1917

背徳の薔薇 乱宴

「シンディ、お誕生日おめでとうっ!」
 空色の瞳に歓喜の色を湛えながら、レイはシンディにプレゼントを手渡した。
「わぁ、ありがとう。……開けてもいい?」
「うんっ」
 シンディは幸せそうに蒼色の瞳を細めながら、包み紙を丁寧に剥がしてゆく。包装紙を破いてしまわぬよう細心の注意を払っており、育ちのよさが窺えた。
 ホワイトドレスを着ている彼女は、あどけなさを残しながらも大人の雰囲気を醸しだしていた。彼女の誕生花である紅花の刺繍がスカート一面に施されており、とても華美である。胸元に輝く純金のネックレスも負けじときらびやかだ。
 いつもはツインテールにしている金色の長髪は結い上げられており、宝石が散りばめられたヘアピンが冠のように輝いてネックレスの光と見事に調和をとり、シンディに気高さを与えていた。
 両手首には銀のブレスレットを填めているのだが、こちらの輝きは控えめだ。ただし、ドレスや装飾品の美しさをより引き立てるアクセントとして重要な役割を担っており、決して目立ちはしないが必要不可欠のアクセサリーとして確立していた。
 シンディが豪奢に着飾っているのは、彼女の誕生パーティがシュバイツァー財団の主催で開催されているからだ。古城を貸しきる大規模なパーティは彼女の社交界デビューも兼ねているのである。
 地域の大物や政治家などが大挙するこの会場にセンデンス一家も招待されていた。シュバーツァー一家とは親同士がある事件をきっかけに知り合ってから親密となっており、長年の付き合いがある。ただしセンデンス一家は庶流なので、場違いと言われても仕方がない彼らは、会場の隅で目立たないようにしていた。
 レイの父であるヴェイスが着るスーツや、母のエパが着るドレスは、並み居る参加者の身なりと比較されれば、どうしても見劣りしてしまう。
 レイも父同様にスーツを着ているが、やはり高級なものではない。それでも庶民にとっては値段の張るスーツを着ているのは、息子も社交界デビューになるため、少しでも立派に、また、恥をかいて辛い思いをさせぬようにという、せめてもの親心からだった。
 絢爛な衣装に身を包んでいないから肩身が狭い、というわけではないが、シュバイツァー一家以外にとくに知り合いもいないため、会場の隅に席を用意してもらったのだった。
 シンディが会場に現われると、彼女は祝福してくれる人々を不快にさせぬよう笑顔と感謝の言葉を綴りながら、末席で息を潜めていた一家をきっちりと発見し、一目散にやってきた。
 贈り物を贈呈すると主役のシンディがプレゼントで手が塞がってしまうため、会場の受付で済ませる決まりだ。だがレイは余裕でルールを破って会場内に持ち込み、彼女にプレゼントを手渡した。
 巨大な財閥を形成しているシュバーツァーの娘を狙う者は多い。それらから冷たい視線を浴びたが、ふたりは別世界にいるかのように気にも留めていなかった。
 シンディが包み紙を剥がし終えると、包み紙の中から白い箱が出てきた。
 彼女は白箱に刻まれている金色の文字を見て驚いた。豪華に意匠化されたその文字は、有名デザイナーの名前であると同時にブランド名でもあった。
「シェネーフューヌ! ……もう、金欠でアルファのトレーナーが買えないって学校で騒いでたのは、こういうことだったのね!? でも無理しすぎだよぉ……。これ、とっても高いんだよ?」
 シュネーフューヌは愛らしいデザインと洒落た文字の装飾が人気の高級なブランド品で、学生が購入するには無理がある値段の物ばかりだ。
 あまりにも高価な贈り物を手にしたシンディは、しとやかな仕草を忘れて素に戻ってしまった。
 裕福な環境にあっても金銭感覚は一般の人たちと変わらないしっかり者でもあるため、無茶とすら思えるレイのプレゼント品を見て困り顔をした。だがその表情は、すぐに最高に嬉しそうなものへ変わる。
 ふた月ほど、レイの付き合いが悪くなった理由が解決したからだ。
