豪雷が大地を揺らし、哀歓の森は狂騒のダンスホールと化していた。
レイとアーシアは明滅する稲光のスポットライトを浴びながら、身を滅ぼす猥賎な踊りに狂い興じている。
仰向けで黒翼の堕天使を迎え入れている少年の瞳は、本来ならば空色であるはずの色から、闇色に染まっていた。アーシアの性的魅力によって常軌を逸し色魔と化した彼は、いっこうに訪れない射精感に苛立ちながら、淫満な彼女の肉体を猥雑に突き上げている。
下からの猛烈な突き上げを受けているアーシアは、息も絶え絶えになりながら腰を前後に大振りし、銀杯色から真紅色に変色している双眸に、狂気を浮かべて少年を見下ろしていた。
どちらも淫欲に傾注し、絶頂を欣求してひた走っている。
相手への思慮など皆無で、自らの欲求を弾かせるのに精一杯という恰好であった。互いで貪りあっているのだ。
レイは腰を振りながらアーシアの口に右の人差し指を持っていくと、アーシアは即座に甘噛みしながら咥えてきた。彼女は衣服の上から自らの両胸を鷲掴み、快楽の頂点を目指している。暴虐なほどの手の動きによって白いエプロンに多くの皺ができたが、衣服の乱れには頓着していないようだ。
少年が目を下半身に向けると、スカートが落ちて結合部が見えなくなっていた。
射精感を蜂起させたい少年がアーシアの口から指を引き抜くと、舌を絡ませていた彼女は残念そうに眉根を寄せる。ただし、すぐに腰を振るのに夢中になり、口を半開きにしながら荒い息をついた。
レイは乱暴にスカートをめくると乱雑にまとめてアーシアの腰に結う。裾をきつく縛られて腹が圧迫された彼女から苦悶の息が漏れたが、それすらも快楽の喘ぎに変えて踊り狂った。
アーシアの赤い果実が少年の腹にこすられてひしゃげているのが見える。結合部はたいへんな熱を帯び、前後運動によって摩擦熱まで加わっているが、彼女が垂れ流す粘液質の愛液が潤滑油として機能しているので、火傷にはならずにすんでいた。青藤色の毛髪と同色の、逆三角形に切り揃えてある柔らかな陰毛の芝生は汗の雨に濡れ、肌にこびりついて照り光っている。岩石の硬度を有した淫塔が完全に埋没している結合部は、淫乱極まる絶景であった。
淫塔の出入りによって表の肉貝がひしゃげ、たわみ、歪む。柔らかくほぐされた下半身の唇は、盲目と少年を頬張っていた。
レイは両腕を後頭部へ廻すと腕枕をし、淫情に染まる闇色の目を、剥き出しにした結合部へ向けながら腰を突いた。
快楽の青息吐息を発するアーシアから甲高い声が聞こえ、少年は色めき立つ。自分の動作で敏感に反応し、艶姿を曝す彼女に昂奮した少年は、さらに勢いを増して腰を突く。すると、アーシアの荒げた息遣いから艶やかな声が漏れた。無遠慮に腰を突けばアーシアの肉体が浮き、落ちてくると彼女の豊富な尻肉と少年の脚の衝突によって、喝采が起きる。
アーシアは前後に舞う。レイは上下に腰を突く。
堕天使の歌声に肉と水分のコーラスが乗り、大合唱が始まった。
「っはあぁ!」
アーシアが腹から熱っぽい息を吐くと、急に動きを止めた。レイは射精したいので腰の突き上げを続行したが、小首をかしげて様子を窺う。
彼女は膣の締めつけを増しながら痙攣した。
広がっていた三枚の黒翼が力を失って地面に垂れ落ちると同時に、彼女の尿道から滑らかな液体が噴出し、少年の腹に飛び散る。
水圧が強く、まるで噴水である。ところかまわず飛散するので、レイの腹上は温水にまみれ、トレーナーも汚れてしまった。
律動は射精と似ているのだが液体の粒子が細かいためか、霧状となってさまざまな場所に噴き散らす。尿とは異なる水霧は淫猥な水芸も同然だった。雷光からくる光の屈折によって、ふたりの股間付近に紫を基調とした猥褻な虹が架かり、淫景に輪を掛ける。
噴出は断続的に九度ほど続いてから止まった。汗や愛液などのさまざまな水分が両者の股間を塗りたくり、濡れそぼる。
レイの唇が吊り上がり、淫情によって悪魔的な笑みを浮かべ、それを眺めた。
アーシアは肩から大きく吐息をつくと、火照りきった肉体に衣服は邪魔とばかりに自ら脱衣を始めた。彼女の大胆な仕草に見蕩れたレイは、思わず腰を振るのを止めてしまう。
