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ないしょの#れっすん♪〜導入編〜中編

「はい、……シグルド先輩」

 もうすっかり見慣れてしまった顔が、そこにはあった。本当は昨日でそれも一旦終わりだった筈だったんだなと考えると、責任を感じてしまいもするが。

「どうしたんだ? ……何かあったかな?」

 別に学年ごとに教室が離れているってわけではないが、それでもこんなところを通りかかるって事もないだろう。
 何より俺を見上げてくる目が、何か言いたげに瞬きを繰り返しているわけだ。……はて、何かあっただろうか。

「その……ですね。お昼はまだでしょうか?」
「ん? ああ、今から食べるところだよ」

 そのために割と急いでいるところなんだが、さすがにそれを口に出すのは躊躇われる。

「それでは、その……お昼をご一緒しませんか、先輩」

 ……なんだって?
 こちらを見上げながら後輩が口にしたものは、俺が予想していなかったものだった。てっきり予定の変更でも伝えてくるんじゃねえかと思っていたんだが。おかげで手帳を求めて伸びた左手は空振りだ。
 俺はずいぶん間抜けな顔していたんだろうか? 少しの間、俺が想定外の言葉に対して戸惑っていると、ティエの方がさらに口を開く。

「その……だめ、ですか」

 とりあえず、その上目遣いは駄目だな。一発退場ものだ。
 正直な話、いきなり昼飯の誘いが来るとは思ってなかったもんだから驚きはした。したが……さっきのやり取りが、頭の中を走り抜ける。
 ひょっとしたら、これも彼女の変化の一つなのか。ティエは控えめで、どこまでも受け身で、少なくとも俺をこんな事に自分から誘うような女の子には思えなかった。やはり昨日のは夢や幻覚みたいなもんじゃないのか? だとすれば、ここで断るのは折角上手くいきかけてる彼女に悪影響を与えるかもしれん。

「いや……大丈夫。誘ってくれてありがとう」
「……本当に、いいんですか?」
「もちろん」

 はっきりと本人の不安を映し出していた瞳が、だんだんと安堵と喜びに向かって変化していく。その様子を見ていると、やっぱこう答えて良かったなと思えるもんだ。
 まあ友人達と先約があるが、それはパスさせてもらうことにしよう。いつでもできる事だ。今はこの、頼りなくも愛らしい後輩の面倒を見ることが先決ってもんだろう。

「良かった。それじゃ、あっちの四号館の傍でご飯にしませんか。人がいませんけど、今は日が当たってて意外と暖かいんです――」

 それに静かな昼飯も、偶には悪くない。……五月蝿くなるんだよ、色々集まると。別に好きな空気だが、少し休みたいと思う時もあるんだ。
 ……ん? しかしよく考えたらティエのためには、引っ張っていって俺の知り合いと一緒に飯を並べさせたほうがいいのか? 積極的になってきたことだし、いい効果があるかもしれない。

「先輩……?」
「ああ、ごめん……ちょっとぼうっとしてたな」
「大丈夫ですか?」

 考え事をしていた俺をどう受け取ったのか、一転して心配そうな顔でこっちを見つめてくる。いかんな、ごたごたと考えるのも程ほどにしておかないと。

「ちょっと考え事をしていただけだよ。それで、どこかいい場所がって話だったかな。何処だっけ?」
「あ……四号館の近くですけど……私が案内しますね」

 やはり、さっき考えたことは今のところ保留しておく事にしよう。澄んだ瞳でこっちを見上げてくるティエに、俺はそう思った。
 ようやく犠牲的なものを越えて物事が良い方向に転がり始めた気がするっていうのに、こんなところで無理をさせることもないだろう。少なくとも、もう一度練習で、あの様子が持続しているか確認するまでは。……いや、試験が終わるまでは、か?

「そう。じゃあ、行こうか」
「はい。こっちです」

 俺の言葉を合図にして、向き合っていたつま先が踵を返す。少し大またに距離を取ってその横に並びながら、俺は今さっき思いついた考えが、頭に引っ掛かって離れなかった。
 ……試験か。
 そう、試験だ。そういえば俺は、そのためにこの子に付き合っているんだった。いや、そんな事は最初からわかっていたし、一時でも忘れたことはなかった。なかったが、俺は自然と試験の後のことまで考えてしまっていた。そのくらい仲良くなった、という事か。
 あの子がそれを望まない可能性だってあるのにな。

「やれやれ」
「えっと……どうかしましたか? 先輩」
「いやいや、めっきり寒くて辛いなぁ、と思って。この歳にはなかなか堪える」
「もう、先輩ったら……」

 まあ、そんな事はとりあえずどうでもいい。全ては無事に終わってからの話だろ。
 俺は思考を打ち切って、笑いを堪えきれずにくすくすと声を漏らすティエを見つめていた。きっと、笑ってる顔で。

「ああ、そうだ。もし外で食うんだったら、何か買っていかないとね」

 何せ気の利いたものは何一つ持ってきていない。はてさて何を買ったものか、さすがにこんな日に一品物はどーかと思わなくもないし、いつもよりほんのちょっぴり豪勢気味でいくか。

「ごめんなさい、気が付きませんでした」
「いや、謝る事はないけどね。ティエは買わなくていいの?」
「あ……私は、主食だけ買ってありますから。……後は、自分で」
「作ってる?」

 反射的に聞き返してしまうと、ティエは少しだけ恥ずかしそうにしながら、はい、と小さく頷いた。

「それは凄いな。いつもそうなのかな?」

 かなり珍しい。なにせごく一部の、家が近かったり特権を持ってる連中を除いては、まともな個室もない全寮制だ。一応台所のようなものはあるにはあるが、基本的に共用なので碌に使われることはない。
 そういえばそのうち一つは、一年の何某かがとんでもない媚薬や薬品を作製するために占拠しているとリディアが嫌悪感を露にしていた事があった。名前は忘れたが……。

「そんな豪華なものを作ってるわけじゃないですよ。簡単なもので……丁寧に作ってるつもりですけど」

 質問に対しては肯定という事か。そんな恐縮する事もないと思うが。俺も自炊したことぐらいはあるがいつもはやってないし、ましてやこんな環境じゃあやる気は起きない。

「そう謙遜しなくても。そっか、作ってるのか。それは美味しそうだな」

 これは素直な感想。まあ、人は見かけによらず……ってこともあるからどうとは言えないが、彼女の性格を考える限り下手って事はないだろう。不肖の妹と違って……リディア、得意料理がサラダっていうのは本当にやめた方がいい。
 ティエは恐縮したように視線を外して手をこちらに向けてふるふると振っていたが、俺の言葉を聞くと急に何かを思いついたように手を止めて、顔の角度をこっちに直した。

「えと、それなら、先輩。お昼ご飯も買ってないですし、私のを分けましょうか……?」

 へ? と思わず訊き返した俺の顔は、大分間抜けだったかもしれない。
 もう一度確認の意味で彼女を見返してみるが、黒い瞳が揺れるその表情は変わらずにこちらを見つめているだけだった。

「……いや、それは悪いよ。折角作ったのに、ティエの分が減っちゃうだろう」
「そんなこと……構わないで下さい。先輩を満足させられるようなものじゃ、ないかもしれませんけど」
「いや、しかしねえ……」

 自分に謙虚になりながらも、退かずにこちらに勧めてくるという器用な攻撃を受けて、俺は喉を唸らせつつあった。正直に言って興味があるのは勿論だ。というか、女の子のおかずに興味を持たずにいられない男がこの世にいるのだろうか……母親も同じ女なのに、どうしてこう捉え方が違うんだろうな。
 とはいえ、彼女の性格からして五分以上に俺に渡してきたり、ただでさえ少ないおかずを……といった事態は起こり得る。さすがにそれはあまりにも酷い。

「いいんです。その……き、今日はちょっと作りすぎちゃったんです。ですから、もらってくれると助かります」

 つっかえた言葉で話されても説得力はゼロだ。几帳面な彼女がそんな事を簡単に間違えるとは思えないし、十中八九方便ってやつだろう。
 ……しかし、何故だかこっちにお願いする彼女の姿は懇願してるようで、これ以上は断りづらい。普通そういう事をするのは俺の側だと思うんだがな。

「本当に大丈夫なの?」
「はい……先輩さえよろしければ、どうぞ」

 こんな質問をしても答えが変わらないのは解りきっているのに、どうして俺は訊いちゃうんだろうな。そんな事を考えて、自分自身に少しいらっときた。ため息を出さずに済んだのは褒められていいと思う。

「分かった。それじゃ、お言葉に甘えて分けてもらうことにするよ。ありがとう」
「いえ……どういたしまして」

 結局こうなってしまうのだから、俺も最悪にかわし方が下手糞だ。思わず痛くなりそうな頭を、ほんのりと微笑したティエによって癒される。
 妙に緊張してしまった体の表面を、吹き込んだ一つの風が服を通して撫ぜていく。前を向いて一息つくと、螺旋を描くように頭の中を駆け巡っていた自己嫌悪と、それに似た何かもやっと落ち着いていくようだった。
 二人分の靴音と、時々すれ違い、或いは追い抜いていく誰かの遠い話し声だけが聞こえてくる。
――そろそろ何か話そうか。
 しばらくのあいだ続いた無言の時間に、俺がそう思って口を開こうとした時。一瞬早く、歩いている俺の隣からぼそりと呟くような声が聞こえた。

「……先輩って、他人行儀ですよね」

 思わずぎょっとして、俺は隣に視線を向ける。悲しいことに稜線を描いた丘に空しか見えなかったので、さらに視線を下げた。
 視線の先には、細い眉を八の字にしながらティエがこちらを見つめていた。じっと見据える黒々とした孔には、どこかこちらを非難するような、そんなところがある。

