いというわけじゃないんだ、お前の命を取るつもりは最初から特にあるわけではない」
「なに?」

 俺達のような人種は、何も相手を滅ぼすだけが能というわけではない。
 時には宥めすかして丁重にご退場頂くことも、そして怪異から妥協点を引き出すことも、仕事のやり方のうちの一つなのだから。
 ――まあ、時間を稼げば弱って動かなくなるのではないか、という考えも今はなくはないが。

「ここはこの地で大人しく暮らしてくれる、というわけにはいかないか。逃がすわけにはいかないし暴れられるのも困る。のんでくれるなら、その符も外そう」
「……冗談ではない!」

 それは銀色の髪を振り乱しながら、昂ぶった感情を隠そうともせずに否定の意をぶつけてくる。

「大海を自由に泳ぐ事も許されぬではないか! それも一生こんな場所にただ括られるなど……。おまえは妾に自ら果てるまでの間、永遠に籠の鳥同然の生活を強いるというか!」

 今にも退治されかけようとしているというのに……なんて我侭な奴だ。
 まったく。

「何も籠の鳥になれと言った覚えはない。村の者には供物を奉じさせるし、拠り所は丁寧に扱わせよう。お前はただ崇められていればいい。気紛れに益でも齎してくれれば、なおいいが」

 ああ、厄介な事を言っているな……という自覚はあった。とはいえ今のところ、他に良い方法は見つからない。
 なるべく気を逆立てないように落ち着いた丁寧な口調を心がけて話を持ちかけると、怪異は顎にそっと細長い手をあてて、探るような瞳でこちらを覗き込んできた。
 いい気持ちではないが、ここは我慢だ。

「……妾に、治水の象徴に成れというのか」
「なんとも大仰だが……まぁ似たようなものだ。ここで命と呪詛をぶちまけるよりは、まともな話だと思うが」
「……」

 怪異は顎に手をあてたまま、顔を俯かせて何かをじっと考え込んでいるようだった。
 少しは冷静な部分が残っていて助かった。さすがに消滅は嫌らしい。うんうんと唸っているが、話には乗ってくれそうな気配だ。
 とはいえ、あまりいい結果とは言えない。
 退治を依頼してきた初老の村長が作るであろう渋面を想像すると、今から嫌気が差してしまう。努力を評価してくれないものか。

「……足りぬ」

 なに? 意識を他所にやっていた俺は、予想外の場所から予想外の言葉がやってきたことに思わず間抜けな声をあげてしまった。
 慌てて目の焦点を合わせると、深く濁った蒼の瞳と、その指先をこちらに向けながら、神妙な表情で口を開く。

「供物と言ったが、それだけでは足りぬ。碌な楽しみもないのじゃ、そうじゃの……贄が欲しい」

 思わず眉根を寄せる俺の様子には気付かず、目の前の怪異は湿った舌を転がして、霧雨のように落ち着いた声を紡ぐ。
 こいつは……。

「なに、一年に一度などと贅沢な事は言わぬ。とりあえず今年。それと数年に一度、男でも女でも歳若い人間を寄越してくれれば――」
「おい」

 意識したよりもずっと低く、自分の声が耳の奥を通して伝わってきた。
 目の前で図々しくも要求をし出した化け物が半歩退くと、その銀色の髪が揺れる。

「調子に乗るな」
「べ、別に殺すなどと言ってはおらぬぞ? 妾はそんな気はない! ほんのちょっと、退屈な生を埋めてもらおうというだけではないか」
「……今まで浚った連中は?」
「それとこれとは話が別じゃ」

 成る程その通りだ。
 しかし、そんな条件などのめるわけがない。こういう連中に人間を差し出せば二度とまともな状態で戻ってくるわけがないのだから、結局それは関係者にとっては死んだも同然だ。
 村の人間もさすがに承服するまい。それどころか激怒されれば俺まで風評被害に苦しむことになりかねない。
 何より――

「それで? 何か他に言いたい事はあるか」

 ――せっかくこっちが譲歩してやっているってのに。
 俺だって報酬は欲しいし怪我はしたくないが、それ以上にこいつの足元を見るような態度は腹が立つ。
 背後の泥に突き刺さったままの懐刀を振り返って引き抜くと、制御の効かない熱と対照的にひやりとした感触を返してきて、それが却って熱の中にある衝動を掻き立てる。
 ……いっそ難しいことを考えず、この場で滅ぼしてしまおうか? それがいいかもしれない。村一つ沈んだところでどうという事もあるまい。

「ま、待て、待て。落ち着くがよいぞ」

 そんな俺の考えを察したのだろうか。
 さっきまでつんとした柔らかそうな唇で大層無茶苦茶な大口を叩いていた目の前の怪異は、慌てて青褪めた顔をこちらに向けて首と両手をぶんぶんと振る。
 恐らく数え切れないであろう歳を経た存在が取り乱す様子に、少しは溜飲が下がった気がする。
 突きつけていた懐刀を下げると、見目麗しい怪物は安堵したように、しかし聞こえないほど小さく溜息を吐き出した。

「あぁん?」
「分かった、分かった。話し方が悪かった! しかし妾もただ欲張りでこんな事を言ったのではないのじゃ」
「……どういうことだ?」
「妾が生き続けるためにはな、人間の精が必要なのじゃ」

 慌てて弁解し始めたと思いきや、今度はすぐにしれっとしてそんな事を言い始める。どれだけ図々しいんだこいつは。

「それで、人間の贄が必要だって事か?」
「うむ。じゃから妾も、決して過分に求めているわけではないのじゃ。うむ」
「……お前、嘘をついているだろ」
「人聞きの悪いことを言うでない」

 いや、それなりの確証はある。
 歳経た魔といえども、さすがに傷付き感情も昂ぶっている間ならば、瑕というものは案外に見つかるものらしい。

「お前はさっきこの地で大人しく暮らせと言った時に、何も条件を出さないうちから『自らが果てるまでの間……』だの口にしたな。つまりお前が生きる為には、特に必要なものはないんじゃないのか」
「むぐ……」

 口を噤み、すぐにその自らの行いに舌打ちする。その反応を見て、俺は自分の推測が間違ってない事を確信した。
 人間の精を喰らうというのは嘘ではないだろうが、精々嗜好品扱いだろう。
 しかし浚った人間がそのために使われていたと考えると、覚悟していたことではあるが生きてはいないだろうな……。

「いい加減にしてもらわないと、銅でも鋼でも飲ます事になるぞ」
「分かった、分かった! ……しかし、妾の言った事も全てが全て嘘というわけではないのじゃ」

 ……舌の根も渇かないうちにそんな事を言い出しやがる。
 未だかつてこれほど厚顔無恥極まりない怪異が存在しただろうか? いいや、いない。

「そんな顔をされても、これは本当じゃ。妾には今、人間の精が必要なのじゃ」
「どういう事だ?」

 いいかげん追求するのも飽きてきた。
 こんな人外に誠意なんてものを要求する方が間違っているのかもしれない。今度こんな依頼を請けた時は、絶対に仕留め損ねるまい。

「ずいぶん力を使った上に、傷付いてしまった。いくら美しく生命力溢れる妾といえど、時間で解決する問題ではない」

 服に穴が開いた胸元部分を指先で撫ぜながら、唇を尖らせて呟く。一筋流れていた血が、細い指先に絡みつく。

「軟弱な奴だな、まったく」
「……さんざん弱らせた上にそんなモノで貫いて、おまけにこれだけ妾の身体に封をするなどと鬼畜な事をしておいて、よくそんな事が言えるのう……」

 その身体に張り付いた術符を服越しぺちぺちと叩きながら、恨みがましい視線をこちらに向けてくる。いちいちうるさい奴だ、俺のせいではない。
 しかしどうしたものか。ここまできて嘘という事はあるまい。
 言外に『このまま死ぬなら呪ってやるぞ』と脅しが掛かった台詞を吟味してみるが、どれだけ考えてもいい案は出そうもなかった。

「わぁかった。分かったよ。……弱ったから必要ってんなら、一度限りで十分だな?」
「別に一度限りと言わず、二度、三度でも構わんぞ?」
「人喰いの片棒を担がされてると思われるのは御免だ」
「むう……妾の力強さが憎い」

 この辺りが俺にとってもこいつにとっても、落とし処……という事かもしれない。

「なら適当な人間でも見繕えばいいんだな」

 どう説明したものか……まぁしかし、一度きりだ。俺が同伴すれば済む話だし、どうにかなるだろう。他に方法もない。
 いざとなれば馬小屋の裏辺りで持て余してる連中でも口八丁で引っ張ってくればいいか。
 ……そんな事を考える俺の目の前で、女の姿をした怪異は視線を他所にやりながら何かをじっと思案しているようだった。

「いや、その必要はあるまい」
「何だって?」

 そして、何かを思いついたかのようにはっとして、こちらに改めて視線を向ける。
 蒼い瞳はその深い深い海の中に硝子ダマのような、見た目と不釣合いのきらきらとしたものを秘めていて、それが却って気持ち悪い。というより――寒い。

「おぬしがなれ」

 ――は?
 思わず口を突いて出たものが、無意識に訊き返した事によるものだったのか、絶句した事で漏れた息のためだったのか、俺自身にも分からなかった。
 しかし頬を冷たく撫でてくれる潮風と、目の前のふてぶてしい顔つきが、紛れもなく現実だと訴えていた。

「おぬしがこれほど傷付けなければ、そもそもこんな事にはならなかったのじゃ」

 適役じゃろ? つんと尖った唇を僅かに上に持ち上げて、そんな戯けた事を口にする。
 その唇の端が徐々につり上がっていく。ただのふとした思いつきから段々と変じ、最終的に怪異は名案だと言わんばかりに、にやりと笑った。

「何を――」
「いいや、決めた。妾は決めたぞ。おぬしが精を寄越すがよい」

 冗談じゃない。
 何が悲しくて俺に負けたような奴の手慰みにならなくちゃならないんだ。まぁ勝った奴でも嫌だが。

「いやいや、何も妾も意地悪で言うておるわけではないのじゃ。ただ時間が足りぬ。おぬしが戻って人間を連れてくるまでの間に滅びを迎えてしまうかもしれぬ」

 言外に『言う事きかなきゃた大変なことになるぞ』と含める怪異は、相変わらず表情も態度もころころと忙しい。
 至極落ち着いた表情でそれを話す様子は一見すれば真面目だが、鈴が鳴るかのように弾む声を聞けばそうではないのは子供でも分かることだろう。

「こいつ――」

 また調子に乗りやがって。
 そう口にしながら右手に握った懐刀を持ち上げようとしたところで、唇を僅かに吊り上げながらこちらを見る、その表情が視界に入る。

「さあ、どうする。おぬしが此処で大人しく精を吐き出すなら良し。でなければ、不本意じゃが……妾の生をこの地に刻む事になるかもしれん」

 こいつ、目が据わってやがる……。
 さすがに脅しすぎた……いや、抑圧しすぎたんだろうか? 少し声色を落として二択を迫ってくる窮鼠には、先程渾身の力で俺に立ち向かってきたのと同じ、しかしある意味それ以上に厄介な条件を突きつけて捨て身になろうとしている。
 狩人としてのものか、それとも何か違うものなのか……俺は直感的に、もはや選択の余地がない事を悟った。……不本意ながら。

「……仕方ない。その条件はのんでやるよ」

 吐き捨てるように俺がそう言うと、途端にその深く蒼い瞳がきらきらと光を帯びながら、顔が緩やかに綻んでいく。
 気に入らないが……まぁ、よく考えれば村から引っ張ってくるのも面倒だ。そういう問題が解決されたのだから、それほど悪いことではない。
 そう思おう。

「事の前にはっきり確認するぞ。俺がお前に今だけ提供する精と、毎年の供物の代わりに、この地に縛られろ」
「それで良かろう。なに安心しろ、妾の妖としての誇りに懸けて、一度した約束を反故にしたりはせぬ」

 込みあがる愉悦に歪になるその美しい顔立ちも、その時ばかりは覆い隠して、ぴしゃりとそう言い切った。
 未だに符によって大半の力を奪われながらも、月を背負いながらそれを口にする姿は不思議と荘厳で、威厳のあるものだった。
 一瞬起伏が激しくなった肌を、塩の混じった風がちりちりと撫でる。ただぽっかりと浮かぶ月があるだけの泥地のはずなのに、そこは一瞬、しかし確かに、永く祀られた祭壇よりも神聖だった。
 ……しかし、さっきまであれほど見苦しく嘘だの嘘じゃないだのやりあったのは一体何だったんだ。
 こいつらの基準はわからん。その辺りは適当に流しておいた方がいいのかもしれない。