アーシアは首からエプロンの紐を外すと、エプロンは自然の落下に任せ、すぐに両腕を袖から抜く。腰に縛りつけられているスカートの上にエプロンの前掛けが垂れ落ちると同時にワンピースがはだけ、前掛けの上に被さり落ちた。
中着であるスリップの肩紐を左右にずらすと、これも力なく下がってワンピースの上に落ちた。
釣鐘型の乳房が現われると、胸にはベルトやストラップのない、藍色をしたカップだけのブラジャーが張りついているのが見えた。
吸着性をもつ種類の淫菌をカップの内側に仕込んだ使い捨ての下着だ。シリコンなどの粘着性のある素材をカップの内側にしつらえた、一般にはヌーブラといわれる代物と同一のものであるが、アーシアが着用している下着は淫魔製である。吸着性のある淫菌は肌に密着するだけでなく、肌に吸いついて淡い快悦までもたらしてくれるため、淫魔たちのあいだで人気急上昇中のアイテムだ。ヌーブラに使用される淫菌は水気に弱く洗濯不可なので使い捨てるのが基本であり、背中を開いた衣服を身に纏うアーシアがブラジャーをつける際には重宝するのだった。
アーシアがそのヌーブラを乱雑に剥がすと、乾いた音と共に胸から離れた。それを粗雑に投げ捨ててしまう。
肩から息をついている彼女は肉体を後ろへ倒して斜めに傾けると、両手を地面についた。レイに見せつけるかのように淫体を開いた堕天使はその姿勢を保持し、腰振りを再開する。
その動き方は今までの大振りとは違い、サンバを踊るかのごとく小刻みに動き、秒間四往復するほどに勢いをつけていた。
淫塔の突入角度が変わり、刺激の質も変化した彼女の口の端から、涎が流れ出る。真紅に染まった瞳は半分ほど瞼に隠れ、左右に細かく痙攣させた。
子宮が下がってきてレイの亀頭を咥え、膣はより窮屈に締めつけてきた。血圧計の圧迫と同様に淫塔が押し潰される感覚に見舞われたレイに、待望の射精感が込み上がる。アーシアと同じく、少年も息が荒くなった。
射精感に色めくレイは、眼前で淫猥に乱れ舞う巨大な果実に恍惚となっている。
絶対的な柔らかさを有しているそれはアーシアの上昇した体温によって桃色となっており、発汗して無数の水滴を浮かべながら激しい動きによって飛び散らせ、少年の顔に降り注いでゆく。
瑞々しさは、いっさいない。男を堕落させ虜にする、淫山であった。
肌色の乳首も朱みがかり、上を向いて吸われるのを待っている。
レイは、あの柔肉の双山に顔を挟みたいという欲求が芽生えた。
乳房は連続して大息をつくなかに艶めかしい声を漏らすアーシアの淫舞によって、複雑に形を変えながら上下に乱動している。
胸が持ち上がると下乳が面積広く現われて、溝にしたたっている汗の濡れ光りまで見え、乳房が下がると上乳を波打たせながら重たそうに弾み、また持ち上がる。
レイは腹筋に力を入れると上体を起こした。柔らかくて重量感のある乳房の揺れ動きを眼前にして、昂奮から生唾を呑み込んだ。あとは倒れ込むようにアーシアに抱きついてゆき、頭を谷間に埋めれば完了だ。
だが少年が首を突き出すまえに、アーシアが傾斜させていた肉体を起こしてきた。
少年の脇の下に両腕を通して肩を抱くと密着し、爪を立ててくる。日常的に炊事などをこなしているので短く切り揃えてあるものの、快楽によって握力が強まっていたために少年の肩に食い込み、トレーナーの上からでも血を滲ませるほどの力があった。
レイは痛みに拘泥しなかったが、動きを封じられてしまったので身動きが取れなくなってしまった。計画は断念せざるを得ないが、自分の胸にはトレーナー越しに伝わる彼女の実り多き果実の柔らかさを堪能できたので、すぐに気にならなくなった。
押し潰れた乳肉の感触がレイの薄い胸板に電撃の痺れをもたらし、全身に爆熱の発汗を促す。少年が半開きにしている口から粘り気のある涎が垂れると、へし合いによってできている深き乳房の峡谷に流れ落ち、小川となった。
苛立つほどに鶴首していた射精感の訪れのほうが重要だった。まだ小さな揺らぎではあるが、このまま刺激を与え続け、揺らめきを激震へと変えるのだ。胸に顔を埋めるのは、そのあとでもできる。
