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ないしょの#れっすん♪〜導入編〜後編

 待つ男と、来る女。
 取り立てて珍しくもない、昔からの割と一般的な(と信じられている)様式である。
 ただ今回の場合違うのは、男の方の、心配だという感情が、多分に保護者が持つような親愛を含んでいるという事か。
 他愛のない落書きが書き込まれた柱の下。がっしりとした体つきを一人だけ局所地震が起こっているかのように揺らして視線を彷徨わせる様は、恐らく彼をよく知る人間が見れば、指を差して笑うか、さもなければ斜め下を俯いて笑いを堪えるだけだろう。
 それでも彼には、シグルドにとっては、至極真面目なのである。例えその心配が、杞憂に終わるだろう事が予想できていたとしても。
 問題が起きるか起きないか、どちらかという状況は、本人にとっては100%とそう変わりないのだ。

「シグルド先輩?」
「とっ」

 だからこそ見逃された。シグルドの死角から伸びてきた手に、驚いて彼は反転する。つられて彼女も一歩引く。
 お互いに向かい合って姿を確認すると、とりあえずは自分の予想外のものでなかったことにシグルド安堵の息をついた。

「ああ、ティエか……来てたのか」
「驚かせてすみません」
「えっと……」

 未だに少し混乱を引きずっているのか、何を言えばいいのかもわからくなって、シグルドは少しだけ言葉を詰まらせる。
 が、次の瞬間にはもう解決していることだった。

「……先輩」

 ティエはいつもと変わらず、黒い髪に青いリボンを靡かせて、両手を腰の下で組みながらシグルドを見つめていた。
 ただ一つその顔に、春の野花のような明るい笑顔を咲かせている以外であれば。
 感極まっているのか、それとも単に出し惜しんでいるのか言葉にはしていなかったが、その笑顔で彼が一番知りたかったものがどうであったかはすぐに察することができた。
 そして、自然と口にした。

「おめでとう、ティエ」
「ありがとうございます、先輩」

 投げかけと返答で行われるべき二つの言葉のはずだったが、どちらが先に言ったのかは二人にもわからなかった。それでよかった。
 彼らは笑いあった。これまでの苦労と不安と喜びと安堵と、数え切れないくらいの感情を分かち合うように、声はあげないけれども、最大限の祝福と、最大限の感謝を。
 かくして、五里霧中な前途にさんざん悩まされた彼と彼女の個人授業は終わりを告げることになる。

「ここまでこれたのも、全部先輩のおかげです」
「そんな事はないよ。後半の方は、特に順調で、俺なんか何もすることがなかったくらいだ」
「そんな事も、ないですよ――」

 ――否、違った。
 ティエにとっての個人授業が、終わりを迎えたのだ。






「……三日ぶり、か」

 部屋に入ったと思えば思い切りのびをして感慨深げにそう呟く。
 閉めた扉に念入りに鍵をかけて振り返ると、僅かに消毒されたシーツの臭いがシグルドの鼻についた。部屋の中は念入りに清掃された後、誰にも使われていないらしい。

「どうしたんですか?」
「うん? あぁ……なんだか最近ここに来てばかりだった気がするから。なんだか懐かしい気分になってね」
「そういえば、そうですね……私は試験でしたから。でも確かに先輩とここにくるのは、ちょっと久しぶりです」

 柔らかさを確かめるように上半身だけをベッドに乗せながら、ティエは何かを思い出したのか、それとも年甲斐もなくそんな事を言う自分になのか、くすりと笑った。シグルドもつられて笑った。
 二号館、個人のための使用が認められた、小さくはない一部屋。二人は約束を果たすために、祝勝会(とシグルドは言っている)に先駆けてここへとやってきていた。
 試験の前日。ちょうど四日前にティエから申し込みをして、それをシグルドが受けた。試験が無事に終わったら、BFで勝負をするという約束。

「まあ、これで忙しいのも終わり。これからはゆっくりできるね」

 試験は終わったから。
 その言葉は言外に、もうしばらくはこの部屋に来ることもないだろう、と告げているかのようで。

「……はい」

 その言葉に、ティエはただ笑った。胸に一つならずいくつもの決意と想いを秘めながら。
 さて、と自分自身に声をかけるようにして、シグルドは伸びをしていた腕を下ろす。部屋の入り口からベッドの傍へと近付くと、それに反応するようにして、ティエも上半身を起こして立ち上がる。

「服はどうする? 脱ぐのかな?」
「えっと……」

 ベッドを斜めに挟んで向かい合ったシグルドの問いに、ティエは暫くのあいだ、言葉を濁して応じなかった。
 あれこれと考えるように、瞳を上へ横へと向けるティエ。そんなに考える事なのだろうかとシグルドは怪訝に思ったが、それを顔に出すことはなかった。

「その……できれば、服は着たままで。……いい、ですか?」
「ん、いいよ」

 応えて、シグルドはベッドに足を乗せる。
 じりじりと膝で歩くようにして中央に向かうと、そのまま膝立ちの体勢で改めて彼女の方に向き直った。
 ベッドの上から見下ろす彼と、ベッドの外側で立ってそれを見つめる彼女。閉め切られた防音の部屋の中で、時間を報せる時計の音だけが、ちくたくと二人の間を刻んでいた。

「それじゃ、始めようか」

 口元を綻ばせながら、シグルドはそう宣言した。
 特に構えることなく下げた両手、膝立ちの姿勢、表情のいずれからも、何処からでもどうぞ、という彼の意思が伝わってくるかのようだった。それは慈しみと呼んでも間違いではなく、それだけに――不本意に受け取られる可能性も、持ち合わせていた。
 シグルドには一瞬――ティエが誰にも見えないように、口を尖らせたように見えた。

「……いきます、先輩。んぅ……」
「ん、ふっ……」

 それも彼女が飛び込んできたことで、すぐにシグルドの中で幻影となって扱われることになり、掻き消える。
 書き換わった彼女は膝立ちになる彼に合わせるように、小さな背筋をぴんと張って唇を求めてくる。それに応えるべく、シグルドは姿勢を少しだけ屈ませた。

「んっ……ちゅ、ん……先輩、んっ……」
「ちゅる……んっ」

 荒々しさとはかけ離れた、優しくお互いを気遣い合うような、そんな口付け。ほんの少し乾いた唇同士が慰めるように触れ合い、どちらからともなく舌が絡む。
 お互いの間で濡れた舌を絡ませ、愛撫し合う彼らの唇は、すぐに零れた唾液で湿り気を帯びていく。それがまた、キスの感触をより精密に、心地よいものへと導いてゆく。
 そうしながら、先に動いたのはティエだった。――或いは、動かなかったのがシグルドだった。
 腕を身体と身体の間に滑らせて、ゆっくり、ゆっくりと、もったいぶるように少しずつ着衣を脱がせていく。互いに唇を求めながらも一方が為すがまま服を脱がされていく様子は、子が母に甘えるようでもあり、かつ動かない人形を相手にしているかのような面白みのなさも、あったのかもしれない。

「んんっ……ふ、ん、ちゅ……せんぱ、脱がせ、ますね……」

 急くような思いを抑えつけ、様子を窺うようにティエは視線を走らせながら、彼にそう報告してゆく。
 ほとんど無防備宣言が行われている彼の上を脱がし終えると、次は下。入れ替わるようにシグルドの両腕もゆるりと動き、上着を既に脱いでいた彼女の着衣をゆっくりと剥いでゆく。
 零れ落ちる唾液が時折腕を濡らし、伝ってゆくのを感じながら、ティエはかちゃりかちゃりと巧みに封を解いて手を離す。未だ突っ張っていない下半身はその動きを阻害することなく、衣擦れの音と共にベッドに落ちた。
 どちらからともなく唇を離すと、30cmもない距離で、お互いの顔を見つめ合う。お互いの唇を繋ぐように、つ、と懸かって落ちてゆく透明な橋を、舌の伸ばしてティエが掬い取った。

「んっ……ふふ、なんだか、恋人同士がするみたいです」

 素直な感想だった。
 お互いの唇を求め合い、互い違いにゆっくりと、情欲を誘うように、けれど優勢は決まらない。――どちらもそれを取る気がないから。
 ティエの方は、彼が自分の言う事を本当に受け取ってくれているだろうかという、再確認の様子見。
 しかしシグルドはらしくもない受け身の姿勢の中で、わざわざ挑んできながら攻め手を見せない彼女を訝しく思いながらも、ティエがそれを望むならまあそれでもいいか、と見当違いも甚だしい考えを続けていた。そういう姿勢そのものが、彼女の最後の頼みに繋がったのだとは気付きもしないまま。
 だからティエの素直な感想は、裏に拗ねたような、穿ったような、しかし正しいもう一つの感想も持ち合わせていた。そしてそれが、彼女の背中を後押しする。

「そう言うティエは、なんだか随分と興奮してるみたいだけど」
「そんな日もあります……ん、ちゅっ」

 ぴんとそそり立った乳首は隠しようがなく、照れ隠しのように彼女は再び唇を合わせる。そうしながらもシグルドの下着の上から、萎えている彼自身を撫で擦る。
 誰にも知られず徐々に濡れていく、その内股を隠しながら。

