レイはコンクリートの床で胡座していた。
眉間に皺を寄せながら目を閉じ、鼻息が漏れ聞こえるほどに大きな深呼吸を繰り返しながら瞑想している。ディアネイラに習った淫気の収束法を鍛錬しているのだ。
そのすぐ隣では、アーシアが膝をつきながら控えていた。少年の茶色い髪の毛から汗が滴り落ちるたびにタオルで額を優しく拭ってやっており、汗を拭い終えると、タオルを手にしたまま、両手を上品に腿の上で組んで、また静かに待機する。
着衣が許されていないレイは全裸のままであったが、対してアーシアは、足首まである紺色のワンピースを着ており、その上にフリル付きの白いエプロンをしていた。青藤色のシャギーショートに手入れされている髪の毛には、レースのカチューシャを巻いている。
アーシアは四枚の漆黒の翼が肩甲骨のあたりから生えているため、背中を大きく開いて乳白色の肌を露出させていた。翼は丁寧に折りたたんでいるのだが、とても長い翼なので、半分ほどが床に流れている。
アーシアは、レイの飼い主であるディアネイラが所要で外出中のため、レイの世話役として派遣された淫魔であった。
彼女と出会ってからのレイは、随分と快活になった。今も彼女に自分の成長を見せようと躍起になっているのが、修行の本音である。
アーシアが来てから日に一度与えられる食事を六回摂っているので、彼女とは六日ほど一緒にいる計算になる。そのたった数日の仲ではあるが、一緒に過ごしている時間は、レイにとって至福そのものであった。安らぎを与えてくれる彼女の期待に、必死で応えんとしているのである。
少年の頬に汗が伝うと、アーシアはタオルを使って丁寧に拭ってやった。
「あまり、ご無理をなさいませんよう」
アーシアが心配そうに、銀杯色の双眸をレイに向けた。もう一時間ほども、レイはこうしている。淫気の収束は身体に多大な負荷をかけるため、少年はすでに疲労困憊のはずだ。
「もう少しだけ……」
レイはそれだけ言い残すと、精神の集中を続行した。
心臓で高密度の淫気を精製するイメージを作ってから、淫気を全身に駆け巡らせる。満腔が淫気で満たされると、さらに心臓から淫気を全身に送り込む。それを繰り返しおこなっていた。
一点だけに淫気を集中させるのはすでに可能となっている。そこで、今度は高濃度の淫気を全身に集めてみようと実験しているのだ。
幼少期に大好きだったアニメーションで、波動を全身に包ませ悪と戦う戦士の物語があった。それを真似てみたいのである。
成功すれば対淫魔戦において肉弾戦が可能になり、強力な武器となるはずだとレイは考えていた。女性に手を上げる行為は逡巡とするが、それはあとで熟慮すればよいと思っている。
自分が努力すると、アーシアが喜んでくれるのだ。彼女の笑う顔を、たくさん見たいのである。
焼き焦がす熱を発する淫気が身体中に充溢しているのが分かる。同時に性欲も湧き上がっていたが、常軌を逸するほどのものではない。まだいけそうだった。淫気の収束も完成しているとは思えないので、終了するつもりはなかった。手に収束させるときの熱は、こんなものではない。まだ足りないのだ。
レイは心臓に意識を向け、より濃い淫気を精製させるようイメージを作った。大太鼓を打ち叩くごとくに鼓動が跳ね上がると、卑猥極まる淫気が心臓内に出現した。心臓とは独立している淫気の塊は、小さく蠢動している。その塊は意味不明の力を発していたが、これを大きくしてみようと、淫気の精製をより強めた。
「レイ様、いけません」
アーシアがレイの作業に気付くと止めに入った。タオルを腿に置くと少年の両肩に自分の手を添えて揺すり、すぐに中断するよう促す。
レイの中に突如として出現した淫気の質は、不吉な邪気に満ちている。
「大丈夫、まだいける……」
レイは空色の瞳を薄く開いて強がりの笑みを返すと、すぐに目を閉じて作業を再開する。
