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太陽の王国 〜第2話〜 野心の贄 前編

 “北風”のベルと、要塞都市シュタイン。
 この2つは、オルデン王国とハンター協会にとって忌まわしい名であった。
 1年半ほど前、“北風”のベルは淫魔を率いてシュタインを陥落、そこの住民を呪縛した。そして、住民の精気を吸い尽くさず、栄養源と奴隷、両方の役目を課したのだ。
 淫魔、人間を組織化、両者を能率的に運用することにより、元々それほどの防衛能力を有していなかったシュタインは、“要塞都市”と呼ばれるまでの堅固さを身に着けた。
 ハンター協会がハンターを使って淫魔を駆逐しようとすれば、呪縛された人間が要塞の能力を持って物理的に退ける。
 王国が軍隊を使って人間を排除しようとすれば、物理的攻撃に無敵の淫魔がそれを阻み、前線の兵士を堕として呪縛する。
 こうして、シュタインは難攻不落の名をほしいままにした。
 また、“北風”のベルはこの都市を拠点とし、周辺の村落を次々と制圧する。
さらにはオルデン王国北方の主要街道と、その先に通じる唯一の港湾地帯も封鎖されてしまい、「オルデンに北風が吹き荒び、港は凍りついた」と国内外から嘆きの声が上がった。
 “北風”のベルは、淫魔にしては珍しく、まるで人間のように集団を統率し戦略的にオルデン王国に食い込み、着実に打撃を与えていく。淫魔としての能力以上にその手腕を危険視されたが、無敵の要塞を落とすことは誰にも出来なかった。
 だが、それもミューゼル率いる少数精鋭のハンター部隊によって、無敵の要塞都市は内側から食い破られようとしていた。


 ミューゼル隊長発案による計画。
 下水道から都市内部に潜り込み、呪縛した淫魔に手引きさせて“北風”のベルの拠点を強襲、“北風”本人と幹部を一網打尽にするという作戦だ。
 大胆な作戦だが、勝機はあった。向こうはこちらが淫魔を呪縛出来ることを知らない。
 それを利用すれば、拠点である屋敷の防御能力を削り落とし、懐まで迫ることが可能だ。
 隊長が“北風”を、俺たちは他の淫魔を相手にする。ただし、時間をかけられない。周辺から増援が駆けつけるまでに、勝負を決めなくてはならない。
 シビアな条件だが、達成出来る自信はあった。ミューゼル隊は、オルデンのハンター協会でも最精鋭であることを、俺は確信している。
 “迅雷”といささか大仰な呼ばれ方をしているこの俺ウォルフ、俺の昔からの戦友にして実力はミューゼル隊長と互角と言われるオスカー、“黒槍”フリッツ。
 負けるはずがない。今、俺たちの眼前には5人の淫魔が俺たちという獲物を前に舌なめずりしているが……どちらが狩られる側か、その身で思い知ることになるだろう。
「あらあら。たった3人でいいのかしら?」
 全裸のままの淫魔が、小馬鹿にしきったように鼻で笑った。
 ここは、そう……淫魔の食堂と言うべきか。
 元は領主の寝室であったのであろうが、今は1人2人が寝るには広大すぎるベッドが置かれている。
 その上に淫魔が、それぞれ精気を吸い尽くされてひからびた人間を組み敷いていた。
 人間のほとんどは虫の息か、さもなくば既に精神が壊され廃人になっている。
 ……むごいことを。精気補給のためなら、ここまですることはないだろうに。
 認めたくは無いが、こういうところも人間と淫魔は似ていた。自分の楽しみのために命を食い散らかし、それに対して何の痛みも覚えない。
 世の中、こんな連中ばかりだから俺は――
「ウォルフ」
 俺の隣に立っていたオスカーが、退屈そうにくすんだ灰色の髪を掻き上げた。
「いちいち入れ込むな。おまえはさっさとこの屑どもを片付けねばならんのだからな」
