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背徳の薔薇 センデンス家の悲劇

「こ、これは……」
 グスタフは慄然として惨憺たる光景に震えた。
 普段は怜悧な彼が、脳を混乱させ、黒色の双眸を絶望に染める。オールバックにしている白色の髪が総毛立つ思いだった。
「エパ……淫魔化、したの……か」
 信じたくなかった。
 15年ほど以前に、エパはヴェイスと結婚した。それまで自分たち三人は、淫魔ハンターとなってパーティを組み、淫魔と呼ばれる異世界の住者たちと戦いながら、苦楽を共にしてきた。そのかけがえのない仲間が、淫魔化した……。
 エパは着衣のまま、どこからか連れ込んできた見知らぬ若者に跨り、恍惚な表情を浮かべながら一心不乱に腰を振っている。
 エパが穿いている藍色のロングスカートが、円状となって床板に広がっていた。彼女の右足首には、彼女の下着と思われる青色の小さな布が巻きついていた。スカートに隠れているとはいえ、エパがどんな行為をしているのかは容易に判断できる。
 若者は白目を剥いたまま、すでに絶命していた。
 そのすぐ隣には、骸となったヴェイスの体が、下半身を晒したまま床板に横たわっていた。
「ヴェイス……」
 遺体の腹部には大量の精液がこびりついていた。おそらく彼の体液だろう。淫魔と戦う仕事をしていれば、こういう惨劇は、いやというほど目撃する。だが、あまりにも知りすぎている親友の変わり果てた姿は、見るに耐えなかった。
「エパ、いったい、何があったんだ……。レイはどうした。どこにいるんだ」
 グスタフは震えそうになる声を抑えながらエパに声をかけた。中年期となり皺ができた額には脂汗が滲んでいる。
 淫魔ディアネイラ襲来との知らせを受けセンデンス宅へ急行する際、考えられうる最悪の状況は覚悟していたはずだった。だが、現実として突きつけられた絶望的状況を目の当たりにして、グスタフの胸は今にも張り裂けそうだった。
「あらナイスミドル、わたしと愉しみましょうよ」
 エパは跨っていた若者から腰を上げ中腰になった。それから背筋を伸ばし、曲げたままの膝も伸ばして立ち上がると、妖しく微笑しながらゆっくりと手招きする。立ち上がる際、セミロングの茶色い髪が艶美に揺れた。
 グスタフは絶命している若者を見下ろすと、彼もヴェイス同様、下半身は裸体だった。
「所長まずいですよ。エパさんの淫気、ただ事ではない……」
 グスタフと共に現場へと駆けつけたファンが、エパが放つ激烈な淫気に顔をしかめた。
 まだ若いが、淫界を二箇所も攻略した実力を有する、グスタフ淫魔ハンター事務所自慢のエース、ファン・ストライカー。その彼が、室内に充満している淫気に臨戦態勢を取らされている。
 切れ長の両眼に埋まる焦げ茶色の瞳は、淫魔化したエパの一挙手一投足を見逃すまいと厳然に向けられていた。
 同じくグスタフも、気を抜けば淫気に当てられて正気を失いそうだった。
「ファンくん、ここは任せてくれ。君はレイとディアネイラの追跡を頼む」
 グスタフは自分の後ろに控えている金髪の若者に首を向けて言った。
「ですが所ち──」
「いいから私に任せてくれ。レイは逃げてくれたと信じたいが、もしディアネイラがレイを連れ去ったのだとしたら、あまりにも救いがない。情報は皆無に等しいが……頼む」
 グスタフが悔しさのあまりに下唇を噛み切って顎を血まみれにしているのを見たファンは、「分かりました」としか返答できなかった。
 グスタフはファンから了解の応答を得ると、すぐに首をエパへと戻す。
「ではこれより、レイ君の捜索に向かいます。……所長、死んだら許しませんよ」
 ファンはグスタフの背中に声をかけたが、何も答えてくれなかった。
(所長は死を覚悟している……)
 今は所長を信じるしかない。自分は、自分ができる全力をもって、センデンス夫妻のひとり息子の行方を捜そうと決意すると、足早にセンデンス宅から退室していった。
「まあ残念、精気が濃そうなハンサムだったのに」
