1916

背徳の薔薇 邂逅

「テストぉ?」
 レイはシングルクッション仕様のキングサイズベッドに座りながら、自分の眼前で佇んでいる淫魔ディアネイラへ、頓狂な声をあげた。
 ディアネイラはドレスに着替えている。外出する際の彼女は決まってドレスを着用するので、外へ出るのかもしれないと、レイは思った。
「ええ、そう。本来ならば、あなたをここから出すのは下策なのだけれど、あなたの成長具合をどうしても見たいという淫魔がいるのよ」
 ディアネイラは臀部のあたりで切り揃えている白金色の髪の毛を軽く撫でながら発言した。後ろ髪を後頭部のあたりで束ね、黒いレースのリボンで結わいている。また、膨らみ広がらぬよう、もう一本のリボンで毛先のあたりを結わいていた。
 レイは、自分をここに監禁し続けているのは理由があるからだと暗に知った。なぜかまでは分からないし、考えても仕方がないので、深く詮索せず、自分が外にでるのかどうかを確かめるために質問をした。
「ドレスを着てるってことは、ぼくも外出するってこと?」
 レイは、随分と伸びた茶色い髪の毛を書き上げた。後ろ髪は肩にかかる程度まで伸び、前髪は目にかかるほどになっていた。
「ご名答、察しのいい子で助かるわ」
 ディアネイラは小首をかしげながら切れ長の両眼を細めた。真紅の瞳はレイへ真っ直ぐに向けられており、外出は本気であると告げているように思えた。
「人間界に行くの?」
「いいえ、淫界よ。淫気が充満している世界だけれど、今のあなたならば問題ないでしょう」
「なんだか、ロクなことにならない気がするんですけど」
 いやな予感がしたレイは、唇を尖らせながら立て膝となり、立てている膝を抱いた。
 着衣を許されていない少年は股間を丸出しにしており、ディアネイラが露骨に彼の下半身へ視線を向けたが、レイはその挑発には乗らなかった。
「ならば、五や七ならば、よろしくて?」
「意味分かんないし」
 レイが顔をしかめると、ディアネイラが冗談よと、つけ加えた。
「どうせ、その気合の入りようだと、いやだって言ったところで引っ張って行くんでしょ?」
 レイは半ば諦めていた。
 ディアネイラは黄丹色のスリットロングドレスを着用していた。
 陽光を浴びて美しく育ったヒゲナシの花のように明るい赤色は、白雪色のディアネイラの肌と協調しあって、それぞれの色を美しく見せている。レイは、赤い服はディアネイラに最も似合うと思った。
 スリットはとても深く入っており、腰に達しそうなほどである。すこし裾が捲れると下着が見えてしまいそうであった。
 スカート部分には花柄を意匠化した金糸の刺繍が施されており、非常に豪華な演出をしている。
 V字に仕立てられてたネックラインは臍まで露出させ、ホルターネックによってうなじのあたりで結わかれている。こちらも、歩いただけで乳房が零れ出るのではないだろうかと、レイは思った。乳房を覆っている絹には、ふたつの突起が浮き出ていた。
 背中は腰に至るまで露出させている。ディアネイラの露出好きは個人の趣味なのか、淫魔特有なのか、謎である。
 足は同色のハイヒールを履き、ドレスの色と合わせていた。
「なあに? ジロジロと見て。照れてしまおうかしら」
 ディアネイラは頬に細い指を添えると、微笑んだ。
「照れるとか、ディアネイラに最も有り得ないじゃんか……」
「またそうしてわたしを苛める。……濡れるわよ?」
「出かけるんでしょ!? 勘弁してよ、もう。……あと洋服っ! これがなかったら、絶対行かないからな!」
 ディアネイラが「気付かれた」と、いたずらっぽく妖笑する。
「何が気付かれただっつーの。もーやだ、この人怖すぎる」
 出発前からこの騒動である……。

「ひゃ〜。服着るのって、どれくらいぶりなんだろう」
 ディアネイラによって攫われる直前まで着衣していた服に身をまとったレイは、感嘆の声をあげた。時間が分からないので、いつぶりなのかは判然としないが、懐かしい感触に自然と顔が緩む。
『アルファ』ブランドのトレーナーにトレンチパンツ、バスケットシューズによってアウターを形成したレイは、気分が晴れやかであった。下着として愛用しているボクサーパンツを中に穿いており、常にぶらつかせていた自分の塔が制止しているのが心地よかった。
「お待たせ。で、誰と会うの?」
「ご機嫌ねえ。わたしは裸のあなたのほうが好きなのに」
 ディアネイラはあからさまに残念そうな色を湛えている。
「人権侵害も甚だしいっつーの。で、誰と会うわけ?」
 レイは黒塗りの背もたれ椅子に腰掛けながらぞんざいに訊ねた。