 オスカーは淫魔から目を離し、俺の肩を軽く叩く。
「そーいうこった、ウォルフ! おめぇは毎度毎度、生真面目に考えすぎなんだよ!」
 オスカーとは対照的に、フリッツは豪快に俺のことを笑い飛ばしてくれた。
 複数相手、しかも後から敵の増援が来るのは確実であるこの不利な状況に、いつも通りの2人……彼らの態度は、ささくれ立った俺の心を平常に戻す。
「あら坊やたち、ずいぶん余裕じゃない?」
 男に跨っていた淫魔の一人が立ち上がり、豊満な肢体を見せつけるようにしなを作りながら流し目を送ってきた。
 それを受けたオスカーが、あからさまに嘲りを含んだ冷笑で返す。
「それはそうだろう。貴様らごとき屑が俺たちを相手にして生き残る唯一の道は、一目散に窓から飛び出して逃げることだった。それがわからぬような連中に、必要以上に構えることも無いからな」
 その言葉に、5人の淫魔はこめかみをひくつかせた。
 ……オスカーの言う通り、こいつらはせいぜい二流だな。ならば、予定通りに手早く終わらせるか。
「ハンデをくれてやる」
 オスカーが上着を脱ぎながら、見下した物言いをした。
「俺が3人同時、相手にしてやろう。それならば、貴様らごとき屑でも上手く立ち回れば俺を倒せるかもしれんぞ?」
「……いい度胸してるじゃない?」
「それは貴様らの方だろう。実力が及ばぬ相手に、そうも強気で居られるとは恐れ入る」
 これ見よがしに肩を竦めてみせる。
 淫魔たちは、もはやいつオスカーに飛び掛かってもおかしくはないほどいきり立っていた。
彼の挑発は、言葉の内容以上に表情や口調で相手の神経を刺激する。それもまた、相手が人間であろうが淫魔であろうが変わらないことであった。
「いいわ。『イカせてください』って泣きながらお願いすることになった時、今の言葉、たっぷり後悔させてあげる」
脇にいた『食糧』を蹴り飛ばし、オスカーに言われた通り3人の淫魔が彼に向かってにじり寄っていく。
 俺はそれを横目で確認しながら、ショートカットの淫魔へ歩み寄って行った。
「あなたは、あの坊やみたいに大きな口を叩かないの?」
 オスカーの相手を仲間に取られて不満げだった淫魔は、しぶしぶといった様子で俺の首に腕を巻き付けてくる。
「そういうの、苦手なんだ」
「ふふ、そうね。あなた、とっても素直そう。可愛らしい顔してるし……」
 顔を近づけ、俺の上唇を自身の唇で挟み込んた。やわやわと嬲りながら、舌も伸ばして上唇をねっとり舐めてくる。
 仕返しにこちらが舌の突き出そうとすると、絶妙のタイミングで唇を離した。
「……美味しい精気。いいわ、たっぷり時間をかけて、気持ちよくしてあげる」
 淫魔は食虫植物のように粘ついた甘さで笑むと、未だ服を着ている俺の体を指先で撫でながら、ゆっくりと跪く。
 ズボンを降ろすと、既に硬度を増した俺の肉棒が飛び出て、彼女の鼻を軽く叩いた。
「あらあら。本当に素直。大丈夫よ、お姉さんが優しく天国まで案内するから……」
 ちゅっ、と亀頭にキス。
 ……先ほどの口淫と、ズボンを脱がせるまでの手の愛撫を比較すると、口の方が格段に上手い。こいつは、口が得意なタイプだな。
 俺は淫魔に気づかれないよう、周囲を見回す。
 オスカーは四つん這いにさせられていた。中腰の姿勢の淫魔がオスカーの頭を押さえつけて奉仕強要、ペニスは横たわった淫魔の胸に挟まれ、もう1人の淫魔は彼の尻穴に舌をねじ込んでいた。
 フリッツは押し倒されて、既に騎乗位を取られている。淫魔は激しい腰づかいで、フリッツの肉棒をくわえこんでは吐き出していた。
「それじゃあ坊や、いくわよ。いきなり出しちゃわないでね……」