「え?」
「先輩、私に遠慮してます。ずっと話しづらそうにしてるじゃないですか」

 思わず声をあげてしまった俺に、畳み掛けるようにティエの言葉が続く。
 そんな事を、そんな表情で――普段は滅多に見た事がない、少ないながらも不満を滲ませたそれで口にされるなんて思ってもみなかった。おかげで、口を開くのが遅れてしまう。

「……そんな事はないと思うけど」
「してますよ。だって訓練の最中、時々素に戻ってます」

 バレていたのか……いや、バレバレだけれど。
 こんな事はそもそも経験がないのだ。目上に使う敬語とはまた違う、後輩や年下に対する言葉遣いってものはそう簡単に馴染めるもんじゃなく、こうしている間も時々つっかえそうになる。
 いつまで経っても慣れないし、時々元の言葉になっては心の中で焦ったりしていた。

「んな……そんな事言われても、これが普通だと思うけれど」
「……でも、なんだか気になるんです。先輩、別に気にしなくてもいいのに」

 焦った心を忠実に反映して、漏れでそうになった普段の言葉を押さえ込む。……が、それが余計だったらしい。ティエの目の上で描かれる八の字がさらに吊り上がり、声色が変化し始める。
 そうは言われても、普通はこんなもんじゃないのか? 後輩でも歳の頃が俺ぐらいだったり年上だったりなら別なんだろうが、さすがにティエのような子に普段の言葉遣いをする気にはならない。

「……一年と戦う時もありますよね。その時もやっぱり、先輩ってそんな言葉遣いなんですか?」
「え? うーん……」

 若干の興味を滲ませながらのその質問に、俺は記憶の糸を手繰り寄せ始める。
 確かに対戦経験はそこそこある。学年が違うとはいえ、そういう機会が設けられてもいるわけだし。で、その時にどうしてたかっていうと……うーむ……。

「よく覚えてないけど、多分同級生にするみたいな言葉遣いだと、思うよ」

 別にそいつらとそれ以外で付き合いを持ってるわけではないし、ただ対戦するだけなら経験に差がある相手でしかない。まあ断然こっち有利ではあるが、例外的に無茶苦茶な連中もいることだし油断できない。
 口調に気を使ってられるのは始まる前ぐらいまでだ。

「BFの時はあんまり深く考えてないしね。挨拶以外はちゃんとしてる覚えはないかな」
「……そうですか」

 ……ん? ……あれ?
 自分が答えたはずの言葉に、何か違和感というか、先走り感というか……おかしなものを感じる。しかし、その感覚は俺が気付いた時にはまるで手からすり抜けるように姿を消してしまっていた。……何か墓穴というか、変なことをした気がする。
 目の前ではなぜだか無表情になったティエが、どこか無機質な声でもう一度「そうですか」と確かめるように、噛み締めるように呟いていた。何だ? 俺は一体何をしたんだ?
 何かしでかしてしまったような、嫌な予感。今まで見た事がないような妙に冷え冷えとしたティエの表情も相俟って、俺はその空気から逃れるために慌てて頭からぽんと出てきた何かを口走る。

「そ、それに! 他人行儀なのは、ティエだって同じだよね?」
「え?」

 何が『それに』なんだか自分のことながらまるで意味不明だが、とりあえず気を逸らすことには成功したらしく、ティエは驚いたように目を丸くしていた。
 しかし、思いつきで口走ったことにしてはなかなか悪くない。

「ティエも同じ。俺に遠慮してるんじゃないかなってこと」
「そんな事は……」
「なら、ティエ。試しに俺に敬語を使わないで話してみてくれないかな」

 口ごもりそうになったところにすかさず突っ込んでいくと、ティエは目に見えるほど動揺しおろおろし始める。自然と口の端がつりあがるのが分かりながら、俺自身でも止められない。
 しばらくの間、視線をあちらこちらへ彷徨わせたあと、ようやくティエは口を開いた。

「その……先ぱ」
「先輩はなしだよ? 勿論」
「う……」

 まったくもって分かりやすい子だ。子供だってもう少し駆け引きってものを知っている気がするぞ。

「……そう言われても、先輩は先輩です。それは遠慮とは関係ないと思います」

 そう思っていると、微妙なところから反撃をしてくる。まあ確かに無遠慮な奴でもそういう呼び方を使う奴はいる、人の気を逆撫でするために使う奴もいる。

「なるほどね。なら、先輩のままでいいから、やってみて」

 まあ、別に呼び名はどうでもいいか。それ以前の問題でもあるわけだし。
 後輩はほっとしたように白い靄を吐き出すと、再び何かを喋るべく気合いを入れ始めた。唇を真一文字に引き締めて緊張する様は、なんとも微笑ましい。
 しかしそうして折角入れたはずの気合いも、口をぱくぱくとさせて、言葉の代わりに空気を吐き出すたびに段々と俯いて意気消沈していってしまう。

「せ、先輩は……普段どういうものを食べてるんで……食べて……る……」
「ぶっ……」

 やばい、耐えられなかった。
 喋っている最中にどんどん顔が俯いていき、比例して声は小さくなっていく。その様子に耐えられず、俺は思わず吹き出してしまった。

「あ、あはははっ……ティエ! いいよ、もう、無理しないで」

 悪いとは思うものの、下手に堪えるのはもっとまずいだろう。俺は口をあけて、わざと声をあげて陽気に笑ってみせる。
 隣では、顔を上げたティエが恥ずかしさからか顔をほんのり紅くしながら、多少恨みがましい視線をこちらに向けていた。

「ひ、酷いです。先輩……」
「いや、ごめんごめん。でも、やっぱりこれなんだよ。俺とティエは、こういう感じじゃないのかな」

 ティエの表情が、初めて何かに気が付いたようにハッとする。
 敬語を使うとか使わないとかいう問題は些細なことに過ぎないが、ティエは確かに俺に躊躇いを持っているのは間違いない。俺とティエは、紛れもなくこういう距離関係なんだろう。これでも随分変わってきたが、わざわざ無理してお互いに懐で話すことはない。俺にとっては今まで経験のない、可愛い後輩みたいなもので、なかなかそれを変えられるはずもないしな。
 それでもティエがこんな事を言い出すのは、驚いたと共に先が楽しみな変化でもあるけどな。

「そう、ですね……」
「そうだな。ティエも戸惑うだろうし、無理にそんな気安くしなくてもいいんだよ」

 そう言って笑顔を向けると、すっかり消沈した様子のティエがこちらに目を向けながら軽く頭を下げてきた。

「……ごめんなさい、先輩。急にこんなこと言い出して、私……」
「気にしないで」

 そう、気にする必要はない。この様子なら、これから先いくらでも気安く出来る仲間なんて作れるだろうしな。……しかし、謝罪の言葉がどこかズレているような気がするのは……気のせいだろうか。俺の考えと? 俺じゃない相手に? それとももっと別のものに? わからない。
 喉に小骨が引っ掛かったような……小さいがしかし、ちくりちくりと苛むように確実に存在する違和感。
 それが気になって改めて隣を歩いていたティエを見やると、消沈していた顔は多少俯き加減を直して正面を向き、不思議なほど穏やかな目をしていた。

「そっか……そうだったんだ、私……」

 ティエにも思うところがあったんだろうが、それが無事に解決したのだろうか。呟くティエは穏やかで、どこまでも静かだった。引っ掛かるところはあるが、まあティエの中で何かが解決したのならそれは悪い事ではないだろう。
 それにしても、思い返すと俺も人の距離感について、なんて大層な事をいったもんだ。もう一度喋ったら、今度は全く別のことを喋るかもしれん。それぐらい焦っていたし。

「まったく、頼りないな……」
「え?」
「いやいや、何でもない。さて、おかずはアテがあるとして、主食は何にしようかな? ティエは何がいいと思う?」

 一瞬漏れた本音が受け取られる前に、覆い隠すように言葉を被せた。まったくもって、頼りない。
 きょとんとした顔をして、一拍遅れてやわらかく微笑するティエに俺の言葉は聞こえたのだろうか、聞こえなかったのだろうか。

「そうですね、今日は――」

 内心穏やかではない俺を、冷たい風を切るようにして飛ぶ一匹の鳥がからかうように鳴いていた。



 日が経つのは早く、人の成長はそれより早い。
 秋が深まり冬に近付く。季節と一緒に変化の兆しを見せたティエは、吸収と発展の日々である。
 以前とは違って、確かな手応えを感じる。一日ごとに進歩を見せる彼女の様子はシグルドのとっても喜ばしいことであった。こいつ親の気持ちになってやがる。
 ただそのせいか、時折彼の予想しない行動を取る彼女も目についたはいたけれど、概ね悪いことはないのでその点に関しては自由放任主義という責任放棄を行っていた。



 曇りが掛かってなお、存在感を示すように照る陽。
 その陽を嘲笑うように、冷たい風がわずかなり暖まった地面の熱を巻き込んで、あっという間に奪い去って、誰も知らない彼方へと流れて去っていく。
 実りの秋は駆け足で去る。神無い月から、霜の月へ。聖なるかな夜のために、勝利者達は早すぎる早すぎるとお互いに牽制しながらも、準備を怠らない。
 冷たい木枯らしが吹き込んで、この季節だというのに防寒を怠った愚劣な人間を容赦なく風邪という窮地へと追い込んでいく。北風は強いのだ、特に出席日数の足りない者達に対しては。

