6355

背徳の薔薇 取り引き

「ほ、ホントに口利きしてくれるんだなっ!?」
 診療室のベットに坐っているレイは、空色の双眸を白衣の女医の後ろ姿へきつく据え、乱暴に言い放った。
 椅子に座って書き物をしている女医は、少年に背を向けたまま、カルテへ書き込みを続けつつ、応えてきた。
「ええ。私の診察を受けてくれれば、シンディ・シュバイツァーの見送りが可能になるよう、陛下とカーミラに進言してあげる」
 炎緋色の髪の毛をアップにしているため、炎を連想させた。まとめられている髪の量は多く、けっこうな長さなのが見て取れる。これが激しい噴き上がりを思い描かせた。
 髪の毛には、女性の足腰を意匠化したとしか思えない形の髪留めが使用されている。頭髪を男性の体に見立て、しっかりと蟹挟んでいるさまは、猥褻そのものだった。
 丸出しにしているうなじは、照明に照らされ艶を放っている。それを見ているだけで、レイは心臓が高鳴ってしまった。
 女性の首筋というのは、なぜこうも細く滑らかで美しいのだろう。そんな思いを抱いてしまった自分に気付き、慌てて危険な部位から目線を外した。
 今は、自分の性的欲求に打ち負けていられない。
 明日、シンディが人間界へ帰還する。
 説得に説得を重ね、不承不承ながらも、帰るのを承諾させたのだ。ただし、不測の事態が発生する可能性を指摘され、送別の許可が出なかった。このままではシンディと話せないまま、別れなければならなくなる。
 いつものように見張りの堕天使たちを騙して突破しようにも、幼馴染が入院している部屋の周辺は、多数の堕天使たちが厳戒態勢を敷いているとマリア=ルイゼから聞かされている。
 指揮は、カーミラという堕天使が執っているらしい。アーシアを助けるためにデニソン国へ亡命してきた堕天使たちの数は膨大だ。その堕天使たちが、元からこの国に住んでいる淫魔たちと衝突せぬよう、リーダー的存在となってまとめあげている稀代の戦士だそうである。そんな大物に出張られては太刀打ちできようはずもない。
 これではシンディの病室に行けないと切歯扼腕していたら、この女医が居丈高に介入してきたのだった。
「バベットは置いとくとしても、カーミラって人は凄いんでしょ? そんな人が、なんでワーズ先生の言うことを聞いてくれるんだよ」
「ああんっ。レイきゅん、先生のことは、ミティって呼んでくれなくっちゃ、イ・ヤ」
 甘ったるい声を出した女医は書き物の手を止め、椅子ごとこちらへ振り向いた。
 レンズの小さな、縁なしのフォックス型眼鏡をかけている女医は、ペパーミントのように輝く浅葱色の瞳を切なげに細めながらも、腕と足を組み、尊大な姿勢を崩さない。
 彼女がデニソン総合病院の院長にして、淫女王、バベット・アン・デニソンの御典医も兼任している、ミューティ・ワーズだった。
 バベットの命により、レイの主治医を担当している淫魔だ。だが、レイが意識を取り戻したときには治療はほとんど終わっていたため、彼女の卓越した医術のお蔭で一命を取り留められた記憶が、まるでない。切開手術も施されたらしいが、傷痕ひとつないため、名医だと教えられても実感を抱けなかった。
 印象にあるのは、診察という名分を大仰に掲げ、堂々と襲撃を繰り返してくる事実だけだ。
 要するに、関りあいたくない、苦手な淫魔である。
「ふざけてないで答えろ」
 レイが悪態をつくと、ミューティは赤い唇端を僅かに吊り上げ、薄ら笑いで返した。
 知的かつ厳しい表情に見えるのだが、今の状況を楽しんでいるだけなのかもしれない。
 そう思うのは、腕の組み方だ。
 髪の毛と色を合わせた赤いカシュクールブラウスを着こなす女医は、巨乳と言って差し障りのない大きさを誇る半球型の乳房を、下腕で持ち上げて大きさを強調させながら、上腕で押し挟んで深い谷間を形成し、腕組んでいる。今にも零れ出すのではないかと思うほどだ。腕組みした結果でしかないとばかりに自然な態度でいるが、見せびらかしているのは明らかだった。
 ブラウスは丈が短く、臍を出している。腹筋は筋肉がつきすぎておらず、よく引き締まって深い縦筋が作られており、レイの目には、均整の取れた肉体美は芸術の域に見えていた。
「ね、レイきゅん。先生と、熱ぅ〜いキスをしましょう? それはもう、ドロドロなほどに」
「やっぱり初めっから診察する気なんてないんじゃんかっ。なんでこんな人が医者なんだよ」
「そう失礼な発言をするものではない。ワーズ先生の影響力は大きいぞ。女王様はワーズ先生に一目置いている。カーミラ様とて、無視などできない。それほどのお方なのだから、ここは従うが是だ。でなければ、シンディ・シュバイツァーの見送りに行けなくなるのが確定するだろう」
「うー……」
 診察室の戸口に立っているマリア=ルイゼ・フォーフェンバングに幼馴染の名を出されてしまい、反論のしようがなくなってしまった。
 マリア=ルイゼの発言は正論で、頭ではそうするしかないと分かっているのだが、何もこのタイミングでシンディの名前を出さなくてもいいじゃないかと、恨めしそうに睨む。
 堕天使は、物言いたげな少年の視線を真っ向から受け止めてみせた。いっさい動じず、むしろ跳ね返さんばかりに見返してくる。
