「アーシア・フォン・インセグノと申します。これより数日間、ディアネイラ様のお代理としてレイ様のお世話をさせていただきますので、よろしくお願い申し上げます」
アーシアと名乗った四枚の黒翼を有する淫魔は、広さだけなら無駄にある牢獄にいるレイの前に立ち、紺色のワンピースの裾を摘みながら優雅に膝を折って挨拶した。
「…え? え、……え?」
レイはキングサイズベッドに座って読書をしていたのだが、見知らぬ淫魔の来訪に慌て、咄嗟に下半身にシーツを掛けて隠した。その慌てぶりは、読みかけのバスケットの参考書を床に落としてしまったほどである。
普段は着衣を許されていないので全裸のレイは、長いあいだ裸体でいたためにディアネイラに自分の姿を見られるのは慣れたが、さすがに、たとえ淫魔であっても初対面の者に肌を晒すのは忸怩たる思いとなり、頬を紅潮させた。
「世話って……何」
レイは状況が理解できず、黒翼の淫魔の隣にいるディアネイラに説明を求めた。
ディアネイラは水浅葱色のロングドレスを着ている。スカートはハイウエストでプリーツ仕立てなので脚が非常に長く見え、ネックラインは華奢な肩をすべて露出させており、細い鎖骨がその艶やかさを見せつけていた。豊満なディアネイラの乳房は窮屈そうに深い谷間を作り出している。
ドレスを着用しているときは、外出するか戻ってきたかのどちらかである。有翼の淫魔が数日間世話がどうと言っていたので、これから外出するのだろう。
「少々の所用があって、数日ほどここを空けなければならないの。わたしがいないあいだは、あなたの面倒は彼女が看てくれるわ。いつもどおりに生活していれば問題ないわよ」
「問題ないって、大ありだよ。だってぼく、この人知らないし……」
レイはアーシアに警戒の視線を向けた。
両手を前で組み、銀杯色の視線をコンクリートの床に落としている。左の目尻には小さな泣きボクロがあった。物腰の穏やかそうな淫魔で、足首まである長いワンピースの上にフリル付きのエプロンをしている。見た目では給仕の様相であった。
青藤色の髪の毛はシャギーショートに手入れされており、レース仕立てのフリルのカチューシャをしている。
「これから仲良くなればいいわよ。アーシアはとても有能だから信頼なさい。親の仇であるわたしよりは、心を許しやすいでしょう?」
「でも淫魔じゃん」
レイはシーツを掻き寄せて下唇を甘噛みした。とにかく裸でいるのが気恥ずかしい。
「あなたはもっと特殊な存在ではなくて?」
「特殊かどうかは知らないけど、こんな呪いをかけたのはディアネイラ本人じゃんか」
「もう、聞き分けのない子ねえ。そろそろ出発しないといけないのに」
ディアネイラは苦笑しながらアーシアを見た。アーシアは黙したまま待機するだけである。
「性欲の処理も必要でしょう? スポーツで汗を流す爽やか少年もいいけれど、ほかの女を知る、よい機会でもあるわ。アーシアと仲良くなっておいて損はないわよ?」
レイは小さく呻いた。黒翼の淫魔がその相手となるのかと思うと心臓が疼く。レイはかぶりを振って情念を追い出そうと試み、覗くようにしてディアネイラに要望した。
「せめて、服を返して」
「まあ可愛い。美人を前にして恥ずかしがるなんて。アーシアよかったわね。ブランデー君は、あなたがお気に入りのようだわ」
「恐悦の至りでございます」
アーシアはお辞儀をして感謝の意とした。
「ですがレイ様は着衣を許されておりません。ならばわたくしも脱衣し、同等の条件を採らせていただきます」
言うや否や、アーシアは後ろ手となってエプロンの紐を解き始めた。
「ちょっと待ったああああっ!!」
レイがベッドに座ったままで跳躍し、コンクリートの床へ着地すると、咄嗟にアーシアの両腕を掴んだ。長袖に隠れているので分からなかったが、想像以上に細い。
「それは勘弁して。ぼくがおかしくなるから! ……って、ぎゃあああっ!」
裸体を晒したのに気付いた少年は狼狽すると、陸上選手も驚く速さでベッドに飛び乗り、シーツを抱え込んで背中を丸める。
まるで猿である。
「観察日記でもつけたくなるほどに、賑やかな子でしょう? こんな子だけれど、よろしくね」
「問題ございません。この身のすべてを捧げる覚悟でレイ様のお世話を全力で努めさせていただきます。こちらは杞憂なさらず、ディアネイラ様はお勤めに集中なさってくださいませ」
「そう言ってもらえると助かるわ。では、行ってくるわね」
「待ってよ! だからこの、インセグノさん、だっけ? この人は何者なんだよ」
ディアネイラが淫気を放出したのを察知したレイは、慌てて彼女を引き留めた。魔法によって転移をしようとしたのである。そうはさせじと、レイはディアネイラの腕を取って引っ張った。そのまま転移したらレイも連れて行くことになるのを打算し、絶対に引き留められる確信あっての動きである。
「なによ、もう。そんなにわたしが恋しいの? 嬉しいけれど、あまり時間がないのよ。帰宅したら、たっぷりと抱いてあげるから、アーシアの言うことをよく聞くのよ?」
「茶化すのはもういいって。この翼は何? この人飛べんの?」
「仕方のない子ねえ」
ディアネイラは肩から息をついて苦笑した。自分の腕を掴んでいるレイの手を静かに離させると、少し下がったドレスの胸元を引き上げる。
「彼女はわたしの友人に仕えている淫魔よ。数日ほどここを空けるから、借りたの」
「分っかんないんだよなぁ。……あのさ、飛べんの?」
「あくまでも、そこを気にするの?」
ディアネイラは噴き出した。相変わらず自分の予想とは違う方向の発言をしてくる少年である。友人とは誰なのか、そこを突っ込んでくると思っていたのだ。外界の情報をいっさい与えていないので、少年は情報に飢えているはずなのである。
