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騎士と淫魔と(仮題)3

 ――何か『熱い』感覚が、俺の脳を覚ましていた。
 目覚めた俺の瞳に映るものは、見慣れた騎士団の仮眠室。だいぶ老朽化しており、もう何度も寝泊りした、やや堅いベッドの上。そこに俺が寝ているのだと、すぐに知れた。
「……目をお覚ましになりましたか?」
 そう声をかけられ、視線を下ろす。そこには、栗毛のメイド、アニーの姿があった。その唇は月明かりと『何か』で淫靡にぬめっている。
「一体、何を――?」
 頭がうまく働かない。まるで、騎士就任祝いで大酒を飲まされた時のような感覚。まとまらない思考の中、すぐに『熱さ』が再開される。
 ……ああ、そうか。今、俺はアニーに奉仕されているのか。
 ぼやけた視界に映るもの。
 起ち上がった男性器を、恥じるように目を瞑った彼女の、小さな唇と舌が這い回っていた。時折、唾液を垂らし、柔らかな手で扱きたててくる。粘液が擦れる嫌らしい音が、俺の耳を侵し、興奮を掻き立ててくる。
「これは、如何でしょうか」
 不意に。片手で、玉袋が優しく握り締めるようにやわやわと刺激される。
 思わずびくりと反応してしまうと、アニーは淫靡に微笑んでいた。
 ――出しても良いのですよ? ふふっ。
 彼女がそう、言った気がした。生唾を俺が飲むと同時に、敏感すぎる先端を掌に包み、腕のスナップを利かせて刺激を与えてくる。
 唾液や先走りで濡れていたとは言え、それでもその快感は強烈過ぎた。痛み混じりのそれに悶える中で裏筋を舐め上げられると、限界はすぐに訪れてしまい、
「で、出るっ――」
 我慢など、考える事すらできなかった。
 熱い快楽に焼ける頭で、自分でも驚くほどに多く放たれている精液に驚いてしまう。小さな口で受け止めようとしていたアニーだが、俺の腰が律動するたびに呻き苦しそうな表情で、唇の端からも白い欲望が零れ落ちていく。
 それでも御しきれない精液は、白濁のシャワーとなって、彼女の顔も、髪も、服も淫らに光る色化粧を施してゆく。恐ろしい量の射精だと心のどこかが思うのだけれど、今の俺には全くそういう考えが思いつかなかった。
 なぜなら、その光景に見入ってしまっていたから。
 何故、こうなっているのか。俺は旅をしていたはずなのだが、なぜ王都に居て、しかもアニーに奉仕されているのか。
 そんな事すらどうでもいい程に、全てを委ねてしまいたい程に、淫靡で強烈な愛撫。
「あふっ……とても濃い……」
 彼女は零れ落ちた精液を指で掬い、赤い舌で味わうように舐め取り、飲み下す度に頬を桃色に染めて、その光景で再び首を持ち上げたペニスからも汚れをこそげ取って行く。
 舌と指の奉仕まがいのその行為に、俺のシンボルは一度射精をしたとは思えないほど、雄雄しく聳え立っていた。
 彼女はその復活したペニスを見て、にこりと笑う。
「シス様。まだまだ夜はこれからですよ……?」
 そして、再び奉仕をすべく、顔を近づけて来て――。
「あらぁ、珍しいじゃない。淫夢でも見ているの? ふふっ」
 ――と、何故かいきなり妙な口調が耳に届いた。
 いや、この口調は聞き覚えがあるぞ。うん、間違いない。
 俺が静かにに目を開くと、銀髪の淫魔ハイネスが、灰と炭になり燻っていた焚き火の向こうでこちらを見て楽しそうに笑っていた。
 周囲を見れば、ほとんど何もない草原。上を見れば、星空とお月様。野営地である。
「あららー? 可愛い顔して、やっぱり立派に騎士様、なのねぇ?」
 言われて気付いたが、股間部分の布が激しく盛り上がっていた。ハイネスはそれを見て、にやにやと言葉を投げかけてくる。俺は慌てて腰を引っ込めた。
「う、うるさいっ! ほら、明日も早いんだ。早く寝るぞ」
 ハイネスにそう言い捨てて毛布に包まったものの、睡魔は何時までも訪れなかった。
 ――うう、股間が痛い。

 サルサミルでの一件が終わり、俺達は再び、馬を東へ走らせていた。