「それでは、契約成立じゃ。目出度く、というべきかのう」

 もはや開き直ったせいなのか、そもそもこの怪異が元々そんな性質なのか。
 つい数秒前まで威厳のある言の葉を紡いでいたってのに、気がつけば誘うような緩んだ目元で、こちらに一歩、また一歩と近付いてくる。水分を吸った地面は、足音すら与えなかった。
 刃物に刺し貫かれ、引き抜く際に破れた胸元の服の間から、青白い素肌がのぞいていた。

「く、くく……ここからは好きにさせてもらうぞ?」

 俺の身長より少し小さい、比較的長身のその体躯が、不安定な足元に揺らされていた。白銀の髪が風も吹かないのにふわりと持ち上がり、その輪郭を大きく見せる。
 その素肌と対照的な色をした舌がちろりと唇をなぞる行為は捕食者を思わせる。見目麗しい姿の中には、年輪を刻んだ怪に相応しいだけの妖しさを存分に蓄えていた。
 目の当たりにしているとなんともいえず魅了されそうで、俺は瞳の射線をほんの少しばかりずらした。なるほど、念には念を入れておいて良かった……。

「好きにしろ。約束は一度きりだからな……」
「分かっておる。一度きりじゃ、一度きり……ふふふ」

 ゆっくりと、ゆっくりと、しかし確実に寄せてきていた怪異の身体が、とうとうやんわりと密着してきた。
 潮の匂いに混じって、微妙に生臭く、それ以上に甘い、独特の割合の香りが鼻をつく。
 右手と指をぴったりと身体に宛がわれると、心音が妙に大きく響いて聞こえる。隠し事が見透かされているかのように、居心地が悪かった。隠し事など何もないのに。
 こちらを見上げながらの微笑まれると、名状しがたい不吉な予感と、それに見合うだけのぞくりとする何かが背中を駆けた。
 安全弁を確認しておこう。

「それと言い忘れてたが……一息つくまでは符は剥がさないからな」
「ふむ……別に妾は構わぬが、制約が無ければ無いだけ『よくできる』ぞ?」

 ……脳裏をちりりと掠めるのは、つい先程まで死合っていた時に数え切れないほど襲われ、落とした、おぞましい触手の数々だった。絡みつき、這い――冗談ではない。
 頭の中で広がった想像は、その触手に重なるようにして動く、細い右手指によってふと現実に引き戻された。
 密着したままの状態で、あっという間に両手が器用にも服の前をはだけさせ、露になった肌に指先が直に触れてくる。
 柔らかい指の腹でいじらしく鎖骨を撫でながら、怪異はその桜色の唇を開く。中には顎の上でうねる赤い舌と、暗く湿った闇がこちらを見つめて離さなかった。

「まぁ……おぬしが好きなようにすれば良い」

 そう言って妖しく微笑しながら息を吐くと、生暖かい感触が胸元から首へ向かって這い上がってくる。同時に、密着した身体が動き始めていた。
 鎖骨や胸元を撫でまわしていた手を、腕を、抱きつくように服の裏から俺の背後に回すと、より密着が強くなる。
 柔らかい。
 眼前で押し付けられてくる女の身体は、走り、跳び、演武の限りを尽くしたものと同じとは思えないほど柔らかかった。
 着衣の上からでも分かる、はっきりとした二つの膨らみであろう感触が、俺の身体の上で形を変えながらゆっくりと上下する。
 あろう、というのは――。

「く、ふ……せっかくの余興じゃというのに、余所見をしていていいのか? のう……」
「生憎と、生まれた時から嫌というほど見慣れてるものなんでね」

 直視できない。それを頭の奥にある何かが拒否している。
 甘美な誘いは地獄の鎌と同義だという経験則の危険感知が、この状況に重ね合わせているようだった。

「ほぉ……おぬしの知っている女は、それほど好いものだったか?」

 甘い息に鈴を鳴らしたような声色を乗せて、真下から女は問いかける。
 しゅるしゅるとした柔らかい絹のような生地越しに、二つの膨らみが潰れそうなほど押し付けられながら問いかけてくる。
 乳房の下、密着した腰から下は服と服が擦れ合って、何だとも表現することができないような微妙な刺激を伝えていて、それがまた膨らみの感触を際立たせる。

「こんな風に――」

 上半身で覆い被さるようにしながら身体ごとそれを押し付けてくると、強く、大きく、また形を変えて惑わせる。
 服の上からだというのに常軌を逸した感触に、頭の奥が痺れそうになる。
 思わず背中を反らそうとすると、背後に回りこんでいた、すっかり忘れかけていた両手に優しく、しかしはっきりと押し戻された。

「つれない態度をしても頭に焼きつくほど、素晴らしいものだったか?」

 真下から、くく、と底意地が悪い笑い声が漏れ聞こえてくる。
 空虚な闇と揺れる草の陰をぼうと眺めている間にも、肋骨の辺りに撫で付けられる柔らかい感触が頭の奥に焼き付けられていく。

「解せんのう。そんなに頑なになる必要があるのか? もう契約は済んでおるのじゃ。楽しめば良い……」

 いいようにされているようで微妙に腹が立つ。目の前の怪異の図太い態度にも、それに翻弄されかけている自分自身に対しても。
 その激情で、かちん、と激鉄が降りてしまうと何もかも忘れて目の前の痴れ者を切刻みたくなるのだろうが。柔らかい肌の感触が絶妙な拍子で間に入って、それが降りきるのを許さない。
 期待していない、とは言えまい。言えば閻魔に引っこ抜かれる。

「ほら、脱いでやるぞ……」

 びくり、と震えた。
 震えた先が滑らかな生地と、その先の肉に、にゅりにゅりと押し返されるのを感じて、俺はいつの間にか自分自身が張り詰めていた事を知った。ましてや目の前の女が知らないという事はあるまい。
 上半身に衣擦れの感触がして生地の感触が離れていくと、その張り詰めた先端に一旦引っ掛かるようにして、直ぐに重力に従って落ちていった。

「牡の証はこれほど素直じゃというのに……まぁそれも良い。妾の珠肌、とくと味わえ……? く、ふふ」

 そう言って、とうとうその素肌を――目を逸らしているせいで見ることはできないが――直接、押し付けてきた。

「う、くっ……」

 全身が総毛立つとは、正しくこのことか。
 衣を纏っていても十分すぎるほど劣情を煽り昂ぶらせた魔性の身体が、はだけられた前面に容赦なく打ち付けられた。
 背中に這う両手が背骨の辺りを、引っ掻くか触るかという微妙な力加減でなぞってくると思わず仰け反ってしまい、それに応えて律儀にも押し付けられた膨らみが変形する。
 やばい……これはまずすぎる。
 そう思いながらも、俺の視線はまるで制御がきかなくなったようにゆらゆらと揺れて……とうとう、真下を、のぞいた。

「何じゃ、意外と可愛いところがあるではないか。く、くく……素晴らしいぞ、おまえ」

 むにゅむにゅ、ぐにゅくにゅ。
 とうとう向けてしまった視線の先では、窮屈な着衣を打ち捨てた柔らかそうな塊が、胴体の上で踊り狂っていた。
 それはひとたび身体に触れると吸い付いたように離れず、先端にある仄かに尖ったものがこりこりと触れてくる感触が、たまらなく気持ちいい。
 触れ合い、蠢くたびにその場所から溶けていくような甘い誘い。意識まで溶ける。優しく、かつ執拗に侵略するかのような動き。

「くはぅ……ん、ぐっ」
「おぬしの逸物はもうさんざん、妾の肌を汚してくるぞ……く、ふ」

 俺からは二つの塊に邪魔されて見ることかなわない下半身。とうに俺自身は滾り、先端から快楽の証を垂れ流し始めていた。
 女が身体を揺する度に、目の前で邪な二丘が蠢くと共に、その下の柔らかい肌で急所の先端を押し返す。不自然なほど柔らかい肌は、僅かに抵抗しながらもその中に先端部分をすっぽりと埋めて、包み込むように舐めしゃぶってくる……!

「ほら、そんな無粋なものもさっさと手放してしまえ」

 ふらふらと体の横で揺れたままの右手に、背中側から這い出てきた冷たい手が解すように絡みついてくる。
 右手と堅い目釘との間に、柔らかくきめ細やかな感触が違和感も感じさせずに滑り込んでくる。催促するように手の平をなぞる指と、視界に映る柔肌に、故意かどうかも分からないまま、泥が跳ねる音と共に手の中の感触が抜け落ちていった。
 というより、俺もよく今まで掴んでいたものだ。真っ先に放っても良さそうなものだったが……或いは何か、危険を感じる本能かもしれない。
 見上げてくる端正な顔立ちが、底意地が悪くにんまりと笑っていた。
 そうしてその表情のまま、ゆっくりと上半身を圧し掛けてくる。ゆっくりと、ゆっくりと……しかし、抗えない。ひときわ柔らかそうに腹の上で潰れるそれが心地よすぎて、俺は背中側から背後へと崩れていった。
 不思議とぼんやりとした瞳の中で揺れる、夜空を刳り貫いたような光を見ながら、このまま倒れると痛いんじゃねえかと、そんな事を思った。

「っふふ……いい臭いがしてきたぞ? 男が漏らす欲望の露……」

 耳の後ろから泥に勢いよく叩きつけられる、水音と土の濁音が跳ねたが、不思議と傷みはなかった。どうやら心配は杞憂だったらしい。
 完全に上になってこちらを見下ろしてくる女の顔は、僅かに頬が上気して、三日月の唇には欲情と悪戯心が1対1で混じっていた。
 主導を握られたようで胸の奥が僅かに燻るが、それを逸らすように柔らかく、むちっとした、乳房とはまた違う弾力を搭載した何かが下半身の猛ったそれを包み込んでいる。
 太腿……か。

「そろそろその気になってきたか……?」
「泥遊びのか?」

 割とどうでも良くなってきたな。少なくとも頭はさっきよりは冷静だ。
 辺り一面は、この忌々しくも淫猥な怪異のせいで泥だらけだ。猪でもいれば喜んで頭から突っ込んでいるだろう。
 にも関わらず、体に張り付く嫌な感じはない。試しに仰向けになったまま右手で泥を掬うと、持ち上げるまでは抵抗があったそれが、持ち上げた途端、固まった部分はどろどろと、細かい部分はさららと手から零れ落ちていく。

「泥遊びか。童心にかえってそうするのも面白かろうが……」

 下半身では、先端から零れるものを自ら擦り付けるように、太腿が器用に押し付けられ、挟まれ、こねられていた。
 柔らかい二本の太腿に包まれ、潰され、それを撥ね退けるかのように下半身が熱を持つ。そうして反り返った熱は、かえってその感触の中に自分自身を沈ませていく。
 その繰り返しは、俺自身が限界かと思えるほど昂ぶったところで終わった。

「おとな……のおぬしには、それでは物足りまい?」

 まったく、大人が皆戸に板立てなければならないような事ばかり考えているように言いやがって。
 煽るだけ煽って太腿が離れていくと、僅かに空けた唇から舌をちろちろとのぞかせながら、女はいやらしく笑った。
 ひくひくと震える俺自身を、その一糸も纏っていない体に、尻に、腰を浮かせて押し付けそうになるのをどうにかこうにか堪える。
 長身だが、重要な部分だけは狙ったように肉つきがいい。そのいかにも柔らかそうな尻に押し付けられれば、どれだけ気持ちいいのやら。
 考えずにはいられない。

「不穏当な事を抜かしやがる奴だな」
「違うのか?」
「どうだか……」

 素っ気無くそう返してやると、俺の上で覆いかぶさっている怪異は拗ねたように唇を尖らせた。予想外に人間らしい反応だ。

「意地が悪いのう、おぬし。妾も女じゃ、もう少し素直な方が尽くしたくなるぞ?」
「恋人同士じゃあるまいし、何言ってやがる」

 ふむ、と顎に手をあてて、奴の上半身が持ち上がった。そのまま図々しくも俺の腹の上で座り込みながら思案を始めていた。
 ……手慰みのように、ちゅぱちゅぱと自身の人差し指を唇で舐りながら。いや、この場合は口慰みか。
 ただ指を咥え、しゃぶるだけの幼子でもやる動作が、やけに淫猥に見える。それがまるで然るべきモノにやる事のように、長い下で側面を舐り、先端を咥え、水音を立てながら行う行為は本能によるものか意思によるものなのか。
 少し視線をやれば真剣に悩んでいるらしく、眉を寄せている。経験則という可能性もあるな。
 何の刺激もないはずの俺の『指』が、萎える事なく興奮していた。気になって仕方が無い。
 覚えたてのガキか俺は。
 そう思っても、それが、先の方から根元まで、ゆっくりと、ずるずると、桜色の唇の間に引きずり込まれていく様子が、気になって仕方が無い。
 そして、気になっている間に思案は終わっていた。