 俺の股間にとりついていた淫魔が、絡みつく声音で宣言して――いきなり、俺の牡槍を喉奥まで呑み込んだ。
 唾液混じりの舌が雁に絡みつき、亀頭が咽喉に吸い付かれ、肉棒は唇が複雑に揉みほぐす。
 左手の上に陰嚢を乗せ、弄ぶ。さらに右手を俺の尻に回して、指をアヌスに潜り込ませた。
 三点同時責め――ぬらつき蠢く口内から逃げようと腰を引くと尻穴の指が前立腺を刺激し、たまらず腰を突き出すと待ちかまえていた口が肉棒をあらゆる角度から攻めてくる。
 さらに、揺れるふぐりを巧みに手の平の上に転がし、柔らかい気持ちよさを与えられた。
「うぅっ」
 俺は淫魔の思うがままに、腰を前後に振らされて性感を高められる。鈴口から先走りが後から後から湧いて出て、その度に淫魔は嗜虐と余裕の笑みを唇の端に浮かべていた。
「も、もう……」
「んーん」
 淫魔は俺の懇願に、首を左右に振った。ペニスが頬に当たって、それがまた新たな刺激を肉棒に加える。
「俺も、舐めたい、舐めさせてくれ……」
 動きを止めて、俺の顔を見上げる。数秒迷っていたようだが、口を離して俺に横たわるよう仕草で促した。
「ホント、可愛らしいわね。いいわ、坊やの好きにしなさい」
 俺は、広すぎるベッドの上に仰向けになる。ゆったりと淫魔が俺の上にのしかかり、股間を俺に顔に向けた。
「さあ、たっぷり味わっていいのよ……」
 誘うようにひくひくしている淫花から、男を狂わせる蜜毒が滴り落ちる。俺はそれを舌先で受け止め、源泉に直接触れた。
「あんっ」
 わざとらしく嬌声を上げた淫魔は、俺の肉棒に熱い吐息を吹きかけ、再びくわえこむ。
 じゅぼじゅぼ、響く口淫の音。下半身ごと吸い取られそうな吸飲に、腰が浮いた。
 ……そろそろ、かな。
 だいぶ射精感が近づいてきたし、頃合だろう。
 俺は神経を集中させて、魔力を昂ぶらせる。魔力は俺の意志に従い体内を一定の法則で流れ、それは魔法という形で俺の指先へと顕現した。
 淫花から顔を離し、淫魔のクリトリスに軽く指先で触れる。
「ああぁぁっ!?」
 淫魔が、衝撃に体を震わせた。
 ――今、俺の指先は微弱な電気を帯びている。スライム型の淫魔を狙うハンターが冷気系の魔法を使うように、俺は電撃を駆使した性技を操るのだ。
 痛みぎりぎりの刺激に身を痺れさせながらも、淫魔は俺への口撃を続行する。
 俺は構わず、手の平全体に電気を走らせ、そっと淫魔の尻に押しつけた。
「っっっっっ!!」
 淫魔の神経に、快楽のパルスが走る。全身をびくびく痙攣させ、開きっぱなしの口から涎がこぼれ落ちていた。
 既に俺は、淫気を読み取ってこの淫魔がどれぐらいの電気刺激で絶頂を迎えるか、おおよそ掴んでいる。
「どうした? 口が休んでいるが」
「っ……!」
 自尊心を傷つけられたのか、肉棒への口淫が再び始まった。だが、先ほどと違って責めが単調になっており、俺をイカせるには物足りない。
「ほら、もっと頑張って」
 俺は言いながら、膣の中に指をねじ込んだ。奥まで誘うような動きをする襞に電撃を流すと、たちまち収縮して指を締めつけ侵入を拒んだ。
 だが、俺は二本目三本目の指を強引に押し込む。
「あっ、あっ、あっ、あっ」
 もはや淫魔は俺への責めを行えないほど、かつてない感覚に翻弄されている。
 ――これが“迅雷”の所以だ。電撃による性技と、速効で相手を飛ばす手際から、こう呼ばれるようになった。
 だが、一方的に瞬殺しては目的を達成出来ない。
 俺は自分から腰を動かして、淫魔の口内に入ったままの肉棒を出し入れした。
「んんっ!? んぐっ、もがっ!」
淫魔への責めを続行しながら、イマラチオで自ら射精欲を高めていく。
「だっ、だめっ、イッ、イッちゃううぅぅぅ!」
 言葉通り、淫魔は膣から大量の淫液を撒き散らし――絶頂した。