「んっ、んぶっ、んんん〜っ……ふ、ん、ちゅ」

 とはいえそれは、一枚二枚と分厚い壁を隔てた、寒空が広がって冷気纏わりつく外のお話。その内側にいるものにとっては敢えて飛び込まなければならないその時を想像して憂鬱に浸る程度で。透明な窓越しに映り込む一つの光景でしかない。
 ましてや体の中から、沸騰して吹き零れていくような熱を交換し合う男女にとっては完全に他人事、対岸の火事のようなものといっても差し支えない。

「ん、く……じゅるるるるっ……んっ、ふぅ」

 仰向けになっているのは男。覆い被さるように上になっているのは女。お互いに必殺の武器でもある急所を曝し、責め合う。
 両膝を立てて男根をしゃぶる彼女は既に服のほとんどを脱がされていて、ボタンを外された白いシャツが引っ掛かっているのと頭の上で揺れる青いリボン、そして足の下まで下ろされた濡れそぼったショーツ以外は身に纏うものがない。
 男の方は下半身こそ全裸であったが、上半身は防寒の為の上着以外はほとんど手をつけられていなかった。

「ん、く、ん、ちゅるっ、んぶっ」
「はぁ、ん、せんぱ、い、吸われちゃ、やっ……」
「ん、じゅる、んぅん」

 その上着に、否応なく抉じ開けられる秘所から溢れる蜜が零れ落ちていく。唾液と一緒になって流れ落ちていくそれは、もはやぽたぽたなどという擬音では表せない。
 下半身から燃え上がっていく快感に少しだけ紅潮したその顔を、彼女に――ティエに見せないようにしながら、秘所にざらりとした舌の表面を押し付ける。挙動を計りながら、さらに体を始動させる。

「シグルドせんぱ、あ、ん、れろ……んちゅ、ん、ちゅるっ……」

 しかし、それはすんでのところで阻止された。反動をつけて持ち上げようと試みたシグルドの体に的確に反応して、上半身を深く落として、快感を加えながら抑え込む。
 快感に悶えるように淫らに腰を揺らして、蜜を零しながらも、意識は地についたままだ。ゆらゆらとゆらめくリボンが、背中越しに彼に笑いかけているかのようだった。
 それでシグルドは、満足そうに目を細めた。
 何かを言葉にしようとしたのか口を開きかけていたが、ティエの丁寧な吸引に体を震わせると次の瞬間には言葉を喋ろうとしていたそれが再び肉の割れ目に滑り込む。ひあっ、とティエがくぐもった声をあげて、無意識に小さな歯が裏筋をこりこりと撫でる。

「んっ、じゅる、んく、んんんん、じゅるうっ!」
「ひ、はぁ、ん、先輩、何も喋ってくれないです……酷い。んっ、れろん、ぅんっ……」

 拗ねたように恨み言にシグルドが思わず苦笑するのも束の間、それならとばかりに奥まで咥え込んだティエが痺れるような快感を送り込んでくる。

「ん……ふ、じゅるっ」

 さすがに上り詰めていく感覚を抑えられず、しかしそれでもシグルドは体のあちこちを動かした。むろん、舌の動きは止めないまま。
 試すように五体を動かし、時にはそれらの連携で主導権を握ろうとするが、それにティエは敏感に反応してそのたびに阻止する。腕で押さえ、足で締め付け、腰を押し付け、快感を与えて。
(五分五分の状況でさらに責めに持ってかないのは微妙なとこだが……現状で十分と考えれば、アリか)
 シグルドのほぼ期待する通りに。

「せんぱ、いぃ……んっ……一気に、いきまっ……じゅる、んぽっ、んじゅ、るううっ……!」
「ん、ぐっ」

 咥え込むティエの瞳がぬらりと輝き、閉じられると共に強い吸引が始まる。舌をぴたりと筋に当てて吸い込みながら、右手の指で根元付近への刺激をやめない。
 体を動かすだけの余裕はまだあったが、さすがに延々と送り続けられるだけの快楽をいなしきる余裕は彼にもなかった。
 その必要もないかどうか、シグルドは頭の中でちらちらと記憶という映像をスライドショーのように切り替えていく。結果としては、もう特に必要はなかった。

「んりゅ、いっふぁい、くださ、せんぱ……んっ、んんん、んっ……!」

 竿全体に凄まじい勢いで訪れる快楽に誘引されるようにして、熱が急速に引き寄せられる。
 唾液と粘液の混じった粘り気のあるそれを吸い上げる、懸命な彼女に、引き寄せられた熱が休む間もなく吸い上げられていって、淫猥な音と快楽に脳の中心が痺れるほど気持ちいい。そして、
 破裂した。

「ん、んっ……! んむ、んっ……んっんうううっ! ぷは、んっ!」
「……ッ!」

 ……射精る、という言葉を吐き出しそうになって、シグルドは喉の奥で飲み込んだ。それは、快楽に脅かされ、たまらなくなって吐き出してしまうそんな言葉は、自分が言うべきではない。
 これから目的の相手に言わせなければならない言葉だ。

「く、う、……ッ!」

 こみ上げる白い濁流のような熱の塊が、後輩の小さく可愛らしい口に向けて押し寄せる。
 それを少しだけ口に含むようにしてから顔を離したティエの目の前で、限界まで腫れ上がった肉の竿が打ち震えながら、無作為に白を周りにぶちまけていく。それを、恍惚とした様子でティエが見つめていた。
 こく、と喉をならすと、口に含んでいた精液が奥へ奥へと吸い込まれていく。元からそんなに量を確保していなかった口の中のそれは、あっという間に尽きてしまった。

「んっ……」

 熱に浮かされた瞳で、彼女はぼんやりと目と目の間、そこにある一点に焦点を結ぶ。
 さっきまで白い欲望を滾らせていたそれ。天井に向けて聳え立っている肉の尖塔は、一仕事を終えた今でも変わらず臨戦状態にあった。それを確認して、ティエは口元を綻ばせる。
 ついていた肘に力を入れて、ゆっくりと顔を近づけていく――

「よし、今日はここまでにしようか」

 ――しかしその動作は、中断させられざるを得なかった。
 合図のようにティエの小さな尻を軽く叩いてそう告げるシグルドに、振り返ったティエの顔は驚きを隠せない。

「えっ、でも……」

 ちらりと一瞬、彼女は横目でシグルドの股間の様子を窺った。彼女が見た時と変わらず、陰毛で根を張るようにして立ち上がる幹がある。
 気分を落とすように彼女は眉を曲げて、もう一度答えを欲しがるようにシグルドの顔を見つめた。

「心配なのは分かるけど」

 呟くシグルドの言葉には、彼の精一杯の優しさと、練習熱心なティエに対する賞賛と心配が入り混じっている。ぴん、と一本立てた人差し指の先は、愛液が光を反射していた。

「試験は明日から」
「そうです、だから……」

 だから、とティエは身を乗り出した。
 しかし、あくまでシグルドは冷静である。彼女にとっては冷酷ですらあった。しっかと瞳を見つめてあくまで実直に、言い聞かせるように彼女に向かって話す様は。

「今日は早めに休んでおいたほうがいいと思うよ。一人ずつとはいえ、三日かかるわけだしね」
「はい……」

 そう言われてしまえば、ティエには引き下がるしかなかった。しゅんとしたように首を引っ込める彼女に、シグルドはため息混じりに苦笑した。
 少しの間そうして大人しくしていた彼女だったが、彼の様子を窺うようにゆっくりと、しかし再び視線を合わせはじめる。ほんの少し俯きげの角度で覗くその瞳が、何かを言葉にしようとしているのを感じ取って、シグルドは促すように笑いかけた。

「それじゃ、先輩。せめて……キスしてくれませんか」

 首を僅かに傾け、目を少しだけ細めて、ティエはねだるようにその言葉を口にする。その姿は小動物のように可愛らしく、誰もが応えたくなるような魅力を持っていた。
 その姿にシグルドは、もう一つため息をつきながら、口の片方を持ち上げていた。仕方ないな、という多分に保護浴的なものを含みながら、びっと部屋の一角を指して彼は言う。

「身体を洗ってきたらな」
「あ……はい!」

 その言葉を受けるが早いか、ティエは慌てたようにベッドから降りると、半裸の身体を隠さずに辺りを見回し、シグルドが脱がして放り投げた着衣をてきぱきと集め始める。そして、また見回す。見回す。
 シグルドの指先が、彼女の足元を指した。
 ティエは赤面して足首にびしょびしょになって引っ掛かっているショーツを抜くと、そのまま服と一緒に抱えて、足取り早くシャワールームへと去っていった。
 部屋には一人、上半身だけ着衣を残したシグルドが残される。

「熱心だな……っと」

 大きなベッドを移動し、床に足をつけて立つ。自分に篭もった熱を冷ますように手団扇をしていたが、暫くするとうざったそうに上半身を覆う布を脱ぎ捨てた。
 落ちていたズボンと下着ともども部屋の角に投げ込むと、大きなシーツに手をかけて、手際よく片付けていく。
 彼女とはじめにこの部屋に入った時のように。
 そして、思い出す。初めの時とは違う、彼女の姿を。痴態と呼ぶほど淫靡ではないが、生娘とは違う色気を持った、その姿を。

(うん、まあ……)

 シーツを片付け終えると、そのまま壁に背中を預けて深呼吸をしながら天井を何とはなしに見つめた。
 人差し指を咥えると、甘酸っぱいような何ともいえない味が口いっぱいに広がってゆく。

(いい感じだな)