「ふむ……まぁ、良い。まずは正直な方から口を割らせる事にしよう」
「生憎、尻とそこはとっくに割れている」
「口の減らぬやつ……」

 くゆりと動いた唾液塗れの人差し指を月明かりに晒し、何かを包み込むような柔和な微笑みと同時に色情に頬を染めながら子悪魔的に笑うという離れ業をやってのけながら、俺の目の前で体を半回転させる。
 どうやら、興奮していたのには気付かれていなかったようだ。
 いや、半分は気付かれた。仕方ない話だが……。

「ふふ……随分待ち侘びたようじゃのう。たっぷりと味合わせてくれるぞ……」
「はぐっ……」

 未知の感触が、ぬめりながらひんやりと、下半身の鋭敏な感覚の先の先に触れる。僅かな窪みと呼べない線に引っかかりながら、きめ細やかな肌が撫で回してくる。
 長い長い、銀色の髪がかかった背中が微かに揺れる。それと全く同じように、ゆっくりと、ゆっくりと……。
 昂奮を煽りながらも、快感には遠くむず痒い感触であるそれは準備に他ならないのだろう。まだ、心地よく冷たいそれは片方残されている。
 俺の目の前では、想像通りの肉付きのよい尻が、視線を限りなく圧迫している。
 無性にそれを揉みしだいてみたくなって、俺は両手を伸ばしてしまう。

「んっ……く、ふ……ふふ」
「お……おおっ」

 まるで初めて星が絵を描いている事を見つけた時のような、わけのわからん間抜けな声を出してしまっていた。
 生々しい輪郭を描くそれに触れてみると、柔らかく指を沈み込ませ、さらに指を押し込んでいくと芯のある弾力が押し返してくる。
 揉みしだくと変形しながらもふるふると揺れて、翻弄されているような気分になる。
 目の前で躍るそれを見ていると、揉んでいるのに勝手に昂ぶっていってしまっていた。

「ん、ふぅ……何じゃ、おぬし……それも好きなのか?」

 そう呟いて女が少しばかり前傾すると、二つの丘の間にある窪んだ部分が姿を現した。
 意思を持ってその窪みの奥が開き、息をするように脈動する。本来排泄行為を行うためのその孔の奥は、幾条もの筋状になった肉が編み込まれたように複雑に絡み合い、蠢いている。それらが絡み合う様子はまるで歯車が噛みあう要素を連想させた。
 肉の歯車。

「好きなら、味合わせてやっても良い。……人間のそれとは違うが、前とも違うぞ? 素晴らしいぞ? まぁ、といっても……」

 ぬちゃり、と粘着質の音がして、その機関室が閉じられた。両手で開くように動かしてみるが、一向に開く様子はない。ただ、むにゅむにゅとした肉に溺れて余計にもどかしいだけだ。
 そんな事をしている間に下半身の刺激が一段、変化した。先端の方を包み込むように、生温いあたたかさの手が覆ってくる。
 その刺激を止めないまま、肩から上だけをこちらに向けて、女は言葉を紡ぐ。

「く、ぅ……」
「おぬしはそう簡単には言うまい。やはりこちらでしてやる事にしよう。なに心配するな、妾の肉体はどこかしこも悶絶するほど良いぞ?」

 にたりと笑って半開きにした口からは、青白い肌に映える赤い赤い舌が伸びていた。唾液のかたまりがその上を伝って、ぽたりと俺の体の上に落ちる。
 あれで包まれ、扱かれてしまったら、一体どうなるんだ?
 自身のそれの上でおどる舌を、嫌でも想像してしまう。吸い込まれるほど不気味な蒼い瞳に見詰られると、そうなってしまう。
 細い指が、俺の見えないところで敏感な部分を撫でている。やばい。

「指で擦られるのも、舌で舐られるのも、口の中で犯されるのも、男に生まれた事を感謝するほど良いぞ?」
「ちっ……御託が、多い奴!」
「まぁそう言うな。おぬしにはそれを全て味合わせてやろうというのじゃから……のう?」

 一段、二段と順を追うように、聳え立ったそれから流れ込んでくるものが激しく、ねっとりと絡みつくようなものに変化していく。
 いくつもの指であろうものが、互い違いに快楽の網を作り上げて、逸物に引っ掛けたまま思考を底なし沼へ引っ張っていこうとする。
 もう足は囚われていた。そのてらてらと光る赤く淫猥なものが振り返れば、腰まで浸かってしまうだろうという予感があった。
 俺の方を見ながら、俺の何より大事な部分を弄ぶ女は、その目を可笑しそうに歪めながら呟いた。

「そうそう……それと、おぬしの符と一緒で、妾にも言い忘れたことがあるのじゃ」

 しかし、別に構わなかった。まぁそもそも我慢する必要がないのだから、別にいいだろう。ただ何となく、意地があっただけだ。
 何よりもう我慢できない。細い指が擦り上げ、全身を見せ付けられて、行き場を失った情欲が暴れるもどかしい感覚から解放されたい。
 害を成さない、この地に縛るという契約は永遠だ。腰まで埋まろうが、頭まで浸からなければいい話……。

「妾は術士から精を吸う事もままあるのじゃが……みな、かわいそうに霊力まで流れてきてしまったのじゃ。如何せん妾が良すぎるせいか。北の海で出会った法師など、美味しそうに妾の乳房をしゃぶりながら自らどくどくと……」

 頭まで浸からなければいい話だろうから……。
 頭まままで、……。
 ……。
 あ゛ぁ?

「おい今てめぇ何つった?!」
「素直な男を甘やかすのは好きじゃ。逞しいと『ぎゃっぷ』があってなお良い」
「そこじゃねぇよ!」

 ずぶずぶと沈んだ思考が突如として投石器から飛び出す岩石の如く加速し跳躍し飛翔し、高速回転を始めだす。

「お前、また嘘を言いやがったのか?!」
「失礼な……嘘など言っておらぬ。妾は別に力など吸う気はないわ! ……ただ、ついでに漏らしてしまうのじゃから仕方ないであろ?」

 見て分かるぐらいにやにやしながら、何を白々しいことを抜かしやがる。
 こんな奴に道理がどうのこうのと思うほうがやはり間違っているのだろう。
 言って分からないやつは処刑するしかない。さっきうっかり落としてしまった懐刀がまだ近くに残っているはずだ。
 そう思って右手を伸ばした瞬間――視界がいきなり何かに覆われた。
 否、潰された。

「むぐっ……ぐむ、むむむっ……!」
「おっと、失礼……うっかりしておった」

 視界を覆っているのは肉厚のそれ。弾力を持ちながらも、ずっしりとしたそれに押し潰される。
 もがくともがくだけ吸い付き、ぐにぐにと自由自在に変形して余計にぴったりと顔に吸い付いて、思うように息ができない。
 たまらず呼吸を荒げると、甘酸っぱい、独特の匂いが否応なく鼻腔の中に忍び込んでくる……!

「むぐっ、んむ、んんんんっ……!」
「どうじゃ、さっきまでさんざ揉んでおった妾のそれは? 柔らかく、おぬしの顔を包んで、圧して……蕩けるようじゃろ。堪能するがよい」

 たまらず両手で持ち上げようとするが、指を飲み込むかのように捉えどころのない尻肉と、鼻の奥に漂ってくる匂いに頭がくらくらして邪魔される。
 焦る。焦ると、余計に指が柔らかいそれに包み込まれて行き処を失い、余計に焦る。焦ると……。
 目の前じゃなくて腰の辺りを掴めばいいという事に気がついたのは、頭の奥が痺れ始めていた頃だった。

「ようやくか。随分熱心に嗅ぎおって……妾も思わず濡れてしまったぞ?」
「おまえ……っ」

 顎を反らすようにその分厚い尻から逃れると、少し自分の体と俺の体とを並行に近づけながら、女は完全に発情したように頬を緩ませてこちらを見つめていた。
 なるほど組み付いた状態からでは懐刀を取って、切って捨てるのは難しい。
 だが未だに全身に張り付いた符は依然として有効なのだ。俺の気を流し込んで消滅させてやることぐらいは容易い。
 腰の部分を掴んだ手に、意識を集中させて体を探っていく。……しかし、俺はそれをまたしても完遂させる事は出来なかった。

「んっ……くちゅる、んふ……じゅぷ、んむ、ふっ……!」
「……っ!!」

 突然だった。
 上半身を完全に並行に傾けたと思うと、驚く暇もなく両足の間が気違いじみているほど暖かい粘膜に包まれ、濡れたカベが押し付けられ、這い回る。
 それは長らく焦らすように弄られていたそれの、待ち望んでいたモノだった。いや、それ以上すぎた。
 声も出せずに、空気の塊をがふっと吐き出しながら、腰が暴れ、頭の操縦桿を手放してしまう。腰にかけた手が緩む。
 それを確認したのか、じゅるじゅると卑猥な音を立てて先走りを啜りながら、徐々に快感が尾を引いて離れていく。
 再び上半身を僅かに起こし、暗闇で波打つように揺れる蒼い瞳がこちらに向けられた。

「ん、く……ふ。まぁ聞け、妾の言う事も聞け。今さらおぬしに消されるのは真っ平御免じゃ」

 まだ頭の奥に、麻酔のようでいて全く違う、靄が掛かっている。直接送り込まれた快感と、吸い込んだ陶然とする匂いが鼻の奥から混ざり合って。頭痛の方がまだマシだ。

「ぐ……っ、今さら何言ってやがる!」
「聞けと言うに……さっきのは過剰表現というものじゃ。いわゆる言葉の綾というもの」

 やっている事の類はともかく、殺されたくないと告げるその声色はどうやら真剣なものである事は間違いない。……ただ、何か喉の奥で引っ掛かる感じがする。違和感がある。別段嫌な感じではないが、ズレている気がする。
 まぁ、いい。
 先程は仰け反ってしまったが、こいつを消滅させるだけなら集中力を多少失っていようが何時でも出来る。『害を与えない』という契約がそのままなら、噛み千切るような真似はいくらなんでもできまい。
 話を聞いてやる事にしよう。

「いくら何でも一度で致命的になるほど漏れる事があるわけなかろう? そういう方法で常日頃暴れているような連中とは妾は違うのじゃ」
「結局吸われるんだろうが……」
「微々たるものなのじゃ。そうさな……」

 吸われても、致命傷にはならない。
 びくん、と。意識をやっていないのに、下半身のそれが震えた。

「おぬしほどなら、身長に例えれば精々、妾の小指の半分ほどが奪われる程度。その程度、真面目に修行すれば三日足らずで元に戻ろう? 吸われ続ければ失ってしまうじゃろうが……」
「なるほどな」

 捕まった連中には一度で流れる量が多かろうが少なかろうが同じ事だろう。空になるまで吸われ続けてしまうのだから当然の話だ。
 しかし、俺の場合は状況が違う。

「契約は続いておる。妾はおぬしに『よくする』だけで害は成さぬ。一度きりでそれ以上欲しがったりはせぬ。口に出した事は決して違わぬぞ」

 ……曲解と屁理屈と後付の達人……いや、達魔が何を言いやがる。
 だが、確かにはっきりと口に出した事を反故にはしていない。ここまで確かに嘘はついていない。
 これが終われば、こいつが俺に接触する方法は一つも無くなる。俺の安全は確実に保障されている。
 なら、それでもいいかもしれない。俺はいつの間にやら、そんな気になってしまっていた。少なからず力を吸われるのは面倒だが……。

「……妾に力を奪われぬ方法はあるのじゃ。一方的に精を貰いうけるから良くない。陰陽として、お互いに気を分け合えば心配せぬでも済む」

 俺が視線を泳がせていると、それを迷いと受け取ったのか。切れ長の眼を瞬かせながら、さらに言葉を繋いできた。
 そして、相変わらず仰け反った俺の目の前に在る、その尻をふるふると誘うように揺らしてみせる。
 なるほど。

「なら、お前がそれまで待っていてくれりゃいいじゃないか?」
「なんと気概がないやつよ……。あいにく妾はそんなに気が長くないのじゃ。弱っているとさっきも言ったであろ? おぬしも――」

 一連の流れを限りなく肯定に近いと受け取ったのか。話はそこまでと言わんばかりに女は赤みが掛かった顔を背け、体を浮かせて両手を絡め直していく。

「――おぬしも男なら、妾を気持ちよくさせてみることじゃ。ん……くふ、ちゅる」
「く……!」

 そうして、呼び止める間もなく股間への淫技は再開されていた。
 今度はさすがにいきなり口に含めるような事はしなかった。しかし、代わりに肉棒と絡み付く十本の指との間に、温かい粘液が上から流れ込んでくる。

