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背徳の薔薇 淫界の女王

 電気的な音が響くと同時に、レイとディアネイラは両開きの大扉がある廊下へと出現した。
 レイは呼吸すらままならず、四つん這いの姿勢で貧弱な左胸を『アルファ』のトレーナーごと握りながら切歯し、痛みを堪えている。
 実の兄のように慕っているファンを、ディアネイラと戦わせぬよう必死で止めた反動であった。
 自力で立てもせず、余喘も同然の息をつきながら、紫色の絨毯に空色の視線を落とす。周囲を観察する余裕は皆無で、少年はディアネイラの脚を抱いたまま瞳の色を濁すばかりだった。
「お待ち申しており──、レイ様っ」
 とても聞き覚えのある、少し高めで澄んだ声が聞こえてきた。だが、レイは顔を上げる気力すらなかった。痛みを我慢するのに集中する必要があり、気を抜いた刹那に発狂すると思った。
 軽やかな靴音が絨毯に響くと、革靴と紺色のスカートの裾がレイの視界に入ってきた。自分の肩を抱く柔らかな腕の感触は、忘れもしない……。
 アーシアのものだ。
「すぐに救護の者を──」
「それより緊急事態よ、すぐにバベットに報せて。『哀歓の森』までハンターの侵攻を許しているわ。ナーチャ隊は全滅。今回は、一筋縄ではいかないわよ。厳戒態勢を施行する必要ありと、急ぎ伝えなさい」
「ナーチャ様がっ!? す、すぐにお伝えしますっ」
 ディアネイラの発言後に聞き覚えのない高い声が聞こえると、すぐに扉が開く音がした。ここには何名かの知らない淫魔もいるらしい。異なる淫気のゆらめきをレイは感知したが、正確な数まで意識を向けられるほど余裕がなかった。
 レイは騒然となった廊下の空気を肌身に感じながら、少しずつ和らいでゆく痛みを追い出そうと、ディアネイラの脚を抱く腕に力を込める。
 淫核化した心臓内に巣食っているもうひとつの小さな淫核が、その存在をひけらかそうと蠢動している。狂気と淫乱を司る精霊がここに封じられているのだが、活動を活発にしてきた。弱っている自分の隙を突き、再度乗っ取る気なのかもしれない。
 まさに、余計な厄介ごとである。今は自分が沈むのを抑えるのに精一杯だというのに、精霊が息を吹き返そうとしている。面倒ごとをと、レイの大きな空色の瞳が苦痛に滲んだ。
「ディアネイラ様、レイ様のこのご容態では……」
 レイの肩を抱いている淫魔の声が聞こえてくる。とても聞きたかった声だ。清涼な声質には杞憂の色が込められている。
「テストは、無理でしょうね」
 レイは頭を撫でられた。ディアネイラにされているのだろうが、不思議と胸の痛みが吸い取られていく感覚を味わった。回復する速度が上がり、全身に力が戻ってゆく。
 すると小淫核の蠢動が冷め、レイは
(このお調子者め)
 と、いぶかしんだ。
 あいつは、まぎれもなく、生きている──
「やっほーディーネちゃん。おお? この子がアレ、だね? なんか死にかけてるけど、どうしたの?」
「侵攻しているハンターと、少々いざこざがあったのよ。──それしにても、またそうしてチョロチョロと動いて……。厳戒態勢は敷いたの?」
 高い声が軽い口調に乗って聞こえてきた。ディアネイラと親しそうに会話しているところから知人なのかもしれないと漠然と思っていると、アーシアと思われる腕が自分の背中から離れ、彼女は素早く直立する。
 やたらと濃い淫気の登場に、レイの小淫核が一度大きく呻いた。怯えている感覚がある。
「うん聞いた。マイナちゃんが怒っちゃって、本体に突っ込んで行ったよー。まあ、これで終わりっしょ〜」
「ファナとセニオエーゲ。二名の女王がハンターに消されたのは知っているでしょう? その張本人があなたの淫界に来ているの。あまり楽観的に捉えないほうがよいと、わたしは思うわよ?」
「そうかもしれないけど……、今はそんなの問題にしてられないよ。──ディーネちゃん、ちょっと来て」
 軽い口調の濃い淫気を発する淫魔が、途端に口調を真剣なものに変えた。
「始まったのね、分かったわ。……でもこの子はどうしましょう。連れてもよろしいかしら? そろそろ自分の目標を知っておいてもよいと、わたしは考えているのだけれど」