 閉められた戸口を見つめながら、エパは拗ねた調子で唇を尖らせた。
「君は、もう私の知っている、親愛なるエパではなくなってしまったのだな」
 グスタフはゆっくりと歩を進め、魂を失った親友ヴェイスの傍で立ち止まった。すぐ隣にエパが立っている。彼女はグスタフの、肩口で切り揃えている白い後ろ髪に人差し指を絡ませてきた。
 若い頃のエパは粛然とした女性だった。ただ酒に酔うと、彼女はこうして、よくグスタフにちょっかいを出す癖があった。淫魔化してもその癖が残っていたようで少し懐かしい思いに駆られたが、ここで平常心を失ってはならないと、大きく息をついて心を落ち着けた。
 グスタフはひとまず彼女には構わず、灰色のロングコートを脱いだ。右膝を床板につき、ヴェイスの下半身にかけてやる。
 尋常ではない量の精液で濡れたヴェイスの腹にコートがかかると、あっという間にコートに染みが広がった。
「分からないのか? この男ヴェイスは、君にとって最愛の夫なんだぞ。何が起こったのか教えてほしい」
 グスタフがエパを見上げると、彼女はスカートをたくし上げ、無言でグスタフを誘っていた。
 彼女の内腿に白いものが付着していたのを見ると、絶命しているもう一人の若者が吐いた精液であるよう祈った。若者には申し訳ないが、ヴェイスのものではないと信じたかった。
 グスタフが照れてしまうほどに、ふたりは深く愛し合っていたのだ。その妻が夫を手にかけるなど、考えたくなかった。
「そんなこといいじゃない。ほら、いらっしゃいな」
 エパはスカートを脱ぎ落とすと、片膝をついているグスタフの眼前に自らの股間を晒して誘惑してきた。少し顔を動かすだけで、自分の顔が彼女の肌に当たるほど寄せてきている。
 陰毛は長方形に手入れされており、その奥に潜む二枚の肉貝が、官能的に獲物を待ち構えていた。
 とてつもない淫気が彼女の下半身から放出されており、グスタフの脳を性欲で満たそうと刺激してきた。いつ自制が崩壊してもおかしくない破壊力がある。
 距離を置かねば淫気に侵されてしまう。エパの力は、自分の手に負えないかもしれない。
 グスタフは、彼女から離れながら立ち上がった。
「いや、よくないんだよ。とても大切なことなのだから」
「なに、しないの? なら襲うけど?」
 エパの誘惑の視線が狂気のものへと変わった。隙を見せた刹那に飛びかかってきそうな気迫がある。いつでも掴みかかれるように、前かがみの姿勢を取っていた。変わり果ててしまった彼女の姿は、正視に堪えがたかった。
 本来のエパは、人前で肌を晒して平然とできる女性ではないのだ。淫魔化したとはいえ、下半身を晒して恥じ入りもせず悩殺してくるエパの痴態に、グスタフのほうが苦しくなった。
「ああ、君が望むならばするとも。だがその前に、どうしても教えてほしい。覚えていないようだが、君とヴェイスは、私にとって大切な親友なんだ。何が起こったのかを知りたい」
「そんなの、わたしにとって重要ではないわ。わたしにとっていま大切なのは、あなたの精気を得ることだもの」
「エパ……」
 まるで話がかみ合わない。
 淫魔化させられた者は、多くの場合、ほぼ記憶を失ってしまう。昔の癖を見せただけに一縷の希望を抱いたが、エパも例に漏れなかったようだ。
「レイが……ディアネイラに攫われた可能性が高いんだ! エパっ!!」
「!!」
 グスタフは声を荒げ、己が魂を込めて訴えた。すると、狂気に満ちたエパの表情が、何かを思い出したかのように、呆けたものになった。
「レイ、わたしの愛する息子……。ああ、熱い、肉体が焼けそう」
 エパはかぶりを振りながら白いブラウスを引き千切った。今年で37歳になる彼女の乳房は少し垂れているもののふっくらと熟れており、ブラウスを破った衝撃で、柔らかそうに弾んだ。
 肉体の火照りが限界を迎えたのか、恍惚としながらも少し苦悶の表情を滲ませていた。上気した肌が薄紅色に染まり、酩酊したかのようである。
「エパ、いま楽にしてやる」