「妾の唾は興奮するか? くふ……これで、おぬしのこれを淫らに染め上げてやろうぞ」
「まだ何も言ってねえよ……」
「あれ以上冷める会話は要らぬ。さあ、早くせぬと少なからずとはいえ力が吸われるぞ? それとも妾を倒した退魔士殿は、手負いの女一人満足にさせられないほど不器用なのか? んん……?」
「! 上等……!」

 そこまで言われて、ごちゃごちゃと言い続けられるほど俺も達観していなかった。そもそも俺だって本来こんなぐだぐだと面倒な事はしたくねんだよ。
 女が体を浮かせた上に、俺の下半身側に体を寄せたおかげでようやく一度離れた尻を、再び両手で掴み直す。相変わらず柔らかく、程よく手の平を押し返してくるが、今はそれを楽しむために掴んだのではない。
 視界を圧迫するかのような二つの弾力、その片方を左手で揉みながら、右手の指を秘裂に這わせていく。

「ん、ふ、はぁ……ん……くふ、どうやら、少しは素直になったようじゃのう」
「お前が煽ったんだろうが」

 後ろについているでかい尻同様のふっくらとした印象を与える下腹部。そこにのぞく肉の裂け目は、人差し指を宛がわれた途端に挨拶するかのように蠢き、迎え入れる準備をさせるかのようにとろりと指に粘液が零れ落ちてくる。それが妖魔の性というものなのか。
 ひくひくと物欲しそうに蠢動する淫らな孔から差し出されるぬらりと光を照り返す粘液は、手首にまで伝うほどだった。

「気になるのなら口にしてみたらどうじゃ? 妾のそれは、癖になるぞ」
「馬鹿いえよ。……こんなに濡らしやがって、まったく……」
「んっ、はぁ、ん……おぬしが言える台詞ではあるまい?」

 この分ならばか丁寧に扱う必要もないだろう。
 はたして俺の予想通り、俺の手指を自身の唾液で塗装し続ける淫らな口は、二本の指をあっさりと飲み込んだ。
 しかし抵抗もなく飲み込んだかと思えば、少し進んだところでぱっくりと開いていた口が閉じる。同時に中の肉襞が押し寄せながら、入り口が軽く締め付けてきた。
 押し付けられた襞を擦り上げるようにゆっくりと指を動かしてやると、俺の股座に生暖かい息が混じり、恍惚としたような声がする。

「はぁぁっ……くぅ、なかなか良いではないか……ふふ……あ、ひゃんっ、んっ」
「一端に普通の女みたいな声をあげるやつだな……」
「失礼な……はぁ、んっ、ことを、言う奴よの。妾は立派な女であるぞ?」
「俺の知る限り、普通の女はこんなムチャクチャな体つきしてないんだよ」

 まだ本物も入っていないというのに、膣内は肉の凹凸が我先にと争うかのように、遥かに細い指先に貪欲に群がってくる。指しか入っていないとはいえ、妙な気分になりそうだ。
 ゆっくり、じっくりと襞の細かいところまで潰すように押し付けながら内壁を擦り上げていくと、抑えきれない快感に悶えるわずかな声と共に、指を伝ってさらに愛液が滴り落ちる。
 性器が自分から擦りつけてきているせいか、どうやら自分もかなり感じるようだ。俺が感じないのは、指だからだ。
 もし指でなければ、本物であれば今頃どうなっているのだろうか。

「ん……くふ……妾もそろそろいくぞ? 楽しんでばかりでは不公平じゃからの。さぁ……」

 そんな空想をしているうちに、本物の刺激がふいに訪れた。
 いや、さっきから今までもずっとされていた。ただ、それが激しさを増しただけ。
 肉棒と比べるとあまりにもか細い指が、根元か先までを隈なく這い回る。鈴口に垂らされてくる温かい感触――唾液をさりげなく拾って全体へと塗りこむような動きは、糸を繰られているかのようだ。
 こいつ、本当に指が片手五本ずつなんだろうか?

「またあっという間に随分濡らしおって……ぁ、んっ……もう唾液も必要なさそうじゃの。ふふっ」
「おま、ぁっ……!」
「おっと、休むでないぞ。それとも妾の唾が欲しいか? 妾の唾を丹念に絡めて泣かして欲しいのか?」

 器用にも肘をついたまま首を折りたたむようにこちらに蒼い瞳をむけて、体と体の間からその右手を開いて見せつけてくる。

「見えるか……? 妾の唾と、おぬしの浅ましい先走りが混じり合う、その様子が……」

 体の陰になって月明かりの死角になったその場所で、掌では仄暗い何かがどろどろと溶ける様に下へ伝っていく。
 未明の領域にあるからこそ、それは不気味で、かつ惹かれる。
 思わず止まってしまっていた指を催促するかのように、手首を伝って俺の体にも、また類の違うそれが伝ってきていた。凝視する瞳は、止められない。

「生憎、暗くてよく見えないな」
「それは悪いのう。では……」

 下げた頭と一緒に地面に落ちていた髪を纏めて振り上げるほどの勢いで、その顔が持ち上げられる。
 その一瞬は、よく見えた。決して遅い動作ではなかったが、俺にはよく見えた。走馬灯ではない。危険を感じたからでも、ない。

「たっぷりと味合わせてやろう」

 幹の部分を握り締めていた左手が、根元の方に落ちていくのが見えた。見せ付けるように開かれていた右手が、僅かに震える肉棒に添えられるのが見えた。
 予測していながら、次の行為は避けられなかった。
 再び生暖かい感触に包まれ、仄暗い闇の中へと監禁されて、俺の身体は悦ぶことしかできなかった。
 それでも肺がいきなり空っぽになったりせずに済んだのは、一度でも同じことをされた経験があったからか。

「ちゅ、ん、ちゅぷ、んく……ふふ、まったく面白いほど気持ち良さそうに震えおる……」
「く、は……ん、ぐぅっ」

 あんまりよく見ていなかった唇は、どうやら想像以上に危険なものだった。
 僅かに湿った唇が鎌首の部分を咥え込み、舌が敏感な部分をなぞりながら、ちぅちぅと、微かに耳に残る程度の音を立てながら吸い立ててくる。

「はぁ、……んっ、う……」
「女みたいな声をあげおって……せめてもう少し豪快にしてみぬか? んん? ん〜……ちゅ、ふ」

 いちいちさっきの当て付けみたいな言い方をしやがって鬱陶しい奴だ。
 しかし、軽く鈴口から先走りを吸い上げられるだけでも気持ちよくて悶えてしまう。
 そんな俺に、言い返せるだけの余裕はなかった。

「ん、ふぁっ……どれ……ふふ、おぬしが我慢できるようになるまで包んでおいてやろうぞ……」

 女が、さらに聳え立った塔を喉の奥へ奥へと沈めていく。

「ぐ、ぁ……なんだ、こりゃ……くっそぬるぬる……」
「……♪」

 その闇の中は、うっかりすると誘導されて吐き出してしまいそうなほど全体がねっとりと温かく、浮遊感があるものだった。膣内が違うものだったなら、これも予想できて然るべきだったかもしれない。
 宣言通り、女はほとんど口を動かしていない。ただ咥え込んだままだ。
 しかし湿った口内と、それを塞ぐ唇。それぞれ違う柔らかさで竿を締め上げ、いびり、包み込むそれはまるで拷問か何かの類だ。少なくとも気遣うようなものではない。
 このままでは、やばい。

「くっ……なりゃ……!」

 脱力してしまいそうな身体から力を振り絞って、右手指に力を込める。ぴくりと、秘所の中の肉は律儀にも反応を返してきた。
 このままでは耐えられない。よく考えれば耐える事自体が無理に近いのだから、それに気付いた事を良しとしておこう。先にイかせればいい。
 爪を立てて引っ掻かないようにだけ注意を払いながら、指先で粘液混じりの襞に引っ掛け、引きずり出す感じを空想しながら奥から手前に、引く。

「ん、んん……っこれは、どうだ……」

 擦り、掻き分け、さらに膣内の上側で出しゃばっていると思われるほど自己主張している、ぷっくりと膨れた淫核を重点的に擦り上げる。
 生娘にやるような容赦は馬糞に混ぜて投げ捨ててしまえばいい。
 痛くしないように気を払いながらも、時には撫で摩り、時には押し潰すように指の腹を当ててやる。
 かくかくと震え始める足の付け根が、確かな反応を返してくれる。それを頼りに、より激しく、組み付いてくる襞を掻き分けるようにより奥を擦り上げていく。

「んく、ふぁっ……ぁんっ!」

 より快感を強請るように膨れ、その外見を色に染める淫核を二本の指で摘み上げたところで、ようやく牢獄から開放された。
 下腹部が久々に外気に触れたことを喜ぶかのように打ち震える。
 ……いや、違った。気持ちよすぎて出してしまいそうだ。しかし耐えられない程では無い。

「ひぁ、んあぁっ! ぐ、む……ぁ、おぬし、妾が咥えておるのじゃぞ! 少しは加減を知って……ひゃ、ぁんっ!」
「ついさっきまでにやにやしながら人の急所を甚振ってた奴が何を言う!」

 おぬしは顔を見てはおらぬじゃろ! そんな叫びが、向こう側から風に乗って逆流して響いてくる。見なくても分かるだろう、そんな事はだ。

「ぁ、んっ、大人しくしてれば口の中で存分に蕩かしてやったもの、をっ……」

 押付けがましい奴だ。
 口を離された時は罠か何かかと思ったが、どうやら本当に切羽詰っているらしい。さっきまで余裕ぶっていたくせに……或いは未だにその身体を縛っている符のせいか。
 しかし、俺にもあまり余裕はない。力が入るうちにどうにかした方がいいだろう。
 意を決して秘裂から指を引き抜く。両手でしっかりと尻を掴み直すと、これからされる事を察したのか、その二つの膨らみがふるふると震えた。
 力を入れると容易く指が沈んでいく尻肉は、掴んでおくのはさほど難しくなかった。背中を跳ね上げるのと同時に引っ張り上げるように上半身を起こして、淫猥に開いて男を誘う、その秘肉に口をつける。

「……ひゃ、ん、あ、はぁぁんっ……! 最後まで、喋らせっ……あふっ!」
「んぶ、じゅる、くちゅ……ふ、はっ……」

 いちいち話を聞いている暇はない。
 意識しているのかしていないのか……恥丘から膣内に向かって、舌を這わせると左右に揺らしながら逃れようとする下半身をしっかりと押さえつける。
 秘肉から漂ってくる独特の匂いが鼻の奥にむわっと広がってくる。尻を直接押し付けられた時よりさらに強い、劇薬か何かのようなそれに鼻の奥を犯されているように思えてしまう。

「くぁ、ん、あふっ、んあぁあ……!」

 中に入るものが変わってみても、秘裂の中は変わる事がなかった。
 なぞるように舌を這わせ、突き入れると自ら咥え込んで離さないかのように陰唇が締め付けて、柔らかい突起が混じった襞が、舌をしゃぶり、快感で磨り潰すかのように蠢いてくる。
 どっちが一体性器に口をつけているのかよくわからなくなるな、と俺はぼんやりとした頭で考えた。
 奥の微細な粒から溢れてくる愛液は量を増してきて、俺は少しだけ躊躇したが、次の瞬間には否も応もなくそれを口に含んでいた。口を離さない限りはどうしようもないのだから仕方ない。
 それに、そのとろとろとした……普通とは少しばかり粘り気の強いそれは、ひどく甘かった。

「……それなら妾も存分にやってくれる……ぁ、ふっ、果てさせてくれるわ!」

 再び――否、三度か。
 股座がぬるりとしたものに包まれる。たっぷりと唾液が蓄えられた中に突き込まれ、泳がされ、溺れさせられていくかのよう。
 さらにその下では、熱い塊を送り出すかのように精巣が握り込まれていた。
 生暖かい口内とは逆に、すべすべとした冷たい手の平と指で下から揉み解されるのはたまらない。たまらず、吐き出したくなる、が。

「ん、ぐっ……! じゅる、ちゅぷ……んっ」
「くむ……ん、るぽっ……んぷ、んんんっ……!」

 いまいち噛み合っていない。
 なるほど、口内は信じられるほど暖かいし、唇は柔らかいし、手は柔らかいし――あぁ、あまり想像するのは止めておこう。漏らしそうだ。
 俺の舌を今まさしく殺到して貪ろうとする秘唇からも分かるように、まさに月と海の魔性に相応しいだけの艶かしい身体。
 予想以上に向こうに余裕がないのか、それとも前置きで消耗したせいか。あるいは両方かもしれない。何にしても、脳味噌を直接蕩かせるような、狂った破壊力ではない。
 これなら、まだ耐えられる。