 次の街までは、あまり近くはない。何しろ、東に向かえば向かう程、魔物の濃さも強さも上がっていくのだ。自然と、人が寄り集まる街の数も減ってしまう。
 少なくとも、四日程度はかかるだろう。魔物が多いであろうルートを突っ切れば日数は減るだけれど、それは魔物達をむやみやたらと刺激する事に繋がる。
 だから、俺は前と同じく、街道を進む事とした。急がば回れという言葉もある。
 だが、その日程の説明をすると、
「えぇ〜? 野宿なんて嫌よぉ」
 秀麗な淫魔は、ぶーぶーと文句を垂れる。
「仕方ないだろ。街どころか、旅人が泊まれるような小屋もそうないんだから。それに、どうせ次の行き先は決まってるんだ。お前の魔力なら一人で先に行けるだろ? 行きたければ、先に向かってくれても俺は構わないぞ」
 そう告げると、
「やーよ。そんな魔力の無駄はしたくないの」
 鼻で笑って、一蹴しながら即答。これだから困ってしまう。
 とにもかくにも、野宿以外の選択肢はない。
 俺は彼女にも毛布を渡し、魔物避けの軽い結界を張ってから野営をしたのであった。

 ――で、昨晩に見た夢が、あの淫夢である。
 馬に揺られつつ、色々と思索をめぐらせていた。
 最初の経験を、より濃密にしてフラッシュバックしたような感覚。似たような経験で、いわゆる夢精という奴をした事は確かに俺でもあった。
 だが、それとは大きく違っているのだ。
 何しろ俺は射精していない。手綱を握って馬を走らせている今も、まだ股間は半立ち状態である。あれだけ濃密な快感だっただけに、未だに尾を引いているのだろう。
『――別に淫魔が魔法をかけた訳じゃないと思うわよ? だってそれなら私が気付くでしょうし、貴方だってかなりの魔法耐性があるじゃない。人間にしては恐ろしい程、ね。
 だからまぁ……うん、若いんだしそういう事もあるんじゃないかしら? ふふっ』
 他人事だからこそなのだろうけれど、朝に言われたハイネスの言葉で頭が痛くなる。
 だが、事実でもあった。淫魔の魔法であれば、俺かハイネスが気付く。微小とは言え結界も張っていたのだから、完全に気付かれないという事は難しいだろう。
「そこまで色欲は強くないと、自分では思ってたんだけどなぁ……」
 はぁ、と溜息。何しろ、淫魔の攻撃でないとしたなら、結論は一つしかないのだから。
「妄想で、清楚な女の子を汚す――うーん、萌えるわぁ!」
 うっとりとした様子で呟くハイネスに、俺は大きく項垂れてしまった。自分でも分かっているだけに、自己嫌悪に落ち込むしかない。
「ハ、ハイネス。頼むから、もう言わないでくれ……」
 お、俺も騎士としてまだまだ修行不足だな……。情けない。

 反省と悔恨をしている間に、俺達は小さな川の前に到着していた。
 日は真上を過ぎており、朝から走らせているのだ。そろそろ馬も休ませてやりたいし、俺もそろそろ昼食をとっておくべきだろう。
 人があまり居ないせいだろう。水は綺麗なもので、念のため調査の魔法をかけたが、飲む事にも十分過ぎるほどであった。
「また走ってもらわないとダメだからな。しっかり休んでくれよ?」
 相手に伝わっているのか、伝わっていないのか。まぁ分からないが、そう俺が声をかけたら、旅の仲間でもある馬はかるく鼻を鳴らしていた。水辺で馬を自由に動ける程度に固定すると、彼は水を飲み、そこらの草を租借する事に夢中なようである。
 俺はそれを見送ってから、周囲を見渡した。どこまでも続く、何も無い世界。吹き抜ける風と、小さいながらも雄大な水の流れは、一つの芸術品のようでもあった。
 ……なんてな。俺にはそういうセンス、ないんだよね。
「さて、と。俺はどうするかな」
 自分で自分に茶化しを入れつつ、思索する。馬を休める間に、昼食だけでも済ませておきたい。そして、できればこの綺麗な水で体を清めておきたい所だが――。
「あー、気持ちいい! 野宿は嫌だけど、こういうのは良いわよねぇ。
 ん……ああ、シス。そんな所で見てないで、貴方も入れば? サービスするわよん?」
 恥ずかしげもなく、服を脱ぎ捨てたハイネスが既に、入水をしていた。そして、俺に顔を向けて、楽しそうに笑いかけてくる。
