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騎士と淫魔と(仮題)4

 シスが次に訪れた街バファロは、やはりサルサミルと比べると寂れていた。荒れ果てているという程ではないものの、やはり人が少ないためだろうか。とてもではないが、活気があるようには見えない。まだ日も高いと言うのに、人影すらまばらである。
 木造の家屋の数々は古ぼけており、中には半壊、全壊したままのものもある。おそらく魔物に襲撃された名残なのだろうとシスは考えて、複雑な面持ちになっていた。
「……今は、それを考えてても仕方ないか。彼女は、どこに居るだろう」
 思考を切り替えたシスは周囲を見回し、嫌でも目立つであろうハイネスを探し始めた。
 彼は、彼女に会って謝らなくてはならないと痛烈に感じている。思い返してみれば、クロカに淫夢を見せられていた際、常に彼女がタイミング良く起こしてくれていたのだ。
 ――そう、まるでシスを守るかのように。
 だと言うのに、彼女を疑うどころか、それをまくし立てる様に怒ってしまった事。反省や懺悔をしたところでどうなるものでも無いけれど、謝罪することはできるはず。彼女は、先に次の街に行くと言っていた。なら、この小さな街のどこかに居るだろう。
 再会したい。そして、謝りたい。焦る気持ちを抑えつつ、シスは周囲を見渡しつつ、馬を引き連れて街中を歩き出した。
 だが、いくら歩けど、いくら探せど、彼女は見つからない。
 ――もしも彼女が居なかったら、二度と会えなかったら。
 僅かな不安がシスの胸を痛めたが、それを振り払って、彼は必死に捜索を続けていた。そして、程なくして、とある人物と鉢合わせる事となる。
「……シス? シスじゃないか!」
 黒髪に、精悍な顔つき。筋骨粒々な巨躯に、豪快な大声。騎士団の印の刻まれた鎧を身に纏った中年の屈強な男性。その男に、シスは遠くから呼び止められた。
「……ドラン副長!」
 シスもそれに応じて、大声で返して走る。
 ドラン。彼は王都近衛騎士団の副長にして、ガロと並んで信望の厚い猛将。その彼がこの街に居るということは――。
「副長、ご無事でしたか! ここに副長がいらっしゃるという事は、団長や他の皆も?」
 興奮を隠さず、シスがそう、まくし立てた。それを、人の良さそうな苦笑いとジェスチャーで押しとどめつつ、ドランが口を開く。
「ああ。皆、この街にとどまっている。いや、団長が何人かを連れて、この街の長に依頼された魔物退治に赴いているがな。俺はその間の守りを任された、という訳だ。
 ……ところで、なぜ王都に残ったはずのお前がここに?」
 問いかけられたシスは、状況をかいつまんで説明する。そして、手渡された王直筆の命令書を見て、ドランは神妙な面持ちで向き直った。思わず、シスも背筋を正してしまう。
 静かに数度頷き、副団長は口を開いた。
「わかった。我々は即座に、王都へ戻らなくてはならんな。
 ――だが、魔物に苦しめられる人々を放って置く訳にも行くまい。団長が戻り次第、この街を発って王都へと戻る。お前もそれで良いな?」
 即決、即断。団長に比べるとやや思慮に欠ける面があるものの、民や王への忠誠心や、咄嗟の行動力に関しては誰にも引けを取らない男。それがドランの持ち味であった。
 そして、尊敬するその彼の判断にシスが反対するも無かった。肯定する彼を見て、破顔するドラン。そして、肩を力強くたたき、笑いながら言葉を続ける。
「……お前も、一人旅で疲れただろう。ここの主は、良き方でな! 我らに屋敷の一部を快く提供してくださった。俺が案内するから、お前はそこで休むといい!」
「は、はっ。ありがとうございま――」
 ぐぅ〜。格好良く敬礼をしてそうシスが答えた瞬間、情けない音が鳴った。一瞬の沈黙の後、ドランが豪快に笑う。村中に響き渡りそうなほどの笑い声であった。
「がーっはっはっはっは!! 先に、食事をすべきだな! はっはっは!!」
 シスは、顔を真っ赤にしたまま俯き、歩き出したドランの後ろに続いていった。

 小さな町だが、屋敷はさすがに街の主ということもあってか、程ほどに立派であった。顔なじみの騎士達との再会も果たし、そして野営食とは比較にならない夕食を頂いて、シスは久しぶりに心の休まる休息を得る事ができた。
 驚くべきことに湯浴みまで許され、汚れも綺麗に洗い流し、シスは騎士達の休息に当てられた一室のベッドに横たわっていた。
 良く手入れがされていると分かる寝床に転がっていると、自然と睡魔が襲い掛かってくる。ごつごつの地面とは段違いで、まさに天国のような心地よさだった。
「……これで、一安心……かなぁ……」
 まだ何一つとして解決した訳ではないものの、頼れる騎士団の仲間は健在。たったそれだけの事だけでも、今のシスにとってはこの上なく心強い支えになっていた。
 賢王と団長と副団長。この三人が顔を合わせて、今までに得た情報を利用すれば、何かしらの対抗策が見つかるかもしれない。いや、見つかるだろうと思わせてくれる。
 それに、もしも策が見つからずとも、今までの自分のように、何とか抗おうと思えば抗える事は判明しているのだ。自分にできて、団長や副団長にできないはずがない。
 そう、シスは考えていた。
「でも、それってたぶん……これからもっと激しい戦いになる、って事なんだろうな」
 それが、心残りであり、不安であり、苦痛であった。最も『実戦』を重ね、そして、ハイネスという一人の淫魔と共に行動してきたシスだからこそ持ち得る、複雑な心境。
 人間を『エサ』程度にしか考えていない淫魔もいるが、そうでない者もいる。
 アビィは、むしろ街を守る為に動いていた。それはひいては、人間との共生を選び、その道を選ぶ事ができるという一つの示唆なのではないか。
