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バトルファック・オブ・フリークス

(注意*この作品には激しい暴力描写及びグロテスクな表現などが含まれています)
        『善も悪も死なば白骨(しらぼね)なり』  
                          ──西原俊幸── 
握りしめた拳──爪先が肉に食い込んだ。汗ばんだ掌が粘っこい血で滑る。
平行線状に血が滲んだ唇を老人は舌先でぬぐった。
濃褐色の腐汁をしたたらせた少年の屍──黄白色の蛆虫どもがウゾウゾと蠢き、眼窩から這いずり出ては地面へとこぼれ落ちた。
嘔吐を催させる腐肉の臭気が老人の鼻腔を刺激する。
激しい吐き気がこみ上げ、老人の横隔膜が引き攣った。
かまわずに老人は腐れ爛れた少年の屍を抱きかかえた。両腕と胸が屍が分泌する濃褐色の膿汁で滑ついた。
皮膚が腐ったトマトのように、ずるりと捲れてどす黒く変色した筋肉組織を露出させた。
膿汁が空気に触れて揮発する。食道からこみ上げる胃液、沸騰する脳髄、憤怒が老人の精神をガリガリと食いつぶした。
歯茎から血が流れる。食い締めた奥歯──砕け散った。毛細血管が千切れる。
毛穴から噴き出す血の汗──心臓が老人の胸板を激しく乱打した。
少年は老人にとってかけがえのない宝物だった。己の命よりも尊い掌中の珠だった。
喉奥から重く響く呻き声──最愛の孫を淫魔に殺された哀れな老人の慟哭だった。
冥い憎悪と殺意が腹の底から沸き上がる。
猛り狂う怒りが老人の臓腑を抉りぬいた。孤独と焦燥感──老人は天に向かって咆哮した。
それは老人の祈りだった。神に対する老人の祈りだった。
復讐する力を求め、少年の無残な亡骸を抱きしめながら老人は神に祈った。
老人の必死の祈り──神には届かなかった。老人の眼から血涙が流れた。
眦からこぼれる血の一筋は血の川となってやがては血の海へと繋がっていった。

暗闇が空を覆いつくし嵐が吹き荒れる夜だった 
ひとりの老いたカウボーイがある山の尾根で馬の足を止めた
カウボーイが夜空を見上げると赤い眼をした牛の群れが不気味な暗雲の中へと貫き駆けていく光景が広がった
黒く光るツノを振りかざして鉄の蹄を蹴る牛たちの烙印は消えることなく燃えつづけている
牛たちの吐く熱い息がカウボーイを襲った 恐怖がカウボーイを稲妻のごとく貫く
牛を追うライダーたちが悲しい叫び声をあげながら空を駆けていった
ライダーたちの重く沈んだかけ声が夜空に響き渡る
ユッピ・ヤイ・イエー ユッピ・ヤイ・ヨー
大空を駆ける不気味なライダーたち
ライダーたちの頬は痩せこけており瞳は薄暗く遠くを見つめていた 
シャツに汗をしたたらせながら永遠に追いつくことの出来ぬ牛の群れをライダーたちは追う
カウボーイは必死になって群れを追いかけたが追いつくことは出来ない
ライダーを乗せた馬達の鼻息は炎となって空の彼方へと噴きあがった 
ライダー達の重く沈んだかけ声が夜空に響き渡る
その時ひとりのライダーが自分の名前を呼ぶのを老いたカウボーイは聞いた
「俺達が追うあの牛の群れは悪魔どもの化身だ。お前自身の魂を救いたければ俺達と来い。そして果てしない空を走り続けるのだ」
ユッピ・ヤイ・イエー ユッピ・ヤイ・ヨー
大空を駆ける不気味なライダーたち 大空を駆ける不気味なライダーたち 大空を駆ける不気味なライダーたち
                      「Ghost Riders In The Sky」