痙攣した肉体から力が抜け、同時にイッたことにより身体を構成する淫気が拡散して存在そのものが消滅しようとしている。
「イクぞっ……!」
 俺は、最初に無防備に責めさせていた時の昂ぶりと、強制口奉仕によって強引に引き出した射精欲求を解き放った。
 魔力の籠もった精液は、雲散する淫魔の淫気を俺の精気で繋ぎ止め、呪縛する。
「……おい、大丈夫か?」
 俺はぐったりと脱力している淫魔に声をかけるが、返事が無い。
 やれやれ。少しやりすぎたか。
「さすが“迅雷”ウォルフだな。その素早さは俺でも真似出来ん」
 掛けられた声に振り向くと、さっきまで四つん這いになって責められていたはずのオスカーが、平然と後背位で淫魔を貫いていた。
 バックから犯されている淫魔は乱暴に頭をベッドに押しつけられていて、まるで強姦されているようだ――いや、実際そうなのだろう。淫魔の表情は、苦悶と快楽によってぐしゃぐしゃに歪んでいた。
 オスカーは、俺に向けていた目線を肩にしなだれかかっている淫魔に移す。
 その淫魔は、誘惑のためにオスカーにもたれているというよりも、責め苦から一息ついているといった様子だった。
「やっと休める――そう思ったのか?」
 オスカーは冷笑し、その淫魔の豊満な胸に顔を埋め、歯を立てた。
「ぁぁぁぁあああっっっ!」
 食いちぎられるのでは、と思うほど乳首を噛み締める。多大な痛みと、それに勝る愉悦が淫魔の精神を蝕んでいるのだろう。
その絶叫の中には、明らかに苦痛だけではない甘さが潜んでいた。
もう一人、オスカーのアヌスを責めていた淫魔は焦りの色を顔に満たしている。
それはそうだろう。仲間が追いつめられているのに、自分が指や舌でどれほどオスカーの尻穴を嬲ろうとも、まったく反応が無いのだから。
 3人を一度に相手して、自分のペースを崩さず勝ってしまうか……ミューゼル隊長といいこいつといい、上には上が居るものだ。
 念のためフリッツの様子も確認する。
騎乗位は相変わらずだったが、フリッツが下から一方的に攻めていて、逆に淫魔は飛ばされないよう必死に唇を噛み締めていた。
だが、もうじき耐えられずに屈するだろう。人間の女はおろか、淫魔すら狂わせるあいつの肉棒は“黒槍”と呼ばれるものなのだ。
挿入にさえ持ち込めば、倒せない敵は居ない。
「さて、と」
 いつまでも人のことばかりに構っていられない。俺は俺で、やることがあるからな。
 俺は、まだ失神している淫魔の頬に手を当て、呼びかけた。


 ダスティ、ブルーノ、アルフ、そしてこの僕ハルトの4人は、隊長やウォルフさんたちとは別行動を取って、たった一人の淫魔を取り囲んでいる。
 ここは、領主の館に相応しくない、絨毯も敷かれず調度品一つ置かれていない殺風景な部屋。そこに立つのは純白のドレスを身に纏っている女性――彼女こそ、“北風”の片腕とされる淫魔ある。
 見た目は儚げな令嬢といった風なのに、彼女を見ているだけで背筋がざわめく。
 部屋に充満する淫気だけで、気を抜くと射精までもっていかれそうだ。
「お初にお目にかかります。わたくしは、ラーデと申します」
 清楚に微笑んで、軽く会釈をする。白い手袋に覆われた手を自らの頬に当て、首を傾げた。
 まるで穢れを知らぬ一輪の花のような、楚々とした可愛らしさ。白金の髪は、新雪のきらめきを思い起こさせる。
 淫魔……ラーデから漂う淫気にあてられたのか、その容姿の虜となったのか、ブルーノは彼女を食い入るように見つめていた。
 かくいう僕も、平常では居られない。ともすれば、ラーデに飛び掛かりたくなる衝動が抑えられなくなりそうだ。
 気を紛らわそうと、部屋の様子に目をやった。
 領主の館の一室にも関わらず、装飾はおろか物という物が一切存在しない。