「いいえ、なりません。それ以上はレイ様が壊れてしまいます。どうか今日のところは、もう休止なさってくださいませ。アーシアのお願いにございます」
アーシアは哀願の相貌でレイを諫止したが、レイは堕天した元天使の言葉には耳を貸さず、出現した淫気の塊を育てる。
「ああ、レイ様。どうしましょう……」
臨時とはいえレイに仕える身としては、主人への意見は越権行為である。諫める発言さえ辛苦の思いで伝えたのだが、レイは言うことを聞き届けてくれない。もうどうすればよいかと、うろたえるばかりであった。
レイの淫気が膨れ上がってゆく。小さな淫気の塊は大きさこそ変化はないが、淫気を喰らって、脈動する鼓動を徐々に肥大化させた。
レイは、「いける」と根拠のない自信を抱き、さらに気合が入った。
より集中力を増して塊に淫気を送り込む。これも淫核だと直感した。自分の淫核の中に、さらに淫核が存在するのである。その濃度は自分に巣食う淫気の比ではない。狂気に満ちているのが気になるが、これをしっかりと育て上げれば完成するはずだと思った。
アーシアはレイから噴き出す汗を拭うばかりである。銀杯色の瞳は輝きを濁し、下唇を甘噛みしながら深憂する。レイの太腿を優しくさすり、お願いだから中断してくれと、暗に訴えた。
「あと少し……」
レイは呟きながら小淫核の蠢動が巨大になっていくのを感じ取っていた。
心臓とは独立して、早鐘のごとく脈動している。小淫核は淫気を喰らうたびに蠢動する間隔を狭め、その力を増大させてゆく。
そして、
弾けた──
「がはっ……!!」
レイは大量の胃液をコンクリートの床に嘔吐すると、左胸を掻き毟って悶絶した。背中を丸めると額を右膝に落とし、歯軋りする。
「レイ様っ!」
愁眉の急に、アーシアはレイの背中を抱いて容態を確認しようと覗き込んだ。
レイは満身を痙攣させながら泡を噴いている。
「申し訳ございませんっ。わたくしの怠慢にございました」
強行手段を採ってでも中止させるべきだったと痛恨すると、レイの背中を撫でながら胸中で処方を整理した。
ここには救急の医療設備などない。医療箱にある多少の医薬品程度ではレイの発作は止められない。
作りすぎた淫気を放出させ、レイの人体が耐えられる程度まで減少させなければならなかった。
手段はひとつである。
「レイ様、そのまま淫気の放出を続けてくださいませ。このアーシア、及ばずながら合力いたします」
アーシアはレイの股間に右手を伸ばすと、萎塔を握った。すかさず上下にしごいて勃起を試みる。
レイの淫欲を増大させれば、それだけ放出する量も増える。処置が遅れれば、恐らくレイは死亡するだろう。荒療治ではあるが猶予はない。
「うぅ……。アー、シア」
レイは放出が止まらない淫気に畏怖した。まったく自制が効かない。小淫核からは次々と超大な濃度の淫気が噴き上がり、総身を駆け巡ってから放散してゆく。心臓の淫核から湧き上がっている淫気は、小淫核の淫気によって悉く食い潰されていった。
《大天使を燔祭せよ──》
アーシアの性技によって股間に大いなる快楽が訪れ、痛みはやがて収束していった。
「ごめんなさい、アーシア……。言うことを、聞かな……かった、ばっかりに……」
「問題ございません。レイ様はよく努力なさいました。アーシアは感動しております。とにかく今は、快楽と情欲に、その身を委ねきってくださいませ」
《大天使を雷撃せよ──》
レイの塔が屹立すると、アーシアはより握力を込めて複雑かつ無軌道にしごいた。
先走った透明の液体が鈴口から溢れると、アーシアは頭を下げて舌を出し、舐め取る。長い舌は、彼女の細い顎先に達するほどもあり、手の動きに加えてレイの塔を刺激した。
《大天使を御供せよ──》
「イっちゃっても、……いいの?」