                     『バトルファック・オブ・フリークス』           

見事に禿げ上がったエッグヘッドの表面に浮ぶ水滴のような汗。
光る脂汗が身長百五十センチにも満たぬ五十代半ばほどの小男のこめかみを伝った。
ごくりと生唾を飲み込む。心臓が慌しく血液を吐き出し、この場から逃げ出せと男を急かした。
下脹れたナスビ顔を震わせて男は身体の向きをかえると全力で走った。
男の足首が地面を蹴る度に揺れた。足首に痛みが走る。
背後から感じる冷たい針を突き刺すような気配──男の黄色く濁った焦点の定まらぬ瞳に恐怖の色が灼きつく。
男は見た。何を?裸の女が若い男の身体に覆いかぶさり、命を吸い取るところをだ。
まだ二十代ほどだった若者が、見る見るうちに生気を失い枯れていく姿。
くすんだ灰色に褪色していく肌にその虚ろな瞳、力なく右腕で虚空を掴み絶命した若者────本能的に男は相手が人間ではないことを悟った。
静寂に包まれた闇が男の恐怖を加速させた。男が走りながら後ろを振り返った刹那、男の身体に女の肢体が絡みついていた。
「逃げても無駄よ。あたしね、まだ精が吸い足りないの」
淫魔が嫣然と微笑みながら男の股間に手を伸ばした。繊細な指使いで男のペニスを弄ぶ。
膀胱に溜まっていた男の屎尿がゆっくりと内腿を伝った。男は恐怖のあまり失禁してしまったのだ。
ムワッとする尿の臭気がふたりの鼻腔粘膜に忍び込んだ。
「おしっこ漏らすなんて汚いわね」
「いいいい、嫌だぁぁッ、おお、俺は死にたくないッ、まままま、まだ死にたくないんだぁぁッッ!」
男の皮膚がグロテスクに粟立った。しかし、男の意思に反して亀頭に血液が集中していく。
心臓が破裂しそうになった。
「お、お願いだ……み……見逃してくれよ……」
洟と涎で顔をベトつかせながら、男は掠れた声をあげて女に懇願した。
「駄目よ。見逃さないわ。それにあなたこの先、生きていても仕方ないんじゃないの?」
所々ほつれたスラックスが切り裂かれる。男は諦観を漂わせ始めていた。
脳裏によぎる今までの人生の数々──振り返ればチンケな人生だった。
身よりも無ければ家も金も無い惨めな人生だ。

人から疎まれ蔑まれて、それでもなんとか今日まで生きてきた。男はホームレスだった。
しかし、その人生ももうじき終わる。男の心残りといえば、いつも世話をしていた犬のテツの事か。
(ごめんな……テツ……俺、もうここまでみてえだ……)
瞼を閉じて男が従容と死を迎え入れようとしたその時だ。唐突に女が男の身体から離れ、じりじりと後ずさった。
「こんなところにいたか、淫魔よ」
黒いコートをまとった総髪の老人が前方にいる淫魔を睨みつけていた。老人がふたりに向かって歩み寄る。
老人の身の丈は百八十センチを超えており、黒いオーバーコートに包まれた肉体は筋骨逞しいことが容易に想像できた。
真一文字に引き締まった口元、彫が深く精悍な顔立ちは険悪とすらいえた。
深く刻まれた皺、つり上がった眦の奥には尋常ならざる眼光が称えられている。
「に、逃げろッ、この女は人間じゃねえッ!」
男の叫びを無視して老人は歩みを止めずに進んだ。淫魔の肌が総毛立つ。老人が男の首筋に軽く手刀を打った。
男が呆気なく昏倒する。
地面にくず折れそうになった男の身体を抱え、老人は静かに横たわらせた。
「淫魔よ、一つ尋ねたい。お前は幼い子供を食らった事があるか?」
喉奥から発せられる老人のしわがれた声の響きが、淫魔の胸裏に地獄の淵から這い出てきた死神を彷彿とさせた。
冥く冷たいオーラを纏わせた老人の瞳が、淫魔の眼球を脳髄ごと凍てつかせる。
老人は明らかに人とは異質の雰囲気を身に纏っていた。
「答えぬならそれでもかまわん。お前の血肉と魂を食らうまでだ。食われたくなければわしとまぐわい勝つのだ。
勝たねばお前を食らうぞ。さあ、どうする」
淫魔の脳の奥深くで警告が早鐘を打つ。同じ魔なのか。いや違う。この得体の知れぬ老人は魔の眷属よりも更に形容し難き何かだ。
渾身の力を振り絞り、金切り声を上げながら淫魔は逃れようとした。膝が震える。その振動で淫魔も視界も揺れた。
戦慄に顔の筋肉を引き攣らせる淫魔の右手首を掴み、老人がぐいっと己の懐へと引き寄せた。