 ときには部活動すら休んでどこかへ消えていたので、「サボるな」と、よく怒ったものだ。理由を尋ねても絶対に言わないので、不満ばかりが募った期間だった。だがすべてはこの日のためであったと知り、シンディは有難くて泣きそうになってきた。
 自分たちが住んでいる国では十三歳で準成人とみなされ、五時から二十二時までのあいだで八時間の労働が許される。レイはお金を稼いでいたのだ。
 この日のプレゼントを買うために。
 野次馬をしている富豪たちから「ご学友かな」「微笑ましいではないか」などの声が漏れた。あれこれと理由をつけて自分の大人気ない態度をごまかしている者がいるようである。
 レイの母であるエパが、申し訳なさそうにしていた。
 父のヴェイスは目頭を押さえて頭を下げているので一見すると怒っているように見えるが、実際は笑いをこらえるための演技のようだ。
「へへー。気に入ってもらえたらいいんだけどね」
 シンディの大きな蒼色の瞳が真っ直ぐレイに向けられると、少年は照れ隠しで少女から視線を外し、頭を掻いた。
 外した視線の先にはシンディの兄であるギュンター・シュバイツァーが満足そうな表情でこちらへ親指を立てているのが見えた。
 将来を嘱望され、シュバイツァー財団を背負う逸材と評される若者だ。財団の長であるアンドレと故人である先妻とのあいだにできた子であり、シンディとは異母兄の間柄であった。母親似である彼の顔立ちはシンディとはあまり似ておらず、屹然とした人物であった。
 だが、レイにはお茶目なところを見せるときがある。どんどん行けと言わんばかりに笑っているその彼へ少年は苦笑いで返し、シンディに視線を戻した。
 シンディは満面に笑みを浮かべながら、箱を開けていた。
 蓋を開けると、箱の中からピンク色のポーチが現われた。
「あっ。これって……」
 ずっと欲しかった一品で、いつもポーチ専門のカタログを眺めていたが、誰にも欲しいと言ったことのないアイテムだ。どうしてレイがそれをプレゼントしてくれたのかは、自然と解る。
 偶然だ。
 レイの運のなさはよく知っている。とくに、任せろと意気込んだときほど危険なものはなく、それで友人たちと酷い目にも遭っていた。
 進路を決めると道に迷う、選択問題を勘に頼ると最後まで正解できない、遊園地に行く当日は雨が降る、貸しボートに乗るとオールが一本しかない、流行のソフトクリームを食べるために行列に並べば、あとひとりのところで品切れになる、人気歌手のコンサートチケットは確実に買えないなど、枚挙にいとまがないのだ。
 だが今回は違う。
 違ったのだ。
 本日の誕生パーティは自分を社会にお披露目する特別な日でもある。その大事な日にこの奇跡を起こしてくれた誕生を司る神へ、シンディは感謝しながらポーチを抱き締め、素直な感情を表に出した。
「可愛いー! ありがとう、レイ。どうしよー、凄く嬉しいっ。嬉しすぎて死んじゃうよ。絶対、絶対、大切に使うからっ!」
 大きな目を輝かせ、幸福なこの時間に狂喜したシンディは、レイの頬にキスをした。それにより会場内にどよめきが走る。
 興奮のあまりレイに口付けをしてしまったシンディが我に返ると、真っ赤になって俯いてしまった。
「ひゃー、よかったー。気に入ってもらえなかったらどうしようって、実は心配だったんだよねー」
 レイは頬を赤く染めながら胸を撫で下ろすと、もう一度、お誕生日おめでとうと言い、最高の笑顔でシンディを祝った。

「ああああああああああああアアアアアアアアアァァァァァァっ!!」
 レイの雄叫びで大地が激震した。
 狂乱する少年の全身から漆黒の淫気が放出され、炎の形を成して彼を包み込む。頭上にゆらめく黒炎の淫気が少年の怒号に乗って天高く打ち上がると、鼓膜をつんざく轟音を響かせながら濃紫色の天空を割った。
 ふたつに割れた大空から無数の稲妻が迸り、爆発する雷鳴が周囲に轟く。連続して明滅する雷光が暗めの空を眩いほどの光度に染め、噎せ返る電気の匂いを飛び交わせながら絶望の舞台を拵えた。

 ──憎いニクイ憎いニクイッ!!