 もはやこれまでだった。息子を思い出したので遂に会話が成立するかと淡い期待を抱いたが、性欲に支配されてしまったエパには、もう何を訴えても徒労だろう。こういう状態の淫魔化した女性を何人も見、解放してきた経験が、グスタフの直感となって訴えてくる。
 グスタフは、自分の淫魔ハンターとしての全力をもって、彼女を解放するしか残されていないと判断した。
「ええ、早く来て。あなたの精気を吸わせてちょうだい」
 エパはもう耐えられないとばかりにグスタフに擦り寄り、遠慮なしに革ズボンに手をかけてベルトを外した。グスタフは辛そうな表情を浮かべながら、黙って見守っている。
 エパは緩んだズボンと下着を一緒に掴むと、急いで引き下げた。
「あん、萎えてるじゃない」
 エパは残念そうに吐息をついたが、すぐに左手でグスタフの陰嚢をさすり、右手で陰茎を撫でて刺激を与え始めた。
「そんなことしなくても大丈夫だ。少し待ってくれ。すぐに準備する」
 グスタフが声をかけてもエパには聞こえていないのか、グスタフへの愛撫をやめなかった。
 グスタフには、エパが愉しんでいるようには見えなかった。むしろ、早く火照りを鎮火したくて必死になっているように見えた。
 それが憐憫で耐え難く、破滅の槍と化してグスタフの心臓を容赦なく貫くのだった。
「あら本当、元気になった」
 愛撫していたものの、それ以外の力によって陰茎が天井を向いたのが分かったエパは、不思議そうに屹立したモノを眺めた。
「職業柄、これができると便利だから鍛えたのさ。私たちが共に仕事をしていた頃、この特訓を私とヴェイスがしていたのを、君は知っているはずだ」
「そう? 使いものになるなら、なんでもいいわ」
 エパは気にも留めず、立ったまま右足をグスタフの腰に巻きつけた。続けてグスタフの肉竿に手を添えると、腰を寄せ、亀頭に己の女芯をあてがう。
「ウフフ」
 エパは妖艶な笑みを浮かべながら舌なめずりした。
 エパの陰唇は意志を持っているかのごとく開閉を繰り返し、早く飲み込ませろとせっついている。
「さあ、どうぞ。それとも、わたしがする?」
「いや、私から行こう。……まさかこんなかたちで、君とひとつになろうとは、ね……」
 エパを勝ち取ったのは自分ではなく、ヴェイスなのだ。結婚を機にヴェイスとエパは淫魔ハンターを引退した。ヴェイスは淫魔ハンター協会の事務員に、エパは専業主婦になった。自分は淫魔ハンター事務所を開いて独立し、こうして道は別たれた。
 二人の結婚は祝福したが、正直、心からできたわけではなかった。それを見透かした情欲の神がこんな演出を導いたのだとしたら。
 まるで皮肉である。それも、許せないものとして、だ。
 雑念がよぎり、グスタフはそれを振り払うために腰に力を込めた。
 とにかく、今は淫魔化したエパを救わなければならない。
 淫魔化からの解放。それは、親愛なるエパの死をもって完了する。淫魔化した女性を鎮魂できる、現代で唯一可能な手段であった。
 グスタフはヴェイスに心から詫び、
 腰を突き出し立位を形成した──
「ああ、これよ。この感覚たまらないわ」
 エパが歓喜の声を上げ、グスタフの首に両腕を巻きつけると、自ら腰を振ってきた。
「これは──」
 グスタフは挿入した瞬間に射精感を抱いてしまった。
 彼女の膣内は粘膜の海だ。膣内の襞が蠕動し、グスタフを一滴残さず搾り取ろうとする。
 このままではまずい。やはり膨大な淫気を発するエパに対するには、彼女を倒すという一念のみで挑まなくてはこちらがやられると、直感した。
 ここで果てるわけにはいかない。行方が分からないレイと、ディアネイラという淫魔の存在がある。多数のハンターたちを抱える事務所の長としても、彼らを途方に暮れさせるわけにはいかない。
 グスタフはエパのふくよかな臀部に両手を廻してバランスを取ると、エパに主導権を渡さぬよう、自分も挿入運動を開始した。
「……?」
 エパは、タイミングを併せてくれないグスタフの顔を見た。
 自分が腰を引くとグスタフが腰を突き、自分が腰を突くと彼は腰を引いてしまう。
 これでは挿入運動にならない。子供の遊戯よろしく、腰の振りあいをしているだけだ。