「私とレイきゅんの楽しい会話に横槍を入れるとは。フォーフェンバングの分際で、何様のつもりかしら? おまえが陛下から目を離すなと厳命されているのを承知しているからこそ、レイきゅんとふたりきりになれるせっかくの機会にも関らず、ここへの入室を許可してあげたというのに。いつの間にか、恩を仇で返せるほど、偉くなったようね」
「す、すみませんっ、失礼いたしました!」
 抑揚のないミューティの声を聞いた堕天使が直立の姿勢になると、二枚の黒い翼を床に垂らして怯えだした。
 全身を小刻みに揺らしているのが、黒衣の上からでも判る。
 レイは、いつも自分に対して上からものを言ってくる、彼女の急変に驚いた。
「私のバイブを無断で使用したこと、隠し通せているとでも思っているわけ?」
 ミューティは机の引き出しを開けると、バイオバイブを取り出して机の上に置いた。
 地下にある物置でマリア=ルイゼに使用した物と、同一のものだった。
「げ、バレてる。ってゆーか、やっぱこれ、ワーズ先生のだったのか」
「あんレイきゅん。先生はミティって、呼・ん・で」
 レイに対しては満面で笑みを作り、全身からハートマークが溢れるのではないかと錯覚するほど、甘い口調になった。
 この二面性の意味が分からず、少年は顔をしかめた。
「あ、あ……。すみません……」
 青竹色の瞳から輝きを失い、顔面蒼白となってうな垂れる。
「あとで地下室に来なさい」
「……はい」
 有無を言わさぬミューティの圧力に気圧されたマリア=ルイゼは、力なくうなずいた。
「地下室?」
「レイきゅんは知らなくていいのよ。でもどうしてもとレイきゅんが頼むなら、先生、教えてあげる。観客がいてくれたほうが楽しいもの。おまえもそのほうが燃えるだろう? フォーフェンバング」
 やはりレイには甘い声音を使ってきたが、マリア=ルイゼへは、残酷なほど厳しい声を投げかけた。
「う、やめとく。……ねえマリー、大丈夫?」
 レイはマリア=ルイゼに愛称を使って呼びかけた。だが、彼女は無反応に俯くばかりだった。もはや何も聞こえないらしい。
 地下室にはシンディが入院しているが、ほかにも用途不明の部屋が多くある。そこでミューティがマリア=ルイゼに何をするかなど、知らないほうがいい。
 自分もやがては退院し、もとの大部屋に戻るのだ。あまり淫魔の事情に首を突っ込みたくない、というのが本音だった。
「レイきゅんが話しかけてくれたのに、なぜ無視をした」
「ヒ──ッ」
 普段は毅然としているマリア=ルイゼから悲鳴が上がり、レイは再度、驚愕した。
 彼女をここまで戦慄させるのだから、ミューティもただの淫魔ではないらしい。この病院の院長をし、バベットお抱えの医師である片鱗を垣間見た気がした。
 ただ、たいへんな実力者なのかもしれないが、マリア=ルイゼがくだらない難癖をつけられているのは面白くないので、すかさず仲裁に入った。
「マリーが怖がってるじゃんか。もうやめなよ」
「ああんっ。なんて優しい子なのレイきゅんは。先生ときめいちゃう」
「ときめかなくていいし、マリーもいじめるな」
「いじめじゃないわ。悪い子には、罰が必要でしょう?」
 ミューティの表情からは冗談の色が見えず、威圧感を味わった。
 味わいながら、無意識のうちに、レイはミューティの股間に視線を寄せる。
 女医は黒のタイトミニスカートを穿いているため、肉感的な生脚を惜しげもなく晒していた。餅色をした肌艶は、蠱惑的な妖しさを含んでいる。気持ちを強くもっていないと、勝手に手を伸ばしてしまいそうになるほどだ。
 右脚を上に組んでいるためにスカートの右側が僅かにずれ、素脚のあいだにある逆三角形の黒い隙間が、魅惑的に飛び込んできた。
 股下数センチほどのスカートを穿いていながら、決して中を見せない位置取りをしている。狡獪さに長けた態度が、いっそうの妖艶さを醸していた。
 見えないものは見たくなるという、欲を有する者の本能に嵌った少年から視線を受けた女医は、謀ったように脚を組み替えた。
 その挙動が巧妙だった。
 右脚を意図的に大きく浮かし、股の陰影を大きく作る。照明の光に侵入され、下着が見えそうになるぎりぎりのところで脚を床に下ろすと、今度は左脚を持ち上げてきた。光に差し込まれる極限まで浮かせると、膝を伸ばして脚を真っ直ぐにしてから右脚の上に乗せ、脚の組み替えを完了させる。
 女医の行動中、黒い隙間から中の様子は窺えなかった。
 少年は、しゃぶりつきたくなる衝動に駆らせる太腿の揺れ動きに生唾を飲み込みながら凝然としていたのに心づき、慌てて目をそらす。
 これで二度目だ。
 意識せずとも見てしまう。こんな淫魔が自分の担当医なのである。誘惑をかけられるたびに逃げ続けたのは、彼女の色香に溺れたら、身を滅ぼすだろうと分かっているからだった。もっとも、右往左往する自分が遊ばれているだけなのも知っている。本気で迫られたら、拒絶しきれる自信などない。心の奥底では、ミューティを欲する自分が燻っているからだ。それを理性で排除しているのである。
 ミューティの浅葱色の目に見据えられ、蛇に睨まれた蛙の様相を呈しそうになり、レイはかぶりを振ってごまかした。
 常軌を逸してはならないと思い直した矢先である。
「では始めましょうね。先生、優しくしてあげるから」
「そういう言い方がおかしいんだよっ。だいたいなんで、もうやるって決まってるんだっ」
 女医は、レイの問いかけに耳を貸さなかったマリア=ルイゼに冷然と叱咤を飛ばしておきながら、自分はレイの抗議を受け流し、おもむろに椅子から立ち上がった。