レイが力なく言うと、アーシアは少年の苦塔をしごいたまま顔を上げ、返答した。
「かまいません。レイ様は淫気喰いが始まってしまいますが、今は気にせず快楽を貪ってくださいませ。わたくしがそれ以上に、淫気を放出させてご覧にいれます」
《大天使を貪食せよ──》
「だからおまえは誰だっ!!」
レイの心中で正体不明の何かが使嗾してくる。憤激したレイは、とりあえず天井に首を向けて怒鳴り散らした。
アーシアが驚いて、レイの苦塔を頬張ったまま見上げる。
「あ、ごめん。アーシアのことじゃないんだ」
レイは申し訳なさそうにアーシアの頬に自分の右手を添えた。アーシアは口から苦塔を離すと、手のしごきは止めずに質問した。
「どうなさいました?」
「分からない。へんな声が聞こえるんだ。アーシアには聞こえてないの?」
「はい。とくには……」
《大天使を……蹂躙せよ!》
「……また聞こえた」
自分でもどう対処すればよいのか分からないレイは、アーシアに助言を求めようと顔を下げた。快楽によって頭が働かないし、実際、意味が分からなかった。
アーシアはレイが大量の快楽を得られるために首を激しく振っていた。口を窄めて強く吸引し、舌を絶妙に動作して亀頭、裏筋、竿を刺激する。
アーシアはレイに声をかけられると、口から苦塔を離して少年を見上げた。粘度を高めた唾液が糸を引く。
「幻聴でしょうか?」
「そうかもしれない。でもはっきりと聞こえるんだ。大天使をどうこうしろって……。なんだよこれ、意味分かんないよ」
彼女の背中に、首から腰にかけて大きく長い傷痕が刻み込まれているのが見えた。堕天したときに、天使によってやられたものだと、以前彼女が言っていたのを思い返す。
「大天使──」
アーシアがレイの発言に目を細める。
「思い当たる節がございます。急がなければ……。レイ様、声の主の呼びかけには決して応じず、淫気の放散のみに集中なさってください。詳細は、この困難な状況を解決してからご説明申し上げます」
「うん……」
とにかくアーシアに一任したほうがよさそうだ。
レイはアーシアの口の愛撫を素直に受け入れ、快楽だけを取り込めるよう精神を統一した。
《大天使を燔祭せよ──》
アーシアは手のしごきをより強め、唇を強く締めて頬を窄ませ亀頭を吸引しながら、首をよりいっそう激烈に振った。
アーシアの口使いは熟達している。普通ならこれで果てているはずだ。だがいっこうに射精感が訪れず、レイは焦燥した。
いつもの自分ではない──
「どうしよう、おかしいよアーシア。いつもこうされると、簡単にイかされてたのに……」
レイは青藤色の、堕天した淫魔の髪の毛に指を差し入れると、乱雑に掻き回した。フリルの付いたカチューシャが解けて床に落ちてしまったが、そこに意識を向ける余裕などなかった。
純粋に怖いのである……。
アーシアはかぶりを振って刺激に変化をつける。舌使いを裏筋への愛撫に収束させ、小刻みに揺らした。その後、頭を大きく円運動させ、淫らに音を立てて吸う。
「うぅ、気持ちいい、んだけど……。なんだ、これ……」
淫気の放出が止まらない。全身が仄かな紫色の波動に包まれ始め、少しずつその色を強めていった。
レイはこれを狙って修行していたのだが、自ら望んで作り出したものではない。溢れ出ている淫気が勝手に波動を形成しているのだ。
「うう、アーシア、アーシアっ!!」
絶頂せねばまずいと、本能が訴えている。
レイは両手でアーシアの頭を抱えると、腰を突き出した。
アーシアの手を弾き飛ばして苦塔を根元まで押し込む。彼女の唾液が飛び散ると、左の目尻にある泣きボクロを濡らした。
喉奥まで突っ込むと、レイは間髪入れずに腰を振る。アーシアの身を案じる余裕は皆無だった。このままではまずいという危機感がレイの心を支配する。