 ハイネスもそう。シスにもまだ彼女の事などほとんど分からないが、悪とは思えない。むしろ、理由は分からないが、同じ種族の仲間と敵対しているように見える。
 それに、シスにとって、彼女はもう騎士団と同じように『仲間』であった。
「……ああ、そうだ。ハイネスの事、探さないとなぁ――」
 だからこそ、早く再会して、謝罪をしないと。でも、こういう俺の思考が分かるなら、向こうから会いに来てくれても良いのに――。
 内心で溜息をついたシスは、安心と疲労から、いつしか眠りについていた。

「――シス、敵だ、起きろっ!」
 突然に大声をかけられ、シスは飛び起きていた。既に日は落ち、小さなランプを手にドランがベッドの傍らに居た。完全武装を整えた姿は、凛々しく壮観である。
「は、はいっ! な、何事ですか!?」
 飛び起きた勢いで、一気に装備を整えてゆくシス。騎士団のものではないが、戦闘には十分耐えうる性能を持つ衣服とメイルの軽装。剣を携えた彼を見て、ドランが無言で走り出した。
 返事もなく走り出したその様子に、よほどの緊急事態なのだとシスは考える。魔物が襲撃に来たのか。それとも、まさか、淫魔が襲撃をしかけてきたのだろうか。
 二人は屋敷を飛び出し、じきに街の中心の広場に到達した。
「そやつが、噂の者か」
 不思議な光景であった。静かにそう言葉を発したのは、紺色の前髪を切りそろえた、いわゆる姫カットの美少女。大人しげなワンピースに身を包んだ彼女は豪華な椅子に腰をかけ、広場を取り囲むように存在する無数のランプで照らし出されていた。
 ――何なんだ、この『異様さ』は。
 シスは、背筋がぞくりと震え上がっていた。何が起こっているのかは理解できない。ただ、わかることがひとつ。何かが『異常』だと言う事。
 そんな彼の心など知らず、不意に、ドランが片膝を突いた。突然のその行動にシスが目を見張る間もなく、
「はっ、そうで御座います。我が主君、モルテ様」
 ……信頼すべき男であり、尊敬すべき副団長であるドランがそう、口にしたのである。
 シスは、心臓を握られたような思いをしていた。騎士が忠誠を誓う主君はただ一人。それは自分達にとって、稀代の賢王ミルートが対象となるはずである。だと言うのに、尊敬すべき副団長は、今、何と口にした?
 ――気づけば、周囲でランプを持っている者達は、騎士団の面々が居た。
 昼間は姿があまり見えなかった村人たちに混ざり、先刻とは違う生気の無い瞳で、ドランと同じように膝をついている。生唾を飲み、思わずシスは後ずさってしまっていた。
「ふん、腰が引けているではないか。おい。お前には、二つの選択肢がある」
 それを見てか、興味もなさそうに、モルテと呼ばれた少女がシスを見下して告げてくる。騎士達が立ち上がり、剣を抜き放った。ドランも、それに続く。しゃなり、と鞘から刃が放たれる綺麗な音が、静かな空間に響いていた。
「大人しく、私の下僕となるか。それとも、私の一時の饗宴となるか。選べ。
 ――ああ、安心しろ。別に、下僕どもと殺し合いをさせようなどというつもりはない」
 言い終えた少女が指を鳴らす。たったそれだけで、地面に巨大な魔方陣が投影された。予め仕掛けていたのか、それとも、一瞬で発動させたのか。驚愕するシスを尻目に、その陣の中から双角黒色の鬼がせりあがってくる。
 召還魔法。正式な手順を最も踏まねばならないと称される、高等魔術。それを、この少女は指を一つ鳴らしただけで成立させた。魔術の素養のあるシスだからこそ分かる、この恐ろしさ。モルテという少女は、見た目通りの存在ではない。
 ――悪魔か、淫魔か。どちらにしても……敵!
 シスがそう確信をした瞬間には、黒鬼は既に顕現していた。紫色の煙を吹きながら、紅の眼光を揺らして唇の端を歪めている。だが、周囲に居た騎士達だけでなく、何の力もない村人達ですら怯えた様子一つ見せていない。
「さぁ、選ぶがいい。素直に下僕となるか、物言わぬ屍となるか。
 ――いや、聞くまでもなかったか。そうでなくては、面白くもない」
 少女の唇も、鬼と同じようにつりあがる。愉悦。それが易々と、見て取れた。
 その視線の先には、既に剣を抜き放ったシスの姿があった。だが即座に斬りかかる事はせず、彼はドランに視線を移して、静かに口を開く。
「これは、どういう事なんですか? ……団長は、どうしたんですか?」
 だが、その問いかけに答えは無かった。ただ視線で『早く行け』とだけ。奥歯をかみ締めて、シスが広場の中央へと歩を進める。それを見つめるのは、生気の無い無数の瞳と、無数の揺れる光と、殺意と悦びに満ちた二組の視線。
「ふふん。前菜程度の楽しみには、なってくれるのだろう?」
 そう傲慢に言葉をかけてきたモルテを、一瞬だけシスは睨み返す。そして、すぐに目の前の、自分の背丈の二倍はありそうな巨躯の鬼へと視線を戻し、剣を下段に構えなおす。
 風ひとつない、生ぬるい空気がその場を包んでいた。
 先に仕掛けたのは、鬼。吊り上がりきっていた唇を更に歪めて、大地を蹴る。爆音と共に土埃が舞い上がり、一瞬でシスとの距離が詰まる。
 黒肌の拳が唸り、鉄鎚の如く振り下ろされる。一切の躊躇などもない、純粋な破壊。
「前菜……? ……俺たちは、そんなもんじゃない……!」
 冷静に、冷淡に、冷酷に。怒りを帯びた、静かな声が響く。その呟きがモルテの耳に届くが早いか、振り上げた鬼の腕がそのまま宙を舞い、赤い液体を撒き散らしていた。
 そして、長さを失った腕はシスの体に届くことはなく、それが地面に到達する前に、
「ほぉ、やるじゃないか」
 鬼の首が腕に追いすがるように夜空へと舞い上がり、モルテの眼前に落ちていた。ぼんやりと騎士達がその軌跡を見つめていた中、シスは既に駆け出している。司令塔を失った鬼の体が倒れこむよりも早く動き出した彼を見て、モルテは微笑を見せていた。
 ――こいつが元凶なら、こいつを倒してしまえば、皆は元に戻るかもしれない……!