 スカートの裾を伸ばしてから、机に置いていたバイブを手に取り、肩で風を切るように、こちらへ歩いてくる。そのため、大きな乳房と白衣の裾が躍動した。
「まさかそれ、使う気じゃないだろうな」
「レイきゅんには使わないわ。だって、私がするんですもの」
「ぼくには使わないって?」
「ええ、レイきゅんには、ね」
 ミューティは、レイが坐っているベッドまでやってくると、戸口で直立したままのマリア=ルイゼへ首を向け、バイブを自分の顔の高さまで掲げた。
「フォーフェンバング、これを取りに来なさい」
「はい」
 女医に命令された堕天使は、重い足取りでやって来て、バイブを受け取った。
「全裸に」
「はい」  
 マリア=ルイゼは、淫具をベッド脇にある籠に安置すると、黒衣を脱ぎ始めた。
「なんでマリーが服を脱いでるのさ」
「レイきゅんはこれから恥ずかしい思いをするのだから、それを少しでも緩和させてあげようと思って」
「意味が分からない。何をする気だ」
「直腸検査に決まってるじゃない。消化器官の回復具合を診る必要があるのよ」
「げ、それはイヤだっ。便通に不具合はないし、腹痛もないから大丈夫だよ!」
「そうね、なんともないといいわね。でも医者だからこそ発見できる病気があるかもしれないから、ちゃんと調べておく必要があるの。レイきゅん、いつも私の診察から逃げ回るから、ぜんぜん先に進まないんだもの。ちゃんと検査は受けてくれないと、いつまでたっても退院できないわよ?」
「それはワーズ先生がヘンなことばかりしようとするからじゃないかっ」
「はぁんっ。先生のことは、ミティって、呼・ん・で」
「なんで、よりにもよって、こんな検査をワーズ先生が……」
「ミ・ティ・イ」
 拗ねた調子のミューティに頬を撫でられ、背筋に電気が走った。
 猫背にしていた背筋が伸び上がり、丈の短い貫頭衣の裾がめくれ上がって股間が出てしまう。すかさず女医は、少年の生殖器を、堂々と見下ろしてきた。
「あん。レイきゅんのおち○ちん、見えちゃった」
「見るなっ」
 レイはぞんざいに言い放ち、裾を伸ばして股間を隠した。
「でもこれからレイきゅんも、フォーフェンバングと同じく、裸になるのよ?」
 言うや否や、ミューティはレイが着ている貫頭衣に手を伸ばし、両脇で縛っている紐を解き始めた。
「なんでだよっ。これって裸にならなくても大丈夫なように作ってある検査着なんでしょっ。脱いだら意味ないじゃんか!」
 やめさせるために手を出して抵抗しようとしたが、簡単にいなされて、すべての紐を解かれてしまった。
「いいじゃない。先生、レイきゅんの身体を見ながら、検査をしたいの」
 ミューティは垂れ下がるばかりとなった貫頭衣を掴む。すかさずレイも掴んで抵抗したが、前垂れの部分がずれ、前面が丸見えとなってしまった。
 ミューティは露骨に少年の下半身へ目を落とし、「若々しくて美味しそう」と、破顔した。
「横暴だっ!」
 暴れたところで前が見えているため、無意味と知った。恥ずかしがっていると女医が悦ぶだけである。
 諦観したレイは貫頭衣を脱がされ、裸にさせられた。
 横目に白いものが入ったので首を向けると、靴から下着まですべてを脱ぎ終え、産まれたままの姿で待機しているマリア=ルイゼがいた。
 彼女との情事では、いつもなんらかを着衣した状態でしていたので、全裸を見るのは初めてである。
 素直に美しいと思った。
 白い肌と背中まで伸びている青い髪の毛の色彩は、青天を思わせた。この肉体に自分の欲望にまみれた体液を吐き散らしていたのかと思うと、罪深さの意識が芽生えた。
 淫魔となった堕天使たちには、どこかで清純さを瞥見するときがある。自分を見張っている名も知らない堕天使たちでさえ、神々しく見える場合があった。もちろん、未だに戻ってこないアーシアからは、よく感じていた。
 アーシアは、何をしているのだろうか。所用でいないと言われているが、曖昧で何も教えてもらえないと、逆に気になって仕方がない。毎日のようにアーシアの情報を聞きだそうとしているが、重要な任務に携わっているらしく、詳しい内容はバベットくらいしか知らないという返事ばかりだ。そのバベットは、決して教えてはくれないのだった。
「あら。フォーフェンバングに見蕩れてるなら、検査のまえに、軽く抱いちゃう? 先生、レイきゅんが頑張るところも見てみたいから、いっこうにかまわないわよ?」
 ミューティに玩弄されてレイは正気に戻ると、マリア=ルイゼを見ておきながら、ほかの女性へ思いを馳せるのは失礼だと反省した。
 淫魔たちは自分の敵なのだから無用な感情だろうが、完全に割り切れるほど、まだ精神的に強くなれていない。
「なんで服を床に脱ぎ捨ててるんだよ。ちゃんと籠に入れなきゃ」
 レイはベッドから立ち上がると、マリア=ルイゼが脱衣した衣服を手に取るため、中腰になった。
「そのままでいいんだっ。その籠は、おまえやワーズ先生の荷物に使用すべきものだから」
 マリア=ルイゼが焦燥して少年の手を取り、動きを止める。
 驚いて堕天使を眺めると、彼女は青ざめ、首を横に振っていた。その振る舞いによって乳肉が波打ったので、自然と目線が落ちてしまう。しかし彼女は気にも留めず、必死の形相で諫止した。どうやら裸を晒すよりも優先されるらしい。
(そんなに、この先生が怖いの?)