とても老人とは思えぬような常人離れした膂力だ。淫魔の喉元がぎこちなく上下した。息を殺して老人を見上げる。
野獣の如き老人の血腥い息が淫魔の顔を吹き付けた。
胃袋が収縮した。激しい嫌悪感。淫魔は生まれて初めて心の臓を鷲掴みにされるかのような、怖気に襲われた。
「お前も食われる者の恐怖と苦痛を味わってみるか」
     *       *        *         *          *           *            * 
眼を細め、老人は向かい合った淫魔の顔をじっと見つめた。ノーブルな相貌をした淫魔だ。
眉毛は細長く孤を描き、小柄な顔に大きな瞳が愛くるしい。
まだ歳若い淫魔のようだった。特にその明眸が良い。美味そうな眼だ。老人は久しぶりに空腹感を覚えた。
胸元で揺れる紡錘型の乳房──桜色の乳暈に老人は舌を伸ばした。瑞々しい生気に満ち溢れた柔肉だ。
「どうした淫魔。抵抗せんのか。抵抗せぬならこのままお前を食らうぞ。それとも腸を引きちぎろうか」
老人が淫魔の腹部を腸ごと掴んだ。怯えた淫魔の表情が老人の心を慰める。
「ひい……ッ」
淫魔が両手をそっと老人の耳元に持っていく。右手首に浮かぶ赤黒い帯状の痣が痛々しい。
淫魔の人差し指が老人の耳孔を穿った。ガム状の物質が耳孔を塞ぐ。
途端に老人の三半規管に微かな狂いが生じた。淡い酩酊感が脳を包み込む。
「なるほど。お前の技は相手を酔わせることか」
喉をひそめてクックと笑い声を立てながら、老人は淫魔の尻朶に両指を這わせて谷間を割り開いた。
並の人間相手にはともかく、老人には児戯にも等しい技だ。
アヌスの位置を探り当てると左の中指で指腹で肛襞を揉みしだきながら、もう片方の指を背筋に運び肌に触れるか触れないかのタッチでなぞる。
弾けそうなほど艶のある尻だ。乳首を唇で摘みながら老人はゆっくりと指を往復させた。
それは若い者からすれば恐ろしく緩慢な動作だっただろう。
老人の鈴口に、淫魔は己の充血したクリトリスを押し付けてこすった。

必死だ。例え淫魔でも命は失いたくないようだ。
射精させようと専心する淫魔──老人の指先が肛門に沈んだ。
直腸は唸るように熱く、生命の温もりを感じさせた。
指先が熱で蝋のように溶け出してしまいそうだ。肛門が老人の指をきつく食い締める。
「ア……アァン」
眼の縁を赤く染め、淫魔が艶まかしく喘いだ。陰毛の薄い花園を開帳し、二本の指で赤い肉の裂け目を開いて老人を誘う。
裂け目からはすでに愛液がしたたっていた。淫魔は落ち着きを取り戻していたのだ。
それは居直りといってもよいだろう。淫魔は半ば己の命を捨てにかかっていたのだ。
人も淫魔も死に直面した時、何かを悟るのだ。
「切り結ぶ刃の下ぞ地獄なる身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれか」
老人がコートを脱ぎ捨てた。隆起した老人の男根──二本あった。
淫魔は驚愕の表情を張り付かせた。
眼を凝らす。否、二本ではなかった。老人の男根は亀頭から根元まで切り裂けていた。
その切り裂けた男根が、あたかも一物が二つあるかの如く淫魔を錯覚させたのだ。
「どうした、淫魔よ。わしの男根がそれほど珍しいか」
乳房の周りを舌で八の字を書くように舐めまわし、老人が淫魔に尋ねる。
快楽を拒むように淫魔の括約筋が収縮した。
「あなたは……一体何者……」
「……ただの老いぼれじゃよ」
腰を沈めて自ら淫魔は老人を受け入れた。花園に二つの男根が埋没していく。
眉間に縦皺を盛り上がらせ、淫魔は喉から声を洩らした。
業だ。淫魔の背負いし業を老人は垣間見た。思えばこの淫魔もまた哀れな存在だ。

人の精を食らうは淫魔の宿命だ。
孫を食らった淫魔ではないかもしれぬのだ。
そして、己にもまた課せられし業──老人は淫魔との性交の最中、ふと一抹の虚しさを覚えた。
(ああ、そうじゃ……わしは八つ当たりがしたいのじゃ。わしは淫魔どもに……八つ当たりがしたいのじゃ)
恥骨を相手の恥骨に押し当てて、老人は腰を動かした。男根を膣粘膜内部で収斂させる。
淫魔の体温が上昇していくのがわかった。
挿入角度を調整し、陰核にも刺激を加えてやる。淫魔の尻が平らに円を描いて動いた。老人に対する淫魔の足掻きだ。
動きを加えることで老人を射精に導こうというのだろう。諸刃の矢だ。動けばさらに自らも快感を招く。
老人は肛門に力を入れて男根を膨張させた。愛液が陰毛を粘り、男根の根元に滴る。
「あ……ああ……ッ」
声が次第に昂ぶっていく。淫魔が老人の背を掴んだ。爪を立てる。膣壁が強く痙攣した。波の如き力が老人の男根を締め付けた。
「ああァッ……アァァ……ッッ」
喉が張り裂けんばかりの悲鳴を上げ、淫魔が背中を反り返らせた。背骨が軋みあげる。淫魔の声が、息が途切れた。
肢体を地面に投げ出し、淫魔が動かなくなる。老人が淫魔のうなじに手をかけた。
「悪く思うなよ。恨むなら淫魔として生まれてきたことを恨んでくれ」
頚椎の砕ける音が闇に流れる静寂な空気を振るわせた。
「南無」
チャッキー、ブギーマン、次はフレディーか

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