「ちゅむ、んっ、じゅるるるっ……!」
「っ、っ〜〜!!」

 俺以上に向こうはよく分かっているのだろう。
 逸物の側面に何かが張り付いて、べちょべちょと絡みつきながら撫で回す度に少しずつ限界まで追い詰められていくが、鋭敏な感覚を通しているだけに落ち着いてみれば焦っている様子が手に取るように分かる。
 もう少し。
 両腕をさらに伸ばして、腰ごと抱え込むような体勢に変えながら、思い切り唇を押し付けてやった。

「んくっ、ちゅる、じゅる……!」

 そして、啜る。吸い上げる。
 びらびらと捲れる卑猥な突起の一つ一つ、裏側まで嬲り尽くす。出し入れする時には駄賃代わりに充血した淫核に唾液をたっぷり塗りこみながら。
 ざわざわと揺らめきながら、必死に甘ったるい愛液を流す様は泣いて許しを乞うかのようだった。

「っ……んっ……ん……!」
「ふうっ……ん、ぐ……りゅ……」

 しかし今さら許すまい。
 喉の奥に流し込まれる蜜をこくこくと飲みながらも、一部は唾液と一緒に絡めて中に押し返していく。
 その深い深い蜜壷に潜り込む前に深呼吸すると、やはり甘い匂いが広がる。発情したかのように身体は興奮し、逆になのか、それとも通り越しているのか、頭の芯は痺れかけていた。

「ん、んむっ……ん〜っ……!」

 限界が近いのか、脇から見える銀色の長い髪を振り乱しながら、陰唇の中はますます泣き叫んでいた。舌で抉ると、ひときわぶわっと濃い匂いを吹きかけてきながら、何かの前触れのように全体を震わせる。
 ここで終わらせてやる。イかせてやる。
 そう思い、降りかかる愛液は我慢することにしてさらに舌を奥にねじ込んでやるべく、俺は両手にしっかりと力を込めた。
 その両手が、白い陶磁のような肌に指を滑らせて――離れた。

「……んっ?」

 掴み直そうとした手が空を切る。一瞬、何が起きたのか分からなかった。
 ばしゃん、という水っぽい何かが跳ねる音で、ようやく少しばかり理解する。
 気が付けば、地面に強かに背中を打ち付けてしまっていた。泥だけに痛みはなく、そのせいで余計に理解が遠い。
 何だ? 何でこうなってる?

「く……ふ、はぁ……ん。ふふ……ようやく、大人しくなりおったか」

 気が付けば既に唇を離していた女が、その蒼い瞳でこちらを覗き込んでいた。
 こいつ……笑ってやがる。
 ……もっとも、時々堪え切れずに悩ましい吐息をつくせいか、それほど胡散臭い感じはしないが。

「こいつ……何をした?」
「く、く……鬼畜なおぬしと違って、優しい妾はきちんと警告したであろ? 妾のそれは、癖になる……と」

 目の前で、絶頂寸前の秘裂からぽたりぽたりと体の上に雫とは呼び難い、粘液質のそれが落ちてくる。
 今まで味わったものより少し粘り気が強く、甘く蕩けるそれが、蜘蛛の巣のように口の中一杯で糸を引いて張り付いていた。かといって、不思議と不快感はない。
 それら一つ一つが少しずつ、少しずつ細くなり、唾液と溶け合うようにして消えてゆく。

「おっと、むろん人体には無害じゃ。ただ少し、身体に力が入りにくくなるだけじゃ」
「それを人は毒って言うんだよ……」

 やばい……大の字になったまま四肢に力が入らない。張り上げようと思う声は掠れる。
 そんな効力があるものなら、俺も気を払えば直ぐに気付くことができたはずだ。どうして気が付かなかった?
 頭の中に浮かぶ疑問に、目の前の女は、にい、と笑う事で応えると、再び俺の前を向いて体同士を重ね合う。

「心配するでない、それはすぐに抜ける。まぁ、動かなくなった以上……おぬしもすぐに抜けるがな」
「その洒落、凄ぇくだらねえよ……」

 正当な評価をしてやると、横暴にもまるで口を封じるかのように股間に刺激が走った。細いもので絡みつかれ、全体を扱かれる。
 その動きには余裕が戻っていた。少なくとも俺の反応を窺いながら、あちこち弄る指を変える程度には……。
 ……そして、歯痒いことにそれに抵抗する手段は失われた。
 そして、その指が離れていったかと思うと。

「……しかし、追い詰められるとは思っていなかったのう。悪いが、口にすれば直ぐひれ伏す羽目になるかと思うておった」

 むにゅり、と。
 今までそこに与えられてきたものとは全く別の、巨大な何かに根元から亀頭までを下敷きにされた。
 ぐいぐいと押し付けられるそれに、出したくもない小さな喘ぎ声が漏れてしまう……!

「……っ!」
「おぬしの抵抗力が予想以上に強かったか、符のせいで妾の予想以上にこの肉体が弱っておったか……まぁ、いずれにしてもおぬしの力よな。随分と上手いし、大したものじゃ」

 ぐいぐいと、且つむにゅむにゅと。力一杯に押し付けられるそれは、しかしあまりといえばあまりに柔らかすぎて、自然と押し返してしまう肉塔がずぶずぶとその中に埋もれてもがく。
 そのままもがき続けて、押し付けられたその巨大な圧力を持ち上げていくと、また強引に体重を乗せて下側に押し潰される。
 俺の状態を現すように、しかし俺の意思には反してもがくそれを、膝に押しつけて、挙句ぐりぐりと押し込んでくる。
 柔らかいそれは押し込まれる度に姿を変え、そしてより強く全体を包み込んで圧迫してくる。
 びきびきと膨れ上がった鋭敏なそれから快感が背中を貫いて、思わず俺は身悶えた。、

「そう、おぬしは本当に大したものじゃ。じゃから……」

 波が引く様に、ひどく柔らかい圧搾機が緩んでいく。それを勢いよく跳ねた陰茎が追いかけた。
 そうして、何かの柔らかい隙間にその身を埋めた。
 触るもの全てに吸い付き、引きずり込む双子の間の隙間。逃げられない。逃げたいのだが、体が動かない。俺の一部でありながら俺を裏切りやがる逸物が、嬉々としてその隙間に沈み込んでいく。
 ぐいぐいと、押し上げて。まるで俺の意思のように……。

「褒美を存分に受け取るが良いぞ?」

 くつくつと、体の向こう側でうんざりするほど聞いた笑い声がした。自信と残酷さをたっぷりと含み、愉悦が入り混じったその声。その度にへし折ってきたはずだ。
 瞬間、下半身を包み込んでいるその感触が消え失せた。

「ほうれ!」

 離れていたのは、たった一瞬だった。
 息をつくような暇もなく、下半身が勢いよく左右からぶつかってきたものに閉じ込められる!

「……っ、ぐ、おっ……!」
「くふ……ふふ。どうじゃ、妾の乳房は柔らかいか……? こうして叩きつけられても、まるで痛みなど感じぬであろ?」

 叩きつけられたかと思えば、その柔らかい胸で互い違いに圧迫される。
 勢いよく挟まれ、ほとんど容赦もなく扱かれているっていうのに、その反則的な柔らかさのせいで、まるで痛みも抵抗も感じない。
 そしてただ純粋な快感だけが叩き込まれて、息が詰まってしまう。

「ん、ふ……おぬしの先走りが乳房を汚しておるぞ……? まぁ、おかげでやりやすいがのぅ」
「ぐっ、が、あっ……!」
「もしや、わざとやっておるのか? 全く、びゅくびゅくと垂れ流して卑猥なやつよの……♪」
「……!」

 勝手な事を次々と抜かしやがって……!
 しかし、その声は届かない。腹の奥から出る声が、上手く喉を通ってこない。声を張り上げようとしても、出てくるのは雑巾から絞り出したような濁った声だけだ。
 叩き込まれる快感が怒涛のように押し寄せて、空っぽになった肺を埋めるかのように貫かれる。背中が反り返り、下半身が暴れる。

「……持ち主に似たのか、全く激しく暴れるのう。にゅるにゅる滑って、捕まえておくのも一苦労じゃ」

 しかし、逃げられない。
 いくら悶えても、足が暴れても、股座の局部だけはぎっちりと詰まった胸の間に閉じ込められてもがき、暴れ、張りのあるそれに自分から擦り付けて余計に快楽に腰が浮いちまう。
 盛大な自爆。

「……生意気な。おかげで妾も感じてしまうではないか……♪」

 立ち昇る好色を隠し切れずその声に含みながら、閉じ込められ、捕縛されたままのそれが股の下側に向かって移動させられる。
 僅かに地面に押し付けるようにしながら、素早く胸の感触が離れていき、解き放たれた獣欲が持ち上がる。

「ほぉれ!」
「ぐっ、あぁっ!」

 そしてまた、それが上を向く遥か手前で真横から妖魔が持つ二つの膨らみが叩きつけられる。
 わざわざ離し、休む暇もなくがっちりと閉じ込められ、ほのかに温かいその胸にむぐむぐと咀嚼されるかのようにじっくりと味わわれてしまう。
 そしてしばらく経つとまた下に向かい、離され、自由を謳歌するまでもなく閉じ込められ、ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てながら食べられて……。
 繰り返し。その繰り返しのたびに、体の奥が、焼きつくかのように熱い。
 挟まれるたびに気が狂いそうで、自分が地に足をつけているかどうかもまともに分からない。その中で頭の奥の奥、中心にいる冷静な自分が、どうして未だに射精の時が来ないのかと狂った思考をしていやがった。

「乳房で何度も挟み撃ちにされて、お仕置きされてしまう気分はどうじゃ?」
「くっ、あ、ぐぁ……」
「妾の乳房の中で平伏して、赤子のように泣き叫んで……許しを請いたくなってこよう? それとも……まだ足りぬか?」

 ぐりぐりと、何か硬く充血した小さな突起が押し付けられる。それが乳首だと分かると、喉の奥がかあっと枯れたようになった。
 ゆっくりゆっくりと下に持っていかれる。また勢いよく挟まれるのかと思うと、血液が沸騰するかのような興奮と共に、俺の急所が律動してしまう。
 乳房の圧力は徐々に解かれ、柔らかく、優しいものへと変わっていく……。

「……妾の乳房は気持ち良いか?」
「ぁ、く……気持ち、い……」

 返事は途中で、闇に紛れて掻き消えた。自分自身でも、その先の行方を知らなかった。
 体が限界だったのか、それとも言う事を手前一歩で拒否したのか。俺自身にもまるで分からない。

「ふむ……」

 いや、分かっていた。それは俺がよく知っていた。
 たっぷりと絡みついた潤滑液を纏わせて、柔らかい乳房の中を逸物が滑る。すべる。先走りも、血も精も吐き出してしまいそうなほど、既に熱く滾っていた。

「まぁ、良い。それが口を突いて出るなら、素直になった方じゃ」
「ん、ぅ……」
「……では、そろそろ終わりにしてやるとしようかのう?」

 下に押し下げられていたそれをしっかりと双乳に押し込まれ、再び真上に引っ張ってこられる。
 もう出さないのが狂ってるとしか思えないほど決壊寸前のそれに、両側から軽く押し当てられたかと思うと、がっちりと固定したまま高速でその獄が揺り動かされはじめていた。

「なっ、これ……ぁああっ!」
「今度こそ、おぬしのこれから搾り出す専用のやり方じゃ。……遠慮なく出すが良いぞ?」

 そんな事を言われても、俺にはまともに違いが分からなかった。分かる余裕がなかった。ただ、何もかも我慢できなくなるほど、気持ち良いという事だけ。
 左右から押さえつける様に宛がわれた乳房が、これまでの比にならないほど激しく縦横に振動される。
 さらに、はみ出た頭に、乳房とは違う柔らかさと、生暖かいアレが――。

「ん、ちゅる……くふ、出して良いぞ?」
「う、くぁ、ぁああっ!」

 ぬるりと絡みつき、くちゅくちゅと中が迎え入れてくれる。

「妾の……ん、ちゅる……口に、たっぷりと精を吐くがよい。吐け。吐ひて……しまえっ。ん、ぐ、んんんっ!」

 滾りきった幹を暴力的な質感で扱かれ、頭は音を立てながら執拗に吸い付かれて。
 とっくに限界というものを振り切っていた感がする俺の体が、それに堪えられるはずはなかった。

