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太陽の王国 〜第2話〜 野心の贄 後編

 ダスティたちが救援を引き連れて戻って来るまで耐えられるか――明らかに僕より格上相手に、それは無謀な考えなのかもしれない。
 ラーデが純白のドレスを触手でたくしあげる。そこは俺の想像と反して、人間と同じ両の足が、純白のガーターベルトとストッキングに包まれて伸びていた。
 普通ならば股間を覆っている下着はなく、淡い陰毛に隠された秘花がひっそり息づいている。
「このまま、足や性器で導いて差し上げてもよろしいのですけど……」
 にっこりと微笑むと――膣から、小指よりもさらに細い触手が、愛液を纏わせながら突き出てきた。
「せっかくなので、あなたには最高のおもてなしを」
 既に全身の服を触手に引き裂かれた俺の体に、その淫尾がゆっくりと近づいてくる。
「や、やめろ……」
 直接味わうまでもなく理解出来る、その強大さ――淫尾から、胸が押し潰されそうな淫気が漂っているのが、嫌でも感じられた。
 磔にされた僕は我知らず腰を突き出し、淫尾に早く嬲られたいと勝手に体が喚き立てる。いや、触れられるまでもなく肉棒がびくんびくんと跳ね……くぅっ!
 射精しようとする衝動を、唇を噛み締めて耐える。あまりの痛みと血の味が、屈しようとする肉体を辛うじて引き留めた。
「さすがですわね。けれど、いずれあなたはこう仰るはずです」
 ことさらゆっくり、ラーデは俺に近づいた。
 口が僕の胸板まで迫り、上目遣いに僕の顔を窺う。
「お願いです、イカせてください……と」
 囁きが脳内に甘く染み込むのと同時に――ぴちゃり、と肉棒に絡みつく淫尾――
「っっっっっ!!!!」
 どうして耐えられたのか、自分でも理解出来ない。
 ペニスに這い回る冷たい粘液の感触と、不規則な締めつけと、痛さを感じる一歩手前の圧力――そして、焼け付くような快楽、快楽、快楽快楽快楽快楽快楽!
「さあ、気をしっかりもってください。そうでなければ、一瞬で心が壊れてしまいますわよ?」
 淫尾がのたうちながら竿を上昇してくる。みるみるうちに、亀頭以外の部分は膣触手によって覆われてしまった。
「っ……!」
 息を止めて、必死で精神を押し潰す快感を堪える。
 ただ一擦りされただけなのに、ローションまみれの手で極上の手コキを何時間も受けているような気分だ。
「ふふ、いい顔をされていますね……」
 僕の乳首を唇で挟み込み、熱っぽく呟く。
「では、次は先の方に」
「やめっ――」
 思わず出した制止の一言は、圧倒的な感覚に押し流された。
 ぬるりと、淫尾が亀頭を一舐め。
「があぁぁぁぁぁっ!!」
 暴れ悶え回る肉棒を、淫尾の腹が締め上げる。それがまた悦楽に結びつき、鈴口への刺激がそれを上回る快感を与え――
「やめっ、やめてぇ!」
「あらあら。これからが本番ですわよ」
 これ以上があるのか!? やめてくれ、心臓が破裂する、脳が焼き切れる、やめてくれぇ!
 僕の心の叫びは届かない。淫尾の動きは次第に速くなり、僕の肉棒を余すところ無くしごき立てる。
「今なら受け入れますわよ。射精させてください、と仰れば」
 その誘惑と、乳首を転がす舌の蠢きに、忍耐の集中が散らされていく。
「しゃ――」
「先に天国へ旅立った方も、あなたが来るのをお待ちしているはずです。さあ、遠慮無く」
 懇願に被せられたラーデの言葉は、堕ちようとした僕の心をざわめかせた。
 そうだ……こいつには、仲間が殺されたんだ……そんな相手に屈するなど、死んでもごめんだ!