 その代わり、壁床問わず全体が真っ白だ。その白よりさらに白い線のような模様が、部屋のあちこちに走っている。
 何でもないような、しかし何か違和感を覚える。まるで、四方八方から兵隊に槍を突きつけられたような、そんな危機感が沸き立つ。
「鋭い方が2人、鈍い方が2人……といったところでしょうか?」
 くすくすと、鈴を転がした笑声が淫魔の喉から漏れた。
「ふん。何をわけのわからんことを。虚勢を張りやがって」
 アルフが、余裕を滲ませて一歩前に踏み出した。
「この人数差だ。いくらおまえが“北風”の片腕だろうが、どうしようもあるまい」
「おいアルフ、あんまりナメてかからねぇ方が……」
 ダスティが、アルフの肩を抑える。
「ご心配、ありがとうございます。けれど――」
 突如、部屋の壁に巡らされていた線模様が盛り上がった。
「なにっ!?」
 驚く暇もあらばこそ、それらは細い触手となって僕たち4人へ一斉に襲い掛かる。
「わたくし、大勢の方をおもてなしするのは得意ですの」
 ラーデはあくまで清楚に微笑む。
 触手は服の内側に滑り込み、陰嚢、肉棒、乳首を瞬く間に包み込んだ。
「それではごゆりとお楽しみを」
 すると、細かく蠕動を始め――包まれた部位が極上の膣に嬲られるような感触――
「ぐああぁぁっ!」
 鈴口から吐き出される先走りを、触手はペニスに塗り込めさらに滑りを良くする。
陰嚢への責めは全身から力を奪い、乳首への刺激によって女のように身悶えさせられた。
「さて、まずは前菜から……」
 ラーデは、ブルーノに視線を移す。既に口が半開きで目も虚ろな彼へ、更なる触手が体を捉えた。
「ブルーノっ!」
 僕は叫んで呼びかける。今すぐ駆け寄りたいが、責めによって脱力した体は言うことを聞いてくれない……!
「くあっ、くあぁぁぁ」
 どこか間抜けに聞こえる声で、ブルーノは悶える。
 腰がびくんびくんと跳ね、白目を剥いて、喉から音にならない絶叫が震えていた。
ズボンの中では、何度も何度も射精しているのだろう。ブルーノの顔色はみるみるうちに蒼白くなり、精気が失われていく様子が手に取るようにわかる。
くそっ、動けっ……! 動いてくれ、僕の体! 仲間が死んでいくのを、みすみす見ているしかないっていうのかよっ!
「くうぅっ……!」
 腹の底から、怒りと気力を振り絞る。
隊長やウォルフ先輩、オスカーさんのような高いレベル魔力を操れない僕は、ただ自分の心を奮い立たせるしかない。
今なお続くラーデの快楽攻撃を、
「うおおおぉぉぉぉっ!」
 裂帛の叫びで耐えた。
 股間と胸に吸い付いている触手を力任せに引きはがすと、ラーデに飛び掛かる。
「あら」
 驚いた表情で、ラーデはそのまま僕に押し倒された。
「んなくそっ!」
「ひっ、なんだこの化け物っ!」
 ダスティの闘志漲る声と、アルフの怖じ気づいた悲鳴が背後から聞こえる。
「あなたのおかげで、2人は何とか無事なようですよ。でも……」
「ひぎゃあぁぁぁああぁぁあっっっ!!」
 響くブルーノの断末魔……!
 振り返ると、既に瞳から生者の光が失われたブルーノの肉体が触手から解放され、枯れ木のような軽さで床にくずおれる光景――
「きっ、貴様ぁぁっ!」
「ハルト! 熱くなんな!」
 ダスティの呼びかけに応えることも出来ない。仲間を一瞬で失ってしまった怒りは、僕から冷静さを奪っていた。
 彼女のドレスに掴みかかる――が、全方位から襲い来る触手は、それより先に僕の四肢に絡みついた。
「くっそぉっ!」
 触手は艶めかしく皮膚の上を這い回りながら、僕の全身から抵抗する力を奪おうとする。
 しかし、しかし……! ブルーノがやられたのに、よがっていられるか!