「ん、ちゅ……ちゅる、先輩の、熱くしますね……」

 待ちきれず、ティエによってすぐに引っ張り下ろされた下着から、膨らみかけのそれが飛び出してくる。
 彼女はそれを左手で包み込んで、扱くというより撫でるように動かしながら、上に持ってきた右手には今しがたさんざん甘く繋がっていた唇から、混ざった唾液をたっぷりと垂らす。
 そして、包んでいた左手に唾液塗れの右手が加わる。

「ふ、うっ……ティエの乳首、すっかり立って……」

 一方シグルドは彼女の小さな膨らみに手を這わせていた。大きな手でぴんとたった先を時折摘み、優しくこりこりと弄り、掌で擦りあげていく。
 加減はしているものの、それがまた焦れるような絶妙な心地よさで、ティエの表情には朱が差しつつあった。

「ひゃんっ。……先輩、私のおっぱい、小さくて……ぁっ……ごめんなさい」
「可愛くていいんじゃないかな」

 多分、と最後に小さくついた言葉をティエは気にしないことにした。そうでもなければやっていられない。
 気にしないことにした彼女は、両手を巧みに動かして、たっぷりと持ってきた唾液を絡ませるように全体を撫でる。右手と左手を交互に回転させるように動かすと、すぐに彼女にも分かるほど血管が浮き出てきていた。

「先輩の、やっぱり……硬くて、熱いです……」
「ティエのもね」

 と乳首を一際強く摘まれ、ひゃんっと歓声をあげながらも、彼女は両手は離さなかった。
 右手で根元と一緒に玉の転がる袋を優しく揉みながら、左手で促すように鈴口を突くと、ややあってそれに応えたように先走りがとぷとぷと噴出してくる。
 それを改めて唾液と一緒に塗りたくり、いよいよ反り返り始めたその男根を根元から扱き上げると、シグルドが僅かに声を漏らして無意識に腰を後ろへ引かせた。
 両手の力もほんの少し抜ける、その時をティエは逃がさず、身体を一気に沈みこませる。

「おおうっ」

 ……この時、シグルドには感じていたとはいえ、彼女にそうさせないだけの余裕はあった。
 けれども彼はその時、そうする事を由とはしなかった。理由はいうまでもなく、また潜り込んだティエ自身も、それを身に染みてよくわかっていた。
 それでいて、利用した。
 或いは願いのようなささやかな希望も、そこにはあったのかもしれない。

「先輩の、咥えますね……んっ、ちゅ」

 ベッドに完全に腰を下ろし、ぺたんと足を折り畳むように座りこんだティエの小さな口が、いきり立つ彼のモノに近付いていき、唾液をぬらりと照り返す唇が開いた傘に吸い付いた。
 先端を啄ばむように口付けながら、触れて離れる際にちろちろと舌が鈴口を刺激する。それでいて添えられた手が、吐精を促すように根元から奥行きに動き続ける。
 シグルドの手持ち無沙汰に、余った両手で髪を梳いていた。ほとんど無防備に受け続けるそれは、もはや当初の目的の体を為してはいない。

「ちゅる、む、ん……らめぇ、です」
「ん、く」

 思わず座り込もうとした彼を制止するようにティエの左腕が伸ばされ、彼の腰に手を回して支えられる。と同時に、前に動いた彼女は自然、より彼女の口内の奥へとその長大な肉物を迎え入れることになる。
 肉棒を包んでいた右手と左手を組んで、シグルドの腰に巻きつくようにその動きを制止する。――抑止ではなく、制止。
 もごもごと彼女の暖かい唾液に包まれてますます充血し、昂ぶりを見せるシグルドの男。

「んっ、んっ、んくっ、ぇろ、んんんん〜っ……」

 それにますます奉仕を激しくし続けながらも――ティエは目をすっと細めていた。憧れのそれを好きにして、頬を紅潮させ、幸福感に身を包みながらも意識を集中させる。
 目の前のそれに神経を集中させて、ただ彼女は好機を待っていた。目の前の先輩を、そして自分自身をひっくり返してしまうような、そんな好機を。……膝立ちの体勢で、もぐりこむ彼女を上から見下ろすような体勢のシグルドには、それに気付かない。元より役目を終えた彼は、ひょっとすればこれを茶番とすら思っていたのかもしれなかった。
 そして、ティエの喉奥を使った吸引が激しさを増す。

「んぢゅるっ、んっ、んっ、んぽっ、んんんっ……!」
「くぁっ……いい、なっ……!」

 激しい快感に打ち震えて、シグルドの背中が一際弓なりに仰け反る。

「ん、じゅぷっ、んっ……ふぅ……っ!」

 そしてその時、ずっとここまで奉仕のような形でシグルドを責め続けていたティエが――動いた。
 喉の最奥まで叩いていたそれをあっさりと引き抜き、手がシグルドの腰をさらにがっちりと固定して、頭を落として姿勢を低くする。その様は彼女の細めた目と相俟って、隼のような疾さを連想させた。
 快感を叩き込まれていたシグルドは、一瞬それに反応するのが遅れた。そしてそれに反応した後も、彼女が何をしているのか、しばらく理解することができなかった。彼女が姿勢を低くして股の間に潜り込もうとするそれも、或いは玉袋に対する接触なのかと――そう勘違いするほどの呆けっぷりであった。
 しかしティエの動きはシグルドの予想する範囲を超えていた。
 股の間に勢いよく飛び込んだ彼女は、そのまま手を使いながら身体を強引に捻って、ベッドに仰向けになるような体勢へと移行する。ちょうど股を開く彼の下に、滑り込むような形で。
 ――まさか。シグルドが彼女の狙いに気付いた時は、もう遅かった。

「ん、ふっ……くちゅるっ」
「がぁっ……!」

 挿し込まれる。シグルドの致命的といえば致命的すぎるほどの急所に、押し分けるように濡れたそれが侵入する。
 弓形から元の姿勢へ戻りかけていたシグルドの身体が、再び、そして今度は一度目より遥かに強く、背中を引き攣らせながら弓形に身体がしなる。
 シグルドの下半身の後ろ側にティエはしがみ付き、不浄の穴にぴったりと張り付いて離れない。

「か、はっ……てぃえ、それはっ……!」
「嫌ですよ」

 きっぱりと言い放って、ティエは舌を引き抜き、もう一度差し込み、引き抜き。
 今度は菊門に伺いを立てるかのように、すりすりと丁寧に入り口を舌で舐り始める。そのたびにシグルドは強烈な異物感と嫌悪感に身悶えた。

「だって先輩、BFだって私言いました。だからこれは、当然のことですよね?」

 シグルドにとっては、ぐうの音も出ない話だった。
 彼は完全に失念していたのだ。それは彼女にいくつかある中でも最も致命的な急所を知られたことでもあり、彼女とそもそも何をしていたのか、という事でもあった。
 或いは。

「れろ、くちゅ……ふふ、先輩……安心してください。私、こういうのは得意ですから……きっと満足してもらえますよ?」
「くっ……ぐ、はぅっ……」
「先輩のおひり、おいしぃです……ん、ちゅ……ふふっ」

 一舐め、一擦りごとにシグルドの背中の方から冷たい何かが這い上がってくるような強烈な感覚。
 ……或いは、彼女の変化した苛烈なまでの責めそのものが、シグルドにとっての誤算だったかもしれない。

「先輩ってばアナル責められたことないのに、ちゃんと洗ってるんですね?」

 身体の中を駆け巡る電撃的な刺激にまるで思考がまとまらず、シグルドは手足をばたつかせる。否、正確にはそうしようとした。
 しかし彼の身体は力を中途半端に伝えるばかりで、引き剥がすどころか彼はそのままうつ伏せになるようにベッドに埋もれてしまう。
 ティエに掴まれた腰だけが高い位置を保っており、まるで尻を突き出すかのような格好になる。責める側には願ってもないその屈辱的な格好に、しかしシグルドは歯噛みするぐらいしか手がない。

「どうですか……んっ……先輩。私、上手くやれてますか? 気持ちいいですか? ん、ちゅる、ふふ……」
「ぐっ……ふ、は、ぁぁっ……うっ」

 そして本人の自己申告通り、ティエの奉仕は明らかに普通のそれとは一線を画していた。
 丁寧でその実、神経を逆撫でするかのような言葉を繰り返しながら、全く手付かずの状態だったシグルドの不浄の穴を巧みに舌一本で開拓してゆく。
 筋をなぞる様に丁寧に優しく舐め、時に奥に向かって滑り込ませながら、段々と唾液で潤滑がよくなっていくシグルドのそこは、たちまち作り変えられてしまう。
 ただの肉体的急所から、性感帯へ。

「ふふ……いいんですよ、先輩……可愛いです。感じてください」

 未知の快感にぴくぴくと手足を震わせながら悶えるシグルドに、ティエもまたこの上なく劣情が高まっていくのを感じていた。
 先輩がお尻に張り付かれて、ただお尻を捧げながら、完全に脱力した手で、破瓜の痛みを堪える女の子のようにシーツを掴んでいることぐらいしか出来ない。憧れのヒトを組み伏せる、倒錯した暗い悦びが抑えられず、彼女は秘所をまた汚す。

「先輩のお尻は、私に崩されるために今まで護られてきたんですから。……ん、ちゅっ……ふふ、きっとそうですよ」

(悔しいっ……! だが……くっ!)
 彼がそう思っても、得体の知れない感覚はすでに侵食するかのように脳に達して、身体が置いていかれるかのような浮遊感に必死で堪えることしかできない。
 さっきまで前に奉仕していたティエとは打って変わって、尻に執拗に張り付く彼女の責めは苛烈という他はなかった。
 舌の動き自体は優しく、解すような動きをすることも多いが、相手に合わせた加減というものが一切そこには介在していない。
 それは正しく、蹂躙と呼ぶに相応しかった。