「あ、く、ぁあああああっ!」
「っ……!」

 死んだかと、一瞬思った。
 何せ視界が本気で真っ白になった。目の奥が軋んだ錯覚を起こし、頭の機能は麻痺する。意識がその時まともにあったのかは定かではなく。
――びゅくっ、びゅ、びゅるるるる……っ!
 ただ、全身を撃ち貫く雷に鋭く、待ち侘びた快感が突き抜けると共に、熱い塊が外へ向かって一気に吹き抜けていく。
 視界が戻り始めても、それは止まらなかった。さんざん煽られた熱が体の中から引きずり出され、導かれていく。

「ん、くふっ……んむ、こくっ……んんんっ……!」
「く、お、吸われっ……」

 暖かかった。
 ぐっちょりと唾液と粘液に塗れた極上の器。軽く舌を添われ、撫でられるだけで、中の暖かさに誘い出されるように自分の中身が漏れていく。

「んっ……ん、ん……」

 射精していたのは僅かな間だけで、その後はとくとくと漏らすように、緩慢に、そして異常なほど長く精を吐き出し続けていた。
 永遠に続くかと思えるほど長く続いたそれがやがて収まっていくのを感じて取っていたが、俺の意識は未だ気泡のように淡くはっきりとしなかった。

「あ……ぁ」
「ん、ちゅ……ふ。むう……意趣返しのつもりじゃったが。これは、中々……ん、ちゅ」

 聞こえてくるそれは聞き慣れない言葉のようにばらばらの記号のようで、まるで耳に入らなかった。
 全身が倦怠感に包まれて動かない。完全に放ちきってもう一滴も出なくなったそれに、尿道から優しく吸い上げるだけの緩やかな刺激が送られて、抵抗もせずにとくとくと残りを吐き出していた。
 どくどくと完全に搾り出され、

「んふふ……実に良い。火傷するかと思うほど熱くて濃くて……くふ、流石は妾を封じただけの事はある。甘露甘露」

 ころころと鈴を転がしたように笑いながら、月夜を眺めて上機嫌に女は詠った。高らかに、美しく。
 そのせいではないだろうが、そこにきてようやく俺の意識もはっきり白から黒へと切り替わりはじめる。特有の倦怠感があるが、封じ込まれた四肢の力は十分戻っていた。

「おい、おま……」

 ふと気付くと、口の中が妙にぐちゃぐちゃしている。口内に妙なダマが出来ていたので、横を向いて吐き捨てた。
 色々なものが鼻をつく匂いはひどく色々なものが混ざっていながらも頭の奥が痺れるような独特のもので、嗅いでいるだけで気が変になりそうだ。
 声が聞こえたのか、上半身を起こして月を見ていた女がこちらに体ごと向けて、上機嫌のまま笑いかけてくる。その口元から豊かな胸元は、鈍く光を照り返しながらもその中に点々と白く濁ったものが付着していた。目を細めながら、女は口元のそれを舌で拭い、転がし、闇の中へと収めた。
 意識的にやっていやがる。そう分かっていながらも、再びかあっと胸の奥が熱くなる。

「何じゃ?」
「また嘘をついたな……?」

 意識がはっきりしてきたら気がついたことだ。
 体の中を改めて走査してみても、……かなりあやふやな射精中の記憶を引っ張り出しても、俺の考えに間違いはない。
 出来る限り声色を低くしながらドスを利かせるが、目の前の女は悪戯っぽく笑いかけるだけだった。


「力なんて全然抜けてねぇだろうが……!」


 そうだ。
 精は抜かれた。しこたま抜かれた。しかし、まるで力が抜けていった感じはしない。吸われる力が微小であるという事を差し引いても、精を吐き出す時にそんな感覚はなかった。あの時はまるで感覚がばかになったようだったが、後から確認することは容易い。

「何度も何度も失礼な。妾は嘘をつかぬと言うておろう?」

 ……何より、このにやにやと腹が立つほどのにやけ顔。自白しているようなもんだ。
 言葉と違って全く憤慨した素振りも見せず、ぴんと人差し指を立てながら言い聞かせるように顔を近づけてくる。いちいち腹が立つ奴だ。
 なのに、その肉厚の唇がやけに艶かしく動いているように見えてしまう。

「睨むでない。別におぬしが精を吐けば力が抜ける……とは言うておらぬじゃろ?」
「それを何て言うか知ってるか? 詐欺って言うんだよ」
「そもそも専門ではないと言うたであろ? 妾は力も吸えるが、それにはいちいち面倒なやり方が必要なのじゃ」

 人の話を聞けよ。

「……まぁ、捕えた人間相手ならそんな事は関係ないのじゃが。少なくともこんな時に使えるものではないわ」
「情報を小出しにしやがって……態度の割にせこい奴だな。何でそんな事をした?」
「あのままでは、つまらぬではないか。おぬしは素直では無いし、ろくに反応もせぬし……」

 理由を尋ねると、驚くほどあっけらかんと女はそう言った。
 ……そんな事ではないかと思ってはいたが、改めて口に出されると本気で頭を踏みつけてやりたくなるな。

「……まぁしかし、予想以上に良かったぞ? おかげで妾も、久方ぶりに随分と昂ぶってしまった」
「はいはい、それは良かった――な?」

 俺の言葉は、途中で途切れた。
 胴の上に、図々しくも足をハの字にして跨るように座り込んでいる怪異が、膝立ちになってこちらを見下ろしていた。
 一度戦いになれば跳び退りを平気で行うのに反して引き締まっているとはほど遠い、ふっくらとした肉付きのよいその足の付け根。
 そこにはりついた蜜壷が、糸を引きながらぱくぱくと開閉している。今にも突き入れられるのを望んでいるかのように、ざわざわと俺に見せつけるように襞がざわめき、盛り上がる。先程までさんざん見ていたはずなのに、改めて見ると背中からぞくぞくとえも言えぬ感情がせり上がってくる。

「ほうら……な? 昂ぶっておるじゃろ。良く見えるか……?」

 くちゅり、と女の指が飲み込まれ、ゆっくりかき回される。指の形がうっすらと浮かび、掻き出された蜜が零れ落ちた。
 ふと視線を上にやると冷たく輝く光を背負って、ぞっとするほど蒼く、海溝の奥からのぞいているかのような底の知れない深さを湛えた瞳が、じっとこちらを見据えている。
 意識せず、喉が鳴った。萎えかけていたと思った下半身は、いつの間にか血流が激しくなっている。さっきの射精といい異常だが、気持ち悪くはなかった。

「おぬしがその気なら、妾も丁度良い。再生にはこれで十分じゃが……妾の胎はまだ渇いておるぞ?」
「一度きりって話じゃなかったか?」

 再生には十分と本人も言っている通り。それが契約だった。
 しかし口を突いて出た言葉は、不思議と胸の奥をきりきりと引っ掻く。それが反故にされるのではないかという恐れとは、程遠い事だけは分かる。
 女は膝立ちから立ち上がると、右手を引き抜いて、ゆっくりとそれを動かしながら俺に見せ付ける。二本の指の間で、粘液が糸を引いていた。
 追いかけるように、思わず上半身が跳ね起きる。

「一度で十分だからといってそれで済ませなければならない、という理由はあるまい? むろん、契約外じゃから妾は強要せぬ。今のままでもこの地に縛られてやろう。しかし、お互いに望むなら構わぬであろ? ……契約が済んだ以上、おぬしの仕事はもう終わったのじゃ。気に入らなければ、その場で止めれば良い」

 かもしれない。
 縛るための契約は既に全てが終わっている。口にした契約までは破棄できまい。俺の寝込みを襲うような真似はできないし、精を吐いても力は吸われない。
 なんだ、別に構わないじゃねえか。何だか妙に抵抗を感じていたさっきまでの自分が急に馬鹿馬鹿しくなってきた。これはいわゆる……戦利品のようなものだ。あるいは役得か?
 それに何より、あの身体をもっと味わってみたい。……こんな機会は滅多とあるものではないしな。

「気持ちよくなりたくはないのか? 口や乳房とはまた違って……とても良いぞ?」

 女は振り返り、腰を揺らしながら歩いてゆくと近くの地面から隆起するようにはみ出した巨石に両手をつける。露になった秘所を隠そうともせずにこちらに向けて、艶かしく腰が揺れていた。
 こちらを振り返る濡れた瞳は情欲に燃えていて、唇の周りをちろちろと舌が周りをなぞっていた。

「強欲な奴だな、おまえ」

 足に力を入れて身体を起こすと、随分久しぶりに立ち上がった気がした。さんざん出したせいか、寝起きの時のようだ。

「当然。……じゃが、それをおぬしが言うのかのう。まぁ、良い」

 近くまで寄ると、その卑猥な花弁もその奥もよく見える。
 もうとっくに屹立している逸物を、たっぷりとした尻の間に挟み込んで軽く擦ってみると、はぁん、という喘ぎ声と共に心地良い肌触りを返してきた。予想以上だ。

「は、ン……焦らす奴じゃのう。別に良いが、あまり遊ぶでない」

 少し拗ねたように口を尖らせる女は、こちらを振り返りながら今か今かとその時を待っているかのようだった。

「分かった、分かった……」

 まあ、いい。今楽しむのはこっちではないのだから。それに、やりたければ後でまたすればいい。
 しっかりと尻を両手で固定する。吸気孔のように開閉するその位置を確認すると、尻から引き抜いた逸物を、その勢いのまま突き挿れてやった。

「ほら……よっ!」
「は、んんんっ……ぁ、ぁああああっ……んっ! ふ、ふと……あふっ」

 感極まった声をあげながら、秘裂は俺のモノよりも遥かに細い指や舌を咥え込んだ時と同じように、ほとんど抵抗を感じさせずに一気に押し進む。
 しかしそれ以上に責めは激しく、心地良い熱を持った内壁がすかさず侵入した逸物に押し寄せてくる。
 幾度もその場所を見て、責めて、さんざん気持ち良さそうだとは考えていた。
 しかし、これは……!

「く、ふ……良いぞ、良いぞ、もっと奥に、奥に、さぁ来い……はぁ、んっ!」
「ちっ……滅茶苦茶しやがる、この膣内……っ!」

 相変わらず獲物を逃がさないように膣口をきゅうきゅうと締めながらも、その奥の襞は侵入を阻むかのように密集して先端を執拗になぞる。
 その抵抗の中を腰の力を入れて進めていくと、その分だけ柔らかい一枚一枚の壁がびらびらと捲れ、擦り上げ、吐き気がするほど気持ちいい。
 ざわざわと揺れる内部に誘われるように、奥へ、奥へと腰を進めずにはいられない。

「はぁ、んっ……堪らぬであろ? 妾のものは……ねちねちと絡み付いて、蠢いて……く、ふふふ……はぁんっ」
「くっ……そ、気持ち良過ぎる……っ!」
「よいよい、我慢は毒じゃ、出すが良かろう。それに……く、ふ……大きくて、硬くて……妾もなかなか良いぞ?」

 根元まで入りきった時には、がくがくと足が震え始めていた。たまらず覆い被さるように背後から女に組み付くと、自然、角度が余計に変化してしまって刺激がはしる。
 最奥は、ざわめく膣の林を抜けたかのようにぽっかりと開いた場所で。相変わらず側面は激しく嬲られる一方で、頭の方は膣中に溜まった粘液の中に漂うような、暖かい浮遊感を味わっていた。
 かと思うと、先端に突然何かが絡み付いてくる刺激に、思わず背筋を震わせてしまった。

「なっ……なん、ぐ、おっ……!」

 絡み付いてくるそれの正体は、とてもとても細い蔓状の何かだった。
 細く柔らかく、数十本のそれが、まるで覆い尽くすかのように先端に密集し寄り集まってきて、くすぐるような細かい刺激を与えてくる……。

「ふ、はぁ……ふふ、妾の触手は如何じゃ? とても細やかで……堪らぬであろ?」
「触手……だとっ……」
「力が封じられていても、そのくらいの場所なら動くのじゃ。なに、気にするな。気持ち良いだけじゃ……」

 そう言うが早いか、今まで亀頭部分をくすぐるようにしゅるしゅると這い回るだけだった触手が、猛烈に数を増やし巻きついて扱き立ててきた。
 細かく這い回るそれはまるでスライムか何かのように一本一本が身勝手に伸び、或いは短くなり、あるものは先が分かれて数を増しながら絡み付いてくる。
 その手前では極上の襞がぐちゅぐちゅと音を立てながら側面を擦り上げる。根元でこれ以上入らないってのにより深く飲み込もうとするかのように、膣口がきゅうきゅうと締め付けてくる。