アーシアは息苦しさから顔をしかめて小さく呻いた。たが自分にかまわず、そのままレイの腰振りに併せて吸引運動をおこなう。
苦塔が突き込まれると喉を締めて嚥下し、亀頭を刺激する。同時に竿へ舌を巻きつけてしごいた。
苦塔が引き戻っていくと抵抗力による快楽を与えるために思い切り口を窄めて吸引し、同時に裏筋を舌で愛撫した。
口の周辺は自分の唾液とレイの透明な粘液で濡れ、泡を立てている。空気の漏れる音がひきりなしに室内に響き、淫猥な世界を完成させていた。
レイは未だ訪れない射精感に慌て、腰を振る速度を限界まで上げた。
《大天使を……燔祭せよおおおおオオオオオォォォォっ!!》
「グああぁぁァァアアアアっ!!」
レイの絶叫と共に淫気が爆散した。
「レイ様っ!!」
アーシアはレイの苦塔から口を離すと、上半身を仰け反らせているレイを力いっぱい抱き締めた。四枚の漆黒の翼を少年の背中に廻して抱擁する。
レイの空色の瞳が真紅に変わった。
レイは痙攣して泡を噴き、少年の全身を濃紫色の淫気が包み込む。その波動は焔のごとく八方に揺れ動いた。
アーシアは最後の手段とばかりに、レイの淫気を自分の肉体へと吸収した。だが夥しい量と濃度で、吸収が間に合わない。
レイから放出されている紫の波動がアーシアへと流れ込んでいくのが肉眼でも見えるが、ほんの一部であった。
レイが爆散させている淫気の色が、濃紫色から漆黒に染まる。
「くぅっ……」
超高密度の淫気を吸収して、アーシアは呻吟した。吸い取っている淫気には狂気が含有されており、容赦なく精神を叩き潰しにきた。絶叫したくなるほどの狂おしい感情が膨れ上がってゆく。
そのときであった。
レイの腕が一閃し、その大きな力によって吹き飛ばされたアーシアは、後ろへと転がり倒れた。
「え?」
右目を痛打されたアーシアは、仰向けに倒れ伏したまま右目を抑える。
レイはおもむろに立ち上がると、綽然と上半身を前後に揺り動かした。後ろへ反らせて倒れそうになると重心を前へと移す。くの字に腰が折り曲がると、上体を起こして後ろへ反る。
「レイ、様……?」
アーシアの右目は腫れ上がり、疼痛を訴えた。しかしアーシアは痣ができた右目を気にせず、レイの容態を見守った。
少年の雰囲気がまるで違う。
そこには狂気と淫気しかなかった。
漆黒の波動に包まれたレイの股間は怒張して、上下に揺れている。
「あっはああああアアっ!」
レイの揺らぎが止まると、背筋も凍る重低音で少年が嘲笑し、首を擡げてアーシアを見下ろした。大きく開いた口は涎で何本も糸を引き、真紅へと変貌した双眸は邪気にまみれて大きく見開かれている。
「……何者だっ」
アーシアは声を荒げて咄嗟に誰何した。レイの心はここにはないと思った。
レイは真っ赤に染まった舌を出すと唇をひと舐めした。糸を引いていた涎が舌によって断ち切られてゆく。
「口の利き方に気をつけろ。我はレイ・センデンスなるぞ。ヌシの主人なり」
危殆だと直感したアーシアはすぐに直立した。距離を取るために翼をはためかせ、床を蹴って一直線に後退する。
「身を粉に尽くすべき主人から逃れるか。不出来な使用人めが。躾が必要だな」
レイが一歩前に進む。アーシアは銀杯色の瞳を濁して熟考した。
本当にレイ様なのだろうか? そうは思えない。
とても心当たりのある存在──
……あいつだ。
「不穏な淫気をレイ様に送り込んだのはキサマだなっ。それを触媒にレイ様に憑依しお体を乗っ取るとは! 無礼者め、すぐにレイ様を解放しろっ!」
忘れようがない。自分を堕天させた張本人だ。ディアネイラに救われてから音沙汰がなくなったので諦めたと安心していたが、この大事なときに面倒を持ち込まれるとは。
アーシアの頬に脂汗が流れ伝った。
自分が完敗した存在である。
「意味が分からんな。さあ、尻を出せ。我の聖なる剣をもち、ヌシの穢れを清めて進ぜよう」