「いいけどその子、死にかけてるじゃん。でもまあ大丈夫か。アーシアちゃん、あたしら話を進めるからさ、そのあいだ、この子を介抱してあげてよ」
「承りました。さあレイ様、わたくしに摑まってくださいませ」
 アーシアに優しく抱えられると、レイはおもむろに立ち上がった。体重はアーシアに預け、力なく彼女を見る。視線が合うと、「お久しゅうございます」と、銀杯色の双眸に憂慮の色をたたえながら会釈してきた。左の目尻には小さな泣きボクロがあり、それがよりいっそうに哀愁を漂わせている。
 給仕の様相は変わらずで、紺色のワンピースを着て白のエプロンをし、青藤色のシャギーショートにフリルのカチューシャを巻いている。沈着した物腰がレイの心を癒し、安心感を与えてくれた。
 逢いたい人に逢えた。
 今は、それだけが救いだった。
「へえ〜、可愛い顔してるじゃん。いいなあディーネちゃん。あたしもなんか飼おうかなあ」
 得体の知れない淫魔が中腰となり、覗き込んできた。
「やっほー、淫人ちゃん」
 と、その淫魔は小声で囁いてくる。屈託のない笑みを浮かべ、翠色の大きな目を向けてくる。茜色の髪の毛はボブカットに手入れされており、その容貌は自分と同年齢のように見えた。
「──いろいろと、知ってるみたいだな」
 やっとの思いでレイは口を開くと、自分を覗き上げる淫魔がウィンクを返してきた。
「この国を治めてるからね〜。あたしバベット。バベット・アン・デニソンっていうの、よろしくぅ。乳魔って知ってる? おっぱいが自慢の淫魔なんだよ〜」
 バベットと名乗った語尾を伸ばすのが癖らしい淫魔は、両手で自分の胸を持ち上げてレイに見せ付けてきた。
「う……」
 菖蒲色のペティコートに身を包んでいるバベットの乳房はとても大きく、脳髄まで侵されるほどの強烈な淫気によって、レイは顔をしかめさせられた。小淫核の淫気は、自分の存在を知られぬよう、淫気を萎縮してゆく。おかげで、いくらか楽になった。
「愁眉の急なのでしょう? 遊んでいないで、早く行きましょう」
 ディアネイラに催促されると、バベットは思い出したように柏手を打ち、扉の前に佇んでいる褐色肌の親衛隊に声をかけた。
「あ、そうだった、ごめんごめん。──ゾッチちゃん、使いっぱにしちゃって悪いんだけどさ、余程の危急がないかぎり、あたしの部屋には誰も来ないよう各員に通達しておいて。それと、この男の子の存在は、見なかったことにすること。……今から忘れてね、いい? これも各員に通達。はい、行っていいよ」
「は、はい」
 褐色肌の淫魔は怯える口調で応答した。一瞬だけ殺意を向けられ、淫気を有する少年が部外秘の重要人物であると身をもって知ると、慌ててその場から立ち去っていった。
「じゃ、行こっか」
「可哀想に……。彼女、完全に怯えてしまったわよ?」
 一目散に謁見の間へ駆けてゆく褐色肌の淫魔の背中を眺めながら、ディアネイラは嘆息した。
「仕方ないっしょ〜。バレるわけにはいかないもん」
「そうやって気を配れるのならば、この子をここに連れて来いなどと、わがままを言わなければいいのに」
「それはそれ、これはこれだよ〜」
 バベットが開放された謁見の間へと歩を進めると、ディアネイラも彼女の横に続いた。
 レイはアーシアに支えられ、緩慢に歩いてゆく。
 玉座へと続く紫の絨毯に沿って、大勢の淫魔たちが立ち並んでいた。そこを一向は突き抜けてゆく。
 謁見の間にある十本以上の支柱には細かな細工が施され、匠の業が絢爛である。ステンドグラスの射光が色彩豊かに床を染め、清廉な雰囲気を醸し出していた。レイの目には、淫魔が住む世界というには、潔白すぎるように見えた。
「あのへんな淫魔んトコで、アーシアは、働いてるんだね」
「とんでもございません。バベット様は、とてもよくしてくださいます」
「聞ぃ〜こぉ〜え〜たぁ〜ぞぉ〜?」
 バベットは歩きながら後ろを向くと、頬を膨らませて抗議の視線をレイに向けてきた。
「淫魔をまとめる女王を、たったのひと言でいじけさせるその手並み。お見事よ、ブランデー君」
 ディアネイラが白金色の髪の毛を揺らしながら楽しそうに笑う。謁見の間にいる親衛隊や重臣たちが、おろおろしながら状況を見守っていたが、レイは彼女たちすべてを無視した。