 そう言いかけたが、やめた。余計に彼女を困惑させるだけだと解ったからだ。
 この上下関係は絶対的で揺るがない。
 そう理解した。
 こういったやり取りは、アーシアで何度も経験している。
 マリア=ルイゼは追い詰められている。そう思うと、不思議と覚悟が決まった。
「検査を受けるよ。ぼくの気をそらすためにマリーを裸にさせたんなら、ぼくは逃げないから。もう、マリーは服を着てもいいでしょ?」
 レイは物怖じせず、真正面からミューティを凝視した。女医は満足そうに微笑んでいる。
「そうね、どうしようかしら」
「マリーに何をする気だ。可哀相だろっ」
「可哀相じゃないわよ。淫魔にとって、快楽はこの上なき至上の悦びだもの」
 ミューティは籠に入っているバイブを取ると、マリア=ルイゼに手渡した。
 マリア=ルイゼは何をすべきかを悟っているらしく、バイブを握る。
 バイブが起動すると、身をくねらせ、準備を整え始めた。先端から透明な液体を溢れさせ、その身を濡らす。潤滑剤の役目があるようで、粘性があった。
「マリーやめろっ」
 レイが中止を呼びかけたが、マリア=ルイゼは少年に安心するよう、うなずき返してきた。
「実感がなくとも、おまえは心肺が停止するほどの重症を、確かに負ったのだ。いま少し遅ければ助からなかったと、ワーズ先生もおっしゃっている。経過を確認するためにも検査は必須だ。何も直腸検査だけにかぎったことではない」
「分かったよ。でもそれとマリーは関係ないじゃんか。これからオナニーでもする気なんじゃないの? それに見蕩れさせてぼくから抵抗力を奪っておいて、その隙に検査する算段なんでしょ? ちゃんと受けるから平気だって。てゆーか、やられるところを見られるのは恥ずかしいから、マリーには席を外しててほしいんだけど」
「おまえの傍から離れるわけにはいかない。その代わり、私の姿もおまえに見せる。望むなら、好きに触ればいい。それでおあいこということで、納得しろ」
 言葉に偽りがないと証明するかのように、マリア=ルイゼはレイの右手首を掴むと、自分の乳房へ押しつけた。
 力んだ押し込みによって堕天使の大きな左の胸が潰れ、指の隙間から乳肉が浮き出す。
 その甘美さに夢中にさせられそうになったレイは、慌てて腕を振り解き、手を引っ込めた。
 少年に拒絶されたマリア=ルイゼは眉をへの字に曲げたものの、それ以上、何もしてはこなかった。
「何してんだ。マリー、おかしいよ」
 レイは力なくベッドに坐りこんだ。淫魔の考えが、まるで理解できない。
 マリア=ルイゼは、片時も自分から離れずに監視している。離れる必要性が生じたときはほかの者が警護につき、ひとりでいるのを許されない。トイレに行くときも、就寝時も、誰かが必ず近くにいるのである。
 恍魔の切り札という重要機密の存在だかららしいが、最近は、とくに厳しくなった。
 シンディに逢うために病室から脱走を繰り返していたからである。また、病室に閉じ込められているのがいやで、出歩こうとしていたからでもあり、ミューティの襲来から逃げるためでもあった。
 自分の責任でマリア=ルイゼたちに迷惑をかけている負い目もある。だが、彼女が痴態を演じてまで、自分をかまわなければならない理由はないと思った。
 淫魔流の義理立てなのかもしれないが、やはり、そこまでする必要はないというのが、レイの考えだ。
「じゃあここにいるのは解ったし、何もしないでいいからさ、せめて、こっちを見ないでおいてくれないかな」
「ワーズ先生、いかがいたしますか?」
 レイとマリア=ルイゼのやり取りを楽しげに眺めていたミューティは、腕組みの姿勢を保ったまま、肩をすくめた。
「レイきゅんは絶対無理だから、準備だけしておきなさい。本気になって遊んでていいわよ。そのバイブを使うんだもの」
「はっ」
「何が無理なんだよ!」
「発情せずにはいられない、という意味よ」

 ミューティの予告どおりになった。
 レイは四つん這いの姿勢を取らされ、喘いでいる。
 垂れ下がっていた若塔は屹立し、腹に当たるほど反り返っていた。陰嚢は小さく収縮して固くなっている。
 ミューティがレイの肛門に、舌を挿れているからだった。
「手袋も填めずにいるからおかしいと思ったんだ。こんなの、検査じゃないだろ」
 文句を言いつつ、熱く濡れた舌が入っている感触に呻く。
 まったく痛くない。
 むしろ、感じていた。
 尻を抱かれ、穴を蹂躙されている。淫らに音を立てて舌を出し入れされ、時折、菊門に唇があてがわれ、接吻されつつ吸われた。
 海綿体のあたりから夥しい快楽が湧き上がり、先走りの液体が尿道口から溢れ出す。
 羞恥で顔を紅潮させながら全身が赤くなっているのは、火照りきっているからだった。
 少年は、女性の性交渉を疑似体験している感覚に陥っている。膣と直腸の違いはあるが、突き入れられる感覚とはこういうものなのだろうかと、情けない声ばかりが漏れてしまう。
