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タイトルなし 1-5

 酒場の部屋には、おあつらえ向きのベッドが一つあった。サキュバスと遭遇した宿とは
違って、スプリングのわりと効いた、柔らかいベッドだった。
 幼子がぬいぐるみを手に取るように、フェレイアは難なくホリスの体を持ち上げ、ベッ
ドにひょいと投げ出した。
「さて、なにがあったか聞かせてもらおうか」
 先ほどはうまく話をそらしたつもりだったが、見透かされてしまったらしい。なんとか
ごまかそうと、
「きょ、教官……僕には、いえ、自分にはなんのことか……」
「ほう。このフェレイアに隠し事をするというのか。ふっふふ……それもよかろう」
 昨夜のサキュバスを彷彿とさせるような笑みを浮かべ、フェレイアは体を密着させてき
た。
 次の瞬間、小動物がはい回るような感触が太ももに走った。驚いて自分の足に目を落と
すと、フェレイアがホリスの太ももに指をはわせていた。存分に愛撫すると、次は腹筋を
なぞるようにしてくすぐり、ふくらはぎを持ち上げ舌でくすぐる。
「きょ、きょ、教官……あうぅ、か、勘弁して……くださいよ」
 フェレイアはホリスの声を無視して、愛撫を続ける。ときおり、妖しい目つきでホリス
の表情をうかがう。ネコ科の動物を彷彿とさせる金色の瞳。それに射抜かれると、体の底
から官能の疼きがはい上がってきた。

「どうだ、吐く気になったか」
「は、吐くも、なにも……ああんっ……隠し事なんて……あふうっ、はあん……」
 なんの前触れもなく、いきなりフェレイアの手がホリスの股間を握りしめる。着衣越し
ではあったが、絶妙の力加減に思わず体全体で反応してしまった。
「ひゃああっ。やや、や、やめて……ください、教官」
 ゆるゆるとにぎったりゆるめたりを繰り返していた手が、上下運動を始める。それも、
ただ動くだけではなく、手首に微妙なスナップをきかせて、ホリスの理性を着実にそぎ落
としていく。
「ははっ。このまま、弄ばれて出してしまうのがいいのか」
 否定の声すらものどから出てこなかった。懸命に首を横にふって意志を伝える。
「なら、さっさと吐いちまえ。このフェレイアの手淫から逃れられると思うなよ」
 というと、亀頭を人差し指で摩擦しはじめた。もう、限界であった。
「いっ、いああっ……くあぁ、ああっ……言いますっ、言いますから止めて……」
 結局、ホリスは焦らし弄ばれながら、昨夜と今朝の一連の出来事をあらいざらい白状さ
せられた。
 その話を聞く間中、フェレイアは眉間を引きつらせ、怒りもあらわにホリスをにらみ続
けていた。そして、怒気を含んだ口調で言った。
「ほう、ということは、サキュバスに弄ばれて、失神して、親の形見を奪われたあげく、
ほうほうの体で逃げてきたんだな、ホリス」
 あらためて他人の口から聞かされると、屈辱を通り越して情けなくなってくる。しかし、
まったくの事実なので、反論はできない。

「……はっ、バカバカしい。そんな死に体をさらすぐらいなら、戦士なんざやめちまえ」
 ことさらに声を大きくして、フェレイアが言った。
「おまえはな、筆記試験の成績もいい。手先も器用だ。風貌も童顔だが悪くない。なにも
無理に戦士になんてなる必要はないんだ。いいか、世の中には体と命を賭さなければその
日の糧にありつけないやつだっているんだぞ」
 そこまで言い終わると、興奮を静めるかのように息をつき、続けた。
「その持久力では、淫魔のいい餌食だ。このことでよくわかっただろう、おまえは戦士稼
業にはむいてない。死にたくなければ、今の仕事から足を洗え」
 そこまで聞き終えると、ホリスはたまらなくなって、言った。
「……いやです、教官。それだけは、絶対にそれだけは従えません」
 なにかを言おうと口を開いたフェレイアを目で制して、ホリスは続ける。
「教官、自分には、父がいません。自分は、インキュバスと人間のあいだに生まれた、ハ
ーフです」
 淫魔と人間のハーフ。それを言った瞬間、フェレイアの顔にわずかな同様が走った。
 もともと、サキュバスは人間の精を受けて身ごもることはあり得ない。同様に、インキ
ュバスも人間に精を植え付けることはできない。精子、あるいは卵子の帯びる強力な魔力
に、人間のそれは耐えることができないからだ。
 しかし、数万人にひとりほどの割合で、インキュバスの精に耐えられる、強力な魔力を
持った母体が出現することがある。偶然に偶然が重なり、彼女らがインキュバスから陵辱
を受けた場合、ハーフの子供を出産する。ただし、それは同時に強力な魔力の抵抗を受け
る、母体の死をも意味する。
 つまり、ホリスの母親は、インキュバスに陵辱されたうえ、その子を身ごもって命を落
としてしまったのだ。

「自分は、たとえ教官に身を引き裂かれても、戦士をやめるつもりはありません」
 なかば叫ぶようにして、ホリスは言った。普段出さない大声を出したために、のどがち
りちりと焼けるような感触がした。妙に、のどが渇いていた。
「馬鹿野郎、そういうセリフは一人前に自分の身を守れるようになってから言え。わたし
はな、ホリス。無駄死にをさせるために性技を教えたつもりはない」
 焦れたような口調だった。しかし、先刻までの強引さは失せている。
「僕だって、もう一人前の戦士です! 教官、自分は、これまで下級淫魔を相手にして、
生き残ってたんです。教官がなんといおうと、命がつきるまで、サキュバスと戦い続けま
す。けして無駄死になんかしない」
 ホリスの中の冷静な部分が、錯乱している自分に警鐘を鳴らしていた。しかし、戦士と
して、男として、譲れない一線があった。
「ふん、この分からず屋が。そこまでいうのなら、一人前かどうか、見せてもらおうじゃ
ないか」
 フェレイアはホリスの股間に手を伸ばし、怒張をぐっとつかんだ。突然のことに身をこ
わばらせ、ホリスは短く声を漏らした。
「ホリス、三回だ。おまえが三回漏らすまでに、一度でもわたしが絶頂に達したら、おま
えを解放してやる。そのサキュバスとリベンジでもなんでもするがいい」
「きょ、教官。もしもできなかったら……」
「その時は、おまえのモノが二度と勃たなくなるまで、精を搾りとってやる。サキュバス
に喰われるより、よほどマシだろう」
 そう言うと、フェレイアはホリスに柔らかい唇を押しつけてきた。着衣のこすれあう音
とともに、フェレイアの豊満な肉体があらわになっていく。言いしれぬ恐怖と興奮に体が
ほてっていくのをホリスは感じていた。

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