 お互いが腰を引き、同じタイミングで突き出すからこそ、そこに抵抗が生まれて気持ちがいいというのに、と、不満顔になった。
「ふざけてるの?」
「いたって真面目だ。君が勝手に動くから、タイミングが合わないんじゃないか?」
「なによ、あなたが併せなさいよ。できないなら動かないで。わたしが勝手にするから」
「それは困る。君は私の想い人だった。やっとこうなれたのだから、私だって動きたい」
 エパが腰を突くと、やはりグスタフは腰を引く。
「じれったいわね。殺すわよ?」
「それは勝手だが、それだと私の精気は吸えないぞ。火照って仕方がないのだろう? 鎮めてやるから、そのまましがみついていればいい」
 相手に主導権を持っていかれぬよう、あれこれと言い訳をした直後、グスタフは最初から全開で腰を振った。
 こちらに任せたほうが快楽を得やすいと身をもって分からせるためだ。
 主導権を握られて思いどおりにさせていたら、自分がやられてしまうのは明白だった。それほど淫気が強烈で、エパの中にいるだけで危険だった。
 とにかく是が非でも主導権を握る必要があった。もっとも、これで効き目がなければお手上げだし、激しく動いているぶん、自分の絶頂時期も早まるのだが……。
「ああ、気持ちいい。あなた上手ね」
 効果あったようだ。
 エパはグスタフに身を任せると体重を預けてきた。大きな乳房がグスタフの胸に当たり、柔らかくひしゃげる。
「お気に召したようで光栄だよ」
 沸き続ける射精感をごまかしつつ、エパを壊すくらいの思いで腰を出し入れした。
 互いの体液と若者が先に吐き出した精液によって、淫猥な音が局部から漏れ伝わる。
 エパは惜しげもなく嬌声を上げながらグスタフにしがみつき、快楽を貪った。
「気持ちいい……」
 エパはグスタフが噛み切ってしまった彼の下唇に舌を這わせ、浮き上がっている鮮血を舐め始めた。激しく動いているために血に染まったエパの舌がグスタフの頬や額に当たり、あっという間に彼の顔は血まみれになった。
 グスタフは汚れなど無視して腰への力を緩めない。緩めてしまうとエパに主導権を奪われてしまう気がしたからだ。そうなったら最後、死ぬまで精気を絞り尽くされ、ヴェイスや若者と同じ運命を辿るはめになる。
 とはいえ、40を近くにした年齢では、全力での挿入運動を長時間にわたって続けるには体力的にきつい。エパが預けている重みも加わり、想像より消耗が激しかった。
 グスタフの呼吸が荒くなり始める。
「趣向を変えようか」
 疲労からの発言と取られぬよう言葉を選び、エパの尻を掴んだまま抱き上げた。その際、挿入が解けぬよう、注意を払う。
「どうするの?」
 エパは身体を持ち上げられると、両脚でグスタフの腰を挟み込んだ。
 目を細めて陶然としている彼女は、グスタフが次にどんな行動を起こすのかを楽しげに待っている。
「こうするのさ」
 グスタフはエパと結合したまま歩き、木製の背もたれ椅子の傍まで行くと腰掛けた。その瞬間に、わざと粗暴に座ってみせた。その衝撃で深く突き挿さり、エパが反応を示す。
「あぁ、届いてる……」
 エパが腰を振り始めようとしたので、グスタフはすぐに運動を開始した。
 疲労軽減策は看破されずに済んだが、より深く入ったために子宮口による愛撫を味わうこととなった。まるで口のようにグスタフの亀頭を容赦なく咥え、膣の蠕動とは独立した動きで彼の射精感を増してゆく。
(ここまで凄いとは……)
 グスタフは快楽に身を委ねてしまいたい衝動を抑止するので手一杯となった。
 まるで淫女王級だ。
 淫界という、淫魔の世界を治める頂点に立つ存在は淫女王と呼称されており、その力は超一流の淫魔ハンターですら敗北する実力を秘めている。
 エパが放つ淫気の濃度が尋常ではなかったので気を張っていたが、目算以上だった。
 ここまでの淫魔化が行えるディアネイラという存在は、危険の度を超越している。誰かに伝えなければならない。