 一気に間合いを詰めて、刃を振り上げる。抵抗する様子も見せない少女モルテと視線が交錯する。彼女は死が眼前に迫っても笑っており――シスは、咄嗟に左へと転がっていた。
「……だが、詰めが甘い。私を殺すには、もう一つか二つは手が必要だったな」
 転がり、片膝をついたシスに、モルテが感心した様子で言葉を投げかける。それを耳にしながら彼は、自分に対して刃を振るった男――ドランを注視していた。彼の瞳はシスを捉えているものの、何も見ていない、まるで、硝子玉のように空虚だった。
「シスよ。モルテ様に手を出すことは許さん」
 無機質で、静かなその言葉にシスの心が抉られる。それは大きな隙となっていた。体勢を立て直す前に、広場を取り囲んでいた騎士達が、シスを取り押さえにかかっていた。
「この……みんな、離せ、離してくれよ!」
 押さえ込まれ、シスがもがく。だが、さしもの彼も、屈強な騎士達から一度に取り押さえられては、手の出しようもなかった。魔法を使おうと一瞬だけ考えたが、
「余計な真似はしないほうが良い。俺とて、お前を殺したくは無い」
 喉元に、非情にも刃が突きつけられる。ドランの剣は、警告そのものであった。
「くく、意気は良し。だが、所詮は人間、という事だな」
 悲痛な叫びを耳にしながら、モルテが笑っていた。そして、座り込んでいた椅子から立ち上がり、身動きの取れない彼へと近づく。そして嗜虐的な笑みを浮かべて顔を寄せた。
「いい事を教えてやる。もう気づいているだろうが、私は淫魔だ。そして、こやつらは、私に『屈服』したのだよ。もはや私の命令にのみ従う下僕と化している。
 相手の記憶を『リライト』する事で、このように、他人を支配することができる。単純な命令を与える事もできるが、完全に屈服させればこの通りだ。そして、お前も――」
 くくっ、とモルテがおかしそうに笑い声を上げる。だが、すぐに真顔へ戻っていた。
「……ほう、お前はずいぶんと意志が強いようだな。まだ、諦めていないと見える」
 信頼していた仲間達は敵の手に落ち、そしてシス自身を取り押さえている。騎士として尊敬すべき男、ドランは躊躇無く刃を己に向けてくる。助けに来てくれる者など、こんな辺境では期待することなどできない。
 ……だと言うのに、シスの瞳は、真っ直ぐにモルテを見つめ返していた。
「俺が諦めたら、誰も助からない。だから絶対に、絶望も、屈しもしない。俺をいたぶるなら、好きにすればいい。例え手足をもがれ様と、快楽で頭が狂おうと。
 ――絶対に俺は、お前の下僕にはならない!」
 言い切ったシスの喉元から、少しばかり血が流れる。めり込んだ刃の痛みに一瞬だけ顔を歪めたが、彼はすぐ気丈な表情へと戻る。
「発言には気をつけることだ。新たな主君となるお方だぞ」
 ドランの発するそれは、怒りも抑揚も何も無い淡々とした言葉だった。それだけに、シスの心は痛む。かみ締めた唇は、血が流れそうなほど充血をしていた。
 ――どうする、どうすればいい。どうしたら、この状況を、打開できる?
