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背徳の薔薇 想ひ

「こ、こんな少年に、この私が……。ああアァァッ」
 恍魔は、愕然とした容色と快楽に弛緩するふたつの表情を複雑に浮かべながら、よがった。
 股間に突き込まれる衝撃により、惜しげもなく身悶えているからだ。
 無毛の頭は汗を噴き出して雷光で照り光り、土色の肌を紅潮させている。
 無駄肉のない均整のとれた細身は、弓なりに背筋を反らせ、小振りな乳房を伸び上げ胸に沈めていた。
 膨らみを失った胸の半分ほどを占めている広い乳輪は茶色く花咲き、ここに乳房があると主張するかのようにますます色濃くなっている。小指の第一間接ほどの長さがある黒い乳首は、腰突くばかりの少年に業を煮やしたのか、早く吸いに来いとそそり立ち、必死の誘惑をかけた。
 レイはそれらの器官へ執着心を見せず、両腕で恍魔の細い左腿を抱えながら、全力で腰をぶつける作業のみに没頭した。
 ほとんど尽きた体力で恍魔を消滅させるには速攻しかないという考えから、すでに息が切れている少年は喘鳴しながらも腰振り、一気に追い立てようとしているのだ。
 その企みは成功し、恍魔は抵抗らしい抵抗ができずにいる。
 若塔に超高濃度の淫気を収束させて恍魔の膣内を破壊しにかかり、淫気や、恍魔が呪淫と呼んだ真紅色の波動を全身から発散させている。これらがあって状況を優勢にできているわけだが、消耗度が甚大なため、時間をかけていられないのだ。
 いつ自分が事切れるか分からないのである。
 恍魔を斃すまえに自分が死んでしまうわけにはいかない。大の字で地面にうつぶせているシンディは微動だにしないし、触手に絡まれたまま横臥しているアーシアも、まったく動きが見られなかった。
 ふたりを抱えて恍魔から逃げきるなど、たとえ元気であっても無理な話である。残り僅かな体力で自分ができるのは、短期決戦を挑んで恍魔を滅ぼし、安全を確保しつつ援軍の到着を待つことだけだ。
 また、呪淫の発動によってアーシアが正気に戻ったとき、彼女が退却せずに戦いを選択したのも、後押しになっていた。
 だいたい理由は分かる。自分の正体を公にされるわけにはいかないから、鉢合わせてしまった恍魔は処理しなければならないといったところだろう。
 さすがに全部を納得して戦いに挑む余裕はないが、シンディやアーシアを蹂躙された怒りは、レイに壮絶なまでの覚悟を抱かせるのに充分であった。
 張り裂けんばかりに脈動している心悸は、心臓が口から飛び出すかと錯覚するほどに乱打し、痛烈な痛みを伴ってレイの意識を飛ばしにかかっている。肺はすでに破けそうで、呼吸すら億劫になるほどだ。それでも腰打つ動作をやめずに恍魔を責めたてているのは、これらの理由があったからだった。
 技術などなにもなく、ただ単純に腰を前後させているだけだが、淫気が収束している若塔は岩石ほどの硬度を有し、快楽を増大させる効果まで発揮しているため、恍魔にたいへんな衝撃を味わわせていた。
「この。いい加減に、しろ」
 恍魔はやっとの思いで右肘を地面に立てると上体を起こし、レイを睨みつけてきた。その顔は悦楽と屈辱に歪み、唇を震わせている。
「うるさい。さっさ……と、イけ」
 レイは当然のごとく腰振りを続行する。恍魔は大股を開いている自分の下半身を見ると、悔しそうに眉間を寄せて目を固く瞑り、股間を襲う衝撃をこらえた。
 左脚は少年に抱えられ、右脚は少年の左足が上に乗って押さえ込まれているので身動きがとれないでいる。加えて、激しい抽送によってレイが躍動するため、少年が乗っている腹節が圧迫されて力が入らずにいた。
 湧きが止まらない蜜液によって互いの股間が濡れ、卑猥な和音を哀歓の森に響かせている。
「この、ままでは」
 恍魔は目を瞑りながらかぶりを振る。その弱々しい態度を見ながら、レイは一気呵成に腰をぶつけていった。
「あアッ。そ、そんなに激しく動く──、ううぅゥ」
 射精感は、まったくない。恍魔の中は締まりが緩く、熱による感覚以外はとくになかった。
 造形物のように美麗なこの恍魔を抱いてみたいという欲望は達せられたが、感動もない。
 アーシアへの仕打ちがレイの逆鱗に触れたからだ。シンディも同様な目に遭わせられたのかもしれない。それらの思いが、この淫魔の異端を滅するという意識を集中させ、締まりが緩かろうが、有利な状況で戦えようが、油断する心を抱かせなかった。
 どんなに汚くても、自分が地獄に叩き堕とされようとも、この恍魔だけは消滅させる。
 その思いで腰を振るのである。
「大した持ち物でも、ないくせに。なぜ、こうも」
 恍魔は上体の重みを右肘にかけ、襲いかかる快感をこらえようと、下唇を甘噛んだ。
 頭から流れた汗が頬を伝って顎に滴り、雫が落ちて右の下腕で弾ける。
 固く閉じていた目を半開きにすると潤みきった瞳が現われたが、下半身を襲う刺激によって、すぐに閉じてしまった。
 互いの股間がぶつかる肉の拍手は、律動するばかりで変化がない。重苦しいレイの呼吸音は不規則に乱れていたが、速度は落とさなかった。
 淫核化した心臓の内にあるもうひとつの小淫核が、狂おしいほどの淫気を精製し、レイが何も意識せずとも、股間へと移動させてゆく。その激痛で頭が呆けそうになるものの、烈塔に到達した淫気が膣内で爆ぜて恍魔を壊乱させるので、少年はそのまま自由にさせた。
「快楽を、耐えねばならぬ……、など」
 恍魔は下唇をきつく噛み締めながら、さらに眉間に力を込めた。
 計算が狂っている事態に納得できない様子で、何度もかぶりを振っている。また、自身の誇りを崩された怒りからか、瞑られる目の力によって眉間には幾筋もの皺が刻まれた。
「私は、殺されるわけには……、いかぬのだっ!」
 恍魔が気張ると膣が収縮し、レイを締め上げてきた。ありったけの力を振り絞ってきたらしく、レイの抽送速度が緩む。
「く──っ」
 肉の抵抗力によって腰を振りづらくさせられたレイは、仄かに灯った射精の火に歯噛みした。
 灯った射精感は、抽送するたびに裏筋のあたりから快感を膨らます。だが動かねば恍魔を斃せないので、肛門に力を入れて踏ん張った。
 そして、さらに淫気を開放させた。
 膨大な力が全身を疾駆し、激痛で気が狂いかけたものの、なんとか持ち直して恍魔を睨む。
 恍魔は曝け出してきた少年の力によって一段と喘ぎ声を高め、肉壷を締めつける力を失った。
 もうこれ以上の淫気開放は無理だ。手足の先の感覚が鈍り、恍魔の左脚を抱く両腕も、力が入れにくくなっている。
 初手から全開で責めていっているので、自分が打てる手は、もうすべて打ち尽くした。あとは自分が達するか恍魔が達するか、どちらが先になるかである。