 彼の懸念を払拭するかのように、好転したティエはそれまでの課題を悉くクリアして見せた。そして、それはやはり確率変動的那ものでもなかった。
 やはり彼女自身に何らかの問題があったのだろう。変化を伴った彼女は、まるで今までが嘘のように多彩な技能を以ってシグルドを唸らせた。やるべき課題が予定よりかなり早く消化してしまい、かといって予定を取り消すと彼女が不安に思うかも知れず、何をするべきかとシグルドを悩ませるほどの好調ぶりである。
 元々は彼自身にも計り切れない部分が問題だったゆえに、彼もはっきりとした言葉を持つことはできないが、それでも彼女は間違いなく合格できるというだけの確信を持っていた。それこそこれで合格しなかったらいちゃもんをつけてやろう、とも思っている。
 相手を快感で昇り詰めさせることが出来るだけの、性技の使い方も出来る。反撃にも非力ながらきっちり対応する。それに時折見せる執着のような、相手のペニスに執拗にむしゃぶりつこうとするような、そんな動きは彼女の変化の前とは無縁で、そして武器だ。
 彼自身も、訓練とはいえ『おおっ』と声をあげて吸い込まれそうな気持ちになってしまう事がたびたびあった。おくびにも見せないが。

「先輩、あがりましたー!」
「……っと、おー。分かった」

 彼が返事をして、脱ぎ捨ててあった着衣を袋に詰める間に、ティエはもうシャワールームと部屋とを繋ぐその扉を開け放っていた。
 まだ少し濡れた髪が替えた服の背中にかかっている。彼女はシグルドに空室を伝えながら、笑っていた。
 そう。何よりも。
 笑うようになったな。

「んー」
「俺が入ってきてから」

 突き出された彼女の唇に、シグルドの人差し指があてられる。

「んー。……分かりました。ごゆっくり、どうぞ」

 残念そうな顔をして、あらゆる意味で正反対の言葉を投げかけるティエに思わず表情を緩ませながら、入れ替わるようにしてシグルドは部屋の境を踏み越える。
 小奇麗にされながらも小さい、四角い箱のような部屋の中。行きずりにバスタオルだけを表に引っ張り出しておいて、タイルの床に足を踏み入れる。
 半透明の扉が、後ろ手で閉められた。

「あー……おー、暖けぇ」

 きゅうと捻ると、暖かいながらも、身体を洗い流してくれるような、そんなお湯が管を通って流れ落ちてくる。
 目を瞑ってそれを気持ち良さそうに浴びるシグルドは、行為の跡を身体も気持ちも、きれいさっぱりに洗い流そうとしているかのようだった。

「あの」

 その背中が、一瞬で緊張に固まった。
 ぴしり、と音を立てたように。石になってしまったかのように、彼は瞬き一つさえ、しばらくの間はすることができなかった。ぎぎぎ、と凍りついた首を動かすように後ろを見る。
 ただじゃあじゃあという、炒め物にも似たシャワーの音が、空白の時間で流れ続ける。

「……先輩?」

 シグルドが視線を向けた先には、半透明の扉の向こうに、ほんのりと色を映している人型のそれがあった。
 声。姿。色。
 一つずつを舐めるように確認して、それが誰であるかを改めて確信すると、シグルドはほっと息を吐く。緊張で肩が落ち、天然モノの冷凍シグルドは無事に解凍された。

「や、何でもない。何でもないんだ。そうか、そうだな」
「……?」
「いや。それで一体何のよ……何かあるのかな?」

 冷静さを取り戻した彼が訊き直すと、扉の向こうの影はしばらく首のあたりを俯くようにさせながら、何も口にしなかった。
 シグルドはその様子を訝しみながら、シャワーのノズルを捻った。きゅっと無機質な擦れる音がして、流れ落ちる音がなくなる。
 ここを出るべきか、もう一度聞いてみるべきか。シグルドがそう迷っている間に、半透明な人影は再び頭を持ち上げる。その後ろに、いつも付き従っていた青い装飾線はなかった。

「その……先輩。お願いがあるんです」
「何だろう」

 これまでより一層、緊張を含んだ、それでいてはっきりした言葉。それは彼と会った頃の緊張する彼女でもなく、これまでずっと訓練を繰り返していた彼女の言葉とも少し、違った。
 その表情は、向こう側にいるシグルドには窺い知ることができない。

「試験が無事に終わって、私が合格したら……私と、BFをしてくれませんか」
「BF?」
「はい。お願いします」

 その声はやはり、今までに見られないほど真剣味を帯びたものであった。喉から搾り上げるように出しながらも、震えることがない声は、彼女の覚悟を伝えてくる。
「いいよ」
 それに対して、シグルドは即答する。ほとんど即決、考える必要はないと言いたげなほど、簡単に。
 返事を受けたティエの方が、虚を突かれてしばらくのあいだ、何も言うことが出来なかったほどに。

「えと……いいんですか?」
「ん? まあ、お安い御用かな。それに俺もちょっとしたお祝いをしようと思ってたんだよ。なら、その時でいいかな」

 彼にとっては随分と首を突っ込んでしまった、可愛い後輩である。試験が無事に終われば、独身男性のクリスマス程度のささやかな豪華さをもって彼女の合格を祝す予定だった。自分から切り出す必要もなくなったな、とシグルドは思う。
 しかし、そうして安堵する彼の言葉に対して、薄ぼんやりと影を持ったティエは、再びその口を閉じてしまっていた。
 唐突に訪れた静寂。シャワーの小さな穴から落ちた水滴が、ぴちゃんと音を立てて床を跳ねた。

「……」
「ティエ? どうした?」

 自分は何かをしただろうか。つい数十秒前の記憶を遡りながら、思わず素に戻った声でシグルドは、その扉に映り込んだ影に向かって問いかける。心底心配そうに。
 その問いを返されても、しばらくのあいだは返事が返ってくることはなかった。異常である。どれぐらい異常かというと、アヒルの子が灰色だったというぐらい異常だ。

「……いえ、何でもないです……ごめんなさい。それで、いつにしますか?」
「……? ああ……」

 明らかに不自然で、もやもやとシグルドの心に霧のようなものが掛かっていたが、それを追求する事はできなかった。目の前に置いてあるのは半透明のたった一枚の扉なのに、シグルドには今それがとても鬱陶しいものに感じられた。
 シグルドはどうしようもないその霧も振り払うように頭を左右させてから、その扉に改めて視線を向ける。

「終わるのが水曜日だから……次の日の木曜日でどうかな。いつもの柱の下で……二時でいいかな?」

 彼女に時間を持ちかける時は、ほとんど決まった時間を持ちかける。『何時がいいかな』という訊き方はタブーである。シグルドはこの何週間かの付き合いでそれを学んだ。

「はい。それで構いません」
「じゃあ木曜日の二時で」
「はい。お祝い、楽しみにしていますね」
「あんまり期待されるとがっかりさせちゃうかもしれないなあ」

 はは、と笑いながらシグルドは頭を掻いた。彼の頭の中で計画の予算が一瞬で1.5倍増しになったことは言うまでもない。

「そんなこと、きっとありませんよ。私、すごく楽しみにしていますから」

 そう口にする彼女が、彼女の色を映し出すだけの曖昧な影が、可愛らしく彼に向かって小首を傾げていた。
 その表情を見ることはやはりシグルドには出来なかったが、心底楽しそうにそう言ってくれる彼女は、きっと笑ってくれているだろうと思った。笑っていてほしいな、とも思った。

「楽しみに、していますから」

 期待を込める彼女の台詞。シグルドの髪から集まった水分が、タイルの床に落ちてぴちゃん、と音を鳴らして跳ねていた。



 それを確認して、彼はノズルを軽く捻り――

「ぐぉあっ?!」

 悶絶した。
 悶絶どころの騒ぎではなかった。突然出てきた拳が、彼の頭を打ち据えていったのだ。とんでもない痛みに襲われて、シグルドはたまらず顔を上げた。

「な、なんだ? 天変地異か! 妖怪か!」

 完全に混乱している彼の頭に、今度はやや軽めにもう一発、似たような衝撃がお見舞いされた。
 何の説明も脈絡もないままそんな超能力的攻撃を受けて、シグルドができることといえばとりあえず頭を抑えて安全体勢を取るだけであった。そして確認。
 足、動く。手、動く。肩、動く。頭、動く。目も……目? 目? 目――

 俺は、何をやってるんだ?
 目の前には、木目の刻まれた大きな板がある。ほんのちょっと涙目になって見え難いが、それは間違いない。あと涙目はほんのちょっとだ。それも間違いない。
 抑え切れないといった風な、くっくっという漏れた笑い声があちこちから聞こえる。

「いってぇえええ〜……」
「話を聞いていないから、そういう目に遭う」

 冷淡な声が頭の上から聞こえる。間違いない。それだけでもうほとんど何が起こってしまったのかを、俺は悟っていた。
 俺は顔を上げて、抗議するようにその引き締まった顔を見つめるが、呆れた顔でかわされてしまった。なんてヤツ。
 こいつは……ちょっと今はぼーっとしてて名前が上手く思い出せないが、とある講義の担当である男性講師だ。クールなので女子に人気があるのかと思いきや、別にそうでもないらしい。名前は覚えてないのに何でこういう事は出てくるんだ俺?