今は出して楽になりたいという思いばかりだった。白き情熱を溜め込んでいるふたつの宝玉は激痛を訴えている。自分に渦巻く淫気はここにある存在が大きくなると、常軌を逸させてでも吐き出させようとする。性欲を我慢して発狂した経験が過去に何度もあった。それがいま起こっている。
レイはアーシアの浮き出た鎖骨に顎を乗せると、射精に向かってひた走るまえに、とくに考えもなく前方へ目をやった。
視界に捉えた光景に、少年の背筋が鉄槌で打ち据えられるかのごとく、重痛な衝撃が走った。
異形が、放心状態で頭と肩から地面に突っ伏しているシンディの股間に、肉色の触手を打ち込んでいたのだ。脈動する触手は大量の粘液を少女の腹中に注ぎ、異形の蜂に似た頭は、こちらの痴態に向けられている。
色欲の大渦に呑み込まれていた憎悪の感情が渦の穴から顔を出し、狂気を伴って周囲の欲情とぶつかり合った。
淫塔を握り込むアーシアの膣が快楽をもたらして憎悪の意識を嚥下しようとしているが、闇色に染め上がっている少年の瞳は怨恨の度合いを強め、目つきが鋭利になってゆく。
アーシアに襲われたときに呑み込まれてしまった憎しみの激情が、怨炎をなびかせながら、再度、復活したのだ。
少年の早鐘のように高鳴っていた鼓動が、大太鼓をひと叩きするように鳴動した。
なぜ憎いのかという意識が駆け抜けた。
あいつがシンディを酷い目に遭わせたからと即答が響いた。
シンディとは誰かという意識が駆け抜けた。
自分の幼馴染で、とても、とても大切な人と即答が浮かんだ。
自分とは誰かという意識が駆け抜けた。
哲学は難しいから分からないが、シンディを助けにきたと即答が返ってきた。
共に色事にいそしむ有翼の女は誰かという意識が駆け抜けた。
自分の世話をしてくれる、命の恩人だと即答がよぎった。
このような思いが走った後、また脈が速くなった。
怒りと情欲のはざまに、今までばらばらに弾け飛んでいた自分という意識がもがき、集合する。
呆然としながらも徐々に寄り集まる意識によって、何が起こっていたのかが漠然と判ってきた。
シンディが陵辱される現場を目撃し、狂乱した自分は意味不明の異形に襲いかかった。だが、異形に操られてしまったらしいアーシアによって自分は魅了され、シンディすら忘れて情事に傾倒してしまい、現在に至ったようだ。
狂っていたときの記憶が残っていたのだ。
「シンディ……」
すぐに憤懣によって自失しそうになるが、渦巻く快楽が怒号を掻き散らす。また、悦楽によって呆けそうになるが、噴き上がる悲憤が淫欲を叩き潰した。
ふたつの激情は互いに潰し合い、理性に付け入る隙を与えたのだ。
糸を渡るほどの危なっかしく弱々しいものではある。だが、レイはシンディを救出しなければという意識を抱けた。
「ああアァッ!!」
腹の底から声を出したアーシアが少年を力いっぱいに抱擁してきた。腰を打つ速度は変わらず速いものの、かぶりを振って両腕を震わせている。
呼吸困難になるほどに掻き抱かれたレイは苦しみながらも彼女へ声を漏らした。
「アーシ、ア」
レイは、彼女の魅力に翻弄されて自分を見失っていたときに聞き流していた発言が蘇り、愕然とした。
アーシアは、絶頂寸前だと言っていた。自分を消せとも言っていた。
今、彼女は絶頂を迎えようとしている。
それは、彼女の死を意味するものだ。
アーシアは淫魔であり、淫魔は人類を捕食する、不倶戴天とされる天敵である。たったひとりでも淫魔がいなくなれば、それだけでも人間への被害が減少する。
だが、レイはアーシアに消えてほしくなかった。
「アーシア、ダメだ!」
絶頂してはいけないという内容を込めた呼びかけであった。
だがレイが諫止しても、今度は彼女が耳に入っていない。絶頂に向けて疾走し、豊満な肢体を躍動させている。
絶頂して死ぬことこそ淫魔の願望であるかのように、盲目となって昂みを急追していた。