「もう……っ」
「くふ……もう、何じゃ? 無理か? 良いぞ、良い……。そのまま出してしまえ……ほら、ん?」

 それぞれの部分に与えられる、それぞれが違う圧倒的な三段攻撃にろくな我慢も出来ず腰が震える。
 熱の塊が上り詰めていく。きゅうきゅうと締め付ける口に吸い上げられて、間断なく扱き上げる襞に押し上げられて、絡み付く触手に導かれるように。
 そして、弾けとんだ。

「あ、ぐっ……くぁあああっ……」
「んっ……熱い……ふふっ」

 苛烈な責めに、根元から勢いよく熱が迸る。
 さっきほどではないにしろ、やはり尋常を超える射精の快楽に、頭の奥がまた痺れ出す。嫌な感じはしない。もうそれが、堪らない悦びであると覚えているから。
 力が、入らない。気がつけば、目の前のすらりとした滑らかな背中に身体を被せたまま、動く事ができなかった。

「くふ……良かったか? びくびくと震えて、また随分と出しおって……。ふふっ」

 先端の触手が、まるで迸る精液を啜り上げるかのようにぬちゃぬちゃと亀頭に絡められて、代わる代わる撫で上げられる。
 一度出したというのに、まるで萎えた感じがしない。根元から先端に向かって波立つように襞が蠢くと、すぐさま全身の血が、それに似た何かが集まっていくのが分かる。
 そして、亀頭に絡んだ触手――精を啜り上げるように動いていた触手が、とうとう――。

「っ……?!」

 その細い触手の一本が、するすると、亀頭の先から身体の中に忍び込んでくる。
 細いそれが中に入り込んでくる未知の感触に、ぞっとした。反射的に腰が動こうとするが、根元の部分がぐぷぐぷと噛み締めてくると、そんな意思が吹き飛んでしまう。

「なに、心配するでない。痛くはない……ただ直接啜らせてもらうついでに、弄ってやるだけじゃ」
「ぁ、く……冗談だろ……」

 冗談ではなかった。
 中で蠢き、擦り上げながら進んでいく触手に恐怖を感じる。しかしその恐怖を、遥かに強い快楽が凌駕していた。
 先に入り込んだ一本の細い触手に続くように、次々と殺到する。
 一本、二本、三本、……。どれもがにゅるにゅると壁を擦り上げながら、お互いを絡めあい、形を変えて中で暴れ回る。中が押し広げられてしまうような、犯されてしまうような、この世のものとは思えない奇妙な感覚。

「くく……ずぶずぶと中を犯される気分はどうじゃ? これもまた、堪らなく素敵であろ……?」

 それに対しての感情は、もっと別のものもあったはずだ。
 しかし、そのどれもがこうと感じる暇もなく真っ白に塗り潰されて、手の届かない場所に散じてゆく。
 空いた隙間はあっという間に占有される。

「中に入れられて、巣食われて……くふ、根元からばかに震えておるぞ。自分で分かるか……?」
「が、ああっ……くっ!」

 分かるはずがなかった。下半身だけが寸断され、剥き出しにされたかのように致命的な快楽が俺の中で反響する。
 何が感じていて、何が感じていないかすらもよくわからない。気持ちよくて、気持ちよすぎて……
 前兆も何もなく、気付けば再び絶望的な満足感に、全身が溺れていた。

「ぁ、う……」
「何度出しても熱く、濃い……本当におぬしは猛々しいの。ほれ……そろそろ堪らなくなってきたのではないか?」

 たまらず精を吐き出した鈴口に、さらに追加で触手が這い回り、入り口をくいくいとこじ開けて滑り降りていく。
 今、一体俺自身の中は一体どうなってやがるんだ?
 想像すると、腰が打ち震えた。そしてそれに応えるように、内部に入り込んだ細い繊維はこりこりと壁を抉り、叩き、たまらない刺激が押し寄せる。

「中を犯されてそんなに身悶えおって、全く愛い奴め……。顔を見なくとも、おぬしがものほしそうにしているのが分かるぞ?」
「あ、あ……なかが、擦れ、吸われ、るっ……!」
「よしよし……たっぷり擦ってやるし、吸わせてもらうぞ? 自ら望んだ膣内じゃ、隅から隅まで味わっておけ……」

 精液塗れになりながら、さらに潤滑を良くして中に滑り込んだ数え切れないそれが蠢き、俺の頭がのたうち回る。身体は無理だ、動かない。
 膣内の襞はねっとりと包み込むような緩慢なものに変わり、より違う刺激がくっきりと露になる。露にされる。膣の天井で擦られる快楽交じりだったそれが。
 びゅくっ、と耳の奥で音がして、また熱が奔る。
 触手は殺到してそれを絡め取り、目の前にある長身のふくよかな肉体は、それに歓喜するように軽く打ち震えているのが、身体を通して伝わってくる。
 ――もう他の快楽を交えてする必要は、無かった。それだけでも、もはや気持ちよさしか感じない。頭の奥が痺れる。

「ぁ、ぐ……うっ」

 何とははっきりしない警鐘が、頭の中でがんがんとがなり立てる。命の危険とも違う、はっきりと言い難い何かに対してのそれが……。
 微妙な疲労感も手伝って、射精の直後に少しだけぼんやりとしていると、顔が埋もれた肌の向こう側から、語りかけるような声がした。

「何を考えておる? ……おぬしはそんな事を考えているなら、腰でも振ってみれば良い」

 ねだるように軽く女が腰を振ると、互いの陰部が結合した部分が、ぐちゅぐちゅと淫猥な音を立てた。
 脱力した右手に、汗ばんだ女の手が添えられて、乳房に手の平を押し付けられた。
 ほとんど条件反射的に、柔らかいそれを揉んでしまう。優しく指を包み込んで形を変えるそれに夢中にさせられる。ふと気がつくと、当然のように左手も差し込んでいる自分がいた。
 ああ、それで……何だったか?

「く、ふふ……妾の身体を求めながら、自分で好きなように動かしてみると良いぞ?」

 微笑しながら囁かれるそれは、言うまでもなく無茶な注文だった。少なくとも俺にはそう思えた。
 しかし、その響きはとてつもなく魅力的なもので……。
 ゆっくりと、じりじりと……動かし始める。

「辛抱強いおぬしなら出来るであろ? ……そう、そうじゃ……く、ふふ。妾も胸といい何といい、気持ち良いぞ……」

 恍惚に震える声色が耳に入ってくると、形容し難い喜びを感じてしまう。
 何度も出すうちに思ったより慣れたのか、それとも意識的に膣内が抑えられているのか、動かし始めてもそう簡単に達してしまう気配はなかった。
 魔性の襞にざらざらと舐め上げられていると、もっと気持ちよくなりたくなる。我慢しきれなくなって、ゆっくり急いで速度を早めていてしまっていた。

「ん、は、んんっ……くふ、良いぞ……? 擦れて、なかなかたまらぬ気持ちになるではないか……。ん、んぁっ……、おぬしもそうか?」

 返事とばかりに、両手で乳房を強く揉みしだきながら腰を前後に突きたてる。
 気持ちよかった……その両手でたっぷりとした柔らかい塊を掴み、揉みしだき、逆に手指が翻弄されるのも。その魔性の膣に、自ら腰を振って擦りつけていくのも。
 自ら絶頂に向かう行為が止められない。
 あるいは、それに酔っているのかもしれない。どうでもいいことだった。

「妾の上でハアハアいいながら涎を垂らしおってからに……首筋がべとべとではないか。……嗚呼、顔を見れぬのが残念じゃのう。ひゃ、んっ、舐めるでないっ」

 言われて気付いた。
 ぬらぬらと涎で光るそこが妙にいやらしく思えて、首筋に舌を伸ばして這わせていく。
 腰の動きは止められず、加速度的に速くなっていく。それ以上に快感は振り切れていく。だっていうのに、まだ達せられないのがもどかしくて仕方がない。

「くふ……おぬしが後ろで突っ込んでおるのに、そんなに必死で乳房を揉んで、腰をおっつけて……まるで自分から喰われているようじゃのぅ」

 分からない、それは。
 両手も、腰も、舌も、快感を求めてただ動く。
 手が巨大な塊に溺れていくのも、動かすたびに襞が捲れ上がってそれを求めて速度を上げるとぱんぱんと泡が潰れる音がしながら快感を巻き上げるのも、舌でじっとりと汗が浮き自らの涎が零れる首筋を舐め回すのも。

「ぐぅ、あっ、ひ、出る、出っ……!」
「ん、んんんん〜っ……!」

 苦笑するような、違うような、艶のある声にさらに誘われて、自ら絶頂を求める様は滑稽なものなのだろうか。
 ――分からない。
 熱く駆け上がってくる衝動が抑えきれなくなり、瞬間、無意識に腰を深く打ち付けた。
 柔らかい尻肉が腰に勢いよく吸い付いてくるのと膣内で蠢く襞と触手の苛烈な責めを受けて、また――また、世界の色が塗り替えられていた。

「んくっ……はっ、はぁっ……」
「ん、んんっ……ふ、はぁ……ん……ふふ、出ておる出ておる、こんなに出しおって……」

 どぐん、どぐんと、体中の熱が、ひくひくとわななく魔器に搾り上げられていく。
 がくがくと震える足には地面を押し返す力があるはずなのに、まともに神経を意識が通っていかない。

「ふ、う……これはまた、格別じゃの……」

 感嘆の声と共に、咥え込んだまま吸い付いて離れようともしなかったその膣から、ずるりと逸物が抜け落ちた。
 引き抜いたその全身は特有の粘り気の高い粘液に包まれていたが、白濁の証は見られない。
 ……吸われたのか。その考えに思い至ると、背筋を冷たくするような不気味な感覚と、それに混ざって恍惚としてしまう何かが湧き上がってくる。

「く、うっ……」

 自然と膝が笑ってしまい、耐え切れずに俺はその場に尻餅をついてしまう。
 ついた尻の両手の部分が、少しばかりずぶりと泥に埋まっていた。

「ふふ……」

 頬をくすぐるような微笑に反応して顔を上げると、腰を落として顔を覗き込んでくる怪異が在った。
 僅かに頬を上気させながら、意地が悪そうに目じりを吊り上げて笑いかけてくる。もう何度目か分からない。
 口にする事も。

「どうじゃ、妾の膣内は……? 気が狂うほど良かったであろ?」
「……そう、だな」

 そして、それをもう否定し切る事はできなかった。
 はっきりとした言葉を口にすると、女はふふん、と豊かな胸を反らしながら満足げな表情をした。

「妾もなかなか良かったぞ。おぬしときたら、必死に腰を振るものじゃから……妾までつられてしまうところであったぞ?」

 どうやら余程楽しいことだったのか……悪戯っぽく微笑みかけてきてそんな事を言う。
 まるで子供のようだと思うほど、残滓を滲ませながらもころころと表情を変える怪異は、またすぐにその目元を変化させつつあった。
 淫蕩な、人を誘うものに。

「もっと――」

 その蒼い瞳でこちらを見つめながら、低く、囁きかけるような……そんな声で、問いかける。

「欲しいか? 妾が」

 その背に負った月は、一際強く輝いているように思える。
 目を焼くような光ではない、見るものを引きつけて離さず、取り込み、誘い込む光。

「自由はおぬしにある。おぬしが択べ……妾を未だ味わいたいのか、それとも?」

 きりきりと、胸の中で何かが悲鳴をあげる。それも圧倒的な刷り込まれたように映る快楽の記憶と、自身が安全地帯にいるという安心感にかき消された。
 それは間違っている。その前提はもう崩れている。けれど、それを指摘するような度胸のようなものが、俺自身になかった。この交合を手放すような事ができなかった。
 こいつは嘘を言っている。

「もっと、させてくれ。気持ちよく……してくれ」

 選択の自由は、無い。

「く、ふ、ふふふっ……その目、その声……良いではないか。むろん、承ったぞ」

 言葉にした瞬間に頭の中に不気味な焦燥感が生まれたが、深くとらえて離さない、その蒼い瞳にじぃと見つめられると、露と掻き消える。
 俺に害を為すことはできない。契約は絶対な以上、この交合はいつか終わる。終わらざるを得ない。
 ならば、それまで好きなだけ楽しまない事に何の意味がある?