 ゾッチと呼ばれた褐色肌の淫魔は、玉座の近くにいる豪奢に着飾った淫魔に耳打ちしている。
「テストしたいんだろ? ぼくはかまわない。迫り来る困難を、コツコツとクリアしていくだけだ」
 レイの心は覚悟に漲っていた。
 心配してくれる人たちが大勢いると分かった。自分に直面する出来事をこなし続けていけば、いつかは人間に戻れるはずだ。簡単に死んでやるものかと、闘志すら湧いた。
 シンディが淫魔ハンター養成学校へ入学したとファンから教えられた。淫魔と戦うために性技を叩き込まれる学校に入学すれば、肉体は取り返しがつかぬほど汚れてしまう。もはや猶予はないのだ。
 彼女を淫魔ハンターにさせるわけにはいかない。一刻も早く帰る必要がある。悲しみばかりを背負う運命など、笑顔の素敵なシンディには似合わないし、そんな顔をさせたくなかった。
 思い立ったら一直線な彼女は、誰にも止められない。自分が生還することこそ、すべてを解決させる道なのだ。
 また、自分がディアネイラに連れ去られてから経過した、おおよその時間を知った。
 攫われたのは初秋だ。多くの学校の入学式は主に二月におこなわれる。シンディが養成学校に入学したということは、すでに二月を過ぎている計算になるので、最低でも五ヶ月は経っているはずだ。学校行事や進学など、レイの将来は壊滅的打撃を受けてしまっているが、今はそこに頓着していられない状況であった。
 レイを支えているアーシアが少年の焦慮を見て取ると、銀杯色の瞳を憂患そうに細めた。
「その状態でテストは無理っしょ〜。あ、こっちね」
 謁見の間の奥にある玉座を迂回して、さらに奥にある一本廊下へと一向は進んでいった。

 バベットの私室に案内されたレイは、彼女の勧めによってキングサイズのベッドに横にさせられた。
 天蓋付きのベッドはダブルクッション仕様で、身が深く沈む。胸の痛みは和らいだがまだ続いており、虚脱感はあまり回復しなかった。幾分か四肢を動かせる程度にはなったが、休養しないかぎり戻りそうにない。
 レイは大きく息をつくと、傍にいるアーシアを眺めた。彼女はスカートをたくし上げて、裾を腰に結わいている。黒のガーターと同色のショーツ、白いニーソックスが姿を現わしたが、レイは黙って見守っていた。乳白色の肌艶は神々しくあり、いつまでも眺めていたい気分であった。三枚だけになってしまった漆黒の翼を見ると、自責の念によって、自然と下唇を噛む。
 狂淫の精霊フレンズィー・ルードから自分を解放するために、一枚失ったのである。
「レイ。アーシアの介抱を受けながらでいいから、わたしたちの会話は聞いておきなさい。分からなくてもいいわ、聞くだけ聞いておきなさい」
 ディアネイラに初めて名前で呼ばれ、レイは驚いてディアネイラを見た。
 撫子色のレースのカーテン越しに、ディアネイラがソファに身を沈める姿を捉えた。その対面に淫女王だというボブカットの淫魔が座る。
 ディアネイラの真紅の瞳には冗談の色がいっさいなく、真っ直ぐに少年を凝視していた。
「分かった」
 レイは小さく応答すると、ディアネイラは満足そうにうなずき返し、顔をバベットへ向ける。レイはアーシアへ目を戻すと、彼女はショーツを脱ぎ終えていた。
 逆三角形に手入れされた陰毛を見るだけで、少年の弱塔が反応を示す。
「レイ様、これより淫気を込めた愛液を垂らしますので、お飲みくださいませ。では、失礼いたします」
 アーシアはベッドに上がると、レイの頭を跨いだ。静かに腰を落として少年の口に自分の膣口を当てると、そこで動きを止める。
 熟れた果汁のような甘い香りがレイの鼻腔をくすぐった。すでにアーシアは濡れており、非常に濃い淫気が少年の顔にまとわりついてくる。その濃度はバベットから感じた淫気と変わりないほどであった。
 アーシアは自ら手を肉の芽に添えて快楽を増大させ、透明の液体の湧く量を高めてゆく。
 レイは黙ったままアーシアの指示に従い、滴る液体を嚥下した。
「ハンターたちの侵攻に頓着している暇はないということは、遂に恍魔が、ここへ触手を伸ばしたのね?」
「うん。すでに三十人ほど持っていかれちゃった。このままじゃマズいよ。やっぱあたしらじゃ対抗できないわ。同盟国にも通達してあるけど、みんな狂奔したっぽいよ?」

 コウマ?