 恍魔は恥じらいもなく快楽の歌を唄い、細かく息継ぐ甘い音色がレイの耳をくすぐって、征服感を満たした。自分の行いで女が喘ぎ狂うさまというものは、なかなかに昂奮する。が、レイは性交の渦潮に呑み込まれるわけにはいかなかったので、このまま果てさせるという意識をより強く持ち、腰を突き入れた。
 呼吸は乱れに乱れ、息を吸っても吐いても喉や肺が焼ける痛みに襲われる。口に溜まった唾液を嚥下するのも辛いので、涎は垂れるがままに任せた。
「あアッ、ダメッ。イク、イッてしまう──っ」
 恍魔が右腕を伸ばしてレイの胸をトレーナー越しに突き離そうとしたが、力が入らないため、少年の胸に手を添えるだけになった。
 レイは恍魔の状態などかまわず、自分の身体へ頑張ってくれと念じて腰を振り、追い込みをかける。恍魔の左腿を抱える両の上腕は、痺れて感覚が鈍ってきた。
 恍魔の膣が収縮活動を始めると、同時に全身も硬直させた。
「ぐ──っ」
 絶頂の灯火は煌々たる輝きを伴い、レイの顔が快楽と苦痛に歪む。緩いと感じていてもさすがは淫魔の持ち物だ。そのひと搾りは、消耗しきった少年が耐えきるには酷な衝撃であった。
 爆散させている烈塔の淫気と恍魔が放散している淫気が絡み合い、互いの官能を昂めてゆく。膣内の膨大な熱はレイの濡れきった物を焼き、種液を搾り出そうと躍起になっていた。
 恍魔が無意識のうちに女穴を収斂させているため、腹節を圧迫したところで力は弱まらない。背筋を震わす射精感が次々に大きくなっていくので焦心しつつも、このまま一気に決着をつけてしまいたいレイは、射精してもかまわないといった覚悟で烈塔を恍魔の奥深くへ押し込み、互いの股間を重ね合わせた。
 ここが決めどきだと、動きに変化をつけた。
 腰の前後運動を左右に切り替えて肌を擦り合わせると、レイは自分の下腹に恍魔の黒い豆を当ててひしゃげさせ、極楽の芽ごと刺激を与える。
 イケと、念じた。
 烈塔に充溢する超高濃度の淫気が、恍魔の中で爆発した。
「……っ、はあああアアアァァァン……ッ」
 恍魔の口から高らかな喘ぎが響く。喘ぎ終えると、地面に突き立てていた右肘を崩して腕枕するように倒れ込む。硬直させていた肉体や膣の収縮は完全に虚脱し、身動きひとつせず、荒い息を吐くだけで大人しくなった。
 レイは腰遣いを中断し、喘鳴しながら様子を窺う。恍魔の左腿を抱えていた両腕に力が入らなくなると、右肩に引っ掛けていた恍魔の左膝が、少年の呼吸の動きで外れ、ずり落ちた。
「まさか、こんな子供に、この……私が」
 恍魔の肉体が徐々に透け始めた。
 淫魔は絶頂すると自分の淫気を無意識のうちに放出し、無防備となる。その状態で精気を受けると、生きる糧として必須である精気によって、逆にその身を滅ぼしてしまう。消滅する兆候が、恍魔に現われているのだ。
 決着がついてもレイは慶びを抱かず、虚無感が横溢した。痛む肺を労りながら小さく呼吸して息を整え、消えゆく恍魔をただ黙って見下ろす。深呼吸は、痛すぎて無理だった。
 遂に身体がいうことをきかなくなったので、恍魔の中に入ったままだ。膣の感触が薄らいでゆくのを烈塔で感じ取りながら、レイは眉間と股間への意識を断ち切った。
 周囲に放散していた真紅色の波動が消失し、哀歓の森本来の色に立ち返る。闇色に染まっていた双眸は空色に戻り、白目も真紅の輝きを消した。
 淫核化した心臓の中にあるもうひとつの小淫核も、烈塔に送っていた淫気の流れを止めて大人しくなった。
 いくらか楽になったものの、やはり身体は動かない。足首から先と上腕の感覚がなく、目を向けてみて、初めてそこに存在してくれているのを実感できる有様であった。
「まあ、よい。この、消えゆける感覚は……、この、絶対的な充足感は……。貴様によって悉く砕かれた、私の野望すべてを、凌駕、した……」
 肉体を半透明ほどに薄めた恍魔は、笑みを浮かべながら少年を凝視してきた。
「淫帝シドゥスは、強いぞ? できれば私自ら取って代わりたかったが、貴様がそれを台無しにしたのだ。責任をもって、あやつを討ち滅ぼせ」
「ディアネ……、イラ、は……」
 いっこうに戻ってこないディアネイラについて情報を訊き出そうとしたところで、嘔吐物が上がってきた。
 吐くまいとして、開けっぱなしだった口を閉じたが、大太鼓を連打するごとくに脈打つ心臓の痛みによって我慢できない。喉を通って口へやって来たそれは、閉じられた口唇を割り開いて、外に飛び出してきた。
 視界に入ってきた吐瀉物は、
 赤黒かった。
 血飛沫が舞って口の周りを赤黒く染め、恍魔の下半身も濡らす。
「あ……ぅ……」
 自分は死ぬ。
 そう直感した。
 嗅覚や味覚は麻痺しているため、血の味すら分からない。
「聞いたところで死んでは元も子もないだろうが、私を達させた褒美に教えてやる。あの女は、供物だ。そろそろ儀式の準備が完了するだろう。儀式が開始され、すべてが終了すれば、それは恍魔による新時代の到来を意味する。終わりさ、既存の淫魔どもはな」
 思考の回らぬ頭脳では意味不明であったが、ディアネイラが無事かどうかはともかくとして、生きているらしいのは理解できた。ほかの、淫魔たちの都合は、今は気にかけていられない。一刻も早く、シンディとアーシアを助けたいからだ。
 だが、四肢の感覚がなかった。動けと意識を向けてみても、そこに手足があるのかさえ不明なので、当然、指一本すら反応しない。
 恍魔へ向けていた視線を上げて周囲を覗くと、視界の端と端に、シンディとアーシアの姿が呆然と映った。
 微動だにしないふたりが心配でたまらなかった。早く傍に行ってやらなくちゃと立ち上がろうとするものの、身体は坐ったままの姿勢を保った。
 ふたりを呼びたくて声を出したが、霞んだ音が微風に消える。
「なぜ、自分の命を顧みず、他人を杞憂する」
 レイがまた喀血し、吐瀉物が消えゆく恍魔の腹を朱に染めた。透明度を深めた恍魔に降り注がれた鮮血は、一緒になって消えようとしている。
 血を吐いた勢いでレイの上体が後ろへ倒れ、挿入が解けた。
 脳天を斧で叩き割られたかのような頭痛が絶えずレイを襲い、その頻度が時間の経過と共に短くなっていく。
「フン。分不相応な哀れなど抱くからその身を滅ぼす。自らの甘さを呪って、貴様も死ね。先に逝って、待っているぞ。あの世とやらで、今度は貴様を──」
 発言の途中で、恍魔の声が聞こえなくなった。
 仰向けに倒れているレイの目には、紫の葉の隙間から、明滅を続ける濃紫色の天空が見えた。
 落雷による轟音が響くと、小雨が降り始める。
 小雨が身体に触れると、極炎に焼かれるかのような痛みを発する熱によってすぐさま蒸発し、霧が発生して少年を包み込んだ。
 灰色の霧は巨大な映写幕と化し、レイの呆けた空色の瞳に、映像を映し出す。