アーシアも表情を緩ませたが、すぐに気付いて口に手を添え、平常心に戻る。
「飛べるわよ、もう。……果てしなく面白い子ねえ」
「ふ〜ん、飛べるんだ。いいなぁ」
レイは背中から四枚の翼を生やしている淫魔を凝視した。彼女の翼は烏のものに似ているように思える。もしくは、白鳥の翼が黒くなったのか。
「気は済んだかしら? 出発してもよろしくて?」
「うん、いいよ。いってらっしゃい」
「……あっさりと、まあ」
ディアネイラは呆気に取られてしまった。レイの態度は子供の興味心そのままである。
「では改めて、アーシア頼んだわね。それと、この子は好きに味見していいわよ」
「滅相もございません。わたくしごときには身に余ります」
「相変わらず生真面目ね。まあいいでしょう。では、いってくるわ」
ディアネイラは淫気を放出すると、転移のまえにレイを一瞥した。少年は照れながらもアーシアの翼に羨望の眼差しを向けている。
(せいぜい苦労なさい、ブランデー君)
ディアネイラは、その後に起こるであろうふたりのやり取りが明確に想像できたので破顔すると、大部屋からその姿を消した。
ディアネイラが外出すると、大部屋にはレイとアーシアのふたりだけとなった。
「ではレイ様、不束者ではございますが、よろしくお願い申し上げます。御用の際はなんなりと、遠慮なさらずにお申し付けくださいませ」
アーシアは両手を前で組むと深々と一礼してきた。
「え、あ。こちらこそ」
レイは淫魔に礼を尽くす必要などないと思ったのだが、慇懃な彼女の態度に対して、反射的にお辞儀を返してしまった。
アーシアは踵を返すと扉のほうへ向かって歩きだす。
有翼の淫魔なのでワンピースは背中が大きく開かれていた。浮き上がっている背骨へ自然とレイの空色の双眸が向かうと、
「え、その背中の傷……、どうしたの?」
アーシアの首の付け根のあたりから腰にかけて、縦に伸びている大きな傷痕があった。
淫魔には物理攻撃は効かない。それはディアネイラで実験済みである。どうして彼女の背中に傷があるのかが気になった。
「申し訳ございません、醜い姿を晒してしまいました」
アーシアはレイに向き直り、背中の傷を隠した。
「いや、そんなことないよ。あ、言いづらいことだったらいいんだ。ごめん」
重苦しく沈黙した空気が、牢屋を支配した。
自分が幸運にも人間社会に戻れたとしても、行方をくらませていた期間に何があったのかと訊ねられたら答えたくないと思う。それと同じである。淫魔も人間と同様に感情豊かな生命体であるのは、ディアネイラをとおして知っている。
「わたくしが堕天した際、かつての同胞によって刻まれただけのことです。大したことではありませんので、お気になさらないでください」
「大問題だと思うんだけど……。堕天? なんだろう」
レイは首をかしげた。堕天とは、天使が罪を犯して地獄に落ちるのを差すはずだ。
「もとは、天使だったの?」
「左様でございます。現在はディアネイラ様にこの命を救われ、淫魔として生かさせていただいております」
「よく分からないけど、すごい人生を歩んできたんだろうな……」
人の過去を掘削するように詮索するのはよくない。また、元天使だというのが衝撃的だった。天使など、お伽話や宗教の経典に出てくる存在である。実在するのかと驚嘆せずにはいられなかった。それも、堕天して淫魔になったという。
「その傷、痛んだりしない?」
「はい。もう五十年は昔のものですから」
淫魔が人間の時間軸とはまったく異なる体内時計をもっているのは、やはりまだ慣れなかった。
ディアネイラなど百七十年ほど生きているという。それなのに若い女性の姿をしているのだ。アーシアも同様である。
淫魔の年齢と容貌を人間の年齢と容貌に置き換えて比較すれば、おおよその人間的な年齢に換算できるわけだが、やはり不思議な感覚だった。淫魔に流れる時間軸は、人間よりも圧倒的にゆっくりと進むのである。
淫魔の世界とは、どういうものなのだろうかと思った。
「ねえ、そんな隅っこで坐ってないで、椅子にでも座ったら? そんなとこに坐ってたらお尻冷えちゃうでしょ?」
レイは対角線にいる堕天の淫魔に声をかけた。広い部屋なので大きな声を出さないと届かない。
アーシアは扉のある部屋の隅で腰を下ろしていた。
腿の上で上品に手を合わせ、静かに視線を落としている。この態度を保ち続けられているので、レイは気まずくなっていた。
「お心遣い感謝いたします。ですが調度類はディアネイラ様とレイ様のためのものですから、わたくしが使用するわけにはまいりません」
アーシアは儚げに一礼するだけであった。
「いやさ、そんなふうにされてるとぼくも辛いんで、楽にしてよインセグノさん」
「ご指示とあらば、恐縮ですが承ります。それとレイ様、わたくしはアーシアと呼び捨てになさってください」
アーシアは静かに立ち上がると黒塗りの背もたれ椅子のところまで歩いてきて、腰を下ろした。背もたれは使用せず、可憐に背筋を伸ばしている。
「じゃあ、アーシア。ぼくもレイでいいから」
「そうはまいりません。現在のわたくしは、レイ様に仕える身です」
(どうも、話しづらいんだよなぁ……)
レイは唇を尖らせると対応に困ってしまった。あまりにも生真面目すぎて背中がかゆくなる思いである。人間でもここまで物事にけじめをつけている者には会った経験がない。
裏を返せば、機転を利かすのが苦手なのかもしれなかった。
「そんなに堅物に生きてて、疲れない?」
「おっしゃる意味が理解できかねます」
「はぁ……」
レイは溜め息をついた。もう、こういう性格なんだと諦めるしかないようだ。
ベッド脇に置いてあるバスケットボールを手にすると仰臥し、ボールを回転させながら人差し指に乗せ、暇潰しに興じた。
「お上手ですね」
「そう? ……あいたっ!」