 レイを追ったファンの身が案じられた。無論、彼の淫魔ハンターとしての力は信頼している。数々の修羅場を潜り抜け、淫女王すら倒して淫界を滅ぼしてきた大英雄なのだ。それでも、ディアネイラと接触するのは危殆極まると思った。
 まずは自分が生き残ってエパを解放してやらねばならないが、とても自信は持てなかった。
 エパの絶頂が近いことを祈るしか、方法がない……。
「ほら、突いて。もっと気持ちよくしてくれるのでしょう?」
 エパはねだりながら膣壁を締めると、グスタフの睾丸が射精態勢をとり、陰茎の根元のほうへと運ばれ始めた。
(いかん──っ)
 グスタフは淫嚢ごと睾丸を掴むと強引に下へと引っ張り出した。痛みを伴うが射精したら終わりだ。なりふり構っていられなかった。
 淫魔や淫魔化した女性が有する淫気という波動は、男女問わず絶頂を迎えたときに入り込む。淫気を内側から受けると男性は多くの場合が廃人化し、死ぬまで精気を吸われる。そして女性は、淫魔化して人を襲うようになる。今のエパが、その淫魔化した状態だ。それも、桁違いの淫気を放っている。純粋な淫魔でさえ、ここまで淫気の濃い存在は、そう多くない。
「あら、イキそうなのね」
 エパが腰を振り始めた。椅子に深く腰掛けているので逃げ場がない。エパは大きく腰を円運動させると膣壁と子宮口が連動し、グスタフを急速に追い詰めてゆく。
 遂に主導権を奪われてしまったグスタフだが、諦観するわけにはいかなかった。反撃を試みねばならない。
 咄嗟に右の親指をエパの陰裂に滑り込ませ、淫核を探し当てて刺激した。小さな肉の芽は触り心地がよく柔らかで、少々の固さもあった。ここを刺激してやるとエパの身体が小さな震えを起こすので、継続して責めた。
 左手で乳房を揉みながら、尖った乳頭をこねる。乳房は張りこそないが、絶対的な柔らかさを有していた。少し力を込めるだけで指が乳肉に沈み、乳の形を変えてくる。薄茶色い乳首を指で摘むと、ほどよい固さの質感が伝わってきた。
 グスタフは無意識のうちに、隆起している右の乳首を吸っていた。
「あん、そうよ。もっとして……」
 エパは嬉しそうに顔を弛緩させながら、尻を左右に揺さぶった。小刻みに、踊るように振り続ける。
 グスタフは自分が淫気に毒されているのが分かった。快楽に惑溺したいと願う心が、時間と共に増大していくのが理解できるからだ。
 エパに惚れ、このように抱くことを夢見ていた時期があった。だが彼女はヴェイスに惚れ、やがて結婚した。想いは破れたのだ。
 それが淫魔化した状態とはいえ、現実のものになっている。こんなに嬉しいことはない。
「さあ、夢の世界へ連れて行ってあげる」
 グスタフの理性が、

 破砕した──

 エパは腰の動きを続けたまま、グスタフに接吻した。唾液に濡れた彼女の舌がグスタフの腔内へ侵入し、彼の舌を探し当てると濃密に絡みつく。
 グスタフはエパへの反撃のための愛撫をやめ、両腕を脱力して下げると彼女の舌を味わった。
 初めて知るエパの味。ねっとりとした彼女の唾液は、自分が流す血の味がした。薄い舌はとても滑らかで、積極的に動きまわってはグスタフの舌を貪っている。
 長い時間口を合わせていると、血の味がしなくなった。流血は続いているので、味覚が麻痺したのだろうと思った。エパへ入ったときから、唇の痛みも分からなくなっている。だがそれらは些細な事情だった。何よりも心地よいのだから。
 口の吸いあいを終えると、離れた舌と舌で赤い唾液の糸が引かれた。糸が切れると、互いの顎に張り付き、濡れ光った。
 結合した二人の局部は濡れそぼり、エパの愛液がグスタフの太腿を濡らして照明の光に輝いている。
 超大な快楽がグスタフの全身を駆け巡っていた。腰を動かしてエパの中へ侵入し、彼女の嬌声と体内を愉しんだ。
 もっと感じさせたい。
 乱れ舞うエパの婀娜な姿を堪能しながら、抉って抉って、抉りまくるのだ。遠慮など必要ない。
「気持ちよさそうな顔だな」
「だって気持ちいいもの」
 弾け飛ぶ大きな乳房が、なんといやらしく動くことか。ひと突きするたびに、乳房が弾んで上下左右へ複雑に動いては、形を変えていく。