「先生、俺は寝てませんよ。寝てません。断固寝てません」
「ほう。なら、今やっていた内容を実践してみてもらおうか」
「もちろんですよ!」

 正直な話むちゃくちゃ混乱してはいるんだが、だからといってここで引き下がっちゃいけない。俺の勘とか色々なものがそう告げている。
 大丈夫、大抵のことはやってみせられるだろう。考える時間が少しぐらいあれば容易いことだ。

「で、内容って……え゛」

 ……そう思っていた時期が俺にもありました。

「どうした、やるんだろう? 早くしてもらおう、時間がつかえているんでな」

 前方の黒板にでかでかと書かれているのが、多分内容だろう。
 内容は……。……『複数の淫魔と交戦状態に入ってしまい、不利になった際の対処法の例3』。
 それはいい。それはまだいい。しかし、どう考えたって相手が問題だ。
 黒板の目の前ではこれ見よがしにマットがひかれ、腕章をつけた女性達――多分、手伝いの三年か他の先生、どう見たって手練揃い――が数人ほど、淫蕩に、にやにやと、或いはにこにことそれぞれ違う笑い方で手招きをしている。それが俺にはまるで死神のお迎えに見えた。
 ……死ねと?

「冗談ですよね? 先生」
「やるといったのはお前だろう」
「ごめんなさい」

 へたれとか言うなよ。絶対言うなよ。

「……次からは冗談で済まないからな。ちゃんと起きていろ」
「すみません」

 呆れたように溜息をつくと、結局先生は俺の席を離れていった。そして俺は結局名前を思い出せなかった。授業終了までには思い出そう。
 周りを見渡してみると、正面の黒板といい、きっちりと配置された長い机と椅子といい。どこをどう見ても教室以外の何者でもなかった。
 少し窓の外に視線をやってみれば、落ちかけた陽が赤がかったオレンジ色に景色を染めていた。

「……夢、か」

 いや、この場合は現実に起こったことがそっくりそのままなんだから……何というべきなんだろうな。
 もしかすると夢で見ていたんじゃなくて、自分で思い出していたらそのうち寝てしまった、という事なのかもしれない。

 今日は水曜日だ。
 試験期間中には集中を削ぐだろうという事もあるし、予定も思うように埋まらなかったので、ティエと会う約束はしていない。
 しかし、予定通りなら今日の今頃は最後の相手との実技試験を行っているはずだ。始まっただろうか、始まっていないだろうか。果たしてあの後輩はちゃんとやれているだろうか……。
 まず間違いなく大丈夫だとは思うが、それでも心配は尽きない。世の中には万が一ってものがつきものだ。
 ……これだけ心配するなら、再試が決まった時にトールにでも無理矢理手伝わせれば良かったかもしれん。
 とにかく、いつも俺に見せてくれているぐらいの実力を無事に発揮してくれれば、形式的には負けたとしても問題ないんだが。

 もう一度、窓の外を見る。茜に染まる空を、一点の黒がふらふらと飛んでいた。かあ、という鳴き声も聞こえる。
 ……不安だ。
 俺は窓の外から視線を外すことにすると、まとまらない思考を引きずりながら自分の授業に集中することにした。





 ――始まりというものがあるとするならば、いつからだったんでしょう。
 視界を色づかせる甘いほのかな柑橘の香りの中で、薄ぼんやりと部屋を照らす灯かりを見ながら、私はそんな事を考えるんです。
 せっくすで戦う、というその行為を知った時から? 淫魔というものをはっきりと認識した時から? この学校に入ることがなし崩しに決まった時か、入った時なのか、それとも何もわからず右往左往していた夏の日なのか。
 私はただ臆病にうろたえるだけで、何をしていいのか、どうすればいいのかも、よくはわからなかったのです。BFという行為にも特別な感情を抱いていなかった私には、当然の事かもしれません。それでいて自分に足りないものが何なのか、もがこうとして、諦め、落ち込むばかりでした。
 いよいよ現実がのっぴきならない状態になった時、私はとある知らない人に声をかけられました。優しい人で、ひょっとしたらこの人が私に足りないナニカを埋めてくれる人なのかもしれないと思いました。
 結論からいえば違いました。
 その人が連れてきてくれたのは、別の男の人でした。たらい回しみたいだなあ、と少しだけ思いましたが、すぐに思い直しました。言葉の端々がぶっきらぼうではあるけれど、その人は私に真剣に付き合ってくれる人でした。
 お互いに手探りのような状態で、だからこそ、私の探しものも見つかるかもしれないとも思いました。
 けれども上手くいきませんでした。失望される事はありませんでしたが、代わりにその分だけ自分自身を追い詰めているのが見て取れたのです。だからこそ、その先輩に応えられないことが辛かった。一体どうすればいいのかわからず、ただ五里霧中の状態で一心不乱に訓練に励みました。
 そんな状態で上手くいくはずがないのは当然だったかもしれません。暗記で済む試験とは話が違うのですから。
 私は、落ちました。
 先輩が尽くしてくれた全てに応えられず。何でもないことのように済ませる周囲の人達と自分を比べてしまって、私は目の前が真っ暗になりそうでした。視界に映る何もかもが遠く感じられて、……何より、この結果を先輩に伝える時に一体どんな顔をすればいいのだろうと考えていると、身が竦んだのです。だからといって逃げるのはもっと裏切りだからと、必死に私は身体を奮い立たせていたのですが、そんなものは所詮誰かの意識しない程度の手で押されただけでも、崩れ落ちてしまうものでした。
 足元からどこかに落ちていってしまいそうな私を止めてくれたのは、やはりというのもおこがましい話ですが、先輩でした。
 惨めったらしく泣き出してしまった私を、抱き抱えてくれました。
 私を捨てないと、仰って下さいました。
 暖かかった。優しかった。
 私は愚かしくも、そのとき改めて先輩が、先輩だけが、ずっと私のことを、ティエを心配し続けてくれていたのだとはっきりと認識したのです。
 その場で私は自然と、気が付けば頼み込んでしまっていました。直ぐに訓練……をしてくれるようにと。それはその時、私にははっきりと説明できる理由はなかったけれど、私の心の底からの願いである事は疑いようもありませんでした。
 部屋に入るとき、私の胸は高く高く、こんなにも音を立てて先輩に聞こえてしまうのではないかと思うほど、高鳴りを起こしていました。
 そして、ベッドに腰を埋めた先輩を見ている時。

 私は初めて、本当に初めて、私は先輩を、そこにいる誰かを、気持ちよくしてあげたいと、心の底から思ったのでした。

 ばくばくと破裂するほど心音は大きくなっているのに、先輩を勢いに任せて押し倒した後は、不思議と気分が落ち着いていました。何も変わってはいないのに、視界は驚くほど明瞭で、私の欲しいものを次々と受け取ってきていました。
 こんなにも気持ち一つで変わってしまうのでしょうか。ただ慌てていた過去の自分が滑稽に見えてしまうほどに。
 手で擦りあげて、乳首を刺激して。先輩の挙動を視る世界から流れ込む情報が直接手足に注がれて、自然と動いてしまうのでした。いっしょうけんめい気持ちよくしました。
 きっと私に極力見せないようにと努力しているのだろう、その感じてくれる顔をじっと見つめていると、私の胸はこんなにも、こんなにも高鳴って、止まらなくなってしまうのです。
 キスした時のとろけた表情も、性技を受け続けてじれったそうに身を揺する挙動も、射精に向けて震える男の人も、全てが可愛くて、愛しくて、たまらない充足感が私を満たすのでした。
 男の人を気持ちよくするのが、こんなに素敵なことだって、私はどうして気付かなかったんでしょう。
 それでは、あんな無様を晒したのも仕方がないことかもしれません。そう思えるだけの心境の変化でした。
 もっとも先輩は、中でもきっと、私にとって特別。それを気付かせてくれたという意味でも、もっと確かな、大切なヒトであるという意味でも。
 それは愛というものかもしれませんけど、そんな一文字で評するには、この世界にはそれが溢れすぎているのです。
 ただ確かなことは、先輩との数々の行為を思い出すと、特にあの――キスで絡めとりながら、射精して頂いた時を思い出すと――私はお腹の下のあたりがきゅんとなってしまうのでした。

「んっ……」

 けれども。
 けれども、ああ。
 きっと私は欲深なんです。ちょっとしたことに気付いてしまうと、色々なものが見えてしまいます。
 まず一つ確かなことは、人の物がちょっと羨ましくなりました。私はおっぱいもお尻も、押しなべて控えめなのです。リディアさんだって、あんな重装備の下に大きくはないものの綺麗な凶器を隠し持っているというのに。ましてや金色の乳吸魔なんて絶対狂ってます。いつかおっぱいもげるくらい引っ張って、涙目になってるところを責め狂わしたいものです。うふふ。
 ……けれども、もっと重要なことは他にあります。
 私は先輩とまぐわう……いえ、訓練を行うたびに、恍惚としながらも、私の中には仄暗い何かが渦巻いて、私の心の枠をぐりぐりと押し広げていくのです。
 先輩を気持ちよくするだけで、代え難い充足を感じていたはずでした。けれども私は、段々とそれに満足できなくなっていくのを、私自身の中に感じていたのです。
 だって、先輩は私と一度も相対してはいないのですから。

「は、ふ……」

 相対してはいない、というのは嘘になるのでしょうか。先輩が私と本気で向き合っているのは間違いないことです。
 それでも、先輩は私に対して本気を出したことはなく、また私に向かって教師のような、保護者のような、そんな態度を崩したこともないのです。
 理不尽なことだと自分でも思いましたが、日に日に強くなる気持ちは止められません。
 先輩は、一体どんなBFを行うのでしょうか? いったいどんな眼をしてそれに臨むのでしょうか? 一体……ああ。
 いつしか私は、どうにかして先輩の対等なそれを見てみたいと、私にそうしてみてほしいと、そしてその上で……先輩を喘がせてみたいと。
 あの時のように、手こきすでイかせてしまったあの時のように、しかし今度は正面から気持ちよくして、どろどろにしてしまって、イかせてみたいと……そう思うようになったのです。支配欲ともいえるのでしょうか。いずれにしても私の中に、今まで感じたことのないような黒々とした何かが渦巻いています。
 私にも少しはハンター候補生としての矜持が残っているのかと思うと、少し嬉しくもありました。