余所見をしたレイの顔にボールが落ち、苦痛に顔を歪める。ボールは転々としてアーシアの足元へと転がっていった。
アーシアが微笑しながら身をかがめ、ボールを手に取ると、その表情にレイは見蕩れてしまった。
堕天使の笑顔である。
青藤色のシャギーショートに照明が当たり、天使の輪を作っていた。漆黒の四枚の翼は艶やかな色合いを見せ、優雅に揺れている。
「大事ございませんか?」
ボールを手にしたアーシアがレイの傍までやってくると、少年にボールを返した。
「うん、平気」
股間の膨らみを看破されぬよう、シーツに加えてボールを股間に置き、誤魔化した。
睾丸が熱くなってきている。鎮まれと念じながら、表情に出さぬよう気をつけた。
「ですが、少々、苦しそうになさっておいでのようですけど」
気をつけていたはずなのだが、どうやら顔に出ていたらしい。慌てて「何でもないよ!」と言い繕った。
常軌を逸しそうだ。幸いアーシアはボールを顔にぶつけた痛みのほうを心配しているようで助かった。欲情を抑えつけていると見破られるのは恥ずかしい。
心臓は淫気の活動が活発になっている。どうして出会った初日からこうなんだと、焼けそうな火照りを始めている自分の身を呪った。
「ご無理をなさらないでくださいませ。伽も仰せつかっております」
レイの顔面は湯が沸かせるほどに紅潮した。これも悟られていた。
「ちちち、違うんだ! アーシアが美人だからこうなったんじゃなくって。いやあの、その……、美人と知り合えて嬉しいのは確かなんだ。ただ淫人になっちゃったから、だから……」
呂律を乱しながらも汚い言い訳をしている自分がいやになった。穴があったら入りたいとは、このことである。
「まったく問題ございません。ですが、射精の際は体外への放出をお願い申し上げます。僭越ではございますが、レイ様の精気はディアネイラ様のものですので、わたくしが頂戴するわけにはまいりません」
「ななな、なに言ってんの! だから違うんだ!!」
墓穴を掘っていた。
自分がディアネイラの所有物であると宣言されているのも気付かず、この場の収集に躍起になるあまり、大声を出してしまった。
「申し訳ございません。わたくしなどではレイ様には不釣り合いでしょうが、代わりの者がいないのです。どうかご容赦くださいませ」
アーシアの銀杯色の瞳の色が寂しげに濁った。
「釣り合うもなにも、アーシアは、ぼくにはもったいないくらい綺麗だって。……って、何を言ってんだ、ぼくは……」
まずは落ち着こう、そう思って大きく深呼吸を繰り返した。
火照りは止まらない。こうなったらもう無理なのは、いやというほど承知している。
「あの、そろそろお風呂のご用意が完了いたしますので、お入りになられますか?」
「え? あ、ああ、うん。入りたい」
よい逃げ道になりそうだとすがった。冷水を浴びて冷静さを取り戻せる好機である。
ディアネイラと口頭とはいえ契約して以来、扉を出てすぐのところにある浴場の使用が許されるようになっていた。一本廊下の奥にある扉さえ開けなければ、自由に行き来させてもらえるのだ。レイも脱出は考えていない。弾ける淫欲を吐き散らすのにディアネイラが必要だからだった。
その自分の飼い主がいない場所で、レイは浴場でシャワーを浴びていた。
いざ冷水を浴びようとすると飛び上がるほどの冷たさに根負けし、お湯に変えている度胸なしである。
風呂場は狭く、人ひとりの入浴ができる程度であった。囚人用のものなのだろうか、作りも簡素で、剥き出しのコンクリート壁が情緒を失わせている。
浴槽も飾り気はいっさいなく、ステンレス製で塗装はされていなかった。
「まいったな。鎮まらないや」
頭からシャワーを被っているレイは、怒張を続けたままの情塔を見下ろしながら吐息をついた。
ディアネイラに包皮を剥かれたので、桜色の亀頭が天井を向いている。すでに自分で触っても痛くなくなっているのは、刺激して鍛えたからだった。
「アーシア、かぁ」
ディアネイラは出かけるまえに、ほかの女を経験するのもよいと言っていた。だがいざとなると恥ずかしくて仕方がない。ディアネイラには数えきれないほど抱かれているので慣れてしまったが、胸が締まる思いであった。
ディアネイラは特級の美人だと思う。ただ、アーシアも負けてない。ディアネイラが艶美の極みならば、アーシアは優美の極みのように思えた。
随分とたいへんな生き様のようである。ディアネイラに命を救われたと言っていたなと思い返していると、脱衣場のドアが開かれる音が聞こえた。
「ほら、絶対来るシチュエーションだってのは、こっちだって分かってるんだよっ。伊達に犯されまくってないっつーのっ!」
レイは悪態をついた。
収まれ鎮まれと屹立している情塔に命令をだすが、まったく言うことをきいてくれず、舌打ちした。逃げ場などどこにもないので、観念するしかなさそうだ。
「もう知らない。なるようになれ」
レイは茶色い髪の毛を乱雑に掻き洗った。
「レイ様、失礼いたします。ご入浴のお手伝いにまいりました」
ドアが開かれると冷風が浴場に侵入し、レイの背中を冷たく撫で上げた。
「自分でできるから大丈夫だよ、子供じゃないんだし」
無駄だと知りつつも一応の断りを入れ、レイは首を後ろに向けた。
「なんで服着たままなの……?」
紺のワンピースにエプロン姿のアーシアを見て、理解できなかったレイは唖然とした。
「仕える者の恭倹にございます」
「意味が分かりません」
「レイ様の沐浴のお手伝いをさせていただくためだからです。わたくしが共に入浴するのは憚られますので」
そう言うと、アーシアはドアを閉めて中へ入ってきた。
ふたりになると窮屈となり、身動きするのもやっとである。
「でも服濡れちゃうよ」
レイはシャワーを止めた。怒張しているのを見られるのは汗顔に値するので、彼女には身体を向けられず、首だけで対応した。