「わたしの友人に会ってもらうわ。あなたにはそこでテストを受けてもらうつもりよ。テストの内容は、行ってみてのお楽しみ。まあ、想像はつくでしょうけれど」
「うわ〜。行きたくなくなってきた……」
 できれば体力は温存しておきたかった。テストで自分が搾られるのは目に見えている。帰宅したら、次はディアネイラの相手をせねばならない。気が遠くなりそうだった。
「行きたくなるような事柄を教えてあげましょうか?」
「いいえ、聞きたくもありません」
 レイは頬を膨らませてディアネイラから視線を外した。転がっているバスケットボールに空色の瞳をやると、外で思い切りバスケットがしたいと思った。
「その淫界にはアーシアがいるのだけれど、そこまで行きたくないと突っぱねられては、諦めるしかないのかしらね」
「アーシアが!?」
 レイは驚いてディアネイラへ視線を戻した。
 アーシアが帰ってから、かなりの時間が経過していた。日に一度与えられる食事は百回以上しているはずである。
 自分の勝手な行動により狂気と淫乱を司る精霊フレンズィー・ルードに自分が支配された折、重症を負いながらも、天界へと帰還する術を失ってまでも、命を懸けて救ってくれた大恩人がアーシアである。
 元気にしているのかなと、いつも想っていた。アーシアに会えるかもしれないと思うと、搾られるであろうテストとやらも乗り切れそうに思えてきた。
 むしろ、乗り切ってでも逢いたいと思った。
「アーシアとエッチしたいって、顔に書いてあるわよ? いやらしい子」
「ば、馬鹿なことを言うなっ!」
 レイが慌てふためくと、ディアネイラは、この子をからかうのは、やはり面白いと微笑した。
「いいのよ、照れなくても。たくさん抱いてもらいなさいな」
「ち、違──っ」
 口では反抗してみせても、レイの顔はディアネイラの挑発で赤く染めていた。
 ディアネイラは抗議の視線を向けてくる少年に心地よさげな表情を作った。
「では話を戻しましょうか。……これから向かう先の淫界は、先日より人間たちの侵攻に遭っているの。人にも会えるかもしれないわね」
「侵攻って……。ハンターたちが来てるのっ!?」
 戦争という文字が頭をよぎる。淫魔と淫魔ハンターたちの戦いといえば、バトルファックによるものだ。敵意のある物理攻撃は淫魔には通用しない。唯一淫魔を斃す手段は、絶頂させて淫気を放出させているあいだに、精気を浴びさせることであった。これにより、淫魔を消滅させられるのである。人間たちが抵抗するために組織した職業が淫魔ハンターだ。自分の両親も、結婚するまでは淫魔ハンターだった。
「ええ、そうよ。行く? 行かない?」
「人間たちが、来てるんだ……」
 レイは下唇を噛み締めた。ある想いが、レイの胸中に渦巻いていた。
「……行くよ。アーシアも戦っているのかもしれないし」
「はい、潔い決断でよろしい。では起立後、わたしの胸を吸いなさい」
 レイは言われるまま立ち上がったが、憮然とした。
「なんで……。腕にでも触れていれば飛べるんでしょ」
「趣味よ」
 ディアネイラは薄笑いしながら右の乳房をドレスから零すと、桜色に突起している乳首をレイへ差し出した。
「なんでディアネイラは、いっつもこうなんだ! ……歯型つけて恥曝しにしてやる」
 レイは自分の全身を駆けている淫気を知覚すると、自分の歯へ収束させようとした。
「疲れることをしないの。キスマークを付けたいのなら、そのまま噛みなさいな。すべて受け入れてあげるから」
 ディアネイラに注意されると、レイは淫気の収束を中断して不思議そうな顔になった。
 無意識に物理攻撃を弾くわけではないのだろうか。それとも、意識的、無意識的に、自在におこなえるのだろうか。淫魔の謎は深まるばかりである。
 レイはディアネイラが零してきた右胸を手で触れると、軽く指に力を入れる。柔らかさと弾力の双方が強いという脅威的な魅力を有する淫魔の乳房を感じながら、普通に噛んでみようと、彼女の谷間に近い場所へ歯を当てた。ここならばドレスで隠せないと、レイは邪念を抱きつつ、噛む。
 傷がつくかどうかの実験である。揶揄してばかりの淫魔への、復讐心であった。
「その程度? 食い千切るつもりで噛んでもいいのよ? 痛いのも好きだもの」
 それはイヤだとレイは思いながら、もう少し歯に力を入れる。前歯がディアネイラの乳肉に食い込み、少しの出血をみせた。
 その頃合を見計らって、ディアネイラは空間転移の魔法を行使する。
 電子音が室内に響き渡ると、やがてふたりの身体は、レイが監禁されている大部屋から消失した。