 グスタフは両手でふたつの乳房を掴むと乱暴に揉みしだき、右の乳首に吸い付いた。強く吸うとエパが一段と高い声を上げる。その間も、腰の運動は止めなかった。正確には、止める気など微塵もなかった。
「その調子よ。ああ、いい……」
 彼女の肉体を、私の好きなように、抱きまくる。エパが一番に悦んでいるのだから、それでいいのだ。
 左の乳首に口を移動させると、素早く、かつ細かく舌を動かした。エパが快感に震える。
 仕上げとばかりに思い切り乳首を吸うと、エパは背中を仰け反らせた。
「あはぁんっ。ちょっと痛いけど、それもいいわ。もう一度やってみて」
 エパが注文をつけるとグスタフが応じた。今度は淫らに音を立てて吸引してやる。
 エパの股間から次々と愛液が溢れ出してきた。
「狂っちゃいそうよ」
「踊り狂えばいい」
 グスタフは股間が燃えていると錯覚するほどの熱を感じていた。エパの膣壁が、とめどなく溢れる液に濡れ、竿に絡み付いて締めつけを強めてくる。
 突いてやると締めてくる。突いてやると体液が湧く。突いてやると乳房が揺れる。突いてやるとセミロングの髪を振り乱す。突いてやると喘ぎ悦ぶ。
 最高だった。
 若い時代に最も惚れ込んだ女が自分と肌を重ねている。しかも目を潤ませてよがり狂っている。男冥利とは、こういう時間を差すのだろう。
 この熟れきった肉体は、男の酸いも甘いも知り尽くしていた。どうすれば男が悶えるかを熟知している。その証拠に、もう果てそうだった。
 夢の扉が開かれるのだ。
 ヴェイスに先を行かれたが、遂にエパをモノにした。あとは抱くだけ抱いて限界が訪れたならば、蓄積していた想いを彼女に吐き出す最大の悦楽が待っている。膨大な量をエパの中に贈ってやれば、さらに彼女は狂喜するはずだ。それですべて叶う。
 すべてが、終わるのだ。

 ──終わる?

「……違う」
 グスタフが力なく呟いた。魔性の世界へと埋没する寸前で、意志を取り留めた。
「なにが?」
 不意に最高の享楽を中断されて、エパは不満そうに腰を揺すった。だがグスタフは微動だにせず、反応しなかった。
「抱きたくて惚れたのではない!」
「何を言ってるのよ。もういいわ、イキなさい。あなた気持ちいいけど、うるさいもの」
 エパがとどめを刺しにかかった。急激に膣内と子宮口を締め、グスタフを圧迫する。
 グスタフは止めていた愛撫を再開した。今度はエパの動きに併せて腰を振る。
「はあぁ。それでいいのよ。やはりあなたは最高だわ」
 エパは目を閉じると快楽のみを味わおうと集中している。
 淫魔化したあとに淫魔以外の者から絶頂を与えられると死を迎えるのは彼女自身も知っているはずだ。だが淫魔と呼ばれる種は、精気を得ると同時に純粋に快楽を求める傾向にある。自分の死よりも優先される場合がとにかく多い。
 エパも絶頂が近いのかもしれない。あとはどちらが先に果てるかの勝負となった。
 肉のぶつかり合う音、体力の限界を迎えたグスタフの荒い呼吸、快楽によって荒くなっているエパの呼吸と艶声が、室内に響いていた。
(駄目か──)
 射精感が限界となったグスタフの顔が痛恨に歪む。ふたりは完全に密着した状態にあり、今度は睾丸を引っ張り出す荒業は行使できなかった。耐えようとするのを悟られたら、妨害されるのも自明だ。
 淫魔や淫魔化した女性は、快楽を渇望すると同時に、定期的に精気を吸わないと死んでしまう。よって見逃してくれるわけがないのである。
 せめて時間を稼ごうと、グスタフは腰を振るのをやめた。エパはグスタフが静止しても構わず、淫らに動き続けている。
 つい今しがた情欲に溺れ堕ちかけたが、やはりこんなふうに結ばれるのは不本意極まる。何よりも、もう昔の話だ。
「君を救えないのは残念だ。もっと早くここに来れていれば、誰も死なずに済んだのかもしれない。すまないな」
 欲望の化身となって乱れ狂うエパを眺めながら、レイの捜索に向かったファンを想った。
 あとは頼む、十二分に気をつけてくれ、と──
「あ、ぁぁぁあああっ!!」
 突如、エパが痙攣を始めた。
 絶頂が来る。
(ここが耐え時だ、踏ん張れ!)