 汚い部分を舐められるのは屈辱的だったが、それも、もうどうでもよくなってきていた。
 我慢を重ねて限界に達した便意を解放するときに味わう快感のようなものが、絶えず続いている。それも、気持ちのよさは比ではない。射精する直前の絶頂感にも似ている気がするが、まったく異質の快楽の気もする。
 レイは、初めて味わう衝撃に戸惑っていた。
「うぅ」
 ミューティの舌の動作が活発になり、円運動も加えて腸壁を抉られた。
 男は肛門で達するのだろうか。もし達した場合、射精するのだろうか。それとも、射精しない絶頂感というものがあるのだろうか。
 排泄器官が性感帯であったのに混乱しつつそんな疑問が浮かんだが、艶めかしい声を立てて吸いつかれ、熟考する余裕を打ち消されてしまった。
 高鳴る心臓から、練られた淫気が全身を疾駆する。官能に惑溺してゆく身体が自分のものではないような幻覚症状が現われ、四肢が悦びに満ちた。
 ミューティの舌が入ってくると、腸が圧迫されて海綿体が押され、下半身から力が抜けそうになる。女医は少年の尻を抱いていた右手を離し、精気を精製する袋のつけ根のあたりを、人差し指を使って押し込んできた。
 舌と指で海綿体を刺激され、レイは両腕に力が入らなくなって枕に頭を落してしまう。
 ミューティの淫気がレイの淫気と混合し、広がっている菊門や腸壁を痺れさせた。女医の淫気は傲然とした気質があり、少年の淫気を無遠慮に侵してくる。侵された淫気は反り返る若塔へ収束していくため、射精してしまいたい欲求が強くなっていった。
 男が全員そう感じるのかは判らないが、若塔のつけ根まで快楽が響いてしまっているレイは、出したいと思い始めていた。自分で右手を伸ばして肉竿を握ると、激しくしごきたてる。
 すぐさまミューティに手首を掴まれ、止められてしまった。自慰は許されないらしい。
 これはあくまでも検査なのだから、性行為は駄目だという意味なのだろうか。それならば、こんな行為自体が不浄極まっているから説明がつかない。もしくは、ほかの理由があるのか。判然としないものの、己の欲望を拒絶された不満は、いやが応にも溜まっていった。
 出したいという思いは、挿れたいという思いに直結する。
 マリア=ルイゼの痴態が目に入るからだった。
 彼女は床に尻をつき、大きく脚を広げてこちらへ向いている。
 堕天使の生殖器には、ミューティのバイブが挿さっていた。このバイブは生物だそうで、自立して動いている。縦への動きは苦手らしく、大きく体をくねらせてマリア=ルイゼの形をゆがめていた。内側の肉ビラは膨張しきって渓谷を開ききり、彼女の様子がひと目で知れた。濡れきって白く濁る股は淫猥そのものだ。
 彼女の陰核を保護する包皮は肉厚なため、剥かれなければ芽が出ないので見えないものの、上底が長く下底の短い、台形に整えられた青い陰毛が体液に濡れて肌にこびりついているさまは、堕天使の発情の度合いの大きさを物語っていた。
 股間はバイブに任せ、自分は両手で乳房を揉んでいる。女裂に負けじと形を変え続ける乳房の中央には、柑子色の突起物が存在感を示し、それを指で摘んで刺激を与えていた。
 ミューティの命令に従っての行為なのだが、すでに心底から楽しんでいるらしい。
 レイに見られると嬉しそうに顔を弛緩させ、釘付けになれと言わんばかりに見せつけてくる。乱れた髪の毛を振り払うために首をひと振る行為は、とても艶冶に映った。
 二枚の黒翼は力なく床に垂れている。強い刺激に見舞われると軽く浮き上がる様子は、彼女が感じているのがよく分かる仕草だった。
 これでは発情するなというほうが難しい。
 入院中の性欲処理はマリア=ルイゼに相手をされていたが、彼女の膣への挿入経験はなかった。
 いつも簡単に主導権を握られて、後ろの穴へ挿れてしまうからだ。彼女が望むからなのだが、一度くらいは経験してみたいという堕欲を抱いている。
 そんな邪念をミューティに読まれたのか、女医がマリア=ルイゼを手招いた。
 堕天使はバイブに責められるまま上体を前倒しにして四つに這い、ベッドへと近寄って来た。ベッド脇まで来ると、マリア=ルイゼの重そうに垂れる胸がレイの眼前に広がり、少年の鼻息が荒くなる。
 ミューティに舌を奥深く捻じ込まれ、レイは情けない喘ぎを漏らして目を瞑ってしまった。
 暗闇の世界が訪れると、時間をおかずに柔らかな感触が自分の身体の下へ滑り込んできたので、重たくなっている瞼をゆっくりと開く。
 マリア=ルイゼの背中に乗っていた。二枚の翼と青髪がベッド横へ流れているため、白い肌やうなじが露になっている。思わずレイは、彼女の首筋にかぶりついてしまった。
 堕天使は少年を好きにさせたまま、うつ伏せから臀部を持ち上げ、自分の菊門に少年の先端をあてがってきた。単純に突くだけで挿入できる姿勢である。
 バイブの振動が伝わって快感が増大する。欲情しきっている身体を止められるわけもなく、少年は全体重を乗せて腰を突いた。