 なにやらほかに面倒事を抱えているらしいとレイは思いながら、次々と送り込まれる愛液を啜った。淫気によって全身が火照り、発情した。アーシアの膣口に自然と舌を伸ばし、彼女を愉しみながら回復に努める。淫気を栄養分にしている時点で自分は人間ではないと叩きのめされるが、今は消沈していいときではない。ここで朽ち果てるわけにはいかないのだ。
 泥水を啜ってでも生き残る覚悟である。
「わお、淫人ちゃんがアーシアちゃんを責めてるよお〜。アーシアちゃん、気持ちよさそ〜」
「全然に未熟だけれど、ね」
 レイが睥睨すると、ディアネイラとバベットがこちらを見ていた。不思議と恥辱心は抱かなかった。なぜだろうか。淫魔になったからなのだろうか。まだ朦朧としている意識では分からなかったが、アーシアを求めている自分は分かる。甘い吐息をついている有翼の淫魔を見上げると、アーシアは頬を紅らめながらも仕事を果たそうと、懸命に体液の製造に励んでいた。
 親指の先ほどに膨張した肉の芽を愛撫し続け、レイが苦しくない程度に気配りしながら秘所を当てている。
 レイは音を立てて吸った。
「個体数は把握できている? シドゥスだけとは思えないわ」
「そうだろうけどね〜。まだ確認できてないんだよね。ほかの淫界も同じでまったく不明。ディーネちゃん、淫帝の相手を続けてみて、何か掴めてないの?」
「残念だけれど、恍魔はシドゥスしか見ていないわ」
「そっかぁ。でも実働している恍魔は確実にいるよね。淫帝を含めて最低二体、多くてどれくらいだろう」
「どうでしょうね。でも絶望的な数ではないでしょう。多ければ、全淫魔はすでに支配されているわ」
 レイは両腕でアーシアの肉感的な太腿を抱き、舌を熱い膣内へと埋めた。アーシアが切なそうに声を漏らすと、粘度を増した液体が舌に絡む。それを吸いながら、レイは会話を聞いていた。
 淫魔が滅ぶならば人間には大歓迎だ。だが、恍魔という存在が人間の味方になる保障もない。むしろ、敵対するだろうと思った。
「ヤバ、ちょっと濡れた。淫人ちゃんのエッチぃ〜。今度、あたしにもしてよね〜」
 揶揄するようにバベットが発言すると、レイは軽く彼女を睨んだだけで、すぐにアーシアの股間へ視線を戻す。愛液が美味なのだ。怯えていたはずの小淫核の淫気が活動を開始し、淫核化している心臓へ力を振り分けてくる。
「多少は理解したでしょう? あなたの目標、斃してもらいたい存在が、『恍魔』という淫魔の異端よ」
 レイはアーシアを啜りながらうなずいた。誰でも来ればいい。死んでいる暇はないのだ。
 アーシアから送られる淫気が自分の力になっていった。全身はすでに汗に濡れ、着衣したままなのが少々、邪魔に思えていた。
 首を上げてアーシアの股間を貪ると、彼女はひと際高い喚声を上げて腰を揺すった。
「ああ、レイ様。いけません……。わたくしがご奉公させていただいているのですから……」
 べつによがればいいだろうと、レイは舌の動きを加速させ、膣壁を叩いた。
 濃厚な淫気がレイの全身から自然と溢れ、アーシアの肉体に触れる。すると彼女は腰をくねらせて身悶え、下唇を甘噛みした。
「わおわおわお〜。アーシアちゃんが本気で感じてるぅ〜」
「おかしいわね……」
 不審に思ったディアネイラがソファから立ち上がると、ベッドへと向かってきた。
「あ……。精霊が目覚める……?」
「へ? なにそれ?」
 バベットもディアネイラに追随してベッドへとやってきた。
 レイの瞳は真紅に染まっている。
「自我は、おあり?」
 レイは自分を見下ろしているディアネイラと視線を合わせると、一端、アーシアの股間から口を離した。
「小淫核が暴れてるけど、問題ないよ。なんかこいつ、アーシアが欲しいみたい」
「へ? なになになに?」
 バベットは翠の瞳をディアネイラとレイに向けて、興味津々とした。
「どうでもいいけど、パンツ見えてるよ?」
 レイはバベットのスカートの中を見ながら嘲弄した。白いショーツは生地が薄く、茜色の髪の毛と同色のものが浮いていた。
「やん」
 わざとらしくバベットがスカートを抑えると、レイはこの淫魔が淫女王なのかと笑ってしまった。
「へんな淫魔。ホントに淫女王なの? 人間界では絶望の権化として、とても恐れられてる存在なのに」
「ああ〜、また苛めたぁ〜」
 バベットが頬を膨らませると、レイは首をかしげた。ハンターに攻め込まれ、恍魔というよく分からない存在にも侵攻されているらしいが、彼女には緊張感がない。よく国が保てるものだと、呆れた。
「こういう淫魔なのよ。これでも、わたしより長く生きてるのよ?」
 ディアネイラが手を口に添えて微笑すると、レイはアーシアの股間へ口を戻しながら驚倒した。ディアネイラより年長ならば、最低でも百七十年以上生きていることになる。だが、仕草や容貌から、どう見てもディアネイラより年下に思えた。精神年齢など、自分より低くすら思える。やはり人間の物差しでは淫魔の時計は計れないようだ。