アーシアの態度が急変したのは異形に何かされたからだろうが、解決策など思いつけるわけがない。さらに自分も絶頂寸前だ。小淫核はアーシアを求めて狂おしい淫気を身体に充満させている。すぐ近くでは異形がシンディを蹂躙している。
問題が山積みすぎて何から考え、手をつければよいのか判断できない。憎しみの感情と、射精感や肉欲は、強烈に存在を誇示してレイの精神を崩壊させ、思考の邪魔をする。
「くそ。アーシア、うぅ……っ」
アーシアを引き剥がしたいのだが、逆に両脚で腰を蟹挟まれ、より強くしがみつかれてしまった。
溶け落ちそうなほどの彼女の締めつけによって淫塔が発射態勢を整え、レイは背中に鳥肌を立たせる。
出してしまえば楽になれるという思いが大きくなっていく。だが、根拠はないが射精と同時にアーシアが絶頂するのではないかと思うと、恐ろしくなった。レイは決して出すものかと歯を食い縛り、快楽をこらえる。
快楽に耐える意味も分からない。耐えきれたところで、この状態が続けばアーシアは絶頂して消えるだろう。
従容と物事を勘考する余裕がないので支離滅裂でもあるが、それでも、できうる範囲で現況の打破のために脳漿を使役した。
シンディを助ける。
アーシアは死なせない。
それらを為すには、異形を斃さねばならないだろう。
なぜ逃げずに斃す必要があるのか、それを考えるには、まだ、理性が整頓できていない。
ただ、そう感じたのだ。
泡立て器で掻き回される、水に溶かれゆく小麦粉のような意識のなかで、必死に考えた。
焦点の合っていない、蒼色のシンディの目が、こちらを向いていたから──
「くそ、くそっ、くそっ!」
己の無力さと愚かさを呪った。結局自分は何もできず、迷惑をかけるだけの存在だった。アーシアひとりに任せて自分は大人しく待っていれば、彼女ならやりようがあったかもしれない。自分が怒りで我を忘れたのを発端に、今回も窮地に陥ってしまった。
どうすればよいのかと懊悩すると、また、乱打していた鼓動が大太鼓をひと叩きするものへと変わる。肋骨を突き破って外へ飛び出しそうなほどの衝撃があり、レイは苦悶した。
やはり、ひと叩きすると、また鼓動が速くなる。
鼓動のひと叩きが起こると、淫核化した心臓で精製される淫気が理解不能の異変を起こすのに気付いた。卑猥で生ぬるい感覚は変わらないし、自意識を瓦解させる狂気じみた力なのも変わりがないが、何かがおかしいのだ。
小淫核から発生する淫気と共鳴しているのに加え、自分の生きる力とも同調しているような、意味不明の不思議な感覚である。
人間には精気という力があるという。これは万物を生成する根源の力であり、生きてゆくのに必要な命の精髄だとされている。
科学的に証明された力ではないし、物質でもない精神の力と説かれているので、議論の結果は、いつも信用するか不信かに行き着いていた。淫魔が現われてからも、精気などという得体の知れないものではなく、単純に精液を主食としているのだという主張も根強い。
だがこれは精気だと、レイは感じていた。精気という力はあるのだと思っているからである。
知人に淫魔ハンターがいるし、自分が生まれるまでは両親もハンターだったので、不思議な話はいくらでも聞いてきた。だから、科学的に証明できないものすべてを、存在すら否定するほど、頭は固くないつもりだ。それ以前に、今の自分は淫気を使っている。ならばこの淫気とはなんだという話にもなる。
感じている力が精気だと思っているのは思い違いの可能性もあるが、思い違いであったとしても、精気なのか、それともほかの何かなのかは、今は関係ない。
普段は意識しても分からない力。レイというひとりの人間を生かしている力を、確かに感じるのだ。
透明感があってどこまでも純粋で、漲る躍動感を有している。自滅にいざなう淫気すら取り込んでしまう包容力に満ち、それでも水晶のように透きとおった輝きは決して失わない。その清爽さは切なくなるほど無窮に広がっており、胸いっぱいの悦びに充溢していた。
また鼓動の速度が変わる。ひと叩きするそれにより、さらに力を自覚した。