 シスの頭脳がフルスロットルで回り始める。腕力は無理、魔法は難しい。説得か何かで洗脳が解ければいいが、それは期待が薄い。どうすればいいのか。
 彼が焦りながらも冷静に計算している中、
「……モルテ様。シスの意志など関係ありますまい。我々が取り押さえている隙に――」
 そう口にしながら、ドランが顔をモルテに向けた瞬間であった。
「シスよ、それでこそ近衛騎士! その覚悟こそ、我らの最高にして最強の武器!!」
 静かな夜の空気を、良く響き渡る大声が切り裂く。厳格だが、どこか優しさのあるその声を、シスが聞き間違えるはずもなかった。
 モルテも、ドランも、騎士達も――声のした方へと、顔を向ける。
 彼らの視線の先に居た者は、初老の男性。白髪と白髭。そして紅のマントが、いつしか吹き始めていた風になびいていた。広場の遠くから、真っ直ぐ、雄大に歩んでくる。
 現王都近衛騎士団長にして、最高位の将軍である猛者。ガロ団長、その人である。
「――おや、最初に逃げ出した負け犬じゃないか。いまさら戻ってきて、どうするつもりだ?」
 だが、そのイレギュラーな登場も楽しんでいる様子で、モルテが言葉を投げかけた。ドランは即座に刃を下ろす。そして、進行を邪魔するかのように、ガロへゆっくりと歩み寄って立ちはだかった。対峙する、団長と副団長。状況も忘れて、シスが息を呑む。
 ガロは静かに、周囲を見渡していた。意志の無い瞳をした騎士達。村人達。そして、幾度もの戦いを共に駆け抜けた盟友である、ドラン。一通り見てから、口を開く。
「負け犬、か。事実だ、それもよかろう。だが、どのような汚名を着せられようと、騎士は最後まで立ち続け、何かを守りぬかなくてはならない。
 ……そう、皆が、この老いぼれである私を守ったようにな」
「逃げられたのに、わざわざ死ににくるとは。やれやれ、よほど頭が悪いのか。
 私の下僕に、老いぼれは必要ない。殺れ、ドラン」
 冷酷な命令。それに従順に従い、ドランの刃が瞬速で、正確にガロの心臓を貫きにかかっていた。しかし、
「魂無き刃など、恐るるに足らん!」
 一喝と共に踏み込み、刃すら抜くことなく、一蹴りでドランを地面へと静めてしまう。崩れ落ちるドランを見て、一瞬だけ、モルテに動揺が走っていた。
 その瞬間、シスの眼前の空間がゆがむ。直後、姿を現したのは――ハイネス。先日の一件よりシスの前から姿を消した、銀髪秀麗の淫魔である。
「ハ、ハイネス!?」
 驚くシスを見て、彼女はいつもどおりの微笑を浮かべていた。
「捕まってる貴方もいいわねぇ……なんて、言ってる場合じゃないかしら?」
 だが、すぐに真面目な雰囲気になり、その全身から魔力が放出される。空気に干渉したその魔力は、シスを取り押さえていた騎士達を、軽々と吹き飛ばしていた。
「貴様は……!?」
 我に返ったモルテ。しかし、時すでに遅し。シスを抱きかかえ、ガロの真横に二人は転移をしていた。それを見て、モルテが舌打ちをする。ようやく開放されたシスは、二人の顔を見合わせて、首をかしげていた。
「ガロ団長、ご無事で何よりです! それに、ハイネスまで。でも、なぜ二人が?」
 疑念があるものの、団長は洗脳されていないらしい。それに、ハイネスとの再会も、一応は果たせた。その喜びが、思わず語調に現れてしまっていた。だが、
「今はそのような些事は、どうでも良い。ハイネス殿から、話はある程度までは聞いている。お前はあの淫魔を倒す事だけに集中しろ。
 ――私を助けた他の大馬鹿者達は、任せておくがいい。なぁに、数発ほど鉄拳制裁してやれば、正気に戻るだろうさ」
 淡々と告げつつ微笑むガロ。十数名の抜刀した騎士を相手に、素手で立ち回ろうというのは無謀である。だが、彼にはそれができる実力がある事を、シスは理解している。
「感動の再会もいいけど、あの子、逃げるわよ? ま、さっきの召還で、転移できる程の魔力は残ってないみたいだけどねぇ」
 一方、今までと変わらぬ飄々とした様子で、ハイネスが声をかけて来た。確かに、モルテは恥も外聞も無い様子で、広場から全力で走り去って行く。その後姿の前に、騎士達が立ちはだかった。
「よし、私が道を開く。シス。お前は、お前がすべき事をなせ!」
 剣を構えた集団に、初老の騎士は素手のまま、踏み込んでいった。躊躇なく振り下ろされる剣を拳、あるいは蹴りで弾き、逆の手足でカウンターを加えて吹き飛ばす。一撃で吹き飛んだ騎士は。後方の数名を巻き込んで吹き飛びながらも、再び起き上がって構えた。
「いい鍛え方をしている。鍛錬を怠らぬ成果だ。だが、今はそれが仇となったか……」
 嬉しそうに、そして残念そうに。油断なく拳を握り締めたまま、ガロは呟いた。
 既に戦いは再開された。そんな中、シスは急ぐ訳でもなく、ハイネスをまっすぐ見つめている。少しばかりばつが悪そうに髪を掻き毟った後、口を開く。
「ハイネス……その、ごめん」