 レイは湧き上がる感情が破裂した。瞋恚の激情が淫核化した心臓からとめどなく淫気を発生させ、体外に放散しながら爆裂させている。心臓の内にあるもうひとつの小淫核がこれに狂喜し、濃度を次々と増した。
 その影響から、少年が立っている場所に生えていた紫の草々は淫気を栄養分にしているはずなのに、立ち昇る淫気の黒炎によって焼き枯れてしまうほどだった。
 こちらの様子を窺っている蜂頭の異形は、四つん這いになっているシンディとつながったままだ。それがレイには悲しくて悔しくてたまらない。
 シンディが心を失っている。それほどの惨劇に遭わせたこの怪物が憎い。
 異形を睨みつける少年の白目が赤く染まり、空色の瞳は闇色に変色した。目尻から血涙を滂沱し、頬から顎に伝って地面へと滴り落ちる。
「コロシテヤル……ッ」
 食い縛る顎の力が強すぎて頭が痙攣している。額に浮き上がる何本もの青筋は、今にも切れてしまいそうに膨張し、激しく脈動した。
「レイ様……、お逃げ……」
 アーシアはスカートの上から両手を股間に入れ、両脚で挟み込みながらうずくまっている。
 レイの豹変に驚愕の表情を浮かべたのも一瞬のうちで、すぐに顔を切なげにし、眉を下げて下唇を噛んでしまった。
「ハンターだと見立てていたが、貴様、淫魔であったか。そこの女は堕天使か。私の力に抵抗してみせるとは、その精神力、痛み入る。だが、それも時間の問題よ」
 異形はシンディを手放さず、腰を振るのをやめない。レイは憤激して満腔が獄熱に見舞われるほど煮えくり返った。見開かれた両目は今にも目玉が飛び出しそうである。
「ヴアアアアアァァァァッ!」
 茶色い髪の毛が逆立ち、燃え上がる淫気の波動に揺らめく。レイを包む黒炎のオーラが爆散し、周囲に強風を巻き起こした。すると、猛り狂う少年を中心に漆黒の竜巻が発生し、枝葉や草花を舞い散らせて空中へと吹き飛ばす。
「この雌に何か用か?」
 異形の問いかけなど耳に入らないレイは、竜巻を抜けて一直線に化け物へと駆けた。
 異形はシンディの華奢な胸の谷間に這わせていた触手を向かわせてレイを薙ぎ払おうしたが、逆に少年の腕で払われてしまう。黒炎に触れた箇所が沸騰し、切断して地面に落ちた。
「この少年はなんだ……っ」
 レイは異形まであと数メートルほどの所から跳躍した。すると、背中から蝙蝠に似た淫気の翼が現出した。第三、第四の腕が生えた感覚がある。肩甲骨に力を入れてひと振りすると、淫気の翼がはためき、加速した。
 弾丸のごとく空気を切り裂いて突っ込んだレイは、一瞬で異形の場所に到達する。
 四つん這いになっているシンディの背中を飛び越え、異形が立てている右膝を左足で踏んで飛び乗ると同時に、右脚を振りかぶった。
 少年の右膝に頻闇の淫気が結集し、紫の稲光が走る。
 レイは全力で右脚を振り抜き、異形の蜂頭に自分の右膝を蹴り込んだ。
「ぐはっ」
 異形が苦悶の声を発しながら後方へ倒れ込み、シンディとの結合が解かれた。
 レイは慣性の赴くまま真っ直ぐに跳び、落下が始まると地面に左手と左膝を突き立てながら着地する。着地の際、左膝を支点にして反転し、異形に身体を向けて睨み据えた。
 異形は大股を開いて無様に倒れたので局部が丸見えである。どうやら両性具有者のようだ。女性器の頂から、シンディを陵辱した物体が生えている。ノコギリのように亀頭が何連も積み重なった形状をしているそれを見たレイの形相が鬼となり、今にも突っかからんと両脚を踏ん張った。