 い、幾らなんでも……無防備すぎ……でしょ。
 まぁ、百歩譲って、馬の操作やらで疲労のある俺よりも先に、水浴びをしているのは許そう。だが、その格好は、今の俺にとっては目には猛毒だった。
 色素の薄い白肌と、水面に流れ、そして陽光を受けて輝く銀髪。あの妖艶なアビィさんと同じか、それよりも多分スゴイ体つきとか。もう、どこを見ればいいのやら。
「っ……ハ、ハイネス。俺は昼飯の準備してるから、気が済んだら上がって来いよ!」
 その全身凶器――特に今の生殺し状態の俺には特に――から、目を離す。もう少し見ていたいような後ろ髪引かれる気分だったが、雑念を振り切る。
「ホント、あいつは淫魔だって自覚を少しは持ってほしいんだけどな……」
 携帯食を取り出し、火の魔術を利用した携帯コンロを取り出しながら呟く。
 淫魔。ハイネスは淫魔で、なんというか……うん。物凄く、魅力的な女性なんだろう、とは想う。俺も男なんだし、一緒に旅をしてる自覚があるなら、もう少し気を遣ってほしいのだけれど。
「……ん、淫魔?」
 そこでふと、今更ながら気がついた。『彼女も淫魔である』という事に。
 昨晩の夢は淫魔の攻撃ではないと考えたけれど、彼女ならばどうなのだろうか。結界の中に居た彼女なら、結界に干渉する必要性もない。それに、彼女ほどの魔力であれば、俺に対して淫夢を見せる事くらいは造作もない事だろう。
 本当に俺がそんな夢を見たのかもしれない。でも、この状況下、原因を疑うべきは自分自身ではなく、淫魔なのではないだろうか。
「……ま、たぶん違うか。ハイネスがその気なら、とっくに俺は死んでるしな」
 疑わしくはあるけれど、静かに水浴びをしているあの彼女なら、そこまで回りくどい事をする必要なんてない。それだけは俺にもハッキリと、辛いほどに理解していた。
 自らの馬鹿げた考えを捨てて、俺は昼飯の支度を始めた。

 ――その夜、俺は再び、妙な世界に居た――。
 ぼんやりとした頭と視界。
「あら。起こしちゃったかしらぁ?」
 流れる金の髪も構わず、俺の上にのしかかっている女性は……アビィさんだ。
「あれ……ここは……」
 この感覚、何かがおかしい。だけど、それが何なのかは分からなかった。分かる事は、どこかの安宿のベッドに寝かされて、その俺の上にアビィさんが押し倒すようにして覆いかぶさっている事だ。
 俺は外で、野宿をしていた。そう、ならばなぜ、俺はここに――。
「こんな美人を前にして考え事なんて、いけない子よねぇ?」 
 香水だろうか。花のような香りに朦朧としつつも思考を進める俺に、彼女の顔が迫る。避けようにも押し返そうにも体が動かず、甘んじて彼女のキスを受ける事となった。
 唇を熱い舌が這い回り、閉じていた守りが緩むと同時に、侵入をしてくる。手足はおろか、口元すら満足に動かせず、彼女の口撃に蹂躙されるがままになってしまう。
 両頬をつかまれ、逃げる事もできない一方的な愛撫。せめてもの反抗に出した舌は絡めとられ、痛いほどに吸い付かれる。
 上から下へと流し込まれる熱い液体を防ぐ事もできず、微笑むような彼女の瞳と見詰め合ったまま、どんどんと俺の興奮が高まってゆく。それと同時に、丸一日、生殺しにされていたペニスが、異常な速度で高ぶってゆくのも解った。
「あ、アビィさん……」
 ようやく開放され、息も絶え絶えに俺はそう喋る事で精一杯だった。彼女は口元を細い指でぬぐい、微笑んだまま俺の下腹部へと視線を移してゆく。
 そこには、すでにパンツの中で窮屈そうに主張していた男性器があった。
「あらあら、こんなに興奮しちゃって。それとも、溜まってたのかしらねぇ?」
 布越しに柔らかく、手が這い回る。快感とも呼べないような、はがゆい感覚。ペニスがより窮屈に起き上がり、アビィが微笑む。
「ふふっ……出したい?」
 それは、淫靡、というより子悪魔のような笑みだった。流されてしまいたい気持ちを押し留めて、歯をかみ締める。
 昨日よりは意識がハッキリしてる。昨日今日と続く、この夢は異常……!