「どーゆータイミングで飛んでんだよっ。びっくりしたじゃないか!」
 レイが抗議の声を上げると、ディアネイラはしたり顔で乳房をドレスの中へしまった。
 レイの思惑どおり、青い歯型はドレスの外で目立っていた。敵意のある物理的接触だったはずだが弾かれなかった。レイは、意図的にディアネイラが受け入れたんだと思った。
「さあ、ここが淫界よ」
 ディアネイラに言われると、レイは「あっ」と声を上げて周囲を見渡した。
「自然がある……。人間界と変わりないように見えるな」
 転移した場所は森の中であった。紫色の葉を有する木々が生い茂っており、地面には土が敷かれていた。木の葉と同色の草がところどころに生え、色とりどりの花が咲いている。
 緑か紫かの違いしか、レイには見えなかった。
「淫女王の趣向ね。ビルばかりの、機械に溢れている淫界もあるわよ。世界観は、淫界ごとに淫女王の個性が表れやすいわね」
「天地創造って、神同然じゃん……」
「そうね。あまり広い世界は創れないけれど、とても強い力よね」
 簡単に発言してくるディアネイラに対し、レイは呆気に取られた。創り方を知っているかのような物言いである。
「ね? 淫界を訪れているのに、あなたは淫気に当てられず、普通にしていられたでしょう?」
「あ、そういえばそうだ。淫核の影響かな」
 レイは深く深呼吸してみたが、とくに変化はなかった。身体は火照っているが、これはいつもどおりの現象である。
「ん……。付近で誰か戦っているわね。……もうここまで侵攻を許しているとは。バベットが苦労させられている──?」
「え、どこ?」
 レイは首を巡らせて戦場を探した。この淫界は戦争中だという。人間がいるはずだ。
「あちらよ」
 ディアネイラが首を向けた方向へ、レイは咄嗟に走り出した。
「危ないから行かないほうがい──。もう」
 ディアネイラは苦笑した。目的地へ直接行かずに寄り道したのは、レイに淫界を観光させてやり、気晴らしさせるためだった。付近で戦闘がおこなわれているのに気付いて思わず口にしたが、言わなければよかったと後悔した。
 ディアネイラは嘆息しながらも、悠然とした歩調でレイを追った。

 レイは木々を掻き分けながら走った。どうしても気になって仕方がない。行かなければならないという直感があった。自分は運だけは無いと自慢できるが、多少の直感はあると自嘲できる。とくに、悪い方向への直感力には絶望できた。
 太い枝がレイに迫り来ると、少年は枝を掴んで軽快にくぐって躱す。すぐさま立ち上がって前へと疾走した。ドリブルしながらディフェンダーを躱すよりも楽である。相手は迫ってくるだけなのだ。
 細い枝がレイの顔に迫ると、少年は咄嗟に右手を伸ばして掴み、枝を撓らせているあいだに首をかしげて躱そうとした。だが枝は折れてしまう。
「痛かったでしょ、ごめんね。でも急いでるんだ」
 レイは握っていた枝を放ると、疾走を続けた。
 前方で、やや開けた場所が木々のあいだから覗けた。急げ急げと、レイは走り続ける。
 近づいていくと、ビジネスホテルの小部屋程度の開けた場所を確認した。
 そこから、女性が上げる声が聞こえていた。複数いるようである。
 本来ならば気配を殺し、葉擦れの音を立てぬよう慎重に進むべきだが、レイは突進した。一気に突っ込む気でいた。
 男性が複数の女性と絡み合っている光景が視界に入る。まだ人数や細かな容姿までは、木々の葉が塞いでいるので分からなかった。
 興奮から息が上がってしまい、呼吸が荒くなる。だが到達地点はすぐそこであった。レイはまさに突貫し、最後の木々を掻き分けると、小さな空間へ躍り出た。

「……ファン兄ぃっ!!」
 レイは絶叫した。
 兄と慕う、いつも自分を可愛がってくれる仰望にやまない若者が、そこにいた。
 金髪と切れ長の目、焦げ茶色の瞳。忘れようがないその人が、淫界で淫魔と戦闘していた。
 自分が下着として愛用しているボクサーパンツも、グスタフ淫魔ハンター事務所のエースである彼を真似てのものである。すべてを手本にしたいほどに憧憬する青年が、そこにいたのだ。
 ファン兄とレイに呼ばれた若者は、突然に突っ込んできた正体不明の存在に油断ないよう睨みつけたが、思わぬ少年の出現に目を見開き、三名いる淫魔を忘れて驚倒する。
「レイ……君……? レイ君、キミなのかっ!」
「ファン兄、ファン兄ぃ!!」
 レイは泣いた。
 ファンが陥っている状況に気を配れず、レイはその場に頽れた。
 人間が侵攻してきているとディアネイラから聞いたが、まさか、自分の大好きな人が来ているなどとは、微塵も思っていなかった。