「おはようレイ──って、なによ眠そうにして」
 登校中の自分を見つけたシンディが、不機嫌そうに唇を尖らせる場面だった。

「今度は絶対に勝てるよ。ね、元気出して。帰りにパフェ奢ってあげるから」
 試合に負けて落ち込んでいる自分の肩に手を置いたシンディが、優しく励ましてくれた場面だった。

「今度はアレに乗ろうよっ」
 シンディが観覧車を指差し、満面の笑顔で振り向いた場面だった。

「ねえレイ。……ううん、やっぱいい」
 何か言おうとしたシンディが、頬を赤く染めて俯いた場面だった。

(助け、なくちゃ……)
 動かない身体によって、レイの想いは空回るばかりだった。
 両腕と両脚の感覚がないので腹筋を使って上体を起こそうとすると、胃がよじれる痛みに邪魔されて起き上がれず、破壊された内臓から、また嘔吐物が上がってきた。
 余喘が漏れる口の端から血痰が零れ、地面に落ちると生々しい音をたてる。
 八方塞がりとなった少年の目から溢れた涙が、雷光を反射して映像を掻き消した。すると、一陣の突風が走って、レイを包んでいた霧を吹き飛ばす。
 霧が晴れると、周囲の森が現われた。
 が、レイの空色の瞳は、ほかに釘付けとなった。

 大の字で地面にうつぶせていたはずのシンディが、仰臥するレイを跨ぎ立っていたのである。

 シンディは無表情で蒼色の瞳を少年に落としていた。
 華奢な裸身を恥じらいもなく晒す少女は、紫色の淫気を放出している。
 突きつけられた最悪の自体に、レイは震えた。
 幼馴染の淫魔化。それは己の艱難辛苦よりも耐え難い恐怖を植えつけ、暗澹たる絶望感が少年の心を氷塊に変える。
 理由がなんであれ、哀歓の森に来ていたシンディを淫魔ハンターたちがいる場所へ送り届けるために、自分たちはやって来た。
 彼女を恍魔に陵辱される憂き目に遭わせてしまったが、まだ一縷の望みはあった。
 淫魔に襲われても、淫魔化させられずに済む可能性だ。どうやって淫魔が人間を淫魔化させているのかはまだ解明されていないものの、淫魔に襲われたあと、通常の生活に戻れている女性の事例も数多く報告されている。
 だから、淫魔化さえしていなければ助かる道はあった。
 たとえこのまま自分が死んでも、必ずバベットが、あとから救援に駆けつけてシンディとアーシアを救出してくれるはずだからだ。
 そうなれれば、シンディはバベットの国に来ている淫魔ハンターたちの元へ帰れたのである。
 現実的には淫魔化させられているだろうと思ってはいても、その淡い希望にすがり、自分の命を顧みず、恍魔と戦ったのだ。
 だが、自分を跨ぎ立つ少女を見て、すべてが砕け散ってしまった。
 淫魔化した女性が人間に戻った例は、歴史上、皆無なのである。
 シンディはこれから、淫魔として生きてゆくしかない。
(シン、ディ)
 ツインテールの左側は雨を含んで重そうに垂れ、ゴム紐が千切れてしまっている右側は、細い肉体にこびりついて広がり散っていた。
 白雲色の肌は僅かに赤みが差し、小雨による体温の低下以上に火照っているのが見て取れる。
 恍魔に濡れ汚されていたはずの緑色の粘液が影も形も無くなっているのは、雨に濡れて洗い流されたからだろう。雨粒が三角形の小ぶりな双丘に当たって弾け、水玉が舞っている。直系の狭い乳輪に包まれた曙色の小さな蕾は、隆起して上を向いていた。
 固く閉じ合わされた無毛の股間は幼く、純潔の象徴であった血痕が、雨に濡れても僅かに洗い残っていた。
 その閉じている溝から淫気が溢れ、少年の烈塔と結びつく。
 射精感を込み上げさせられたレイが呻くと、シンディの股から溢れている淫気が竜巻となって烈塔を巻き上げてきた。巻かれる刺激によって大きく痙攣したそれは、透明の粘液を噴き出す。
 焼き殺されると錯覚するほどの痛みが、凍てついた痛みに変わった。
「ごめん……」
 自分がディアネイラに攫われたせいで、シンディをこんな目に遭わせてしまった。
 悔恨と絶望の涙が頬を伝い、雨と一緒に地面を濡らす。
 レイの想いなど意にも留めていない様子のシンディは、顔色ひとつ変えず、腰を落としてきた。
 何をするつもりなのかは、言うまでもない。
「が──っ!!」
 馬乗りにされたレイは、全力で布を絞り上げるかのような、圧倒的な窮屈感に呻吟した。
 たいへんな高熱を帯びた蜜が烈塔を無慈悲に焼きつつ肌へ沁み込んでくると、一瞬で射精感が限界に達し、ふたつの睾丸が腹腔に収納されてしまう。無数の凹凸感が先端に絡みついて変幻自在に這い回り、奥へねじり上げてくる。先走った粘液は、延々と分泌させられた。
 少女の柳腰が前後に揺れだすと、睾丸は強制的に精液を精製させられた。種を生み出す工程は、残り僅かな少年の生命力を貪婪に吸い出してゆく。
 シンディの腰使いには、踊り子のような艶やかさはない。未熟で固さが目立ち、官能の悦びを堪能するすべを知らないように見受けられるが、淫魔としての本能に支配された機械的な動きは、いっさい容赦がなかった。
 重なり合うシンディの女唇は開いておらず、内側の肉ヒダを隠したまま、レイの烈塔をすべて咥え込んでいる。
 幼い結合であるが、圧迫感は甚大であった。レイの命を根こそぎ奪いにきているのは明らかである。
 少年は真っ赤に染まる口から赤い泡を立たせながら、シンディと見つめ合う。
 あどけない幼馴染は、無表情を保ちながら小首をかしげていた。
 あまりにも可愛いと思った。
 少し髪の毛が伸びたようだ。離れ離れになるまえは背中のあたりまでの長さだったはずだが、今では腰にかかるくらいになっている。長髪がよく似合っていた。
 つぶらで大きな両目や透き通った蒼色の双眸は、瀟洒かつ健康的である。発情の色合いを濃くし、目の焦点が合っていなくても、真っ直ぐに見つめられると、不思議と素直な心になってしまう魅力があった。
 華奢な身は心労からか、さらに細くなったようだ。しかし、病的な細さには見えないほどの端麗さがあった。
 こんな子と幼馴染でいられた自分は幸福者だと、幸せだった頃に想いを馳せた。
 一般人の自分が財閥の令嬢と知り合いになれたのは、世に言うシュバイツァー事件がきっかけで、親同士につながりができたためだった。
 レイとシンディが生まれるまえ、シュバイツァー財閥の総裁であるアンドレの妻が、淫魔化した。彼女はシンディの異母兄ギュンターの実母であり、シンディとは血のつながりや面識のない家族である。
 この事件はレイの父であるヴェイスが担当し、解決した。それ以来、懇意となったのである。
 悲しい事件あってのつながりではあるが、物心がつくまえから一緒にいた幼馴染と過ごした時間は、大切な思い出だ。
 かけがえがないと言える。
 もっとも、それらはすべて瓦解した。
 自分のせいで彼女は淫魔ハンターになろうとして、淫魔ハンター養成学校に入学したらしい。
 その結果が、

