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背徳の薔薇 光の翼

(ちっく……しょお……っ。アーシア、アーシアっ!)
 自分の身体を意味不明の存在に乗っ取られ、精神体だけの存在になってしまったレイは、自分のせいで絶望的状況に陥った淫魔へ、魂を込めて絶叫した。
 アーシアは、レイに憑依した狂気と淫乱を司る精霊フレンズィー・ルードによって、惨めな嬌声を上げている。
 四つん這いとなってふくよかな尻をフレンズィー・ルードに抱えられながら、アーシアは細い首を仰け反らせていた。
(ダメだアーシア、イッちゃダメだ! くそ、このままじゃアーシアが、こいつに持って行かれちゃう……。どうすればいい、どうすればいいんだっ)
 レイの言う「こいつ」は、真っ赤な舌を出しながら地獄の笑みを湛え、アーシアの腰を抱えながら冷淡に腰振っていた。その動作は自分ではとても不可能なほど素早く、アーシアの体内を蹂躙している。
 紛れもなく自分の身体である。その身体をフレンズィー・ルードに支配され、アーシアを好き勝手に犯しているさまを見せつけられていた。
 アーシアの釣鐘型の乳房が前後に弾け飛び、腰が打ち付けられると肉のぶつかり合う拍手が鳴る。豊かな尻肉が大きく波打ち、膨大な快楽を味わうために、陰部は必死にフレンズィー・ルードの塔を咥えていた。両腕は小刻みに痙攣し、三枚だけとなった漆黒の翼が力を失って床へ垂れ下がっている。
(ごめん、ごめんさないアーシア。ぼくのせいだ、ぼくが弱いくせにカッコつけようとしたから、アーシアがこんな目に……)
 アーシアの両肩と尻には無数の赤痣と青痣、血の滲む歯型が刻印されている。乳白色の肌艶の持ち主なので、その痛ましい傷が残酷極まる表現となっていた。
 元来四枚あった翼のうち、左下の翼は根元から捥ぎ取られ、患部から大量に出血していた。背中や腰はアーシアの鮮血に塗装されている。血が脇を伝い、無数の指の痕を赤く浮き上がらせている乳房へ流れていた。
 右目は大きく腫れ上がって視界を失わせ、青痣ができていた。女性の顔面に傷が入っているのである。
(この野郎、ぼくから出て行けっ! アーシアを離せっ!)
 レイの精神体は闇の波動によって捕縛されていた。レイの身体は完全に自分の意思から切り離され、狂淫の精霊に操られている。
 闇の波動は非情な狂気に満ち満ちており、身体がないレイの精神をフレンズィー・ルードの心が直接に侵してくる。刹那でも気持ちを折ると精神が砕け散りそうだった。
 狂淫の精霊は無限の飢えに苦しんでいる。決して満たされない欲望に轟然と怒りを抱いている。快楽を切望する切なさに、やり場のない雄たけびを上げている。
 これが精霊の心なのかと、レイは恐怖した。それらの意識が自分の精神を容赦なく喰い散らしてくる。喰われたら最後、自分は死を迎え、身体は完全に乗っ取られるだろう。
(アーシアに惚れてるんだったら、もっと優しくしろっ! 女性は大切に扱わないといけないんだぞ、このド淫乱アホ精霊っ。五十年もアーシアの後ろにくっついてるなんて、どんだけのストーカーだよっ!! おまえの、かぎりなく救われない馬鹿で終わってる惨めな心は、全部ぼくに見えてるんだからな!!)
 レイは思いつくかぎりの悪口を述べた。こちらへ意識を向けてくれればしめたものである。隙を作ってアーシアの援護をしたかった。だが精霊はレイの身体に憑依してから、一度も接触してこない。アーシアしか見えていないのだ。
(くそ、離せよっ!)