「……瞳に光が戻りましたわね。それでこそ、わたくしが見込んだ方ですわ」
 ラーデは嬉しそうに微笑んだ。
「予め言っておきます。わたくし、ベル様にあなたのお仲間を殺さないよう、嘆願させて頂きます」
「…………?」
 訝しげな僕に、淫魔は哀れみと優しさと、
「あなたが壊れる前に、これだけは告げておかねばと思いましたので。これで、何の憂いも無くなったでしょう?」
いっぱいの悦びを満面に広げて答える。
「では、存分に堕ちてください」
 淫尾が、陰嚢まで伸びてきた。
最初に触手に受けたような、性器を全圧迫する責め――だが、もたらす快楽は桁違い。
まるで全身がぬらつく肉襞に包まれたような感覚に、ラーデに向けていた憎悪は一瞬で溶け消えた。
「ふふっ、いい顔……」
 乳首から舌を離し、ラーデはうっとりと僕の胸に頬を寄せる。
「鼓動が激しいですわ。イキたいのですわよね? 手でも口でも膣でもない、化け物の触手で、いっぱいの子種を絞り出されたいのでしょう?」
 ぬるぬる、ぬるぬる、ぬるぬるぬるぬるぬるぬるあああぁぁぁああぁぁぁぁぁぁぁ!!
「はい、どうぞ」
 ――弾けた。
 溜めに溜められた精液が射精管を押し広げ、我先にと尿道を駆け去り、歓喜に震えながら鈴口から飛び出す。
 びゅぐんびゅぐんと、何度も何度も肉棒が脈打つが、止まる様子は無い。まるで噴水のように、際限なく吐き出していた。
「本当はもっと時間を掛けるつもりだったのですけれど、それではあなたの体が先に潰れてしまいますから。まずは一度」
 四肢を拘束していた触手が解ける。力の入らない体が床にくずおれそうになるが、ラーデが受け止めた。
「ではハルト様。お疲れのところ申し訳ないのですけれど、四つん這いになって頂けますか?」
 ……真っ白の頭に、ただラーデの声だけが明瞭に響く。
 僕は緩慢に、言われた通りの姿勢になった。硬い床のせいで膝が痛いが、そんなことは大して気にもならなかった。
 ただ、仲間への想いと、全霊を込めて耐えに耐え続けたことが、相手の思うままに一瞬で打ち砕かれた……そのショックと、かつてない快楽の余韻に、思考が死んでいたからだ。
「ハルト様、わたくし実は隠しごとがあったのです」
 僕の目の前に立つラーデを、訝しげに見上げる。と、ドレスの裾から、もう一本の淫尾が――
「…………!?」
「一度出されたので、お体も少しは楽になられたでしょう? 今度は、思う存分気持ちよくして差し上げますわ」
「ひっ……!」
 あれが2本、倍!?
 何よりも恐怖が先立って身が竦む。しかし、心のどこかであれ以上の快楽が味わえることを期待する。
 そして――戦士の本能が、告げていた。
 今のこいつは、油断している!
「うおおぉぉぉぉ!」
「っ!?」
 僕はラーデの足首を掴んで、床に引きずり倒した。
 スカートをまくり上げると、2本の淫尾の根元、桜色の秘花が生々しく息づいている。
 腰を引き寄せ、濡れそぼっているそこに、既にどうしようもないほど硬くなっている僕自身を乱暴に突き入れた。
「はぁぁっ」
「くうぅぅっ」
 僕と彼女、同時に呻く。
 くそっ、これは……!
 絡みつく襞だけでも背筋が震えさせられるというのに、加えて肉棒を這い回る淫尾の感触に、すぐ漏らしそうになる。
 さっき弄ばれた記憶が蘇ってくるのを振り払い、抽送を開始した。
「うふふ……」
 ラーデが、艶やかに笑う。
「理解しておられますよね? あなたは呪縛された身。たとえわたくしが何の命令を下さなくても、今のあなたはわたくしの刺激に対して抵抗力が無くなっているということを」
 知っている。知らないはずがない。それでも、このままで終わってしまえるものか!