レイの真紅に染まった瞳の奥に、狂気の獄炎が揺らめいている。
「レイ様ならば喜んでこの身を捧げよう。だがキサマはレイ様ではない。早く出て行けっ、これ以上レイ様を苦しめるな!!」
アーシアは一言のもとに吐き捨てた。
「ほぅ。出て行けとは侮蔑極まる。我はレイだ。我が魂……、ここにあり!」
レイは成長途上の薄い胸板を誇らしげにひと叩きした。その衝撃で漆黒の波動が飛散したが、すぐに淫気が湧き上がって覆い尽くす。
「く……っ」
アーシアは一歩後退した。
絶対あいつに決まっていると思った。だがもしレイが暴走しているだけだとしたら、この上ない冒涜を自分はしていることになる。
アーシアは顔をしかめて苦しんだ。胸に手を添え、固く拳を握る。
「どうした。尻を出せと言っている」
レイが一歩進む。アーシアは一歩後退する。
「レイ様……。どうか、どうかお戻りくださいませ……っ」
アーシアは一縷の望みを託して懇願した。レイは妖しく笑みを湛え、さらに一歩進めた。
「ああ、戻るとも。いつもの、ヌシが惹かれ希求してやまぬ、穏和な我にな。だが先に、快楽に身を沈めたい。この身が焼けそうなのだ。このような物言いも、すべてそのせいなのだ。……手伝ってくれるな?」
追い詰めるように歩いていたレイは、遂にアーシアを部屋の隅へと追い立てた。
レイは緩慢な動作で首を一回転させ、擡げる。吊り上げている口の端は不気味さ極まっていた。
レイから発せられる漆黒の波動がアーシアの肉体を舐めた。背筋に寒気が走るほどの、狂気に満ちた感覚であった。
「フレンズィー・ルード……。狂気と淫乱を司る精霊……。私を堕天させた憎き敵」
アーシアは下唇を噛み締めて呻いた。
守らねばならぬレイに憑依した許されざる敵。だが暴走したレイかもしれない。万にひとつでも、間違いがあってはならなかった。
もしレイが暴走しただけであったならば、自分の不適切な応対は、万死をもってしても償えはしない。
ディアネイラから、レイは無理に欲望を抑え込もうとする癖があると告げられていた。
レイの肉身はまだ淫気に慣れていないため、簡単に暴発するらしい。よって、毎日誘惑し、処理してやるよう頼まれていた。言いつけは守っていたので、レイが暴発した姿はまだ見ていない。
今がその状態なのだろうか。だが、狂気と淫気しか感じない今のレイは、考えられなかった。恐れ多くも、常に自分に気を遣ってくれる、心根の優しい少年なのである。
また、この忘れようのない邪気は、フレンズィー・ルードのものに間違いないはずなのだ。
アーシアは悩乱した。こんなに苦しいならば、いっそのこと殺されたほうがましだとさえ思った。
「何を言っている、我には理解できぬな。さあ解き放ってくれ。もう、はちきれんばかりなのだ。我の慕う、アーシアよ」
レイはアーシアの腕を掴むと自分の業塔を握らせた。
大きく脈動し、溶け落ちそうなほどの熱がアーシアの掌に伝わってきた。岩石のように硬くなったレイの業塔はアーシアにも魅力的だ。こんなもので突かれたら狂ってしまうかもしれない。
事実、堕天したときは狂った──
淫乱の大罪によって、自分は天界から堕天させられたのである。
精霊ごと自分を葬るために能天使という階級の天使が遣わされ、背中に傷を負った。その際、ディアネイラが現われて場を混乱させ、救われたのである。
そのときに味わった硬度を有している業塔を握らされたアーシアは、子宮が痛くなるほどに締め付けられ、溢れ出た愛液が下着を濡れ汚した。
「尻を出せ。ヌシは我の聖剣を欲しているはずだ。望みを叶えてやると言っている。レイ・センデンスが聖剣の前ぞ。控えいっ!」
アーシアは上気し、頬を紅色に染めた。身体はレイのものである。そして精神もレイかもしれない。ならば迷う必要はないはずだが……、
狂淫の精霊フレンズィー・ルードに違いないはずなのだ。