 レイは精神体にまとわりつく頻闇の淫気を掻き分けようと、もがき続けた。精神だけの存在になると、自分の想念がそのまま形になる。レイは両腕を平泳ぎの要領で大きく動かし、両脚はばたつかせた。前進しているのかどうかは分からないが、抵抗をやめる気などさらさらない。
(うぅ、また来た……)
 絶頂感がレイを襲う。身体がないので甚大な快楽が直接に精神へ流れ込んできた。
 自分の身体を乗っ取っているフレンズィー・ルードが射精しているのだ。これで六度目である。
 発狂しそうなほどの快楽は、逆に苦悶でしかなかった。
 だが、フレンズィー・ルードが絶頂するたびに、白い光の穴が見えるのに気付いていたレイは、その場所を目指して決死の覚悟で腕を動かし、闇の波動を掻き分けた。
 数秒すると光の穴は消失する。今回もそうだった。あそこに行けば助かるという直感が、レイの精神を崩壊させない最後の砦となっている。光が消えてしまうと方向感覚を失うのだが、光の穴が見えるとすぐに軌道修正し、遮二無二泳いだ。
(待っててアーシア。──いま行くっ)

「あ、はぁ……ん……」
 天界より堕天し淫魔となったアーシアは、真紅色の瞳から歓喜の涙を溢れさせた。
 子宮へと届くフレンズィー・ルードが吐いた精液の濃さに恍惚とし、精気酔いして全身が烈々とする。すでに泥酔状態であった。
 四つん這いに支えていた両腕は力を失い、上半身はコンクリートの床に落としている。尻だけを突き出してフレンズィー・ルードとの結合に遊楽し、自ら弱々しく腰をくねらる。
 翼を捥がれた痛みは麻痺し、感覚は快楽のみしか感じなくなっていた。
 開放していた淫気は消滅し、頻闇に染まるフレンズィー・ルードの淫気に自分の肉体が包まれている。精霊の淫気は自分の理性を狂気と性欲で満たそうとしていた。
「がっはああぁ〜。どうした、ヌシの力はその程度か」
 アーシアの尻を抱えているフレンズィー・ルードは、首を一回転させて淫魔を挑発した。
 膣に射精したあと、狂淫の精霊はまだ許さんとばかりにそのまま腰を振る。その動きは小動物の鼓動のごとく素早く、アーシアの性器は形を滅茶苦茶に歪めさせられていた。
「戯言を……。くっ」
 すでに籠絡されている自分の肉体は快楽のみに傾注し、命令を与えても満足に反応しなくなっていた。
 捲れ上がる小陰唇がフレンズィー・ルードの岩塔を咥え込み、突かれるとしっかりと抱き込んで、引かれると離しはしないと食い下がり、体外へと伸び上がる。
「ほぅ、すでに肉体は我の奴隷となっておるというのに、心は未だ保つか。見事なものよ。さすがは堕ちても大天使、といったところか」
 フレンズィー・ルードは前後運動から円運動へと切り替えた。膣壁が抉られ、愛液が床に滴る。アーシアの股間は精液と愛液によって濡れきっていた。膣口は泡まみれである。
 太腿もアーシアの粘液で汚れ、黒のガーターで止めている白いニーソックスが水分を含んで皺になっていた。
 与えられる快感にアーシアは首を下げ、床に自分の額を押し付け、耐える。
 絶頂感が小さな揺らめきとなって訪れていた。これを育てられてはいけない。淫魔は絶頂すると淫気を放出してしまう。その状態で精気を受けると、正面からまともに浴びてその身を消滅させられる。
 淫魔は淫気を保つには精気が必須な種族である。だが精気は淫魔にとって猛毒でもある。普段ならば淫気が精気の毒性を融和させるので、栄養分のみを摂取できるが、絶頂時には完全に無防備となり、精気の毒性で殺されてしまうのだ。
 フレンズィー・ルードは精霊だが、その身体は人間のものである。絶頂したら終わりなのである。
 いま終わるわけにはいかない。自分の身が消滅するのは、レイを救出してからだ。
 アーシアの責任感とレイを慕う心が、頑健な精神力を作っていた。だがそれも崩壊寸前だった。快楽が無遠慮に精神の盾を剥ぎ取り続け、心から希求しそうになっている。
「ああ……気持ち……いい……」
 無意識のうちに言葉を発してしまい、アーシアは慌てて唇を引き結んだ。