「先輩、少しは抵抗してくださいよ……んっ。こんなにお尻を突き出して……ほら、お手手で扱いちゃいますよ?」
「てぃ、えっ……」
「油断した先輩が悪いんですよ。私がちゅぱちゅぱしても平気な顔して……そんな先輩は、お尻弄られて出しちゃえばいいんです」

 やけに饒舌になったもんだ――と、現実と危うく切り離されそうになる紙一重の意識の中で、シグルドはそんな事を思う。一体、何だっていうんだ?
 舌一本で組み伏せられている悔しさと、後背から伝わってくる未知の快感と、それをしているのが自分のよく知る後輩だという驚きが混ざって、完全に混乱していた。
 混乱したままでしかし、アナル責めで完全にトばされているシグルドの意識の外で、無関係に下半身の滾りだけはノンストップで外気へと向かって進行してゆく。

「せんぱぁい……ん、ちゅ、今どんな顔してるんですか? アナル気持ちよくて、仕方ないですか?」
「あ……ぁ……う、くそ……」
「それじゃ……そろそろいきますよ?」

 駄目押しのように、湿り気を帯びた菊門の中をさらに深く、ティエの舌が侵入してゆく。まるで歓迎するかのようにあっさりと、シグルドの肉を掻き分けていく。
 まるで味を覚えさせるかのように、ねっとりと、じっくりと肛門の中を舌全体が蹂躙してゆく。そのたびに目の前にある引き締まった下腹部と、大事な部分を扱く左手にぴくぴくという震えが伝わって、ティエは心が躍ってしまう。興奮を抑えられず、口元を吊り上げる。
 直腸を掻き分け、前立腺を刺激する舌の動きが激しくなった瞬間、シグルドの意識は宙を跳ねた。

「は、く、っ……!!」
「んー……じゅる、んぷ……ん、ふふ♪」

 弾ける様な感覚も、噴き上げるような熱のそれもなかった。
 ただ意識をどこともいえぬ場所へやりながら、シグルドは静かに、しかし本人にとっては狂ってしまうような苛烈な刺激の中で絶頂を迎えていた。
 こみ上げた熱の塊は勢いよくは噴出せずに行き場を失って、強烈に反り返ったその肉棒からぼたぼたと零れ落ちてくる。それをくすくすと微笑みながら、添えた右手でティエが受け取った。

「出ちゃいましたね、先輩……お尻で初めてイッた感覚は、どうでした?」
「く、ぁっ……」
「……ごめんなさい。まだ全部出てませんでしたね。くす」

 そう呟くと、脱力して倒れこみかねない彼の身体を支えながら、左手で竿をゆっくりと、しかし強く搾るように扱いていく。
 その動きに触発されたように、ひくひくと震わせながらさらに精液を落としていった。決して強く噴き上げず、彼女の右手に落ちていくその様子は射精というより吐精と呼ぶに相応しい。
 吐精が終わるまではしばらくの時間を要し、その間にさすがのシグルドも、意識をゆるゆると取り戻してきているところだった。
 その様子を見て、ティエは両手を離してシグルドを解放する。

「……ぐ、うっ……」

 未だにはっきりした力が戻らないのか、時折掌で握っては開く作業を繰り返す。しかしそれでも、いち早く自分を取り戻したのはさすがというべきか。
 ベッドの上で悶えるだけだった上半身を、ようやく両腕を使って起こす。たった一度の射精だったが、色濃い疲労が残されているのは疑いようがなかった。

「くっ……」

 やられた。どうにかこうにか悪態を飲み込んで、シグルドはその場で深呼吸をする。
 気分は良くない……というより最悪に近い。さんざん未開発の尻穴を容赦なく蹂躙されて、頭の奥に残る痺れはまだ取れていなかった。それがまた思い出したように手コキと合致して、甘ったるいものになるのがまた悩ましい。
 無理矢理それを追い出すように頭を降ると、彼は必要以上に尻を気にしながら、庇うように視界を回転させた。
 そのままほぼ半回転したところで、仰向けになりながら上半身だけを僅かに起こすティエが、その視界にとまる。

「先輩」

 いつものように可憐で、それでいて堪らないほど淫蕩に、ティエはくすりとシグルドに笑いかける。右手にたっぷりと溜めた精液を、わざわざ見せ付けるように口に含んで嚥下する。
 そんな彼女の様子は、それは彼が知る限りの彼女とはまるで違う生き物のようだった。
 いや、今だけではなかった。不意をついて背後に張り付く彼女も、答えられない事を知って追い詰めるように喋る舌も舐める舌も振るった彼女も、明らかに様子が違う。何が? ……もっといえば、彼女が試験に落ちたあの日以降から、そうだったのかもしれない。

「なんだか、随分やられたな……」
「やだ、そんなに怖い顔をしないでくださいよ……先輩。私は気持ちよくなって欲しかったんですから」

 こんな喋り方が出来るような子だっただろうか? 見透かしたような台詞に、不思議と苛々が募っていくのがシグルド自身でも分かった。どうなっている?

「それに、私……ほら」

 彼女は既に、スカートも下着も取っ払った姿で、彼を待ち受けていた。
 笑いかけるティエは仰向けになって肘で上半身を支えながら、その身体を、その秘所を、誘うように両足を開いてシグルドに見せ付けてくる。
 全体的に凹凸の少ない、目にあまり楽しくない流線型を描くその身体で、だからこそ蜜に溢れたその部分は嫌でも目をひきつけた。既に抑えきれずに溢れだし、洪水を起こした蜜が彼女の太腿を伝って波乱している。
 彼女が右手に摘んだ下着を搾るように握ると、じゅぷりと空気が抜ける音がして、粘液が指の隙間から零れ落ちてゆく。

「もう、我慢できないんですよ……先輩。先輩の、それ……頂けませんか」
「本気で言ってるのか……言ってるの?」

 ともすればうわ言のように受け取られかねないほど不安定な声色でシグルドを呼ぶティエの表情は、湯気が出ているのではないかと錯覚するほど熱で浮かされていた。
 せっかく握り込んだ主導権を手放すかのような彼女の不可解な行動に、シグルドは眉をひそめる。

「もちろんですよ。先輩……私も気持ちよくなりたいですし、先輩も気持ちよくなりたいですよね。で、射精しちゃいましょう。……ふふ」

 そんなシグルドの思考とはお構い無しに、ティエは誰が見ても無防備な状態で秘所を晒していた。蕩けるような一時を待ち望んでいるかのように、ひくひくとその割れ目の奥を蠢かせる。
 くちゅくちゅと自分の指でかき混ぜるように興奮を煽る彼女に、それ以上ただ見ている事を、シグルドの猛りつつある感情は許さなかった。
 その中には恐らくは、ティエに対して不意を突かれて急所を取られたとはいえ、一方的な不覚を取った悔しさと、怒り。そして行動を支える自信――正面切っての勝負であれば負ける道理はないという自信が、彼を突き動かす。
 あるいはなければ話にならない状態。果敢に、勇猛に、しかしそれは勝負というものに挑むにはあまりにも激情に振り回されすぎた。
 その鍛え上げられた身体で、勢いよく覆い被さってくるシグルドに対して、ティエは、

「なら、望み通りにっ……!」

 煌々とした瞳を見せて、薄汚れた歓喜の声を抑え込んで、ただ一度、嗤った。

「あっ、ひっ、やぁああん……っ!」
「くぅ……!」

 その表情も、硬い杭を打ち付けられる快感に歪まされてたった一時も許さずに消滅していった。
 仰向けの状態で迎え入れるティエは、シグルドが自身を打ち込む際にも一切抵抗をせずにそれを受け入れる。男が上、女が下、正常に行われた結合部は溶岩のように溢れる愛液がずぶりと音を立てて零れ落ち、或いは諸手でその尖塔を大歓迎した。

「あは、ぁ、いつもより、ずっと大きいぃぃっ……先輩、私を千切る気ぃ……です、か、はっ」
「それを望んだのは、ティエの方だろっ……濡れすぎっ」

 粘膜が柔らかく包み込み、小さな身体に見合った狭い膣内に備わった無数の襞が、それを分け入って進む肉の塔を舐め回し、快感を引き出していく。
 ぴったりと肉棒に張り付いて離さないものの、とうの昔に決壊を起こしていたティエの膣内は溢れるほどに愛液がプールして、肉体的に進行を妨げるようなことはない。ただ、抵抗によって起こる快感だけが直接響く。
 お互いの腰の動きに反響を繰り返すかのように、快感は強くなり大きくなって、双方に流れ落ちる。

「ほらっ、これで……くっ、どう……あ、くっ」
「先輩ぃ、凄いです……あっ、予想してたの、にぃ、もっとすごっ……!」

 少し前にはたっぷりと含んでいたはずのティエの余裕も、あっという間に消し飛んだ。
 尻穴を犯された脱力からいち早く立ち直り、攻撃態勢に移ることができたのはさすがというべきか。
 やや力任せに、叩きつけるように行われる正常位からのストローク。突き込まれ、膣口の一歩手前まで退き、押し込んでいく。
 ティエの、そしてシグルド自身の呼吸も待たずに愛の溶岩の中を貪るように砕いて進む肉の塊は、ノンストップで快楽を引き込んでゆくのだ。
 さすがに主導権を手渡したとはいえ、これもティエには泡を食って悶えた。激しい上下運動に合わせるように腰を動かすことは難しく、表情がみるみる蕩け、だらしなく開いた口腔の中から透明な唾液が漏れていた。