淫気を使うために修行をしていても、呪われた力なのだと、心のどこかで必ず拒絶してきた。だが今は、不思議と素直に受け入れられる。淫気の影響で錯乱しているのかもしれないが、恐怖心は皆無であった。
自分の心臓で作られる淫気を純朴に認知してやる。悪しき力だとしても、まぎれもなく自分の一部なのだと許容すると、渦巻く漆黒の波動が、精気だと思われる力と共鳴したのが明瞭に感じ取れた。そこへ小淫核の狂気じみた淫気が流れ込んでくるが、それすらも共に合奏し、和音となる。
大きな力を、感じた。
「はああアンッ!」
アーシアがレイを抱く両腕と両脚を痙攣させながら歓喜の歌を唄った。
レイは直感的にあと数秒で彼女は絶頂すると悟った。アーシアが消えてしまうという恐怖心が芽生えたが、今は異変が起きている自分の身にすべてを委ねるしかないと結論した。
根拠などない。それしか方法が、できることがなかった。
が、腰振るアーシアの股間から大量の愛液が湧き出て、すでに濡れきっているふたりの股間をさらに濡らし、強烈に締め上げてくる快楽によって、射精感が限界に達した。
「あうあっ!」
初めて経験するほどの膨大な快感がレイの股間を襲う。
股間から満腔に快楽の衝撃波が爆散し、身体が粉砕する錯覚を味わった。
レイは我慢していた心を簡単に突き破られ、
射精した。
何もない虚無の世界に突如として爆発が起こり、小さな宇宙ができる。欲望の闇でできた小宇宙に無数の星々が現われると、星は尾を引く彗星となった。種子を宿す彗星たちは自分が融合すべき母なる星へと向かうべく、爆発の波浪に乗って新世界へ旅立ってゆく。
レイは意識が飛びそうになり、朦朧としながらもアーシアに首を向けた。
彼女は少年の貧弱な身体にしがみついたまま、吐き出される熱液を体内に感じて狂ったように張り叫んでいる。
「ごめん、アーシア……」
アーシアの全身が痙攣した。
絶頂を迎えるのだ。
絶頂した淫魔は淫気を放出して無防備になる。淫魔は精気を糧として生きる種族であるが、その状態で精気を受けてしまうと、生きていくのに必須である精気によって、逆に死んでしまう。
自分がアーシアを、
殺すのである。
命の恩人である彼女を、恩を返すどころか最後まで迷惑をかけ続け、死なせてしまうのだ。
アーシアを失い、シンディも助けられなければ、その先に未来などない。
絶望がレイを支配した。
そのときであった。
レイの全身で駆け巡っていた精気と淫気の共鳴が、破裂した。
その状況は肉眼で確認可能であり、レイの身体を覆っていた漆黒の淫気の色が真紅になり、周囲を、淫界を朱に染め上げた。
割れ続けている天空は連続して雷光を明滅させているが、それすらも朱の光に染まる。
「はああ、……え? レ、イ……様? ……あうっ」
「アーシア! 離れてっ!!」
何が起こっているのか理解不明だが、アーシアが意識を取り戻したようだ。レイは咄嗟に彼女の肩を掴むと、押し退けた。
アーシアは即座にレイの指示に従い、少年の腰を蟹挟んでいた両脚をほどいて膝立ちとなった。それにより自分の腹に収まっていた淫塔が引き抜かれ、性交が中断する。
彼女の顔は残念そうでもあるが、状況を理解しようとあたりに首を巡らせる。膣内に吐き出された白液が溢れて腿を伝ったが、気にも留めずに。
「この力は……。まさか貴様、……呪淫を使うのかっ!?」
異形の、男とも女ともつかない声が、驚愕の色をたたえて聞こえてきた。
レイは異形へ首を向ける。射精中の淫塔がだらしなく白濁液を撒き散らし、自分の脚やアーシアの腿に付着した。アーシアはその熱の刺激で喘いだが、主人が絶頂を許さないので、精液で濡れない位置まで膝行しながら後退した。股間を押さえる仕草は焼けつく疼きを鎮めようとしているかのようである。
「何がなんだか分かんないけど、アーシアが元に戻ってくれてよかった。……あいつも絶頂させたら、淫魔と同じように斃せる?」
「はい、可能です。アレは恍魔にございますが、淫魔と同様にございますので。……愚鈍なところをお見せしてしまい、たいへん申し訳ございませんでした。いかような罰でも甘んじて──」