 こういうものを、僥倖というのだろう。レイは溢れる涙をそのままに、ファンへ凝然とした。
「ああ、あんたスゴいよ。イクっ」
 仰向けになっているファンの腹上で陶然と腰を振っていた淫魔は、潮を噴きながら絶頂した。ベリーショートにカットしていた紫の髪の毛を自分で掻き毟りながら、徐々にその姿を消してゆく。
「どきなよ、ほら、次はあたいの番だ」
 ファンの指を愉しんでいた、全身が華奢な淫魔は、消え始める淫魔を押し退けると自らファンに跨って挿入する。そのまま激しく腰を振った。
 少年が姿を現しても眼中にない淫魔たちは、ファンにまとわりついて快楽に没頭している。
「ああ、凄いよ人間。こんな気持ちいい男とセックスできるなんて、あたい初めてだよ。もっと突いてよ、ねえ人間っ。あああああんンンっ!!」
 華奢な淫魔はボブカットしている黒い髪の毛を振り乱しながら涎を垂らした。黄色い瞳を上にあげ、ほとんど白目となってよがり狂う。
「早くイキなさいよ。わたしだって、挿れたいの我慢してるんだから。出撃前のファックポーカーにさえ負けなければ……」
 青白い肌を有する淫魔は、ファンの指を股間に咥え込みながら、無慈悲に同胞へ死ねという。乳房が異様に大きい彼女は、華奢な淫魔が使っていたファンの腕を奪うと、自分の胸に挟んでしごいた。
「ファン兄ぃ……。ずっと、ずっと……逢いたかった」
「俺もだよ、レイ君。みんなと、ずっとキミを探していたんだ。遂に見つけることができた。よく生きていてくれたね。……よく、頑張った」
 淫魔の攻撃を無視しているファンは、号泣するファンへ慈愛の視線を送った。
「ファン兄ぃ、淫魔が凄いよ……」
「ああ、とても強い淫魔たちだ。……だけど負けられない。やっとレイ君と逢えたんだ。負けるわけには、……いかないさっ!」
 ファンが腰を突き上げる。華奢な淫魔は悲鳴ともつかぬ雄叫びをあげてよがり狂い、分厚く淫猥な唇から泡を噴く。
「かっ、あああアアっ。……あんたイイっ。さあ昇らせて人間っ、早くあたいを新世界へ連れてってえええ」
 華奢な淫魔は状態を仰け反らせながら、自ら突き出ている淫乱な下半身の突起物を刺激した。
 ベリーショートの淫魔は、遂に透明度が頂点に達し、掻き消えた。遺言のように、「もう最高」と残して、消滅した。
「レイ君、本当に、逢えてよかった……。みんな心配していたんだ。諦めずにキミを探し続けていて、本当によかった。ありがとうなレイ君。生きていてくれて、本当に、ありがとう。みんな、喜びすぎて気絶するぞ」
 レイはファンの言葉に、もう堪らなくなって四つん這いとなり泣き濡れた。
(ごめんなさい、ファン兄ぃ……。でもぼくは……)
 心臓が破裂しそうだった。こんなにも自分を想ってくれる人たちがいる。
 自分は幸せすぎる。
 慎まなければいけない。
 慎まなければならない。
「ファン兄ぃ……っ!!」
 レイは口を曲げて、甘えた声で呻いた。同時に、懺悔した。
「ああっ。あんたいいよ。そのまま淫魔たち全員、殺してやんなよ」
 華奢な淫魔は全身を痙攣させながら、その肉体を薄めていった。
 すかさず、最後の淫魔が華奢な淫魔を突き飛ばして跨る。
「へえ、けっこうな御本尊様じゃない。指でもよかったけど、桁違い」
 木炭同然の色に染まる勇者の剣に、青白い淫魔は武者震いしながら挿入した。
 長大な勇者の剣が子宮の奥まで貫き、その太さは淫魔の緩みきった道具でさえ窮屈極まり、彼女は苦しそうにした。
「悪いが、君も消す。俺はレイ君と一緒に、帰らなければならない」
「ええ、気持ちよければなんでもいいわよ。さあ、これを味わいなさい」
 青白い肌の淫魔は、両手を自分の乳房へ添えると、形が変化するほどに搾った。すると大量の乳液が黒い乳首から噴出し、ファンの顔だけを集中して襲う。
「受けきってみせるさ。だが俺は負けない」
 躱しもせず、ファンは淫魔がひねり出した乳液を顔中で受け止めた。
 白く汚れたファンだったが、彼は淫魔にかまわずレイに話しかける。
「すまいな、レイ君。キミのお母さん……、エパさんだが」
 ファンは顔に熱を感じたが、すべて無視した。媚薬効果がある乳液だろうが、今の自分の心を折るのは、神でも無理だと、心中で怒鳴った。
「うん、いいんだ。誰かを襲うまえに、消滅したほうが、母さんは救われるもん。母さんのハンター生活がどれほどの覚悟と辛さだったか。母さんは何も言わなかったけど、知ってるもん」
 レイは青白い淫魔が白目を剥いているのを眺めながら、拳を握った。