 そう簡単にはいきませんでした。けれども、それを解決するきっかけをくれたのも、計らずもやはり先輩でした。
――ティエは、遠慮している
 なるほど私は、先輩にそうして欲しいと思うばかりで、自分では対当に立つ努力をしていませんでした。お昼も毎日のように誘ったりはしましたけど。
 意識せずに、私は行動を避けていたのかもしれません。もし同じ候補生として接しようと、私が先輩の心の中に踏み込んだ時、今の関係が崩れてしまったとき、どうなってしまうのか何一つ予測はつかないのです。私はそれを恐れていたのかもしれません。
 けれども、けれども私は、もうこの狂おしいまでの感情を止めることができません。
 昼夜問わず、私を先輩の幻影が苛ますのです。
 私は、もう――先輩の慈しみにただ溺れるように甘んじているのは。
 先輩の『先輩』というほんの少しの側面で、比較にならないほど大きい他の部分を無理矢理塗りつぶされ覆い隠された、そんな先輩を受け入れているのは、もはや我慢ならないのです。

「――あ――う――」

 シグルド……先輩。シグルドさん? シグルド君? シグルド? シグルド様? うふふ。
 でもなんだか、しっくりきません。どれがいいでしょうか?

「――あの?」

 ……人がせっかくいい気分で、浸っているというのに。
 うんざりするような雑音が、私の鼓動を邪魔します。
 けれども、いくらなんでも無視しているわけにもいきません。誰なのでしょう?

「はい?」
「今日の相手だよね。ぼーっとしてたみたいだけど、大丈夫なの?」

 ああ、そうでした。
 私がこんな柔らかいベッドのうえで、ぼうっとしていたのも試験の開始前だったからなのに、私としたことがすっかり忘れていました。恥ずかしいです。
 そしてこれで三人目、試験の最終日です。

「ごめんなさい、平気です。えと……開始はいつからでしょうか?」
「僕が入ったら、いつでも開始していいって言われてるけれど……」

 ベッドに足を折り畳んで座り込む私の前に立っているのは、多分まだ成人まで三つ以上は余裕のあるだろう男の子でした。男の子といっても、私より大きいんですけど。
 全体的に線は細いですけど、なよなよっとした頼りないイメージはありません。ぴんと張った背筋、引き締まった唇。きっときびきびとした動き方をするのかな。
 強敵でしょうか、それとも違うのでしょうか。やっと少し前に一つの壁を乗り越えた私には、それを判断することまではできません。
 ……強さなんて、どうでもいいんですけど。

「それなら、もう構わないですよ。……私はティエです」
「もういいの? それじゃ、そういう事で。僕はアルフ。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」

 互いに一礼。
 礼儀正しい人です。前の二戦は随分ぶっきらぼうな二人であまり印象が良くなかったですから、ちょっと嬉しくなってしまいます。ですから、少し待ってみましょう。

「……?」

 ベッドの前でほんの少し腰を落としたまま構える目の前の男の人は、私に対して怪訝な顔をして、その体勢のまま動かずにいます。
 なんだか困っているみたいです……そんなに私は不可解なことをしてるでしょうか。ちょっと傷付きそうです。
 迎え入れるように両手を広げて、わざわざ待ってあげているっていうのに。でも、よく考えたら不思議に思うのも当然かもしれません。困惑した表情で動けずにいる彼の姿がちょっとおかしくて、思わず私はくすりと笑ってしまいます。

「いいですよ? 来て下さい」

 何となくそういう気分。別に主導権をあげるわけではないですよ。
 悩んでいるみたいでしたけど、私がそこまで言葉にすると、意を決したようにこちらに目を向けて覆い被さるように圧し掛かってきました。やん。

「あっ……んっ、ふっ」
「ちゅっ……んく、んっ、ちゅ」

 両肩を体重をかけた手でベッドに向けて押し込まれながら、挨拶代わりとでも言いたげにキスされちゃいました。見かけの通り控え目な体重が心地よく私を背中からベッドに押し付けられます。
 唇からぬるっと這い出てきた舌は私を絡め取ろうとするけれど、様子見なのか気持ち控え目です。適当にそれを相手していると、巧みに両手が私の上を這い回り、服の隙間に差し込まれ、気がつけば半分ほど脱がされてしまいました。
 手つきがやらしいです。当然ですけど。

「んっ……」

 胸元を括っていた頼りないリボンが解かれる、しゅるしゅるという擦れ音と共に、私の肌が暴かれます。
 そして間髪いれずに、下半身が痺れるような刺激に襲われるのです。

「ひゃ、あ、んっ……」
「う、わ……」

 接吻から離された、濡れた唇から喘ぎ声が漏れることを私は我慢できませんでした。少し困ったな、と思いながらも、脳の奥が望んだ刺激に震えます。
 そして口から思わず声が漏れてしまったのは、相手も同じようでした。理由は同じでは、ないでしょうけれど。

「何でもう、こんなにびしょびしょに……」

 スカートを捲り上げられて、左手で下着をまさぐられるそれが、たっぷりと湿り気を含んだ下着に埋まってきていました。きっと下のシーツもよく見れば濡れてしまっているんでしょうか。
 確かめるように下着の上から撫で、時に大事な部分に沈ませるくっきりとした指の形を感じ取って、私は喘いでしまいます。

「ひぁっ、ん、指が、いやらしいです……」

 待ち望んだ感覚には、違いありません。……けれども。

「想像して濡らしてたの? ティエさんって、えっちなんだね」

 覆い被さって私を見つめる彼は、なんだか意地悪そうな顔をしながらそう言います。
 心外です。ちょっとむっとします。私は別にそんなことに欲情していたのではないのに、勘違いしないで欲しいのですけれど……くすくす。けれども、仕方のない話かもしれません。こんなにじゅぶじゅぶ濡らしていては説得も無理です。
 おまけにそんな事を思っていても、身体は素直に反応して、蜜を溢れさせてことさらに下着を役立たずにしてゆくのです。……まあ、それも今脱がされましたけど。

「んっ、くっ、ふぁ……ん、あっ」

 ああ、気持ちいい……今頃になって、あっさり押し倒されたことにちょっと後悔します。ほとんど自由な右腕を動かしてみますが、さすがに彼の股間には届きません。微妙に身体をずらしてのしかかられてるせいです。まともに反撃ができないじゃないですか。どうするんですか。
 目の前では反撃しないの? と言いたげな憎たらしい笑顔が浮かんでいて、余計に気持ちが急いてしまいます。
 どうにかして組み敷かれる体勢を変えようと思いますが、目の前の彼は身体を上手く使って私を動かしません。私の左手は彼の右手に手のひら同士で釘付け状態。鼻の頭にキスされて、くすぐったいです。

「ここはどうかな……? 気持ちいいかな?」
「ひゃ、ぁ、だめ、そこ、だめですっ……ぁんっ」

 もじもじと自然に股が逃れるように動くたび、却って私の中でやらしい液を絡ませる指が、つぷつぷという音と共に感じられてしまいます。
 差し込まれた指はいつの間にか太くなっていたと思ったら、それは二本の指になって、別々の動きで私の膣を翻弄します。片方は壁を……片方は、敏感に、多分もうすっかり膨らんでいる豆を。

「ひっ、あ、あぁんっ!」
「もう、だめだなあ。そんなんじゃアピールできないよ? 頑張らなくていいの?」

 そんなこと、言われなくても分かってるに決まってるじゃないですか。頑張ろうとしているのに身体を張って邪魔するのはあなたです。
 だからこそ、その言葉は私をそういう方向へと導きたいという意図があるのでしょう。
 敏感な部分を弄られて、徐々に頭の奥が痺れてゆくような快感に侵されるのを感じながら、私はどうにかこうにか気持ちを落ち着けます。
 或いは目の前の彼の期待に、沿うように?

「あっ、ん、ふ、こんなの……っ!」

 身悶える私の様子を、どう感じ取ったのでしょうか。開始から一方的に喘がせて、反撃もできずに組み伏せられる私を。目の前には爛々と輝く瞳が、彼の気持ちを物語っているようでした。
 このまま一気に。そう思ったのか、彼は私に唇を強く押し当てながら、今まで接していた腰を僅かに浮かせて手を離します。考えるまでもなく、武器を用意するため。
 そして、私はそれを待っていました。

「……っ!」

 離れていった体重が、私に久しぶりの自由を与えてくれました。腿を伝う愛液を振り切って、両脚で彼の片足を挟み込むようにして捕まえます。
 驚いた彼の表情は、次の瞬間にはもっと驚いた表情に――ほんのり紅く、色が染まっているのがわかりました。……きっと私の方がよっぽど紅いでしょうけど。
 私に抵抗するだけの余裕はないと思っても、彼は完全に手を離すのは躊躇ったのでしょうか。そんな用心深い彼が送ったのが、強く押し付けられ、ねっとりとした唾液の導くディープキス。
 でも用心深いのも考えものです……だって。

「んっ……♪ちゅる、んく、んむ……っ、んっ♪」
「は、ん……っ! んぐっ……」

 私、キスは大好きですよ?