「なぜこの私が傷を負うっ!?」
 左目を潰された異形が突然やってきて狂ったように襲ってきた少年に驚き、患部を押さえながら上体を起こした。
 シンディの菊門に挿し込んでいた自分の青い舌を抜いて大顎の中へ収めると、蜂頭をアーシアへ向け、慌てた調子で彼女に命令する。
「この少年を仕留めろっ!」
 股間を押さえていたアーシアがおもむろに立ち上がった。発情した女の様相を呈しており、恍惚とレイを凝視する。だが彼女は銀杯色の双眸を固く瞑り、かぶりを振った。
「貴様の、言うことなどに……」
 アーシアは今にも腰砕けになりそうに両足を震わせている。火照りきった肉体が苦しそうで、真っ赤になっている容色は額から油汗を垂らしていた。
「ちぃっ、まだ堕ちぬのかっ」
 異形が土色の腕を振るうと、指先から赤い光線が発射された。アーシアは反応する間もなく、瞬時に左胸を貫かれてしまう。
「ああぁァっ」
 アーシアが嬌艶の声を上げながら跪く。下半身の痙攣が止まらず、両手を強く股間に押しつけて唇を振るわせた。撃ち抜かれた左胸に外傷はないが、銀杯色の瞳が妖しい輝きを放つ。
 レイはこの機を逃さない。両手を地面に叩きつけると淫気を放出して爆発させた。
 爆風に乗った身体が砲弾となり、淫気の翼をはためかせて異形へ突貫する。
「な──っ」
 異形が気付いた頃には少年は至近距離まで詰めていた。が、異形に突っかかる動きは囮で狙いどおりの地点で着地すると、シンディの柳腰を拘束している触手に標準を絞り、地面ごと手刀を叩き込む。
 肉色の触手は簡単に断ち切られ、シンディの両胸に吸いついていた触手の口が力を失って地面に落ちた。
 三角型の小振りな乳房が露わになる。強烈に吸われていたため赤い円ができており、その円の縁に無数の小さな青痣ができていた。曙色の小さな乳首は緑色の粘液に濡れ、直径の狭い乳輪が腫れている。
 シンディには力が残っていないらしく、尻を突き出す恰好で顔と肩から地面に突っ伏した。どうやら乳房を襲っていた触手によって身体を支えられていたらしい。
「こやつっ」
 異形はレイが追撃にきたので後退し、大きく距離をとった。断ち切られた触手を引き戻すと、異形の腰部後方から生えている大きな腹節へ納めてしまう。
 レイはシンディと異形に挟まれる位置をとって立ち塞がり、闇色の瞳は異形の一挙手一投足を見逃すまいと、殺意の視線を向けた。
「コロシテヤルッ!!」
 レイはもう、この異形を殺すんだという情動ばかりが先走っていた。
 憎くて憎くて我慢できず、悔しくて五臓六腑が破裂しそうだった。

 自分が辛い目に遭うぶんにはいい。だが知人が苦しむ姿は耐えられない。それも、よりにもよってシンディが、自分の大切な幼馴染が、獄悶を味わわされてしまった。
 もう取り返しがつかない。すべて終わりだ。彼女は淫魔化させられたに決まっている。薔薇色の人生を謳歌できるはずの人が、奈落の底へと叩き堕とされた。
 こいつだ、全部こいつのせいだ。
 そして、いきなり行方をくらませた自分に事の発端がある。ファン兄から自分の無事を聞いて、探しに来てくれたのかもしれない。だから全部、自分が悪い。
 自分が、憎い。
 だからもう、いいんだ。
 ゼンブ コワシテヤル!