「ふん、まあいい」
レイは鼻でせせら笑うとアーシアの胸元へ右腕を伸ばした。エプロンとワンピースを粗雑に掴むと力を入れ、下へと引き下げる。
服が破れる音と共に、アーシアの衣服からたっぷりとした乳房が零れ出た。黒のブラジャーも、ついでとばかりに引き裂かれた。
破かれた紺と白の二枚の布は、だらしなくアーシアの股間へ垂れ下がり、黒いブラジャーはただの紐となって横腹に揺れている。
アーシアは悲痛な瞳をレイに向けた。
どうすればいい。自分はどう動けばいい。このまま蹂躙されるのは簡単だ。自分が殺されても、レイの無事こそが最優先事項である。
レイの両手がアーシアの両胸に伸びると、力いっぱいに握られた。
「あ……ぅ……」
無残な形に潰された乳房は、逃げ惑うようにレイの指の隙間から乳肉を溢れさせた。だが痛みによって、膣が愛液で満たされる。
アーシアは、嗜虐も悦楽のひとつであった。
腫れた右目は視界を失っているが、疼痛が肉体を燃え上がらせ始めている。
ディアネイラが帰還するまでは世話役としての仕事は完遂されない。命の恩人である彼女の帰還は、当初の予定より大幅に遅れている。
この場所が崩壊していないのでディアネイラは無事だろうが、大事があったに違いない。
いまレイを守れるのは、自分しかいないのだ。
レイは乱暴にアーシアの乳房を打擲していた。ひと叩きされるたびに釣鐘型の大きな乳房が上下左右に跳ね飛ばされる。
「レイ様……」
「なにゆえ身悶えつつ我を拒む。主人を拒むなど、召し使われる身には失格この上なき所業」
胸中で、キサマには話しかけていないと唾棄した。同時に、もし暴走しただけであるレイ様であったならば、失言で負った百罪は、自分の一生をかけて償いますと宣誓した。
アーシアの乳房は赤くなってしまった。握られたときの赤みは、蚯蚓腫れとなって手形を浮き上がらせている。
「痛い……っ」
レイの両手が、容赦なくアーシアの肌色の乳首を捻り潰した。追い討ちとばかりに引っ張られると、乳房が縦長に伸ばされる。
千切られると錯覚するほどの激痛がアーシアの脳髄に響いた。
青藤色の髪は脂汗に濡れ、整えていたシャギーが薄れ始めた。やはり同じくして、燃焼するほどの熱を有した愛液が湧く。
「いつまで悦に浸っているつもりだ。我は床に這えと命じている。有能たる召し使いならば、己が享楽など顧みず、主人に奉仕せよ」
レイは鼻息をついて罵倒した。
だがアーシアは動かない。
「もういい。使えぬ雌犬めがっ!」
レイがアーシアの左頬を張った。
高らかな音と共にアーシアの細首が右へと飛び、その勢いで彼女の肉体がコンクリートの壁にぶつかる。
力なく冷たい床に頽れたアーシアを、レイは冷然と見下ろした。漆黒の波動はレイごとアーシアを包んでいる。
レイは黙して跪くと、アーシアをうつ伏せに押し倒した。彼女は力なく、されるがままになり、床に頬を押し付けられた。
「いけません、レイ様。フレンズィー・ルードに支配されては、戻れなく……なります」
床とレイの手によって自分の顔を挟まれたアーシアは、頬を潰されて上手く発言できなかった。そのため、ところどころで、発音が濁ってしまう。
腰だけを持ち上げられると、尺取虫の姿勢を取らされた。アーシアは抵抗せず、そのままの体勢を保持している。
ワンピースの裾を引き裂かれた。
絶望的な音が鳴ると、裾を横方向に引き裂かれ、下半身が丸出しとなった。ワンピースはショートカーディガンの形状となり、無残に垂れ下がる。
レイは絡みつく布を鬱陶しそうに剥がすと、遠くへと投げ捨てた。
「いい尻だ。これで何人殺した」
レイは舌なめずりした。乳白色の臀部はふくよかで、Tバックの黒いショーツが割れ目に食い込んでいる。その紐を無慈悲に引っ張る。
伸び上がったショーツは簡単に破けてしまった。