「ディーネちゃんまで、悪ノリするぅ〜。えい、こうだっ」
 反撃だとばかりに、バベットはディアネイラの赤いドレスの中へ自分の手を潜り込ませた。
 ディアネイラが着用しているドレスのネックラインはV字に仕立てられているため、簡単に手が滑り込み、ディアネイラの乳房を零れ出す。
 ディアネイラは真紅の双眸を細め、ご自由にどうぞとでも言わんばかりに身動きせず、バベットの思うままに任せた。
「ずっと気になってたんだけどさ、このキスマークは、淫人ちゃんがつけたの?」
「そうよ」
 バベットはディアネイラの乳房を揉みながらレイを見下ろした。その目は冗談の色がなく、冷たく向けられる。
 レイは、やはりバベットは人間にとって絶望レベルの淫魔であると思い知った瞬間であった。抑えていても自然に溢れている淫気が強烈にレイを愛撫する。ボクサーパンツは先走った液によって濡れてしまった。
「淫人ちゃん、強くなってよね。そうじゃないと困るし。ディーネちゃんに傷をつけられるんだから、すでにそれなりだろうけど、覚醒してないみたいだしさ。あんまり時間ないんだからね」
 勝手な要求だとレイは思ったが、反論できない迫力に気圧された。ファンを襲おうとした際のディアネイラも怖かったが、それに負けていない気迫がある。
 今は大人しくアーシアの支援を受けていたほうがよさそうだ。レイは黙って、送り続けられる愛液の嚥下に努めた。
「アーシアちゃんが欲しいとか、精霊がどうとかって、何?」
 バベットは質問しながらディアネイラの背後へ廻り込むと、ディアネイラの乳房を両手で揉みしだいた。容赦なく激しく手を動かし、後ろから頬にキスをすると、桜色に染まるディアネイラの小振りな乳首が突起する。
 鮮やかすぎるバベットの動きに、レイの目が見開かれた。
 いつの間にホルターネックをほどいたのか、ディアネイラは上半身を曝け出し、白雪色の肌を惜しげもなく露出させていた。赤いドレスは腰のベルトによってかろうじて脱ぎ落ちず、だらしなく垂れ下がっている。
 レイはいつも思う。細くて肉感的という矛盾している肢体が、自分を狂奔の大渦へといざなうのだと。股間はすでに怒張して痛いほどであった。
「わたしの出張中に、アーシアを借りたでしょう? その際に、少々のイベントが発生したのよ。狂淫の精霊が、彼の中で眠っているわ」
 ディアネイラは自分の顔のすぐ横にあるバベットの頬へ、細指を当てながら説明した。
「うっそ……。淫人ちゃん、すごいじゃん」
 バベットの冷たかった視線が、急に期待の色に染まった。レイは意味が分からなかったが、アーシアの奉仕を受けて狂喜している小淫核の存在は意識を向けずとも感じられる。精霊によって自分の身体が乗っ取られた際、精霊の満たされない心を知った。フレンズィー・ルードは間違いなく、アーシアに歪んだ恋慕を抱いている。
「思わぬ収穫が続いているでしょう? わたしも怖いくらいよ」
 バベットに揉まれ続けている乳房をそのままに、ディアネイラはレイの茶色い髪の毛を撫でた。その真紅の瞳は優しげで、また、少し寂しそうでもあった。
「淫人ちゃんに、服従させちゃってるわけ?」
「ええ。どさくさに紛れて、この子の守護精霊にさせてしまったわ」
「うわぁおぉっ。いける……、いけるよディーネちゃんっ。おーい淫人ちゃん、アーシアちゃんが欲しいならあげるからさ、頑張ってよね」
 レイは怒りが込み上がった。実力差を克服するほどの苛立ちによって、少年はアーシアの股間から顔を離すと、バベットを睨みつける。
「ふざけんなよ……。アーシアは物じゃない! 右から左へ扱うような発言を今すぐ撤回しろっ」
 レイは自分を跨いでいるアーシアの太腿からすり抜けると、残っている疲労感は無視し、立て膝をしながらベッドに尻を落とした。
 即座に少年は下半身に力を入れてバベットへ飛び掛ろうとしたが、アーシアが咄嗟に腕を取って制止する。
「レイ様いけませんっ。どうか怒りをお鎮めくださいませ」
 アーシアは慌ててバベットの弁護をしたが、煮えたぎっている少年の雰囲気は変わらず、対応に苦慮してディアネイラへ銀杯色の視線を向け、助けを求めた。
 ディアネイラは薄笑いしているだけで、状況を愉しんでいるようである。
「恍魔がなんだって? そいつをぼくが殺せって? その代わりアーシアをあげる? 何を勝手にぼざいてんだっ。ぼくのことは、まあいいよ。でもアーシアには、アーシアの人生がある。淫女王だかなんだか知らないけど、ぼくの命の恩人を物扱いするな!!」
「おお〜。淫人ちゃんカッコいいぃ〜。じゃあ前言撤回しちゃう〜。ごめんねアーシアちゃん、あたし反省するから許してね」
 口ではこう言っても、ディアネイラへの愛撫をやめないバベットを見て、レイの苛立ちはますます巨大になっていった。
 ディアネイラを見ると、彼女の妖艶な唇から吐息が漏れている。感じているんだと思うと、腹立たしくなった。自分が必死の思いで責めても、彼女は、そう易々と声を立ててくれないのである。