 その様子をフレンズィー・ルードが首を擡げながら見下ろしている。
「それでいい。享悦に心を委ね、心身を我に燔祭せよ」
 遠慮のない円運動は、柔らかくほぐされたアーシアの性器を蹂躙する。フレンズィー・ルードの岩石並に硬直した岩塔が上下左右に動くたびに、彼女の性器全体が淫猥に形を歪める。
 落盤で押し潰されるような圧迫感にアーシアは呻くばかりだった。
 青藤色のシャギーショートに手入れされている髪の毛は汗に濡れそぼり、前髪が額に張り付いている。
「ああ、駄目……。イッてしまう……」
 反撃しようにも肉体が言うことを利かない。尺取虫の姿勢を取らされているために、身動きもできなかった。フレンズィー・ルードが前後運動へと動きを切り替えてくると、三枚の翼が苦しそうに揺れた。
「ぎえっはああああっ! 果てるがいい。その刹那にヌシの精神を捕縛し、我の精霊界へ案内してやろう。我が世にて、とこしえの享楽を共に味わおうぞ」
 フレンズィー・ルードが七度目の射精をした。
 アーシアは注がれてくる燃える粘液に背中をよじらせた。泥酔状態の思考が飛びそうになり、電撃の痺れが脳を貫通する。
 とこしえの享楽……。とても魅力的な言葉だった。
 精気の吸収能力を失った性器は、だらしなく精液の涎を垂らす。だが快楽を渇望する下半身は、自分の意思に反してフレンズィー・ルードの岩塔を締め付けた。
「ぬぅ。使えぬ体、ここに極まれり。この程度で呻吟するか」
 フレンズィー・ルードの呼吸が荒くなり、目に見えて疲労しているのをアーシアは見知った。朦朧としながら、真紅の色から銀杯色に戻っている瞳を薄く開け、重くなった頭を振り向かせて後ろを覗く。
 フレンズィー・ルードは頻闇の淫気を爆発させながら全身は多量に発汗し、肩で呼吸していた。
 もう少し体力を削れば、『力』を使えそうに見える。
 絶対に逃げられない状態を形成しなければならない。一度しか使えないのだ。だがレイの身体はすでに限界を迎えている。肉体が死を享受させられるまえに決着をつけねばならない。悠長に体力を削っている時間はなさそうだった。
「ぬっぐう。まあいい、出し続け、ヌシの肉体を白き芸術に染めてくれる。使い捨ての体だ、気に病むまでもない。ごぁっはああ〜」
 フレンズィー・ルードは八度目の射精をした。射精の際に岩塔を引き抜き、出血に濡れるアーシアの背中へかけてゆく。
 翼を捥がれた患部に精液が降り注ぐと、アーシアはその熱に身悶えた。痛みは麻痺している。単純に熱いのだ。
「なんた……る、無礼……」
 アーシアは憤激したが、肉体の震えは怒りによるものではなく、快楽によるものだった。
 拘束を解かれている隙に姿勢を変えようとした。命令を受け付けない肉身を叱咤しながら、緩慢な動作で仰向けになると、両脚を閉じてフレンズィー・ルードを見上げた。
 精霊は絶対的な自信からくる笑みを絶やさず、アーシアを見下ろしている。
「清廉たる大天使が、よがるものよ」
 脚を閉じても陰裂はだらしなく開かれ、泡だらけになった股間では、もっとくれと膣口が開閉している。小さく逆三角形に手入れされた青藤色の陰毛は、精液と愛液、両者の汗によって濡れきっていた。
 真っ赤に腫れた釣鐘型の乳房は重力によって潰れ、円形に広がっている。中央にある肌色の乳首が天井へ向き、吸ってくれと懇願していた。
 フレンズィー・ルードは満たされない快楽に苛立ち、閉じられたアーシアの両足を即座に割り開いた。アーシアは抵抗するものの力が入らず、簡単に大股を開かされた。肉体の反乱によって、フレンズィー・ルードの動きを支援するかのようだった。
「我を満たせ。我はヌシを所望している」
 フレンズィー・ルードは疲労感を無視して挿入してきた。アーシアの局部は歓喜して岩塔を咥え込む。
 フレンズィー・ルードはアーシアの肉付きの豊かな太腿を抱くと、腰を打ち込んだ。
「あぅ……」
 アーシアの全身を電撃が駆け巡ると、絶頂感が大きく膨れ上がった。
 張りのない乳房は狂乱の精霊によって上下左右に揺れ動き、激しく波打つ。重量豊かで柔らかな肉の振動がアーシアの鼓動を早めさせた。