 歯を食いしばって、ラーデに腰を打ち付けた。
一突きごとにまとわりつく粘膜と淫尾が、僕の亀頭を舐めしゃぶり、竿を擦り立てる。
「ふふ、美味しい……。漏れ出る精気だけでも極上ですわ」
 感じているのかいないのか、ラーデは肌を桜色に染めて恍惚としているだけだ。
一方僕は、我慢しようと思う気持ちとは裏腹に、肉体はまったく耐えようとしない。
「ほら、わかりますでしょう? あなたのおちんちん、まるで子供みたいに泣きじゃくっていますのよ。早くイカせて、もっと虐めて、って……」
あっという間に昂ぶり、精液が肉棒を駆け上がる。
 ――このまま彼女に包まれたい、もっと淫尾に嬲られたい、ぬるぬるでぐちゃぐちゃで締め付けて揉みほぐしてくれて、凄く凄く気持ちよくて――
「くっ……!」
 ――駄目だ、隊長から伝授された呪縛法はまだ使えない。相手が絶頂を迎えないうちから射精しても、単に相手へ精気を提供するだけだ!
 中に解き放つ寸前、狂いそうなほどの射精欲求を叩き殺し、ラーデから引き抜いて床にぶちまけた。
「はぁっ、はぁっ」
「あん……いけませんわ。ちゃんと、わたくしにくださいな」
 恨みがましく言うと、部屋のあちこちに伸びている触手が床に溜まっている精液に殺到する。数秒も経たないうちに、精液溜まりは触手に舐めとられて跡形も無くなっていた。
「呪縛されても諦めない精神は見上げたものですけれど、わたくしそろそろ我慢が出来なくなってまいりました」
 荒く息をついている僕の尻に、ぴちゃりと触れる濡れた感触。
 淫尾の1本が、いつの間にか背後に回り込んでいた!?
 僕は手でそれを振り払おうとするが――ぐん、と淫尾が尻穴を突いただけで、肉棒から白濁液が吐き出されていた。
「あ……?」
「あなたがもっと経験を積まれていたら、もしかするとわたくしが敗北していたかもしれません。ですが――」
 アヌスの奥に潜り込んだ淫尾が僕の中を押し、促されるままペニスを膣に挿入してしまう。
「……もうあなたは、わたくしのもの」
 とても甘い絶対的な宣言。その言葉に蕩かされるように、襞ともう1本の淫尾に包まれた肉棒が、再び射精した。
 何が……何が起こっているんだ……?
「では、心ゆくまで楽しみましょう」
 ダンスに誘う貴婦人の声音で告げられた直後――
「ひぐううぅぅぅぅうぅ!!!!」
 またもや前触れも無く射精しようとする肉棒の根本を、淫尾が締めつけて無理やり押し止める。
 しかし……しかし、ああっ、出ようとする、精液をこんな気持ちよく止めたんじゃ、ああああっ! 出させて、出させてくれ!
「どうしました? 先ほどまであれほど力強かった腰が、動いていませんわよ?」
 ラーデはくすくす笑うと、触手を僕の腰に巻き付かせて強引に前後させた。
 そのたびに淫尾がペニスをしごきたて、アヌスを縦横無尽に犯し尽くす。
「あっ、あああああっ、ひあああぁぁぁっ!!」
 じゅぼじゅぼ出し入れしないでぇぇぇぇ! 痛いよ、おちんちんが痛いぃぃぃぃ!
「そういえば、さっきいっぱい精を放たれましたわよね? 少し、補充しましょうか」
 尻穴の淫尾がぴたりと止まり、肉棒の淫尾の先端が亀頭を捉えると、淫液を噴き出した。
 熱っ! 焼ける、なんだこの熱さっ!?
「そんな顔をなさらないで。もっと気持ちよくして差し上げたくなってしまいますわ」
 亀頭に張り付いた淫尾が、尿道の中に潜り込んできた。両手の触手が僕の耳に伸びてきて、苦もなくするすると耳穴の中へ侵入してくる。
 さらに、膣内から僕の肉棒を舐めながら通り過ぎていく2つの異物感――淫尾が2本、淫奥から生え、僕のヘソと口に――
「ま、さか」
「鼻を塞いでしまっては息が出来なくなってしまいますので、穴という穴、というわけには参りませんが……」
 口内、ヘソの穴、それぞれに飛び込んできた。
「ふふ……正気を保った方にこれをするのは初めてですわ……」
 ぞくぞくと身を震わせ、ラーデは囁く。
 そして――すべての淫尾から一斉に、灼熱の淫液がぶちまけられた!