 バベットの実力を垣間見ると同時に、あくまでもアーシアより上であると誇示する姿勢を崩さない淫女王は、やはり面白くなかった。
「め、滅相もございませんっ。働き口と生活の場を与えてくださったばかりか……。ああ、わたくしはどうすれば……」
 アーシアは挙動不審となって首を巡らせ、レイ、ディアネイラ、バベットを次々と見た。
「ほら、混乱させてしまったじゃないの。あなたの責任よ?」
 ディアネイラがレイの頭を指先で軽く小突く。
「あ、しまった!」
 今にも泣き出しそうにしているアーシアは、自分の肉体を抱いて身震いしていた。彼女にとってディアネイラは命の恩人であり、バベットは雇い主である。よく分からないのだが、レイは守護すべき運命の存在らしい。全員が自分より立場が上と認識しているため、誰の片棒を担いでも、誰かに反抗する羽目になる。元来が真面目な堕天の淫魔は、誰の味方につくわけにもいかず、かといって中立しているわけにもいかず、といった具合で、思考を破裂させた。
「あたし、知ぃ〜らないっと」
 バベットはディアネイラへの愛撫を中断すると、そそくさとソファへ向かって歩いた。
「わたしも、逃げましょうかね」
 ディアネイラははだけているドレスを着直すと、乳房をしまいながら面白がって微笑し、バベットに続いてソファへと戻ってゆく。
「ホント、最悪の淫魔たちだよ……」
 レイは逃げていった二名の淫魔を恨めしそうに睨んでから、アーシアに視線を向けた。真紅になっていた瞳は空色に戻り、優しくアーシアを見る。
「ちょっとした口喧嘩だし、もう終わったから大丈夫だって。ほら、アーシアのおかげでぼくも元気になれたし、なんてことないから」
「わたしがげんいんでもめごとをひきおこしてしまったじじつにかわりはありません。このざいごうは、いのちをもってしてもつぐなえはいたしません。……どうぞ、このふできなアーシアに、げきじんきわまるばつをおあたえくださいませ」
 血の気を失っているアーシアの発言にはいっさいの感情がなく、棒読みであった。
「怖いこと言わないでよ……」
 レイはアーシアのスカートに手を伸ばすと、腰に結わいていた裾を解いた。晒していた下半身をスカートで隠させると、困ったようにディアネイラを見る。
 案の定、ディアネイラはしたり顔で現状を肴に微笑していた。上品に小首をかしげると、「お好きになさいな」とでも言わんばかりの表情を作り、白金色の髪の毛を静かに撫でる。
 バベットはガラステーブルの上に、黒色の小さな座布団を敷いていた。全部で六枚ほど置くと、装飾品が飾られている戸棚から拳大ほどの水晶を取り出し、座布団の上に添えている。
 何を始めているのか判然としなかったが、レイは動揺しているアーシアの肩を掴むと、膝立ちの彼女を静かにベッドへ座らせた。
 アーシアはいっさい抵抗せずベッドに豊かな臀部を沈めると、正座を崩した女坐りの姿勢となった。
「アーシアはさ、もっと楽に物事を捉えるべきだよ。て、ちゃらんぽらんなぼくが言っても説得力ないだろうけど……」
 二十年すら生きていない自分が、百年以上生きている淫魔を諭している姿が滑稽であったが、何事にも全力なだけのアーシアであり、そんな彼女に癒しを感じた。
 罪が許され天界へと戻る際に使うはずだった、たった一度だけ使用が許された光の力を行使してまでも自分を救ってくれた淫魔だ。自分ができることは、なんだってするつもりだ。
「アーシアは、これからどうしたい? 何かぼくにできることはないかな。何でも言ってほしいんだ」
「レイ様に、抱いていただきたいのです」
「ディアネイラに言ってないし。……ってゆーか、アーシアの真似すんなっ」
 レイが怒鳴り散らすと、水晶を並べ終えたバベットが大笑いする。
「淫人ちゃん、すごいよね〜。ディーネちゃんにそんな口利ける淫魔って、いないよ?」
「ぼくは、権利を主張する家畜です」
「ぼくの真似まですんなっ! あと家畜家畜ってうるさいんだよっ」
「あっはははは」
 バベットは腹を抱えて苦しそうに笑った。下着が覗くのもかまわずに脚をばたつかせ、翠の双眸に涙すら浮かべて喜んでいる。
 レイは憮然としながらも、アーシアに視線を戻した。アーシアは困惑しながら少年を見つめ、右手を自分の乳房に沈めていた。
「一緒に深呼吸しようよ。きっと落ち着ける」
 レイが先導して大きく息を吸うと、アーシアも追従して息を吸う。
 レイが息を吐き出すと、アーシアも息をつく。
「なにこの爽やか純情路線……。あたしはエッチな展開を期待してたのに……」
 バベットが頬を膨らませて憮然とすると、ディアネイラは柔和な色をたたえて応える。
「人間界では、青春というらしいわよ?」
「え〜。ガバっといくべきっしょ〜、男ならぁ」
 バベットは人差し指を立てると、テーブルに添えた六つの水晶にリズムよく触れていった。すると、触れられた水晶が青白く発光する。