「ああん。……感じ……る。おかしく、なってしま……う」
 達してしまいたいという思考が巨大になってゆく。焦点が合わなくなった銀杯色の瞳は悦びの涙を溢れさせ、脳を揺らす快感が唇から涎を流させた。
「狂い舞え。もはや、我が忘れられぬであろう?」
「うぅ、そんなに突いたら……、壊れてしまう……」
 心も壊れそうだった。心身ともに破壊されてしまえば楽になれるという概念が突出し、アーシアの心を洗脳していく。
 燃え上がる肉体の火照りは頂点に達し、淫らに肉の拍手を演奏する股間と共に、喘ぎの唄で合奏する。

 イキたい──

 抱えられている両脚をフレンズィー・ルードの腰に巻いて蟹挟むと、自ら腰を振った。右手で股間をまさぐり、飛び出している親指の先ほどに膨張した肉の芽を触ると、絶頂感がさらに押し上がった。バケツで水でもぶちまけたかのように、股間から粘液を噴いて水溜りを作り出す。
 さらに空いている左手で自分の左の乳房を揉み、急激に湧き上がる快楽の大波を招待した。
「それでいい。それでこそ淫魔よ。共に飛び立とうぞ」
 フレンズィー・ルードは喘鳴しながら腰振りを限界まで強めた。
 残像が残るほどの速度を形成し、アーシアの股間を抉り尽くす。あまりの速さに乳房の揺れがついてゆけず、その場で停止して波打つだけとなった。
「ああ、イク──っ!!」
 大津波は波打ち際まで押し寄せていた。圧倒的な快楽に意識が飛ぶ寸前となっているアーシアは、眉間に皺が寄るほどに固く目を瞑ると、全身を痙攣させた。
「我も、果てようぞ」
 先にフレンズィー・ルードが九度目の射精をした。
 夥多なる精液が子宮に届くとアーシアが歓喜し、顔を弛緩させた。
「ああ、これ以上は呑めない……。溢れる、溢れてしまう……。でも、もっと注がれたい……。永遠に注がれ続けたい……。ああレイ様、お慕い申し上げます……」
 精液で満ちた体内が極楽へと導いていった。
 すぐそこだ。波打ち際に佇立するアーシアへ向けて、自分の何百倍もの高さを有する頻闇の津波が迫った。
 これに飲み込まれれば、辛かった肉体が解き放たれる。

「アーシアっ! 諦めちゃダメだっ!!」

 アーシアは大きく左目を開眼した。
 聞き間違いようのない、我が主人の声である。
 腹上には空色の瞳をしているレイが、憂慮しながら自分を見下ろしている顔が見えた。
「レ……イ……、さま……」
「ぐああああああアアアアアアアアっ!!」
 レイが絶叫すると、空色の瞳が真紅に染まる。アーシアは何が起こっているのか分からず混乱したが、すぐに理解した。
 堕ちてはいけない!
 と。
「ちぃっ。小僧め、なんたる魂魄をしている。……ええいっ、邪魔をするなっ!!」
 フレンズィー・ルードは両腕を乱暴に薙ぎ払いながら、何かを追い払おうとした。それはレイに違いない。抵抗してくれているのだ。
「キサマでは我が主人の尊さには、……到底及ばん」
 動揺しているフレンズィー・ルードを見て、ここしかないとアーシアは決断した。
「ヌシ、我を──」
 フレンズィー・ルードは恐慌してアーシアから岩塔を抜こうとした。だがアーシアは咄嗟に膣へ命令を下す。
 絶頂したければ逃がすな、しっかり咥え込めと、伝えた。すると、アーシアの局部がこれ以上ないほどに締め付けを強め、フレンズィー・ルードを束縛した。
 渾身の力を込めてフレンズィー・ルードの腰を蟹挟んでいる両脚に力を入れ、三枚の漆黒の翼を精霊の背中へやって抱擁する。
「逃がさぬつもりか」
「当然だ。レイ様の御尊体を、返してもらう」
 フレンズィー・ルードが殴りかかってきた。アーシアは顔や腹を殴りつけられたが、決して拘束を解かなかった。
「アーシア・フォン・インセグノの名において、天にまします光神に申し上げる。偉大なる御加護をもって、暗黒たる猖獗の浄化を願わん」
 アーシアが祈りを捧げると、三枚の翼が輝きを放った。目を開けていられぬほどの真っ白な光に、フレンズィー・ルードが目を閉じる。