 僕は全霊を振り絞り、触手に拘束されたまま力任せにじわじわとラーデに迫る。
 彼女は戸惑いに睫毛を震わせ、すぐにその白い面を淑女の微笑みに変えた。
「さあ、いらして。強い人」
 こいつっ、どこまでも人をバカにしやがって!
 横たわったまま待ち受けるラーデの口に、僕は唯一自由な唇を重ねた。
 薄い唇を僕の唇でこじ開け、触れ合わせる。ただ押しつけるだけでなく、触れ合わせ、挟み込み、押し潰す。
 舌は使わない、ただ唇だけの口淫。もどかしげに突き出されたラーデの舌を、僕は噛んで制しつつ刺激した。
 それがいっそう苛立ちと官能を募らせたのか、半ば力尽くで僕の口内に潜り込もうとしてくる。
 僕は自ら歯を開けて招き入れ、噛んだ彼女の舌を労るように舐め撫でた。
「んぁっ……」
 ラーデの咽喉から漏れる、甘い吐息。そして、僕を蹂躙しようとした口技が止まる。
 その隙をついて、僕は彼女の舌を巻き込んで逆に相手の口内へ侵入した。
「んんっ!?」
 今度はさっきまでの穏やかで優しい動きとは正反対に、あらゆる場所を荒々しく突いては舐めて、責め立てる。
 ラーデの口内軟体は、彼女の意志に反して僕の舌の動きに応えていた。僕を押し退けようとする行動は、僕を受け入れて深い快楽を導き出す結果になってしまっている。
 よし、このまま口だけで圧倒出来る――
 そう確信した瞬間、触手が今までにない力で無理やり僕の体を引き上げ、ラーデとの距離を離した。
「くそっ……!」
「ふぁっ! はっ……想像、以上でしたわ……」
 頬をバラ色に上気させ、艶然と淫魔は笑う。
「ハルトっ!」
 ダスティがこちらの駆け寄ろうとしているが、触手に阻まれ近づけない。
 駄目だ、こいつは数が居ればどうにかなる相手じゃない。僕と似た実力のダスティや、既に怖じ気づいているアルフが加勢したところで……。
「逃げて! 隊長やウォルフ先輩たちを連れて戻ってきてくれ!」
「っ……!」
「わ、わかったっ!」
 逡巡するダスティと、一目散に部屋のドアへと走り出すアルフ。
「クソったれ! ハルト! 絶対に助けに来るからな! 死ぬなよ!」
 ダスティはそう言うと、アルフに続いて身を翻した。
 2人の足音は遠ざかり、この部屋に残るは僕とラーデ、ブルーノの死体のみとなる。
「これで、ふたりきりになれましたわね」
 淫魔が、静かに呟く。
「久しぶりですわ。これほど、心躍る時間は」
 ラーデは優美な仕草で立ち上がり、乱れたドレスを直した。
「ふざけるなっ!」
 僕の怒声を、彼女は言葉通り楽しみに浮き立つ顔で受け流す。
「ふざけてなどおりません。わたくしは立場上、大勢の方のお相手を務めることが多いので、こうして1人の殿方と向かい合う機会になかなか恵まれないのです」
 触手が僕の手足を広げて吊り上げる。正面から見たら、僕の格好は×のような形になっているはずだ。
 いくらもがいて、力をこめても、ぴくりとも反応しない。
 ちくしょう、このままじゃ!
