館の探索を始めてから随分と時間が経過していた。
しかしまだ一階の部屋の全てを探し終えていない。
それにしても一人で誰もいない館を歩き続けるというのは空しいものだ。
出くわすトラップが言葉を話すことはなく、淫魔も話しかけてこない。
「………………」
ちょっと寂しい。淫魔も少しくらい俺の話相手になってくれてもばちは当たらないだろう
に。
ある偉い人の言葉によると、愛の反対は無関心なんだぞ。
……別に愛はないが。
「ふぅ……」
ため息が無人の廊下に空しく響く。
おそらく向こうにも事情があるのだろう。
ならさっさと淫魔を探して、こんなけったいな場所からおさらばしないとな。
俺は廊下の突き当たりにある部屋の前に来た。
ここを見れば、一階の探索は全て終わる。
俺は気を引き締めるとドアノブに手を伸ばす。
だが俺の手はドアノブを掴むことはできなかった。
そこには何もなかったのだ。
「……?」
不思議に思って、俺は扉に触れる。ざらりとした手触り。それは扉ではなく、扉が描かれ
た一枚の絵だった。
しかもぱっと見ると騙されてしまうほど精巧に描かれており、周囲の風景に溶け込んでい
る。
はっとなって俺は周りを見た。
わざわざこんな絵が用意されているということは、ここに罠があるということに他ならな
い。
ぐにゃりと廊下が、窓が、扉が歪む。扉だけでなく、この一画全てがイミテーションだっ
たのだ。
俺はもと来た道を引き返そうとした。だが、その出口は既に分厚い壁で塞がれている。
目の前の扉の絵が急速に他のものに変わっていく。
最後まで見なくても分かる。それは明らかに女体を描いていた。
本物の女そっくりに。いや、本物に幻想を加味した偶像がそこには描かれていた。
やがて口元に微笑を浮かべたすらりとした長身の女の絵が完成する。
女は一人だけではない。壁や床、そして天井にまで無数の女が描かれている。
年齢や体の特徴、そしてその表情。一人として同じ女はおらず、そのどれもが妖しい魅力
を兼ね備えていた。
ぼこりと絵の中から女達の手が飛び出しくる。
「くっ……」
俺は唸った。
逃げ道はどこにもない。
そして、四方八方から無数の女達が絵から這い出てきた。
がっしと背後から抱きしめられる。
耳元に熱い吐息がかかり、服の中に両手が滑り込み、さわさわと撫で回してくる。
「ん……」
正面からも抱きしめられ、唇を塞がれる。舌が滑り込み、大量の唾液が流し込まれてきた。
相手は俺にとって戦い慣れた人型をしている。
だが数が多すぎた。
これではどんなに抵抗しても多勢に無勢だ。
すぐに服が脱がされ、俺は一方的に女達の責めに晒されてしまう。
幾重にも女体の輪が俺を取り囲み、すべすべの体を押し付けてくる。むわりとした熱気と
甘い体臭に頭が痺れてくる。
どうやらこの女達からも強い淫気が発せられているようだった。
前後左右から柔らかな女の体が俺に密着し、妖しく蠢く。
その肌は熱気のせいか汗でぬるぬるになっていた。
後ろから股間に太腿が捻じ込まれ、玉袋が優しく圧迫される。
俺が圧迫から逃れようと踵を上げたところに、待ち構えていたようにしゃがみこんだ女が
俺のペニスを飲み込んだ。
どろりと温かな唾液が肉竿を濡らし、亀頭やカリが舌先で弄ばれる。
股間に挟み込まれた太腿が前後に蠢き、俺のペニスは強制的に女の口内を出し入れさせら
れた。
「ん……ぅく……」
強烈な快感に声が漏れ出てしまう。それとは対照的に女達は一言も話すことなく、ただ無
言で俺を責め続けていた。
無数の手が、口が、太腿が、乳房が、俺の体を這い回り、快感を紡ぎだしていく。
濃厚な女の芳香に当てられ、俺の体はどこを触っても声を出してしまうほど敏感になって
いた。
そんな状態で射精を耐えることなどできなかった。
ぐっと腰が押され、深く女の喉奥にペニスを押し込まれる。
その刺激に俺のペニスは弾ける……はずだった。
だが射精する直前、俺のペニスは女の口内から解放され、根元を強く押さえ込まれた。
「ぅ……!?」
戸惑う俺を女は口元に挑戦的な笑みを浮かべて見上げていた。
ペニスを咥えていた女と入れ替わるように、別の女が俺の前に立つ。
「…………」
女達は一言も話さない。だが、その瞳は明らかに楽しんでいるように見えた。
俺の首に両手を巻きつけながら、女は太腿でペニスを挟み込んだ。
むっちりと汗で濡れた太腿が、ペニスを心地よく圧迫する。それは女の膣内に勝るとも劣
らないほどの快感だった。
上下に、左右に、前後に、女の腰が艶かしく蠢き、俺のペニスを扱きたてる。
さらに太腿から抜け出ている亀頭はチロチロと舌先で舐められた。
後ろには相変わらず女が張り付いていて、俺は甘美な素股を味わい続けるしかなかった。
一度は収まった射精欲が再び込み上げてくる。
素股をしている女は鼻が触れ合うほどの至近距離で俺を見つめながら、時に激しく、時に
ねっとりと、その太腿で俺のペニスを翻弄する。
ぬちゅぬちゅと蠢く腰に俺はどうしようもなく追い詰められていく。
楽しげに揺れる瞳に見つめられながら、俺は限界を迎えてしまう。
だが、またしても射精の直前で女は腰を止めた。
「……………」
女はやはり無言。しかし今にもクスクスという笑い声が聞こえてきそうなほどの表情だっ
た。