 マリア=ルイゼが押し潰され、豊満な胸が腋から零れ出す。体勢が不安定なため、レイは潰れている乳房の下へ強引に手を差し入れて支えとしながら、柔らかな触覚を堪能した。
 結局、また後ろへの挿入である。ただ、言いようのない昂奮があった。
 自分は尻を犯されているが、同時に尻を犯してもいる。二名の淫魔に挟まれる情事によって脳漿が溶け落ちる感覚を与えられ、頭全体が呆然とした。
 腰は振れなかった。ミューティの責めが激しさを増し、脱力させられたからだった。
 ただ、いっさい問題がない。
 マリア=ルイゼが括約筋を締めつつ、尻を揺らしているからだ。若塔が、温かく柔らかな腸内に包まれ、心地よい締めつけに震えている。
 ミューティの淫気がレイの身体に侵入し、レイの淫気がマリア=ルイゼの肉体に侵入する。マリア=ルイゼの淫気はレイに向けられた。
 少年と堕天使から喘ぎの合唱が始まると、ミューティは舌を挿れたまま微笑した。
 これが目的でマリア=ルイゼに準備させていたのかと、今さらながらに思い知った。今回はほんのご挨拶程度で、後ろを経験させるのが主目的だったように思える。もう果ててよいという意味で、マリア=ルイゼを動かしたのだと、強く感じた。
 もちろん、自分にとっては挨拶程度で済む話ではない。屈辱的ではあるし、指ではなく舌で蹂躙されてしまった。さらにはマリア=ルイゼの肛門に挿入している状況だ。複数の女性と絡むのも初めてである。少年にとって、薄い内容であるはずがないのだ。
 ミューティの戯れに踊らされたのが腹立たしくもあった。この女医がこれだけで終わるとも思えない。ただ、限界を超えている今の肉欲を理性で抑えるのは、もはや無理だった。
 淫核化した心臓の中にあるもうひとつの小さな淫核から、狂気を内包した淫気が発生した。狂淫の精霊が踊り狂えとばかりに挑発している。狂おしい意識が全身に行き渡ると、少年の最後の正気が侵食され、ミューティの愛撫を楽しむまでになった。もっと快楽をよこせとミューティへ尻をぶつける。女医は呼応して少年の尻へ顔をうずめ、貪った。
 尻を引いたので堕天使との結合が解けそうになったが、そこは手練の彼女である。押し潰されていても尻だけはしっかりとを上げ、問題を解決した。
 獣と化したレイは、邪悪に満ちた淫気を歯に集めた。力が漲るのを確認してからマリア=ルイゼの右肩を噛む。肌を食い破られて堕天使が痛みの声を立てるが、少年は無視して歯を突き立てた。肌に食い込む前歯が赤く滲むと、マリア=ルイゼの肛門が激しく締まる。
 抵抗するどころか歓迎している風情の堕天使は、頬を紅く染めて呼吸を荒げた。
 腰を左右に揺らしてレイにこすりつけ、瞳を潤ませている。彼女は少年の狂気に満ちた淫気に浸潤された影響からか、よがり狂っていた。
 そこでミューティが動いた。
 マリア=ルイゼに挿さっている淫具を引き抜き、床へ落したのだ。
 不満げな表情を見せた堕天使が首を上げ、女医に振り向いたところで、彼女は本来の務めを思い返したらしい。ミューティの眼光に気圧されたマリア=ルイゼは、寸止めの状態を受容し、大人しくなった。
 レイに噛みつかれているのは自由にさせておき、少年を果てさせる動きを開始する。
 直腸ごと締めつけられ、少年に射精の火が灯った。
 腰を振りたいのだが、脱力しているし、ミューティに押さえ込まれてもいるので、動けない。やられっぱなしが我慢できない少年は、待望の場所が空いているのを本能的に思い返した。
 女谷である。
 ここに挿れてみたい欲求が、嵐となって吹き荒れた。
 マリア=ルイゼの右肩から口を離すと、力の入らない腰を無理に引き、抜こうとした。もちろん、腰は動かなかった。また、括約筋にも邪魔され、前へ挿れ直す試みは失敗に終わる。
 そのままでは悔しいので、胸を堪能していた両手のうち、右手を引き抜く。それから人差し指、中指、薬指の三本を揃え伸ばして、堕天使の前穴へ挿し入れた。
「あぁっ」
 三本の指を呑み込んだマリア=ルイゼから、官能の雄叫びが上がる。
 愛液を掻き出す要領で膣壁を抉ると、窮屈に指を締め上げてきた。その感触は後穴にも響き、若塔の射精感が増していく。
 ミューティがそれを悟ると猛然と首を振り、舌の出し入れを強烈なものにした。
「うぅ」
 レイの表情が快楽に歪む。
 尻穴に出入りされている奇妙な感覚は、自分が女になってしまったと錯覚させるのに充分すぎた。自分の腸内は敏感になり、細かな触覚まで理解できる。
 舌で腸壁が開き掘られ、奥へと向かわれる。舌が引き下がっていくと、圧迫されていた腸が閉じる。また舌が侵入してくると、閉じた腸が掘り進まれた。
 これを素早い動作で、連続されるのだ。
 自分が挿れているときには決して分からない感覚である。こうして女性は性体験をするらしい。当然なのだが、男と女では、快楽を得る方法がまったく異なっているのを身をもって体感させられた。
 肛門など初体験だし感じ方は未熟そのものだが、淡く切ない悦楽を味わっている。女性の場合、この度合いがとても大きいのだろうと思った。