「ん〜……く、んっ、ちゅる……」

 最初に押し付けられた時は浅かったですし、気分もなんとなく乗らなかったのであんまりやらないでおきましたけど。こうして深く押し付けてきた以上は、やらない理由もありません。
 慌てて私を迎えようとする舌なんて、ちっとも怖くないんですから。絡めとって擦りあげて、唾液を混ぜてぴちゃぴちゃしてあげます。あと唇を可愛がるのも忘れずに。
 今のうちに彼の右手と繋がれている左手を、力が抜けている間に捻るようにして一気に背中の方へ持っていっちゃいます。

「ん、くっ……ん、ぷはっ!」
「んんっ……あれ……ん、やめちゃうんですか?」

 けれども、上下の位置関係はそのままです。彼が頭を離すのを引き止めることはできません。ずるいです。十分ですけど。
 両脚でがっちりと彼の片足を挟み込むと、お豆が擦れてちょっと気持ちいいですけど、彼は手が出せません。焦った左手が私を抑えようとして、私と彼の体の間を駆け上がりますけど、そんな手は逆に私の右手で繋いじゃいます。単純ですね、くすくす。

「両手、繋いじゃいましたね。恋人みたい……んっ、ふ」

 平等な恋人ではないんでしょうけど。だって彼の右手は背中の方……体勢を戻すのはいまのうち。
 右半分で勢いをつけて、微妙に捩れている彼の身体を無理矢理横にするように押し出します。

「よい、しょ……っと」
「くっ!」

 ひっくり返してしまうのはずいぶん楽でした。けれどもさすがに相手もさるもので、このまま逆転したかったのに、腕と片足で踏ん張って倒れてくれません。
 お互いにベッドに横になって、私達はお見合いをするように向かい合います。両手はお互いに塞がり、脚も満足には使えない状態。けれども、これで十分……そう、十分です。脚を絡ませている私には、彼より小さい私には、目の前にちょうどいい慰みものがあります。
 男の人のおっぱいが。
 頭を潜り込ませるようにして、服の上から味見するように一舐め……苦いです。
 髪をくすぐるように、私の上で何かが動いているのがわかります。きっと一瞬反応が遅れた彼も、この服のように苦い顔をしているのでしょうか。そう思うと、少し得意げになれます。
 肌を護っている服の、そのぼたんを一つ二つ。歯と舌で外してしまうと、私はいよいよ目的地へ。

「んっ……ふふ。ちゅっ」
「うあっ……」

 ほんのり日焼けした肌色を、ぺろぺろと。ちゅうちゅうと。
 もがく彼が再び姿勢を奪おうと身体を動かしてきますが、お断りして一生懸命堪えさせてもらいます。彼の力を失くすべく、集中攻撃を加えちゃいましょう。

「くっ……こんなに濡らしてる、くせしてっ……」

 苦し紛れか、なんとか状況を突き崩そうとしているのか。私の両脚に挟まれた片足が、すりすりと私の腿の付け根を擦るように動きます。
 ぬるぬると滑りが変化した腿の間を、いい角度で出入りを繰り返して、そのたびに擦れて……結構気持ちいいのが困りものです。けれど外すわけにもいきません。
 やるしかなさそうです。

「んちゅ、ぢゅるっ、んっ、ぢゅるるるっ!」
「ふは、ん、あっ……」

 舐めるたびに無意識に引こうとする胸を追いかけて、尖らせた唇で乳首を吸い上げます。
 右、左、右、右、左。舐めて、吸って、離して。彼の様子を窺うようにして、慎重に、丁寧に、焦らず急いで奉仕させてもらいます。
 顔が見えないだろうって? 顔を見る必要なんてないじゃないですか。目の前でとくとくと流れる血の音が、私に彼のことをよろしく伝えてくれます。

「ちゅる、ちゅく……んっ、はふ、んっ……勃ってきました、ね?」

 擦り付けていた片足が鈍くなってくれるのは、それを意識せず隠すためでしょうか。痛そうなほどに勃起する乳首と、恐らくは。想像するとまた私の大事な部分を熱くしてしまいそうで、私は気を逸らすためにも、目の前のそれにむしゃぶりつきます。

「ちゅむっ……ふふ、やんっ……じゅ、る、ゅるるっ!」

 こっ、という、息を喉の奥で詰まらせる音。もがこうとしていた彼が乳首を吸われることで、今までになく強烈に背筋を反らします。
 ようやく顕れた均衡を崩してくれるその機会に、当然私は乗っかります。右手ごとベッドの上で半回転の弧を描くようにして、ぐぐっと彼に体重を乗せる。
 目の前の少し小さめの胸から身体が驚きで緊張するのが伝わってきて、それは気付いた時にはあまりにも遅すぎて。
 ぼすん、と。ちょうど最初の状態から文字通りひっくり返った私達二人なのでした。ふふ。

「……形勢逆転ですよね?」
「それはどうかな……?」
「ぁ、ん……ひゃんっ!」

 私が気を抜いたところを狙ったのか、がっつり四つに組んでいたはずの両手がいつの間にか解放されて、はだけた服の間に滑り込んでいました。
 生意気です。

「そんなこと、すると……んっ、」
「何が起きるのかな?」

 私が、わざわざ両手を自由にしたっていうのに。

「こうしちゃいます……よ?」

 私が狙うのは、下半身で私の腿に伝わってくる興奮の感触でもなく、さんざん弄り倒した上半身のそれでもなく。ひっくり返したこの状況下で不敵に笑ってくれる、その表情。
 両手で挟むようにしてぴたりと頬につけてあげます。途端に何かに気付いたようにはっとする、彼の顔。

「ぴちゅ、ん……っ」

 それを、塞ぐ。
 唇そのもので舐るように押し付け、擦り、目の前の彼の驚いた、そしてしまったと言わんばかりの表情を眺めながら私は両手で支えるのです。

「くちゅ、ん、れろ……んふ、ん〜っ……♪」

 どうにか捻って逃げようとする臆病な顔はしっかり両手で支えて逃がしません。隙を作ろうと勇猛にも私の体を揉み、擦り、気持ちよくしてくる両手は我慢します……どうせ、すぐに矢折れ力尽きるんですから。
 舌を差し込んで、試しにちろちろと撫でるように口内を舐りながら唾液を落としてゆくと、なんともいえない幸福感に満たされます。
 けれど、わざわざ出て行った私の舌にお迎えはありませんでした。寂しいです。
 寂しいので、もっと差し込んでしまいます。

「ん、ちゅる、ふむ……んっ♪ れぉ、んむ、るっ……」
「あ、ん、く……あぁあ……っ」

 ついでにあちこち唾液を絡ませながら舐め上げつつ口内を探査していると、ざらりとした舌は怯えたように奥に縮こまっていました。あまり張り合いがありませんけど、目を細める彼と相俟って可愛いので我慢します。
 誘うように優しく舌の表面をつつくと、ぴくりと震えて閉じこもるように下顎に張り付きます。面白くないので、いやというほど口の中から気持ちよくしてしまいましょうか。

「はふっ、あっ、んーっ……! んっ!」

 ダメですよ、息を荒くしても。逃げようとしたって逃がさないんですから。
 息が苦しいなら私の空気吸ってなんとかしてください。水が欲しいなら私の唾を飲み込んで生きていてくださいよ。
 それとも、気持ちよくて仕方がなくなってくれているんでしょうか? どうなんでしょうか? どうでもいいですね、きっと。

「ちゅる、んっ……むっ、れろ、んぷ、んんんっ……」

 喘ぎながらいやいやをするように左右する顔が可愛らしくて、もっともっとどうにかしてしまいたくなっちゃいます。
 もう手で抑えるのも必要なさそうだったので、左手は外して下へ下へ。下半身で突っ張っている場所を確認しておちんちん手早く引っ張り出すと、外気に触れたせいなのか、それとも私が触れたせいなのか、ぴくぴくと震えているのが分かります。
 何でか包んだ感じが物足りないですけど、いいです。このまま左手で、ゆっくり扱いちゃいましょう。うふふ。

「や、あ、ん、あっ……!」

 中途半端に終わってしまった前の分も合わせて、たっぷりと。時々漏れる声がか細くて、女の子のようで、ちょっと微笑ましいです。
 やっぱりキスはお気に入りです。得意ですけどそれ以上に好きで、私まで溶けてしまいそうで。
 以前と違って今度は私が上ですから、目の前の男の人――名前何でしたっけ?――ではそう簡単に逃げられません。
 やりたい放題って言うんですか? これ。興奮しちゃいますよ。

「んく、んっ……んっ……ぷは、ぁ……ふぅ」
「ぁ……うぁ……」

 息継ぎも苦しくなってきたので、名残惜しいですけど唇を離します。
 ついさっきまではっきりとした意思の強さを見せていた眼は、もうどろどろになってろくに焦点が合ってないように見えます。
 ちょっと執拗に粘りすぎてたせいでしょうか、唇の周りはとろとろとした唾液がぬめっていて。指ですくって舐め取ると、口の中とはまた少し違うしょっぱめの味がしました。

「ん、美味し……ふふ、気持ちいいですか?」

 返事がありません……。
 ちょっと寂しくなった私がぺちぺちと右手で頬を叩きながら左手で先っぽをくりくりすると、あぁ、とか、うぅ、とか返事といえばそうなるような、いわなければそうならないような、微妙な声はあげてくれますが。
 いわゆる『死んだ振り』ではないような気がしますけど……それにしても、ちょっと。