「あっ、あっ、んんっ、ぁんっ、く、やぁんっ!」
「どうした、ティエ……っ、く、もう、終わりか? 終わりなのか?」

 嬌声をあげ続けるティエに対して、ここぞとばかりにシグルドが突き動かす速度をあげていく。
 身を捩って悶える彼女を下に敷くことに征服感をおぼえながら、腰の後ろを引き絞って快感を抑え込みながら、角度を変えてがんがんと打ち付けていく。
 されるほうの征服感に脳を蕩けさせ、焦点の合わない目をしながら、しかしそれでもティエは意識をまだ手放してはいなかった。まだ彼女にはイくことが許されない理由もあった。

「終わりぃ……っなわけ、ない、じゃないですか、あっ、んっ」
「じゃあ、何をするっていうのかな? ……ん、くっ、ふっ……!」
「こう……、こう……あ、ふっ、あっ」

 何度目かの単調な、それ故に強力すぎるピストン運動によって肉塊が奥に叩きつけられる瞬間、彼女の臀部が弧を描くようにベッドの上で跳ねる。
 全く予想と外れた角度から、打ち出された杭は奥に着弾してお互いに身体を震わせ、苦悶とも呼べるような快感に表情を歪める。
 ――それでも、その予定外を計算に入れている分だけ、硬直から解けたのは僅かにティエが早い!
 シグルドも百戦錬磨といっても過言ではない男である。再び感覚器官が元の動きを果たすまでの時間は彼女よりよっぽど優れていたが、それでもタイムラグを埋めるほどではなかった。

「こう……するんですっ!」

 逆手にシーツを掴んで堪える、鉤のような役目しかしていなかった彼女の腕が、鞭のように科って彼を捉える。
 彼の後頭部を掴むと、そのまま彼自身を沈ませて、同時に懸垂のような要領で身体を起き上がらせて、二人の顔が衝突した。
 否、密着した。

「んっ……ちゅ、る」
「……っ! ん、くっ……」

 正常位の状態で、二人は唇が重ね合う。
 一瞬何が起こったか分からなかったシグルドも、すぐに彼女の舌を迎え入れて、迎撃する。惜しむらくは、彼の予想がやや追いついていなかったこと。

「んっ……く、ん、ふ、ちゅる……んっせん、ぱぁ、い……ふふ、ん」
「く、ん……ちゅ、ぴちゅ、る……」

 シグルドの口内の空気ごと飲み込もうとするかのように舌が暴れ、唇はより強く吸い付いてくる。離そうと思っても、既にしがみつかれてしまって困難だ。
 ベッドに上がった時の、お互いを慈しむような口付けとは同じものと呼ぶのもおこがましいほど、その舌技は積極的で、かつ攻撃的だった。

「んっ……くちゅ、ふふ、先輩……蕩けて……んっ、ふ」

 艶かしくずるずると這い回る舌は、彼女の天賦と努力、そして妄念と呼ぶに相応しい岩を穿つ一念で形作られたものだった。彼女が隠し通した札の一つ、局所戦を挑む頼りの一つ。
(く、こんなっ……! 隠していたな……舌の動きが、蛇かよっ……!)
 抵抗を続けるが、さしものシグルドもその口芸に勝とうというのは無理があった。露骨に狼狽した心理を見破るかのように、より強くティエの濡れた唇が吸い付き、舌を巻き取って責め立ててくる。
 口内を舐め回され、酸素ごと口腔内のものをあらかた略奪されてしまう。それでいて、ティエはまだまだ離す気がない。当然だった。
 彼女にとっては逃がさないように後頭部の腕に力を込めながら、徹底的に叩いて叩いて、叩いて、舌で陵辱するのがはっきりした勝ち筋なのだから。

「く、りゅ……」
「ん、く、ちゅ……む、ふ、せんぱぁい……んっ」

 甘ったるく、媚びるようにくぐもった声を出すティエに、しかしまだシグルドは死に体になったわけではなかった。
 局所戦を挑んでくる舌の動きを神経を集中させて受け止めながら、ほとんど止まっていた腰を持ち上げていく。
 舌技で負けようが、抵抗だけして他で潰せばいい。ほとんど条件反射によって、シグルドは腰を持ち上げていく。そしてそれは実際正しい。
 しかしそれを実行に移そうと、押し込もうとした瞬間――シグルドの裏側に、触れるものがあった。

「……っ!」

 柔らかくも硬い何かが触れ、ぐりぐりとその表面で無理矢理皮膚を抉じ開けるように抉ってくる。
 それはティエの細い足だった。
 伸びた足がシグルドの腰に絡みつき、腰を自身で押し込むかのように力を入れてくる。
 本来ならば問題はなかった。そんな事をされても、それがシグルドであろうが誰であろうが、完全に抵抗力を奪われていない限りは、或いは余程相手の女性が怪力でない限りは。
 しかし、今のシグルドには駄目だ。シグルドには――

「ふふ、先輩……だめですよっ」
「く……っ! こんな、ことでっ」

 ――ついさっき弄られ、狂わされた、魔性の穴の記憶と、その後遺症がまだまだ残されていたのだから。

「ふふ……気になっちゃいますか? また入っちゃうかもって」

 ティエの踵部分が、シグルドの尻の割れ目をなぞる様に動くだけで、たまらず彼はきゅっと尻を絞るように引き締めてしまう。
 尻を踵で擦られる、本来何でもないようなことなのに、今のシグルドにとってはそれがこの上なく集中を阻害し、体を弛緩させる。連鎖反応のように次々と体の力が抜けてゆく。

「せんぱいぃ……駄目ですよ、余所見は……ふふ。ん、ちゅっ」
「く……ふぁ、ん、んんっ……!」

 ティエはくすくすと、可愛らしいものを眺めるように微笑む。
 そこにきて、蕩けさせるような接吻が再開された。再びティエの卓越した舌技が、彼の口内を蹂躙しようと唇の間を抉じ開けていく。ただしさっきと違って、シグルドにはまともに抵抗することが出来ていない。
 一方的に無抵抗な口腔を舐め回され、マズイとは思いながらもそれをどうにかするだけの方法を持たない。そのなんとかしなければという考えも、彼女の激しいキスに一掃されてゆく。

「んっ、ちゅる、んっ♪ ふむ、るちゅ……ふふ、先輩がやらないなら、私、自分でやってあげます」
「なめてやがっ……ぐ、あ、待っ……!」

 上半身の筋肉ごと溶かされるような接吻を受けて、とうとう彼女の唇に完全に主導権を奪われる。傍目にはティエにかき抱かれるような体勢へと、二人は移行していた。
 支配権が移ったのは上半身だけではなかった。舐め蕩けさせる舌の動きはそのままに、蜘蛛のように絡みつくティエの足が強引にシグルドの腰を動きを促す。
 ぎりぎりまで粘っていたが、最終的にシグルドがそれに抗うことは出来なかった。ほとんど死に体同然になった彼の力では。

「……これで蟻地獄の完成ですよ、先輩。もう逃がしませんから……」
「ぐ、こんな……」
「蕩けさせちゃいますから、気持ちよくイッてくださいね……んっ、ちゅ」

 激しい情熱的な、それでいて包み込むようなキスを続けながら、彼女の両足が動いて完全に下半身を制圧する。一度蕩けさせられた感覚は戻らず、無理矢理促すようなピストン運動に反抗する術がない。
 蟻地獄。
 彼女が形容した通り、それは到底逃げられるようなものではなかった。少なくとも今のシグルドでは。

「ぁっ、ふ、ぁん、感じちゃいます……先輩も気持ちいいですか……?」
「あっ、くぁ、うっ、ああぁっ……!」

 シグルドの反応を特等席で楽しむ彼女は、実に楽しそうな笑顔を見せている。
 お互いに杭を叩きつけ、襞を擦り合わせていた先程までとは明らかに異なり、ティエが完全に全ての時機を掌握してしまっているのだ。
 当然、なす術のないシグルドは一方的な快感を享受するしかない。
 彼女が望んで与える、快楽を。それが全て。

「先輩、すてきです……ここからだと、よく見えます。その顔、かわいい……ふふっ」
「ぐ、ああっ!」

 彼自身を全て舐めしゃぶられるかのような襞の蠢きに誘われて、完全にタイミングを合わせて動かされる二つの腰に叩きつけられて、どうしようもなく彼は昇天へと導かれていく。
 袋の奥から、白いマグマが押し寄せてくるのを止められない。それは確実に先端に向かって打ち上げてくる。徐々に、徐々に。
 一方的に主導権を握られた状態では、その僅かな悠長さはシグルドにとって気休めにもならなかった。むしろ、却って気が狂いそうな快楽を強めるばかりで。