 淫魔化だ。

「……ごめん」
 血の泡を漏らしながら、もう一度、シンディに謝った。
 恍魔にどんな地獄を見せられたのだろう。それを思うと、溢れる涙の量が増えた。シンディの苦しみを思えば自分の痛みなど、蚊に刺された程度にしかならないはずだ。
 それほどに、辛かった。申し訳なかった。
 シンディはこちらを見下ろし、黙々と腰を振っている。両手はレイの薄い胸に置き、濡れたトレーナー越しから彼女のぬくもりが伝わってきた。
 そのぬくもりが、発情からなのが、耐えられなかった。
 こんな痴態を演じられる人ではなかった。豹変してしまった彼女の裸体を見上げているのがやりきれない。
 たしかに思春期真っ盛りの自分は、異性の体に興味深々だ。ディアネイラに攫われるまえの、普通に生活できていた頃は、よく自慰行為をしていた。
 それがどうだ。大部屋に連れてこられてからは自慰行為など必要とせず、絶世の美人と思う女性たちと欲望三昧に明け暮れる日々を過ごしている。今は、素直に可愛いと思う幼馴染の裸を拝むだけにとどまらず、ひとつにつながっているではないか。
 まったく嬉しくなかった。
 辛くて辛くてたまらない。
 シンディを穢してはいけないと自制し、自慰行為をする際は、決して彼女を使わなかった。こんなかたちで彼女とひとつになっても、悲しみしか抱けなかった。
 シンディの小振りな三角形の乳房は、小さいからか、それとも張りが強いからか、いっさい揺れもせず、小雨を弾いて水玉に変え続けている。
 胸元にひと筋の水滝ができると、薄い腹を通ってから小さな臍に溜まる。臍から溢れ出た水は、股間へと流れていった。
 欲望の滝壷に流れ落ちた雨水は、ふたりの火照りと摩擦熱によって、すぐさま温水へと変貌した。
 温水には血が混じっている。シンディが出血しているようだ。血水はレイの股間をつたい、地面へと流れ落ちていく。
 それでも彼女は腰を振った。
 ぎこちない腰使いでも、レイの命を吸い取ろうとする一途さは感じられた。布絞りの膣は無数のヒダが蠢動し、こちらは暴戻な態度で烈塔を締めつけている。
 彼女を見ていてすべてを受け入れる覚悟ができたレイは、烈塔が発射態勢を万端として尻を震わせても、抵抗しなかった。
 シンディに殺されるならば、多少の罪の償いになるかもしれないという思いからだ。
 自分が死んだら、人間に戻って帰宅するという目標はついえる。帰りを待ってくれている人たちにも申し訳ない。
 自分を守るために死んでいった両親のぶんまで生き、預かった命を大切にして天寿をまっとうすることこそが、この世で果たすべき使命でもあるだろう。
 が、幼馴染のいない世界に帰ったところで意味はない。
 自分にとって、シンディの存在がいかに大きかったかを思い知った。
(そっか。ぼくは、シンディに恋をしてるんだ)
 いまさらながら自分の純粋な気持ちを知ると、以前、シンディに言われた言葉を思い出した。
 財閥令嬢という肩書きではなく、ひとりの人間として見てくれるから嬉しいのだと。そんなレイと幼馴染でいられた自分は、幸せ者だと。わがままが許されるならば、これからも末永く、仲良くしてほしいと。
 シンディが自らアルバイトをしてプレゼントしてくれた、いま着ているトレーナーが、これらすべてを物語っている。
 感謝の印なのだ。
 レイの宝物である。
 シンディは己の環境を目的に近寄ってくる人々にうんざりしていた。あまり弱音を吐かない娘だが、何度か泣きつかれもしている。だから、せめて自分は、シンディの立場を気にしないように、努めようとしてきた。
 たしかに、払拭できるものではない。自分にも欲はあるからだ。お金はたくさんあったほうがいいと思うし、皮肉を言って傷つけてしまったときもあった。
 それでもシンディは、いつも心を開いて接してくれていた。
 感謝せずにはいられない。
 今のシンディは、どんな気持ちでいるのだろうか。きっと苦しいに違いない。だから必死になって、搾精に励んでいるのだろう。
 シンディを穢してしまっている罪悪感で胸がいっぱいのレイだったが、精気を受ければ、多少は彼女が楽になれるかもしれないと、限界に達した射精感を自ら換気させた。
 烈塔に絡みつく少女の窮屈さは、彼女の悲痛な叫びに感じた。
 腹腔に収まっている、精液を製造するふたつの器官に、より濃い精気が篭るよう念じた。
(ごめんね。シンディを、汚しちゃうけど、中に、出すよ。どうか、楽になれますように……)
 シンディと見つめ合いながら、目を瞑ろうとした。
 だが、目を瞑ろうとして、中断した。
 シンディの背後から、黒翼の女性が少女に抱きついたのが見えたのである。
 アーシアだ。
 アーシアに抱きつかれたシンディは、かまわず腰を振っている。
 それに対し、アーシアは両腕をシンディの腰に廻して動きを妨害しつつ、引き剥がそうとした。それでもシンディは堕天使を無視し、レイを射精させようと腰を動かして膣を締める。
 揺れる肉の竿が、ねじり上げるように奥へと引っぱられ、全体を締めつけられる。子宮口は先端を咥え、振動しながら開閉を繰り返した。
 閉じる際に吸いつかれる感覚と、亀頭の裏側にある細い筋を肉のヒダに撫でられる感触、竿の根元からその先すべてを絞られる快感が、
 とどめとなった。
「ぐぅぁァ……っ」
 レイが快楽に表情を歪ませると同時に、睾丸が吐精した。
 烈塔を伝って亀頭へやってきた精気の塊は、幼馴染の腹の中で噴翔する。
「ハアァァッ」
 シンディの艶めかしい声を、初めて聞いた。
 脈動する烈塔から搾り出される精液がシンディの腹を満たす。アーシアに阻害されて腰が振りづらくなっていても、膣を収斂させて少年の残り僅かな灯火を吸い出してきた。
 レイは精液の噴射を鮮明に感知した。竿の根元から勢いよく飛び出す自分の体液が、少女の腹を汚し、満たす。律動する欲棒はシンディの蠕動運動によって後押しされ、射精の勢いと量を何倍にも増加させていた。
 少しでも楽になってもらえればと願ったものの、いざ出してみると、言いようのない悲愴感が心に染み渡る。より必死に腰振ろうとする幼馴染の姿に、罪悪感を抱いた。
「諦めては、……なりません」
 アーシアが弱々しくも凛とした叱咤を投げかけてきた。
 黒翼の堕天使が、三枚の翼でシンディを包み込む。
 射精中のレイは、次々と減退する思考のなか、動向を見守るだけだった。
「シンディ・シュバイツァーは、淫魔化しておりません。わたくしに、お任せくださいませ」
 耳を疑った。
 シンディは淫気を発しているではないか。少女から放たれている紫色の波動が、その証拠である。何より、淫魔となった自分がシンディに射精させられても消滅しないのが、最大の証明だ。
 淫魔化した女性は人間だった頃の精気を失ってしまう。だから自分は身を保持している。これが逆説的に、シンディの淫魔化を表しているはずなのだ。
 とはいえ、四肢の感覚を失っているレイには、何もできはしなかった。淫気喰いが始まれば、自分の身体が耐えられないだろう。いづれにしても、死は免れない。
「重度ではありますが、淫気中毒による発狂に、ございます。彼女からは、淫核の存在が感知されません」
 淫気に狂わされているだけなら、シンディは人間であり続けているらしい。ならば、なぜ自分は消滅しないのだろうか。絶頂中に精気を受けると淫魔は死ぬ。それは自分も同じはずだ。
 そんな疑念がよぎったが、アーシアの発言が本当ならば、シンディは助かるかもしれない。
 それが、最後の希望となった。
 自分のことなど、どうでもよかった。
「中毒症状の根源を、これより除去いたします」
 アーシアの銀杯色の瞳が、真紅に染まる。
 シンディの淫気がアーシアの肉体へと引き込まれていく光景が映った。
「あああアアァァッ!」
 シンディが悲鳴を上げた。腰振る動作を中断して暴れ始め、アーシアの抱擁から逃れようとする。
 アーシアは苦悶の表情を浮かべながらも、暴れる少女を放さず、こらえた。
「戻れ、シンディ・シュバイツァー」
 アーシアがシンディの淫気を吸収しているようだ。
 紫色の波動が次々にアーシアの中に入っていく。
 アーシアの全身は、大きく痙攣していた。
 とうに限界など超えているはずの彼女である。このままではアーシアが死んでしまうと寒心した。
 シンディが助かったとしても、アーシアが死んでしまうのは許容できない。何かしなくちゃと思ったとき、
 淫気喰いが始まった。