「ご配慮ありがとうございます。ですがどうぞ、お気遣いなさらないでください」
「……でもふたりもいると、狭いし」
「ディアネイラ様がお戻りの際に、わたくしのほうから進言いたしますので、それまではご容赦ください」
絶対に引いてくれないのは、発言から分かる。自分の仕事を完遂するためならば、強硬手段に出るのも厭わなそうな雰囲気であった。きっと、そういう淫魔なのだろう。
「分かった。じゃあお願いします。でも服は脱ぐべきだと思う。着替えあるの?」
「下着以外はございませんが、レイ様が憂慮なさらずともよい問題です」
「よい問題です。普段下着姿でうろつかれたら、ぼくのほうが淫気に当てられて辛いもん」
「申し訳ございませんが、立場の違いを明確にするためにも、重要な事柄ですので」
頑として脱がないと言う。恥ずかしいから嫌がっているわけではない。彼女にとっては、すべて仕事なのである。
「立場の違い、かぁ」
それを言うならば、自分はただの家畜である。その家畜に仕えている身分がアーシアなのだろうか。滑稽である。
レイは逆手に取ってみようと思った。
「じゃあ命令。替えがないのは問題だから、服脱いで」
「承りました」
すぐさまアーシアがエプロンの紐を解き始めたので、レイは唖然とした。
効果覿面にも程がある。
「ちょっとタイムっ。ここで脱いでも濡れちゃうでしょ。外で脱いできなよ。身体を洗ってもらえるように、大人しく待ってるから」
「はい。では少々、お時間をいただきます」
アーシアはドアを開けて脱衣場へと戻っていった。
(指示されないと動けない人なのかなぁ……)
疲労感を覚えたレイは、椅子がないのもかまわずに、剥き出しのコンクリート床へと胡座した。シャワーでお湯を流していたので冷たさは感じない。
よくよく思えば、脱衣を命じたのだから、当然、彼女は全裸で再入室してくる。
自爆したかもしれないと思った。
シャワーを止めていたので少し肌寒さを覚えたレイは、桶を浴槽に入れて湯を溜め、頭から被った。
アーシアが用意してくれた湯の温度は、息が漏れるほどに心地よいものだった。
きっとディアネイラからいろいろと教わっているのだろう。自分のことはすべて承知のはずである。性欲に火照っている状態の自分を簡単に見抜いてきたのは、きっとこういうことなのだろうと思った。
日に一度だけ与えられる食事も、好物が並んだ。瑞々しいレタス、温かなコーンポタージュ、食欲をそそるミートソースのスパゲッティ。甘いタピオカ。すべて、アーシアが作ったのだという。
ディアネイラに料理の楽しさを教えたのも彼女らしい。調理に失敗して慌てふためいているディアネイラを想像すると、顔がにやけてしまった。
「レイ様、脱衣が完了いたしましたので、失礼いたします」
丁寧な言葉遣いが聞こえてくると、レイは少し緊張した。
ドアが開かれると背中に冷たい風が流れてくる。アーシアが入室してきているのだ。後ろを振り向いてしまうのが恥ずかしくなった。同時に自分はあぐらをかいている。前を見られたと思い、無意味と知りつつも咄嗟に屹立したままのものを両手で隠した。
後ろを振り向きたい思いもある。どんな姿なのだろうか。心臓は高鳴り、息苦しくなってきた。火照りは次々と湧き上がってきている。
アーシアは立ったままシャワーを手にすると、お湯を出した。温かな湯が出てくるまでレイに当たらぬよう、シャワーの口を排水溝に向けている。
中腰の姿勢なのは見なくても分かった。ふたり入ると動くのもたいへんなほど狭いため、アーシアの滑らかな脚が背中に当たり、頭には柔らかな重たいものが乗っている。
絶対理性を失ってなるもんかと、レイはそれだけを念じた。
シャワーから湯気が立つと、アーシアは少ししかない自分の居場所を探して膝をついた。
「では、失礼いたします」
アーシアは丁重な断りを入れると、レイの弱々しい背中に細い指を這わせ、シャワーを当てながら流した。その刺激にレイの欲塔が軽く震える。
丁寧にさすられてゆく背中が面映く、くすぐったかった。幼少期に、親に身体を洗われて以来の心地よさを思い出した。
その親を手にかけたディアネイラと同じで、アーシアも淫魔なのだから敵のはずだが、心を許している自分がいた。
不思議な安らぎがあるのだ。
「お湯加減はいかがでしょうか」
「うん。丁度いいよ」
「それはようございました。では、前をお流ししますので、こちらへ向いていただけますでしょうか」
心臓が大きく跳ね上がった。無理だよと思い、顔が熱くなった。
「どうなさいました?」
「いや、だって……恥ずかしいし」
きっと後ろでは笑われていると思った。だらしなく情塔を天井に向けて、それを隠している自分が情けないが、どうしようもなかった。
母親意外の女性と風呂に入ったことなどないのである。ディアネイラとさえ、なかった。
それが数時間前に紹介されたばかりの者と風呂を共にしている。経験不足のレイには刺激が強すぎた。やはり自爆したと思った。
不意に、四枚の翼が眼前に現れ、レイを包み込んできた。少し冷たい翼だったが柔らかな感触が心を落ち着かせるようだった。
「わたくしは、嬉しゅうございます。レイ様が反応してくだって、わたくしにも多少の魅力があると、自惚れることができました。感謝の念を抱くばかりです」
淫魔のイメージとはかけ離れた発言が衝撃的であった。感謝の意を彼女は伝えてくるのである。淫魔にとって人間は食糧でしかない存在のはずだ。自分が淫人というよく分からない存在になったとしても、家畜には変わりないのである。
堕天した天使というのは本当なのだろうと思った。天使だった時代の性格のまま、淫魔になったのだろうか。
「アーシアはさ、今の生活で満足してる?」