「そーゆー話はあとっ! シンディが危ないんだ。……蜂人間と戦うのって正直イヤだけど、そうも言ってられない。あとはぼくがやる。アーシアは休んでて」
射精が終了すると淫気喰いが始まった。痛みは、まったくない。身体から発せられる不思議な力の影響なのかは分からないが、淫核化した心臓が周囲の淫気を貪欲に喰らい始めても平気だった。
レイは淫気喰いをそのままの流れに任せ、アーシアが恍魔と発言した異形を睨む。
状況の把握は後回しだ。今はシンディを解放するのが先決である。たとえ彼女のこの先が絶望しかなかったとしても、やはり助けたかった。
生きていてほしいからだ。
身体は疲労によって崩れ落ちそうなほどだが、あと少しでいいからもってくれと懇願した。
自分に死が訪れるならば、せめてシンディを助けてからにしてくれ、と。
「いえ、僭越ではございますが、わたくしも合力させていただきます」
「ちょっとっ。無理しないでいいから」
アーシアは弱々しく立ち上がったが、すぐによろめいてしまった。すかさずレイも立ち上がり、ふらつく彼女の腰に腕を廻して支える。
起き上がった際にトレンチパンツとボクサーパンツが膝のあたりで止まっていたために転びそうになったので、彼女を助けながら思い切って脱いでしまった。
「ありがとうございます。ですがわたくしは、レイ様を守護する責務がございます。レイ様に立ちはだかる敵を先陣となって討ち払う、それがわたくしの存在意義なのです」
荒い息をつきつつも、真紅色から本来の銀杯色の瞳の色に戻った彼女の視線は、とても強く、真っ直ぐだった。
「解った。じゃあふたりでやろう。シンディを助けるんだ」
責任感から自分に存在理由をかけるのではなく、彼女自身が好きなように考えて生きていってほしいと願うものの、今は論議している余裕はない。
レイは共に異形へ当たろうと提案した。
「はい」
アーシアはレイの介抱から離れて地面に垂らしていた漆黒の翼を折り畳むと、着崩している衣服はそのままに臨戦態勢となった。疲労困憊だがこの場から退散する考えはないらしい。それを尻目に、レイは今はやるしかないと視線を鋭くする。
「ちぃっ、まさか恍気が無力化されるとは。だがイキかけの堕天使と未熟な子供など、軽く捻り潰してくれる」
「黙れっ、返り討ちにしてやる!」
「少年、ほざくなよ? 呪淫を使える存在など、生かしてはおけぬ」
異形の姿が突如として朧になり、レイは間断なく身構えた。
何かが起ころうとしている。
異形はシンディの股間に挿し込んでいた触手を引き戻すと、腰部にある腹節に収め……、
脱皮した。
ほんの数瞬で姿を変えたため、レイは攻撃するいとまがなかった。が、その姿形に見蕩れた少年は、物理的に攻撃して斃すのはやめにした。
見目麗しい女性となったからだった。
抱いて屠るという意識が当然のように湧き上がる。レイは自分の意思に変化があるのに気付いていなかった。いや、気付かないのではない。それが淫人としての本来の自分であった。
なんだかんだで、アーシアとの情事も最高だった。この戦いに生き残ったら、今度は尻を抱えてみたいという思いが、ごく自然に湧く。彼女の胸を握力がなくなるまで揉み続けるのもいい。その悦しみを味わうためにも、眼前の恍魔と呼ばれた異形は邪魔である。また、どんな肉体の味わいなのかも気になった。性欲が換気しない形状から、反転して美しい女となったその存在を、喰らってみたいという考えだ。
「よもや肉弾戦にて決着をつけるなどという不興はせぬだろうな?」
一糸纏わぬ裸体は肌の色が土色であり、脱皮によって濡れている。脱がれた皮は力なく地面に落ち、いっさい動かなかった。蜂頭の殻は、真っ二つに裂けている。
「ぼくがどうするかは、ぼくの勝手だ。でも、おまえは抱き殺す」
「フフ、それでよい」
妖しさ満点である恍魔の下半身には、シンディを踏みにじった暴君が無くなり、完全な女性体としての姿になっていた。声艶も女性的になり、蠱惑な響きを内包している。
土色の肌は日焼けとは異なる色合いで、どちらかというと病的にも見えるが、凛とした顔立ちは健康そのもので、蜂頭から変わった頭は無毛だった。それがマネキンのような美しさを醸している。