 デモ──

「まずは……、テメエが死ねええエっ!!」
 発狂する情念が漆黒の淫気を湧かせ続け、周囲の植物たちを次々と枯れさせてゆく。背中に生えたままである濃紫色の翼が長大に伸びると、木々を切り倒した。盛大な葉擦れの音を掻き鳴らして樹木が地面に横臥すると、土煙が撒き上がる。
「何をしているっ、さっさと奴を搾り尽くせっ!」
 異形がアーシアへ命令すると、彼女は銀杯色の両目を虚ろ気にしながらレイを見つめた。レイを視認すると口の端を釣り上げ、焦点をしっかり合わせて妖艶に微笑む。
 アーシアは腰を抜かしているため、地面に尻をついたまま三枚の翼を広げると、坐した体勢から飛翔した。
 レイは動物的な直感によって、異形への攻撃態勢から回避行動に移る。木の幹を盾に、自分とアーシアのあいだに挟まるかたちになるよう調整して跳ねた。
 だがアーシアは翼の操作に熟練しており、羽ばたきや滑空を巧みに使い分けて幹を廻り込むと、簡単にレイを追い詰めて両腕を広げ、抱き締めに来た。
 眼前に迫ったアーシアを躱すため、レイは左へ跳ぶと見せかけて重心移動すると、咄嗟に右へ跳躍する。フェイントに釣られたアーシアは両腕を空振るものの、そのまま両手を地面について支点とし、すぐに旋回した。そして、レイが着地して異形へ飛びかかろうと下半身に力を入れた間隙を狙って飛び込んでゆき、今度は捕らえて抱きついた。
 勢いがついているのでふたりは地面に転がり、倒れ込んでしまう。
 アーシアは転がる肉体を支配してレイの上に覆い被さると、少年の頭を掻き抱き、即座に口を吸ってきた。自ら舌を差し入れて、貪欲にレイの腔内をまさぐる。
 レイの目は異形から離れない。すぐに飛びかかろうとするものの、アーシアが上になっているので身動きが取れなかった。左脚はアーシアの両脚によって挟み込まれている。彼女は腰を振り、レイの腿で自分の股間を刺激した。スカートやトレンチパンツ越しにアーシアの股間の熱気が伝わる。
 異様なほどの燃え上がり方であった。
 アーシアの荒い鼻息がレイの顔に吹きかかる。少年は劣情を催されながらも激しく暴れ、抵抗した。アーシアを引き剥がそうと彼女の両肩を掴んで押し退けようとする。だが、肩は浮き上がるのだがアーシアは首を下げてレイの口から離れない。自由な右脚を使ってアーシアの脚を振り解こうとするのだが、こちらはしっかり固定されているので動かなかった。
「得体は知れぬが、まあいい。詰み、だな。そのまま衰弱して死ぬがいい」
 異形が哄笑する。レイは苛立って地面を掻き毟った。
 理性を失っていてもアーシアを痛めつけて離れる真似はしない。だが、それだけだった。
 暴発する感情は異形へ向いたままであり、「絶対殺す」の一念である。
 レイはでたらめに頭を振ってアーシアの接吻を振り払った。彼女はそれでも吸いつこうとするので顔中に口付けされ、唾液で濡れる。
 アーシアはレイの頭を抱いていた両手を離すと少年の頬に添え、後頭部を地面に押し込むように力を入れて固定させる。レイが首を振れなくなると、再度、深く口を合わせた。下品な音を立てて唾液を送り込み、少年に嚥下させる。
 彼女の唾液が胃に到達すると、レイの若塔が痛みを伴った。すでに限界までいきり勃っているのに、もっと怒張しようと充血するからだ。
 あいつを殺すという怨念のほかに、アーシアが欲しいという欲求が芽生え、次々に膨らんでゆく。闇色の目が異形に向いているのは、まだ憎しみが勝っているからであった。
「レイ様……」
 口を重ねたまま、アーシアが異形には聞こえぬよう、か細く話しかけてきた。
 レイはひしゃげた口から濁音が聞こえただけであったが、アーシアから声をかけられたのに気付くと、異形を睨んで暴れ続けつつ、続きを待つ。