 海綿体から来る官能は持続している。これが女性的な体験となっていた。
 男性のように一瞬だけよくなるのではなく、女性はこんな具合で気持ちのよさが継続され、刺激と一緒に大きくなっていくのかもしれない。
 そんな思いがよぎると、睾丸が腹腔に収納された。
 射精感の限界である。
 菊門を犯されたまま菊門に入っている珍妙な状況のなか、マリア=ルイゼの腸内へ、喘ぎ声を出しながら、白い迸りを注ぎ込んだ。
「はあぁ。本当に、極上の味、だ……」
 堕天使から嫣然とした声が漏れた。きつく締め上げ、一滴残らず搾り取ろうとしている。
 腰を振れない少年は、マリア=ルイゼの膣内に収めたままにしてある指を掻き回し、慰めに代えた。次の機会で間違いなくここを征服してやるんだと、自分の欲求を吐き散らす。まるで予約でもするかのごとくに、執着した。
 射精が終了すると、見計らっていたミューティが舌を抜いた。ベッド横にある丸椅子を引き寄せて腰を落とすと、白衣のポケットからハンカチを取り出し、唾液まみれになっている口の周辺を拭い取る。
「レイきゅん、ご馳走様でした」
 満足そうに目を細める自分の担当医へ、射精を合図に正気を取り戻したレイが、恨めしそうに首を向けた。
「こんな汚いとこに舌を挿れるなんて。どこが直腸検査だ」
 負け惜しみなのは分かっているが、抗議の声を立てずにはいられなかった。
 羞恥で顔を赤らめている。舌を抜かれても、まだ何かが入っているような違和感があった。隠れる場所があったら、そこへ逃げ出したいくらいだ。
 発言を終えると、淫気喰いが始まった。どうやらマリア=ルイゼの淫気だけでなく、ミューティの淫気も取り込む気らしい。
 両者の淫気が淫核化した心臓内へ入ってゆくが、とくに痛みはなかった。
 堕天使からは、『罪に燃える堕徳』の味わいがあった。間違いを犯す危険さが昂奮をもたらし、力を漲らせる性格をもつ淫気である。
 ミューティからは、『問答無用の強圧的な色欲』の味がした。存在感がありすぎる陰湿な淫気は、圧伏させられる重圧を伴い、無遠慮にのしかかってくる。
 マリア=ルイゼの味は、危なげだが、美味だと思う。だが、ミューティのものは、ただただ気圧されてしまうばかりだった。
「いいえ、正真正銘の検査よ。とくに問題は見られなかったから、安心なさい」
 ミューティは足元に落ちているバイブと取ると、ハンカチで汚れを拭い始めた。滑らかに撫でられ、バイブは気持ちよさそうに一回転した後、大人しく静止する。
「すぐに分かるんだったら、なんでずっと……、いや、もういい」
 淫気喰いが終了すると、レイはすかさず反駁しようとした。だがすぐに諦め、堕天使に体重を預けて大人しくなる。腰が抜けているので動けないからだ。
 若塔や指をマリア=ルイゼに収めたままにしていたが、彼女は少年から離れもせず、上に乗られた体勢でミューティへ首を向け、静かに待機していた。
「あ、噛んじゃってごめん。痛かったよね」
 マリア=ルイゼの右肩から多少の出血があり、噛み痕が青黒く染まっていた。自分は暴力的な傾向が強いようだ。気をつけなければならないと反省した。
「いやならばやめさせている。たまには痛みを感じてみるのも、悪くない」
 陶然としているマリア=ルイゼの顔から、濃い色気が発散していた。昂奮から紅に染まっていた頬は、レイの精気に当てられて、さらに色濃くなっている。青竹色の瞳は、少し虚ろげであった。
「ふたりはそのまま、少し休憩してていいわよ。そのあいだに、約束どおり話をつけてきてあげるから」
 バイブの清掃を終えたミューティは、丁寧に籠へ置いてから、レイの背筋を撫で上げてきた。少年は呻き、萎えようとしていた若塔が、再び元気を取り戻す。
 マリア=ルイゼもそれを承知したらしく、尻が反応して小さく震えた。
 マリア=ルイゼはミューティに気付かれぬよう、括約筋を僅かに締めてきた。レイは素知らぬ顔をして、蘇った若塔が奥へと引き込まれるのを受け入れる。お返しとばかりに、まだ異物感が生きていてむず痒さの残る肛門に力を込め、若塔を軽く振動させた。腰が抜けているので思うように力が入らなかったものの、マリア=ルイゼが緩慢かつ微力で締め返し、呼応する。
 少年の尻肉が凹むのを見逃さなかったミューティが、妖しく含み笑った。
「そのまえに。先生、レイきゅんとキスしたいわ」
「絶対に、イヤだ!」
 レイは咄嗟にミューティの反対側へ首を向け、逃げた。頬をマリア=ルイゼの後頭部に押しつけて彼女の顔を潰してしまったので、すぐに力を抜く。青い髪の毛から清涼な香りがしたので、胸いっぱいに吸い込みつつ、冗談ではないと、かたくなに拒絶した。
「フフ、可愛い。今度は先生とエッチをしましょうね。レイきゅんに新しい世界を、たくさん教授してあげる」
 レイはマリア=ルイゼの髪の毛に顔をうずめ、ミューティをひたすらに無視した。 