 尿道、アヌス、内臓、口から食道を通り胃にかけて、蜜より甘く酒より酔いしれる魔性の毒が駆け抜ける。
 耳たぶ、耳穴、あるいは脳まで触手が這い回り、言いようのない感覚に全身が粟立った。
「がああぁぁぁ…………っっっ!!!!!!」
 ――犯されている。僕は間違いなく、この淫魔に何もかもを犯されている。
 熱くて熱くて、何もわからないほど何もかもが熱いのに、ペニスだけはもっと気持ちよくなりたいと叫び続けている。
 僕はそれを素直に受け入れて、腰を自分から動かし始めた。
「あらあら。この期に及んで、まだわたくしを倒そうと? 素晴らしいですわ」
 違う、違うよ、気持ちよくして欲しい、気持ちよくなりたいだけなんだ。
「それとも……敵であるこのわたくしに、絶頂に導いてもらいたいと思っていらっしゃるとか?」
 悦びの混ざった、高慢な嘲笑で僕に流し目を送る。
「あなたの仲間を殺したわたくしに? いえ、そんなはずありませんわよね。仮にもハンターであるあなたが、まさかそんなことを」
 ブルーノのことを思い出し――いや、かつて淫魔化させられた妹のことすら思いだし――沸き立つ憎悪と怒りは、
「ああぁぁぁっ!」
 淫液によって、一瞬で焼き尽くされてしまった。
「いいのですか? わたくしは、あなたに命令しますわよ? かつての仲間を裏切れ、と」
「っ――」
「罪無き人間を欺けと。村を焼いて、町を滅ぼし、男性も女性も老人も子供も、笑いながら踏みつけてしまえ、と」
「っ…………!」
 耐えろ――耐えろ、耐えろ耐えろ耐えろ耐えろ!
「どうしても嫌なのですね。仕方ありませんわ。あなたはそういう方ですもの。わたくしも、あなたを堕とすことは諦める他はありませんわね。……でも」
 慈愛の微笑みを浮かべて、ラーデは頷く。そして、
「……では、おしまいにして差し上げます」
 残酷な言葉――淫尾がすべての動きを止めた――
「……ぃです」
「あら? 何か仰いまして? よく聞き取れませんでしたわ」
「……気持ちよく、なりたいです」
「…………」
「気持ちよくなりたいです! 気持ちよくしてください!」
「それではあなたは、仲間を裏切るのですね?」
「はい!」
「罪のない人を欺いて淫魔に売り渡し、邪魔者を殺して回るのですね?」
「はいっ! なんでもしますっ! ですから、だからお願いぃぃぃ!」
 くすりと、天使の笑顔でラーデは一言。
「駄目です」
「うわあああああああぁぁぁぁぁあああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!!!!!!」
 がむしゃらに、何度も腰だけ打ち付けた。けれど後一歩、もう少しのところで絶頂には至らない。
 溜まっていく。全身がむき出しの性感帯になっているのに、肉棒もこれほど刺激を受けているのに、こんなにも気持ちがいいのに、気持ちよすぎるのに、届かない。
 熱い。びちゃびちゃって、あちこちが硫酸を浴びせられているみたい。
火傷する代わりに、物凄く痒いのをずっと我慢しているみたいに疼いて、掻きむしりたいのに後ちょっとのところで指が届かなくて、他人に表面だけもどかしく撫でられているみたいにたまらなく煽られて、どうしようもなくて、どうしようもなくて、どうしようもないから
「どうにかして、お願いだからどうにかして、お願いしますどうにかしてください」
 ぼくはぼろぼろなみだをこぼして、こしをがくがくゆさぶって、かのじょにたのんだ。
「やっと堕ちましたわね……ああ、あなたは今までで最高の獲物でしたわ……」
「おねがいします、おねがいします、おねがいします……」
「よろしいですわよ。さあ、わたくし中に、すべて注ぎ込みなさい」


 すべてが、流れ出していった。
 命も、心も、何もかもが彼女に奪われていく。
 けれどそれは何の屈辱でもない。最高の安心だった。


――カリン――


 ……僕は、辺境の村に住む農民の息子として生まれた。
 両親と兄弟たち、痩せ細っても声だけはいつも大きい祖父。
 貧しい暮らしではあったけど何とか生きていけたし、村の人たちもみんな暖かくて気のいい連中だった。
 そんな中、歳の近い妹のカリンとは特に仲が良かった。
 遊んでいる時も野良仕事をしている時も、いつも一緒だった。
カリンは10歳を過ぎても、僕のお嫁さんになるなんて言っていたぐらいに、僕に懐いていた。
 忘れもしない13歳の夏。村に、淫魔の集団が現れた。男は嬲り殺しに遭い、女は淫魔化させられた。
 カリンも、その中に含まれていた。