「だらしないですよ、そんな風に……。そんなに気持ちよかったですか?」
「そんなの……っ!」

 私は上半身を起こすとずりずり後ろに下がって、仰向けになっている彼の下半身の上に座り込んじゃいます。下敷きにした両足が申し訳程度にする抵抗が、駄々っ子みたいで可愛いです。
 左手で触れていた熱い熱いその塊を、右手も添えて改めて握りなおします。私の手のひらの中ってやつでしょうか、ふふ。
 先っぽから溢れて伝っている先走りをすくって、塗りこむように両手で扱いちゃいます。頑張りますよ、私。

「さっきまで強そうだったのに、情けないですよ。それとも、あれって虚勢ですか?」

 まあ……それはないでしょうけど。きっとそれは、ちょっと前の私が持ちたくても持てなかったものなのかもしれません。正直、今でもそんなにないですけど。
 両手で扱くたびに彼のそれがひくひくと震えて、表情は歪んで、蕩けさせてあげた口からは荒い息が漏れ出るのがはっきりと分かります。その様子を窺いながら、右手で側面を扱きたて、左手で鈴口を少しだけくりくりと。
 感じている様子を見ていたら、ちょっと口寂しくなってきてしまったので、腰を押し付けて私の大事なところで擦っちゃいます。
 私の愛液ばっかりのそこが触れると、また大きくぴくんと震えますけど、擦れて私も気持ちいい……イかないように気をつけないと。

「そんなにキスが良いなら、こうしてあげますよ。んっ……くぷっ……」
「ふあっ……」
「えっと……私とあなたの唾液が混ざったこれ、垂らされちゃいましたね。それじゃ、包んであげます」

 ふんふん、と鼻歌でも歌ってしまいそうなくらい調子が良いです。
 興奮が抑えられず吐息を漏らしながら、両手でぐちゅぐちゅとやらしい音をたてて扱きあげる私は、どんな目で見られてしまっているんでしょう。

「あ、くぁっ……あ、溶けるぅ……っ!」

 ああ。そんなこと、そもそも考える暇もなさそうですね。
 たまらずに声をあげる彼は、もう敗北宣言をしたも同然です。おちんちんもぴくぴくって、もう負けを認めてる気がしますし。堪えられず、熱い塊がのぼってくるのがよくわかります。
 ぐりゅぐりゅと手のひらでこね回すのは楽しいですし、悶える様子を見るのはとても胸がきゅんとしますけど、けれど……。

「……はふ、ん……私も我慢できません。……いいです、よね?」

 私は膝立ちになるようにして、はしたなくもずっとベッドを汚し続けているその部分を、彼の上まで持ち上げます。
 扱くのをやめた両手でしっかりと支えるおちんちんの、その真上に。

「あ、うっ……」
「いいですよね?」

 私の秘所を視界におさめて、まともに返事ができない彼がすごく興奮しているのが分かります。私もそれに興奮させられます。
 ぽたぽたと垂れる雫が、抑えたおちんちんに降りかかっていることが、私から見えなくても一定の間隔で息を漏らす彼のその表情を見るだけで丸分かりですね。くすくす。
 ……ああ、もう。待ってはいられないみたいです、私。

「なら、いきますよ、……」

 ゆっくり、ゆっくり。急いてしまいそうになる心を落ち着けて、ゆっくりと立てた膝を開いていきます。
 彼の表情を観察しながら、徐々に徐々に、その接合部を近づけていきます。今挿れてしまったら、一体どれくらい気持ちいいんでしょうか……たっぷり溢れた粘液同士できっとじゅぶって音がしてしまうんですね。ひょっとしたら私も、イってしまうかもしれません……。
 それを彼も想像してくれているのでしょうか。だんだんと変わっていく表情……まだ挿れていないのに、歪んだ表情は先取りした恍惚を仄めかしています。……ふふ。
 ……ふふふ。

「……んっ、はぁ……」

 先端が触れるか触れないか……その位置までくると、待ちきれずに浮き上がってくる、彼の腰。それを見計らってすかさず、私は一気に体重を下ろします。
 ……両手で支えたそのおちんちんの角度を、少し……少しだけ、ずらして、ですけれど!
 当然、ずらされたおちんちんは私に入らず、すでに十分すぎるほどぬめったそれは、明後日の方向へ擦れて。

「あぁ、あああ……っ!」

 ぬるりとお尻を何か硬いものが滑る感覚がしたと思ったら、次の瞬間には仰向けになった彼の口から、たまらなくなって弾けた声があがっていました。
 部屋に響く声と一緒に、お尻の後ろ側でおちんちんがぴくんぴくんしています。きっと中のものをたっぷり吐き出しているんですね。
 ……なんて言うんでしたっけ、これ。尻ズリ……?
 やれるとは思ってましたけど、実際にやってみるとちょっと不思議な感覚です。本当にお尻で擦られてイッちゃうんですね……。

「ごめんなさい、間違えちゃいました……ふふ。でも、お尻でイッちゃうなんて……背中にかかってますよ?」
「そん、なっ……こんなの」

 そんなに悲しそうな顔をして、申し訳なく思ってしまいます……でも、仕方ないじゃないですか。
 あなたは前菜なんですから。

「本当にごめんなさい……でも、気持ちよかったですよね? 次は間違えないようにしますから」

 前座なんですから。私はもっと大事なことが明日につかえているんですから、そう簡単に私の膣内なんか使っちゃうわけにはいかないんです。気持ち良かったですし、可愛いですけど、それはそれで別の話。
 今の私、先輩に見せてあげたらどんな顔をしてくれるでしょうか。喜んでくれるでしょうか? 素敵に無敵に三人斬りです。
 そう、あくまで私の目的は先輩。素敵なメインを残しているのに、前菜にあまり現を抜かしているわけにもいきません。油断はしませんけど、もうあまり気を張る必要もなさそうですし。

「はぁ……ん、ふ」

 でも……あぁ、今組み伏せているのが先輩だったら。そう考えてしまうだけで。目の前に他の男の人がいるのに、先輩の事を考えてしまう、そんな背徳感と酔ってしまうような素敵な感覚で、私は今にも達してしまいそうでした。こんな風になってしまう私自身に、驚いてしまいます。けれどそれは受け入れてしまえば、途方もなく心地よいものでした。
 けれども、とりあえず思考を脇に置いておきます。忘れませんけど、今は目の前のこと。

「尻で……お尻なんかでっ……」

 いつの間にか、彼の両手は私の両手を掴んでいました。けれどもイッた直後で脱力したそれは、弱々しく私を掴むだけで、まるで意味がありません。それはむしろ抵抗というより、なんだか許しを請うような姿にも見えます。
 尻の下におちんちんごと組み伏せてしまってから改めて見下ろしすと、夢心地のように呟く彼はまるで子羊さんのように見えました。狼は私。食べちゃいますよ? ふふ。

「大丈夫ですよ。……試験が時間制で良かったですね」

 私の言葉に反応して、彼の身体が竦んだように震えました。
 ……なんだか怖がられている気がするんですけど……ちょっとショックです。そんなに酷いことをしましたか、私。
 ちょっと口を尖らせながらお尻で八の字を描くように動かすと、未だにかちかちの肉の塊が私の下で暴れまわって、独特の感触を伝えてきます。

「私に入れられるまで、ちゃんとお付き合いしますからね? ふふ」
「あぁ、あ……っ、そんなっ……!」

 ぐりぐり、ぐりぐりと。
 お尻の下に敷いて、潰して、べとべとのえっちな汁ごとずりずりしてあげると、それで次々と表情を変えていく彼の様子を見ていると、胸の奥が熱くなって無性に昂ぶっていってしまいます。
 そして、それは私には止められるものでも、止める理由があるものでもありませんでした。

「ふふっ……」

 待っててくださいね、先輩。
 私をこんな風にしてしまった、して頂いた責任はちゃんと取ってもらいますから。
 ……たとえ半分であっても。




 ――ティエ。
 当養成学校にXXXX年入学。
 座学では非常に優秀な成績を誇り、技術面でも目立った能力は持たないものの始終安定した成績を残して合格。
 しかし入学後は精神面の脆さが浮き彫りとなった。彼女のそれは予想を遥かに上回るものであり、面接官の責任にはあたらないと考えられる。
 担当教員によって様々なアプローチが仕掛けられるが、結果はいずれも捗々しくない。
 場合によっては事務員などの裏方担当への進路、を考える必要がある。或いは……。

 XXXX年10月XX日。
 一年共通中間実技試験において、不合格となる。
 この試験に不合格となった者は他に10名であるが、いずれも出席数日数の不足、試験の放棄、明らかな手抜きなどによるものである。
 数名の教員による擁護があったが、元々素通りに近いこの試験で、非常に真面目であり、出席も欠かさなかった彼女が不合格となった事実は無視し難い。
 二週間後の追試験を待ち、その結果如何では彼女にハンターを退いてもらう提案をする事で折り合いがついた。

 XXXX年11月XX日。
 追試験の内容は学生同士の実技試験である。試合の組み合わせと時間を考え、不合格者同士の他にも一年の数名に有償で参加者を募った。
 その三名を彼女は悉く手玉に取り、一方的にイかせてみせた。果たして彼女に何があったのだろうか。
 彼女は行為が始まると加速度的に淫らになってゆくため、違法薬物の疑いから検査と、ついで簡単な心理判定を行ってみたが異常はない。
 いずれにしても彼女が弱点を克服し、文句なしで追試験を合格となったのは喜ばしいことであるが、教員の中には未だ疑問の声もあるので追って調査はしたい。
 数名の教員の話から、彼女は中間本試験の少し前から二年のシグルドと頻繁に行動を共にしていたことが明らかになった。
 何もないとは思うが念のため、日を改めて彼に中間試験前後の詳細を聞き出す次第である……。
終わると思ったら終わらなかったので後編に続きます。

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