 敗滅へといざなう絶望の快楽に対し、最後の抵抗を試みた。
 グスタフは歯を喰いしばると虚脱していた全身に活を入れ、とくに陰茎に力が入るよう渾身の力を込める。
 エパの両腕がグスタフの首を強烈に締め上げた。両脚は椅子の背もたれごとグスタフの腰を蟹挟み、全体重をグスタフに押し付ける。
 エパは絶叫と共に、下半身を激甚に収縮させた。極大な圧力感は、まるで肉でできた万力のようである。
 グスタフは奔流となって迫り来る射精感に耐え続けた。捻り込むように吸引される肉の棒に全神経を収束させ、出すなと命じ続けた。
 ここで自分が果てたら、エパはさらなる獲物を求めて徘徊し、人を襲ってしまう。それだけは絶対にさせてはならない。

 が、

 射精した──

「くそ……ぉ」
「ああぁっ、注がれてくる。熱い……」
 グスタフの精液がエパに流れ込んでゆく。夥しい量の白濁液が飛散し、エパの膣内は許容量を超過したため、結合部から零れ出る。それでもなお、射精は止まらなかった。
「レ、イ……。おまえの母、さん、が……。どこへ、行った、んだ……、レイ」
 これが淫魔に絶頂させられるということかと、覚悟を決めた。
 淫気が身体中に侵入してくるのが分かる。生ぬるい感覚が満腔を満たし、次々と力を強奪してゆく。思考力も次第に鈍化していった。あとは肉となり、淫魔化したエパの手にかかって、死ぬまで搾り尽くされるのを待つのみだ。
「レイ? ……え? グス、タフ?」
「エパ。正気に、戻ってくれたの、か……?」
 淫魔化した女性が元に戻った例は聞いた試しがない。これは、現実に起こっていることなのだろうか。もう、あまりよく分からない。
 グスタフは長い射精が終了すると、大きな疲労感と虚無感、脱力感に見舞われた。かろうじて頭を上げると、自分の記憶に残っている、あの柔和で優しいエパの顔があった。
 ただ、ひとつ違うところがあった。
 困惑しながら涕泣していたのである。
「グスタフ、ごめんなさい。わたし、取り返しのつかないことをしてしまった……」
「淫魔化したときの記憶が、あるのか?」
「ええ、ええ」
「そうか……」
 エパは頬を伝う涙をそのままに、何度もうなずき返した。夫以外のモノが自分の体内に収まったままだが、エパは身動きしなかった。
 早速にも彼女の肉体が、徐々に透け始める。淫魔や淫魔化した女性が、この世界から消滅する予兆だった。
 こうして徐々に透明度が高まってゆき、やがて完全にこの世から消滅するのである。
 先ほどの強烈な収縮活動は、やはり彼女が絶頂した証だった。
「恥ずかしいな。私の想いを、知られてしまったようだ」
「まえから知っていたわ。でもヴェイスを選んでしまって、ごめんね」
 救えなかった。悔しくてたまらなかった。
 エパが消えてしまう。助ける手立ては、
 ない──
「私も果ててしまった。君と同じ場所へ、逝くのかな。そうしたら、ヴェイスに、逢える……かな。君を汚してしまった……。謝らないと、いけない」
 グスタフは抜けていく思考力をなんとか抑えつつ、横目でヴェイスの死体を見た。せめて挿入状態から脱したいが、力が入らない。
(なぜエパは抜かないのだろう。……ああそうか、私と同様、自由が効かないんだな)
「大丈夫、きっと、あなたは死なないわ。男も女も、淫魔に絶頂させられたから死ぬ、というわけではないと、知っているでしょう?」