「はいみなさ〜ん、あの子が淫人ちゃんです。爽やかさがウリみたいでつまんないけど、そこんとこよろしくぅ〜」
 バベットが水晶に向かって話しかけているので、不思議に思ったレイは発光している水晶を見た。とくに光っている以外に変化はないが、どういう仕組みなのだろうかと首をかしげた。
「おお、ディアネイラもおるな? どうじゃ、シドゥスは」
「うおっ、水晶が喋った」
 レイはアーシアの肩を抱いたまま目を見開き、無線機のような仕掛けが施されているのだろうかと思った。
「ええ、なんとかやっているわ」
「ねえアーシア、ディアネイラって、誰と喋ってんの?」
 レイは小声で囁くと、アーシアは答えていいのか迷い、バベットを見た。バベットは楽しそうにうなずいて返してくる。
「六つある水晶を通し、それぞれの淫界から女王様がレイ様をご覧になっておられるのでございます」
「……は?」
「淫界連盟と、申します」
 バベットのほかに、水晶球の数からすると、六名の淫女王が存在するらしい。レイは気が遠くなりそうだった。人間は淫魔に勝てないかもしれないと、絶望的にすらなった。
「なんじゃ? 何も知らぬのか、あのわらしは」
「だが精霊を支配しているようだ。たいへんな器と見受けるが」
「貧弱だわ。大丈夫なの? あの子で」
「へえ、可愛い顔してる。味見してみたいな」
「アーシア・フォン・インセグノが救った人間か。だが、その価値があるようには見えんな」
「我等の切り札さん。期待しているわ」
 口々に水晶から声が聞こえてきた。すべて淫女王たちが話しているのだろうか。レイは呆気に取られながらアーシアを見た。
 アーシアは黙したまま両手を腿の上に添え、静かに待機している。崩していた脚は丁寧に揃えられ、正座をしていた。スカートで覆われていても、それくらいは分かる。
「ああ、アーシアちゃん。テストは無理だろうし中止にするから、そんなふうに畏まって待ってなくていいよ〜」
 バベットに声をかけられたアーシアは「承りました」と返事をすると、いつまでも雇い主のベッドにいるわけにはいかないとばかりに、静かに離れて立ち上がった。
「アーシアが、テストの相手だったの?」
「左様にございます」
 なんとなくだが、テストが中止になってよかった気がした。アーシアと勝負をして、彼女を消せと言われると思ったからだ。もしそう言いつけられたとした場合、それだけは峻拒せねばならない。死ぬわけにはいかない身だが、殺されてでも抵抗しようと思う。もっとも、自分がアーシアに勝てるとも思っていない。彼女が精霊を相手に戦い抜いた様子は、見ているのである。
「合格、で、よろしいかしら? 女王方」
 ディアネイラが静かに発言すると、青白く発光していた水晶は、三つが青く光り、二つが赤く光った。ひとつは黄色く輝いている。
「賛成三、反対二、保留一、と。残るあたしは、勿論大賛成。だって淫人ちゃん可愛いんだもん。よって、決議ぃ〜」
 バベットは嬉しそうに顔を弛緩させ、レイを見た。レイは意味が分からず、ディアネイラとアーシアを交互に眺めながら、恍魔という存在に自分をぶつけるためのものだろうと予想した。
「表決に異論はない。では、引き続きディアネイラに一任しよう。辛いだろうが、頼むぞ」
 水晶の輝きが消失した。
「恍魔って、何? そんなヤバい淫魔なの? てか、鎮まれっ」
 レイは屹立している肉塔に命令した。心に関係なく敏感に反応する呪われた身だと理由をつけて正当化するものの、淫欲を自然体で受け止め始めている自分も、確かに存在していた。
 ディアネイラやアーシアとは素直に睦みあいたいと思うし、ふざけた感のあるバベットも、実際にはとても魅力的だ。ペティコートに身を包んでいてもその存在を強烈に主張する乳房は圧倒的である。機会があれば揉んでみたいと、どうしたって思ってしまう。
 自分はどこへ向かおうとしているのか。それは、破滅の道であるのは分かる。
「淫魔の天敵よ。──う、来た、わね」
 ディアネイラの肉体に細い稲妻が何本も走った。
「このタイミングはズルい。シドゥスめ、最近容赦ないな」
 バベットが悔しそうに顔をしかめ、ディアネイラを見た。ディアネイラは微笑を浮かべながらも、次々と本数を増す稲妻に呻吟しつつ抵抗する。
「バベット、ウチでアーシアを引き取ってもよいかしら? こう頻繁に強制召喚されては、この子の面倒が看れないわ。アーシアの言うことならばブランデー君は素直に聞いてくれるから、そうしてもらえると、とても助かるのだけれど……」
 ディアネイラが苦しそうな表情をしている。レイはただ事ではないんだと、慄然とした。

 恍魔──

 自分が目標とする存在らしい。ディアネイラの肉体に走っている稲妻は、恍魔という得体の知れない存在がやっているのだろうか。