 そんな事を考える俺の様子を見てか、彼女は笑みを崩さず、再び圧し掛かってくる。柔らかな肌や胸の感触が押し付けられ、息も届く距離に彼女の顔があった。
「出したいんでしょ? だって、こんなに――」
「ふあっ!」
 突然、冷たい指がズボンに滑り込んできた。そのままやわやわと揉み扱かれると、体が正直に反応してしまうのが、情けなかった。
 それを見て再び笑みを浮かべながら、甘ったるい声でアビィさんは続ける。
「ほら、素直になっちゃいなさい……? 気持ち、いいんでしょう……?」
 耳ではなく脳に響くようなその言葉に、俺の意識は再び朦朧とし始めていた。この状況はどう考えても危ない。だけど、体も頭も働かないのでは、どうしようもなかった。
「頷くだけでいいのよ……? そうしたら、天国に連れてってあげるからねぇ……」
 淫靡……小悪魔……娼婦的……。そのどれとも違う笑顔でアビィさんは笑っていた。
 まるで洗脳をされているかのような、心に浸透する言葉に、俺は屈するしかなかった。
「あら、また淫夢? お盛んねぇ、貴方も」
 ――が、また前回と同じ声が、俺の脳裏に響く。
 ぐにゃりと俺に圧し掛かっていたアビィさんの姿が消えて、月と星空が眼に映る。毛布を外して起き上がってみれば、静かに、楽しそうにこちらを見つめるハイネスと、相変わらずギンギンに膨れ上がったペニスがあった。
「……そうか、また俺は――見てたのか」
 くすぶった焚き火をいじりながら、口を開く。
 そして、考えてもいた。
 この連続した『淫夢』はおそらく、淫魔の攻撃なのだろう、と。推測にしか過ぎないものの、確信めいた、言葉にできないものが内側にあった。
 少しばかり悩んでから、俺は言葉を続ける。
「……ハイネス。お前……俺に、何かしていないか?」
 すると、いつもの飄々とした様子で彼女が答える。
「そうねぇ。昨日も言ったけど、魔法の類ではないわ。結界の外から魔法で夢に干渉すれば、貴方も私も気付くでしょう?