「ぐええええアアアァァァァッ!!」
 レイが断末魔を上げた。
 シンディの淫気を喰らい始めた衝撃に身体が耐えられず、シンディごと腰を跳ね上げて仰け反った。その拍子で少女との結合が解かれる。アーシアがシンディを後ろに引っ張りながら膝立ちにさせると、幼馴染の閉じられた谷間から、白い白濁液が重力に引かれて滲み出した。
 レイは白目を剥いて血の泡を噴き、口をへの字に曲げて苦痛にのたうちまわる。
 もはや何も考えられなくなった少年は、ただ、もがき苦しむだけとなった。
 淫気を吸収した衝撃で胃が破れ、肝臓が破裂する。大量の喀血は噴水と化し、大降りになってきた雨を、一瞬だけ赤く染色した。降り注がれた血の雨が、少年の身体とトレーナーを真っ赤にする。
 レイはショック状態に陥り、全身を激しく痙攣させた。
「レ……イさ、ま」
 アーシアは、拘束を逃れて少年を襲おうとするシンディを抱き締め続けた。
 少年から精気を摂ることだけに執着しているシンディは危殆極まる。よって野放しにできないと、レイの身を案じるがゆえに下した、淫魔の状況判断であった。
 少女は苦しむレイを凝視しているが、少年の症状などかまわず、再度の挿入をおこなおうと、膝立ちのまま腰を突き出している。
 アーシアは崩れ落ちそうな肉体を励まして淫気の吸収を急いだ。力むあまり、股間にある三箇所の穴から緑色の粘液が音を立てて漏れ出し、太腿に垂れた。腿肌を重々しく垂れ落ちる粘液は、薄藁色のニーソックスと、葡萄酒色で総レースのガータベルトも濡らし滲ませ、さらに下へと垂れてゆく。
 壮絶な耐久戦を終えたばかりの堕天使は、死を覚悟しているようだ。それでも、全身から脂汗を湧かせ、顔面蒼白になりながら、シンディの抱擁を離さない。
 恍魔から数えきれないほどの絶頂を味わい、ほとんどの淫気を放出して衰弱しきっているアーシアの肉体は、シンディの淫気を取り込む行為によって異質の淫気に肉体が浸潤され、巨人にでも踏み潰されるかのような鈍痛に悲鳴を上げている。
 本人が有する淫気と他人が有する淫気は、精髄こそ同じでも異質なものなので、影響を受けてしまうのだ。限界を超えている堕天使では耐えられないのである。
 レイとシンディを連れて転移する力も残っていない。転移魔法は消耗度が大きいため、今のアーシアでは自分の身ひとつすら無理だった。
 レイとアーシアによって、シンディは次々と淫気を吸い取られてゆく。少女は暴れ狂って堕天使の漆黒の翼を掻き分け、倒れている幼馴染へ向かおうと腰を大振った。
 そんな状態が続いているうちに、レイの淫気喰いが終了した。
 淫気喰いが終了しても少年の痙攣は止まらず、急速に生気が失われている。
 レイはすでに意識がない。身体は次々と死に蝕まれ、肌の色が悪くなっていった。爆裂していた鼓動も一気に動きを弱め、今にも止まらんとしている有様だ。
 その心臓から、頻闇の淫気が宙に湧き上がってきた。
「何っ!?」
 もがくシンディを押さえ込みながら、アーシアが視線を上げる。
 頻闇の淫気は、周囲に蔓延する不可視の淫気を取り込みつつ一箇所にまとまっていき、人の形を成していく。
「まさか──っ!?」
 アーシアの容貌から、完全に血の気が失せた。
 思わず腕の力を緩めてしまい、その隙を突いてシンディが離れようとしたので、慌てて抱き留める。
 シンディは、泣いていた。
 常軌を逸していながら、なぜ彼女が泣いているのか。アーシアが知っている情報を総合すれば解る物事であったが、今はそこに頓着していられない。
 災厄とは、畳みかけるものだと痛感した。
 人の上半身を模した頻闇の淫気は、腕組みしているように見える態度を保持して宙に浮いている。腹から下は存在せず、朧となって大気に溶け込みながら、周囲の淫気を吸っているようにも見えた。
 雨に散らされた一枚の木の葉が頻闇の淫気に触れると、一瞬で焼き枯れてしまう。
「フン。所詮、小僧は我の宿主たる器にあらず」
 淫気の塊が重苦しいほどの低音で言葉を発した。首を擡げて自若とする姿勢は尊大極まり、不快である。
 レイの痙攣が止まった。
 いよいよ死が訪れるらしい。
 アーシアは、淫魔の未来の担い手を失ってしまうという焦りから、下唇を噛み締めた。
 直接の主であるディアネイラから託された仕事を果たせないようでは自分の存在価値すらないどころか、大罪人として鷹懲されてもなんら不思議ではない。ただ、それは己の身の振りなので無視できる。
 何をおいてもレイを助けなければならないのだ。
 狂乱するシンディが少年を襲おうとしている。絶対に目を離せない。そこへきてさらに、天敵といえる相手が、遂に封印されていた場所から現われてしまった。
 狂気と淫乱を司る精霊、フレンズィー・ルード。
 その復活である。
「キサマ──っ」
 アーシアの顔は絶望の色に染まった。だが、シンディから淫気を取り込む作業だけは中断せず、同時に、精霊が何をやらかすのか、ぼやけた目を凝らしてその行動を注視した。