漆黒の翼に包まれたまま、レイは疑問を口にした。
「はい、とても充足しております。ディアネイラ様はわたくしの命を救ってくださったばかりか、働き場所をも与えてくださいました。これ以上は過分というものです」
慎み深い人だなと、レイは思った。淫魔は危険だと耳が痛くなるほど植えつけられて、人間は大人になってゆく。実際、人間の世界では淫魔による犠牲者があとを絶たない。種の存亡ですらある状況であった。だがここにいる淫魔は、教わってきた淫魔の恐ろしさとは、少し違う雰囲気があった。
「ぼくは辛いよ。人類の敵としての存在になちゃったみたいだし、生きていていいのかなって、いつも迷ってるもん。ディアネイラは何を考えてるのか分からないから怖いし、いいことなんて、なんにもない」
「それを、宿命と、申します」
シャワーが床に置かれると、アーシアに後ろから抱き締められた。
とても温かな感触が背中に伝わる。柔らかな感触はとても大きなもので、小さなしこりを知覚すると、淫気が勢いづいた。だが、消沈しているレイの感情のほうが勝っており、暴発には至らなかった。
「すべての生命は意味を持ち、生まれます。その役割は変えられません。レイ様は淫人として生きてゆくべき役割があり、生を享受されたのでしょう。その生を自らが、どう切り開いてゆくのか……。これを、運命と、申します」
「だったら、父さんが殺された意味ってなんだよ……。ディアネイラに殺されて、ぼくを淫人にさせるためだけに生まれてきたっていうのかよ。母さんは、淫魔化させられるために生まれたっていうのかよ……。そんなのって、ないよ。グーおじさんは、いつも言ってた。父さんと母さんは、たいへんな苦労を重ねて生きてきたって。どうかふたりを守ってやってくれって。なのに……、ぼくは守るどころか、心配と迷惑をかけっぱなしだったし、今はこうしておかしな目に遭ってる……」
レイは切歯扼腕した。大人になったらたくさん稼いで、美味しいものをご馳走したかった。父親と一緒に酒を飲みに行くのもいいと思っていた。大きな幸せなど望んでいなかったのだ。だがその小さな幸せは、すべて水泡に帰した。
「……アーシアはどうなのさ。元々は、天使だったんでしょ。何があって堕天したのかは知らないけどさ、それって、精神を破壊されるほどの地獄の苦しみなんじゃないの?」
悔恨しているというのに身体だけは律儀に反応しているのが憎らしくなってきた。レイはもう、股間を隠すのをやめた。こんな呪われた身体など、欲しくなかった。
宿命など、クソ喰らえ、である。
自分を淫人として世に送り出すためだけに両親が生まれたなど、絶対に認めないと慷慨した。
「これが宿命だと考えております。そして、わたくしが開墾すべき未来は、おそらくレイ様の守護にあるでしょう。つい最近ですが、それを知りました」
「アーシアは、そんな簡単に、割り切れちゃうわけっ!?」
レイはアーシアの腕を振り解くと、翼の中で身体を移動させ、彼女を正面から見据えた。だが釣鐘型の大きな乳房が視界に入ると、慌てて首を横に向ける。
「あ、ごめん」
「かまいません」
アーシアは柔和な笑顔で返すと、振りほどかれた自分の両手を腿に乗せ、正座した。
「天使だった時代は誇りの時でした。神の元でご神業に携われる歓びは、なにものにも変えられない光そのものです。……残念ながら神の御許から離れざるを得ない状況となってしまいましたが、わたくしには、わたくしがせねばならない大切な役割があると信じておりましたから、多少の苦痛など問題になりません。そして、レイ様とお逢いすることができ、わたくしの役割を知りえたのです」
「全然、分からない。話がでかすぎるよ。それに、なんでアーシアの運命にぼくが出てくるのさ。納得もできない」
「今はそれでようございます。いつの日にか、理解できるでしょう。さあ、お体を冷やしてしまいます。沐浴を再開いたしましょう」
アーシアは四枚の翼を折りたたむとシャワーを手に取り、レイの身体に当てた。温かい湯がかかると、レイの納得いかない怒りの感情は、湯と共に洗い流されてゆく。
献身的なアーシアが理解できないが、怒りをぶつける対象ではないことくらい、頭では分かっていた。
怒りと悔恨が消え失せてゆくと、今度は情欲が湧き上がってくる。レイは首を横に向けたまま、顔をしかめた。
横目で一瞥すると、乳白色のアーシアの肌が目に焼きつく。幻想的な肌の色は神々しさを漂わせていた。どうしても女性的な部分に目が行ってしまうのは、淫気のせいだけではなかった。
卑猥さはなく、生ける芸術のごとき肢体は輝かしくあった。
天界にいたころには純白だったであろう四枚の翼は漆黒に染まり、痛々しく感じるほどだった。それを穢したいと思う邪念がよぎり、自己嫌悪する。
「女の肉体は見慣れませんか? わたくしは、いっこうにかまいませんよ? こんな自慢にもならないもので恐縮ですが」
「そ、そんなことない! アーシアは綺麗だよっ!!」
咄嗟に顔を正面に向けて発言したあと、自分がアーシアを弁護している尊大な態度に気恥ずかしくなった。
だが、これだけは言えた。
「ホント、綺麗だよ」
照れ隠しはいつの間にか掻き消えていた。自分の情塔はだらしないと思うが、これが今の自分なのである。なぜだろうか、アーシアには自分の心を素直に曝せてしまうのだった。
「ありがとうございます。レイ様も、ご立派ですよ」
これは社交辞令だと分かった。同級生たちと比べっこをして、平均以下だったのに凹んだ過去がある。だが、その心遣いは嬉しく思った。
アーシアはレイの身体をひととおり濡らすと、自分も簡単にシャワーを浴び、肌を濡らした。水玉が肌に弾け、ライトに照らされて流れ落ちるさまを見たレイは息を呑む。その後、シャワーを止め、ボディソープを掌に出すと両手でこねて泡立てた。