「救いと慈愛の光よっ!!」
 アーシアが大きく声を立てると、真っ白な輝きが黄金色に変わる。
「ぎゃあああっ!! ……熱い、我が燃えてゆく」
 フレンズィー・ルードが顔を覆って呻吟しながらかぶりを振った。
 アーシアの三枚の翼が純白に染まり、元来の姿へと立ち戻る。
 翼を根元から捥がれた患部からは黄金の翼が生え、フレンズィー・ルードの心臓を貫いた。
「ぐえええええエエエっ」
 フレンズィー・ルードは小淫核に直撃した黄金の翼によって断末魔を上げ、胸を掻き毟りながら口をへの字に曲げる。口の端から胃液を嘔吐し、白目を剥いた。
 必死になってアーシアから逃れようと全身を激震させたが、弱りきっているアーシアの束縛から離れるのに必要な力すら得られず、ただ苦しむ。
「レイ様っ、聞こえてらっしゃいますか? 戻るのは今にございますっ!」
 アーシアは願う気持ちを心いっぱいにして、レイの帰還を祈った。魂が肉体に入らねば、失敗である。
 白目を剥いていたフレンズィー・ルードの両眼に、空色の瞳が現われる。同時に、左胸から夥しい量の頻闇の淫気が放散し、宙でひと塊となって漂った。
 黄金の翼が追随して、その塊を刺し貫く。
「アーシアっ!」
「レイ様っ!」
 レイは死にかけているアーシアの肉体に覆いかぶさり、抱きついた。アーシアは至福の涙を流しながら、少年の腰を締めていた両脚の力を解く。背中に腕を廻そうとしたのだが、恐れ多くて、できなかった。
 抱擁していた三枚の白き翼は、虚脱して床へ垂れた。
 アーシアの性器に挿入されたままであるレイの人塔から、元気な精気が感じ取れる。
 感極まったアーシアは、ただただ、泣いた。
「ぐぉぅううウウえぇえええエエエっ!! この翼を抜けええええっ!!」
 突き刺さっている黄金の翼を抜こうと、頻闇の塊が宙を飛び回って暴れ狂う。だが聖翼はその動きに併せて動き、刺し貫き続けた。
 頻闇の塊は徐々にその大きさを縮小してゆく。
「死なせるもんか。絶対にアーシアを死なせるもんかっ。……アーシアはぼくを救ってくれた。──今度はぼくの番だっ!」
 レイが淫気を開放する。フレンズィー・ルードがやっていた見よう見まねで、股間に波動を集め、アーシアの体内へと注入していった。
 彼女に送る淫気は頭中において、心臓内で狂気をすべて濾過するよう想像しながら、淫魔が生活に必須とする力のみを股間に集めようと全神経を集中する。
 自分の中に巣食うすべての淫気を送り込むつもりでおこなった。
 だがうまくいかず、思うように淫気を送ってやれない。その量は微々たるものであった。
 もっと真面目に修行をしていればと、後悔ばかりが心を刺す。急がねばアーシアが力尽きてしまう。もしくは、絶頂して消滅してしまう。
「あううぅ……っ」
 絶頂を渇望するアーシアの股間が、恐ろしい破壊力となってレイを締め上げ急襲し、一瞬で射精感を抱いた少年の顔が快楽に歪む。
「レイ様……。いけません、レイ様が死んでしまいます。わたくしになどかまわず、どうぞお抜きくださいませ……」
 アーシアは下半身に締め付けを中止させようと虚脱しようとするのだが、反逆している股間は自分の意思とは無関係にレイを咥え込む。
「抜かない。絶対にアーシアを助ける」
 アーシアにしがみついたまま微動だにしないレイは、射精を堪えつつ淫気を解き放つ。だが、膣の容赦ない蠕動によって、レイは精霊と合わせて十度目の射精をした。
「バカや……ろう。ぼくがやられてどうする……。しっかりしろ、ぼくの体!」
 全身を激痛が襲っていた。だがレイは自分の身体を叱咤し、淫気喰いによる心臓の痛みにもめげず、脂汗をアーシアに滴らせながら漆黒の波動を注入する。
「ああ、レイ様……」
 アーシアは自然とレイの背中に両手を添えていた。
 身を捨てて自分を救おうとする少年の慈愛と無謀さに複雑な思いとなったが、頬擦りして少年に甘える。
「大天使は、我の……ものである。小僧の分際で、我の玩具に触れるなあアっ!」