 ――それとも、私の事を疑ってる?」
 勝ち誇ったような、上から見下ろしたような、そんな笑み。俺の質問の意図など、ハッキリと理解しているのだろう。だが、それが今の俺には苛立たしかった。
「そりゃあ、疑ってるさ。魔法で干渉できる唯一の相手が、目の前に居る。確かに結界の外からなら気付くけど、中で使われれば俺だって気づかない可能性もある」
 思わず、語調が暴力的なものになる。だが、一度はじめた言葉を止める事はできなかった。俺の中で渦巻いていた鬱憤が、一気に放出せんと口元に押し寄せて行く。
「それに、お前は淫魔だ。魔力なんて使わなくても、何か俺に淫夢を見せるような能力があるんじゃないのか?」
 そう言い終えると、ハイネスはいつもの笑顔で、どことなく悲しそうな表情を見せた。
「……そうね、貴方のいう事ももっともだわ。それじゃ、私は先に次の町へと向かっている事にする。
 ――その方が、貴方も安心でしょう?」
 だが、彼女はなんの弁解もせず、中空に浮かんだ魔法陣と共に消えてしまった。跡に残された俺は、思わず手に持っていた棒切れを地面に叩きつける。
 小気味のいい音と共に折れたそれは、闇の中へと消えていった。
「……私はやってない、って言ってくれればいいだけだったのに!」
 言いようの無い憤り。イライラとした気分のまま、俺は再び毛布に身を包んだ。

 ――月もそろそろ落ちようかという頃、俺は静かな物音に目を覚ました。
 焚き火をした木々の近く、茂みの中からなにやら音がする。枕元においていた剣を掴み、毛布を巻き上げて一息に立ち上がった。
「そこに居るのは誰だっ!」
 大声での威嚇。夜盗か、それとも魔物か。どちらにしても、こんな場所でこんな時間に現れる者は、マトモである可能性のほうが低いだろう。
 案の定、俺が剣を向けた先の茂みはガサガサと揺れて、
「なによ、そんな怖い顔してぇ」
 出てきた相手に、俺は項垂れてしまった。ハイネスだったからだ。
 俺は剣を収め、溜息交じりに腰を落とす。
「……先に行ってるんじゃなかったのかよ」
 わざとトゲのある言葉で、ハイネスを突き放す。だが、彼女はいつもの様子で、俺の羽織っている毛布に入り込んでくる。仄かな花のような香りが、心地よかった。
「あーら、別にいいじゃないの」
 彼女は昼の様子などどこ吹く風で、俺の毛布に入り込み、体を押し付けてきた。柔らかくて暖かい感触に、俺は思わず飛び退ろうとした。が、
「ふふっ、逃げなくたっていいじゃなぁい?」
 彼女は引き寄せるようにして、抱きついてくる。立ち上がろうとしていた俺はバランスを崩し、地面に倒れこむような形になってしまった。起き上がろうと仰向けになると、ハイネスが俺の上に跨ってきて、微笑んでいた。
 その表情は、淫夢に出てきたアニーや、アビィさんと同じように淫靡。
 思わず、唾を飲み下していた。淫夢に出てきた二人も、可愛いし美人だった。
 だが――それすらも、今、俺の上に居るハイネスと比べればくすんでしまう。
 月明かりをバックに、輝く銀の髪と、小悪魔のように笑う紅の瞳。気の強そうな美貌だが、それでも、彼女が淫魔だといえば誰もが頷くのではないだろうか。
 それ程までにハイネスは綺麗で――俺は、呆けて彼女を見つめていた。
「あらぁ、どうしたの? そんなに私の『カラダ』見て……ふふっ」
 白のローブが、彼女のボディラインをくっきりと現していた。軽く体を揺らすと同時に手にも収まらなそうな胸が揺れて……って、だめだろ!
「ハ、ハイネス。えーと、色々と言うべき事はあるけど、ちょっと離れてくれないか?」
 狼狽しつつそう問いかけたが、彼女はクスクスと笑い口を開く
「嫌よ。だって、この方が『吸精』には向いているでしょう?」
 吸精。言葉の意味自体は知らないが、なんとなく理解した。サキュバスが人間を貪る理由であり、その行為の表現の仕方だろう。
「ハイネス、頼むから、こういう時におふざけは――」
 思うところは色々とあるものの、とりあえずこの状況を脱したい。力任せに彼女を押し返そうとしたが――何故か、全身に力がほとんど入らなかった。
「あんっ。もう、触る場所は……『ここ』でしょ?」
 そんな俺の状況など知らず、ハイネスは両手を取り、胸に押し付けてきた。服越しでもよく分かるほど、彼女の胸は柔らかく、暖かく、心音が手から伝わってくる。
「な、ななななな、なー!」
 訳の分からない奇声をあげつつ俺は手を振り解こうとしたが、ハイネスはそれを許さずに自らもっと強く両手を押し付けてくる。そうこうしている間に、俺の両手は、俺の意志に反して彼女の胸を揉み始めていた。
 柔らかく、それでいて押せば押し返してくる。ぐっと押し上げれば、重量感のある巨乳が掌と指に食い込んでくる。もしもこれに包まれたならば、どんなベッドよりも心地よい事だろう。これが母性の象徴というのも頷けた。
「私だけじゃ、不公平よね。ふふっ♪」
「うあっ」
 いつの間にか、ハイネスの胸を揉む事に夢中になっていた俺の下腹部に、やわやわとした刺激が走る。手から与えられる快感で、既にペニスは半立ちであった。それを、ハイネスの白い指が軽く握り締めてきたのだ。
 ……あれ、なんで俺、こんな事になっているんだ……?