 エパの身体が半透明になった。彼女の肌の感触がなくなっていくのが分かる。
「そう、だったな」
「もう時間がないみたい。一気に言うわね」
 エパは透けゆく自分の身体を凝視したが、逡巡はみられなかった。自分が消える恐怖心は無視してでも伝えなければならないことがあった。
「ヴェイスを襲ったのはディアネイラという淫魔よ。夫が仕事の合間を縫って独自に調査していた情報は、先日あなたに報せたとおり、どうやら正解だったみたい。ディアネイラは邪魔者のあの人を消しに来たのよ。すぐにレイを逃がそうとしたんだけど、わたしは抵抗する暇もなく淫魔化されて、あの女はレイを連れ去った。あの子のこと、頼めるかしら。わたしはもう、ここにはいられないから……」
 最悪の事態となった。せめてレイだけでも逃走してくれていればと願ったが、やはり希望は、所詮、望むだけだった。
「ああ、任せ、てくれ。ウチにはファンくんを筆頭に、腕のいいハンターが、大勢……いる。私も、動く。きっと救出して、みせるよ」
「ありがとう、グスタフ。わたしたち夫婦揃って、養成学校で出会ったときから、あなたには迷惑かけどおしだったわね」
「本当さ。正直、うんざりしたこともある」
「迷惑ついでに、わたしが犯してしまった青年のご遺族に、謝罪してくれないかな。少ない蓄えだけれど、協会にあるわたしたち家族の全財産を、渡していいから……」
「……安心してくれ。すべて、大丈夫だ」
「お願い……」
 エパはグスタフに笑顔を向けたあと、苦悶の表情を浮かべながら、愛する夫の骸を見た。そして、完全に消滅した。
「エパ……」
 淫魔化した女性は死体すら残らない。埋葬してやることすらできないのだ。
 三人で共に過ごしていた時間がグスタフの脳裏を駆け巡った。
 くだらない冗談を飛ばして笑いあっていたこと。まだ駆け出しの頃は金銭面で苦労し、野宿を強いられたこと。ヴェイスが出会った少女が淫魔化し、彼自身が彼女を解放したのだが、救えたはずの命を守れず、ずっと悔恨して苦しみ続けていたこと。女性の淫魔ハンター不足により男性ハンターたちの訓練が充分にできず、頻繁にエパがハンター協会へ駆りだされていたこと。そのため簡単に肉体を差し出さねばならない現状に、エパが懊悩していたこと。修練という大義名分を掲げ、エパの肉体目当てに卑しい男が群がっていたこと。それをヴェイスとふたりで殴り倒して廻ったこと。暴力沙汰が問題に発展し、始末書を何枚も書かされたこと。ヴェイスとエパの結婚式のこと。新居祝いのこと。レイが誕生したときの、ふたりの幸せそうな顔のこと。グーおじさんとレイに懐かれ、甘やかすなとふたりに叱られたこと。
 これらを置いて、ふたりは先に逝ってしまった。
 エパの願い、ヴェイスの想いを託され、グスタフはいよいよ死ねなくなった。
「参った、な……。救難信号くらい、送っていれば、よかった、か──」
 それだけ言い残すと、グスタフの意識は、帰還不可能と思われるほどに深遠な、暗澹たる世界へと没落していった。
 閉じられた目尻から涙を溢れさせ、頬に二本の滝を作りながら──

背徳の薔薇 センデンス家の悲劇 了
いつも皆様の作品を、楽しく拝読させていただいております
わたしも刺激を受け、自分なりですが、一所懸命に書いてみました
ご批評など、いろいろといただけたら幸いです

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