「所長が、ケリをつけたよ。それはもう、たいへんな戦いだったんだ。所長も死ぬ寸前だったんだよ。でも所長は生き残った。……エパさんから頼まれごとを受けていたからね。……キミの奪還だよ。所長に逢ってやってくれ。所長、絶対泣くぞ?」
「なんの会話? そんな子は放っておいて、もっとわたしにかまいなさいよ。ほら、腰を突きなさい」
 青白い淫魔はファンが着ている革ベストに涎を垂らしながら、狂気の視線で見下ろす。だがファンは淫魔に意識を向けなかった。
 腹の上でよがる淫魔よりも、意識を向けねばならぬほどの淫気を感じたからだ。
「……出て来い」
 ファンは深い森の中へ焦げ茶色の瞳を向け、警戒を極めた。

「同胞が三名も殺められる現場に直面した場合、やはり、黙っているわけには、いかないわよね」
「ディアネイラっ!!」
 レイは、無表情のディアネイラを見て慄然としながら叫んだ。
 こんな顔、見たことがない……。
 氷を司る神のごとしだ。
「この淫魔が、あの……?」
 ファンは青白い淫魔を突き飛ばすと、後ろへ宙返りして距離をとった。
「ああっ。御本尊様を抜かないでぇ……」
 哀願しながら絶頂した淫魔は、やはり透明化を始めた。
「待ってディアネイラ! ファン兄はダメだ!!」
 レイは恐慌すると四つん這いの姿勢から這い上がり、ディアネイラへ向かって走った。ディアネイラのもとへ到達すると、慌てて両腕で彼女の肩を掴む。
「駄目も何も、同胞が殺されてしまったのを目撃したのよ?」
 ディアネイラの紅い唇は笑っているのだが、その目は厳しくファンへ向けられていた。レイは背筋が凍り、ディアネイラの両肩を掴む手に、自然と力が篭ってしまう。
「あぁ、……ディアネイラ様じゃないの。この人、気持ちいいですわよ。挿れてもらうといいわ。飛んでいけますわよ」
 消え入りながら、青白い淫魔はディアネイラに恍惚と声をかけた。
「そう? それは期待しましょうか。さようならナーチャ。気持ちよく死ねてよかったわね。羨望に値するわ。あなたとの思い出は、わたしが生きているかぎり、忘れない」
「ええ、淫魔冥利ですわ。さようなら……。淫魔の未来、敬愛してやまないディアネイラ様に、託します……わ」
 青白い淫魔は、完全に消滅した。
「──で? バベットの親衛隊たち同様に、わたしも殺すの? 青年」
 ディアネイラの真紅の瞳が黒く染まる。淫気の濃度が膨れ上がってゆき、紫色の木の葉が淫気の波動に散らされて宙を舞った。
「キミには訊きたいことがある。殺す殺さないは、そのあとの話だ」
 ファンは一歩後退しながら、自分の屹立させていた勇剣を意識的に萎えさせた。
 戦ってはいけないと、ファンの本能が告げる。いま消滅した淫魔の発言も恐るべきものと感じた。
 ファンは足首に絡み付いているボクサーパンツを素早く引き上げると、額に湧く脂汗を拭った。
 戦ったら殺されると警告信号が点灯し続ける。気圧されそうな自分を看破されぬよう、瞳を黒くした淫魔を睨みながら、レイを連れて脱出する算段を巡らせた。だが、どう転んでも成功する見込みが立たなかった。
 自分が囮になるしか、方法がない。
「訊ねたい事柄? どのツラ下げて、このわたしに意見を述べるのかしら?」
 ディアネイラは、自分を揺すり続けているレイの両腕を、静かに解いた。
「待ってディアネイラっ。ファン兄はダメだ! ここは堪えてっ! お願いだよっ!!」
 レイは哀願した。ファン兄が殺されると直感した。自分の直感は──
「話したくないならば、キミを斃すだけだ……っ」
 レイは、ファンから殺意を感じ取ると戦慄した。
「ファン兄も、待って!」
「待てないよ、レイ君。大丈夫、俺がディアネイラをひきつけているあいだに、キミは走れ。転移装置があっちにある。そこには大勢の同業者が本体として控えているから、保護してもらうんだ。所長も来ているよ。大丈夫だレイ君。……少し遠いが、キミなら行ける。バスケットの試合を観戦して、キミの運動量はよく知っているからね」
 ファンは悲愴の笑顔を浮かべると、あちらへ走れと指した。だが、レイは兄と慕う者が示す場所を、決して見なかった。
「レイ君!」
「ブランデー君、叱られるまえに、そこをどきなさい」
 レイは首を下げながら全身を打ち震わせた。
 慨嘆していた少年の雰囲気が豹変すると、対峙し一触即発だったディアネイラとファンは、レイへと目を向けた。レイの震えが止まると首を上げ、轟叫する。
「うううウウウるせええええええエエエっ!!」
 レイの絶轟が森中を振撃させた。
 枝で羽根を休めていた鳥たちが一斉に羽ばたき、小動物たちが恐慌して鳴き散らしながら付近を逃げ惑う。