 絶対的な力を見せつけられてきたディアネイラが苦しんでいる。それがレイには面白くなかった。なんのかんので、性的行為を除けばディアネイラは自分に手酷い仕打ちはしなかった。むしろ慇懃に面倒を看られている。親の仇には違いないが、そのディアネイラを苦しめる存在に対し、言いようのない怒りが込み上げてきた。
「勿論だよ。無事に帰ってくるんだよ。こっちは全部任せといて。あたしも淫人ちゃんを気にかけておくから」
 バベットの顔も冗談がいっさい見えなかった。逼迫しているのは考えないでも理解できる。
「分かんないこと多いけどさ、ディアネイラはぼくに殺されるべきだ。だからちゃんと帰ってきなよ? 大人しく淫気の修行しとくからさ」
「頼もしいこと。う……っ」
 ディアネイラが身をかがめて呻吟する。
「アーシア、また頼みごとで悪いのだけれど、この子を頼むわね。与える情報、世話の方法など、あらゆる判断を、すべてあなたに一任するわ」
「承りました。ディアネイラ様のお宅で、レイ様と共に首を長くして帰りをお待ちしております」
 アーシアが深く一礼すると、ディアネイラは安心したかのように微笑む。同時に、その姿がバベットの私室から消えた。
「シドゥス。……それがぼくの標的、だね?」

 殺してやるっ。

 狂気の波動がレイの身体を包むと、それしか考えられなくなった。アーシアとフレンズィー・ルードが戦っていたときに帰還したディアネイラは、緑色の粘液にまみれ、全裸で戻ってきた。これはそいつの仕業だろうと直感した。
 家族を奈落に叩き堕とした元凶がシドゥスという恍魔なのだろう。手を下したのはディアネイラ本人だが、そうせざるを得ない淫魔の事情があるようだ。なぜ自分が選ばれたのかは理解できないが、それはいつか、ディアネイラが教えてくれるだろう。
 レイは怨みの矛先を、まずは恍魔という存在に優先して設定した。
 とにかくイラつくのだ。
 そいつさえいなければ、普通に生活していられたのかもしれないのだ。そして、自分以外の存在がディアネイラの豊満な肉体を蹂躙しているのだとしたら、それも面白くない。
 アレハ ボクノダ──
「そ。でも、数がどれほどいるかは分からない。それを全部、淫人ちゃんに斃してもらいたいの。じゃないとあたしら淫魔は奴らに屈服させられるし、あたしらの次は、人間だよ。あたしらはおそらく支配されるだけだろうけど、人間は、生き地獄確定だろうね」
 バベットは自分の気持ちを整理しながら、ソファに身を沈めた。ディアネイラを連れて行かれ、明らかに苛立っている。
「アーシアちゃんが世話係になってくれるからさ、あとは彼女からいろいろと聞きなよ。さ、帰った帰った。呼び出しておいてなんだけど、淫人ちゃんの存在を知られるのはマズいんだよね。その代わり、今度そっちに遊び行って、あたしのおっぱいを、たっぷり味わわせてあげるからさ。ほかのこともしたければ、それも全部付き合ってあげるしぃ。それで許してね〜」
 バベットはそれだけ言うと、あとはもう沈黙して爪を噛みながら熟慮を始めてしまった。
 レイがアーシアを見上げると、彼女は黙してうなずき返してくる。
 銀杯色の彼女の瞳がまっすぐレイに向けられており、その覚悟の強さが並々ならぬ力となって、レイに有無を言わせぬ説得をした。
『あなたは恍魔を屠らねばなりません』
 そう言っているように、レイは感じた。
 ファンと出会い、ディアネイラと戦いそうになったのを決死の覚悟で止めた。その後、淫女王バベットと会見し、大勢の淫女王に自分が評価された。挙句には恍魔を屠れと言う。そしてアーシアがディアネイラ付きとなり、自分の世話係として正式に就任した。ディアネイラは意味不明の存在の元へと向かったようだ。
 いろいろとあったので、レイも整理したかった。大きな流れが訪れているのが肌を突き刺す痛みとして表現される。自分が自分でなくなっていくような、人間としての生活を諦観せざるを得ないような、複雑な心境にもなった。
 自分を淫人にしたディアネイラの理由が、ここにあるようだ。
 勿論、最後にはディアネイラとも決着をつけねばならないのは自明である。
 とりあえず、ある程度は流れに身を任せ、ディアネイラが帰ってきたら、思い切り、存分に、彼女を抱くんだと、邪念を抱いた。恍魔とかいう気に入らない穢れは、自分が掃き清める。ディアネイラを自分色に染めねば、苛立ちが収まらないのだ。
 アーシアは、レイの空色の瞳が刹那だけ漆黒に染まったのを見逃さなかった。
 狂気の息吹である。

背徳の薔薇 淫界の女王 了
第十二話です
 年末年始にかけて作品を書く時間が取りづらい状況のため、次回の掲載は少々間が空いてしまうかもしれません。ただでさえUPが遅いというのにすみません。一所懸命に書きますので、気長にお待ちいただけたらありがたいです。

 メッセージありがとうございました。とてもモチベーションが上がりました。もっと書き上げる速度が上がればよいのですが、なかなかに難しい・・・

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