 すぐに追いかけなければ、モルテに逃げられてしまうかもしれない。百戦錬磨のガロだが、もしかしたら刃を受けて、敗北してしまうかもしれない。
 それでもシスは今、彼女にそう告げておきたかった。言われたハイネスは、くすくすと笑う。それはいつもの笑みで、
「私は貴方の心が読めるのよ? 言わなくても通じるのに、不器用な人ね」
 その答えの余裕も、今までと変わりがなかった。シスも微笑んで、言葉を続ける。
「はは、そうかも。でも、俺は今、ハイネスに言っておきたかったんだ。
 ――ありがとう」
 言い切ったシスは、視線を前に向ける。やや距離は開いてしまったが、モルテの足は早くは無いようで、追い付けないほどではない。一直線に屋敷へと向かっているようだ。
 騎士達を易々と殴り飛ばし、蹴り飛ばし、道を切り開いているガロ。その横をシスが躊躇なく走りぬけ、
「――随分と、逞しくなったな。団長として……いや、義父として嬉しく思うぞ」
 瞬間、そう呟く声がシスの耳に届いた。

 モルテが逃げ込んだ先は、屋敷の中であった。魔力の尽きかけている彼女がまずすべきことは、魔力の補充である。部屋に戻れば、魔力を凝縮した薬剤がある。それに、召還陣も描いてあり、凶悪な魔物を呼び出せばこの状況はクリアーできる。
 そうでなくとも、逃げる為の魔力が回復すれば十分。その後のことはどうにでもなる。
 やや息切れを起こしながらも、彼女は思考も足を緩めず、自らの部屋へと飛び込んだ。
「はぁい。遅かったじゃない?」
 ――だが、既にそこには、先客が居た。
 豪華なベッドに腰をかけ、無様な姿を晒すモルテを嘲笑するかのような笑み。銀の髪をかきあげて、ハイネスがそう告げる。
「貴様、ここで何をしているっ!」
 激昂したモルテが、そう叫ぶ。だが、言われたハイネスは、軽く受け流した。
「ふふん。さぁ、何かしら? ま、呼吸くらいはしてるわよねぇ?」
 ぎりり、と歯をかみ締めるモルテ。幼い美貌が歪む。だが、彼女はすぐ自らを落ち着かせ、視線だけで自らの目的である薬剤の存在を確認し、内心でほくそ笑んだ。
 そして、全力で走り、紫色の液体の入った小瓶を手に取る。瞬間、
「――ああ、一つだけ言っておかないと。貴女、もう逃げ場所なんて無いわよ。少なくとも『私が女王』なら、ここから逃げ出した貴女を始末するもの。
 それは、貴女達の方が良く分かっているでしょう?」
 ハイネスに投げかけられたその言葉に、モルテはびくりと体を強張らせた。彼女にしては珍しい、冷淡な物言いだったからではない。それが『事実だろう』という確信が生まれていたからだ。
「――ハ、ハイネス。お前、転移魔法使うなら、俺も連れてってくれればいいだろ!」
 そうこうしている間に、シスがようやく追いつき、部屋に飛び込んできた。だが、冷めた様子で眺めているハイネス。そして、小瓶を手に小さく震えながら、硬直気味のモルテ。場に漂っている妙な緊張感に、眉を潜めてしまう。
 その均衡を破ったのは、モルテであった。彼女は一息に、小瓶の液体を飲み干す。
「ふん。だが、それは『この私が敗北する』という事が前提だろう。確かにこれだけの失態、このままではあのお方に顔向けなどできまい。だが、まだ手はある。ここで邪魔な騎士達を再び下僕とし、そしてハイネス。貴様を捕まえれば――」
「無理よ」
 魔力を補充したせいかいくらか余裕を取り戻したモルテに、ハイネスは言い放った。苛立った表情の彼女へ、淡々とハイネスは言葉を続ける。
「だって……ふふっ。貴女、ここで彼に負けるもの。別に私が手を出してもいいんだけど、今回はそんな事したら、シスに私が殺されちゃいそうねぇ?
 だから私は、貴女とシスの戦いには手出ししないわよ。だって不公平だもの」
 言って、ハイネスはふわりと飛び、シスの背中に抱きつくよう着地した。だが、シスはその肉体を押し付けられても、動じる様子一つない。怒りと苛立ちでハイネスを睨んでいるモルテを、ただ静かに見つめていた。
「人間。その目は気に食わん。止めろ」
 止めねば、実力行使に出る。暗にそう示していた言葉を受けて、シスが口を開く。
「俺はお前を許さない。お前だけは、許さない。ガロ団長を負け犬呼ばわりした事も、たぶん団長を逃がす為に戦った、ドラン副長や騎士団の皆を下僕にしたことも。どれも許せないし、ハッキリ言って気に入らない」
 その語りに、モルテが嗜虐的な笑みを浮かべた。心底、愉しそうに笑っている。
「それで、どうするというのだ? 怒った所で、魔力の回復した私に勝てる理由など――」
 彼女が言い終える前に、シスは腰に帯びていた剣を、ハイネスに手渡した。
「あるさ。それは俺が証明する。人間の強さを、お前達のやり方で教えてやる」
 強く言い放ち、そして、ゆっくりとモルテに歩み寄る。今度こそ彼女は笑い出し、
「く、ははっ! 本当に騎士という存在は馬鹿なのだな?