垂れていたはずの乳房は小振りながらも、しっかりと持ち上がって形を保持していた。茶色く花咲く乳輪は胸の半分を占めるほどに広い。上を向く黒い乳首は長く、小指の第一関節ほどもあった。
腰部後方にある、蟻や蜂の腹節に似たものは脱皮しても残っていた。何本もの触手がその腹節の先端から伸び、恍魔の手足や腹に巻きついている。
「──が、この私を抱き殺すだと? 笑わせてくれる、衰弱死するのは貴様らだ」
「笑うのはこちらだ。恍魔がなぜ恍魔となったかの伝承を、この戦いにて証明してやる。恍気を使えぬキサマなど手負いの私だけでも充分だが、滅殺するには同じ淫魔同士では不可能、精気を有するレイ様が不可欠だ。覚醒なされた我が主人の愛撫を有難く拝受し、そして死んでゆけ」
アーシアがレイを庇うように前へ進み出た。無理をしているのは明らかだ。下半身のわななきは止まらず、少し押しただけで、くず折れてしまいそうである。
虚勢を張って異形を威嚇しているのだろう。
「ちっ、戯言を。ならば見事屠ってみせろ。紅の結界があろうと、死にかけのふたりなどわけもない。私は淫魔を超越した存在なのだ。我ら恍魔こそ、淫魔の支配者たる王ぞっ!」
恍魔と名乗った異形が肉体に巻きつけていた触手を広げ、こちらも戦闘態勢をとった。
「シンディ……。ごめんね、すぐ助けるから。もうちょっとだけ、頑張って」
地面へ大の字になりながらうつ伏せているシンディを、痛々しげな想いで一瞥だけした。
直視はできなかった。
意識を失っている様子である少女の裸体を見るのは卑怯だという純朴な想い、気恥ずかしさ、凄惨な姿、健全な関係でいたいという想い、それに対する発情心への恐怖などが、ないまぜになってレイの視線をシンディから外すのだった。
淫気喰いが終了すると、何か生まれ変わったような感覚を受けた。
自分は淫人だ。人間であり、そして淫魔だ。どちらも自分であって避けられず、避けようもない。
湧き出ている淫気は自分の力である。精気も自分の力だ。そのふたつの力が融合して新しい不思議な力が身体から発せられているが、これも自分の力のようだ。どれも自分であって避けられず、避けようもない。
逃げようも、ない。
ディアネイラによって、淫核化した心臓の中にあるもうひとつの小淫核に封印された、狂気と淫乱を司る精霊は、よく分からない。が、自分と共鳴しているようだ。次々と溢れる小淫核の淫気は狂気を伴っているが、今はそれに支配されずに力を取り込んでいた。
避けられず、避けようもない境遇ならば、すべてを許容する勇気をもってみよう、というのが、レイの考えだった。さすがに、自然体として受け入れてしまう性欲は、純粋に吐き散らし続けていると身を滅ぼすので一考せねばならないが、寄せ来る数々の困難を解決し、いつか人間に戻ればよいという考えは変わらない。できれば一刻も早く、という、追加の思いも変わらず抱いている。
恍魔を凝視した。最前の困難である。
怖いとは思わなかった。当たり前のように溢れる淫情は対策せねばならない邪欲ではあるが、今は恍魔を滅ぼすために利用する必要がある。自分の技が通用するかは分からないが、何もせずに死ぬつもりはないし、自分がどうなろうとも、シンディだけは助けたい。アーシアも一緒に戦ってくれるのだから、全力でぶつかるだけである。
暴力で撲殺する考えは、微塵もなかった。性欲に翻弄されてはならないと自覚しながら恍魔を抱いて殺すんだという矛盾した考えを理不尽だとも思わなかった。なぜかは分からないし、答えを出している暇もない。
分からないことだらけなのは、今に始まったわけではないのだ。突きつけられる問題をひとつずつこなしてゆく。自分にできるのは、それだけだ。
レイは疲労を超えて死相すらある身体を一念発起させると、眼前で立ち塞がってくれているアーシアを迂回し、全身から朱の波動を放ちながら、ゆっくりとした歩調で恍魔へ向かっていった。
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