アーシアは泡を釣鐘型の胸に広げた。手を添えるだけで形を変える乳房の柔らかさにレイは見蕩れてしまい、生唾を飲み込んだ。いやらしいというより、美麗なのである。
「淫魔流の沐浴御奉仕を、どうぞご堪能くださいませ」
アーシアはレイの身体と触れる寸前まで自分の身を寄せると、少年の右腕を取った。筋肉のつき方が足りない右腕は堕天淫魔の胸の谷間に挟まれる。
「うわ……」
圧倒的な柔らかさはディアネイラにはなかった感触であった。アーシアは自分の乳房を両手で持ち上げ、レイの右腕を挟みながら胸だけを上下に動かす。柔軟に形を変えてくる淫魔の乳肉は石鹸の滑らかさを足して、たいへんな肌艶感を醸し出している。
やはり淫魔だと痛感する瞬間であった。一気に淫蕩な雰囲気へと豹変したアーシアの銀杯色の瞳は潤み、色の薄い唇から濃密な淫気が漏れ伝わってくる。
少し顔を前へ出しただけで、彼女の口と合わせられるほどの距離にいるアーシアの頬は、ほのかな桜色を帯びていた。
二の腕を集中して洗浄されているあいだ、レイは目を細めながらアーシアの閉じあわされている股間を覗き見た。
逆三角形に手入れされている恥毛は彼女の髪の色と同色で青藤色であった。水滴がライトに照らされて瑞々しい演出に拍車をかけている。
アーシアは膝立ちになると、レイの下腕を挟んで洗浄を開始した。丁寧に閉じられている脚が美しく映え、陰毛の全貌を見たレイは、また生唾を飲んだ。
情塔の先からは透明の粘液が溢れ出している。
右腕を洗い終えると、アーシアはレイの肩を挟み、同じく上下に動かした。
すぐ眼前にある乳肉を、レイは思わず人差し指で押していた。第一間接が簡単に呑み込まれ、その絶対的な柔軟さに脳が痺れる。
「うっひゃあ。柔らかい」
「その代わり、張りがないのが悩みなんですよ」
淫魔でも悩むのかと、レイは笑った。
流れる仕草でアーシアはレイの背後へと移り、少年の背中を洗った。胸の上下だけでは困難なため、全身を巧みに使って大きく動く。途中で泡が足りなくなると、ボディソープをそのまま胸へと垂らして補充していた。
くすぐったさと快感が津波となって背中に押し寄せている。レイは自慰したい衝動に駆られてしまったが、それは切歯して思いとどまった。必ず最後に、股間の洗浄に来るはずだからだ。無意識のうちに情塔を触らぬよう、意識することにした。
背中がひと段落すると、左肩に乳房が流れる。狭い空間にも関らず、見事な体捌きであった。
レイは懇篤なアーシアの奉仕に感極まっていた。顔を見上げると、彼女の表情から丁寧さを心がけようとするのを見て取った。
レイは首を伸ばしてアーシアの唇に軽くキスをした。
「レイ様、下賎な使用人に口付けなど……もったいのうございます」
「全然、もったいなくないし。むしろ堪らなくなってしちゃったのは、ぼくのほうだよ……。勝手にしちゃって、ごめんね」
そう言うと、アーシアが微笑した。やはり天使の笑顔だと思った。彼女の笑顔を見ると心が洗われるように、清々しくなる。もっとも、充満している淫気がそれをすぐに食い潰してしまうので、レイの頭はいやらしい思いに支配されてしまう。
「少々、失礼いたします」
アーシアはおもむろに立ち上がると、ボディソープを掌に開け、泡立て始めた。
泡にまみれた乳房からひと滴がレイの左肩に垂れる。なんともいえない心地よさであった。
強烈な淫気を発する股間をレイに向けぬ気配りをしており、肉体の向きをレイと合わせていた。その股間にアーシアの手が伸び、泡を塗り始める。
レイはもう緊張と昂奮で胸がいっぱいだった。先走りの液体は何度も噴出している。
「お待たせいたしました」
アーシアはレイの左腕を取って自分の股下に潜らせる。そして、腰を使って洗い始めた。
レイは洗っているというよりも汚されている気がしたが、肉の襞による愛撫の感触に打ち震え、何でもよくなっていた。
アーシアはレイの腕を股間に強く押し付けると二枚の肉貝を開き、腕を挟んで腰を振る。
「うあぁぁ……」
レイは下唇を噛んで快感に耐えつつも、血走った目は淫魔の股間に釘付けとなった。
紅色の肉の芽は親指の先ほども大きくなっており、脱皮して秘密の渓谷からはみだしている。その肉の芽が腕にこすれ、しこりのある感触が極大な快楽を与えてきた。
力なくアーシアを見上げると、彼女の頬は桜色から紅色へと変わっていた。感じているのだろうと思ったが、口にはしなかった。口にすると、生真面目な彼女は自制して仕事のみに専念してしまうのは明白だからである。
淫魔が快楽に没頭するのを、無理にやめさせるのも悪いと思った。一緒に気持ちよくなっていればいいのである。
泡だらけのアーシアの秘部から熱いものを感じた。体温とは違う熱に昂奮した。股間から溢れる淫気すら、心地よく受け入れられていた。
淫気に安らぎを覚えるという皮肉に洗脳され、レイの両眼は虚ろとなった。
左腕を終えるとアーシアはレイの正面で膝をついた。レイは胡坐の姿勢から開脚して応じると、淫魔は薄い少年の胸板に自分の胸を当てて洗い始める。浴場が狭く横になれないので密着し、レイの両肩に手を添えてバランスを保った。
レイは黙って両腕を堕天淫魔の背中に廻し、四枚の翼ごと抱いた。
ボディソープが足りなくなるとまた補充する。泡が立つと、レイの首を挟んだ。このまま絞め殺されてしまってもかまわないという思いがレイの脳裏をよぎる。
背中を抱いていた両腕はアーシアのふくよかな臀部に下がった。胸よりも張りがあり、柔らかさも有していた。それを揉む。焼き入れる直前の、パンのような感触だった。
腹部はさすがに胸では洗えないので、アーシアは掌で撫でながら汗や汚れを落としていった。そのあいだも、レイはアーシアの尻を揉んでいた。吸い付くような肌触りに心を奪われ、刹那でも離してしまうのが惜しい思いであった。