「……あぁ、先輩ぃ……」

 ティエはまた、シグルドを支配するその感覚に、心が飛び上がってしまいそうなほど興奮していた。知らず、口の端から零れ落ちる唾液を拭うのも忘れて。

「くっ、う、あっ、や、くそっ……」

 時おり快感を堪えきれずに声を漏らすティエだったが、自分の腰と相手の腰を任意に動かす彼女のそれは、あくまで自慰のようなものだ。どちらがより追い詰められるのが早いかなどというのは、火を見るよりも明らかなことだった。
 悔しさを顔に滲ませながらも、シグルドにはどうすることもできない。甘い甘い接吻に体の力を完全に奪われて、下半身は快感を享受し始めている。ほとんど感情任せに突っ込んでいたのも、今になって無理がきていた。
 怒りは最も強い感情の一つ。それが混じった、勇猛とも無謀ともいえる突進を仕掛けていたシグルドは、自身に跳ね返ってくる快感まで計算に入っていなかった。
 怒りは最も短い感情の一つ。波が引いてしまえば、打ち上げられた魚のように残されているのは、確かに蓄積された快感ばかりで……。
 シグルドは、自身を罵倒しながら快感に喘ぐ他はない。
 ティエに全てを知られた状態で、無駄な抵抗すらできずにそうしているしか。

「んっ……すごく、きてますね、先輩……いいですよ……くださいっ」

 唇を離したティエの、ぐいぐいと押し込むように動く足のが勢いを増してゆく。強制的に挿入させられる腰を迎え入れる、タイミングぴたりの腰の動きが激しくなって、桁違いの快感が叩き込まれる。
 あまりといえばあまりの屈辱的な状態が、却って余計にその快感を増幅してゆく。
 中でたっぷりと濡れそぼった襞が一際強く吸い付くようにシグルドに絡まって、射精を促すように擦りあげていく。
 シグルドの、快感とそれ以外のもので閉じかけている瞳に、ティエの表情がはっきりと映り込んだ。彼女は恍惚としながらも、ただ犯される彼を眺めながらたっぷりと淫らに、そして優しく微笑んだ。
 この上なくみっともない顔を眺める、後輩。自分が見下ろしているはずなのに。ティエその人は確かにその時、彼を見下ろして、それでも情けない誰かを許すように、それが嬉しいとでも言いたいかのように――微笑んでいた。

「きてっ、きて、せんぱぁい……熱いの、私に注いでくださいっ」

 奥の奥からポンプに送り出されるように精液が上り詰めて限界を迎える、その瞬間。
 ――シグルドの中の何かは、確かに音を立てて砕け散った。

「く、あああああぁぁぁっ!!」
「ひゃ、あっ……♪」

 一度目の不発弾のように吐き出された精を塗り替えるように、二度目の射精は激しいものだった。
 最奥まで突き込まれたそれが歓喜をあらわすかのように打ち震えて、中身を勢いよく噴出してティエの膣内を真っ白に染め上げていく。
 意識しているのか定かではない、ティエのじりじりと動かされる臀部に従って、淫部にある無数のおうとつが搾り上げるかのようにそれを刺激し続けていた。

「はふ、出ちゃってます……先輩、先輩ぃ……」

 熱い吐息を宙に吐き出すティエの視線は、まるで定まっていなかった。
 火傷してしまうのではないかと錯覚するほどの精を叩き込まれて、絶頂を迎えたかのように恍惚とした表情でぶるぶると全身を震わせる。
 小さな体を震動させて悦楽を享受する彼女の姿は、例えようもなく淫らで、美しいものだった。

「こんな出されたら、孕んじゃう……ふ、ふっ」

 全身を満たす幸福感に浸って、ティエは上と下の両方から、鈍く光を返すその透明な液を零し続けていた。

「……く、っ!」

 長い長い射精が終わり、どうにかこうにか立ち直ったシグルドが、打ち震える彼女から逸物を勢いよく引き抜く。
 名残惜しく後ろ髪を引くように微細な刺激が表面を擽り、彼はたまらず呻き声を漏らし、彼女はまたその刺激に改めて背中を僅かに反らした。

「いっぱい……ふふ、出ちゃいましたね」
「……」

 呟く彼女の秘裂から零れ落ちてきたのは、愛液か先走りか精液か。
 それら全てが混ざって、小さな彼女のそこに入りきらなかった分が次々と溢れ出して、躊躇うことなくベッドを汚してゆく。
 引き抜かれた秘部の奥では肉の粒々がひくひくと脈動していて、未だに物足りなさそうに何かを求めているようだった。
 彼女は気だるげに身を起こし、逸物を引き抜いて距離を取っていたシグルドの方を見やる。
 さしもの彼も疲労のためか、興奮のためか、行為の後も隠し切れない荒い息をつきながら、座った姿勢で顔を俯かせていた。

「……どうでしたか? 先輩」

 笑顔で問いかける彼女に応えるように、ゆっくりとシグルドは顔を上げる。
 ぎらぎらとした獣染みた光を湛える二つの点が、今までまるで姿を見せていなかったそれが、ティエを射抜くかのように鎮座している。
 ――燃え上がる。
 ティエはアナル責めで完全に殺した時よりも、強制ピストンで彼を昇天させた時よりも、遥かに強く身体の中心から高揚感が湧き上がってくるのを理解した。

「やられたよ、全く」

 一度目の射精の後とほとんど同じ台詞を呟く彼は、しかし全くその様子が違っていた。
 尻穴と唇と、度重なる責めで手足を脱力させているものの、倒れこみそうな身体を、あるいは他の何かを支えるように固く拳を握りこみ、ベッドの上に埋めている。
 そう、完全にやられたのだ。
 一度目は不意打ち、なら二度目は? そもそも一度目ですら言い訳なんてものは通用しない状態だった。一度ならず二度、無策で無様を晒した自分をシグルドは殴りつけたくなる衝動に駆られた。一体自分は何をやっていたのだろう? こうもあっけなく手玉に取られて、とんだお笑い種だ。未熟な癖に、俺は。
 何より――前提が完全に間違っていた。

「……気持ちよかったですか?」
「それはもう。変わりに嫌な気分だが……まあそれはいい。おかげですっきりした」

 シグルドはどこか不真面目であったと言っても、過分な言い方ではなかった。彼女が申し込んできたBFに対しても、卒業記念の写真程度のようなものとしか扱っていなかった。
 呆けたのだろうか自分は、そうシグルドは自問する。そもそもまともに受け取らないのがどうかしていたのだ……後輩が意を決して真剣に伝えてきたその勝負を。優しさですらない、挑んだ彼女に対する失礼千万極まりない。いつまでも頼りない後輩に、ろくすっぽ自分は省みない癖して教唆しているつもりだったのかもしれない……そんな、とんだ思い上がり。礼儀知らず。
 慙愧の念に囚われそうになりながら、しかし彼は鎖のように絡みつくそれを振りきって、目の前でただ何かを待つように佇んでいるティエに向き直る。彼女は確かにその時、彼の言葉を待っていた。

「悪いな、ティエ」
「いえ。……いいんですよ? 先輩。あのまま悶えてくださっていても」

 心にもない事を言うティエに、シグルドの瞳の中心部で揺れる光がきゅっと絞られた。
 優しげに状況を見守っていた瞳は餓虎のようなぎらついたものへと変じ、疲労に悩まされながらも手足は敏感に彼の意思を汲み取ってシーツの僅かな動きと空気の流れを伝えてくる。何もかもを見逃すまいと、全身をぴりぴりと神経が交差していく。
 今までとは打って変わって、集中が鞘から抜き放たれた倭刀のように研ぎ澄ませられている。つまり――本気になった。

「それはもう取り止めだ。ここからは、ティエ……お前が悶える番」

 ごくり、と唾を飲み込むティエのボルテージが今まさに、生涯において最高潮に達していた。
 狂おしいほどに乞いて、欲して、求め続けたものが今ここにある。彼女の中で約束の域にあったアナル不可侵の約束さえ破り去り、さんざん勿体ぶった真似をしてまで求めたものが。
――ああ、先輩が、先輩が、私を見て下さる……
――ティエを見て下さる!
 尖った光を放つその瞳に自分が映っていることを確認するだけで、ティエはたまらなく恍惚となってしまう。呼吸は荒ぶり、どくどくと全身を流れる血の脈動が全身に歓喜を伝えて、秘裂からはたまらず興奮の証が零れ落ちる。
 たまらない、たまらない、堪らない――けれども、それだけで満足することも、やはりなかった。
――ああ、せんぱい、せんぱい。そんなすてきなせんぱいをたべてしまったら、どんなにきもちいいのでしょう? どれだけきもちよくできるのでしょう?
 ずぶずぶとベッドを汚していく愛液。底なし沼のように蠢き、愛を零す彼女の膣内のように、また彼女自身も貪欲だった。所詮通過点であったとはいえシグルドを組み伏せる二度の時、それは確かに彼女にとってたまらなく薄暗い悦びを齎すものには違いなかった。
 止まらない妄想に、唇の端を軽く吊り上げる。

「言うのは、構いませんけど……悶えるのは、やっぱり先輩の方ですよ」
「言ってろ、後輩」

 吐き捨てるように言ったシグルドの視線が、ティエのそれと交錯する。
 互いの視線を合わせた二人は、そのまま逸らさずに瞳の色を窺いながら、どちらもそれ以外の何かを探ろうとしているかのようだった。
 拳を握っては開くシグルド。爪あとがくっきりと残った手の平は、もう震えが収まっていた。

「いくぞ」

 気合いを入れるように一息つくと、お互いにベッドに座り込んで対峙した状態から、シグルドは体のばねを使って一気に彼女との距離を詰める。
 ふらふらと不規則に揺れながら回り込もうとするティエの右肩を先に押さえ、ほとんど肌蹴て役割を果たしていない服の間の、小さな胸に手を伸ばした。