「ああ、レイ様、レイ様……」
恍惚としているアーシアは、尻を振った。赤い菊の門は淫靡に開口し、ここにくれと主張している。陰裂も負けじと開閉を繰り返し、こっちにくれと愛液を溢れさせ、アーシアの腿を濡らした。黒のガーターで止めている白色のニーソックスに、垂れ流れる液が染み渡ってゆく。
「何人殺したと訊いている」
レイは容赦なく、両手でアーシアの尻を張った。
「あああぅ」
アーシアは臀部を張られると燃え上がる熱を感じ、悲鳴とも快感ともつかない声をあげた。
時間が経過すると、紅い手形が、すでに形成している乳房の赤みと同様に出来上がる。
「数えて……おりません……」
それだけ言うので精一杯だった。
「大天使ともあろう聖なる御子が、人に仕えるべき宿命を背負う天使の分際で、人を喰らうか。堕ちたものよ」
レイは業塔を膣へと挿入した。水分と肉が弾ける韻律が室内を奏で、アーシアの生き甲斐である服従心が刺激される。
「ああんっ」
アーシアは岩同然の硬度を有するレイの業塔に責められ、響く快楽に喘いでしまった。
だが、聞き逃さなかった。
(大天使と発言した──。間違いない、レイ様はフレンズィー・ルードによって、お体を支配されてしまった)
アーシアの疑念は、遂に確信へと変わった。
レイには、自分が天使であったとは教えている。だが階級までは伝えていない。
よって、レイが知っているわけがないのである。
レイが、声が聞こえると言って惑乱していたときは大天使と発言したが、それは自分を差しているわけではない。聞こえた言葉を自分に伝えようと、口にしてくれただけである。
すべては解決してから説明すると伝えた。恐れ多くも、主人は、困惑しながらも自分の指示に従ってくれた。
自分が仕える少年は、まだ何も知らないのだ。
「な……に!?」
レイは勝手気ままに腰を振っていたのだが、突如として膣内が肉の万力と化し、身動きが取れなくなった。硬直させられたといって差し支えない。
「よくも惑わせてくれた、フレンズィー・ルード」
殺意の淫気がアーシアから発せられた。
「我はレイなり。フレなんとかとやらは、なんだ?」
レイと思われる存在が余裕を示してくると、アーシアはその隙を逃さず、翼をはためかせて素早く業塔を抜き、宙を舞った。
「貴様──っ」
レイと思われる存在は、憎悪を込めてアーシアを見上げる。
アーシアは宙へ舞い上がると、すぐに天井へ到達してしまった。右手で天井壁を蹴り、軽やかに着地する。着地の際は、充分にレイの身体がある場所から距離を取った。
「淫気……開放っ!!」
アーシアは裂帛の気合を込めると、自分の肉体を濃紫色の波動に包ませた。
「ちぃ。主人を見限るか!」
レイと思われる存在が舌打ちする。
「何が主人か痴れ者めっ!! もう許さん。私だけならばともかく、よくもレイ様を侮辱してくれた。キサマは千回死ねっ! この身を賭し、レイ様をお救いしてみせるっ」
アーシアの銀杯色の瞳は勇断の色に輝いた。その輝きに呼応し、放出している自分の淫気がさらに高まってゆく。
「ふん、真理を看破し我に挑むとは片腹痛いが。……まあいい、遊戯に興じて進ぜよう。──我は狂淫の精霊フレンズィー・ルードなりっ!! 五十年前のごとく、ヌシをいま一度、悦に狂わせ乱舞させてくれるわ!」
レイと思われた存在が、遂に正体を現わした。両腕を胸の前に突き出すと、掌を天井に向け、両手の中指を淫らに素早く、大切な部分を刺激するかのごとくに動作させる。
「当時の私と思うな! 性経験など皆無であっと頃の私と、混迷した世で生きぬいてきた今の私とでは違う。ディアネイラ様からいただいた技をもって、キサマを屠ってみせるっ!!」
アーシアの瞳が据わる。銀杯色の輝きは憎悪のものであった。
よくもレイ様を苦しめてくれた。
絶対に許さんっ!!