腹から両脚までひととおり洗い終えると、アーシアはレイの情塔に視線を落とした。
「お疲れ様でございます。ここは、いかがいたしましょうか? お好きなよう、ご指示くださいませ」
「お尻がいい」
レイは即答した。胸もいいと思ったが、やはり今はここしかないと思った。
「承りました。では、ご自由にお挿れください」
アーシアが後ろを向こうとしたので、レイは咄嗟に呼び止めた。
「いや、挟んで、ほしいんだ。……無理かな」
「承りました。後ろ向きがよろしいでしょうか? それとも、前を向いたほうがよろしいでしょうか」
「じゃあ、前向きで」
アーシアの事務的な応対がハンバーガーのトッピング選びでもしているようで、レイは苦笑してしまった。
「それでは、失礼いたします」
アーシアは膝立ちになるとレイと密着した。後ろ手にレイの情塔を握り、少し倒す。そこへ自分の股間を下げると、臀部に挟まるよう調整した。
「あうぅ」
それだけで射精感を抱いたレイは情けない声を上げる。
「参ります」
アーシアは臀部を手で掴むと押し広げ、谷間にレイの情塔を挟むと閉じた。そのまま両手に力を入れて臀部で押し挟み、圧迫させた。
腰を前後に揺すり、レイの射精感を増していってやる。レイは顔をしかめながらアーシアに抱きついた。彼女の乳房に顔が挟まれ、二重の圧迫がレイの力を奪ってゆく。顔中泡まみれとなり、石鹸の芳香が鼻腔をくすぐった。
同じく尻肉から泡だらけの亀頭が窮屈そうに顔を覗かせた。透明の粘液を出し続けている。
遠慮なく締めてくるので尻の谷間がきつかった。竿には彼女の菊口がこすりつけられている。
「いつでもご自由にお果てください」
そのまま絶頂させるつもりらしい。精気を受けるのは身分に合わないと固辞していたのを思い返した。命令すれば受けるのだろうが、どうするべきなのか、快楽に支配された頭では答えが出せなかった。
それでも、一応、訊ねてみた。
「ね、え。精気を受けなくて、ホントにいい、の……? 淫魔にとって、とても重要……なんでしょ?」
「ご心配には及びません。携帯精液を持ち込ませていただいております」
「なに、それ……」
もう果てそうだ。だが話が終わるまではと、腰に力を込めて耐える。
「人間たちが使用している魔法瓶のようなものと発言すれば、ご理解くださいますでしょうか」
話をしながらも自分の業務を決して忘れないアーシアの生真面目さが、少し鬱陶しくなった。
「よく分からないけど、それをどうするの?」
「飲料としても使用しますし、体内に注入して精気の確保もおこないます」
「すごいモンを、持ち歩いてるんだね、淫魔って……」
「レイ様にとっては信じがたい事柄かもしれませんが、わたくしたち淫魔にとっては、ごく自然です。水を持ち歩く感覚と表現すればよいのでしょうか」
「なる、ほど……。あぁ、もうヤバい」
自然と腰を振っていたのに気付き、レイは慌てて動きを止めた。
「でも、あんまいい気分じゃ、ないなあ」
「申し訳ございません、わたくしの技術不足は今後の最優先課題といたします」
覇気なく答えたアーシアに、これも慌てて否定する。
「違う、そっちはすごいって。むしろそれ以上の技術の向上は破壊的だよ……。ぼくが言いたかったのは、ああ、ホントヤバい。ちょっと止めて……」
「承りました」
アーシアはレイの指示と受け止めると、腰振りを中断し、両手で尻を押すのもやめた。
「ふぅ、助かった」
レイは乳肉に挟まれている顔を上げると、大きく息をついた。
「あの……、助かったとおっしゃる意味が理解できかねます。射精に至るまえに止めるべきでしたか?」
「え? ああ、いいのいいの。気にしないで。イクまえに言っておきたかっただけだから」
本題が逸れていっている。だが、なんとなく、彼女との会話方法が理解できた気がした。
アーシアは不思議そうにレイを見下ろしている。まったく状況を把握できていないようだ。
「うんと、ぼくとしてはさ、イッたのにその精気を吸収されずに、ほかの精液で補充されちゃうと、なんだか寂しいなって、思っただけなんだ。……家畜になりきってんな、ぼくは」
レイは自分で卑下すると、自嘲の笑みを浮かべた。
「笑うべき場面でしたでしょうか?」
こういう女性なのである。レイはもう気にならなかった。根が真面目で融通が利きづらいだけなのである。
「ディアネイラも、好きなように味見していいって言ってるんだし、かまうことないんだって。むしろ、ぼくを救ってください」
レイは自虐的な自分がおかしくて大笑いした。
「あの、たいへん申し訳ありませんが、先ほどからのレイ様のご発言にある真意が汲み取れません。不手際がございましたでしょうか」
「大ありっす」
レイは少し揶揄してやろうとしただけだったが、アーシアは甚大な衝撃を受けたようである。銀杯色の瞳は輝きを失い、首をうなだれてしまった。
「どうしましょう。仕事ひとつこなせない無能なわたくしなど、存在する理由がない……」
血の気を失ったアーシアはこの世の終わりだとばかりに落胆し、レイの肩に添えていた両腕を力なく落とした。
「あはは。ちょっとからかいすぎたね、ごめん嘘だよ。ただ、ぼくの精気も吸ってってお願いしてるだけなんだ」
涙目になっているアーシアを見て、今度はレイは慌てた。
「ちょっと、泣くの? いや、やめて、勘弁して。ぼくが悪かったから! ぎょえええ、ヤバいいぃ〜」
レイもアーシアと同じように膝立ちになると、彼女のか弱そうな両肩を掴んで揺すった。
アーシアの四枚の翼は力なく床に垂れ落ちている。
幼稚園時代にちょっとした悪戯をして、幼馴染で同級生のシンディを泣かせたことがあった。そのときの父ヴェイスの怒り狂いようは、今でもトラウマになっている。それ以来、女性に悪ふざけをするのは慎んできたはずだったが、ここにきて悪い癖が、うっかりと出てしまった。