 淫魔にさせられたカリンは、まず弟を吸い殺し、兄たちから命ごと搾り取り、父と祖父の心臓が止まるまで責め立てた。
 とても楽しげだった。
 そしてその矛先が僕に向き――逃げてお兄ちゃん、と泣きながら言った。
 僕は逃げ出した。人で無くなった妹を見捨てて。人で無くなっても、僕のことだけは守ろうとした妹を見捨てて。
 それが僕、ハルトがハンターを目指した理由だ。
 淫魔への憎しみと、妹をどうにかして救いたいという願いが、僕を戦場へと駆り立てた。
 なのに、なのに僕はもう――


 ……後頭部が、柔らかい何かに乗せられている。
 頭を撫でる感触は、滑らかな絹だった。優しく、愛おしげに、何度も何度も髪を梳ってくれている。
 ああ……懐かしいな。昔、カリンがぼくによくこうやってくれた。
 ぼくより1つ下のくせに、妙にお姉さんぶるところがあったからなぁ、あいつは。
「目が覚めたか?」
「……そのようですわね。もう少し、寝かせて差し上げた方がよろしいのではなくて?」
 聞き覚えのある声が2つ、ぼんやりとする僕の意識を揺さぶった。
 けれど、それがいったい何なのかよく思い出せない。
 目蓋を開けてみると、とても美しい女の人と……彼女よりもずっと存在感の大きい、太陽みたいな男の人がこちらを見つめていた。
 なんだったっけ……網膜に映し出される光景が、どんな意味を持つのかよくわからない。
「そうも言ってられん。おい、自分の名前と所属を言ってみるんだ」
 ぼくの、名前……?
「ゆっくりでいい。ちゃんと考えて、頭を動かせ」
 その力強い男性の声音は、闇の中でばらばらに浮遊していた僕の心を、闇を払う朝陽のように照らし出した。
 ……ぼくの名前……僕、僕は、僕はそう、
「ハルト……ハルトです、ミューゼル隊長。僕はハルト。ターラント村出身、現在はオルデン王国ハンター協会のハンター。所属は、つい先日ミューゼル隊に組み込まれました」
 ……意識がはっきりしてきた。カリンの兄で今は淫魔ハンター、それが僕だ。
 僕を覗き込んでいる男性……ミューゼル隊長、ウォルフ先輩、ダスティ。
そして、僕を膝枕しているのは――
「……ラーデ!?」
「はい、そうですわ。あなたの主の、ラーデです」
 にこやかに笑って、ラーデは手袋に包まれ手の形をした触手で、僕の頬に触れた。
「そして今は俺の奴隷のラーデというわけだ」
「…………」
 ラーデは不機嫌そうに目を閉じて、僕の頭を胸に抱きしめる。むにゅ、と柔らかくも心地よい感触に包まれながら、僕はひたすら困惑していた。
 と、
「――ハルト! おまえ、本当に大丈夫かよ!? さっきまで白目剥いて腰かくかくさせてうわごと言ってたんだぞ!」
 傍に居たダスティが、僕の体をがくがく揺さぶる。
「ちょっ、くるっ、苦しいよっ!」
「あ、すまん……」
「……まだ全身に力は入らないけど、今のところそんなに危ない感じはしない」
「そっか……安心したぜ」
 ほっ、と息をついた。いつもはもっと飄々としてて、こんな風にあからさまな態度はとらない男なのに……心配をかけてしまったな。
「……いったい、何がどうなったんだい?」
「おまえはやられちまったから覚えてないだろうけど、隊長とウォルフさんが救援に来てくれてな。こいつの本体に一切触らず、触手だけを愛撫してイカせちまった」
 ダスティが畏怖と誇りの籠もった声音で語ると、ラーデは眉を吊り上げた。
「わたくしは肉体よりも触手の方が過敏……つまり弱点なのです。それなのに、まるであの2人の足下にも及ばなかったかのような言い様は不愉快ですわ」
 つまり、僕の責めはまるっきり見当違いだったわけか……。
「ハルト、君は大したものだ」
 部屋の入り口に警戒の視線を送ったままのウォルフ先輩が、こちらに顔を向けずに口を開いた。
「普通、ラーデのような淫魔にあそこまで嬲られると、精神が壊れるものだ。だが君は、こうして正気を保ったまま生き延びている」
「けど……結局僕は、何も出来ないまま負けてしまいました。そんなことに意味があるのでしょうか」
 僕の言葉に、ミューゼル隊長が鼻を鳴らした。光そのものを放つような金髪をひらめかせ、僕を見下ろす。
「意味はある。おまえは、俺とウォルフがラーデを倒すまで持ちこたえた。生きてさえいれば、いずれラーデのような淫魔をも倒す力を身につけることも出来る」
 そして僕の傍らに跪き、間近から魂そのものを射抜くような眼光で僕を睨み付けてきた。
「折れても砕けぬその心、俺に貸してくれ。俺の王国を作るために」
「え……?」
 俺の、王国?