 面白い、面白いぞ人間。良かろう、その『お遊戯』にこのモルテ。付き合ってやろう!」
 シスを誘う様に、ベッドへと歩んで腰を下ろした。

 赤色の布地の寝床の上の少女の目の前で、シスは手馴れた様子でメイルを外す。金属板が重厚な音をたてて、カーペットの上へと次々に落ちていった。
 邪魔な鎧を脱ぎ終えたシスがモルテに近づき、その衣服に手をかけようとした。
「――あまり気安く触れるなよ、人間」
 が、瞬間、体が動かなくなってしまう。魔力を帯びた命令。従う理由もないのに、まるで全身が凍り付いてしまったかのような、不可解な感覚。
「私は魔力が戻っている、と言ったはずだが? やはり、馬鹿だな」
 声一つだせないシスを見下しながら、少女が逆に迫ってくる。ズボンを強引に下ろし、外気に晒された男性器を眼前にして、にやりと笑う。
「ほぉ、なかなかいいモノを持っている。ドランと言ったか。あのような強面の男もいいが、お前のような可愛い男も悪くはないな。
 ……どうだ、今からでも下僕にならんか? 満ち足りた生活を保障するぞ?」
 小さな手で弄繰り回しながら、そうモルテは問いかけた。瞬間、
「お断りだよ。俺はお前を許さない、って言っただろ」
 モルテの小さな体は、金縛りの解けた……いや、金縛りを解いたシスに持ち上げられていた。そのまま、再びベッドへと戻されてしまった。
「ほう、早い。詠唱をしていないとは言え、私の拘束魔法をもう破ったか」
 だが、モルテは全く慌てる様子もなく、ベッドに押し倒されたまま、ワンピースを破り捨てるように脱がせるシスの動きに身を任せていた。だが、シスはそのまま責めるかと思いきや、彼女を解放する。
 二人の距離が開く。魔術を解いたことも、体を開放したことも不可解。その意志を露に、注意深くシスをモルテは見つめている。
「どういうつもりだ。お前が私を解放する意味がない」
 言われ、シスは大きくため息をついた。
「そっちの土俵で戦って、俺がお前を『屈服』させる。その為だよ。別に情けとか、気まぐれなんかじゃない。さっきから言ってるだろ? 俺は、お前を許さないと」
 荒々しい語調ではない。むしろ、穏やかな口調だった。しかし、淫魔であり、ベッドの上で二人共裸という圧倒的優位に立つモルテの背筋は、悪寒で一瞬だけ縮みあがる。
 ――いい感じにキレちゃってるわねぇ。でも、ああいうのもイイかも。ふふっ。
 手出しはしないと宣言し、遠巻きに見守っていたハイネス。彼女も、シスの今までに無い雰囲気に、全身をぞくぞくと震わせ、恍惚気味に微笑んでいた。
「何を震えてるんだ。負けるはずなど無いんじゃないのか?」
 シスが告げながらゆっくりと近づく。それを受けて、ようやくモルテは我に返った。そう、自分が負けるはずなどないと。圧倒的優位なのは自分なのだと。
「ふん。何をどう思ったかは知らんが、この状況、後で後悔しても遅いぞ。ああ。遅いとも。お前の精液を搾って搾って搾り尽くして、快楽で頭を壊したらその魂を悪魔に売り渡して永久の苦痛に沈めてやろう」
 それは果たして、シスに対する挑発であったのか。それとも、自己を奮い立たせる為の言葉だったのか。モルテはそう答えながら、自らシスに歩み寄っていった。

 細く、折れてしまいそうなモルテの体。彼女を優しく抱きしめる様に、シスは胸元へと顔を近づける。小さな胸の、これまた小さな突起を口に含み、吸い上げ、舐め転がす。やや弾力のあるそれを甘噛みすると、モルテは小さく呻いた。
「ん……慣れてはいるようだ。だが……『動くな』」
 彼女がそう口にした瞬間、再びシスは動けなくなってしまう。その隙に、モルテはシスを押し倒す。淫魔の魔力に当てられていたせいか、ついに勃起しつつあったペニスを手で軽く握り締めながら、嗜虐的な笑みを浮かべる。
「今度は先のような拘束魔法ではないぞ? これが私の能力。さて、この私に奉仕させるのだ。存分に精液を吐き出さねば、神罰が当たるというものだぞ。くくっ」
 淫魔が神罰を口にするのは、彼女なりの冗談なのか。金縛りじみた魔力を跳ね除けようと内面でもがくシスを尻目に、赤い舌と口腔を晒して淫靡に光る唾液をペニスにたらす。
 敏感な箇所にその体液が触れるだけで、熱さが全身に広がるような感覚。塗りつけ、染み込ませるようにペニスを数度扱かれると、完全に勃起してしまっていた。
「ふふ、まだ解除できないのか? このまま先に、一発くらいは抜いておくか?」
 先ほどとは、全く拘束の質が違っていた。それもう当然である。魔力で縛られているのではなく、直接的に脳から下される命令を書き換えられているのだから。だが、シスはそんな事など、知る由も無い。
 確実な快楽にかき乱され、未だに硬直を解除する事ができないシスに、モルテが笑いかける。彼女はそのまま、濃蜜のような唾液を小さな唇から落としながら、シェイクする速度を少しばかり上げた。
「ぐっ……!」
 快楽の声が漏れる。同時に硬直が解けたシスは、逆襲すべく動き出す。しかし、
「だから言っているだろう? 『動くな』と」
 再びの、魔力命令。しかし、二度目は完全に効力が現れず、重く硬いものの、シスの動き自体は止まらなかった。ほう、とそれに関心した様子を見せるモルテ。
「流石に言うだけのことはあったか。屈服していない状態の『リライト』とは言え、同じ命令をそう何度も続ければ効果は薄くなる……と。
 だが、その遅さでは何もできまい。まだしばらくは、弄ばせて貰おう」
 言い終わるが早いか、唾液でぬめるペニスを即座に口へと含む。濃紺の髪を振り乱し、熱く滾る男性器を、より熱い口腔粘膜で包み込む。
 顔が上下するたびに、柔らかな唇と、粘着性の口内。そして弾力のある舌が、交互に別々の快楽を与えてくる。特に、一番奥まで飲み込まれると、亀頭はモルテの喉奥にまで易々と届き、擬似的に挿入しているかのような違和感さえ覚えてしまう。
 まともに動かない体では耐える事しかできないシス。命令のかかり具合が弱まっているとはいえ、反撃どころの話ではない。
 指先一つの動きすら取り戻す前に、彼は一気に高められ、射精をしてしまっていた。