 虫の息となっているフレンズィー・ルードが、頻闇の波動をレイに向けて放ってきた。その波動は殺意と狂気に満ち、レイを屠ろうと飛んでくる。
 ゆっくりと左右に揺れながらも、細い稲妻を何本も走らせている淫気の塊は、軌道を修正しながら確実にレイの心臓へと向かっていった。
「レイ様、お逃げ……ください。あの淫気を、……受け、てはなり……ません」
「いやだっ。ぼくは逃げない!」
 レイは淫気の流入をやめなかった。
 アーシアは自分の翼を盾にしてレイを守ろうとしたが、全身は完全に虚脱しており、いうことを利かない。三枚の純白の翼は床に垂れたまま、微動だにしてくれなかった。
「お願い、動いて。レイ様を守って……」
 必死に翼を持ち上げようと肩甲骨に意識を集中するのだが、やはり駄目だった。
 淫気はレイの背中まで迫ってきている。アーシアの銀杯色の瞳が絶望に染まった。

「──随分なことになっているわね」
 電子音が室内に響き渡ると、豊艶な女性が姿を現した。
「ディアネイラ様っ」
 アーシアは、あまりにも心強い援軍の出現に感泣した。
 レイの危急を思念で送ったがまったく反応なかった。だが、しっかりと届いていたようだ。
 ディアネイラの肉体は、全身を緑色の粘液にまみれさせていた。出発するときに着用していたドレスは影も形もなく、全裸である。
 白金色の髪の毛が粘液によって飴のようにひと固まりとなり、重そうに揺れていた。
 ディアネイラは室内を見渡すと一瞬で状況を看破した。
「ブランデー君にしては、よい判断よ。そのままアーシアへ淫気の注入を続けなさい。死なせたら怒るわよ?」
 ディアネイラは泰然とレイに指示すると、濃紫色の淫気で形成された二枚の翼を背中に生やし、レイに当たる直前の淫気を目掛け、飛んだ。
 一瞬でレイとアーシアの元へ到達する。翼を消失させると、今にも当たろうとしている淫気へ手を伸ばして掴み、即座に握り潰した。
 ディアネイラの手の中で淫気の塊が霧散すると、塊は完全に掻き消えた。
「おいしい場面で帰ってくるな。あんな淫気、ぼくには通用しない」
「まあ頼もしいこと」
 ディアネイラは口に手を添えると、小さな笑い声をあげた。
「無駄口を叩いている暇はないわね。あとはわたしに任せて、あなたはアーシアだけに集中なさい」
「ヌシめ……。またしても、我の邪魔をするか」
 フレンズィー・ルード自身である淫気の波動は、すでに光の翼によって拳大ほどに小さくなっていた。ディアネイラの真紅の瞳が冷淡に向けられる。
「そのお言葉、そっくりお返しするわ。あなた、淫気を司る精霊の身でありながら淫魔を襲うとは、どういう了見かしら? 淫魔たちの守護者であるべき存在が、このような所業、許されるとお思い?」
 聖なる翼によって遂に動けなくなったフレンズィー・ルードは、小さく舌打ちした。
「精霊神にご報告申し上げましょうか。あなた、煉獄の業炎で永劫に焼かれ続けるでしょうね」
「待て……。今でさえ浄化の光に焼かれ、死にそうなのだ」
「あなたの状況なんて、わたしの知ったことではないわよ。わたしは怒っているの。アーシアは、わたしのとても大切な友人。ブランデー君も同様に、わたしのお気に入り。でも彼は家畜君。そのふたりに、いろいろとしてくれたようね。アーシアの思念を受けて帰宅してみれば、予想どおり楽しいとは思えない、この有様。さすがに、立腹するわ」
 ディアネイラは乳房に手を当てると、緑色の粘液をこそぎ落とした。
「アーシア、もういいわよ。……光の力を使わせてしまったわね。帰りが遅くなってしまって、本当に、ごめんなさいね」
 ディアネイラはアーシアの頭の近くでしゃがむと、朦朧としている堕天した淫魔の頬に手を添えた。
「ディアネイラ様。もったいないお言葉にございます……」
 感泣しているアーシアは、黄金に輝く翼へ向けていた意識を止めた。すると、フレンズィー・ルードを貫いていた光の翼が消失し、純白に染まっていた三枚の翼が漆黒に染まる。
「死ねえええええっ!!」
 フレンズィー・ルードは自由の身になると、ディアネイラへ向けて飛んできた。