 レイとシンディを守りながら狂淫の精霊と戦うだけの力などあるわけがない。また、たとえ自分が正常な状態でも、実力は精霊のほうが遙かに上だ。
 基本的に、淫気によって生かされている淫魔が、淫気そのものの存在に通用するわけがないのである。
 レイが精霊に支配されてしまったときの戦いでは、精霊が人間の身体を使っていたために、その実力は大幅に制約されていた。加えて、奥の手も使用できたので、勝ち目があったにすぎない。
 光の力は、もう使えないのだ。
 狂淫の精霊は、頭と思われる部分を、緩慢に一回転させた。
 見間違えるわけがない、精霊の癖である。
 自分を堕天させた際や、レイの身体を乗っ取った際に、いやというほど見せつけられた仕草だ。
「愉悦なり」
 純粋すぎるほどの淫気が、轟然と音を立てながら狂淫の精霊を形成していた。
 宙に浮く淫気の塊に雨が当たると、その雨粒は闇色に染まって地面に降り注がれる。精霊が発する淫気を含んだ雨が地面に咲いていた青い花を濡らすと、花は大量の花粉を発生させ、すぐさま枯れ果ててしまった。
 地面は汚染され、花の周囲に生えていた草々が、あっという間に真っ黒に染まって死に絶える。
 土に潜っていた淫界ミミズが地上へ這い上がってくると、転げまわりながら息絶えた。男性の生殖器ほどの太さを有する淫界ミミズは、環体の表面に筒状の卵包を、大量に分泌していた。
「フレンズィー・ルード……」 
 アーシアの脳裏に、シンディを大人しくさせるための最善策がよぎった。
 シンディを汚染する淫気の量は膨大だ。吸収には時間がかかってしまう。また、吸いきれずに自分が死んでしまう可能性も高い。それよりも未熟な小娘を絶頂させ、淫魔化させてしまうほうが早いという考えだ。
 だが、即座に却下した。
 レイにとってのシンディは、どんなものにも代えられないほどの、大きな存在であると理解したからだ。もし彼女を淫魔化させてこの場を凌ぐ行動にでたら、主人は一生、自分を許さないだろう。
 許さないだけならばいい。自分が憎まれればいいからだ。いかなる惨苦をも、甘んじて受ける覚悟がある。
 だが、主人に絶望を与えるのだけは、どうしても許諾できなかった。
「大天使よ、我に心身を燔際せよ」
 狂淫の精霊は泰然としながら、大気を震わす音階でアーシアへ発言した。
「この、忙しい、ときに」
 淫気を吸い取られるのに危機感をもったらしいシンディが、よりいっそうに暴れだす。ここが大事なときなのに、精霊に対峙されてしまった。
 時間を稼いでシンディの淫気を取り除ければいいのだが、そのあいだ、狂淫の精霊が大人しく待っているはずがない。
 重大な選択を迫られたアーシアだったが、拒否権はないだろうと思った。拒んだところで実力行使されれば抗うすべはない。
 眼前で浮いている存在を見ているだけで、股間が疼く。肉体の疲労や苦痛など関係なく、勝手に反応させられてしまう。剥き出しの乳房は雨に当たっただけで快感を伝えてくる。
 圧倒的な存在感だった。
 焦燥しながら、フレンズィー・ルードに向けていた視線をレイに移した。
 レイの心肺が、
 停止していた。
「レイ様っ!」
 アーシアは奮い立たせていた気持ちを崩落させてしまった。
 すると、もはや立っていられなくなり、力尽きて地面に倒れ込んでしまう。
 腕と翼の束縛から解放されたシンディは、動かなくなったレイへ即座に跨っていった。
 白目を剥いて悶絶の表情を浮かべたままの少年は微動だにしないが、烈塔だけは屹立を保持している。それを手で握って秘芯にあてがうと、少女の口が吊り上がった。
 シンディは、幼馴染に憐憫するそぶりもなく、再度、挿入した。
「ンンンンゥ」
 妖しいくぐもり声を発し、レイの身体から、残りの精液を搾り出す。
 いとも容易に、少年の睾丸で精製されていた最期の精液が吸い出され、シンディの腹へ呑み込まれていった。
「やめ……ろ」
 うつぶすアーシアは震える手を伸ばすが、シンディには届かなかった。
 蘇生しなければと気持ちを持ち直すものの、肉体が動いてくれない。
 腕から力が抜けると、返り血と大雨に濡れる、レイの動かない胸に落ちる。その先で、少年の身体が精液を作れなくなっても、シンディが腰を振っているのが見えた。
「あぁ……」
 レイを救えず、シンディの淫気も吸い尽くせなかった己の無力さに打ちひしがれ、絶望感だけが広がっていった。
 雨水を含む土が、震える唇を汚しながら中に入り、苦味をもたらす。
 真紅に染まっていた瞳の色は銀杯色に戻り、大粒の雫が頬に流れ落ちた。
「フン、是非もなし。淫神の子に桎梏されし約定により、我、宿主の庶幾を遂行せん」
 狂淫の精霊は腕組みを解くと、右腕を伸ばしてシンディを捉えた。
「……!!」
 腰振っていた少女は頻闇の淫気に包まれる異常事態に目を見開いた。が、逆らう動きを見せるまえに、精霊がシンディの淫気を、一気に吸い出してしまった。
 一瞬の出来事である。