 紫の木の葉が、どうか気持ちを抑えてとレイへと向かい、少年の頬を撫でる。土は振動して
ただただ恐怖し、土埃を舞い上がらせた。
「レイ君……キミは……っ」
 実の弟と可愛く想っていた少年の身体から淫気が発動しているのを見たファンは、信じたくないと、かぶりを振った。頼むから嘘だと言ってくれと、焦げ茶色の瞳を潤ませた。
 レイの全身から頻闇の淫気が放出され、木々を容赦なく揺らす。淫気を栄養分として生きる植物たちでさえ、勘弁してくれと、しな垂れた。
「その程度の放散で、わたしを恫喝するつもり? 自惚れも大概になさい」
 ディアネイラがレイを睨む。レイは憤怒の激情によって額に何本もの青筋を立てながら、負けじとディアネイラを睨み返した。
「ぼくと新契約しろ。ディアネイラはこれより、グスタフ淫魔ハンター事務所に所属する全生命への手出しを禁ずる。契約の締結破棄に関らず、この言に反したなら……、ぼくは死ぬまでディアネイラに抵抗してやるっ!」
 レイの空色の瞳が真紅に染まった。淫気を爆散させる度合いがさらに増し、大木ですら、必要のない懺悔に揺れた。
 ディアネイラは、自分の乳房に刻まれた歯形を見下ろす。疼くような快感が、ここから主張を始めていた。
「まあ怖いこと。なるべく逆らわないと契約している以上、逆らうときもあるのね。でもあなたの場合、逆らいっぱなしだと、わたしは思うわよ?」
 ディアネイラから、ファンへの殺意が消えた。柔らかく笑う彼女を見てとり、あえず安心したレイは、涙を打ちながら、ファンへ視線を向けた。
「こういう、ことなんだよ、ファン兄ぃ……。ぼくは人間社会へは、戻るべきじゃないんだ。どうか怒りを収めて。ぼくは、ディアネイラがいないと生きていけないんだ。じゃないと、ぼくは……、ほかの人を襲っちゃう……。ごめんなさい、ファン兄ぃ……」
「レイ、君……。なんという、ことだ……」
 ファンは拳を握り締めた。下唇を噛み千切りそうになっていたのに気付き、顎の力を弱める。分からないことだらけだったが、我が弟と想う少年は、古今東西で例のない、
《男性の淫魔化》
 を、具現しているようにしか見えなかった。
 対策が、まったく思い浮かばない。
「ごめんなさい、ファン兄ぃ。ごめんなさい、ファン兄ぃ……」
「謝ってはいけないよ、レイ君。……キミが謝る必要はない、キミは何も悪くないんだ」
 ファンは優しい笑顔をレイに向け、その後、ディアネイラを見据えた。
「さあ、このハンサムなお兄さんに、今の自分を見せておあげなさい」
「……分かった」
 レイは自らトレンチパンツを脱衣し始めた。
「レイ君! いけないっ、待つんだレイ君っ!!」
「ファン兄。大丈夫、ちょっとイクだけだし。ぼくはイッても死ににくいみたいだから……」
 レイはボクサーパンツに手をかけ、一気に脱ぎ落とした。すでに屹立しているレイの泣塔は、痙攣しながらディアネイラへ向かおうと勝手に動いている。
「レイ君……っ」
 手出しをしてはいけないと、ファンは直感から少年の行動を見守った。
 レイはディアネイラが着ているドレスに手をやると、スリットを広げて彼女が穿いている黒の下着を押し下げた。ディアネイラが軽く右足を浮かせるとレイは下着を彼女の右足から抜く。下着はディアネイラの左のくるぶしに巻きついたが、レイはそのまま放置した。そして赤いスカートをたくし上げると、ディアネイラはファンを見つめながら右脚をレイの腰に巻きつける。
 そのまま挿れろと、行動で示していた。
「ディアネイラああっ!! この屈辱、忘れないぞっ!!」
 ファンの絶叫と同時に、レイとディアネイラが結合した。
「なんでもいいけれど、あなた、わたしに訊きたいことがあるのではなくて?」
 ディアネイラは勝ち誇ったようにファンを見据えた。レイは目を瞑りながら、必死に腰を振っている。
「ああ、キミが何をしようとしているのかを訊きたい。なぜ名うてのハンターたちを次々と襲った。それを調べていたからこそ、ヴェイスさんは殺されたのだろう? 加えて、レイ君を略取した後、英傑狩りをパタリとやめたのはなぜだ。ちっ、レイ君……」
 肉眼でも見える頻闇の波動をまとっているレイを見ていると、ファンは自分が焼き焦がされるかのような、絶望的な炎の味を感じた。
 レイは呻きながら絶頂した……。

 容赦なく搾り尽くしにくるディアネイラに、レイは内心で畏怖していた。
 自惚れているわけではないが、最近の自分は、多少は性技を習得していると自覚するようになっていた。ディアネイラに指導を受けながら相手をし、時折彼女が気持ちよさそうな表情を作るようになっていたため、攫われた当時よりは上達しているはずだと思っていたのである。