 ラーデは、右手を覆っていた絹の手袋をそっと外す。
「うっ……!」
 現れたのは、想像していたような白磁のごとき五指ではなく――ミルクをゼリー状にしてひも状に練り上げたような、無数の白い触手だった。
 それが、意思を持った生き物のように勝手気ままに蠢き回っている。
 吐き気がするほどのおぞましさと、目眩がするほどの妖しさが、僕の視線を捉えて離さない。
「ましてや、あなたほどの高潔な方とご一緒出来るなど、それだけで天にも昇る心地ですわ」
 右手――いや、腕から伸びる触手の群れを、僕の頬に押し当てた。
 人肌の温もり、乳房の柔らかさ……感触はこんなにも人間のようで、形は例えようも無いほど化け物そのもの。
 これが。淫魔。どうしようもなく、人を惹きつける魔性。
「さあ、共に参りましょう。わたくしとあなただけの、夢の楽園へ」


「ウォルフ!」
 背後から俺を呼ぶ声に振り向くと、上半身が裸のミューゼル隊長と、ラフな格好をしたスタイルのいい女性が小走りに俺の元へ駆け寄ってくるのが見えた。
 同じく小走りの俺の横に2人が並ぶ。
「隊長、申し訳ありません。増援の処理に手間取ってしまいました」
 俺の謝罪に、隊長は一瞬苦い顔をしたが、
「構わんさ。それも予定の内だ」
 すぐにいつもの自信に満ちた表情に戻った。
 ……予定の内、か。確かにそうだろう。
ハルトたち4人の能力と『適性』を試すために、俺やオスカーより実力の劣る彼らを幹部の淫魔にぶつけたのは計画通りだ。勝てないことは織り込み済みである。
 だが、彼らへの救援が遅れてしまったら、全滅してしまう可能性は充分に高い。
だからこそ、オスカーとフリッツに淫魔の増援を食い止めてもらい、俺がハルトたちの元に駆けつける手はずだったのだが……最初の一人を呪縛した後、屋敷のあちこちから淫魔が現れ、処理に手間取ってしまった。
「ところで隊長、彼女は……」
 俺は後悔と焦りを押し殺し、隊長と共に走っている女性に目をやる。
「わかっていると思うが、こいつがベルだ」
「よろしく」
 女性――“北風”という名で王国中から恐れられた淫魔が、興味なさげに挨拶した。
 抑え込んでいるのだろう、特に淫気なども感じられない。ただ、その少女の面影が混ざったアンバランスな美貌は、それだけで目を惹きつける。
「ベル。ラーデという淫魔の特徴は?」
「本体は特に言うところも無い。けれど、細い触手を無数に操る。それで、相手を堕とすのが得意」
「その触手は、手足のように動かせるのか?」
「手足以上」
 隊長の質問に、ぼそぼそと簡潔に、かつ従順に答える。
 ……何となくだが、この2人の間には呪縛で強制した以上の関係が在るような気がするな。
「ウォルフ。今のでわかったか?」
「は? あ、はい。つまり、ラーデを相手するには、本体を直接狙う必要が無いということですね」
「さすがは“迅雷”ウォルフ。ぼうっとしているようで話も聞いているし、理解も早い」
 満足そうに、隊長は唇を弧に描いた。
 ――手足のように自由に触手を操れて、それで相手を堕とすのが得意。つまり、その触手は相手の状態を的確に把握することが出来るのだろう。
となれば、触手自体にも感覚が備わっているという可能性が高い。
 それを愛撫してやれば、快楽を与えてやれるはずだ。今までの経験上、そういう相手に電撃が効果的であるケースは多かった。
 複雑に入り組んだ屋敷の廊下を、俺たちは突き進んでいく。事前に仕入れた情報で屋敷の間取りと淫魔の配置場所は頭の中に叩き込んであったので、迷うことはない。。
と、角を曲がったところで、急に現れた人影にぶつかりそうになる。
「っととぉ!」
「ひぃっ!」
 人影――別働隊のメンバー、ダスティが驚きの表情で、アルフが怯えの顔で身構えていた。
「隊長! そっちは無事だったんっすね!」
「おまえたちか。ハルトとブルーノはどうした?」
「ハルトは、オレたちを逃がすために足止めしてます。ブルーノは、もう……」
 沈鬱に語るダスティ。彼を押し退けて、アルフが隊長にすがりついた。
「ハルトももう駄目です! ここは逃げましょう! あんな化け物に勝てるわけがねぇ!」
「…………」
 隊長が、まるで物を見るような無関心な目でアルフを一瞥する。
「ベル。こいつらを凍らせろ」
「ん」