「うるさい」
 ディアネイラが左手をフレンズィー・ルードへかざすと、狂淫の精霊は呪縛の魔法をかけられて空中で静止した。
「ぬぅ、我に魔法を入れられるとは。ヌシ、只者ではないな」
「セックスが生き甲斐の、ただの淫魔よ。でもあなたを許すつもりは、毛頭ないわ」
 ディアネイラは、額から脂汗を大量に噴出しながらもアーシアを救おうとしているレイの茶色い髪の毛をひと撫でした。それからおもむろに起立する。
「アーシアの光の力は、たった一度だけ行使が許されていた大切なもの。いつの日か大罪が許されたとき、天界へと帰るために与えられた、清く尊い聖なる力……。それを使わせてしまったわたしは責任重大だわ。山となるほどにお釣をつけて、あなたに返してあげる」
「そ、そんなに大切な力を……」
 レイは愕然とした。
 自分のせいだ。すべて自分の未熟さと見栄によって、今回の出来事を引き起こした。アーシアはもう、天使に戻れなくなったのである。
「ごめんなさい、アーシア。ごめんなさい……っ」
「問題ござ……いません。レイ様をお救い申し上げる……。わたくしの事情より、それこそが肝要にございました」
「謝るのはあと。集中なさいと言ったわよ? 怒られるまえに、自らの責務を果たしなさい」
 ディアネイラが静かな口調で一喝すると、レイは思い出したかのように淫気の注入に励んだ。
「狂気と淫乱を司る精霊、フレンズィー・ルード。楽に死ねるとは思わないことね」
 ディアネイラの真紅の瞳に凍りついたフレンズィー・ルードは、低く呻いた。
「……分かった、降伏しよう。ヌシの守護者となり、我のこの力、すべてを捧げん」
「お断りするわ」
「ならば、アーシアの下僕となろう」
「彼女を堕天させた張本人が、随分と傲慢な態度を取るわね。あなた、女に取り憑いて満たされない快楽を補填しようと企んでいるでしょう。そして機を狙い、復活を果たそうとしているわね? あまり見縊らないでもらえないかしら。……もういい、消えなさい」
 ディアネイラは厳然とフレンズィー・ルードを睨むと、右手を精霊にかざした。
 死の魔法である。
「ぐえええええエエエエっ!!」
 フレンズィー・ルードの頻闇の波動が急速に薄らいでいった。半透明の黒色まで薄まると、狂淫の精霊が命乞いを始める。
「我を助けよ、この力、捧げ……」
「あ、いいことを思いついたわ。それほど誰かに仕えたいのならば……」
 ディアネイラは、レイの心臓に小淫核が存在しているのを感じると、かざしていた右手をレイの胸に向けてひと振りした。
 フレンズィー・ルードの黒い塊が、レイに向かって動き始める。
「ブランデー君に吸収され、この子の力となりなさいな。我ながら名案でしょう? では、さようなら」
「待て……人間風情の小僧になど──」
 フレンズィー・ルードは発言を終えるまえに、レイの身体に沈んでいった。
「うわ……なんだこれ」
 レイは、蠢動している小淫核が、心臓の淫核に淫気を増幅させている感覚に見舞われると、頭を混乱させた。増大した淫気は開放している自分の人塔へ集ってゆき、放散する。放散された淫気はアーシアへ次々と送られ、血の気を失っていた彼女の肌艶を甦らせていった。
「その精霊は、淫気そのものの存在なのよ。あなたの下僕として働かせるように仕向けたわ。瀕死程度に弱っているから、苦しくもないでしょう?」
「うん……。でもなんかヤだな。こいつのせいで、アーシアは……」
 レイはアーシアの容態を確認した。彼女は衰弱しながらも、笑みを湛えてレイを見ていた。
「立っているものは神でも使う。わたしの座右の銘よ。アーシアも面白くないかもしれないけれど、ご理解とご協力をお願いね」
「問題ございません。わたくしも、レイ様の力の向上は、最上の名案と考えます」
 アーシアは弱々しくだが、うなずいた。徐々に力が回復してきている。
「もう平気かしらね。さあ、そろそろ抜いておあげなさい。アーシアとたくさんエッチなことをしたい気持ちは察してあげるけれど、それは次の機会にしなさいな。そのままだと彼女、今度はイッてしまうわよ?」