「ひゃ、んっ……先輩のへんたい、小さなおっぱいなんてっ」
「自分で言ってて悲しくならねえのか? それ」

 下は洪水、上は大火事状態のティエであったが、下ほど淫乱ぶりを発揮していないものの、その僅かな膨らみにある突起は十二分に彼女の興奮を現していた。
 僅かについた脂肪を下から集めるように持ち上げて、強めに揉みしだかれながら捏ねられると、彼女は可愛げのある声をあげて彼を誘う。
 お互いに背後を取ろうとするもののさすがに上手くはいかず、ティエは手を回すようにしてキスをねだるように唇を向けていった。

「ん、ちゅっ、んっ」
「ん〜……ふっ、息が荒いぞ、ティエ」

 しかし啄ばむように口付けると、彼女がそれを本格的に押し付けてくる前にシグルドのそれは離れていってしまう。
 追いかけようとするティエには乳首からきゅっと強い刺激が加えられ、彼女は不満げな顔をしながら瞬きをした。
 その隙を突くようにして今度はシグルドからティエに唇が押し付けられる。しかしティエが素早く舌を伸ばしても、それが歯に到達するより早く逃げてゆく。

「うぅ……はぁっ、先輩っ、キスしましょうよ、キス。蕩けましょうよ……」
「俺の気が向いたらな」
「酷い……」

 拗ねるような泣き崩れるような、それでいてどこか似非っぽい声でティエはくすん、と鼻を鳴らした。まあ、実際それは似非なのだが。
 唇で追いかけるのをとりあえず諦めたティエは、そんな声をあげている間にも彼の怒張へと手を這わせる。手首ごと包むように位置させると、彼女の熱い吐息がシグルドの顔をくすぐった。

「先輩、あんなに出したのに……全然元気ですね?」
「お前がエロいからなっ」
「ありがとうございま、ひゃんっ、ん」

 お互いに片方の手で。一方は胸の頂点にある充血した乳首を手の平で押し潰すように刺激して、一方は手首を利かせて回転を加えながら複数の淫猥な粘液が混ざり合ったそれを擦りあげる。
 もう片方の手は二匹の蛇のように絡みつきながら、隙あらば相手の縄張りを奪ってやろうと丁々発止を繰り広げていた。
 このままだと我慢比べだ。
 それはどちらにとっても、避けたいことで……お互いに様子を見合った後、先に動いていたのはティエだった。

「でも、先輩……それは元気でも、こっちは……どうですかっ」
「っ!」

 二人の間に一人分ほど開いていた空間に、滑り込むようにしてティエがさらに体を寄せる。近付いてきた唇に警戒して避けようとしたシグルドの胸部分に、不意をうって頭を押し付ける。一際強く、彼のモノを捻るように刺激しながら。
 問題ない、踏みとどまれる。……はずだった。
 しかしシグルドの意識が思い描いたようには体が働かず、彼女が頭から突っ込むように体重を乗せると、後ろからベッドに倒れこんだ。

「ふふっ……やっぱり、疲れてますね」

 舌打ちして対応しようとする彼に、すかさずティエが全体重をかけて圧しかかった。
 仕方なく、とりあえず最も考えなくてはならない大問題を防ぐためにシグルドは止むを得ず脚を固く閉じた。体勢を戻すのが難しくなるが……。

「必死です……先輩。そんなにお尻を弄られるのは嫌ですか? ……可愛いのに」

 悲しげな、それでいて可笑しさを堪えたような奇妙な表情を見せるティエに、シグルドはじと目を向けて、言った。

「……お前、今日の借りはいつか三倍返しで突っ込んで泣かせてやるからな。それだけは! 覚えとけ」
「……んっ……楽しみにしてますね♪」

 押し倒した彼女の腕はより自由度を増した。視線は彼に向けたまま、反り返ったモノを今度は縦運動でゆっくりと、しかし確実に昂ぶらせるように刺激する。
 一方のシグルドはさすがに疲れがある。隠せないほどというわけでないものの、頭の中で結んだ像を上手く形にできない体に苛つきながら、仕方なく体の間に手を滑らせて、変わらずそそり立つ乳首を虐めた。
 そうしている間にも、じりじりと迫ってくるものがある。

「先輩……せんぱぁい……ふふ」
「……」
「溶け合いましょうよー……めろめろにしますからぁ……せん、ぱい」
「やかましい」

 気まぐれな猫のように顔を擦りつけながら、艶々とした唇を上半身に這わせてティエは執拗にキスをねだってくる。シグルドはそれを苦々しげに袖にし続ける。
 が、押し倒された状態でいつまでも拒んでいるわけにもいかなかった。追い詰められるのを待っていれば余計に逃げる場所を失いかねない。そしてそれをティエはそれを分かっているのだろう、意地悪く微笑するのだ。
 歯痒く思いながら、シグルドは仕方なくそれに応じることにした。

「ん、ちゅ……ふ、んんっ……ぷは、ぁ」
「れろ……む、ん、く」
「ふふ……♪ はぁ、ふ、ん、くちゅるぅ……」

 絡みつく舌。吸い付く唇。
 シグルドが覚悟していたはずのそれは、二人の燃え上がるような興奮がそうさせるのか、それとももっと別のものによるものなのか、先程より遥かに熱く、そして甘かった。
 蛞蝓か蛇か。ティエの舌はどんな例え方にも当たらないほど不可解で、自由で、淫らに、先程よりも遥かに熱く、だからこそ更なる熱を貪欲に求めるように目の前の口内へと向かって侵入する。軽々と抵抗を打ち破って進行していく。
 彼女もまた口内を弄り回すことに堪らなく悦びを覚えているのか、その甘い遊びを夢中になって続けていた。

「ぷはぁっ……ん、先輩……ふふ、良さそうですね」
「く……ッ」

 下半身を撫で回す左手と、どっちがメインなのかわからないほどあまりにも強烈で甘美な、顎が外れるかと思うほどのキス。予想を遥かに超えて成長するそれに、シグルドは舌打ちしようとして、碌に動かなかった。
 冗談じゃねえぞ、とシグルドは思う。まるでさっきと焼き直し……いや、もっと酷い。これで負けましたなどというオチがつくなど、個人的に断じて許されるわけがない。

「ん、ぷぁっ……ん、ちゅる、ふっ……」
「んんんっ……」

 抵抗は無意味ですよ。
 そんな風に言いたげに、ティエの舌が歯の一本一本を、訪ねるようになぞりあげる。さっきのように力を奪われているわけではないのに、シグルドの抵抗は全くの空振りである。
 ――耐えるしかない。少なくとも今は。
 反撃できるようなものではない、局所を制するだけの一芸ではあったが、それにしてもあまりといえばあまりな技量差。――シグルドが不甲斐なく見えてしまうほどの。

「ぷはぁっ……ん、先輩……好きですよ、先輩の……おいしぃ……ふふ、ふふふっ」
「……は……ふっ、不気味な笑い方だな、ティエ」
「あ、ひどい……でもいいです。先輩が相手だと、どんどん自分が自分でなくなっていくみたい……」

 あるいは勝負が始まった時から、ボルテージの自己限界を更新し続けている、ティエの狂おしく吹き荒れる情熱によるものだったかもしれないが。
 今のティエの様子を見れば、まともな人間なら誰もが病院に行く事を薦めるであろうほど、揺れる瞳も、色めいた息を繰り返し吐き出す唇も、何がなんだかわからないほど染まった頬も、全てが狂気に片足を突っ込んでいた。

「それじゃ、もう一回……んっ」

 だからこそ、最後の最後にティエは見逃した。
 ――失点を防ぐシグルドの、粗暴なまでの瞳が薄れてはいないこと。
 これ以上待つ事はできない方が、これ以上ないタイミングで、体をバネにしたように上半身を跳ね起こす。その動きに、一拍遅れてティエの表情が驚愕に変わる。
 それを交錯するようにすり抜けて、その下にある陶磁のような滑らかな首元に唇を這わせた。

「んっ……ふ、くっ……」
「ん、あっ……ひゃ、んっ……!」

 予想していなかった場所を突然湿った感覚に襲われ、不意を突かれてティエは矯正をあげた。
 ここしかないとばかりに、シグルドは胸に添えた片手で思い切りよく先端を摘み上げ――こりこりと潰すように刺激した。今までさんざん刺激されていた胸の最も敏感なところを弄られ、ティエは堪えきれず悶える。

「甘い、んだよっ……!」
「ひゃあっ?!」

 ここしかないとばかりに、もう片方の手でベッドにしがみ付きながらシグルドは咆哮する。疲労し、弛緩した体がそれに応えるように力を引き絞る。
 渾身の力で押し上げられ、男根を刺激していた左手ごと宙に舞って、ティエは体勢をひっくり返された。

「ほら……今度こそ、悶える番だぞ……ティエッ!」
「あっ、やっ、ちょっと待ってくださ、せんぱ、いっ、やぁんっ……!」

 すぐさま閉じようとするティエの太腿の間に、ざっくりと斧を振り下ろすようにシグルドの膝が割り込んだ。
 仰向けになってほとんど無防備状態のティエの秘裂を、シグルドの人差し指が訪問する。そこは彼女の今の様子を体現するかのように、熱く蕩けそうなほどの溶岩を噴出していた。