 アーシアの声に耳を傾けるのは、本能であった。今のレイに細かな思考能力などない。
「わたくしは……もうすぐ、性欲しか考えられない、肉の女と……成り果てます」
 喘ぎながらも話をするアーシアの声音は、いつも聞いている少し高めで澄んだものであった。この声は気分を沈着させてくれる落ち着いた音色である。レイは自然と暴れるのをやめ、アーシアの接吻を受けた。
 アーシアはレイの上唇を咥え吸いながらひと言、下唇を吸い舐めながらひと言、舌を絡ませながらひと言と、途切れ途切れになりながら話しかけた。
「このままでは、わたくしはレイ様の邪魔になります。すでに絶頂寸前ですので、どうかわたくしを……消してくださいませ」
 アーシアは後頭部を異形に向け、話しているのを看破されぬようにした。淫行を続けるのは淫魔としての性質であろうし、見破られないためでもあろうし、止められないのであろう。股間をレイの脚にこすりつけて激しく振っているのも止まらない。
「あぁ、もう心が……。今まで、不出来なアーシアに優しくしてくださって……、深謝……申し上げます。……お世話に、なりました」
 アーシアの銀杯色の瞳から涙が零れ、レイの頬を濡らした。
 割れた天空から付近に落雷があり、閃光と共に大爆発音が起きる。その後、続けざまに数度の落雷が鳴り響き、空を明滅させた。
「フハハハッ。淫魔とは快楽だけを追及する種族だ、貴様もそうであろう? その女は開眼したのだ。この私に傷を負わせた貴様に、最高の素材を提供してやった。せめて、よい余興を見せよ」
 異形の嘲弄に苛立つレイの舌をアーシアが吸い上げた。互いの唾液が絡み合う熱によって、憎しみに染まっていた闇色の瞳の奥に色情の輝きが浮かぶ。
 消す、という言葉がレイの脳裏に重くのしかかったが、アーシアから受ける渾身の刺激によって、すぐに上書きされてしまった。悩乱させていた怨嗟の憤念も、激甚たる性欲の筆によって上塗りされ、急速に色褪せてゆく。
 アーシアは全力疾走でもしたかのように息が荒く、普段の物腰穏やかな姿はどこにもない。狂女もひれ伏す威圧的な雰囲気を漲らせ、その容貌は必死だった。
 レイの口へ執拗に執着しながら、少年が穿いているトレンチパンツのジッパーに手をかけるとすぐに開き、ボクサーパンツごと一気に膝まで下げる。
「むぐ……ぅ」
 張り詰めた股間を握られると上下にしごかれ、レイがくぐもった喘ぎ声を漏らす。アーシアは握っている物の熱に感極まったのか、甘い吐息をつきながら五度ほどレイの唇をついばむと、上体を持ち上げた。
 男性器を目にしたアーシアの銀杯色の双眸が真紅色に染まり、潤みきった。左の目尻にある小さな泣きボクロが涙に濡れ、艶やかな表情を際立たせている。
 アーシアは舌なめずりしながら若塔から手を離すと、性急に少年を跨いで膝立ちとなり、スカートをたくし上げて股間を露出させた。
 面積が狭い藍色の下着がレイの目に飛び込んでくる。
 水分が絞れそうなくらいに濡れそぼっているので透明度も高まっており、逆三角形に手入れされた恥毛がうっすらと浮き上がって見えた。女谷は布を食い込んで筋を作っている。ハイカットの下着は鼠経部のへこみを丸出しにしており、稲光によって作られる陰影に少年の欲情がいや増すと、眼前にある肉感的な女体に釘付けとなってしまった。
 憎悪の感情は剥き出しになった色欲の大渦に呑み込まれ、情炎に変換されて噴き荒れる。視覚化した欲望が淫気の焔となってアーシアを焼き、彼女は肉体の火照りに高く喘いで腰をくねらせた。
 少年は淫情の赴くまま、スカートの中にある色とりどりの世界に食い入った。