 それが、一瞬で崩滅した。ディアネイラが搾れば、自分は簡単に果てさせられる。
 彼女は魔性の肉壷だ。
 絶望的な実力差がレイの自信を完膚なきまで叩き潰し、いかに自分が甘いかを思い知った。初体験を終えた程度の身では、性行為の権化である淫魔に叶うわけがないと再確認させられた。斃せる日が確実に近付いているという希望は、より遠ざかっていった。
「残念ね、それは教えられないの。……美味しいわよ。もっと突きたければ、どうぞ?」
 ディアネイラの囁きは命令であった。レイは黙って、そのまま腰を動かした。自分がいま逆らったならば、ディアネイラはファンを殺しにいくだろうと思うと、必死に腰を振った。
 ディアネイラは、自分が彼女の所有物であると、ファンに見せしめとして突きつけているのである。
 強い力にもバランスがまったく崩れないディアネイラは、左足一本で、容易にレイの動きを受け止めていた。
「レイ君、無理をしてはいけない。休むんだっ」
 ファンが何を言っても、レイは腰の動きを止めなかった。レイは二度目の射精を終えると、すぐに三度目の射精をした。すぐさま腰振りを開始し、そのまま四度目の射精を迎える。さらにレイは衰弱を始めながらも腰を振った。
 連続して射精したため淫気喰いも同様に連続で発生する。容赦なく卑猥で生ぬるい感覚がレイを襲い、心臓が握り潰されるような激痛を味わった。それでも腰の動きを止めたらまずいと思い、苦悶の表情を浮かべながらもディアネイラへ打ち込む。
 ファンは悲愴なレイを見ながら、拳を握り締めた。
 スリットから見え隠れしているディアネイラの股間から、一般人では淫気中毒によって即死するほどの力が感じられた。レイが大量の精液を打ち放っているにも関らず、一滴たりとて溢れさせていない。

 撤退だ──

 ファンは、レイを連れ帰るのを断念した。ディアネイラは自分がここにいるかぎり、レイを搾り続けると分かるからだった。そして、レイが自分を守ろうとしているのが、痛いほど伝わってきた。
「……分かった。俺は撤収するよ。だがディアネイラっ!」
(この精気。この男、何者……っ)
 ディアネイラはレイを抱きながら真紅の瞳を見開いた。
 この青年、神の寵愛を一身に受けている──
「レイ君を死なせてみろ。俺は地獄といわず、場所など問わず、どこまでも追いかけ、必ず殺す。それだけは覚えておけ」
「了解したわ。あなたの名において、可能な限りをもち、わたしはブランデー君の面倒を看ましょう。あなたの気概に免じて、ね」
 レイは五度目の射精をした。だが、呻きながらも、弱々しくなりながらも、ディアネイラに抱きついて腰を振ろうとする。
「レイ君、もういいんだっ! 休めっ。頼むから、ここでキミの命を使い果たすな!」
 レイは動きを止めない。ディアネイラの頬が紅色に染まり、小さな喘ぎを漏らした。
「聞けっ、レイ君っ!! シンディさんが養成学校に入学したっ!! レイ君を助けるんだって、その身を捨ててハンターになろうとしているんだっ!! レイ君!! 彼女を救えるのは、キミしかいないんだよっ!! 俺がどんなに説得しても、事務所の誰が言っても、彼女はレイ君しか頭にないんだっ!! ウチで面倒を看ると決定した所長の苦しさも、キミになら分かるだろう? ウチが拒否していたら、彼女はあらゆる事務所と接触していただろう。その危険すぎるほどの純真さを利用し、雇おうとする輩など大勢いる。そんなところに当たってみろ。シンディさんは穢され続けて絶望だけを味わうことになる。だからこそ、所長は彼女を守るためにも、ウチで雇ったんだ。……分かるだろう? ……この業界は、腐った連中があまりにも多いのは、厳然とした事実なんだっ!! キミが帰るまで、彼女は破滅の疾走を続けるんだよっ!!」
 シンディという言葉を聞いたレイは、刮目した。腰の動きを止め、爆散していた頻闇の淫気を掻き消し、その身を震わせる。
「なに……言ってんの、ファン兄……? シンディは……、お金持ちの、お嬢様じゃんか。なんで、ハンターになる必要が、あるんだよ。何もしなくても、幸せに生きれるじゃんか……」
「女心を学びなさいと、言っているのだけれどね。こういう子なのよね」
 ディアネイラは、「もういいわよ、ご馳走様」とレイに伝えた。
 レイはディアネイラから離れると、その場でしゃがみ込んで喘鳴する。だが、引き下ろしたディアネイラの黒い下着を、穿かせ直した。
「レイ君……っ」
 気持ちの強い少年がレイである。どんな困難にもめげず、前を向こうと歯を喰いしばっていた、実の弟のように愛するレイである。