「ちょっとアーシアっ。ホントにごめん! 傷つけようとしたわけじゃないんだ。だから落ち込まないでっ。食事も美味しかったし、今だってすごい気持ちよかったし──って」
アーシアは顔を伏せているので表情が見えないが、肉体を小刻みに震わせて腹を抱えている。
「ああっ。騙したなああっ!」
レイがアーシアを覗き込むと、彼女は案の定、したり顔で忍び笑いしていた。
「申し訳ございません。少々、ムッっとしてしまいました」
「なんだよ、もう。完全にやられたよ」
レイは憮然として、そのまま胡坐した。だがお互い様であり、すぐに笑顔になった。
「なんだか、こうして愉快な気分になれたのって、すごく久しぶりだな。アーシアのお蔭かな」
「それはようございました。レイ様、続きはいかがいたしますか?」
仕事熱心なのは変わらないらしい。瞳には真剣な眼差しが戻っていた。
「うん。火照りは鎮めておきたいから、頼もうかな。でも今も言ったけどさ、やっぱ精気は受けてほしいかなって思う。アーシアの生き方に意見するつもりはないから、あとはアーシアが判断して」
これに関しては、アーシアがすこし考慮を始めた。
レイは堕天淫魔の相貌を眺めてシャギーショートが似合うなと思いながら、黙って彼女が下す決断を待った。
「では、たいへん僭越ではございますが、ご好意に甘えさせていただきたいと思います」
決断が下されると、レイは満面に笑みを湛えた。
「うん、分かった。でももう限界なんで、すぐにイッちゃうだろうけど。どこに出したらいい?」
「レイ様のお好きなところでかまいません」
主張まではしてこないようだ。超えてはならない一線が決まっているらしい。
「これだと堂々巡りになるなあ。じゃあ、ここで……」
レイは膣に指を挿入して答えとした。指は簡単に入り、熱を感じた。軽い締め付けを味わうと、すぐに指を引き抜く。指は粘度の高い愛液で濡れた。
「承りました」
アーシアは膝立ちの姿勢から腰と尻を床につくと開脚し、自ら肉の貝を指で広げた。背中は湯気を立てている浴槽に預けている。
大陰唇は薄いのだが、小陰唇は厚かった。肉の芽は充血を保ってその存在をひけらかしている。もっとも、これらの感覚はすべてディアネイラと比較してのものである。性経験はアーシアでふたりめなのだから、どうしてもディアネイラのものを判断材料にしてしまう。
「どうかなさいましたか?」
挿入を始めないレイを不思議に思い、アーシアが声をかけた。
「あ、なんでもない」
自分で股間を押し開いているアーシアを見て、彼女は快楽を求める淫魔に成り代わっているのだと実感できる態度を見たレイは、堕天の淫魔かと思いながら、身を寄せていった。
情塔を膣口にあてがうと、一度アーシアの顔を見た。彼女は頬を紅潮させたまま、大人しく待機している。どうしてこんなにいい人が淫魔になったのだろうと、少し悲しくなった。
ゆっくりと挿すと、アーシアから甘い吐息が漏れた。さらに奥へと侵入してゆき、やがてすべてが収まった。アーシアの中が深いのか自分の情塔が短いのか、最奥への到達には至らなかった。
「あー、やっぱ無理だ、すぐイキそう」
レイは弱音を吐きながら腰を振る。熱いアーシアの膣内は締め付けが緩い。自分の太さが足りてないのかもしれない。淫気を含んだ蜜のような彼女の体液がレイの情塔に絡みつくと、その熱気で呆けそうになった。
「ご無理なさらないでくださいませ。ディアネイラ様がご帰還なされるまでは、わたくしがいつでも傍におります。なんでも申し付けてください」
嬉しくて涙が出そうになった。
ずっと孤独に戦い続けてきた。誰にも相談できず、助言も得られず、生きる道は自分の浅薄な知識によって決定してゆくしかなかった。
今はひとりではないという思いが、どれだけ救いになることか。仕事からの発言でも、なんでもかまわなかった。ただ、優しい言葉が欲しかっただけである。
レイはアーシアの背に腕を廻して抱きつき、ただ果てるためだけに腰を動かした。アーシアは四枚の翼を広げてレイを抱擁する。両腕は心が折れる寸前の、少年の濡れた髪の毛に添え、穏和に撫でた。
アーシアも、ディアネイラのように搾りにこなかった。学んでいる話とまるで違っている。一瞬で男を壊す恐怖の権化が淫魔のはずなのだ。これで正しいのだろうが、その知識は瓦解しそうであった。
睾丸が射精体勢を整えるために情塔の根元へと運ばれてゆく。押し寄せる快楽に、レイは口を引き結んだ。
「下手糞でごめん。もうイク」
「わたくしごときへのお気遣いは不要にございます。充分に快楽をいただいておりますので、どうぞレイ様のご都合でお果てくださいませ」
レイはアーシアに、呪われた己が宿命を解き放った。
「あぁううぅぅ……」
律動に併せてアーシアが柔らかく締めてくる、穏やかな快楽であった。身を焦がすような激しさはなく、光へと解放される感覚を味わいながら、彼女に注いでいった。
アーシアは、レイの精気の濃度が桁違いであるのに驚愕した。携帯食として持参した市販の精液では比べ物にならない。
恩人と慕うディアネイラが、この少年を囲った最初の理由が理解できた瞬間であった。
あっという間に膣と子宮が焼けそうなほどの熱に見舞われて精気酔いしたアーシアは、乳白色の肌を紅く染め上げた。
(このお方なら可能だ。ディアネイラ様の慧眼は、やはり素晴らしい。己のすべてを捧げ、レイ様をお守りせねば──)
アーシアは、恩人が無事に帰還するのを願った。同時に、それまではレイの精気が味わえるのかと思うと、腹の中に染み渡る少年の熱情に恍惚となった。
背徳の薔薇 堕天の淫魔 了
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