 だんだんと、頭にモヤがかかってきていた。それは解るのだけれど、この状況は何なのだろう。俺は、ハイネスに言いたい事があった気がするのだが――。
 その思考も、軽くペニスを扱かれると、吹き飛んでしまっていた。喘ぐ俺に、嗜虐的な笑みを浮かべてハイネスが口を開く。
「ほら、快楽に素直になりなさい? その方が、ずっと楽しいわよ?」
 もう、何もかもがよく分からなかった。二日間の生殺しのせいか、手で軽くタッチされる程度の愛撫でも、全身は敏感に反応してしまう。
 俺の首が勝手に頷いたらしく、ハイネスは赤い舌で唇を一舐めして立ち上がった。
「ほら、私のここも――どう? 綺麗かしら?」
 そして、ローブをたくし上げる。下着も何もつけていない彼女の秘部が露になる。毛はほとんど無く、粘液でぬめるそこはぴくぴくと蠢き『何か』を待ち望んでいた。
 香る、花とは違う、匂い。きっと、フェロモンのようなものなのだろう。俺はぼーっとしたまま、既に濡れていたハイネスのそこに、顔を近づけていた。
 どことなく気持ち悪くて、卑猥なそこに、自然と口をつけていた。舌を挿れ、上部の突起をかるく指で刺激してやると、ハイネスは顔を紅潮させて悦んでいる。
 指を入れると、熱い膣壁が意志を持っているかのようにくちゅくちゅと吸い付いてくる。水音は卑猥で、たったそれだけの事なのに、俺の興奮は最高潮に達していた。
「ほら、横になって……?」
「あ、ああ……」
 俺はもう、ハイネスに言われるがままであった。毛布の上に寝転ぶと、彼女は髪を掻き揚げて、俺の股間に跨ってくる。結合する瞬間を俺に見せ付けるかのように微笑み、
「ぐ、あ……っ!」
 一息に飲み込まれると、俺は思わず呻いてしまっていた。
 熱くて、狭くて、吸い付いてきて――粘液の泥沼に踏み入れてしまったような、おぞましくて、甘美な快感。アビィさんの時も近いことは感じたが、それよりも凄い。
 技も何も無いただの挿入のはずのなのに、カリ首や先端に襞が絡みつき、粘液を塗りつけて扱きたててくる。まるで、手と口で同時にされているようか、それ以上だった。
 これが本当の淫魔なのか……?
「ふふっ……動くわ……よっ!」
 俺の疑問など知らず、肌を紅潮させたハイネスの腰がゆっくりと動き出す。上下に動くたびに、俺の腰は震え、体と体がぶつかる音に混ざって水音が響く。ペニスに膣の快楽を叩き込むかのようにわざと腰を前後させながら動かされると、もう喘ぐ事しかできない。 彼女の膣は凶器だった。初めての遭遇の時も思ったが、アニーや、アビィさんとは比べ物にならない。この淫魔は、快楽で人を殺しうる。
「うぐ、あ、がっ!」
 射精をしないように堪えるだけで精一杯。妙な声を上げながらも、歯を食いしばって耐える。だが、ハイネスは俺をみてにやりと笑い、腰の動きを加速させてゆく。
 そして腰をゆっくりと引き上げると、てらてらと光るペニスが姿を現した。小刻みに震えているそのペニスへ、彼女は一気に腰を落とす!