「それを蟷螂の斧という。未熟な淫気使いを支配してみたはいいが、所詮こんなものか」
レイの身体に憑依している狂淫の精霊は、唾を吐いてコンクリートの床を汚した。
「キサマ、私はレイ様を侮辱するなと言ったぞ! 今すぐその唾を掃き清めよ!! その掃除を誰がすると思っているっ。仕事ばかり増やす、汚らわしい厄介者めがっ!!」
アーシアはさらに淫気を開放した。彼女を包む濃紫色の波動が黒紫へと変わる。
「キサマは許されざる罪を犯した。──ひとつ、レイ様の修行を邪魔した罪。ひとつ、レイ様へ異質な淫気を送り込んだ罪。ひとつ、それを触媒にレイ様のお体を乗っ取り、キサマごときが現出した罪。ひとつ、レイ様への不敬罪。ひとつ、ディアネイラ様が創造なさった、尊く誉れ高きこの淫界を、いま穢した罪!」
アーシアがますます淫気を開放する。その波動は、狂気と淫乱を司る精霊フレンズィー・ルードが放つ波動と同様、漆黒に染まった。
大部屋が強大な淫気のぶつかり合いで揺れ動くと、レイが愛用しているバスケットボールがアーシアの足元を周回しながら暴れ転がった。まるで逃げろと哀願するかのようだ。
アーシアは中腰となってバスケットボールを手に取ると、胸に掻き抱いて口付けした。
レイはいつも、この大部屋でボールを手に運動していた。それを眺めていた自分は、とても温かな安らぎをいただいた。光に包まれる感覚を抱けたのだ。
淫魔になって、もう五十年以上が経過した。困窮しつつも、自分がしなければならない宿命があるはずだと、それだけを信じて走り続けてきた。
闇ばかりの世界で自分が生き抜くには苦労の連続であった。だが、ここにきて自分が果たすべき役割を痛感できた存在を、ディアネイラから紹介された。
レイである。
数日間の守護でしかないのかもしれない。だが自分にとって、その期間がすべてなのだ。
堕天して以来となる光の抱擁を、彼は与えてくれた。自分が守るべき宿命の人なのに、こともあろうか、自分が癒されていた。
感謝のみである。
「……もうひとつだ」
アーシアがボールを優しく床に置くと、ボールはアーシアの足元で、ぶつかり合う波動の揺らめきにもめげず、大人しく制止する。まるでレイが傍にいてくれるかのようだ。
これほど心強いものはない。
アーシアの銀杯色の瞳が、真紅に染まった。彼女の漆黒の淫気が轟音を奏でる。
「レイ様をお慕い申し上げる私の想いを……、足蹴にした罪だっ!!」
アーシアの淫気が爆散した。
漆黒の淫気が怒号となって室内に轟き、爆風によってキングサイズベッドの上に置かれていたバスケットの参考書のページが、次々と捲られてゆく。
やがてページをはためかせていた参考書が、意志をもったかのように動きを止めた。見開きのページには、スリーポイントシュートの解説が、写真入りで詳細に記されている。
両目は先鋭に、獲物を仕留める狩人のごとく。
両肘は柔らかに、手首を撓らせ赤子を柔和に包み上げるがごとく。
両膝は穏やかに、夕日が地平に沈みゆくがごとく。
腰に渾身の想いを託せたならば、
さあ高得点を目指し、夢に向かって……、
撃て!!
「来い。此度こそ我の審判においてヌシを雌犬に堕としてくれる。たかが淫魔風情が、淫気の精髄たるこの我に通用するなどと……思い上がるなっ! 断罪してくれるわアアっ!!」
フレンズィー・ルードは、怒号の色を浮かべながら右腕を薙ぎ払った。精塔が逞しく揺れ、爆発している漆黒の淫気が、さらに濃い頻闇の色に染まる。
(勝てなくてもいい……。だがレイ様だけは、この世界にお戻ししてみせるっ)
アーシアは漆黒の波動を開放しながら真紅の瞳を燃え滾らせ、狂気と淫乱を司る精霊を睨みつけた。
「至大の享悦に淫声を奏でるがいい。淫悦によりヌシの精神を累卵とし、刹那たりとて我が聖剣なくば泣き狂うほどに、調べ教えてくれる」
フレンズィー・ルードは不敵な笑みをもって、絶対の自信を誇示してきた。アーシアは気圧されまいと頑強に両脚を踏ん張り、突き込まれる精霊の波動を跳ね返す。
「レイ様、さぞやお苦しいことにございましょう。ですが、どうぞあと少しの時間だけ、我慢なさってくださいませ。……必ずやお救い申し上げます」
アーシアは両の拳を固く握り締めた。互いの真紅の視線が火花を散らし、室内を激しく揺らす。
「アーシア・フォン・インセグノ。──参るっ!!」
アーシアは漆黒の翼をはためかせ、宿敵へ突貫した。
バスケットの参考書は、静かにページを捲り終えた。
最後のページには、
『オットー・ピーケンハーゲン』
レイくんへ
という文字が、
最後のページに貼り付けられた一枚の写真に、力強く太いサインで記されていた。
ポラロイドで撮影された写真には、ボールを優しく掴みながらしゃがんでいる選手を中央に、左には、両手を万歳している茶髪の幼児、右には、清楚な仕草で後ろ手を組みながら小首をかしげている金髪の幼女が、それぞれ最高の笑顔を湛えて写っていた──
背徳の薔薇 自我崩壊 了
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