「あれからもう3ヶ月か。」
時がたつのは早いものだ、そう思いながらハリーは愛用の剣を鞘から取り出し
研ぐ準備をした。
剣の刃にはところどころ細かい傷が見られたが、この3ヶ月間全く使われていなかったせいか、
新品特有の光沢が蘇りつつあった。
一昔前・・・
あるところに一人の男がいた。
男は禁じられた呪術によって悪魔を蘇らせ、その力を享受し、世界征服を目論んだ。
その力はとても強大で、何人も彼には敵わず、主要な都市は次々に落とされていった。
彼は次第に魔王と呼ばれるようになり、世界中の人々から恐れ敬われた。
しかし、彼の野望も長くは続かなかった。
勇者と呼ばれる青年が男の前に立ちはだかり、青年は仲間達と共に
ついに男を倒すことに成功し、世界は再び平和に包まれることとなった―――
まるでおとぎ話のようだが、これは実際にあった出来事である。
時期的には3ヶ月前であり、ハリーは仲間として勇者と同行していた。
魔王を倒した後は、仲間達はそれぞれの故郷に戻り各地方の復興に励んでいた。
しゃりっ しゃりっ しゃりっ
剣を研ぐ音が一人用の狭い小屋にはよく響く。
小屋の外にはまるで無限に続くような闇が広がっていた。
ハリーはこの闇が好きだった。
まるで目を閉じて母の大きな腕に抱かれているかのように感じられるからだ。
「(やっぱり、平和ってのはいいもんだな)」
ハリーがそんなことを考えていたときである。
急激に辺りの静寂の質が張り詰めた空気へと変化した。
沈黙を強いられるような、緊張した空気。
心臓の音が、どくんどくんと大きな音を立て始める。
ハリーは剣を研ぐのを止め、柄を握ると周囲の気配を探るように気を集中させた。
何かの気配がする。
その何かは、ゆっくりとこちらに近づいてくるように感じられた。
「・・・誰だ!」
ハリーが何かに向かって叫ぶと、
フフ・・・フフフ・・・
と、高めの笑い声のようなものが返ってきた。
そして・・・
屋内のろうそくの明かりに照らされて、声の主の姿がゆっくりと浮かび上がってきた。
それは女だった。
20歳前後だろうか。
肩まで伸びる長い桃色の髪に赤みがかった厚い唇、口元は目と同様にややつりあがっている。
そして体。
黒いマントらしきものの上からでもその美しさがよくわかる。
質感のある胸とは対照的にしっかりくびれたウェスト、そして引き締まった腿。
「・・・何者だ!?」
とてつもなく醜く恐ろしい化け物を予想していたハリーは、思わず視線をそらしてしまった。
その様子を見て女は、意地悪っぽく微笑む。
「私?・・・私は、サキュバス・レミー!」
「サ、サキュバスだとっ!?」
女の言葉にハリーは反応し、身構えた。
それもそのはず、サキュバスは悪魔の一種であり、倒された魔王の仲間なのだ。
どう考えてもこの状況は、復讐にやってきたようにしか思えないだろう。
しかしレミーはパッと無邪気に笑顔を見せた。
「そんなに固くならないで。私はあなたと気持ち良くなりに来ただけよ。」
「(・・・絶対に嘘だ・・・)」
実際ハリーはサキュバスに遭遇したのはこれが初めてであったが、
男の精気を吸い尽くしたり、男を虜にして言うことを聞かせたりするという噂は聞いていた。
が、それよりも火吹きドラゴンのことの方がより重要な情報だったので、それに関しては
頭の片隅へと追いやっていた。
「フフ・・・やっと見つけたわ、アムストルの名剣士ハリー。っと、今は無職だっけ。」
「違う!村の警備兵という立派な職業がある!・・・ただ、仕事がないだけだ・・・」
「くすっ・・・ムキになっちゃって。」
「・・・と、とにかく、悪魔と交わる気はない!」
「あらあら・・・」
ハリーは剣をしっかり握って構えると、レミーに向かって切りかかってきた。
「暴力はいけないわ・・・Reduce!」
叫びながら左手を水平に伸ばす。
同時に眼前に白い霧のようなものが噴出し、ハリーの体を突き抜けた。
「な、何だ!?」
ハリーは攻撃を止め、防御体勢を取った。
霧はほんの一瞬で、すぐに収まった。が・・・
ずんっ
「ぐっ・・・剣が急に重く・・・!?」
「フフ・・・あの霧は脱力の作用があるのよ。筋肉が衰えて重く感じるってわけ。」
「く・・・ああ!」
ガランッ
あまりの重さに耐え切れず剣を落としてしまう。
それを見てレミーはニヤリと笑うと、マントを脱ぎ捨て裸になった。
「(く・・・マズイぞ・・・どうすれば・・・)」
ハリーは焦りながら、必死でサキュバスに関する情報を頭の奥から引っ張り出そうとした。
公には伝えられていないが、先代の勇者がサキュバスを倒した話を。
「(・・・確か、イかせれば魔力も消えて止めをさせるようになるとかだったな・・・)」
だが、先にイかされれば同時に精気も吸われ、サキュバスの言いなりになってしまう。
「(さて、どうするか・・・)」
等と考えていると、いつの間にか自分が真っ裸になっていた。
レミーが巧みに全て脱がしてしまったのだ。
「さ、準備完了♪」
「・・・やるしかないか・・・」
Please don't use this texts&images without permission of 687.