「が、ああっ!」
 性感帯全てが、凶器に晒される。無数の舌や指と口で、まとめて愛撫されているようなおぞましさに、俺はいつの間にか涙を流していた。
「ほら、出しちゃいなさい。そう、それだけで楽になれるから――」
 脳髄に、言葉が響く。言われずとも、既に俺は限界を迎えようとしてた。
「ぐ、が、で、出るっ!」
 叩きつけるように腰を上げ、ハイネスの奥深くに、溜まりに溜まった白濁を放出する。
 びゅーっ! という音が聞えそうなほど、俺の腰は何度も跳ね上がり、精液を放出し続けていた。それを膣で受けながらも、ハイネスは余裕があるようで笑みを浮かべる。
「――く、はぁっ!」
 長い長い射精が終わり、俺は脱力をしていた。だが、二日間の淫夢によって溜まった欲望は、まだ終わりを知らないらしい。ハイネスの膣に収まったまま、ペニスはまだ萎えようとすらしていなかった。

「ふふっ、元気……♪ それじゃ、第二ラウンド――」
「……ま、待ってくれよ、ハイネス」
 楽しそうに語り、動き出そうとする彼女に声をかける。動きを止めるハイネス。
 俺は、少しばかり悩んでから、こう切り出した。
「なぁ、ハイネス。さっき『吸精する』って言ってたけど、それはどういう意味だ?」
 その問いかけに、彼女は平然と答えた。
「淫魔が人間を吸精するっていえば、答えは一つしかないでしょう?」
 それはつまり、俺の精気を搾り取って、殺すという事だ。それはハイネスにとってしてみれば、造作もない事だろう。
「ならもう一つ……お前は、俺の敵なのか?」
 静かにそう問いかけると、ハイネスは、再び口を開く。
「当たり前でしょう? 私は淫魔、貴方は人間。敵以外の何者でもないわ」
 悪びれた様子もなく、それが当然であるかのような答えだった。いや、それが『普通』なのだろう。
 だが――それは、俺とハイネスに関して言えば、ありえない回答であった。
「そうか……じゃあお前は多分『偽者』だ。正体を――現せっ!」
 俺が『堕ちた』と思って油断したのだろう。金縛りじみた脱力は既に解けていた。
 覆いかぶさっていた『何者か』を突き放すと、再び剣を手に構える。
「な、何するのよ――」
 いきなり吹き飛ばされ、土面に突き飛ばされた相手は狼狽していた。
 やはり、こいつは違う。ハイネスなら、こんな醜態は見せない。そして、彼女なら、俺の質問にこう答えるはずだ。
『ハイネスが敵か味方かは、俺が決める事だ』と。
 理由は分からないが、目の前の相手はおそらく淫魔。そして、魔法以外の力で俺に干渉し、淫夢を見せ、ハイネスと仲たがいをさせ、一人になった俺に仕掛けてきたのだろう。
「はぁっ!」
 吹き飛ばされたままの体勢の相手に、俺は一気に斬りかかった。袈裟斬りで分断しようとしたが、それよりも早く、相手は中空へと飛び上がる。
 ――既に彼女の容姿は、ハイネスではなかった。
 黒いセミショートに、黒い瞳。スレンダーで、気の強そうな美少女。
「へぇ〜、アタシの『ドリーム』を看破するなんてやっる〜。人間のクセに見直したわ」
 生意気そうな声で、彼女はそう告げてきた。人間のクセにという言葉尻から察するに、彼女もまた人間をエサか何か程度にしか考えていないタイプなのだろう。
「……ドリーム?」
 だが、その言葉には疑問が残る。ドリーム。夢。それが彼女の能力だとすれば、昨夜などの淫夢は確かに夢だが、偽ハイネスに襲われた今のは間違いなく現実での事。それをドリームと表現するのは、少し間違っているのではないか。
 そんな俺の疑問が顔に出ていたのか、彼女は不敵に笑いながら話し始めた。
「ええ。それが淫魔である私の能力。相手の記憶を揺り起こして、淫らな夢を見せる。今みたいに『アンタが一番戦いたくない相手』の姿を借りる事もできるけどね。