「な──っ。ち、違うっ!!」
 レイはディアネイラの発言を聞くと、抗議の声を上げながら慌てて自分の塔を引き抜いた。破滅的な疲労感があったが、アーシアを想えば自分の辛苦など無視すべきだった。
「ふぅ。こういろいろと問題が起こると、疲れるわねえ」
 ディアネイラはコンクリートの床へ尻を落とした。緑色の粘液に濡れている彼女に何があったのかレイは気になったが、訊いても教えてくれないのは分かりきっていたので、黙っていた。
 少年はおもむろに立ち上がるとキングサイズベッドまで歩いていき、シーツを引っ張りだす。それを引き摺りながら、ふたりのもとへと戻っていった。
 身体を拭くものがないので、これで代用するのである。
 適当な大きさに千切ると、ディアネイラに手渡そうとした。
「ああ、わたしはシャワーを浴びるからいいわよ。それよりも、アーシアを介抱しておあげなさい」
「うん……」
 自分の精液まみれとなり、全身傷だらけのアーシアを見て、胸が痛くなった。無残にも床に落ちている一枚の翼に目をやると、己の無力さと身勝手さに痛恨した。
「ごめんアーシア。全部、ぼくのせいだ。謝っても謝りきれないよ……。ぼくは、アーシアのためなら、なんでもする。なんでも言って」
 レイは悔恨しながらアーシアの肉体を拭った。
 溢れる涙が止まらなかった。自責の念で胸いっぱいとなっているレイは、アーシアが望むものすべてを叶えようと思った。
「もったいのうございます。わたくしは、わたくしの役目を果たしたにすぎません。ですからレイ様がお気になさる必要など、微塵もございません。むしろ、フレンズィー・ルードを野放しにしていたわたくしのほうにこそ、責任がございます。たいへん、申し訳ございませんでした。どうか、レイ様こそ、お大事になさってくださいませ。このアーシア、ご看病申し上げます」
 アーシアは震えながらも床に肘をつき、緩慢な動作で上半身を持ち上げようとした。
 レイは黙って彼女の肩に手を添え、静かに寝かしつける。
「命令。アーシアは、そのまま横になっていること。これは最優先すべき重要項だよ?」
「……承りました」
 ふたりのやりとりに、ディアネイラが噴き出した。
「アーシアの扱い方を心得るとは、やるようになったわね」
「扱い方とか言うな! ……まあ、そのとおりだけど」
 レイはディアネイラと顔を見合わせると、笑いあった。
 親の仇と笑いあえる自分が情けないが、ディアネイラが来てくれなければ自分たちは死んでいただろう。命を救われた事実に変わりはなかった。
「あの……。おふた方のおっしゃる真意が解せません。わたくしに不都合がございましたならば、どうぞ厳然とご指摘ください。仕置きをいただくことも厭いません。このアーシア、一身をもちまして──」
 レイは右手でアーシアの口を塞いだ。
 アーシアは困惑しながら眉毛を下げ、自分に不手際があったに違いないと、おろおろした。涙すら浮かべている。
「ね? 生真面目さが仇となって、遠回りしてばかり。でも、愛すべき天使さんでしょう?」
 ディアネイラは口に手を添えると大笑いした。自分が外出していた際に溜め込んだ極大な疲労感が、アーシアの性格によって吹き飛んでいく思いだった。
「慣れるまで、どうしようかと思ってたよ」
 再度、レイとディアネイラは顔を見合わせて笑いあった。
 アーシアは、温かく見守られていると全身で感じていた。感謝の念で胸がいっぱいになった。
 もっとこのふたりの役に立ちたいと願いつつ切なそうな表情を浮かべ、無邪気に笑う少年を見上げた。
 臨時の使いは、終了したのである。あとは帰還し、もとの生活に戻るのだ。
 それが寂しくあった。

背徳の薔薇 光の翼 了
第十話です
 間が空いてすみません
 王道まっしぐらだなーと反省しつつ、結局こうしました
 お話を妄想し、展開してゆくのは難しいですね・・・

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