「あっ、あっ、やっ……んんっ……ひゃうっ!」
「全くお前のココは一体どうなってるんだよ……まあいい、気持ちよく喘いどけ!」

 上から押さえつけるように片手で胸を揉みしだきながら、もう片方の手は指の数を増やしていく。
 とろとろになっていたティエの女は、指の数を増やされても、その小さな入り口に見合わず次々と飲み込んでいき、却って奥へと誘うように収縮するそれは、化け物染みた淫猥さを誇っていた。
 中へ中へと誘うようなその流れに逆らわず、かつ流されず、シグルドはその体格に見合わないほど繊細な指技で快感を塗りこむように襞をなぞり、自然を装って、彼女の小さな豆を擦りあげる。
 ティエにとってはたまらず、胸を揉みしだく彼の腕を伝うようにして手を伸ばすが、如何せん腕の長さには差がありすぎて、その手は空振りに終わっていた。

「あ、ひゃっ……だめ、だめです……っ先輩、そんな事すると、私っ……」
「何だ? どうなるんだ? 素直に気持ちよくなっておけよ、ほら……な?」
「ひゃうっ……優しくするの、はんそく……っあ、あっ!」

 差し込まれた指がクリトリスを弾き、擦り、膣内の襞を弄んでは捨て置いて、時折抜いて入り口周辺をなぞるようにティエを楽しませては挿入っていく。
 激しい波の押し引き。
 快感の波が打ち寄せてさんざんにティエの膣内を弄んだかと思うと、引き際に砂粒のような快感を残して総浚いする。

「これはさっきのお返しなんだから、たっぷり受け取っておけ」
「嬉しいですけど、ぁっ、嬉しくっ……ひゃ、ああ……っ!」

 打ち寄せて引く、ティエを抱え込んで離さない海のような底知れない快楽の間隔が徐々に狭くなっていくにつれて、甘い嬌声もより激しく、大きくなってゆく。
 シグルドは受け取った数々の快楽を帯を巻いて返すかのように、両手を総動員させて彼女を責め立てた。
 胸を掴んでいる片手も、表面全体を揉みこむような手の動きと、乳首を摘み上げる強い快楽をもたらすそれとを巧みに陰核への刺激に織り交ぜて、ティエの必死な我慢を打ち砕いていく。

「あ、ぁぁんっ! んっ、やっ、だめぇ……!」

 ティエからもらった口付け、アナル責め、前者はともかく後者はシグルドにとって全く未知の領域であった。それならまた、シグルドが送るこの快楽も、ティエにとっては未知のもの。

「頑張りやがるな、ティエ……!」
「あ、ふっ、んんっ……負け、らいんですから、ぁ……」

 しかしまた、シグルドがティエの責めを堪えきったように、ティエもそのまま押し切られることは意地でも由としない。
 快感に意識を浚われそうになりながらも、段々と呼吸を合わせて余裕を取り戻しつつある。もっともイくイかないの余裕ではなく、体を動かせるか動かせないかというものではあるが。
 そしてそれを、シグルドは察していた。

「それなら、やっぱり……」

 彼はできることなら、消耗しかねない長期戦だけは避けたかった。

「先輩……っはぁ……ふっ、挿入れるんですね?」
「そうだ」

 故に、彼は勝負を仕掛けにいくしかない。
 今なら上を取っている。バックに持ち込めなかったのはそれなりに辛いが、さりとて悠長に待って、またひっくり返させるよりはマシだという判断。
 ――それが危ない橋であったとしても、石橋を叩いてる暇は彼にはない。愚かな勘違いで消耗した彼には。

「でも、先輩……イってますよ? きっと、今度も挿れたらイッちゃいます……」

 余裕なんてものはないだろうに、ぺろりと口元を舐めるティエの表情は、憎たらしいほど笑顔であった。
 改めてその成長を感慨深く感じながら、彼も、シグルドもまた片方の口をつり上げて、はん、と鼻で笑ってみせた。
 どちらも自分が勝つと、そう信じている。

「言ってられるのもそこまでだ。お前は、イかせる」

 そう言って彼女を責め続けていた両手を離し、ベッドの上で横たわっている、白く細い、割れ物を思わせる両足を手で抱え込む。

「え、ええっ……?」

 驚きの声を隠せない彼女を尻目に、そのまま彼女の左足を跨ぐように自分の腰を移動させると、そのまま両足を持ち上げて立ち上がった。
 斜めというよりは直角にすら近い彼女の二本の足を抱えて、ほぼ垂直にシグルドはティエを見下ろした。その顔はしてやったり、といった風ににやりとしている。
 交差させた足の中心にある異形が、これから貫く獲物を想像して、涎を零すかのようにティエの体に先走りを落としていた。

「松葉崩しは知ってるな?」
「足を交差させて……って……でも……」

 全く知らない体位への興味か、それとも不安か、あるいは何かのアテが外れたのか。
 ティエはちらちらと自分と相手の体を隅から隅まで確認するかのように、視線を走らせている。

「これはその立位。まあいわゆる、立ち松葉だな」
「でも、その……これって結構、辛くありませんか」

 素直な感想を口にする彼女に、ふふっとシグルドは笑いかけて。

「ティエにはぴったりだ」
「それってどういう意味――っくっ、あ、ひゃあぁぁっ!」

 腰を、落とした。

「お、くっ……ほら、ぴったりじゃないか。やっぱり」
「そん、なっ、辛いですよ、これっ……あっ、やぁんっ、やぁ、あっ……!」

 落としたというより、正確にはぶつけた、というのが近い。
 足を交差させながら、完全に立った状態での挿入を余儀なくされる体勢だけに、ティエの腰から先は持ち上げられてまさに宙吊りの如くである。

「気持ちよくて、気にならないだろ? ……ん、くっ……は、ぁっ……!」
「そんな、ぁっ……ぁああ、足が、擦れて……っ!」

 普段ならば単純に辛いだけのアクロバティックな姿勢も、津波のように押し寄せる快感が全ての文句を飲み込んだ。
 押し込まれる逸物の非常に辛い角度からの予想外の刺激も、深く結合することによって起こる摩擦も、お互いの足が交差することによって起こる刺激も、どれもがティエを熱くして、他のことに気をとらせない。
 そしてそれは、シグルドも同じこと。

「ほら、どうするんだティエ。頑張れ頑張れ……」
「人に、頑張れって、ゃん、先輩ぃ、だって……ふふ、とても気持ち良さそうじゃないですか……ぁ」
「んく……く、ふぅ……!」

 体の熱を追い出すように、余計な力を抜くかのように深呼吸をしながら、シグルドは交差する足の形を試すように次々と繰り返しながら、ティエの腰を持ち上げる。
 壊れてしまいそうな細い腰はこういったことに関しては打って付けで、持ち上げながら挿入角度を少しずつずらして打ち込んでいく。
 ごぷりごぶりと、引き抜くたびに空気が抜ける音と共に次々と零れ出る愛と我慢の混合液は、未知の世界に足を突っ込んだ興奮によるものか、はたまた火がついた彼女が単に規格外なのか、シグルドには判断がつかなかった。

「せんぱい、、辛そうですよ……責めてるのに、ぃ、お先に、どうぞ」
「ぬかすなっ」

 一際強く打ち付けると、あぁっ、と大きな喘ぎ声をあげて何かを言いかけたティエの言葉が中断させられた。
 確かにティエの言葉通り、先駆けて一度も二度も出したシグルドの体は、また貪るように彼女の淫部を味わうことで限界に近付きつつあった。
 だからと言って、止めるわけにはいかない。
 強がりではない。
――強がりで終わらせてなるものか。

「ふっ……んっ……くっ、あっ」
「先輩、出して……また私の中、にぃ……っあっ、んんぅ」

 熱っぽく名前を呼ぶ彼女の誘うような声を半ば無視して、シグルドは足を組み替え角度を変えて、抽挿を繰り返していく。
 ティエの微妙な反応を、ぎりぎりで繋ぎとめた思考回路で処理しながら、微妙な軌道修正を繰り返す。額に浮かんだ汗を鬱陶しいと顔を振って飛ばし、結合部の快楽に負けないように唇を噛み締める。

「ここ……かっ!」
「ッ! あっ、ひゃ、あああっ!」

 一際強く、同時にどこか儚げを秘めた、ティエの叫びが響き渡った。
 しめたとシグルドは足をそのままで固定して、勝負をつけるべく勢いをつけて一気に腰を押し込んでいく。

「こっ、これ、あっ、何っ、すごいぃ、すごひれすぅ……っ!」
「そりゃ、凄い、だろう、よっ……!」

 彼女に合わせて最適な位置で固定された足と、挿入角度が膨大なまでの快楽をもたらし、懸命に耐えようとするティエを嘲笑うかの如く圧倒的に押し流していく。
 ばたつかせようとする彼女の足をシグルドは渾身の力で抑え込み、黙らせるべく下の口にひたすらに杭を打ち込み続ける。
 彼女の背後、黒い髪の後ろで青いリボンがいやいやをするように揺れている。

「……くそっ……!」

 自分自身にそうするかのように、シグルドは口の中で空気を叩きつけた。腰を動かしているのは彼だが、一方的というわけにもいかず、だんだんと追い詰められ、体の奥から解放を求めて熱の塊が外を目指しているのが分かる。
 誰にも気付かれないようにというシグルドの舌打ちは、しかしそれを見上げる彼女にはしっかりと気付かれていた。

「せんぱいぃ、イってくださ、お願い、イッて、イッてくださひぃ……っ!」
「断る……!」

 うわごとのようにティエはその言葉を繰り返す。
 シグルドは歯を食い縛ってこらえながら、ひたすらそれを否定して、腰を押さえつけながらの挿し入れを繰り返す。
 最高潮へと向かおうとしている彼女の膣内が痙攣したように震え出し、それに呼応するようにシグルド自身も限界を訴えて、外の空気を嗅ぎとるかのようにその卑猥な口元を震わせる。
 収縮する膣内の柔らかい壁が挿入を繰り返すその傘に引っ掛かり、あるいは傘に引っ掛けられ、どちらをも際限なく高みへと導いてゆく。
 もうとっくにパンクしそうなほどの、許容量を超えた悦楽を感じながら、それでもまだティエは堪え続ける。意地を通す。シグルドをひたすら待ち続ける。

「そんなこと言わな、あっ、先輩、イくのが駄目なら、せめて同時にっ……あっ、んんんっ!」

 ああ……あるいはそうできたなら、どれだけ気持ちいいだろう?