 直接的に口内へ押し込められ、唾液まみれとなったペニス。それを柔らかな指が包み込み、激しく上下にシェイクする。同時に玉袋にキスをされ、飲み込まれるかのように吸い付かれて、彼の我慢は限界を超えてしまっていたのだ。
「……ふふっ、いい射精だ」
 まるで天井まで届くかのような射精の勢いに、思わずモルテは目を細めていた。射精を続けているペニスを扱かれるたびに、シスの全身は硬直する。射精中に更に与えられる快楽によって、無理やりに精液を搾り出されているようでもあった。
「なるほど、ハイネスが気に入るのもよく分かる。良い精だ。
 ――だが、このままでは私の下僕となる。そんな所で余裕を見せていていいのか?」
 ようやく射精が終わると、顔や素肌に飛び散った精液を舐め取り、恍惚としつつもモルテはハイネスへ向き直った。その顔は、余裕と嘲笑に満ちている。しかし、
「残念だけど、まだ私、彼の精液は貰った事が無いのよねぇ。散々、誘惑してるのに」
 ため息をつくハイネスの様子には、一方的にシスがやられていると言った辺りからくる悲壮感など全く感じられなかった。むしろ、自分に魅力がない事を嘆いているかのようで、モルテなどもとから眼中にないような雰囲気。
「――いっつも我慢してんだよ、俺だって。でも、いい訓練になるんだよ、アレ。
 今みたいに一方的にやられてても、どっかで踏みとどまれるようになってるからさ」
 瞬間、モルテは押し倒されていた。ハイネスに気を向けた一瞬。人間であれば、絶頂直後から俊敏にそう動けるものではない。特に、強烈な快楽を受けた場合には。
 その僅かな油断が、モルテの隙であった。声に驚いて振り返った瞬間には、既にその唇はふさがれていた。『命令』をする事ができず、そのまま逆に押し倒されるモルテ。
「あらあら、そうだったの。もー、我慢しなくたっていいのにねぇ」
 緊張感の無いハイネスの声は、二人にはもう届いていなかった。何とかして押し返し、命令を出そうとするモルテ。それをさせじと、可憐な唇に吸い付くシス。呼吸すらできない程に濃密なキスを交わしながら、シスはモルテの股間を弄る。
「……!」
 既にしっとりと濡れ、指には糸を引く感覚が伝わっている。押し倒したままのキスだけは緩めず、柔らかく心地よい彼女の全身を味わって既に再度起ち上がっていたペニスの先端を、手探りで膣口に押し付けた。
 挿入されまいと暴れるが、力では勝てるはずがない。むしろモルテのその意志とは裏腹に、淫魔としての肉体は快楽に忠実であり、受け入れようと吸い付くような動作を見せている。
「――かふっ!」
 そして、突き入れられた。瞬間だけキスが止むものの、モルテは快感と衝撃で空気を吐き出してしまい、呼吸を終えた瞬間には再び唇を蹂躙されていた。
 激しい注送と、苦しい呼吸。苦痛と、そして与えられる激しい快楽に、モルテの全身は高潮しつつあった。
 もともと、彼女は『リライト』や『召還魔術』によって、反撃を許さず、そして自分の手を汚さずに勝利してきた。故に、相手に主導権を握られてしまうと、一方的に押し込まれてしまう欠点があったのである。
 ――しかし、いまさらそれに気づいた所で、戦闘スタイルは変えられない。
 モルテは頭を焼かれるような感覚の中、指先で印を切って念じる。すると、シスの後方へ小さな魔方陣が投影され、中から二体の淫魔が姿を現した。
「モルテ様、お呼びですかぁ」
「あはっ、男だぁ。襲っていいんですよねぇ〜?」
 芝居なのかどうなのか。男を誘うような、甘ったるく、少し頭足らずを装ったような語り口調の淫魔二人。淫魔としては格が低いことなど瞬時にシスは悟ったが、三対一は厳しいとも察する。
 シスの後ろから迫る二人の淫魔。勝利を確信し、モルテがほくそ笑んだ瞬間。
「――あらあら、じゃ、私も混ざっちゃおうかしらね? ふふっ」
 状況を打破する為の決定的な増援として現れた淫魔二人は、ハイネスによって文字通りに『秒殺』されていた。
 絶頂し、煙となってハイネスに吸い込まれてゆく。それを驚愕した瞳で見送るモルテ。
「わざわざ自分から、私が戦っていい口実を作るなんて。本当に馬鹿よねぇ。あれだけ人間を見下して、余裕を見せて、自分が不利になったらこんな真似。
 ――だから私は『貴女達』が嫌いなのよ」
 シスの後ろに立つハイネスの表情は、これまでにない程、冷酷だった。見下す瞳は非情で、まさしく『魔』という言葉の正しい存在だった。もしシスが見ていたならば、その余りのギャップに、言葉を失っていただろう。
「さ、楽しみましょう。貴女にとって、最後の快楽を――」
 言いながら、いつもの笑みに戻ったハイネスが、シスに押し倒されたままのモルテへと近づいていった。そして、部屋から一際高い嬌声が上がり――静寂が、訪れた。

「――シスか。どうやら、終わったようだな?」
 モルテを倒した二人が広場に戻ると、そこには力なく地面に倒れこんでいる騎士達と、同じく様々な様相で突っ伏している村人達。その中心には、汗一つかいてない様子のガロの姿があった。
「はい。何とか倒せました。おそらく、洗脳は解けるのではないかと思いますが――」
 言いながら周囲を見回し、シスは頭を掻く。確認のしようがなかったからだ。僅かに訪れた沈黙の意図を理解し、この惨状を作り上げた張本人は大笑いをする。
「ぶあっはっは! すまんな、少しばかりやりすぎたようだ! ま、死んではおらんさ。いくら洗脳された相手とは言え、騎士が人々を殺すわけにもゆくまい!」
「……そういうだけの問題じゃあ、ない気もしますけどね……」
 ため息混じりにそう答えるシス。そのさなか、倒れこんでいた面々の中から、一人が頭を横に振りながら起き上がった。騎士団副長、ドランである。
 彼は起き上がると、ガロやシスの姿を認めて、大きく目を見開いた。
「だ、団長。なぜここに!? それに、シスまで――」
 そして、その次に気づく。シスに抱きつくようにして立っている、女性の姿に。名前も何も知らないが、彼女、ハイネスの気配だけでドランはその正体を察していた。
「シス、どけいっ!」
 即座に剣を拾い上げ、斬りかかるドラン。その刃を、シスは慌てて剣で受け止める。ガロもハイネスも、別段慌てた様子もなく、それを見守っていた。
「その女、人間ではなかろう。いや、断言する。淫魔だ! 何故、そこに平然と居る!