生殺し状態のまま、再びペニスを責める女が交代する。
次の女はたっぷりと自らの手に唾液を塗りたくると、ヌルヌルの手で俺のペニスを扱いて
きた。
「く……」
二度も寸止めされたペニスは、僅かな刺激だけで射精しようと脈動する。
しかしやはりこの女も射精直前で責めるのをやめた。
クスクスクス……
ぼやけた頭に響く声。女達は相変わらず無言なのに、俺は確かにその声を聞いた気がした。
後ろから腰を引っ張られ、快感に脱力していた俺は踏ん張れずにそのまま床に尻餅をつい
てしまう。
俺の背中に張り付いた女も同じように座り込み、後ろから俺を抱きしめる。
その状態で女は両足を回りこませ、俺のペニスを足の裏で挟み込んできた。
あまりにも屈辱的な格好。だがそれを恥じ入る余裕はなかった。
背中に柔らかな乳房を押し付けながら、女は大胆な動きで足コキを続ける。
両手はさわさわと胸板を撫で回し、さらに耳たぶを甘噛みされる。
「んぁ……」
俺は情けないほどに、その責めに敏感に反応し、体を震わせ、喘ぎ声を上げてしまう。
周りの女達は今度は責めには加わらず、ただ俺をじっと見下ろしていた。
土踏まずの部分で竿を挟み込み、ペニスが上下に激しく揺すられる。
俺は射精をさせてもらえないと理解していながら、絶頂の瞬間に腰を浮かせた。
しかし、予想を違えず責めは直前で止まる。
次々と女達は入れ替わりながら、様々な方法で俺を責め立てた。
手、足、口、胸、腋、髪……もはや女達の体で使えるところは全て使い果たしたと思える
ほどだった。
クスクスクスクスクス……
うるさいくらいに女たちの笑い声が響く。度重なる寸止めに、俺の正気は失われかけてい
た。
このまま俺は狂わされるのか、そう覚悟したときだった。
ぐにゃりと女達の姿が歪み、ずぶずぶと壁の中に沈み始めた。
現れたときの様子を巻き戻すように、女達は床に壁に消えていく。
そして。
そこには誰もいなくなった。
ペニスを赤く腫れ上がらせた俺以外は誰も。
「うぅ……」
すぐに俺は女達が消えた意味を理解する。
女達は確かに消えた。しかしそれは実体がなくなっただけだ。
俺の視界は、扇情的な姿の女を描いた絵画で埋め尽くされていた。
口元に笑みを浮かべ、絵の中で女達は俺を誘惑している。その誘惑に抗う力は俺には残っ
ていなかった。
俺はたまらず自らペニスを扱く。絶頂はすぐにやってきた。
「ぅくっ!」
これまで溜めに溜められた精液がペニスから噴出し、絵画を白く汚していく。
一度出せば、もう止まらなかった。
俺はさっきまでの感触を思い出しながら、絵画に射精をし続ける。
クスクスクスクスクスクス……
自慰に溺れながら、俺は絵画の向こうから女達の笑い声を聞いた気がした。
搾精ファイル03『春画の虜になり、永遠に精液を捧げ続ける』
●コンティニューしますか?
→コンティニューする。
コンティニューしない。
「…………はっ!?」
ふと気が付くと俺は廊下の真ん中に突っ立っていた。。
「何か嫌な夢を見た気がする」
絵に向かって延々と自慰を続ける夢……冗談じゃない。
しかしやはりこの夢も未来の啓示なのだろう。
俺は夢の内容を思い出す。
廊下の先にある扉。しかしあれはイミテーションに過ぎない。
この先の全てがトラップなのだ。
「さてと」
今回はどうするか?
もちろんこのまま何もせずに引き返すのが最もいい選択肢ではあるが、それでは俺のプラ
イドが許さない。
愛の反対は無関心なんだからな。
……愛はないが。
まずはあの絵画を黙らせなければならないだろう。
その上で、芸術には芸術で対抗だ。
俺はシュートストレミングを取り出した。ついでにガスマスクも出す。
シュートストレミング……とっても臭い。死ぬほど臭い。そんな食べ物だ。シュールスト
レミングじゃないぞ。この世界独自の食べ物だからその辺よろしく。
「夢ではよくもやってくれたな、と」
俺はまずガスマスクを被ると、シュートストレミングの缶を空け、前方に放った。
缶に反応したのか、すぐに目の前の廊下が壁で塞がれる。
臭気も篭もって、いい感じになること請け合いだ。
やがて壁が消え、中の様子が明らかになった。
「…………」
ガスマスクをしてても臭ってくるのは気のせいじゃないだろう。
それほど臭いのだ。これはもはや食べ物というより兵器だな。
壁からは扉の絵が消えて女の絵に変わっていたが、俺が入っても何の反応もしなかった。
絵でありながら嗅覚もあるとは、芸術ってのは侮れん。
……まあただ単に、この館である淫魔が目を回しているだけかもしれないが。
「よし」
俺は女の絵を目の前にして、スプレー缶を取り出した。
ここに俺の芸術を、俺のパトスをぶちまけてやろう。
「地獄門の中には〜」
俺は歌を歌いながら、女達の上に芸術を上塗りしていく。
「毒の煙〜禍々しい色〜」
小さな子供もびっくりなモンスターが、徐々にその形をあらわにしていく。
「〜肉が好きなの誰だっけ〜〜?」
そして、芸術は完成した。
ここにいる女達を睥睨するように、最強のモンスターがでかでかと壁に描かれている。
「うむ」
俺は満足気に頷くと、そこを後にした。
一階探索完了。
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