 新しい世界とやらが、また肛門に関係する物事であるのは容易に想像できる。この自分の主治医は、とても手に負えない。早く退院したい気持ちになった。
「ではフォーフェンバング、しっかりとレイきゅんを守ってなさい。それと、おまえの働きに免じて呼び出すのはやめてあげようと思っていたけど、気が変わったわ。やはりあとで呼び出すから、留意なさい」
「はい」
 内緒の火遊びをミューティに看破されていたのを知ったマリア=ルイゼは、後ろの穴から力を消失させた。ただし、腸内の熱は次々と上がり、レイに密着されている背中から、発汗が始まる。畏怖と昂ぶりが入り混じっているようだ。
「じゃ、行ってくるから」
 ミューティが診察室から退室すると、マリア=ルイゼは大きく息をついた。
「仕置き決定か」
 自嘲気味に目を細め、垂れている翼を軽く羽ばたいた。
「マリー、大丈夫?」
 自分が原因でミューティに発覚したとは露とも気付かないレイは、首を寄せて堕天使の顔を覗き込む。
 彼女はレイを詰責せず、少年と目を合わせて苦笑した。
「ワーズ先生は、とても激しいお方だからな。さて、今回はどんな目に遭うことやら」
「地下室とかいうやつ?」
「そうだ。だが今は──」
 再び、マリア=ルイゼが後ろの門を締めてきた。
 刺激を受けて若塔が痛いほど膨らんだレイは、腰が抜けて動けない代わりに、彼女の膣に挿れっぱなしにしていた三本の指を動かした。
 右手はマリア=ルイゼの肉体とベッドに挟まれているので自由に動かせない。そこで、指の根元を動かして、出し入れした。
 とろみのある膣内は、自分が挿れてみたいと固執している場所だ。
 ミューティの責めがなくなり、多少の余裕ができた少年は、指から伝わる彼女の感触を愉しんだ。
 絡みつく中のヒダは、肉厚で熱い。ヒダの数自体は多くなさそうだが、厚いだけあって存在感が強かった。これがマリーなんだと思うと鼓動が次々と早くなり、濃度の強い淫気が精製されてゆく。
「今度、ここに挿れてみてもいい?」
 レイが問いかけると、マリア=ルイゼの青竹色の双眸に光が灯った。とても深みのある輝きは、何かを企んだように見える。
「ならば、自分でその流れを作ってみせるんだな」
 鼻で笑われてしまった。
 自分のリードで達成せよと宣告されてしまったレイは、甘えた発言によって、より困難な状況を自ら招いしまった結果に後悔した。
 マリア=ルイゼから主導権を握れるわけがないと思っているからだ。自分はこうしたいと考えて動いても、知らないあいだに彼女が望む行為をしているか、されてしまう。その結果、いつも叩きのめされる。いいところまでいっているつもりでも、それはあくまで、つもりでしかなかった。
「さて、ワーズ先生が戻られるまで、いま少し、馳走になろう」
 マリア=ルイゼは臀部を持ち上げると、腰を振り始めた。レイが動けなくとも、自分が前後に腰を振れば、抽送は可能だ。圧迫感を愉しみたいときは、円運動をすればいい。
「うぅ。見つかったら、また、怒られる、よ?」
 菊座で搾られてしどろもどろになりながらも、レイは忠告した。
「フフ、そうだな。たいへんなスリルだ」
 堕天使は腰を振りながら首を後ろに向けると、少年の首を抱き寄せ、唇を奪う。
 満足げに目を細め、少年の口を覆うほどにむしゃぶりついてから、顔を離した。
「ワーズ先生を出し抜いてしまった。しかも、ワーズ先生の聖域であるこの診察室で、おまえと不埒なおこないをしている。私は罪ばかりをこさえる、愚かな女だ」
「燃え上がっちゃってるくせに、よく言うよ。ぼくはワーズ先生に、余裕でチクれる男だぞ」
「それは頼もしい。私の弱みを握っておいて、あとは、やりたい放題か?」
「ちょっと思うんだけど。マリーって、実はドMなんじゃない?」
 レイに揶揄され、マリア=ルイゼの肉体が燃え上がった。膣と肛門が締まり、レイの指と若塔を、きつく咥え込む。
 この反応で、レイは確信めいたものを抱いた。
「そう思うなら、調べてみろ。できるものならな」
 レイとの接吻を望んでいたミューティへ当てつけるかのように、深く舌を絡めてきた。
 甘い唾液を送られ、レイの身体も火照りきった。密着する体は互いの汗に濡れ、濃厚な色気に当てられた少年が、恍惚となる。
 マリア=ルイゼは唇をひしゃげさせるほど猛烈にレイを貪り、同時に、激しく腰を振り続けた。
 レイは膣に挿れている指の運動すら忘れ去り、堕天使の求めに、なすがままとなった。

背徳の薔薇 取り引き 了
第二十一話です

 背徳の薔薇を投稿させていただいてから、二年が経過しました。
 思い返してみると、私はこの作品しか発表しておりません。そもそも終われるのか? と、不安にもなりますが、コツコツ書いていきたいと思います

 メッセージありがとうございました。続きを楽しみにしてくださる方がいらっしゃると、とても励みになります

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]