 ……で、アンタの淫夢はどうだった? 気持ちよかった? アハハっ!」
 悪びれた様子も無く、彼女は笑う。俺は怒りを堪えて、質問を続けた。彼女は口が軽そうだから、である。少しでも情報が欲しい。
「……あぁ、最悪に気持ちよかったよ。で、なんで俺ごときを淫魔様が狙うんだ? わざわざ手を下すまでもないんじゃないのか?」
 その問いかけに、彼女は指をかるく横に振るジェスチャー。子供っぽい仕草だが、彼女の容姿であればそれはお似合いでもあった。
「アンタ、割と淫魔を退けてるでしょ。それに、あのハイネスとつるんでる。だから、このクロカ様が出向いたって訳よ」
 彼女はクロカと言うらしい。しかし、口の軽い奴だが、これはいいのだろうか。
「要するに、俺は放置しておくには危険……って訳だな」
「さぁ? 女王様のお考えなんて、アタシにはわからないしね。ま、今日のところは引き上げてあげるわ。次があったら、アタシが本気で相手をしてあげる。アナタの精液、めっちゃ美味しかったしね〜。
 その時を楽しみにして、濃〜い精液ちゃんと溜めておいてね♪」
 言うが早いか、彼女も転移魔法を瞬時に使い、消えてしまっていた。どうやら淫魔という種族の魔力は、総じて高いらしい。詠唱もほとんどしていないのだから恐ろしい。
「淫魔クロカ、ね。ついに俺を狙う刺客が出てきたって訳なのかな」
 誰も居なくなった野営地で、俺は突っ立ったまま、一人、考え事をしていた。
「まぁ、俺が危険って言うのは多少なら解る。でも『ハイネスとつるんでる』っていうのは、どういう事なんだ? 人間と淫魔が一緒に居るのがおかしいんだろうか。でも、それだけじゃあない気が、何となくするんだよな……」
 最初のアニーの時にも、ハイネスは何か淫魔から目の仇されているような節があった。確かに、人間である俺に協力しているから当たり前なのかもしれない。でも、ここまでやって戦おうとしなかったクロカも含めて、淫魔は気まぐれな存在だと俺は考えている。
 そんな中で、彼女が人間の味方をしたとしても、警戒されるほどの事なのだろうか。
「それに――『女王様』か。淫魔にもやっぱり、リーダーが居るのか」
 おそらく、それが今回の戦争の首謀者なのだろう。存在などは見当もつかないが、淫魔を統べるならば、それ相応の実力者であると見て間違いない。
 ――果たして、俺達は勝てるのだろうか。
 不安交じりに様々な事を俺は思索していたが、強烈な射精をしたせいか、睡魔が襲い掛かり始めていた。
 体は汗ばんでやや気色悪いが、仕方ない。俺は毛布にもぐりこむ。
 早く次の街に追いついて――ハイネスに、ちゃんと謝ろう。
 ああ、でもなんか色々と我侭を言われそうだな――。
 そんな事を思っている内に、俺の意識は消えていった。
どうも、第三話です。
九月は色々とあるので執筆速度落ちます。もしも楽しみにしていた方がいらしたら、ゴメンネ。
今回はBF多分してません、ハイ。
ストーリーの関係上仕方ないのですが、ちょっと問題ですね。
『耐えて反撃の隙を伺うタイプ』のBFもどきと捉えていただければ、万々歳です。
賛辞も批判も、コメントは有難いです。
色々とつけてもらえると蝶ハッピー!

初投稿時刻:2008/09/07 18時
※誤字などをマメに修正する為、実際の更新時刻はかなり変動しています。

コメント追記。
書き忘れてましたが、今回は描写視点変えてあります。
どっちにしようか悩み中なので、二転三転するかもしれませんが、ご了承ください。

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