 隊長の声に、初めて“北風”の存在に気づいた2人が彼女へ首を向ける。何か口を開こうとして、しかしそれより早く“北風”が両手の人差し指で彼らの額に触れた。
 すると、糸の切れた操り人形のように、ダスティとアルフは廊下に崩れ落ちた。
「なっ……!?」
「これが、ベルの特技だ。詳しいことは後で教えてやる。ベル、口がきけるようにはしているな?」
 隊長はこともなげに言って、“北風”に確認を取っていた。
 ……触れるだけで相手を動けなくさせる能力なんて、こんな相手に隊長はよく勝てたものだ。
 驚く俺に構わず、隊長は廊下に倒れ込んだダスティとアルフの脇に屈んだ。
「時間が無いから単刀直入に訊く。おまえらは、ブルーノを殺して今ハルトを嬲っているラーデという淫魔を、仲間として迎え入れることが出来るか?」
「た、隊長、あんたまさか……!?」
 動けない体を震わせながら、ダスティが眼球だけで隊長を睨み付ける。
「勘違いするな。俺がベルを呪縛しているんだ。シュタイン攻略の打ち合わせの時に、そういう技があることはおまえたちにも教えたはずだぞ」
「だ、からって、情報だけなら、“北風”だけで充分でしょう……なんであの、化け物までっ……」
「人間と淫魔が共存する王国には、そういう人材も必要だからだ」
 さらりと口にした隊長の言葉に、ダスティとアルフは絶句した。
 ……俺やオスカーなど一部のハンターだけが知っている、隊長の野望。人間と淫魔が共存出来る国造り。
 それは、オルデンのハンター協会のみならず、国家そのものを転覆させる危険極まりない思想であった。
「さあ、この場で即決してもらおう。淫魔と共に生きる国を俺と作るか、あくまで淫魔を殺すハンターとして生きるか」
「……イカれてるっすね、あんた」
ダスティの言葉を、隊長は誇らしげに受け止める。
「まともな者が、世界を変えられるわけがあるまい?」
「…………」
 ダスティはしばらく隊長を見上げ続けていたが、やがて諦めたような息を吐いた。
 その様子を見て、隊長は“北風”に頷きかける。
 すると、ダスティの指先がぴくりと動き、動いたことを確認するように手足を屈伸させた。
 ダスティに、隊長は無言で手を差し伸べる。
「……ったく、オレも大概イカれてるぜ。そのヤバい考えが、面白そうに思えて仕方ないなんてよ」
 にやりと笑って、ダスティは隊長の手を取り立ち上がった。
「た、隊長! お、俺、俺も!」
 口をぱくぱくさせて訴えかけるアルフを、隊長は氷の瞳で見下す。
「あいにく、恐怖に駆られて仲間を見捨てるような臆病者は必要としていないのでな」
「そんな、ダスティだって――」
「ハルトを助けるためにあえて敵に背を向けた戦士と、ただ敵から離れたいがために逃げるネズミを一緒にするのは失礼だとは思わんか?」
 唇を曲げた隊長は、同意を求めて俺に振り向いた。
 俺は無言で頷くが、隊長ほど冷めた気持ちではいられない。この後のことを考えると、どうしても――
「運が良ければ、そこらの淫魔に見つかる前にオスカーたちが助けてくれるかもな。……ウォルフ、ダスティ、ハルトの救援に向かうぞ」
「そ、そんなっ!?」
「た、隊長……」
 ダスティは、酷薄に嘲笑う隊長と恐怖に引きつるアルフの交互に視線を往復させている。
「これが俺のやり方だ。力なき者は守ってもやるが、誇りなき者は必ず仇となる」
 隊長は笑った。傲慢な太陽のように、何者も寄せ付けず万民を等しく圧倒する力強さで。
 ――これが、俺が隊長についていこうと思った理由だ。
 夢物語のような野望、仲間すら切り捨てる冷酷さ、だが絶対的に信頼出来る存在感。
 力と野心とカリスマを併せ持つこの人の作る世界が見たいから、淫魔を妻に持つこの俺が世間から隠れることをやめ、戦士としての道を選ぶことにしたのだ。
「…………」
 納得がいかないようにうつむいて唇を噛むダスティだったが、アルフの方を向いて一言、
「すまん」
 そして二度と省みることなく、前を歩き出す隊長の後を追った。
 ……罪深いな。誰も彼も。
「隊長っ、ダスティっ、ウォルフーっ! 助けて、助けてくれぇ!」
 俺たちは誰も耳を塞ぐこともせず、その絶叫を背中で受け止めるだけだった。
「通りすがり?」改め、「連邦の白い液体」です。
長くなりすぎましたようなので、前後編に分けさせて頂きます。

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