 絶望的な点差を開かれていても、逆転するにはどうすればいいのかを考え、試合終了のホイッスルが吹かれるまで、肺を潰しながらコート全面を駆けずる少年が、レイである。
 その弟と愛する少年が、
 ディアネイラに屈服していた──
 ファンは、レイの母親エパが淫魔化したときに下唇を噛み切ってしまった、敬愛する我が所長の憤慨を思い返した。
 自分は、まだまだ未熟すぎる、と──
 何かを守るために、自らを捧げているのである。
 この意味を、今になって勉強した思いとなった。
「レイ君、シンディさんのためにも、キミは死ねないぞ。どんなに汚れてもいい。どんなに醜い生き様を曝してもいい。……それでも生き続けてくれ。必ず、キミを助けるっ。……キミが背負ったものを、俺にも背負わせてくれっ」
「ファン兄ぃ……」
 レイは、やはり自分は幸せだと思った。もう一度、慎まなければならないと思った。
 こんなに自分を想ってくれる人がいる。心配してくれている人がいる。
 それだけでも、自分は簡単には命を捨てられないと、レイは思った。
 だからこそ、伝えたいものがあり、レイはディアネイラの下着を穿かせながら、兄と慕うファンに顔を向け、言った。
「シンディに、伝えて。ぼくのことは忘れろって……。ハンターになってはいけないって……。一生のお願いだよ、ファン兄……」
 レイはディアネイラの脚にしがみつくと、ファンに首を向けて泣きじゃくった。
「ああ、必ず、伝えるよ。俺も退学の説得を勧め続ける。でもな、レイ君。それでもシンディさんは自分の道を曲げないだろう。キミが問題を解決して帰宅する。これこそが、重要だ」
「うん、うん……」
「そろそろよろしいかしら? こちらも予定が詰まっているの」
 黙り続けていたディアネイラが口を開くと、ファンは黙してうなずき返した。その瞳はただ純粋に、レイに向けられている。
「とりあえず、レイ君を任せる。だが俺たちもレイ君を救うために動き続ける。覚悟しておけ」
「記憶に刻み付けておきましょう。よい子と出会えて、幸せね。ファン・ストライカー。──あなたの名前は、わたしたちがいる淫界では有名よ?」
「ああ幸せさ。俺はレイ君が大好きだ。またレイ君の試合が見たい」
 ファンは、ディアネイラが発言した二言目は無視し、自分が感じたことを最優先に伝えた。
「そう。では、ご機嫌よう」
 ディアネイラは、自分の脚を抱いている少年を見下ろすと微笑し、レイを連れてその場から姿を消した。

「所長、レイ君の生存を確認。ただし状況は最悪です。また、申し訳ありませんが、本体の場所を敵に知られてしまいました。『プラン・デルタ』への移行が必須と思われます」
 ファンは革ベストの内側に仕込んでいた超小型無線機に声を入れた。
 応答のための軽い雑音が入ると、返答がくる。
「委細了解した。速やかにプラン・デルタを全軍に伝達する。……でかした、ファンくん。レイとは一緒にいるのか? いるならば、あの子の声を聞かせてほしい。……頼む、頼むよファンくん。あの子の声を、聞かせて──くれないか」
 ファンが所長と呼んだ人物の声は、既に涙で震えているようだ。ファンは何度もかぶりを振りながら、いまあった状況を報告する。
「いえ、すみません……。レイ君は……、ディアネイラと行動を共にしており、すでに退却しました。……所長、レイ君は……淫魔化している模様です」
「な──っ!」
 無線越しの声が色を失う。ファンは苦虫を噛み潰すように脂汗を額から流し、満腔を打ち震えさせた。
「──とにかく、すぐに本体と合流し、状況報告します。では、交信終了します」
 淫魔化した女性は死ぬまで元には戻らない。男性の淫魔化など過去の歴史からも例がないが、おそらく同様だろうと思った。
 ファンは無線を切ると、やり場のない怒りに打ち震えた。
「ちくしょおおおおおおぉぉぉーーーっ!!」
 奥歯が欠けるほどに顎を噛み締めたファンは、悔し涙を溢れさせながら、ふたりが消えた場所を睨みつけ、大木の幹を殴りつけた。
 轟音と共に紫の葉が散りゆき、淫虫が凝然として鳴きながら逃げ惑う。
「この命、もはや惜しくはない! 待っていてくれ、レイ君。必ず、行くっ!」
 目尻から溢れる透明な液体の色が、赤く染まった──

背徳の薔薇 邂逅 了
第十一話です
 遅くなりました
 エロ描写がほぼないですね。んー、ストーリーとか無視して書いたほうがよいのでしょうか
 いろいろなご批評をいただけると幸いです

[mente]

作品の感想を投稿、閲覧する -> [reply]