 シンディが泡を噴く。そして、レイに跨ったまま覆い被さると意識を失い、
 動かなくなった。
 いっさいの淫気を失った少女を見届けたアーシアだが、安堵の思いは抱かなかった。
 肝心の、レイの心肺は停止したままだ。根幹は解決していない。
「なぜ……」
「我は宿主の所望を、契約に従い履行したまで」
「ならば、あとひとつ。私の身と引き換えに、レイ様を……」
「服従の宿命にありし羽つきの分際が、我の宿主と比類させるなど、不遜千万」
「もっともだが、では、どうせよと」
「前言に狂いなし。想起せよ」
 レイにはもう、時間がない。人間の脳は心肺停止が続くとダメージを負ってしまう。たとえ蘇生が成功しても、脳に傷害をもってしまったら、ここまで進めてこれた計画が破綻する。それは許されないのである。
 何より、レイに生きてほしいという、偽りのない想いがあった。
 責任や任務からくる感情だけではない。
 恐れ多いが、慕っているのである。
「……分かった」
 アーシアは最後の力を振り絞ると、豊満な尻を震わせながらゆっくりと持ち上げ、尺取虫のごとき哀れな姿勢を曝した。
 精霊は自分に執着している。ならばこの身を捧げ、主人の命をつないでもらおうと、なりふりかまわず、宿敵に屈服する決断をしたのだ。
 括約筋は力を失い、だらしなく菊門を広げている。そこへ雨水が流れ込んで緑色の粘液と混ざった。同じく、大きく口を開いている女裂へも雨が流れ、三箇所の穴を洗う。
 もはや指一本すら動かせなくなったが、些細な事柄であった。
 覚醒したレイの命が救われるならば、風前の灯である自分の命など安いものだという意識があるからだ。惨めで無様でも、自分の状況など気にならなかった。
「この身は、くれてやる。だが私の心は、キサマには、やらん」
「それを増長という」
 人間の上半身をかたどっていた淫気の塊が下方向へ伸びると、股間が現われた。
 そこには棒のような淫気の塊が突き出ている。
「貴様と直接触れ合うのも久方ぶりよ。宿主を通じ、我は貴様のみならず、神の子や女王の力にも触れ、狂悦の刻を興じえた。その力、僅かに知るがよい」
「うぅ」
 意図的に精霊が披露してきたのは分かりきっていた。これに貫かれるのかと思うと下半身が疼いて愛液を湧かせられ、死にかけていようが関係なく、淫魔としての本能が肉体を呼び起こす。
 とても入りきらないと思うほどの、長さと太さである。そんなものを挿入されたら身がもつわけがないという意識が駆け巡りつつ、どんな按配だろうかと、興味を持たされてしまった。
 愚かな期待に煮えくり返る激情と、退廃的な欲情がせめぎ合っている。
 フレンズィー・ルードがアーシアの背後に廻り込んできた。
 いよいよ自分の最期らしい。
「レイ様……」
 どうかご無事でと、祈りを捧げた。
 精霊は宙に浮いたまま、なんの遠慮もなく、突き出ている棒状の淫気をアーシアの膣へと挿し入れた。
「う……ぁ……」
 恍魔によって蹂躙され尽くした場所を、混じり気がいっさい存在しない淫気が貫く。
 どうやってあの持ち物を挿れたのか。そんな疑問すら消し飛び、声にならない呻きを漏らした。
 暴虐に押し広げられた膣内から痺れをもたらす絶頂感が立ち上がり、彼女の弱りきった命を食い荒らす。
「大天使よ。己が宿命へ、運命を導け」
 精霊の淫気によって、子宮内や膣内に残っていた恍魔の粘液が焼き尽くされていく。同じくして、自分の微弱となった淫気も呑み込まれていった。
「──っ!!」
 アーシアは声を立てる間もなく絶頂した。
 恍魔によって強制的に達せられたときは、たしかに感じてはいたのだが、苦しいばかりであった。その苦しみが、狂淫の精霊からは、いっさい感じない。
 狂おしいほどのいやらしい快感に顔を弛緩させたアーシアは、引いていった波がすぐさま押し寄せてきたのを歓待した。
 挿入しただけで微動だにしない精霊から、女としての喜びを極上に引き出されてしまったアーシアは、浮き上がるほどの快感に、もうどうなってもいい、どうにでもしてくれという意識しか抱けなくなってしまう。
「──ッ!!」
 大波を被り、波が引いていく。今度はさらに巨大な波が押し寄せてきた。それが嬉しくてたまらない。悲しみの涙は、狂喜のものへ変わっていた。
 残酷な傷跡が残る背中や、豊満で柔らかな臀部、地面に広がり垂れた三枚の黒翼に、雨が落ちる。その刺激に、強烈に反応した。
 大きな乳房を自ら押し潰している感覚も、快感となった。固くしこる肌色の乳首は土を抉って中に潜り、狂淫の精霊によって汚染された大地の愛撫に、恍惚の表情となる。
 爆発音と共に付近で落雷があると、激しい大気の振動によって乳首から全身に快感が広がり、達してしまった。
 引き波に続いて、無数の波浪が轟々と押し迫る。
 絶頂して死ねるのは淫魔の冥利であると身をもって実感し、何もかもを忘却の彼方へ追いやってしまったアーシアは、狂淫の精霊による愛撫を、ただただ受け続けた。