 そしてシス、何故、貴様はその女を庇う! 間違いなく、我らの敵であろう!」
 力でぎりぎりと押し切ろうとしながら、怒声混じりにそう言葉を発する。シスはなんとかその力を受け流しながら、答えた。
「ドラン副長、落ち着いてください! 彼女は……ハイネスは――」
 否。答えきる前に、ハイネスの手のひらが、その口を塞いでいた。そして耳元で呟く。
「ダメよ、シス。それ以上は、言っちゃいけない。私は淫魔。どう転んでも、今の評価は人間の敵でしかないのよ」
 悟りきったようなその言葉に、シスは唇をかんだ。だが、その手を振り払い、ドランの剣も押し返し、巻き上げ、吹き飛ばして、口を開いた。
「彼女は……ハイネスは俺を助けてくれた命の恩人で、大切な仲間だと俺は思っています。例え副長でも、その彼女に刃を向けると言うのなら――俺は、俺としての騎士の意地で応じさせて貰います!」
「ぬっ……血迷ったか。ならば、残念だが、俺がここでお前を――」
 後ずさりしつつも、刃を拾い上げて再び走り出そうとするドラン。だが、
「ぃやめんかぁ!」
 静かに見守っていたガロの怒号で、その動きは止まる。文句ありげな表情のドランに向けて、ガロは一転して、今度は静かに言葉を続けた。
「ハイネス殿は淫魔だが、シスがここを訪れ、我ら騎士団を解放する好機を私に教えてくださった。この事を知った上でまだ刃を向けるならば、それは義に背く行為。
 ……ドランよ。お前の憤りは分かる。だが、それは彼女に向けるべきではあるまい?」
 まるで子を諭すようなその語りに、ドランは大きく息を吐いてから、刃を収めた。シスも胸をなでおろし、剣を鞘へと戻す。だがガロは、今度はシスへと顔を向けた。
 その表情は真剣で、騎士団長としてのもの。シスは自然と、背筋を伸ばしてしまう。
「……シスよ。お前は立派な騎士だ。故に、お前の判断に口を挟むつもりは無い。だが、一つだけ言っておこう。お前のその歩む道は、おそらく、厳しいものとなる。ドランだけが特別ではない、ということだ」
 自分でも分かりきっていた事だが、改めて言われ、シスは押し黙ってしまった。
「ハイネス殿にも感謝している。しかし、我らは淫魔を倒す事が目的。シスは有望な騎士だ。この先も戦い抜かなくてはならず、そこについて回るのは、危険が付きまとう」
「ええ、そうね。私は淫魔だから。でも、人の生き方は他人が決める事じゃないでしょう? 立派な騎士さん。えぇと、ガロでしたっけ」
 団長を呼び捨てに! とドランが憤るところを、手でガロが遮る。そして、笑った。
「そう、その通りだ。だから私は、これ以上は何も言わぬ。
 ――ドラン、全員を起こしてまわってくれ。このまま放置するわけにも行くまい」
 言われたとおり、ドランが動き出す。その直後、シスは沈黙を破った。
「ガロ団長。俺は、俺の選択が間違ってるとは思いません。騎士団を脱しろと言うのであれば――」
「お前は若い。苦労は好きなだけするがいい。先も言ったが、城に居た時よりも随分と逞しくなった。お前は自分で判断の下せる正しい『騎士』になったのだろう」
 シスの言葉を遮るように、ガロはそう笑いながらドランの作業に混ざっていった。その後姿を目で追う彼に、ハイネスが声をかける。
「本当に不器用よね、貴方……で、これで良かったの?」
 その言葉に振り向き、少しだけ視線を落としてから、真っ直ぐ前に向き直り、
「……分からないさ。でも、間違ってたなら、それはそれで構わない。
 それに、俺の気持ちは、お前が一番分かるだろう? ハイネス」
 静かに、力強くそう、悲しい微笑でシスは答えていた。
 そして騎士達は、ついに王都へ戻る旅路につく。生きる為に、淫魔と戦うために。
戦闘パートいやっほおおおおおおう!!
カッコイイ爺いやっほおおおおおおおう!!

すいません、いつも以上にエロ激薄です。
テンション妙で更にすいません。
前回がエロパート満載だっただけに、今回は思うままに書かせて頂きました。
その結果→今までで最大テキスト量(324行)の癖にエロ部分79行だけ(25%以下)
もう色んな意味でごめんなさい。これでも戦闘パートとかかなり我慢したんです……!
って言い訳。
意見、感想、文句(クレーム、批判)すべて受け付けます。
ちなみに、今回は神の視点描写です。こっちのほうが良さそうですかねぇ?

初投稿日時:2008/09/14 13:40頃

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