 彼女はワンピースの中に薄地のスリップを身に着けている。純白で裾がレース編みされているそれは、普段なら清潔感が漂うはずだ。だが、今は燃え盛る肢体を引き立てる役目に徹しているようだった。白という色はなんにでも適応し、他の色彩を目立たせるらしい。
 両脚は薄藁色のニーソックスを履き、妖しい二本の樹木となっている。その脚の樹と、紅みを帯びた乳白色の腰の幹に、葡萄酒色で総レースのガータベルトが蔓となって巻きついている。藍色の下着は大花となって咲き誇り、大量の蜜を含んで妖しくレイを誘惑した。
 粘つくアーシアの淫気がレイの身体にまとわりつく。
 少年は目に狂気の色を湛えると、下着のすぐ上にある小さな蕾に手を伸ばし、中指で乱雑にほじった。
 アーシアから悲鳴に近い嬌声が上がる。
 レイは、遂にアーシアを垂涎するばかりとなった。情痴にきらめく闇色の瞳は発情しきった黒翼の堕天使しか見えなくなり、シンディや異形への意識が忘却の彼方へと追いやられてしまう。
 狂気乱舞する小淫核が高濃度の淫気を噴散しながら少年の淫気と共鳴すると同化した。狂い咲く性欲が身体髪膚を暴走する。
 屹立している若塔の硬度が岩となり、頑強に反り返って鈴口から頻闇の淫気を放つ。淫気は引き寄せられる磁力のごとくにアーシアの股間へ突撃してゆき、彼女を壊乱させた。
 レイの淫気をまともに受けたアーシアは、一秒でも早くという焦燥感を極限まで急き立てられた。右手で自分の下着を引っ掴むと粗笨な動作でずらし、発情の極みを露出する。
 表の女貝は大きく口を開いていた。内側の花びらが膨張して渓谷を押し開き、濡れに濡れた股間は雷光で照り返っている。原泉たる深井戸は開閉を繰り返しながら淫液を溢れさせ、周辺に甘い臭気を立ち込めさせた。親指の先ほどに膨れている女核は包皮から飛び出し、真っ赤に充血して燃え上がっている。
 アーシアは岩と化した少年の淫塔に瞳を注ぎながら左手を添えると、間髪いれずに腰を落とした。
 断末魔のような淫声が哀歓の森に響き渡る。
 堕天した淫魔は三枚の翼を広げながら必死に腰を前後させ、腰を大振りするたびに激しく喘鳴した。少年の腹に充血しきった肉の芽をこすりつけて湧き出る蜜液の粘性を高め、摩擦音という名の淫らな曲を演奏する。
 純粋な淫欲の権化となったアーシアの両眼は血走り、少年の発情しきった面容を凝視した。
 レイはアーシアに見下ろされながら熱湯の湯船に浸かった感触を味わった。とくに苦しくもなく、何枚もの肉襞が剛直した股間に喰らいついて引っ張り上げてくるのが気持ちよい。彼女の淫器は吸入している少年の淫塔からすべての精気を奪わんと、猛然と締めつけていた。
 だが気持ちのよさは肌に伝わる感触だけで、射精感がないのが腹立たしかった。精液を溜めきった睾丸から痛みを伴う圧力を受けている。一刻も早く出して楽になってしまいたかったので、熟れたアーシアの太腿を握ると、腰を突き上げた。
 アーシアが絶叫しながら雷鳴の轟く天に顎を向ける。
 弓なりにしなる彼女の肢体を破壊するつもりで、レイは速度を上げた。

 空腹の限界に達した猛獣が互いの身を喰い合い、燃え尽きる命に最後の灯火を照らす。
 剥き出しの牙が明かりを灯す芯そのものに突き立ち、弱っている灯火を揺り散らして闇の世界に侵食させた。
 それでもふたりは止まらない。
 その果てに死神が手招いていようとも──

背徳の薔薇 乱宴 了
第十六話です

メッセージありがとうございました。最終回を迎えられるよう、コツコツと書いていきたいです

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