「ん、んんんっ……ぐぐっ……」

 女が全身に力を漲らせる。衣一つ纏わず、四肢に力を張り巡らせながら胸を張る様子はまるで女神か何かのようだった。
 唸り声のような、口の奥から漏れ聞こえるような低い音と共に女の全身がぶるぶると震えていた。何かを待ち望むように。
 何だ? 職業病か、自分の中の冷静な部分がそれを訝しげに見つめていた。全身に力が収束していくのがはっきりと視える。しかし、そんな事をしても契約の上では何も出来ないはずだ。
 いや、違う。

「さぁ――」

 違う。
 そもそもそんな事すら、今までは出来なかったはずだ。一体どういう事だ?
 その時、ふと空を仰ぐように身体を反らす女の、伸びきった四肢が目に入る。その手足には、複雑な紋様のようなものが朧げに光を帯びながら浮かび上がっていた。複雑な、複雑な紋様――
 ――まさか!

「――気持ちよくしてやろうぞ?」

 瞬間、肉が弾けるような音と共に女の身体のあちこちから蠢く何かが飛び出していた。
 それが何であるかはっきりと認識するよりも遥かに早く、『それ』は俺の身体を素早く絡め取る。

「……ぁ、ぐっ?! これは……!」

 それは見紛う事なく触手だった。
 見間違えるはずもない。さんざん俺を苦しめ続けた、最大の特徴と呼ぶべきものだ。
 大の大人の腕ほどもあるそれは、仄かに濁った液体をとろとろと滴らせながら、獲物を喰らう時を待つ捕食者のように俺の身体を絡め取ったまま目前でうじゅるうじゅると蠢いている。
 根元の部分は不自然なほど妙に窪んで細くなり、女の手足や腋、背後などに張り付いていた。

「くふ……気付かなかったであろ? 時間切れという事か、それともおぬしの集中が乱れた結果か……」

 手足に浮かび上がった紋様が、やがて形を持って皮膚からぺりぺりと捲れあがっていく。俺が紋様だと思ったのは、俺自身によって使われた符だった。それが次々と、目の前で剥がれ落ちていく。
 四肢と胴体を絡め取られて、あっという間に宙に吊り上げられる。それは一つ一つが、人の身体を容易く砕くほどの膂力を持ち合わせているのだ。
 にゅるり、と皮膚の新しい部分から細く、濁った緑色の線虫のようなものが持ち上がってうねり、大気を吸い込むかのように目の前で見る見る間に膨張する。
 俺は縊られてしまうのか?
 湧き上がってくるのは、ほんのわずかに前まで感じる事のなかった、感じる必要のなかった焦燥感。それを察したかのように、微笑がこちらに向けられた。

「なに、安心するが良い。契約は違えぬ。おぬしを握り潰したり……などというつまらぬ事はな。なぁに、妾は……」

 動きが、変わった。
 俺の身体を縛り上げて宙に浮かべる触手が、全身を這いずるかのように動き始める。それはおぞましくも、ただ気持ち悪いとも違う、異様な感覚。
 さらに仕事をしていない、俺に突きつけられている太い太い触手が――目の前で一気に裁断されるかのように、裂けた。

「おぬしによくしてやろうというだけじゃぞ?」
「なっ――」

 そんな馬鹿な事を。
 その叫びは、驚きで漏れる息に押し出されて、うまく出ることができなかった。
 目の前で一本一本が親指ほどの太さにまで裂けた触手が、一斉に俺の身体のあちこちに群がってくる。そのどれもが、ぬめった表面から何かを滴らせながら。
 頭に、胴に手足に――そして、下半身のそれに。

「く、くく……まぁ味わえ。それは妾そのものじゃ。気が狂うほどよがらせてやろうぞ?」
「んな……あ、ぅ、あっ」

 心底楽しそうにそれが笑うと、全身という全身に絡みついた細い触手が一斉に蠢動する。
 それぞれが意思を持っているかのようにその細い身体を曲げ、擦りつけられる。下半身に張り付いた触手がお互いに寄り集まって、三つ編みのようになりながら逸物を貪り始める。
 心底おぞましい。
 こんなものはおぞましい――はずだ。なのに、なのに、嗚呼――

「あ、ぁあああっ! くっぁ、こんな、っ……!」
「そう怖がるなというのに……妾も少し傷付いてしまうぞ。……ほぅれ、よく見ろ」

 細い触手の一つが目の前まで持ち上がってくると、まるで挨拶をするかのように先端を下げた。
 その先が、徐に姿を変えていく。目を疑うことはないが、離すことは出来ない。

「その先っぽ……まるで口のように開くであろ? その口でおぬしをちゅうちゅうと吸ってくれるのじゃ」

 果たして言う通り、中央に入った亀裂を押し広げるようにして、くぱぁと触手の先が口を開いた。
 その中から、とろとろと何かが溢れ出す。まさか、この触手が全て……?
 そう思った途端、全身の肌の表面がざわめく。絡みついていた触手のどれもが鎌首をもたげ、先端を押し当てて吸いついてくる!

「くぉ、あ、あ、うぁああっ!」
「可愛いものであろ……?」

 体中に吸い付いたそれは、どれもが粘液をだらだらと零しながら、ちぅちぅと音を立てながら吸引してくる。
 肌に吸い付かれる感覚もさながら、耳まで届く何十何百という卑猥な協奏に頭が狂ってしまいそうだ。全身をくまなく責めていると自覚させられ、あちこちがむず痒くなり、肌が粟立つ。
 さらにその興奮の証にも、容赦なく群がられる。

「ほぅれ、硬くなった乳首を吸い込まれる感覚はどうじゃ?」
「あ、ぐっ……!」
「まるで乳首が股間のそれになったような気分であろ……? くふっ」

 まともに声になりゃしない。
 充血した胸板の頂点が吸い上げられ、その先が生温い何かの中でむぐむぐと食まれていく。

「おっと……そういえば忘れていた」

 全身の神経が強制的に剥き出しにされたような気分だった。そしてなお、さらに触手の群れの責めは続く。それでいて決定的なものが入ってこない。
 その向こうで、さらに女の左肩からもう一つばかり膨れ上がる絶望的な光景があった。それは先程の触手と同じように、素早く寸断されて――しかし、離れない。
 悶えながらも訝しげに思って、気がついた。気がついてしまった。
 まるで何かの尻尾のように先端がいくつにも寸断されたそれの、使用方法というものに。しかし。

「く、ぅ」
「余計な事を考えずとも良い。第一その状態では動けぬであろうに。……まぁ、離したとしてもおぬしは動かぬがな」

 逸物に群がっていた触手に一層名残惜しげに吸いたてられて悶絶してしまう。
 そして、一斉に触手達が離れていくとほぼ同時に――勢いよく、前方から巨大な何かに咥え込まれていた。

「お、おおっ、おぁ、あああっ!」
「豪華であろう? これほど豪華絢爛な方法を使ったのはおぬしが初めてかもしらんぞ?」

 それは塊だった。ぱっと思いついたのはそれしかなかった。
 ぬめった卑猥な肉の塊、触手の塊。根元で一つになりながらも、先が分たれたそれらの隙間の中に、容赦なく挿入させられる感覚に母音しか出てこない。
 信じられない。
 膣内ですらまともに正気を保っている事も出来なかったっていうのに、触手で出来た筒の中はそれ以上に快楽の詰まった壷だった。
 統制されながらも、その一つ一つは意思を持っているかのように微妙な不協和音があり、それにまた苛まれる。予想外のところで刺激が入り込み、息をついて我慢をする暇もない。

「その中は良かろう? あぁ安心するが良い、妾の触手は色々と完備しておる」

 ぬちゃり。
 吸いついてくるような肉の感触に、鳥肌が立つ。快感としてはそれ以上だが、決してここにはないはずの男を誘う魔性の蜜壷が間違いなくそこに形成されていた。

「拠り集めて作る搾精器……とでも呼べば良いか。出す時は吸ってやるから、遠慮なく出すが良いぞ?」

 手足をばたつかせるが、当然のように逃げられるわけがなかった。
 寧ろ太い触手は余計に体液を滴らせながら、肌に食い込み締め付けてくる。
 本人には指一本動かされず、視界を埋め尽くすほどの卑猥な肉枝に好きなようにされる。それを屈辱とすら思う暇もない。

「全身を這われて吸い上げられて、逸物は肉の中に突き入れられて……そろそろたまらなくなってきたのではないか?」
「……っ、……っ!」

 それは違う。断じて違う。
 そんな領域は、とっくに一段跳びで飛び越している。
 否定と肯定の領域は、自分でも気付かないうちに飛び越し踏み越え、あっという間に振り切れているというのに。
 あるいは、それを分っているのかもしれない。だとしてもどうしようもない。俺が出来るのはただ地獄のような快楽を浴びながら、とどめを待つことだ。

「くふ……全身をそんなに震わせて……本当に、愛い奴よの?」
「ぁ、く……あ……っ」

 下腹部に絡み付く触手の先端が、根元から咥え込むようにぴったりと腰に張り付いてくる。中が一層暖かくなってゆく。
 まるで大波の前触れのように、それらが波立つ感触に全身が歓喜で打ち震えていく。

「さぁ……」

 くる、くる、くる、くる――。

「果ててしまえ!」
「く、る――ぁあああああああっ!!」

 全身を絡め取られ、吸われ続け。叩きつけるようにうねる触手の筒の中に、俺はこれ以上ないほど盛大にぶち撒けてしまっていた。
 剥き出しになった神経を嬲られるかのように全身をぬめぬめした感触が這い回り、体の中にあるものが根こそぎ柔らかい触手の中へと簒奪されていく。
 このまま死んでしまってもおかしくないと思ってしまうほどの疲労感と、満足感。

「おっと、……これ以上は死んでしまうな。しかしまぁ……ふふ、また随分と……」

 しゅるしゅると、全身に巻きついていた細い触手から解放される。
 出てきた時と同じようにあっという間に皮膚の中へと消えていくそれらは、俺の精ごと熱をどれほど奪っていったのか。

「ぅ……あ」

 もう本当に。正真正銘、空っぽだった。
 精も、体力も、頭の中も。――あるいは。
 もう指一本も動かせない。今は吊り上げられているが、恐らく離されれば惨めに地面に倒れる他はないだろう。

「……少しやりすぎたか? まぁ良かろう。さて……術士殿?」

 ゆっくりと、ゆっくりと――落ちていく感覚。
 ふと気がつくと、何か柔らかいものに包まれていた。その柔らかさは、妙に安心させられるもので――躊躇もなく、それに寄りかかった。

「契約通り、妾はこの地に縛られよう。ただ奉られてやるなどと、ケチな事は言わぬ。この地を末永く水害から護り、海難での死を防ぎ、素晴らしい恩恵をくれてやろう。それよりもな、面白い事を思いついたのじゃ」

 鈴の音のような、高く綺麗な声色が耳元に響いてくる。
 楽しくて仕方がないと裏で明言しているかのようなその声が、頭の中で反響していく。

「妾の贄にはな、おぬしがなれ」

 とんでもない言葉が、反響していく。

「おぬしは先ず村に戻り、娘を娶るのじゃ。なに、これほど凶暴な怪異を従えた英雄……それも外戚。嫁など掃いて捨てるほど沸いてこよう?」
「そうして生まれた子を、またおぬしは妾の贄にするのじゃ。なに、殺しはせぬ。ただ今のように、時おり妾に精を吐いてくれれば良い」

 心から楽しそうな声。
 ふと生暖かい息が、耳元に吹きかかる。くすぐったさに身を捩っていると、真っ白な意識の中に、甘い言葉が囁かれる。

「……おぬしと、おぬしに連なる子孫全てが、妾に犯される事になるのじゃ。どうじゃ、素敵な事だと思わぬか……? 妾に永く、永く抱かれ続けたくはないか……?」

 それは、ひどく魅力的な提案だった。少なくとも俺にはそう思えた。
 どう応えたのかは、覚えていないし確認する事もできなかった。脱力しきった身体と空っぽになった頭は、風が吹けば飛んでしまうのではないかと錯覚するほどだ。
 ただ――暫しの間が空いて、耳元から微かに笑い声がした。口から漏れるような、くふ、という声が。

「妾はおぬしによってこの地に未来永劫縛られた。じゃが、おぬしも妾の身体に永久に縛られ続けるのじゃ」

 そして、柔らかく包み込むように、その中に抱かれた。それは今まで生きてきた中で最も優しく、美しく、暖かく――官能的だった。

「ふふ……これから末永く、妾と愉しくしようぞ? 術士殿。妾とおぬしは、もう決して離れる事はできぬのだから」


 鈴の音が月夜に、いつまでもいつまでも、鳴り響いていた。




       〜完〜
読んでいただきありがとうございました。

……BFを書こうと思ったんです。本当です
何故こんな事になってしまったのか
今思うと冒頭で変な戦闘シーン入れたあたりがこの話的に既に詰みだったのか

重複を省いて簡潔にする努力をする予定です

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