「人間と淫魔が共存する、新たな形の国だ。そのためには、おまえのような人間が必要だ。国を作るため、そして出来上がったその国を守るための、気高く強い精神の持ち主が」
「人間と淫魔が、共存……」
 出来るわけがない――とは思わなかった。
 太陽が空に昇るのが当然の理であるように、この人がそんな夢を実現するのは当然のことであるだろう。
 なぜか、自然にそう思えた。
「…………」
 だが、淫魔は憎い。かつては親しい人たちが奪われ、今も仲間であったブルーノが殺された。
 けれど、その淫魔の中には、妹が……カリンだって居るんだ。それにもしかしたら、他の淫魔にもカリンみたいな人が居るかもしれない。
だったら僕は、淫魔を根絶やしにした末の平和を心から望むなんてこと、出来ない。
「ラーデ……」
 僕を抱いたままの淫魔に、声を掛ける。
「君は、人間を殺さないで居られるのか?」
「わたくしの可愛いあなたが、そう望むのなら」
 にこやかに微笑んで、迷い無く答えた。
「あくまで、『あなたが望むのなら』ですので。間違ってでも、不当にわたくしを呪縛したこの人間の……王? かどうかは存じませんが、この方に命令されたから、ではありませんので。そこは勘違いなさらぬようお願いしますわ」
 続く言葉はミューゼル隊長を横目で睨み付けながらで、語調も荒かった。
「やれやれ。格の高い淫魔というのは、意地っ張りが多いのか?」
 苦笑いしたミューゼル隊長は、先ほどと違って目元が春の日差しのように柔らかい。
「しかしハルト、正直安心したぞ。切り札を出すまでもなく、おまえが俺に同意してくれるとは思わなかったのでな」
「切り札?」
「ああ。おまえの妹カリンはウォルフが呪縛して、現在は身を隠させている。おまえに会いたがっていたぞ」
「――え?」
「こういう世界で、そういう世界だ。俺が作ろうとしているのは」
 いつもと変わらない当たり前の口調で言って、ミューゼル隊長は立ち上がった。
 ああ……そうだった。これが、ミューゼルという人なんだ。
 天の高みから、遍くすべてを照らす太陽のように――強く、果てしなく、何もかも超越し、ただ追いかけることしか出来ない――


 ……父さんや母さん、村のみんな、ブルーノ、すまない。
 僕は太陽の下で、あなたたちを殺した淫魔と共に生きることにするよ。
通りすがり? 改め、「連邦の白い液体」です。
前回コメントを頂いた方々、まことにありがとうございました。
とても励みになりました。
また、そうでない方たちも、見て頂けたのなら幸いと思っております。

今回は、前回よりも長い割にとりとめもなく読みにくい文で、申し訳ありません。
それでも、もしよろしければ、意見や批評、改善点も含めてコメントを頂けると、喜びの極みであります。

それでは、今回も拙文ではありますが、この場をお借りさせて頂きまして、披露させて頂きます。

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