「覚醒した直後で恍魔を相手に戦果を上げた挙句、精霊まで復活したわね」
「うむ、驚愕のかぎりじゃ。ここまで派手にやらかすとは。あのわらし、面白いのう」
「これで勝ち目が出てきたが、ディアネイラを供物にするとは、どういう意味だ。こちらも時間がなさそうだぞ」
「同様に、アーシア・フォン・インセグノも、失うわけにはいかないが」
「驚くのもいいけどさ、あの子、死んじゃってるよ。失敗なんじゃない?」
「荒療治のしすぎね。さあ、どうなるかしら。ここが運命の分かれ目よ」
 ガラステーブルの上に、黒色の小さな座布団が七枚ほど敷かれている。座布団一枚につき一個の水晶球が添えられており、全部で七個の水晶球が居並んでいた。
 青白く発光している水晶球のうち、六個からそれぞれ声が発せられると、それまで静かにソファに身を沈めていた茜色の髪の毛をボブカットに切り揃えている人物が立ち上がる。
 淫女王、バベット・アン・デニソンだ。
「時間がないからまたね、みんな」
 バベットは苛立たしい口調で言うと、一個を残し、ほかの水晶球の輝きすべてを消失させた。
「アーシアちゃん……」
 精霊に犯され心まで屈服させられた堕天使の姿が水晶球に映り、バベットの目が鋭くなった。
「連盟は信頼できない。呪淫を会得した淫人ちゃんがこんな事態になってるのに、動くそぶりすら見せないなんて。アンタら滅びる気満々なの? 何が勝ち目だ。淫人ちゃんが死んだら勝ち目なんかあるかっ。ディーネちゃんがどんな思いでシドゥスと相対してるか解ってんのか。──この、バカどもがああっ!」
 悔しげに右腕を振り上げたところでバベットは沈着し、振り上げた拳を下ろした。
「アーシアちゃん、待ってて。今すぐ行くからね。たとえフレンズィー・ルードと刺し違えてでも、みんな、救い出してみせるからっ」
 最後の水晶球から魔力を消し、急ぎ現場へ急行しようとしたとき、部屋の扉をノックする音が聞こえてきた。
「何? あたし急いでるんだけど。……とにかく入って」
 バベットに促されると、扉が開く。
 扉が開くと、黒い翼を生やした淫魔たちが、大勢入室してきた。
「女王陛下っ!」
「あ。堕天使のみんな……」
 堕天使はざっと、十名はいる。バベットが知らない者もいるが、見知っている堕天使のほとんどが、各淫界で名を馳せていたり重職に預かる者たちであった。
「規律を乱し、女王陛下の私室へ推参した罰はお受けします。事の次第は、ハンターの偵察に出ていた者からの報告により、見知りました。何か、何か私たちにできることはございませんかっ!? 我らの命、存分にお使いくださいっ! 勝手ながらすでに号令をかけ、各淫界にいる多くの同胞たちが自分の立場をなげうち、女王陛下の元へと集結を始めております。ですからどうか、どうかアーシア様をお助けくださいっ!」
 ひとかたまりになっていた堕天使のうちのひとりが、一歩進み出てきて膝をつき、バベットに懇願してきた。それに習い、入室してきた全員が膝をつく。
 進み出てきた淫魔は、面積の狭いビキニと、腿まで伸びているレザーブーツだけを身につけた、ほとんど裸体といえる姿の淫魔だった。
 バベットもよく知っている堕天使、カーミラである。
 彼女は淫帝シドゥスによって攻められ降伏した、かつて、バベットの国と友好関係にあった国に仕えていた戦士である。戦士でありながら、効率よく人間を飼育するシステムを考案し、人間牧場の拡充に成功させた立役者だ。カーミラの活躍により、各淫界は精液の供給が潤ったのである。母国の降伏をよしとせず、野へ下ってから消息不明となっていたが、この事態に馳せ参じてきたらしい。
 バベットが治めるデニソン国近衛騎士団副団長を勤めるマリア=ルイゼ・フォーフェンバングが、集団の最後方で控えている。ここにいる堕天使たちがいかなる存在であるかが、窺い知れた。
 何より、必死に直訴する目の力は本物である。
 バベットは嬉し泣きしそうになるのをこらえ、平静を装った。生きるのが下手糞なアーシアだが、こんなにも彼女を慕う者たちがいてくれる。友人として、有難く思った。
「無礼だぞおまえたちっ。すぐに女王様の部屋から退室しなさいっ」
 ゾッチという名の褐色肌の淫魔が慌てた調子で怒鳴り散らしながらやってきた。
 バベットが手で制すと、彼女は大人しくなる。
「みんなはあそこで倒れてる男の子と女の子が、何者か知ってる?」
 バベットが冷厳と言い放つと、進み出ていた堕天使が「存じ上げません」と応じた。
 マリア=ルイゼへ視線をやると、彼女は長い青髪が乱れても整えもせずに首を上げ、うなずき返してきた。
 バベットは、堕天使たちが虚偽の態度をとっていないと知った。
「なら始めに言っとくけど、あの中にいる最重要人物は、アーシアちゃんじゃなく、倒れてる男の子であると肝に銘じておいて。状況によってはアーシアちゃんを見捨てなくちゃならない場合もある。それでもいい? それでもみんなは動けるの?」
 バベットの発言に堕天使たちが驚いて顔を上げたが、すぐに面を下げ、「ははっ!」と、承諾の声を立てて命令を待った。ここまで来ておいて、後には退けないらしい。
 バベットは厳しい表情を崩さずに小さくうなずくと、ゾッチへ顔を向けた。
「ありがとうみんな。じゃあ、まずゾッチちゃんはワーズ先生に緊急連絡。心肺停止の子と死にかけの重傷者、合わせて三名がそっちに行くって伝えて。ちなみにこれ、いちおう国家機密のつもりだから、そこんトコよろしく」
「はっ」
 ゾッチはすぐに転移し、女王の私室から姿を消失させた。
 バベットはそれを見届けると、跪いて指示を待っている堕天使たちへ、翠色の瞳を向ける。
「じゃあみんなにも指示を出すね」
「なんなりとご命令ください!」
 気の迷いをもつ堕天使たちはいないらしい。さすがは有名どころが揃っていると、バベットは感心した。
 ペティコートに包まれる質量豊富な自分の乳房をひと叩きして気合を入れると、跪くひとりひとりへ視線を向け、それから指示を出した。
「──これより、復活した、狂気と淫乱を司る精霊、フレンズィー・ルードを相手に、救助作戦を敢行する。命を捨てる覚悟がある者だけ、哀歓の森へ転移せよ。あたしは倒れてる三名をかっぱらうことだけに専念する。おそらく複数回の転移が必要になるだろうから、その間、精霊の注意を引け。皆も、誰かと接触できるチャンスがあったならば、各自の判断でかっ攫い、ワーズ先生の下へ転移せよ。場所が分からない者は、ここに連れてくればいい。ただし、精霊には、決して立ち向かうな。相手を本気にさせてはならない。淫気の精髄が相手では、我ら淫魔は通用しないと心得よ。精霊の淫気には細心の注意を払え。淫気に当てられたら一瞬でイカされる。狙われたならば逃げまわり、時間と隙を稼げ。そして三名の転移を成功させたら、全員、即座に退却っ。いいね? はい、全員、起立っ!!」
「ははっ!!」
 跪いていた堕天使たちが、一斉に立ち上がった。バベットは頼もしそうにうなずく。
「よーし、行くよっ!」
 バベットが先行して転移した。
「バベット・アン・デニソン女王陛下、ご出陣っ。我らも続けえっ!」
 続いてカーミラが転移していった。
「おおー!」
 残された堕天使たちが鬨の声を上げると、なんと、全員がバベットたちに続いて、哀歓の森へ転移していった。

背徳の薔薇 想ひ 了
第十九話です

メッセージありがとうございました。とても励みになりました

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