「駄目だって……言ってる!」

 シグルドはそれを撥ねつける。
 纏わりつくような、膣内の無数の触手にも似た襞を、それにも等しいティエの誘惑を撥ね退けて、ひたすらに歯を食い縛りながらの抽挿を繰り返していく。

「いっちゃう……あっ、んっ、いっちゃ、あっ」

 最終的に望むたった一つの事象のために。
 勝利の為に。
 垂直に交わりあう彼らの腰が、今までになく強く、勢いをつけてぶつかり合う。

「あぁぁああああっ……!!」

 甲高い声をあげながら、持ち上げられたティエの腰の上が絶頂の快感にベッドの上で暴れまわるように跳ねていた。
 ほとんど同時に、秘裂の中全体に持ち主の絶頂が伝わって、呼吸をするように収縮する。彼女が残した最後の刃が、崖っぷちで残していたシグルドを突き落とすような快楽が襲い掛かる。

「ぐ……がっ……!」

 ほとんど後追いのように噴き上げてくる精液を感じながらも、それでもシグルドはそれを懸命に堪えようとする。顎がいかれるほどに、歯同士を食い合わせて。
 そこまで意地を張らなくてはならない理由はなんだ、と自問自答しながらも、彼は耐えた。なんだ、なんてそんな事は問われなくたって決まっている。
 勝つためだ。

「が、あ、あああっ……」

 射精は、なかった。
 ぎりぎりまで追い詰められながらも、彼の意思と同じく精は俵一つを残して踏み止まった。
 一足先に絶頂を迎えたティエは淡い期待をしながらそれを見ていた。その期待が裏切られたことに幾分か寂しそうな顔をしながらも、その期待によく似た何かが、彼女に安堵したような息を吐かせることを許した。

「……ふ、ぅっ……」

 ようやくティエの腰を下ろしたシグルドは、その腰と一緒に自分もベッドに後ろから座り込む。
 体の中から未だに燻っている炎を弱めるように深呼吸をして、目の前で絶頂に体を震わせる敗者の、後輩の体をしばらくのあいだぼうっと眺めていた。

「やられ、ちゃいました」

 えへへ、と少しだけ恥ずかしそうに、けれども嬉しそうに、上半身を起こしたティエは笑顔を見せていた。
 その可憐な笑顔は、間違いなく彼女が持つに相応しく、彼女が持っていたものだっただろう。

「最後もイかせられると思ったんですけど。……我慢されちゃいました」

 行為中の淫らさはどこかに消えてしまったかのように、可憐に彼女は微笑んでいた。それは変わらない彼女の一面をはっきりと映し出していた。

「俺の、勝ちか」

 彼女はずっとずっと前から、こんな日が来ることを願っていたのかもしれなかった。そのために彼は教えていたのかもしれなかった。
 彼は飛び方を教えてあげただけで、もう飛んでしまった彼女は翼の庇護など必要としないのだ。
 もっとも、彼女は全く別の側面で、相変わらず彼を苛烈なほど必要としてはいたけれど。

「違いますよ、先輩」
「うん……?」

 くすりと笑って、彼女が三本の指を立てる。
 そのうちの一本が、折れた。

「二勝一敗で、私の勝ちです」
「……はっ」
「ですよね?」

 さようなら頼りない後輩。こんにちは強敵。
 同意を求めるように得意げに笑う彼女を見つめながら、シグルドは声をあげて笑うしかなかった。

「まったく……とんでもない獅子を起こしちまったもんだ」
「失礼ですよ。お姫様、って言ってください」
「悪い悪い」

 男は声をあげて笑い、女はくすくすと声を漏らして笑う。和やかな雰囲気の中で、まだ高い陽の光が二人の間を明るく照らしていた。
 さて、と男は盛大に息をつく。怪訝な顔をする女の前で、ぐしぐしと脱ぎ捨てられた自分の服で汚れた手を拭ってから、それを改めて差し出した。

「これからもよろしくな、ティエ」

 口を綻ばせてながら、旧来の友人にするように、歴戦の友にするように、彼はその大きな手のひらを、躊躇うことなく差し出した。
 以前か弱い彼女をかき抱いた、その腕を、手を。今はただ、彼女と対等に結ぼうとしている。
 ほんの少しだけ彼女はそれが何なのかわからない、という顔をして――すぐに気付いて、表情を変えていた。驚いた表情から、穏やかな顔へ。彼女の中で、恐らくは二本の指に入るほど色濃く、鮮やかな変化だった。
 彼女は手を伸ばして、それをとる。

「よろしくお願いします。……先輩」

――ああ、ああ。
 彼女は泣いていた。心の中で、途方もない達成感と、幸福感と、心臓の鼓動と共に泉から湧き上がるような数え切れない感情を抑えられず、彼女は泣いた。
 けれども、その涙を一滴でも見せることはついぞなかった。
 何故なら、もう彼女は――。

 眩しい陽が、ティエの表情を照らし、野花のようなその笑顔をひときわ力強く咲かせていた。














「……さあて、じゃあ始めるか」
「……えと……何をですか?」
「決まっているだろ? 続きだ」

 え゛っ。
 ティエの喉の奥から思わず飛び出したような声に、シグルドは疑問符を浮かべているようだった。この男の鈍さは恐らく生涯変わるまい。

「えと、その……でも、疲れているんじゃないですか? さっきあんな激しくしたばかりなのに……」
「ちょっと休めば、すぐだ。そんなにやわじゃないからな。それに……」

 意表を突かれた、というより完全に考えの外だった彼女が、ほとんど無抵抗で、さっき関係を結んだばかりの大きな手で押し倒される。
 そのシグルドの表情は至極真剣そのもので、ティエは再びきゅんとなって秘裂から零れ落ちる愛液を止められないと共に、どこか恐怖をおぼえていた。

「なんとしても、今日のうちに勝ち越しておかないとな」

――え、それってどういういみですか?
――え、それって少なくとも後二回は逃がさないってことですか?
――え、それってひょっとして休憩もなしでですか?

「あ、あの、先輩? ……私、さすがにちょっと疲れて」
「問答無用。BFに連戦の区切りなどない!」
「あっ、ちょっ、先輩、ひゃんっ、やぁ、ああんっ……♪」



 ……それがティエがさんざん彼を苛め抜いたことに対する報復攻撃だったと分かるのは、一ヵ月後のことであった。尋ねられてバツが悪そうに頬を掻きながら応えるシグルドによって、判明したことである。
 ちなみにヤられているうちに再びティエに火がついてしまい、結局終わった時にはシグルドの8勝7敗であったという。
 もうとっくに陽が落ちていた。

「本当にとんでもない獅子を起こしちまったもんだと、そう思ったよ。俺は」




         〜完〜




次回予告!

先輩後輩改め、イかせあうなんだかよくわからん関係になった二人に、追調査の魔の手が迫る!
「貴様らの秘密を聞かせてもらう!」
「一体何を想像してやがる、不埒な!」
さらに〜彼を思うと今日も枕ごとびしょびしょに濡らしてしまって寝れないの〜な彼女に襲い来る究極の刺客!
「お兄様を誑かす者は、この私の足の下で潰してさしあげますわ!」

次回!ないしょの#れっすん♪〜基本編〜
あなたも一緒にばとるふぁっく!


※嘘です
「いや、実際のところあんな風にいくとは思っていなかったよ。僕が声をかけた彼女は凄く繊細で、きっと僕みたいなのが相手をしても悪化させちゃうだけだと思ったんだよ。だからシグルドに頼んだんだけどさ、あれで面倒見がよくて優しいところがあるから。でもあんな風に上手くいくなんて―」
「それで? 言いたい事はそれだけですか?」
 そこはまるで地獄だ。
 『話があるので、放課後に三号館の裏でお待ちしております』そんな古風な手紙にホイホイ付いていった愚か者の前には、髪を逆立てて威嚇する、一匹の金の獣がいた。
「いやそのね?僕は別に悪気があってやったわけじゃないんだ。むしろ親切なんだよ?!そうでしょ?!」
「死になさい」
「うぎゃあああっ?!」
 (彼女の中で)巨悪は滅びた。
 残された彼女は、独り、大切なその姿を懸想して、口にする。
「――お兄様」

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読了ありがとうございました。
ここまで飛ばさずに読んだ貴方はきっと、とても優しい人です。
飛ばして読んだ人はごく普通の人です。
導入編とありますが続きは多分ありません。なんか入れたくなっただけです。

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